第65話 醜い生き物②
みなみのうお座1等星フォーマルハウト。
私達1等星の中でも忌避される存在だ。
性格を一言で表せば自分勝手。
行動に一貫性が無く、気分で敵に回ったり逆に力を貸してくる場合もある。
基本的にコイツと意思の疎通を図るのは不可能だと思ったほうがいい。
それ故コイツは全てのステラ・アルマから嫌われている。
自分以外に興味の無いステラ・アルマだったとしてもフォーマルハウトの名前くらいは知っている程だ。
私は何故かコイツに好かれてしまっている。
そして私の行く先について回ってくるのだ。
これまで滞在していたユニバースではある程度の距離を置いて深く関わることは無かった。
だが、今回はとうとう敵対するまでに至った。
コイツに対しては嫌悪感しかない。
いかに好かれていようとも決して私の言うことを聞いたりはしないし、会話をしていても気分が悪くなるばかりだったからだ。
そしてコイツは私の愛する未明子から大切なものを奪った。
未明子が壊れてしまったのはコイツのせいだ。
その時点でコイツは私の正式な排除対象になったのだ。
『いつか姫と戦場で会える日を夢見ていたんだが、とうとうその夢が叶ったなぁ』
フォーマルハウトはそのことが嬉しくてたまらないのか、気色の悪い動きをしていた。
一応それなりの見栄えである人の姿だったとしても引いてしまうような変な動きを、ロボットの姿でやられると尚のこと気持ちが悪い。
『何度でも言うけど私はあなたとなんて顔も合わせたくなかったわ』
『しかもお仲間を連れて私を殺しに来てくれるなんて感動で涙が出そうだよ』
やっぱりコイツとは会話が成立しない。
こちらの言い分なんて全く聞かずに自分の言いたいことを言っているだけだ。
『犬飼未明子。再び会えて嬉しいよ。少しやりすぎてしまったかと思ったんだが、ちゃんと立ち直れたみたいだな』
「……」
『私は君も結構気に入ってる。君が姫と契約してくれたのは最高だ』
「……」
『おいおい。何か言ってくれよ。私が相手に敬意を払うなんてあまりないんだからさ』
「……お前みたいなクズと話すことなんてあるか」
『そう! そういうのが君のいいところだ。全然私を怖がってないもんな。君、なんだかんだ私が好きだろう?』
未明子は努めて冷静にしているけど腹に据えかねているのは間違いない。
私だって苛立って仕方がないレベルなのに、飛び掛かっていかないだけでも褒めてあげたい。
『それと夜明。君も私を殺しに来てくれたんだよな。歓迎するよ。えーと、どいつの中だ? そのデカいのか?』
「別にお前に歓迎されたくて来たんじゃないよ」
『ああ、その細い白いのか。ステラ・アルマの方はなんて言ったかな。まあ別にいいか』
『アルフィルクよ。覚えなくて構わないわ。どうせすぐに死ぬんでしょ?』
『お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。私が興味あるのは夜明だけだ』
『コイツ……!!』
フォーマルハウトのこの話し方は驚くことに相手を煽っているわけでは無い。
コイツは普段から誰に対してもこういう話し方なのだ。
自分の興味のある相手とそれ以外。
興味を持った対象には気持ちの悪くなるような執着を見せるくせに、それ以外に対しては話し相手どころか意思のある生命体と思っているかどうかも怪しい。
『よし! じゃあそろそろやろうか。これ以上喋っていても時間の無駄だからな。せっかくだからできるだけ戦いに時間を使いたいんだ』
フォーマルハウトが一方的に話を終えようとすると私の背後からため息が聞こえた。
すばるはともかく、ため息の主である九曜五月は流石にイラっと来たようだった。
フォーマルハウトは完全に九曜五月とすばるを無視している。
おそらく以前二人を殺しかけたことも覚えていないのだろう。
この中でアイツの興味が向いているのは私、未明子、夜明の三人だけのようだ。
フォーマルハウトはその場で腰を下ろすと、隣にへたり込んでいる白黒模様のステラ・アルマの顔を左手の甲でガンガンと叩いた。
『お前いつまで放心してるんだ? ここにいると巻き込まれるぞ。ちょっと離れてろ』
「へ……? あれ……?」
『お前の仲間は全員死んだ。だから安心してすみっこの方で震えてろ』
思っていた通り相手のユニバースの戦士は全員やられてしまったらしい。
