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第66話 醜い生き物③

 つい数秒前までフォーマルハウトの右手に生えていた指から、ステラ・アルマの体液が滴っていた。

 

 ステラ・アルマがロボットに変身している時は血液の代わりに鈍色の体液が体を巡っている。

 色が色だけに目立ちはしないが、その指から流れる体液はそれなりの量だった。


 当然斬られた指先からも体液が溢れていて、それを見てようやくフォーマルハウトは自分の指の先がなくなっている事に気づいたようだった。

 痛みに叫ぶでもなく、驚くでもなく、切断された指先をじっと見ている。



 未明子は斬り落とした指を地面に落とすと、容赦なく足で踏み潰して地面にゴリゴリと擦り付けた。

 原型のなくなった指は、すりつぶされて地面にこびりついていた。


「腕は九曜さんが斬り落としたいって言ってたからあと9本斬れるな。あ、足首も入れたら11本か」

『未明子、油断しないで』

「うん。絶対にしない。アイツに1%だって可能性なんて残してやらない」


 その声は冷え切っていた。

 きっと頭も心も冷え切っているんだと思う。

 逆に怒りと恨みだけは溶岩のように煮えたぎっている。

 そんな感情が伝わってきた。


『ああ……初めて姫にもらった傷か。これは記念だなぁ』


 こっちはこっちで自分の傷口を見てウットリしていた。

 いくらステラ・アルマの回復力が高くても欠損した部分はもう二度と再生しない。 

 相当な痛みが襲っているハズなのに、どうしてコイツはニヤニヤしているんだ。


『ところで今の攻撃、私は全く反応できなかった。なのにどうして首を落とさなかったんだ? それで終わってただろ?』


 フォーマルハウトにしてみれば当然の疑問だった。

 相手が反応できない程の超スピードで動いたなら、急所を突けばそれで終わっていた。


 それをしなかったのは未明子の目的がただ倒すだけでは無く、できるだけ苦しめたいと思っているからなのだが、当然アイツはそんな事情は知らない。


『姫に油断するなと言われているのにそれは油断じゃないのか? 私が反応できない速度で動くなんて尋常じゃない量のアニマを消費したはずだ。そんな無駄遣いをするなんて本気で戦うつもりがあるのか?』


 フォーマルハウトの言う通り、いまの攻撃で消費されたアニマは規格外だった。

 私が一度の加速に使用するアニマは数値にしておよそ100。

 一度の飛行で平均して8〜9回は加速するので、通常一度の攻撃で消費するアニマは1,000弱だ。


 対して今の加速には2万ものアニマを消費している。

 ダメージよりも相手の精神的動揺を狙った一撃だったが、狙った効果は得られなかったようだ。



「ふふ……ふふふ。お前いま、首を落とすって言ったのか?」


 未明子がフォーマルハウトの問いに何と返すつもりなのか心配していたら、何故か嬉しそうに笑っていた。

 その笑いには本当におかしな物を見た時のような無邪気さがあった。 


『はあ?』

「お前みたいなゴミでも無意識が働くことってあるんだな。核を潰すんじゃなくて、首を落とされた方が良かったのか?」

『何を言ってるんだ? 私が無意識に核を庇ったって言いたいのか?』

「核を庇ったのかステラ・カントルを庇ったのか知らないけど、私が狙うなら首よりも核の方だろ? お前にどんな目に遭わされたと思ってるんだ?」

『君が何を狙ってるかなんて知らねぇよ。何が言いたいんだ』

「もしお前が無意識にステラ・カントルを庇ったなら、ソイツも酷い目に合わせてやろうって思っただけだよ」

『未明子!!』


 未明子が恐ろしい事を言い出した。

 フォーマルハウトのステラ・カントルまで復讐に利用しようとしている。

 それは。それだけはいけない。


 未明子には話しておいたハズだ。

 フォーマルハウトは操縦者の必要ない特殊なステラ・アルマ。

 操縦席に乗っている女の子は、ただロボットに変身する条件を満たす為に利用されているだけ。

 意識もなくアイツの操縦席に囚われているだけなのだ。


 だから決着をつける際はステラ・カントルにされている子は救い出そうと話していたのに。

 もし未明子がその子に危害を加えるつもりなら、それはフォーマルハウトと同じになってしまう。


『ああ、なるほどな。彼女を私への復讐に利用しようとしているのか。……ハッキリ言うと別に構わないぞ。私とそこまで深い縁がある女じゃない。コイツに何かあったところで私は痛くも痒くもない』

