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第64話 醜い生き物①

 8月の終わり。

 夏休みも間もなく明ける暑い日に、戦いの日がやってきた。

 

 その日をみんなどう迎えるのかと思っていたけど、拠点に集まったメンバーは思いのほか普通だった。

 あんなにフォーマルハウトを恨んでいた未明子でさえ、すばると何やら楽しげに話している。


 これから戦いに行くと言うよりも旅行に行くのに集まったような雰囲気だった。


 私は決死の覚悟でやってきたのに、みんなの顔を見て拍子抜けしてしまった。

 ガチガチになるより全然いいけど少し気が抜けすぎな気がしなくもない。


「そろそろ本題に入ってもいいか?」


 少し前から姿を現していた管理人がいつまでもお喋りをやめない面々に釘を刺した。


「今回の敵の数は6体。2等星が4体に3等星が1体。それに4等星が1体だな」

「2等星4体ってやばいわね。こっちに1等星がいると相手はそんな戦力になるの?」

「でもお互いの戦力を比較していくと、アルタイルくんには2等星2〜3体の計算だね。それくらいの戦力があれば1等星とも戦えると言う計算なのだろう」

「それでも1等星相手にはそれだけ戦力が必要ってことでしょ? これにフォーマルハウトが加わったら勝ち目が無いじゃない」


 いま管理人が言った敵の数にフォーマルハウトが加わったとしたらそれは大ピンチだ。

 だけど恐らくそうはならないだろう。


「フォーマルハウトは私との一騎打ちを望んでいるはず。だから少なくとも敵チームに混ざって挑んでくる事はないと思うわ」

「となると、他の6体を私達で何とかするしかないか。未明子くんに加勢できるとしたらそれからになるね」

「先にアルタイルちゃんに6体瞬殺してもらって全員でフォーマルハウトと戦うってのは?」

「私はすぐにでもフォーマルハウトと戦いたいです」


 五月の提案にそれぞれが反応する前に未明子が言った。


「みんなには申し訳ないですけどこれだけは譲れないです。フォーマルハウトが出てきたら私はフォーマルハウトだけを狙います」


 未明子ならそう言うだろうと思っていた。

 そもそも未明子に取って今回の戦いは世界を守る戦いではない。フォーマルハウトへの復讐の戦いだ。

 アイツがいるのにそれを無視して他の敵と戦うなど論外だろう。


「ではやはりわたくし達でその6体を倒しましょう。早く倒せば倒すほど犬飼さんが有利になります」

「了解! まあフォーマルハウトと戦う前のいい肩慣らしになるかもねー」

「私と五月で2等星は全部倒すから、夜明達はつゆ払いに徹してくれていいぞ」

「それは頼もしいね。でも今回は私もやる気だから、もしツィーくんの活躍の場を奪ってしまったら申し訳ないな」

「夜明さんもそのつもりでしたか。実はわたくしとメリクも大暴れする準備万端でした」

「この前、ボコられた憂さ晴らしくらいは、させてもらう、つもり」

「サダルメリクがやる気だと怖いわね。何にせよ全員気合い十分って事かしら?」


 アルフィルクの問いに全員が無言で頷いた。

 気が抜けていると感じたのは私の杞憂だったらしい。

 

 ……でも、何だろう。

 何故か全員の表情に違和感を感じる。



「そう言えばツィーさんの固有武装って前回壊されてませんでしたっけ? 素手で戦うんですか?」

「ワンコ、お前このタイミングでそんな基本的なこと聞いてくるのか」

「だって聞かされてないですもん」

「破壊された固有武装は戦闘後にもらえるポイントで修理できるんだ。だから申し訳ないが今回はポイントを強化に回す余裕はないぞ」

「なるほど! じゃあ固有武装は壊れても問題ないんですね!」


 未明子の顔がパァッと明るくなる。

 その顔を見て逆に私は全身に悪寒が走った。

 壊れても問題ないってどういう意味なんだろう……。


「お前、自分のステラ・アルマを大事にしろよ。固有武装だって体と繋がってる武器だとちゃんと痛みもあるからな」

「体と繋がってる?」

「あるだろ、腕と一体化してる剣とか腹から出るビームとか」

「あ、じゃあもしかしてフォーマルハウトの背中の煙突を壊したら痛がりますかね?」

「知らんわ。嫌がらせするんじゃなくてちゃんと戦略的に戦えよ?」


 未明子はそれを聞くと残念そうに「そっかー」と言っていた。

 何を考えているのか分からないのでとても怖い。


 いきなり一人で突っ走る可能性も考えて、気持ちを整理できているか確認した方が良さそうだ。


「未明子、大丈夫?」

「何が?」

「フォーマルハウトを前にして冷静でいられる?」

「何で冷静でいなくちゃならないの?」

「頭の中が復讐心でいっぱいじゃ正確な判断ができないでしょ?」

「そんな事ないよ。どうすればアイツのやりたい事を潰せるか、どうすればアイツが嫌な思いをするか、どうすればアイツを惨たらしく殺せるか、それを正確に実行する為にむしろいつもより頭は冴えてるよ」

