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第68話 醜い生き物⑤

 よみうりランドは東京都稲城市にある遊園地。


 所在地こそ稲城市になってはいるが、その大部分は神奈川県川崎市の敷地に建っている。

 1964年に開園したこの遊園地は、付近に住む子供であれば遠足などで一度は訪れたことのある馴染みの遊園地だった。


 開園以来さまざまなアトラクションが生まれたが入れ替わりも多く、お気に入りだったアトラクションの営業終了と撤去に涙する人も多かった。

 特に敷地内にあったオープンシアターEASTという野外音楽堂は、ライブや握手会、ヒーローショーなどのイベントが多く開催されていて、足しげくこの会場に通った人達には惜しまれつつの閉鎖となった。


 そんな多くの人に愛されたよみうりランドは今、見る影もないほどメチャクチャになっていた。



 激しい戦闘で破壊され一面瓦礫と土砂の山ができている。

 遠くの街からでも見えた大観覧車は倒れ燃え上がり、中央広場ではどこからか飛んできた建築物の残骸の中に、よみうりランドのマスコットキャラクター「グッドくん」が恨めしそうな顔で転がっていた。 


 この惨状は全てアルフィルクの武装によって引き起こされていた。



 偽サダルメリクと戦っていた三人は、最初に夜明が偽アルフィルクと戦っていた場所に敵を誘い込む作戦を取った。

 偽サダルメリクへの攻撃と、仕掛けられた罠の排除が同時にできる一石二鳥の作戦だった。


 五月が誘導役として偽サダルメリクを罠の張られたポイントまで連れてくると、まずは足元に仕掛けられたクレイモアが発動して偽サダルメリクは弾丸の雨を浴びた。

 盾での防御が間に合わず全身に弾を受けた偽サダルメリクは、装甲に深いダメージを受けていた。


 三人は「してやったり」と喜んだが、それも束の間だった。

 そのクレイモアの爆発に連動して、そこかしこに仕掛けられた罠が連鎖爆発を起こしたのだ。

 

