第7話 それは はじまりの法則②
イーハトーブ。
国語の授業で習った気がする。確か宮沢賢治が作った造語だ。
その言葉をグループ名に使うなんて、この中に宮沢賢治好きでもいるのだろうか。
私は紹介されたイーハトーブのメンバーを見る。
目の前にいる6人の内、3人がステラ・アルマで残りの3人がステラ・カントル。
私と同じ人間であろう3人は普通に美人さんなのだが、おそらくステラ・アルマと思わしき3人はミラと同じくすさまじく顔が良い。
思えばミラは、初めて見た時から、ただかわいいと言うにはおさまらない魅力があった。
単純に顔が良いと言うのは間違いない。それに加えてどこか人ならざる雰囲気をあわせ持っているように感じていた。
私にはそれが何なのか分からなかったけど、いまミラ以外のステラ・アルマを見たことによってそれが何だったのかをようやく理解できた。
ステラ・アルマの瞳は宇宙を思わせる深い色をしている。
美しい、宝石のような瞳だ。
私が知らず知らずのうちに感じていた魅力の正体は、この深い色の瞳だと言うことにようやく気付いた。
やはり空に浮かぶお星様は、瞳一つをとっても地上の人間とは一線を画すのだろうか。
綺麗どころのお祭りに惚けていると、それに気付いたミラが私の頬をぎゅっと引っ張った。
えへー痛くないよぉ。ミラの指が柔らかくて気持ちいい。
「未明子? 紹介してもいいかな?」
「しょい! オナシャスッ」
私は正気に戻った。
「彼女が私のステラ・カントル。犬飼未明子。同じ学校の同級生なの。昨日ステラ・ノヴァの契約を交わしたわ」
ステラ・ノヴァ?
ここに来て知らない言葉が出てきた。
ステラなんちゃらが多くて頭が混乱する。
「おめでとう! ミラ、良かったねぇ」
おそらく人間側だと思われるギャルっぽいお姉さんが優しい声でミラを労ってくれている。
自分の事の様に泣きそうになっているからきっと良い人なんだろうな。
他の人を見ると反応はそれぞれだけど、基本的にみんな喜んでいるようだ。
……どう見ても私を睨んでいる一人を除いて。
「未明子には戦いのことや、いま世界がどうなっているかはもう説明してあるわ」
「そうだったのか! いやー私の時みたいに逃げられない状況での説明じゃないのは優しいね」
メガネをかけた、目の下のクマが濃いお姉さんがケラケラ笑う。
「あ、あの時は悪かったって言ってるじゃない! もう時効よ時効!」
私を睨んでいた、アイドルみたいな服装の女の子がすかさず口を挟む。
この言い方をするってことは、この子がメガネのお姉さんのステラ・アルマなのかな?
完全に囲い込んでからあの説明をしたのか。お姉さん良く了承したな。
「ミラさん。わたくし達も自己紹介をしていいですか?」
「お願いします。すばるさん」
いまの会話をニコニコ見ていた女の子が一歩前に出る。
長く腰まで伸ばした黒髪が美しい、一見すると良家のお嬢様のような出で立ちの女の子だ。
私たちとは違う学校の制服を着ている。
「暁すばると申します。高校3年生です。どうぞよろしくお願いします」
私達の1個上の先輩だ。
一礼をする所作も美しいし、絶対いいところの育ちだよ。
もう分かる。そういう良い匂いがするもん。
暁さんは元いた場所に戻ると、隣にいるゴスロリっぽい服を着た小さな子の肩に手を乗せた。
その子がやや怯えた表情で私の方を見ると、小さな声で
「……サダルメリクです」
と一言だけ言って暁さんの後ろにササッと隠れてしまった。
おお……なんと分かりやすい幼女キャラ。
名前からしてもステラ・アルマであることは間違いないけど何座の子なんだろう。
そう思っていたら、暁さんはそのサダルメリクと名乗った女の子の両肩を軽く掴んで、ズリズリと引きずって自分の前に無理やり引っ張りだしてきた。
「メリク。ちゃんと自分のことを話しましょう」
ものすごい優しい笑顔なのにやってること厳しいな!
暁さん、もしかして私の思ってる人とはちょっと違う人なのかな?