「そうか。じゃあお前が見ている前でその子を殺すよ。お前がその子に縁が深かろうがそうじゃなかろうが、お前のせいでそうなったと言う結果を見せつけられるからな」

『…………好きにしろ』


 未明子が本気で言っているのか、煽っているのかは分からない。

 ただ、フォーマルハウトの方はらしくない反応だと思った。

 本当に興味がない相手だったら嬉々として差し出してきそうなものなのに。

 まさか動揺している?


 ……いや、ありえない。

 あのフォーマルハウトがこんな事で揺さぶられるなんて絶対にありえない。

 それどころか今の反応さえ罠の可能性だってある。


「少し楽しくなってきた。自分が殺されるのも嬉しいタイプなのかと思っていたからさ。お前の嫌がる事が見つかって嬉しいよ」

『趣味の悪い子だな。だが自分が前と同じ目に合う可能性も覚悟しておけよ? 今度は逃がさない。姫と一緒に死ぬまで嬲ってやるからな』


 未明子の冷たい口調に対してフォーマルハウトも威圧感のある口調で返す。

 このままではどちらが勝っても嫌なものを見なくてはいけない。

 何としてでも未明子の憎悪の対象はアイツだけに留めなくては。



 フォーマルハウトは左手をゆらりと上げると、指先をこちらに向けてきた。

 コル・ヒドラエを撃つつもりだ。


 フォーマルハウトがコピーしている固有武装コル・ヒドラエは超高速のビーム。

 狙いをつけて発射するまでの速度は0.1秒。

 そして弾速は一般的な拳銃とほぼ同じ秒速400メートル。

 つまり人間の反射神経だけで避けるのは難しい。


 九曜五月は超人的な勘と運動能力で何発かかわしていたと聞いて驚いたけど、通常この攻撃を避けるにはフォーマルハウトが狙いをつける前に動き出していなくてはならないのだ。


 だけど私の加速力を持ってすれば、未明子の反応が多少遅れようが回避は十分に可能だ。



 フォーマルハウトが指先から5本のビームを放つ。

 ビームは一瞬で目前まで迫るが、来る方向も分かっているこの状況なら余裕で回避できる。


 ビームを避けると、間髪入れずにフォーマルハウトへ突進した。

 一瞬で距離を詰め、右手に持ったサーベルを振りかぶる。


 ただし、このままサーベルを振り下ろしたら私達の負けだ。


『下がって!』


 私の警告で未明子がサーベルでの攻撃を止めて、真後ろに加速する。

 すると今いた場所に5本のビームが降り注いできて地面を焼いた。


『……ちっ』


 フォーマルハウトの舌打ちが正解の動きだと告げていた。

 あのまま攻撃していたらあのビームは私を貫いていただろう。


 更に後方に加速して、フォーマルハウトとの距離を取った。


「なるほど。厄介だね」

『コル・ヒドラエはフォーマルハウトのゲートと相性がいいの』


 今の攻撃、フォーマルハウトはビームを放つと同時にビームの行き先にゲートを開いた。

 そして私の真上にゲートの出口を開いて、外れたビームを上方向から降らせてきたのだ。


 ゲートを併用したコル・ヒドラエはビームが何かに当たるか、ビームのエネルギーが切れて消滅するか、ゲートを開ける射程外まで飛んで行くかを確認するまでは完全にかわせたとは言えない。

 一度かわしたからと言って安心しているとあらぬ方向から攻撃を受けてしまうのだ。



「近接戦の方が有利かと思ったけどこういう使い方もしてくるのか」

近遠(きんえん)混ぜ合わせて揺さぶりましょう。スピードはこちらが勝っているし、攻撃のチャンスはあるハズよ』

「さっきの超加速、あと何回行けそう?」

『やろうと思えば数回はできると思う』

「了解」


 良かった。

 ちゃんと周りが見えているし会話もできる。

 この調子で冷静に戦っていけたらベストだけど、フォーマルハウトは相手の心を乱す天才だ。

 どんな揺さぶりをかけてくるか分からない。


「ちなみに鷲羽さんのビームはどれくらい撃てるの?」

『私はどちらかと言うと動きにアニマを消費するタイプだからそこまで多くは撃てないわよ。他の固有武装をどれくらい使うかにもよるけど、6発フルの発射を10回くらいかしら』