 その爆発はすさまじく、ありとあらゆる場所から爆炎が巻き起こった。

 爆発に巻き込まれた建物だけならず、堀り返された土砂や、植えられていた植物などが飛び散り、入り乱れ、あたりは地獄絵図のようになった。


 ようやく爆発が途切れ、大量に発生した煙が晴れる頃には、遊園地の実に4割ほどの敷地が焼け野原になっていた。



「こ……これはやりすぎじゃないかなー?」

「流石は夜明さん。やるからには徹底的にと言うわけですね」

「これ私が仕掛けたんじゃないからね!? アルフィルクがやったんだからね!?」

『いや私がやったんでもないわよ! あの偽物がやったんでしょ!?』

『よみうりランド、オワタ』

『そもそもアルフィルクの装備してる全武装以上の爆発が起きてなかったか? 20回くらい爆発してた気がするぞ』


 離れた場所で偽サダルメリクが罠にかかるのを観察していた三人と3体は、予想をはるかに超える罠が発動したのを見て呆気に取られていた。


 肝心の偽サダルメリクだが、おそらく何度目かの爆発で破壊されたのだろう。

 途中で装甲と腕らしき物が飛んでいるのが見えた気がする。


「ま、まあこれでメリクくんの偽物は破壊できたんだから良しとしよう!」

「よみうりランドも破壊されたけどね」

『あとは私の偽物だけど、アイツどこに行ったのかしら?』


 この大量の罠を仕掛けた機体の姿が見えなかった。

 流石に自分の仕掛けた罠に巻き込まれたなんてことは無いだろうが、いまの惨状のおかげで視界良好になったと言うのにどこにも見当たらない。


「ざくろっちだったら、敵が罠にかかるのをどこで見てるん?」

「そうだね。この遊園地だったら、できるだけ高い場所から観察するかな」

「となるとあれかな? バンデット!」

「正解のようですね。失礼します!」


 すばるが突然、夜明と五月の前に出て二人を守るように盾を構えた。

 二人が何事かと身構えると、盾の表面で爆発が起きる。


「わあ!! なんだい一体!?」

「バンデットのレールの上です。狙われています」


 すばるに言われ、よみうりランドの目玉アトラクションであるジェットコースター「バンデット」を見ると、レールの一番高くなっている所に偽アルフィルクが立っていた。

 どうやら偽アルフィルクはこちらに向かってロケットランチャーを撃ってきたようだ。


「すばるちゃん、ありがとう!」

「いえ。それよりもあんな高い所だとこちらからは攻撃できませんね。夜明さん、ここから狙えますか?」

「これだけ角度がついていると難しいな。すばるくんがあのレールを根こそぎ壊しちゃうのはどうだい?」

「こういう時はアタシに任せといて! すばるちゃん、そのままざくろっちを守ってて!」


 五月はそう言うと、サダルメリクの盾の影から飛び出てバンデットに向かって駆けて行った。

 凄まじい速さでバンデットに辿り着くと、レールの上に飛び乗る。

  

 それを見た偽アルフィルクは頭上から五月をアサルトライフルで狙うが、動きが早すぎて弾はかすりもしなかった。


 五月が偽アルフィルクのいる高さまでレールを登って行く。


 偽アルフィルクは左腕に装備したガトリングガンも使って弾幕を張るが、レールの上で器用に飛び跳ねる五月を捉える事はできなかった。


「アルフィルク、ごめんね!」


 五月はアイヴァンを構えると、姿勢を低くして偽アルフィルクの懐に飛び込んだ。


 接近を許してしまった偽アルフィルクが距離を取ろうと後ずさる。

 だが、五月のすれ違いざまの一閃が確実にその首を捉えていた。

 

 一瞬の後、偽アルフィルクの首は胴体から離れて美しい孤を描いて飛んで行く。


 首を失った機体がグラリと揺れ、地面に落下すると爆散した。



「お見事!」


 夜明が五月を讃える。

 すばるが発見してからほんの1分ほどで五月は偽アルフィルクを倒してしまった。

 いまの早業を見て、もし五月と戦うことになっても絶対に勝てないなと夜明は実感した。


 戦いの結果を鑑みると、意外にこの3体の相性は三すくみになっているのかもしれない。


 鉄壁防御のサダルメリクはアルフィルクが仕掛ける罠に弱い。

 そのアルフィルクはツィーの素早さには手も足も出ない。

 そしてツィーは、サダルメリクの防御を突破することができない。

 