「あ、あの……すばる……あの、あの……」
サダリメリクちゃんは泣きそうになっているのに暁さんは絶対に離そうとしない。
ニッコニコの笑顔のまま、困っている姿を楽しんでいるように見える。
もしかしてこの人……。
「すばるさん、サダルメリクのことが好きすぎて困らせて遊んだりしてるの」
ミラが小さな声で耳打ちしてきた。
やっぱり。好きな子のいろんな反応を見たいタイプだ。
私だって好きな子の顔はたくさん知りたいから気持ちは分からないでもないけど、そういうのは相応の信頼関係が無いと難しい。下手したら嫌われてしまう。
ミラの方を見ると「なに?」と首をかしげて天使の笑顔を返してくれた。
私は絶対にやらない。この笑顔で一生頑張れる。
「サ、サダルメリク! すばるのステラ・アルマで水瓶座の3等星です!」
ヤケクソ気味に答えたサダルメリクちゃんの頭を「よしよし」と言って撫でている暁さん。
この人、綺麗だけどおっかねぇ。
暁さんが割と高身長で、サダルメリクちゃんが小柄なので凸凹してて面白い。
でもこの二人、これでいて恋人同士なんだよな。
このユニバースにいるってことは、キスもしている訳で……。
私は二人がイチャイチャしているのを想像して胸が熱くなった。
……すばメリク。ええやん。
「じゃあ次はアタシね。九曜五月、大学2年生でっす!」
先ほどミラを労っていたギャルっぽいお姉さんだ。
思ったほどお姉さんではなかったけど、この中では一番年上だと思う。
茶色のふわふわした髪を肩にかかるくらいに切りそろえて、前髪を分けているので顔がよく見える。
元気な喋り方で人も良さそう。着ている服もお洒落で清潔感がある。
なにより優しい声なのが良い。思わず甘えたくなってしまうような安心感がある。
「そんでこっちの大人しそうなのがアタシのステラ・アルマでカシオペヤ座の2等星。ツィーだよ」
「イェー」
ツィーと紹介されたステラ・アルマの女の子は独特な声でダブルピースしている。
大人しそうに見えるけどハッチャケるタイプなのかな。なまじ顔が綺麗だからギャップが面白い。
九曜さんとは対照的に、着ている服が野暮ったくてとても親近感が湧く。
九曜さんよりは少し長いくらいの髪だけど、こちらも対照的で全然手入れがされていない感じだ。
全体的な容姿はほったらかしなイメージなのに、元々の顔のスペックが良すぎてそれですら魅力に感じられる。
何気にミラと同じ2等星のステラ・アルマなんだ。
「次は私だね。狭黒夜明。大学1年生だよ」
メガネのお姉さんは狭黒さんと言うらしい。苗字も名前もかっこいいな。
狭黒さんは赤茶っぽい色のミドルヘアで、大人しい服装のいかにもお姉さんと言った感じだ。
パンツルックで足が細いせいでめちゃめちゃ足が長く見える。
メガネをかけているからか、知力が高そうだなという知力の低い感想が出た。
「夜明のステラ・アルマ。アルフィルクよ」
最後に名乗ったのは、何がそんなに気に入らないのかさっきから私をずっと睨んでいる女の子だ。
銀色の長く美しい髪にベレー帽をかぶっている。
大胆に肩の出た黒のフリフリしたトップスに、タイトなミニスカート。
こちらも負けじと長い脚にロングブーツを履いていて、アイドルというよりはモデルさんの方が近いかもしれない。こんな人が街中を歩いてたら目が釘付けになりそう。
「アルフィルクはケフェウス座の3等星だよ」
「夜明、そんなこと別に言わなくていいのよ」
アルフィルクはなんか刺々しい性格みたいだ。
私は普段から邪険にされることもあるから別に気にならないけど。
知らない人といきなり仲良くとか誰でも出来る訳じゃないしね。
「これからよろしくお願いします。犬飼未明子です」
みんなの自己紹介を受けて改めて挨拶をした。
今日から一緒に戦っていく仲間ならいい関係を築いていきたい。
「ところで未明子くんはミラくんとどこまで進んだんだい?」
「はい?!」
メガネの狭黒さんから凄い質問を受けた。
「ど、どこまでって、どういう意味ですか?」
「どういう意味もなにも恋人としてどこまで進んだのか聞きたいんだよ」
「夜明、いきなりそういうの良くないと思うよー」
九曜さんがフォローに入ってくれたが、私はその質問に動揺が隠せなかった。
思わずミラの方を見るも、ミラは全く動じていない。
それどころか私の方を見返して頭に?を浮かべている。
あれ? 私が変な反応してるのか?