ただ一人残された機体の操縦者は「ひぃぃッ」と悲鳴をあげてその場から離れて行った。
「他は全員始末したのにどうしてあの子を残したんだい?」
『うん? だって全員殺したら勝者がいなくなってしまうだろ? 私はこの戦いに関係ないからな』
「それは私達も全員殺すと言うことかな?」
『そのつもりで来たんじゃないのか? 負けても助かるなんて思ってたのか?』
「いいや。ここに来てそんなに甘い考えは持っていないよ。お前が勝てるつもりでいるのが少しおかしかっただけさ」
『この前何もできずにやられたのはお前達じゃなかったか? それとも前回いなかった夜明はそんなに強いのか?』
「私達だってそれなりに備えてきているさ。それに今回はアルタイルくんだっている。前と同じようにはいかないよ」
フォーマルハウトが一人で全員と戦うつもりなら、ハッキリ言ってこちらが圧倒的に有利だ。
私とアイツの実力にどれ程の差があるか分からないけど、それにしたって夜明達三人を加えたら流石に厳しい戦力差になる。
『おお。それもそうだな。じゃあ私も張り切って皆殺しにしないといけないな』
本当に何を考えているのか分からない。
敵を残しておけば三人の足止めだってできたのに。
そんな簡単な計算ができない程頭の悪い奴ではない。
絶対に何か良からぬ事を考えている。
「悪いけどこちらは全員でやらせてもらよ」
『うんうん、それでいいよ。頑張れ頑張れ』
4対1。
フォーマルハウトとの戦いは夜明によって様々なパターンが想定されていた。
その中でも誰の被害もなく全員で対峙できたのは最高のパターンだ。
これでもし負けるようなら最初から勝ち目は無かったという事になる。
夜明が一歩前に出て、持っていたアサルトライフルをフォーマルハウトに向ける。
それと同時に全員が一歩踏み出てそれぞれの武器をフォーマルハウトに向けた。
「狭黒夜明とアルフィルク。この銃でお前の足を風穴だらけにしてやる」
「九曜五月とツィー。この刀でアンタの腕を両方とも斬り落としてあげるね」
「暁すばるとサダルメリク。この盾であなたの下半身をすり潰して差し上げます」
そして未明子が左手のパイルバンカーを構え、この中で最も強い殺意を向けて言った。
「犬飼未明子。お前がギリギリ生きていられるまで体を焼く。そして最後にこの杭で核を抉り出してやる」
フォーマルハウトは全員から殺意を向けられたのがよほど楽しかったのか、手を叩いて喜んでいた。
未明子はこの日が来るのをずっと待っていた。
恋人を殺されて、憎くて憎くて仕方のない相手に恨みを晴らす日が来るのをずっと待っていた。
死にたくなるほど辛い日々でも、恋人との大事な絆を捨てることになっても、目の前の敵を倒すために文字通り心が壊れても生きてきたのだ。
未明子の想いを遂げさせてあげたい。
その為に私が未明子の翼になる。
フォーマルハウトはひとしきり喜ぶと背中の排気口から紫色の煙を吐き出し始めた。
そして恒星を囲む環のように、フォーマルハウトの体をオレンジ色の輪が覆う。
固有武装 ”ファム・アル・フート” を発動させたのだ。
雲を作って雨を降らし、その雨に触れた本体が一時的に強化される固有武装だ。
そして2等星以下のステラ・アルマはその雨に打たれると体が溶けてしまう。
本来であれば雨を降らせる前に止めた方がいいのだが、これは事前の作戦で止めないと決まっていた。
どんな能力だって事前に分かっていれば対策は打てる。
私以外の3体のステラ・アルマはファム・アル・フートが雲を作り切る前に、バックパックに仕込んでおいたマントを取り出すと、それを纏うように全身に被った。
その姿はまるで砂漠を横断する旅人のようであった。
「フォーマルハウトには固有武装をガンガン使ってもらう」
対フォーマルハウト戦の作戦会議で夜明から方針が発表された。
「奴の固有武装がアニマを大量に消費するなら、むしろ使わせるような戦い方をしてアニマ切れを狙おう。ステラ・アルマは行動するにもアニマを消費する。固有武装を使えば使うほど奴の選択肢がなくなっていく筈だ」
「成程ねー。なんなら全員で逃げに徹するだけでも効果あるね!」
「ゲートを開くにもアニマを消費します。メリクの盾の中に避難して無駄撃ちさせましょう」
フォーマルハウトの燃費の悪さを利用した持久戦。
これもやはり1等星の強さが限定的と言われる理由だ。
1等星の持つ固有武装の能力は2等星以下よりも確実に優れている。