 3体ともそれぞれ得意分野がハッキリしている分弱点も分かりやすい。

 最初から自分と同じ相手ではなく相性の良い相手と戦えば良かったと反省した。


 ……更に言えば、この3体を遥か遠距離から狙い撃ちできるミラと未明子のコンビは、味方でいてくれて良かったと思えるほど強かったことを改めて思い返していた。



 敵を倒した五月はバンデットの頂上で周囲を見渡した。

 どこかで未明子とフォーマルハウトが戦っているはずだが、いくら探してもどこかで戦闘が行われている様子はなかった。


「未明子ちゃんいないね。結構遠くまで行っちゃったのかな?」

「その高さから見えないなんてことは無いと思うんだがね。どこかで爆発とか起こっていないかい?」

「えーとね……わ! 何あれ!? 何かあそこに浮いてる!?」


 五月はバンデットの頂上よりも更に高い場所に、引きちぎられた柱の様な物が浮かんでいるのを発見した。


 柱は何も無い空中に固定されたように静止している。

 理由なくただ浮いているだけの柱は、ひどく不気味に見えた。


「未明子ちゃんは見つからないけど良く分からない物はあったよ。とりあえず降りるね」



 五月がバンデットから降りてくる間、夜明とすばるは他に罠がないか周囲を警戒していた。

 まだ発動していない罠が残っている可能性もある。

 もし見つけられるなら今の内に処理をしておいた方がいい。

 もしここが次の戦場になって、さっきの様な大爆発に自分達が巻き込まれるのは御免だった。


「……ここまで見通しが良くなっているなら、とりあえず罠が隠れてるなんて事はなさそうだね」

「はい。これで犬飼さんに加勢できます」

「しかしどこに行ったんだろうね。さっきまでチラチラ空を飛んでいるのは見えたのだが……」


 遠くの方を見ると、フォーマルハウトの作った紫の雲が途切れて雨が降っていないエリアが見えた。

 もしかしたらそっちの方まで行ってしまったのかもしれない。

 そうだとしたら合流するのに時間がかかりそうだ。


 同じ1等星同士でそこまで早く決着がつく事はないと思うが、アルタイルが全ての1等星の脅威になり得ると言う相手だ。早めに加勢に行った方がいいのは間違いないだろう。


 以前までの夜明達では足手まといになる可能性もあったが、今は新しい戦い方を会得している。

 瞬殺されない立ち回りとアニマを削るという目的なら幾らでもやりようはある。

 

 何よりフォーマルハウトに恨みがあるのは未明子だけではない。

 ここにいる全員が一矢報いてやりたいという気持ちがあるのだ。



「お待たせ。やっぱりどこにも未明子ちゃん見えなかったよ」

「かなり離れた場所で戦っているのかもしれないね。とりあえず奥の方に進んでみよう」


 五月が合流し、三人は最初に未明子とアルタイルが飛んで行った方に向かう事にした。



 中央広場から東に向かうと、アーケードのような場所に辿り着く。

 左右に並んでいる建物はところどころが破壊されていた。


「このあたりは結構壊れているね。さっきまでここで戦っていたようだ」

「あれあれ! 見える? あそこに柱みたいなのが浮いてるのよ」

「あれはクレージーヒュー・ストンと言うアトラクションですね。園の一番東側にあるアトラクションです」

「すばるくん詳しいねぇ」

「以前散々メリクに付き合わされましたからね」

『懐かしい、思い出。今はなんか壊されてるけど』 

「あーんな端っこの方まで行っちゃったのか。ちょっと(いそ)ごっか!」

 

 三人は全速力でアーケードを走った。

 五月だけであれば先に合流することも可能かもしれないが、単体で狙い撃ちにされるのを恐れて全員で歩幅を合わせる事にした。

 一番足の遅いサダルメリクの移動速度が基準になるので未明子との合流にはもう少し時間がかかりそうだった。



 間もなくアーケードを抜けようとしたところで、五月は進行方向に異常を発見した。

 通路の中央、何も無い空間に紫色のモヤがかかっていたのだ。

 後に続く二人を、手で制して止める。 


「止まって! 何かあそこ変じゃない!?」

「……まさか!!」


 夜明はこのモヤに見覚えがあった。

 あの日、フォーマルハウトが乱入してきた時も最初はこんなモヤがかかっていた。

 そしてこのモヤがゲートの出口に変わったのだ。

 

 モヤが次第に形を変えていき、見知った形に固定される。

 それはフォーマルハウトが移動に使用するゲートに間違いなかった。

 