「ミラが昨日付き合い始めたって言ってたじゃん。まだそんなに進展してないって」
「付き合う前に体の関係があったっておかしくないだろう?」
「ミラはそんな不純な子じゃありません!」
お姉さん同士が妙な言い争いを始めてしまった。
私はどうしたらいいんだろう。
この状況に焦りながらミラの側に寄ろうと思ったら、いつの間にかミラと私の間にツィーさんがいた。全然気がつかなかった!! 危うくぶつかるところだった。
「マジな話、ステラ・アルマとステラ・カントルの関係は大事なんだよ。深ければ深いほど戦いに影響するからな」
「えっと。ツ、ツィーさんでしたっけ?」
「ツツィーではない。ツィー」
「ツィーさん!」
「いかにも」
なんだこのマイペース娘は! 狭黒さんと合わせて癖が強すぎる。
いや癖の強さで言えば暁さんとサダルメリクちゃんのコンビも癖は強いし、このやり取りの間もずっと私を睨んでるアルフィルクも癖強だし、癖の強い人しかいないのかここは!
「お。私たちを癖の強い連中だと思っているな。しかしそんな中、私の恋人は癖がなくて良い子だぞ」
「ちょっとツィー、未明子ちゃんに悪絡みするのやめなって」
「バカめ五月。新人にこそ五月が一番いい女だと言うことを教えなくてはならない」
「嬉しいけど今じゃないって!」
おぉ…。
このカオスな空間をどうしたらいいんだ。
気がついたら暁さんはサダルメリクちゃんを抱きかかえながらお菓子を食べさせてるし。
ハムスターみたいにお菓子を一生懸命食べてるサダルメリクちゃんがかわいい。
私はすがる様な気持ちでミラを見た。
「ね! いい子達でしょ?」
こんなところでもミラの天使っぷりが発揮された。
この全てを癒すようなミラの笑顔を見て、この状況をなんとかするのはもう諦めた。
とりあえず場が落ち着くまで置物になっていよう。そうしよう。
「ちょっといいかしら」
カオスな空間を見事破壊したのは狭黒さんのステラ・アルマ、アルフィルクだった。
彼女は私の方にツカツカ歩いてくると、顔を寄せてより強く睨んできた。
身長はそんなに変わらないのに態度のせいか私よりもかなり大きく見える。
「あんた。ステラ・カントルとしてミラを支える覚悟はあるの?」
いきなり何の話だ。
ステラ・カントルとして支える覚悟?
私がキョトンとしてるのが気に入らなかったのか、さらに語調が勢いを増していく。
「あの子がどれだけ長い間ステラ・カントルを探してたと思うの? ようやく見つけたあんたが生半可な覚悟しか持ってないなら、私はあなたを認めることはできないわ!」
これ、もしかしなくてもイチャモンつけられてる?
初対面の人にイチャモンつけられるのなんて久しぶりだな。
本来なら怖いとか頭に来るとか反抗心が湧いたりするんだろうけど、いかんせんイチャモンつけてくる相手が美人すぎて、私にとっては嫌な気持ちになるどころか、ご褒美タイムまであるんだが。
だからと言ってここでニヤけたりしたら火に油を注ぐだけだろうし、まずは相手が何が気に入らないかを探ろう。
「アルフィクル、私……」
「ミラ。……少しだけ私に話をさせて?」
おお!? な、なんだその優しい声!
私に怒鳴り散らしてる声とは正反対の優しい声!
わかった! この子も絶対いい子だな。
この子なりにミラの事が大切で、大切だからこそ何だか良く分からない私が気に入らないんだろう。
そういえば私、ここに来た時にニヤけてなかったっけ?
もしかしてあの一瞬の顔を見られてたせいで変な誤解を生んでる!?
もしそうだったとしたら悪いの私じゃん! これは謝った方がいいのだろうか?