「あれだけの威力をそれだけ撃てれば十分。大事に使うね」


 そんな会話をしていると、いつの間にか周囲を大量のゲートで囲まれていた。

 フォーマルハウトは自分の前に開いたゲートそれぞれにコル・ヒドラエを撃ち込んでいる。


『未明子!』

「分かってる!」


 ゲートに撃ち込まれたコル・ヒドラエが周囲を囲っているゲートから飛び出してくる。

 前後左右から同時に襲ってくるビームに逃げ場は無い。


 だが未明子は瞬時に上空に回避した。

 例え地上に逃げ場がなくても私なら飛んで回避できる。


 ビームの嵐を抜け、そのまま戦場を見下ろせる高さまで飛び上がった。


「これくらいの距離が開けば安全?」

『この距離なら大丈夫。アイツがゲートを開ける射程外だわ』

「でもここまで離れると攻めるにも少し遠いね」

『やっぱり周囲を飛び回って隙を作るのが最善手かしら』


 フォーマルハウトの攻撃速度と私の加速だったら私の方が速い。

 相手の攻撃を回避しながら近くを飛び回れば隙も作れるだろう。

 アイツが私の知らない固有武装を使ってさえこなければ、だが。


「ねえ、鷲羽さんの肩ビームと腋ビームってさ……」

『腋ビームって言わないで!』

「え? 腋から出るビームだから腋ビームでいいんじゃないの?」

『腋からビームは出てないわよ! 腋の位置にある砲身から出てるの! せめて腕下って言って』

「じゃあ腕下のビームってさ、別々で射撃はできるの?」

『上下で別々に撃つって事? それはできるけど威力が下がっちゃうわよ?』

「構わないよ。ちょっと試してみたい事があるんだ」

 

 未明子が何かを思いついたらしい。

 闇雲に撃ってもゲートで無効化されてしまうし、アイデアがあるなら是非試してみるべきだろう。


「攻撃をかわしながら射程まで突っ込むね!」


 私の固有武装 ”アル・ナスル・アル・ワーキ” の有効射程は中距離。

 こんな離れた所から撃ってもたいした威力は出ないし、射線がまっすぐなので簡単に避けられてしまう。

 効果的に使うならもっと近寄らなければならない。

 