 三人が戦闘態勢を取ると、ゲートから禍々しい装甲を纏ったフォーマルハウトの機体が姿を現した。


「何でフォーマルハウトが出てくるの!? もしかして未明子ちゃんやられちゃったってこと!?」

「これはまいったね……」


 未明子と戦っていたフォーマルハウトが現れたという事は、すでに決着がついたという事だ。

 だがゲートから出てきたフォーマルハウトはその場に立ち尽くすだけで、何も言わずにこちらと向き合っていた。



「お前、未明子くんはどうした?」


 夜明の質問にフォーマルハウトは沈黙を貫いていた。

 返答の代わりに右腕をゆらりと持ち上げる。


「答える気がないならそれでもいいさ。代わりに私達が決着をつけてやる!!」


 夜明がそう叫ぶと同時に五月とすばるが動いた。

 五月は右から、すばるは左からフォーマルハウトを囲うように移動する。

 そして夜明はアサルトライフルとガトリングガンを構えた。


 フォーマルハウトは右腕で狙いをつけていた夜明にコル・ヒドラエのビームを放った。


 ビームは瞬く間に夜明の眼前に届くが、驚くことに夜明はそのビームを避けたのだった。


 夜明とてこの二週間、頭ばかりを使っていたわけでは無い。

 限られた時間でアルタイルから教わったアニマのコントロールを研究していたのだ。


 アルタイルのように見てからかわすのは不可能だが、撃ってくる事さえ分かっていれば早めに動き出すことで回避は可能だった。

 すでに何度もコル・ヒドラエの発射までの動きを見ていた事、そしてアニマのコントロールを覚えた事で、アルタイル以外には回避不能と思われていた高速のビームを回避したのだ。


「やればできるもんだね!」

 

 一度の回避でもそれなりのアニマを消費してしまうが、夜明の仕事は敵の初撃を外すこと。

 攻撃後の隙を作れればそれで十分だった。


 そしてその隙を逃さず五月とすばるが左右から攻撃を加える。

 

 五月はアイヴァンを居合斬りのように振った。

 アニマを集中させた斬撃の速度は前回の戦いの比では無い。

 振り切るまでの速度はコル・ヒドラエの発射速度に勝るとも劣らなかった。

  

 その斬撃をフォーマルハウトは左手から出したビーム刃で受け止める。

 刃と刃が激しくぶつかり合い、火花が散った。  

  

 前回の戦いでは五月の攻撃は全て回避され、一度もフォーマルハウトを捉える事はできなかった。

 だが今度の一撃は、命中しないまでも左手を使わせることに成功したのだ。


 そして五月の攻撃に重なるようにすばるの突きがフォーマルハウトの腹部を狙った。

 右手で夜明への攻撃、左手で五月の攻撃を受けたことによって、すばるの攻撃を捌く手は無い。

 フォーマルハウトは体をよじり突きを回避する。


 だが、その突きは本命へのフェイクだった。


 すばるは突きを繰り出した腕とは反対の足でフォーマルハウトの顔面に蹴りを入れた。

 サダルメリクの巨体から繰り出される上段蹴りは、五月のような素早さこそはないものの攻撃範囲が広く回避は難しい。

 結果、フォーマルハウトは五月の攻撃を受けている手で蹴りを防御する選択をした。


 サダルメリクの質量から繰り出された蹴りは腕での防御など余裕で弾き飛ばす。

 蹴りを防御した腕がひしゃげ、フォーマルハウトは後方に吹っ飛ばされた。



「ナイスだ! すばるくん!」


 夜明は吹っ飛ぶフォーマルハウトにアサルトライフルとガトリングガンの斉射を浴びせる。

 空中で身動きが取れないフォーマルハウトは、為す術なくその弾丸の雨に撃たれた。


 