「それが危険なのよ。そんなんじゃフォーマルハウトに足をすくわれるわ」

「鷲羽さん。心配してくれてるのかもしれないけど私はフォーマルハウトに勝ちたい訳じゃないんだよ」

「……どういう事?」


 未明子は「ふぅ」と一息吐くと、少し語気を強めた。


「私はフォーマルハウトを倒して気分良くなりたい訳じゃないんだ。徹底的に痛めつけて、精神を挫いて、心が折れるまで嬲ってやりたいんだ。泣き叫ぼうが、許しを乞おうが、アイツが期待する全ての可能性を叩き潰して、自分の存在を後悔するまで追い詰めたいんだ。それが済んだら初めて勝つ事を考えてもいいよ」

「鯨多未来の仇を取るんじゃないの?」

「だから前にも言ったじゃん。仇なんか取ったってミラはもう喜べないんだって。フォーマルハウトを倒してありがとうなんて言ってくれないんだって。そんなのを目的にしたって誰の気持ちも晴れないんだよ。いま私達が抱える気持ちを全部ぶつけてやるのが一番優先すべき事だよ」


 未明子の暗く重い声に私は返す言葉がなかった。

 いや、そもそも見ている物が違いすぎるのだ。


 私はフォーマルハウトを倒すのが目的だと思っていた。

 でもそうじゃない。

 未明子はフォーマルハウトに恨みをぶつける事そのものが目的だった。

 自分が受けた痛みを、何倍にもしてアイツに味合わせるのが目的だったのだ。


「みんな同じ気持ちだよ。ここでそうじゃないのは鷲羽さんだけだ」


 そう言われて私はさっきの違和感の正体に気づいた。


 目だ。

 全員の目が未明子と同じで暗く濁っているのだ。

 憎しみが充満した心を表すように、誰の目にも輝きが無かった。


 初めて会った時に九曜五月がアルフィルクに言っていたではないか。


(せっかくそんなに恨んでるんだからさ、全部アイツにぶつけてやろうよ。他の人に恨みを分けるなんて勿体ないよ)


 その言葉通りだった。

 みんな未明子と同じ恨みを抱いていた。

 ただそれを表に出さず、内側に閉じ込めていただけなのだ。

 ぶつけるべき相手にぶつけるのを待っていただけなのだ。


「だから鷲羽さんは部外者なんだよ」


 未明子が落胆したような顔をして冷たく言い放つ。


 そう言われても私は傷つかなかった。

 何故なら本当にその通りだったからだ。


 私はフォーマルハウトに敵意はあってもここまで深い恨みを抱いていない。

 倒すことに何の躊躇いも無いけど恨みを晴らすような対象では無い。


 この数週間で私はみんなと仲良くなったと思っていた。

 心を通じ合わせて仲間になったと思い込んでいた。

 

 でも本当はそんな事なかった。

 私は根本的なところで誰とも繋がれていなかったのだ。


「私もたくさん人を殺した。だから自分が殺されても何とも思わない。でも大切な人を殺されて仕方ないなんて思える程お人好しじゃないんだ」


 未明子が私の腕を掴む。

 そして締め上げるようにきつく力を込めると、感情の読めない濁った目で言った。


「私はね鷲羽さん。恨みを晴らしたいんだ」


 ……目の前にいるのは私の知っている女の子ではなかった。

 私が知っている犬飼未明子では断じてなかった。

 

 目の前の女の子は、ただ愛する人を殺されて生き方を奪われてしまった悲しい女の子だった。


「……」

「じゃあ、しっかりやろうね」


 未明子は私から手を離すと、今度は夜明の方に歩いていった。



 ……私はどうしたいんだろう?

 未明子を守りたいと思っていたけど何からあの子を守ればいいんだろう。

 もうあの子は全てを失っている。

 いまさら私が守れるものなんて何も残っていないんじゃないだろうか。


 いや、駄目だ。

 いまそんな事を考えたって良いことなんて一つもない。


 私はフォーマルハウトに未明子を殺されないように守るんだ。

 未明子のやりたい事を私の力で手伝うんだ。

 それだけ考えていればいい。

 それ以上は、勝ってから考える事だ。



 管理人が戦闘用ユニバースへ移動する為のゲートを開くと、未明子は私に目もくれずにゲートへ入って行った。


 そして他のメンバーも次々とゲートに入って行き、私だけがその場に残された。


 管理人が私の方を見て「どうした?」と聞く。

 いまの私の気持ちを話したところでこの管理人にはどうしようもない事だ。

 