「あんたが覚悟を持ってここに来てるって証明して」
謝る体勢をとろうと思ったら、いきなり難しい注文を受けてしまった。
流れがあったとは言え、私は狭黒さんとは違ってここに来るまで自分で選択する機会を何度も貰った。ミラがそうしてくれたからだ。
恋人にならない選択もできたし、そのあとでもステラ・アルマにならない選択だってできた。
私はその選択権をもらった上で、自分で決めてここにいる。
だから覚悟は決めているし、命だってかけるつもりだ。
でもそれを言葉以外で証明するのは難しい。
そして言葉で何と言ったところで、それで相手を納得させるのはもっと難しい。
何か行動で示さなくてはならない。
とは言ってもすぐに思いつくことでは無い。
このまま黙っていても相手の不満も不安もどんどん増していくだけだ。
何かいい手は無いかと頭を捻っていると、私とアルフィルクの間にまたもツィーさんが割り込んできた。
「いい方法があるぞご両人。バトルだバトル。相容れない同士はバトルで心を通わせるのが一番だ。幸い歩いてすぐのところに多摩川の河川敷があるからそこで殴り合ってこい」
不良漫画か!
仮にそれで友情が芽生えるとしても、女の子を殴るのは絶対に嫌だ!
流石にアルフィルクもそういう感じでは無かったらしく、その提案には引き気味だ。
「でもバトルと言うのはいい考えかもしれないね!」
次に口を挟んだのはニヤニヤこちらを見ている狭黒さんだった。
他人事みたいに余裕ですけど、いまあなたの彼女に絡まれています。
「どうだろう? 未明子くんとミラくんはまだ戦闘経験がないだろうし、未明子くんの操縦慣れの意味も含めて模擬戦を行ってみないか?」
模擬戦?
実戦の前に訓練をするってこと?
操縦しながら課題をクリアしていくとかそういのかな。それなら何とか……。
「もちろん私とアルフィルクが相手をするよ」
「模擬戦って狭黒さんと戦うってことですか!?」
私がミラに乗って、ステラ・アルマ同士で戦闘するという意味らしい。
初めてミラにステラ・アルマとしての姿を見せてもらった時は、そのまま倒れてしまったので結局彼女に乗ることは無かった。つまりまだステラ・カントルとして私は何も知らないのだ。
「それは無理があるのでは? 操縦をした事ない犬飼さんと、熟練の夜明さんでは勝負にならないと思います」
暁さんが険しい顔をしながら言う。
それはそうだ。説明書を読んだこともないゲームを、そのゲームをやりこんでいるゲーマーと勝負する様なものだ。勝ち負け以前に試合にならない。
「そうかな? ミラくんは2等星のステラ・アルマ。初心者と2等星のコンビなら、私と3等星のアルフィルクといい勝負になるんじゃないかな」
無茶苦茶言ってる。
ってか2等星と3等星ってそんなに性能に差があるのか。
だからと言って、流石にそれなら問題ないですねとは言える訳がない。
殴り合いを提案されてどん引きだった当事者であるアルフィルクを見ると、まぁそれなら…みたいに頷いている。
ちょっと待って! それただ私がボコられて終わらない?
それで覚悟を証明って難しいと思います。
このままだと狭黒さんの言った通りになってしまいそうだ。
私が焦っていると、ミラが落ち着かせるように手を握ってくれた。
「未明子、やろう!」
えー!?
ミラも乗り気なの!?
そもそも私が戦うってことは当然ミラも戦うって事だし、なんなら私のせいでミラがボコられることになるんじゃないかな。
「私と未明子ならきっとうまくやれるよ、大丈夫」
ミラの大丈夫が出てしまった。
私はこれを言われると弱い。
「でも、ミラが大変な思いをするんじゃ……」
「未明子となら何だって大変じゃないよ。それに私、早く未明子に乗って欲しいの」
そ、その言い方はズルいよミラさん!
そんな風に言われたらもう逃げ場ないじゃん。
やるしかないじゃん。
やったるわコンニャロー!
そもそも他に覚悟を示す方法も思いつかないならやるしかない。
不安で前に進めなくなるよりも、行動すればそこから始まる何かがあるのは今までもずっとそうだった。
私はしばし心を整える。そして
「分かりました。やります!!」
挟黒さんに決意表明した。