 未明子は再びフォーマルハウトに向かって加速した。


 こちらの接近に対してフォーマルハウトは次々とゲートからの攻撃をしかけてきた。


 ゲートから飛び出してくるビームを避け、避けた先に開いているゲートからのビームも避け、次第にフォーマルハウトに近づいていく。


 ビームのシャワーを抜けながら有効射程まで接近すると、アル・ナスル・アル・ワーキを展開する。


 この固有武装はただの6連装ビームでは無い。

 加速中の超スピードでも砲身を展開・発射することが可能な武器だ。

 加速している分ビームの速度はフォーマルハウトに負けていない。


「まずは肩ビーム!」


 肩ビームって。

 アル・ナスル・アル・ワーキという名前があるのだからそっちを使って欲しいけど、未明子的にはそっちの方が言いやすいんだろうな……。


 肩側から出ている4門の砲身からビームが放たれた。


 ビームは正確にフォーマルハウトへと向かっていくが、フォーマルハウトは目の前にゲートを開いて、そのビームを飲み込んで無効化した。


 これは想定通り。

 ただ真っすぐ撃っただけの攻撃が無効化されるのは当然だ。


 未明子はアル・ナスル・アル・ワーキを展開したままさらに接近していく。

 すると、いまビームを無効化したゲートの口が閉じる。


「ここで腕下ビーム!」


 ゲートが閉じられフォーマルハウトまでの射線がクリアになったところで、残った2門からビームを発射。

 時間差をつけた2回攻撃だ。


 今度の攻撃もやっている事はさっきと同じ。

 真っすぐ目標に向かって撃ち込んだだけ。

 だが、フォーマルハウトはこの射撃をゲートで無効化せずに回避した。


「思った通りだ!」


 未明子はフォーマルハウトが避けた方向に加速してサーベルで斬りつけた。

 フォーマルハウトはその攻撃をコル・ヒドラエで作り出したビーム刃で受け止める。

 サーベルとビーム刃がぶつかって、その場に激しく火花が散った。


 未明子は更に私を加速させると、フォーマルハウトの背後に回り込んで背中を斬りつける。

 その斬撃がフォーマルハウトの背中の排気口を1本斬り落とした。


 もう一撃を食らわせてやりたかったが、コル・ヒドラエがこちらを狙っていたので後方に加速してその場から退避した。


 斬った排気口が地面に落下して高い音が響く。



「あのゲートは同じ場所に連続で展開はできないんだ」


 未明子が狙ったのは同じ場所に二度攻撃を加えるというもの。

 言われてみればフォーマルハウトが同じ座標にゲートを展開しているのは見た事が無い。

 相手の攻撃を無効化する際は別々の場所にゲートを展開している。


『時間差で同じ場所に攻撃を加えれば有効、と言う訳ね』

「それが分かれば次はもっと大きなダメージを喰らわせよう。アイツの余裕を奪ってやりたい」

『このまま攻め続ける?』

「もちろん!」


 未明子はそう言うと、再びフォーマルハウトに向かって突進した。











 アルタイルとフォーマルハウトが戦っている場所から少し離れたエリアでは、同じ機体同士の戦いが繰り広げられていた。


 夜明は偽アルフィルク、五月は偽ツィー、すばるは偽サダルメリクと戦っている。

 連携が取れるようになるべく離れないようにする方針だったが、その中で夜明だけは防戦に徹せざるを得ず、二人から離れた場所にいた。


 遊園地ゆえに高い建物はほとんど無い。

 仕方なく併設する病院の影に隠れながら偽アルフィルクからの射撃を凌いでいたのだ。


「五月くんもすばるくんもいい戦いをしている。敵はフォーマルハウトの固有武装によって強化されているのに全く引けを取っていなかった。やはり特訓が活きているね」

『……で、何で夜明だけは戦いもせずに隠れてるのよ』

「だってあの偽フィルク、後を考えなくていいから撃ちまくってくるんだ。始末に負えないよ」

『偽フィルクって呼ばないで』

「開幕でロケットランチャーをぶっ放してくる相手の正面に立つのは怖すぎる。ここは一旦相手の出方を見よう」

『でもあの偽物って私達の鏡像なのよね? って事はこんな影に隠れてたら……』


 アルフィルクの予感は大正解だった。

 相手が建物の影に隠れていたら取る戦法は決まっている。


 銃撃が止んだと思うと、すかさず足元にハンドグレネードが転がってきた。


『だと思ったわよ!!』


 時限式のハンドグレネードはタイミングぴったりで足元で大爆発を起こした。

 

 爆発は病院の外壁を飲み込み建物の5分の1程を吹き飛ばした。

 爆発地点を中心に爆炎が巻き起こり、それによって大量の埃が巻き上げられて周辺の視界を奪う。


 間一髪で爆発から逃れた夜明は、そのどさくさに紛れて偽アルフィルクから距離を取った。

 病院から大きく回り込んで遊園地の入り口方面に進む。


「いやー我ながら強いね。弾幕を張られるのがここまで厄介とは。今まで私と戦ってきた相手はどうやって突破してきたんだろうね」

『なに寝ぼけたこと言ってんのよ。いい加減こっちも反撃しないとフォーマルハウトに辿り着く前にやられちゃうわよ!?』

「そのフォーマルハウトと戦うことを考えたら下手に反撃はできないんだよ。こんな相手と撃ち合って弾を無駄遣いはできない」

『じゃあどうするのよ』

「弾の代わりに頭を使おう。なに、相手はアルフィルクと同じ戦い方だ。ならば裏の裏をかけばいい」

『それそのまま相手にも当てはまるんじゃないの?』

「いや、そんなことは無いよ。何故なら相手はあくまでアルフィルクの鏡像だからね」

 