 夜明達の攻撃方法は至ってシンプルだった。

 常に2体以上で同時に攻撃を加えること。


 攻撃の起点である五月が最速で一撃を叩き込みフォーマルハウトの一手を奪う。

 残ったどちらかが更に攻撃を加えて防御のリソースを削り切り、最後に残った一人が本命の攻撃を与えるというものだ。


 理屈は簡単だが、今までの夜明達ではこの戦法を取ったところでフォーマルハウトには通用しなかった。

 そもそも攻撃が命中しないので相手の防御リソースを削ることができなかったのだ。


 だがそれぞれがアニマのコントロールを身に着けたことによって攻撃の精度が増し、フォーマルハウトは必ずいずれかの攻撃を防御しなくてはならなくなった。

 よってこの攻め方が有効的な戦法として花開いたのだ。



 夜明の銃撃を受けたフォーマルハウトは、後ずさると自分の後にゲートを開いた。

 転がるようにその中に入ると、今いた場所よりも更に後方に移動する。


「流石に距離を取ったか」

「こちらには近接戦タイプが多いですからね。妥当な判断かと」

「うっし! ちゃんと攻撃が通じるようになった。ここまでは予定通りだね!」

「ああ。だがやはりアニマの消耗が激しい。こちらがガス欠になる前に確実に攻撃を当てていこう」


 フォーマルハウトに攻撃を命中させる為に注ぎ込むアニマの量は馬鹿にならない。

 だが連続で固有武装を使い続けているフォーマルハウトもすでにかなりの量のアニマを消費しているだろう。


 それを削り切るか、もしくはその前に大きなダメージを与えて戦闘不能に追い込むかだ。

 全員、いまの攻防によってそのどちらの可能性も見えていた。


「ざくろっち、次はどうする?」

「敵が長距離攻撃に切り替えてくると厄介だ。接近したいがこちらから攻め込むのはアニマが勿体ない。ならばここは一旦離れてみるのも面白いかもしれないね」

「攻め時のように感じますが仕切り直すのですか?」

「うん。ヤツがどう動くか見たいんだ。私達が離れたら追って来るのか、来ないのか」

「どういうこと?」

「おそらく私の予想ではアレはフォーマルハウトではないね」

「えー!? どう見てもフォーマルハウトじゃん!」

「……鏡像!」

「すばるくん正解。多分あれはフォーマルハウトの鏡像だと思う。他人の鏡像が創れるんだ。自分の鏡像だって創れるだろう」

 

 鏡像は本体と違い目の色が違う。

 だがその事実を看破していたのは客観的に見ていたアルタイルだけで、自分と同じ姿の鏡像に面食らっていた三人はそれに気づいていなかった。


 しかし夜明は最初から違和感を感じていた。

 前回の戦いではあれだけベラベラ話していたフォーマルハウトが、いまに至っては一言も喋っていない。

 直接話したことのある夜明はあの手のタイプが黙って戦闘するとは思えなかったのだ。

 となると、自然と答えは限られてくる。


「であれば本物はまだ犬飼さんと戦闘中と言うことでしょうか?」

「そうだろうね。アイツとしては私達に本物の戦闘に介入して欲しく無い。この場から離れれば未明子くんを探しに行ったと判断するだろう」

「ってことは、アタシ達が離れたらアイツは追ってくる?」

「そういうことになる。こちらが追うよりもヤツに追ってきてもらおう。その方が取り囲みやすくなる」


 離れた相手に近づいて包囲するよりも近づいてきた者を包囲する方が格段に楽だ。

 それにこのまま下がって行けば、ついさっき焼け野原になったエリアに移動できる。

 この先、何を仕掛けられているかわからないエリアに足を踏み込むよりも、安全を確認できているエリアで戦った方が確実だ。


「私が射撃で牽制して誘うから、すばるくんは私達を守ってくれ。五月くんは出来る限りアニマを温存するんだ」

「「了解」」


 三人とも夜明の指示を正確に理解できるほどに冷静だった。

 目の前に殺したい程憎い相手がいても、暴走する事なく戦えている。


 夜明はその理由を何となく理解していた。

 おそらくみんな、フォーマルハウトの声を聞いていないからだ。

 

 あの声を聞くと感情と思考が乱され冷静ではいられなくなる。

 この鏡像が同じように喋っていたら心を乱されていたかもしれないが、今はただ不快な敵としか認識していない。


(フォーマルハウトの声すらも、感情を乱す固有武装かと思ってしまうよ……)


 夜明はこのフォーマルハウトの鏡像との戦いに関してはやや肯定的な感情を持っていた。

 もちろん未明子が一人で本物と戦っているという状況ではあるが、本物と戦う前に色々と検証をするチャンスでもあったからだ。


 実際に同じ能力の敵と戦えるのであればこれは本物と戦う為のリハーサルだ。

 アニマを消費させられるのは痛手だがそれは鏡像を創りだした相手も同じこと。

 ここでの戦闘データは確実に本物と戦う時に活きてくる自信があった。



 三人がフォーマルハウトから離れるように後方に移動する。

 それを見たフォーマルハウトは自分の前にゲートを開き、そこにヌルリと入り込んで行った。


「移動する気だ! 二人ともゲートの出口を探してくれ!」


 夜明が走りながら全員に指示を出した。

 五月とすばるは走りながらも周囲を見渡す。

 