だがそれ故にアニマの消費量が2等星以下とは比較にならない程高い。
戦いが長引けば長引くほどアニマの価値が上がっていき、逆に1等星の勝率は下がっていく。
その上アイツは他人の固有武装を使用すれば倍のアニマを要求される。
持久戦は最早フォーマルハウトの弱点と言ってもいい。
「私達はアニマを削る役目に徹しよう。そして未明子くんは最初から手加減なしの全力で戦ってくれたまえ」
「攻撃と防御でどんどんアニマを使わせていくんですね?」
「その通り。勿論アニマを削る事にとらわれずに倒せるなら倒してしまって構わない。アルタイルくんも同じ1等星。奴に遅れを取ることは無いだろう?」
「性能だけで言えば私の方が上だからね。ただ、性能だけで決着がつかないのは忘れないで」
「そうだね。強い弱いに関しては相性や対応能力などの複合的な条件で決まる。それにアイツがどんな隠し玉を持っているのか分からない。仮に全員で戦えたとしても油断してはいけないだろう」
戦いは性能やアニマの量だけで決まるほどシンプルではない。
そうじゃないから作戦や土壇場の精神力が必要になってくるのだ。
だから今回、私達はでき得る限りの準備をしてきた。
『どうした? 全員でカッパを被ってオシャレか?』
「お前のファム・アル・フートはステラ・アルマの体以外には影響を及ぼさない。前回の戦いでも周囲の建物や植物には何も起こっていなかった。つまり布一枚でも隔てれば体が溶けるような事はないのさ」
『ああ。そう言えばお前達はこの雨が苦手なんだったな。悪いなわざわざ備えさせちゃって』
フォーマルハウトはこの光景を見ても歯牙にもかけない様子だった。
「……分かっていましたが全く応えませんね」
「こっちは前回これで酷い目にあったって言うのにさ。でもこれで雨の中でも戦えるね」
『とは言ってもマントからはみ出てるところに雨が当たったら痛いからな。雨が止むまでは考えて戦えよ』
『はー。ロボットになっても肌を守らなきゃいけないとか最悪ね』
『アルフィルクは、ちょっとくらい喰らっといたら? 面の皮が、薄くなるよ』
『サダルメリク、あんたマジで覚えておきなさいよ。戦いが終わったらスッポンポンにひん剥いてやるから』
『なんだぁ、てめえ。受けて、立つ』
『いやあなた達。緊張感持ってね? これは命を懸けた戦いだからね?』
「大丈夫だよ鷲羽さん。みんなはこのモードの時が一番強いから」
未明子に窘められてしまった。
おちゃらけてるのにこれが一番調子良いの?
みんな冗談を言いながら敵をせん滅していくタイプなのだろうか。
それともここまで戦いを続けると自然とそうなってしまうのだろうか。
どちらにせよ怖い。
空を紫色の雲が覆い、やがて雨が降り始めた。
これでフォーマルハウトの戦闘準備が整った。
だがこちらも黙って待っていた訳ではない。
戦いやすいようにそれぞれがポジション取りをしていた。
ツィーが一足飛びで攻撃できる距離まで接近。
その隣に盾を構えたサダルメリクが並ぶ。
そしてそのサダルメリクのすぐ後ろにアルフィルクがアサルトライフルを構えていた。
私は空から攻めるので、みんなからは少し離れたところに立っている。
私とツィーの同時攻めをサダルメリクがサポートする形だ。
もしゲートを使われてサダルメリクが背面を取られても援護できるようにアルフィルクが睨みを利かせている。
フォーマルハウトがどういう攻め方をしてきても対応できるフォーメーションだ。
『作戦担当は夜明か? 一度戦っただけで私を良く理解できてるじゃないか。君も、もしかして私が好きなのか?』
「お前がこのまま簡単にやられてくれたら或いは好きになるかもね」
『それは嬉しいな。私が勝ったら殺す前に二人で食事でもしようか?』
「面白いことを言うね。お前がメインディッシュだろ? 最低最悪の料理を味あわせてもらうよ」
『ドキドキしてきた。私、君に食べられちゃうのか』
フォーマルハウトはまた嬉しそうに気色の悪い動きをしていた。
夜明は舌戦でペースを握るのが得意みたいだけど、それが通じるのは相手がまともな奴だけだ。
元々狂っているアイツの心をかき乱すには無理がある。
機嫌良さそうに体をくねらせていたフォーマルハウトだったが、ピタリと止まると夜明達を指さした。
そしてその突き出した指をグルグルと回す。
『まあ、食べられるのは私じゃなくてお前達なんけどな』