 夜明はすでにこの固有武装の弱点を看破していた。

 敵をそっくりそのまま味方にできるのは恐ろしい能力だが、やはりそれなりの欠点はあるらしい。

 

 ハンドグレネードが起こした煙が晴れてくる頃には、ぐるっと大回りして偽アルフィルクがいる場所の反対側まで来ていた。


「このまま敵の背後を突いて向かって行くと十中八九、罠が仕掛けられている」

『夜明の得意技だもんね。それならどうするの?』

「うむ。罠があると分かっているんだから罠を警戒しながら進むか、逆に罠が無い方面から攻めるのがセオリーだ」

『そうよね。じゃあさらに回り込むの?』

「いや。ここで私は偽フィルクを無視するという選択肢を取る」

『はあ!?』

「いつもの私の戦い方ならその場を動かずに敵が攻めてくるのを待つはずだ。ならば私はそんな相手は無視して五月くんとすばるくんの援護に向かう」

『何でよ!? それぞれがそれぞれを相手するんじゃないの?』

「そんなルールは無いよ。敵が罠にハマるのを待ってくれているなら有難いじゃないか。そのままずっと待っていてもらおう」

『そんなのすぐに追っかけてくるでしょ?』

「あの偽フィルクにはそういう判断はできないんだよ。何故ならあれはアルフィルクの戦い方をマネているだけだからね。あれに私というブレーンは乗っていないんだ。普段の戦いなら相手が逃げ出すなんて想定外だから、マネしかできない偽フィルクはそんな予想ができないんだ」

『……じゃあ、あの私は……』

「しばらくはあのままだね」


 煙が完全に晴れると、偽アルフィルクが夜明を探していた。

 恐らく罠に嵌める為にどこから攻めてくるかを見極めているのだろう。

 

 しかし当の夜明は、そんな偽アルフィルクからはどんどん離れていた。

 裏の裏をかくというよりは表も裏もない道を突き進んだという感じだがこれも立派な戦術だ。


 ともかく戦いを放棄する作戦が功を奏し、夜明は二人の援護に向かった。 








 この数週間の特訓で五月の操縦は更に磨きがかかっていた。

 今まで戦闘中は常に全力で戦っていたが、攻撃の戻りや回避の後隙(あとすき)などで力を抜くことによってアニマの消費を劇的に抑えていた。


 一つ一つの動作では大して節約できなくとも、動き回る五月の戦い方の中でそれを繰り返す事によって、実質今までの半分以下のアニマで戦えていたのだった。

 しかもそれによって動きに緩急が付き、敵にとっては捉え辛い動きになっていた。


「ふんふん。ツィーのそっくりさんだけど、この動きはマネできないんだ」

『いま五月がやってるのは五月の技術だからな。私の鏡像を創ったところでこれはマネできん』

「改めて見ると今までの戦いって本当に無駄が多かったんだね。いまの回避とか着地で踏ん張る意味ないじゃん」


 アルタイルのアドバイスは五月を新しい世界に導いていた。

 アニマの消費を抑えるという行為は、そのまま動きの無駄を省く行為につながる。

 動きから無駄が減ればその分を別の動きに当てられるという事だ。

 

 いま戦っているツィーと鏡像のツィーとでは、動きが違いすぎて最早別の機体と言っても過言では無かった。

 鏡像のツィーが一度攻撃を加える間に、五月の操縦するツィーは二度反撃を加えていた。


 今までの半分のアニマの消費で相手の倍の手数を放つ。

 それはそのまま形勢に現れていた。


 戦闘開始から数分が経ったが、無傷のツィーに対して鏡像のツィーはすでに右腕に大きな傷を負っていた。

 それによってアイヴァンの振りが遅れ更に攻めの差を生んでいる。


 五月は冷静に敵の攻撃を見極め、それを最小限の動きでかわし、最小限のアニマ消費で有効打を返していた。


 傍から見れば凄まじい速さで斬り合っているように見えるこの戦いは、実際は鏡像のツィーが五月の攻撃を何とか凌いでいるだけのものだった。

  

「ごめんね、ツィー。見た目が気になるけどやっちゃうね!」

『気にするな。自分と同じ姿を見るのはあまりいい気分じゃない』




 夜明が偽アルフィルクを煙に巻いて遊園地の入り口方面に戻ってくると、すでに一つの戦いに決着がついていた。

 両腕を失った機体がまるで許しを乞うように座り込んでいる傍で、ツィーが2本の刀を構えていた。

 