「見つけました! 三時の方向、バンデットの前あたりです!」

 

 いち早くすばるがゲートの出口を見つけると「よしきた!」と夜明がそのゲートに向かってハンドグレネードを投げ込んだ。


 ハンドグレネードは山なりの軌道を描き、フォーマルハウトがちょうどゲートから出てくるタイミングで爆発を起こした。


「フォーマルハウトのゲートは入口一つに対して出口も一つ。出口がそこしかないならそこから出ざるを得ない!」


 物事には性質ルールがある。

 フォーマルハウトの能力にも必ずそれがあると踏んだ夜明は、前回の戦いでそれをできるだけ洗い出していた。


 その一つがゲートの出入口に関してだった。

 入口と出口の関係を看破した夜明は、ゲート移動を事前に察知できれば絶好の攻撃ポイントになると考えていたのだ。


 それは思惑通りに行った。

 まさかハンドグレネードが飛んでくるとは考えていなかったフォーマルハウトは、無防備にゲートから出てきて爆発に巻き込まれたのだった。



「すばるくん!」

「承知しました」


 すばるがハンドグレネードが起こした爆煙の中に突進していく。

 フォーマルハウトのだいたいの位置を掴んでいたすばるは、そこまで行くと追撃を加えるべく大盾を振り回した。


 サダルメリクの固有武装であるガニメデスは二つ重ねればサダルメリクの体を覆えるほどのサイズがある。

 その大きな盾を、更に腕を伸ばして振り回せばかなりの範囲を巻き込む攻撃になる。

 

 ガゴォン!


 鈍く重い音が響き、爆煙の中からフォーマルハウトの機体が飛び出してきた。

 いかに無限の固有武装を備えようとも、何も見えない煙の中で向かってくる大盾を避ける事はできなかったようだ。


 吹き飛ばされたフォーマルハウトは、転がりながらもまた自分の後にゲートを開いた。

 そして転がった体勢のまま開いたゲートに入ろうとする。


 ……が、その動きは封じられた。


 フォーマルハウトの足首には銀色の縄が絡みつき、それ以上進めないように引っ張られていたからだ。


「ざーんねん。逃げられると思った?」

 

 銀色の縄は数百本ほどの糸が編み込まれた縄だった。

 ツィーと同じ名前がつけられた銀色の糸で作られた縄。

 五月の意思通りに動くその固有武装が、フォーマルハウトをゲートへは逃がさなかった。



 すばるの影に隠れて並走した五月は、すばるが盾を振り回すのと同時に煙の無い上空に跳躍していた。

 そして吹き飛ばされたフォーマルハウトの姿を確認すると、足首めがけてツィーを発射したのだった。


「すばるちゃん!」


 五月に合図をもらったすばるは、ツィーの腕から伸びる縄を掴むと力いっぱいに引き寄せた。

 重量級のサダルメリクのパワーで引かれ、縄と繋がるフォーマルハウトの体が宙に浮く。


 すかさず五月はツィーを跳躍させ、引き寄せられてくるフォーマルハウトにアイヴァンとナビィの二刀を叩き込んだ。


 その斬撃をまともに食らったフォーマルハウトは胸から左肩にかけての装甲が破壊された。

 それだけでは済まず、すばるによって勢い良く地面に叩きつけられる。

  

 叩きつけられたフォーマルハウトの機体は地面にめり込んで動かなくなった。



「追撃いたします」

「すばるくん! 一旦引くんだ!」


 追撃を加えようとしたすばるの動きは夜明によって制止された。

 すばるは言われた通り攻撃を中止し、フォーマルハウトから距離を取る。



「どしたんざくろっち? いま攻撃するチャンスじゃない?」


 五月は不可解な夜明の指示に当然の疑問を投げつけた。

 状況だけ見れば間違いなく攻め時なのだ。


「盾の攻撃までなら納得いくが、その後の攻撃に対して無抵抗なのは絶対におかしい」

「え? そんな違和感あった?」

「ヤツならツィーくんのツィーに足を引っ張られながらでもコル・ヒドラエを撃てたハズだ。それをしないなら何かを企んでいる可能性が高い」

「ツィーのツィー……分かり辛くてごめんね」

「では、あそこに倒れているフォーマルハウトは……」

 