その言葉と共に、夜明達の背後に巨大な黒い泥の塊のような物が3つ現れた。
警戒した三人が距離を取ると、黒い泥も三人に連れ添って動く。
良く見るとその泥は三人の足元から伸びていた。
『何これ!? 気持ち悪い!!』
「アルフィルク、何か感覚はあるのかい?」
『別に無いけどいつの間に仕掛けられてたの!?』
「設置型の罠でしょうか。ダメージを狙ったものと言うよりは特殊な効果がありそうです」
「ちょちょちょ! みんなあの黒いの見て!」
九曜五月が黒い泥を指さすと、その泥はだんだんとロボットの形を取り始めた。
それも、泥が繋がっているそれぞれの機体を模した形だった。
泥はみるみる内に、ツィー、サダルメリク、アルフィルクと同じ形になった。
私はこの現象に見覚えがある。
『これはアケルナルの……。フォーマルハウト、あなた!』
『流石に姫は知ってたか。あのお説教ヤローの能力を使わせてもらった』
『いつの間に!? みんな聞いて! それはアケルナルというステラ・アルマの固有武装 ”アーヒル・アン・ナハル” 。影に触れた相手の鏡像を創り出して操る能力よ!』
「エリダヌス座1等星のアケルナル!? 1等星の固有武装もコピーできるのか!!」
『でもアイツに影なんて触られてないわよ!?』
アケルナルの固有武装は強力な代わりに条件が厳しい。
何せ相手の影に直接本体が触れなければいけないからだ。
動き回る相手の影に触れるのは難しいし、影に触れるほど近寄れるなら直接攻撃した方が早い。
使いどころが難しい能力なのだ。
ただ、今の状況ではかなり有用な能力だった。
「しかも今は雨が降ってて影なんてできないのに! なんか別の能力と併用してるって可能性は?」
「……いえ。フォーマルハウトが条件を満たす瞬間に心当たりがあります。とにかく反撃体制を整えましょう」
作り出された鏡像はそれぞれの機体の前に不気味に立っているだけだった。
姿形が同じだけで魂など何も入っていない伽藍洞の容器のようだ。
三人はフォーマルトに背を向けないように、その三体を迎え撃てるポジションに移動する。
「恐らくですが、さっき敵のステラ・アルマを逃がした時です」
「ど、どゆこと?」
「あの時、敵の機体の方に注目してしまってフォーマルハウトを良く見ていませんでした。左手で敵の顔を叩いていた時に右手があの機体の影に隠れていたように思えます」
「……やられたねぇ。そういうことか」
「あの時フォーマルハウトの右手は敵の体の影に作ったゲートを経由して、わたくし達の真後ろに移動していたんだと思います」
「それで影を触られてたの!?」
「ただのパフォーマンスだと思っていましたが意味のある行為だったみたいですね」
それは私も気づけなかった。
アイツが興味の無い対象にする、いつも通りの対応だと思い込んでいた。
まさかあの瞬間にそんなことをしていたなんて。
『正解だよ。あれに気づけるのは凄いなぁ。そうやって疑問を増やして相手を混乱させるのが楽しいのに』
「ただのクレイジーサイコパスでは無いと言うことですね。見くびっておりました」
『その自分の理解が及ばない相手をクレイジーとかサイコパスとか言うのやめろよ。私から言わせれば薄い人間関係の相手を信用して付き合ってる奴の方がよっぽどクレイジーだし、それで自分の思い通りにいかなかった相手を裏切り者呼ばわりしている方がよっぽどサイコパスだぞ』
「いえ、そんな話はしておりませんよ。あなたが力だけではなく頭も切れる敵だと言っているのです」
『お。褒められてたのか。いやあ、照れるな』
「褒めておりませんが」
コイツはこんな軽口を叩いていて良いのだろうか。
確かにこれで4対1から4対4になってしまったが、あの固有武装は敵をそっくりそのまま創りだせる代わりに消費アニマが凄まじい。
それを倍の消費で3体も作りだしたら、下手したら半分近くのアニマを消費したのではないだろうか。
それは他のメンバーも気づいていたようで、敵の数が増えたことに対してそこまで脅威には感じていないようだ。
手を知り尽くしている敵が増えるよりも、フォーマルハウトのアニマを削ったアドバンテージの方が明らかに大きいという判断だ。
『ああ。参考までに言っておくとそいつらはオリジナルと全く同じ性能だ。持ってる固有武装、内蔵アニマまでそっくりそのままな。ただ私のアニマで創りだした連中だからこの雨でダメージは受けないし、何ならしっかり強化もされるからよろしくな』