「いえ、いま行くわ」


 そう返事をして私もゲートに入った。



 光で包まれた道を歩いて行く。

 もう誰も見えなくなってしまった道を一人で歩きながら、私は出会ったばかりの頃の未明子の笑顔を思い出していた。

 


 ――あの笑顔を取り戻すんだ。











「今回はまた分かりやすい場所が選ばれたね」

「おおー。ここならアタシも知ってるよ!」


 管理人のゲートで飛ばされた場所は電車の高架下にある交差点だった。

 周囲には民家が多く高い建物は見当たらない。

 都内にしては比較的自然が多い場所だった。


 前方には山が見える。

 山と言ってもそこまで高くは無いので、もしかしたら丘なのかもしれない。


 いまいる道路はその山の上に向かって延びているようだ。

 私は知らない場所だが、他のメンバーには馴染みのある場所らしい。


「ここには遊びで来たかったですね」

「別に今度みんなで来ればいいじゃない」

「では今度はわたくしが企画いたしますか」

「すばるが企画するのはいいけど罰ゲームとか無しにしなさいよ」


 すばるとアルフィルクが楽しそうに今後の話をしている。

 未明子はそれを遠目に見ながら軽いストレッチをしていた。


「未明子は知ってる場所?」

「うん。何度か来たことあるよ。京王線のよみうりランド駅だね」

「ああ。ここがそうなのね」

「山の上の方に境界の壁が見えるから、ちょうど遊園地あたりがメインの戦闘フィールドになるんじゃないかな」


 山の上を見ると紫色の壁が見える。

 ならば最初はまずこの山を登っていかなくてはならない。


「うーん。これは早めに準備をして境界の壁が消える前に山を登った方がいいね。下手をすると高低差のある場所で戦闘になる」


 古今東西、高低差のある場所で戦う場合は低い所にいる方が不利になる。

 ここで敵に先制を許して山の上に布陣でもされたらその不利を受け入れる事になってしまう。

 そうなる前に出来るだけ進んでおくのは私も賛成だ。

 

「前に斗垣さん達がやってたみたいに、誰か一人だけ変身しないで壁を維持したまま壁の前まで行けばいいんじゃないですか?」

「それができないようなシステムになっているんだ。実はあの壁の近くに行くとステラ・アルマは変身能力を失うんだよ」


 そんなルールがあるなんて知らなかった。

 普通は変身してから壁に近づくからそんなの確認した事もなかったわ。

 と言うか、それを知っているなら夜明はそれを試した事があるのね。


「だから変身しないで壁の前まで行ったステラ・アルマは変身する為にまた壁から距離を取らなくては行けない。そうすると一人離れた状態で戦闘が始まるから、あまり得策ではないんだよ」

「フォーマルハウトが乱入してきた戦いの時のように完全後方支援型がいるチームならばその戦法もありですが、敵にも準備時間を与えてしまうリスクがあります」

「なるほど。じゃあさっさと搭乗して向かうのが良さそうですね」


 そう言うと未明子はツカツカとこちらに向かって歩いてきた。

 そしてガッと乱暴に私の肩を掴むと、触れたのか触れてないのか分からないくらいの軽いキスをした。


「ん。これで変身できるよね?」

「できるけど……もうちょっと気持ちを込めて欲しかったわ」


 あまりにあっさりとしたキスで、逆に何だかテンションが下がってしまった。


「気持ち? いま恨みしかないけどそれでもいい?」

「結構です!」


 別に未明子は私に嫌がらせをしている訳ではないのだろう。

 私との契約はフォーマルハウトを倒すため。

 私とのキスも変身の条件を満たすため。

 私に対する気持ちなんて何もない。

 いまの彼女にあるのは本当に恨みだけなのだ。


 他のメンバーもそれぞれキスを終えて、変身する為の場所を探していた。

 周りに民家が多いせいで、開けている場所が無かったのだ。


「何かここ狭くない? 私達はともかくサダルメリクが変身できる場所が無さそうなんだけど」

「もう畑の中に入るか民家を壊すしかないですね」

「どうせ、誰もいないんだから、派手に壊そう、ぜ」

「まあ仕方ないねぇ。とりあえず私達は変身に巻き込まれないように離れるとしようか」

「オッケー。じゃあ未明子ちゃんも離れよ?」

「アイサー。鷲羽さんが変身する時にちょっと風が起きるんで、スカート組は気をつけて下さいね」

「おおワンコ。そういう気は使えるようになったんだな。それを利用して下着を眺めるのかと思ったぞ」

「はー? 私そんな事しないし」


 き……緊張感が無い。

 さっきまであんなに強いネガティブエネルギーを発してたのと同じ人達とは思えない。

 でもこういうメリハリをつけられる人達が、怒らせたら本当に怖い人達なのかもしれないわね。



 未明子たちステラ・カントル組が距離を取る。

 私達ステラ・アルマ組もそれぞれが変身の邪魔にならないように距離を取った。


 私が胸に手を当ててロボット形態への変身をしようとすると、何故か三人ともポーズを取り始めた。


 何事かと目を丸くしていると、三人が大声を上げた。


「「「マグナ・アストラ!!」」」



 ……何その掛け声?