 すばるが倒れて動かないフォーマルハウトを注視する。

 五月もそちらを一瞬向くが、ふいに背後からすさまじい殺気を感じた。

 その殺気の正体を確認する前に、すぐにツィーをその場から離脱させる。


 するとその場を離れたとほぼ同じタイミングで、今まで立っていた場所にビームのシャワーが降り注いだ。

 ビームは地面を焼き、土を抉って白い煙を立てた。



 五月はサダルメリクのいる方に回避しながらビームの飛んできた方向を見る。

 するとそこには両手をこちらに向けているフォーマルハウトの姿があった。


「あれ!? なんでアイツがあそこにいるの!? あそこで倒れてるのは!?」

「まさか、鏡像がもう一体いると言うことでしょうか?」


 三人が倒れているフォーマルハウトを見ると、急にその機体がブクリと膨れ上がった。

 まるで空気を入れられた風船のようにブクブクと膨らんでいく。


 そのままどんどん膨らんでいき、膨張が限界に達すると大爆発を起こした。


 すばるが盾で爆風を防ぎ、五月はすばるの後に隠れてやり過ごす。

 サダルメリクの盾であれば難なく爆風を防げたが、代わりに固有武装の方の「ツィー」は突然膨らんだフォーマルハウトの爆発に巻き込まれて破壊されてしまった。



 少し離れた場所にいたため爆風の影響を受けずに済んだ夜明は、ビームを撃ってきた方のフォーマルハウトが再びゲートの中に入っていったのを見ていた。

 またどこかに移動したのだ。


「なんだったのあれ!? ワケわかんない!!」

「最初に言っていた通りですね。ワケがわからないを積み重ねてこちらを混乱に陥れるつもりでしょう」

「うーむ。忍者が使う変わり身の術みたいなのかね。おそらくハンドグレネードの爆発を食らった時に入れ替わっていたんだろう。面白い固有武装を持ってるステラ・アルマもいるもんだ」

「関心するのはいいんだけどさ、またアイツどっか行っちゃったよ」

「どうせすぐに出てくるさ。こちらはフォーメーションを保って備えよう」


 三人はどこからフォーマルハウトが現れてもいいようにお互いの背中を守り合うように位置取りした。

 夜明のハンドグレネードと、続くフォーマルハウトの偽体? の爆発の影響で煙が立っているが視界はそれほど悪くはない。

 ゲートの出口の場所さえ見落とさなければ奇襲を受けることは無さそうだった。

 


「みなさん。わたくしの正面に出口ができました」

「おや? 騙し討ちもなく真正面から来るとは意外だね」

「え? アイツ何か持ってるよ?」


 すばるの正面にゲートの出口が開くと、そこから出てきたフォーマルハウトは何やら武器を背負っていた。

 大きめのタンクに長いホースのような物がついていて、見た目は除草の為に農薬をまく噴霧器のようだった。


「おっきい掃除機?」

「火炎放射器でしょうか?」

「何だか分からないけど、びっくり固有武装展覧会なのは承知の上さ。どんな武器でも対応してみせよう」



 1等星に対してここまでうまく立ち回れていたのは、アニマコントロールの特訓と、夜明の綿密なシュミレーションによる指示のおかげだった。


 圧倒とまではいかずとも、遅れを取らずに戦ってこれた事によって全員に自信が生まれ「なんとかなるかもしれない」というムードを作り出していた。

 


 それは明らかな油断だった。

 

 初めてフォーマルハウトと対峙した時のように、慎重に、むしろ臆病に戦った方が良かったのかもしれない。

 そうすれば未知の武器に対して強気に攻め込むなんて選択肢は取らなかっただろう。

 


 この後三人は、この冗談めいた見た目の固有武装に辛酸をなめさせられる事になるのだった。


  


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