「嫌だねぇ。アルフィルクの姿をしているのに嫌いな奴のアニマでできてるのか」
『なんだよ夜明。私のこと好きじゃなかったのか? これは酷い裏切りだ』
「お前さっき自分で何て言ったのか忘れたのかい?」
『傷ついたからもう動かすからな。おいお前ら、目の前の奴らをぶっ殺しな』
フォーマルハウトが雑な命令を出すと鏡像達の目が赤色に光った。
ステラ・アルマの目は青色なのでこれなら姿形が同じでも見分けがつく。
間違って味方を攻撃せずに済むのは唯一の救いだ。
「作戦変更だ。とりあえず目の前の鏡像を倒すことを優先しよう。未明子くん、それまで一人で戦ってくれ!」
「了解です。みんなが助けに来てくれる前にアイツを殺しちゃったらごめんなさい」
「うーん。それは残念だね。せめて首だけでもいいから残しておいてくれたまえ」
「あ、じゃあそれで」
……夜明と未明子の会話の方がよっぽどサイコパスだわ。
やっぱり全員フォーマルハウトへの恨みが限界突破してる。
この戦いは敵も味方も尋常じゃない。
この異常な空気に私も流されないようにしないと。
未明子の操縦で私は空に飛びあがる。
空中から戦場を俯瞰すると、フォーマルハウトの後方に戦いやすそうなエリアが見えた。
「やっぱり鷲羽さんはこの雨の影響を受けないんだね」
『多少気分は悪いけどね。それよりも少し場所を離しましょう。私達の戦いに三人が巻き込まれる可能性があるわ』
「そうだね。前にホワイトキャニオンがあった方に誘い込もう」
『えっと……それは何処のこと?』
フォーマルハウトを飛び越して中央広場から東の方に向かって飛行する。
そしてゴーカートのコースをまたぐ階段付近に着陸した。
すると目の前に紫色のゲートが開いて、そこからフォーマルハウトが姿を現した。
『姫と遊園地でデートとは気が利いてる』
『なら天気を悪くしないでちょうだい。体にまとわりつくあなたの雨が不快なのよ』
『ああ、雨が羨ましいな。それなら私が雨になりたい』
『どうしてそんなに気持ちの悪い言葉がホイホイ出てくるのよ』
結局コイツが私をどうしたいのか分からないままだった。
好きだと言ったり戦いたいと言ったり、私に対してどういう感情を持っているのか理解できていないままだった。
『フォーマルハウト。どうしてこの戦いを望んだの? 別にあなたが私と戦う理由なんて無いじゃない』
『なんでだよ。好きな相手と戦いたいと思うのが変なことか?』
『私達は本来戦い合う存在じゃない。戦うことに意義を持つなんておかしいわ』
『おかしくない。好きで好きでたまらないから相手を支配したくなるんだろ』
『勝って支配するなんて思考がお門違いなのよ。私はあなたに負けたからって支配されるつもりはないわ』
『姫がどう思うかなんて関係ないんだ。私は私に負けて絶望を浮かべた姫を凌辱したいだけだからな』
『……女の子の敵ね。最低』
やっぱりコイツの戦う理由に大した意味なんてない。
ただ自分の欲望を満たしたいだけだ。
『犬飼未明子。君は私に言いたいことは無いのか? 恨み言だって死ぬほどあるんだろ?』
フォーマルハウトがこちらを指さして、未明子に問いかける。
『君のおかげで姫と戦うことができたんだ。言いたいことがあるなら聞いてあげるよ』
……。
一瞬、風が揺らいだ。
それくらいの事だった。
私は未明子を心底恐ろしいと思った。
未明子のことは大好きだけど、絶対に怒らせてはいけない存在なんだと思い知った。
『どうした? 別に何もないのか? この後はもう聞いてやらないぞ?』
フォーマルハウトが未明子を煽っていたが、アイツは自分に何が起きたのか気づいていない。
未明子が私をどう使ったのか理解していなかった。
未明子が一体どれほどの怒りを自分に向けているのかこれっぽっちも理解していなかった。
未明子は、私の手の中に握られている ”ソレ” をゆっくりとフォーマルハウトに見せた。
「……お前に言うことなんて一言しかないよ」
私の手の中に握られているのは1本の、指だった。
いましがた私を指さしていたフォーマルハウトの右手の人差し指。
本来私が加速する為に消費する何百倍ものアニマを一気に消費して、まるで時間を止めたかのような刹那の瞬間で斬り落とした指だった。
それを持ち主本人に見せながら、冷たい声でこう言った。
「せいぜい、苦しめ」