 夜明がその姿を確認すると同時に座り込んでいる機体の首が刎ねられ、その機体は爆発四散した。


 その様子を見た夜明が、恐る恐る近寄りながら通信を入れる。


「あー。私が手伝うまでも無かったね」

「あれ? ざくろっち、そっちももう終わったん?」


 通信が返ってきた事によって本物が勝利したという確信を得た夜明は安堵のため息を吐いた。

 もっとも、今の五月が自分の鏡像程度に負ける訳はないと信じていたが。


「こっちは終わったと言うか、後回しにしてきたと言うか。とりあえず二人の援護を優先したのだが必要無かったみたいだね」

「そうだね。ウォーミングアップには十分だったかな。今めっちゃテンション上がってるよ!」

「それは何より。ではこのまますばるくんの援護に向かいたいのだが構わないかね?」

「オッケー。確かすばるちゃん、あっちの方で戦ってた……」


 五月がよみうりランドの目玉アトラクションであるジェットコースターのある方を指さすと、そちらから巨大な黒い塊がこちらに飛んでくるのが見えた。


「「わーーーーッ!!」」


 二人が同じ叫び声をあげてその巨大な塊を慌てて回避する。


 その巨大な塊は今まで二人がいたあたりに墜落すると、周囲の遊具を巻き込んで大きな衝撃音と土煙を巻き上げた。


 素早く動ける五月はともかく、ギリギリ回避できた夜明はメリーゴーラウンドに寄りかかって脂汗を垂らしていた。


「なななななな何だい一体!? 何ごとだい!?」

「大変申し訳ありません。まさかここまで吹き飛ぶとは思っておらず……」


 声の主であるすばるが、飛来物が飛んで来た方向からやってきた。


「すばるくん? じゃあ今のはもしかして……」


 夜明がいま自分を殺しかけた巨大な塊を見ると、それは地面にめり込んだ偽サダルメリクだった。


「怪我をしていたせいで五月さんほど訓練はできませんでしたが、インパクトの瞬間にアニマを集中させるだけでここまで威力が出るものなんですね」

「え、もしかしてすばるちゃん、この巨体をパワーでここまで殴り飛ばしたの!?」

「はい。出力強化は基本値を底上げするだけだと思っていましたが、これはアニマを集中させると威力にボーナスがかかりますね。一度強化係数を調べてみたいものです」

「おお……ゲーム屋の娘が何か言い出したぞ」


 サダルメリクの重量をここまで吹き飛ばせる攻撃なら、普通のステラ・アニマがその攻撃をまともに喰らったらペシャンコになる威力だ。

 今まで攻撃をあまり得意としないすばるだったが、アニマのコントロールによって高い火力を手に入れていた。


「素早い相手には当てられませんが、タンクタイプの相手には信頼できる手札が増えました。とは言え、この相手にはそこまで有効打ではありませんでしたか」


 すばるに吹き飛ばされて地面にめり込んだ偽サダルメリクは、何事も無かったかのように立ちあがろうとしていた。


「中に人がいれば衝撃でひとたまりも無かったと思いますが、機体だけではどうにもダメージに欠けるみたいですね。やはり銃火器での攻撃が必要になりそうです」


 すばるの攻撃力を持ってしても偽サダルメリクの防御を貫くのは難しいようだ。

 自慢の厚い装甲は敵に回すとその厄介さが分かる。


「どうする? アタシの刀じゃ流石にメリクちゃんの装甲は抜けないよ?」

「3対1でも攻撃手段に悩むとは、我ながら攻略の難しい敵ですね」


 偽サダルメリクが体を起こして大盾をこちらに構え直す。

 その盾の圧倒的防御力は、ちょっとやそっとでは破れない事を全員が理解していた。


「私が正面から抑えますので、お二人は背後から攻撃をお願いいたします」

「オッケー! 任せて」

「……いや。せっかくだから、あのメリクくんにはアトラクションで楽しんでもらおう」

「どゆこと?」


 五月の問いに、夜明は先ほど偽アルフィルクと戦っていた場所を指さした。


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