 全員の変身が終わって周りを見ると、何故か私は3体のロボットに囲まれていた。


『アルタイル、あなた1等星だけあって装甲が豪華ね!』

『私ほどじゃないが、なかなかカッコいいじゃないか』

『大きな翼と、連装ビーム砲。中ニ心ワクワクな、デザイン』


 何を「その服かわいいー」みたいに寄ってきてるの?

 私のビジュアルとかどうでもいいから、早く操縦者を乗せましょうよ。


 3体とも私よりサイズが大きいので囲まれると圧迫感がある。

 特にサダルメリクは私の3倍くらいの体積があるので完全に体が影に隠れてしまうほどだった。


『いいから早く準備しましょ?』

『まあそうしたいのはヤマヤマだが、お前のご主人があそこで転がってるからもうちょっと待ってやってくれないか?』

『え?』


 ツィーが指さした先を見ると、未明子が盛大に転がっているのが見えた。

 背中からゴロンと行ったみたいでスカートが完全に捲れていた。

 幸い下にスパッツを履いていたのでパンツ丸出しみたいな悲惨なことにはなっていなかったけど、女の子としては屈辱的な恰好だった。


 私が変身する時は気をつけてって自分で言っていたじゃない。

 体幹の強いすばるや九曜五月ならいざ知らず、ちょっと鍛えたくらいの未明子じゃ無理よ。

 夜明みたいに建物の影に隠れていればいいのに。

 どうせカッコつけて仁王立ちしていたに違いないわ。


 流石に自分のパートナーながらに少し恥ずかしい。

 ただその未明子らしい ”やらかし” はちょっと可愛いなと思ってしまった。




「イスと操縦桿を作ってくれたんだ。やっぱりこっちの方が馴染みがあっていいな」

 

 未明子は私が創ったイスと操縦桿を気に入ってくれたみたいだ。

 ただのデザインなので別に操縦桿と私が連動している訳ではないんだけど、何かを握っていた方が操縦しやすいらしい。

 

 私はいま先行して空から偵察をしていた。


 全員で山を登り始めたのだが、思ったより傾斜が厳しくてサダルメリクが登るのに時間がかかってしまった。

 なるべく全員で進んだ方がいいと言うことでサダルメリクに合わせて進んでいたら境界の壁が消えてしまったのだ。

 だから敵に先制されないようにと未明子が偵察を買って出たのだ。


「自分の知っている場所を空から見下ろすのは不思議な感じ。あっちの方が桜ヶ丘かな」

『前回の戦いは知らない場所だったの?』

「あの時は暁さんを助けるのに夢中で景色なんて見てる暇なかったよ」


 私の操縦席は前後左右すべての視界が見通せる。

 未明子からするとイスに座って空を飛んでいる気分になるのだろう。

 珍しくテンションが上がっていた。


『ねえ未明子。フォーマルハウトを倒した後はどうするの?』

「どうするって?」

『その……もう戦うのは辞めてしまうの?』

「それさあ、答えが分かってて聞いてるよね?」


 未明子の指摘通りだった。


 前回の戦いを受けて未明子は自分の戦力の重要性を理解した。

 未明子が出撃しない事ですばるは怪我を負ってしまったのだ。


 今後いつ同じ事態になってもおかしくない。

 だから鯨多未来が残した仲間を大事に思っている未明子には、そもそも戦いを辞めるという選択肢は無かった。


『答えが分かっていても直接聞きたいこともあるのよ』

「じゃあ辞めないよ。みんなが戦い続ける限り私も戦い続ける」


 それはつまり今後も私との契約を継続してくれるという約束だ。   

 勢いとはいえフォーマルハウトを倒すまでの契約と言ってしまった手前、確認するのは少し気まずかったのだ。


「でもなー。あれだけえっちしたのにあんまり反応速度が変わってないのはマイナスポイントですよ鷲羽さん」

『あれをセックスと呼ぶならそうかもね。私は強姦されていた気分だったんだけど?』

「あれ以上何をしろってのさ」

『だからただ体を重ねるだけじゃ駄目なのよ。ちゃんとお互いを理解し合わないと』

「それは無理だよ。私もう何にも感じないもん」

『……』


 樹海で再会して以来、未明子は人間として何かを感じる力が極端に低くなってしまっていた。

 特に相手の考えていることや気持ちを察するのが致命的に難しいみたいだ。


 すばるの罪悪感や、夜明の思惑など、いままで積み重ねてきた経験や知識をパターンとして考えることはできても最新の思考を読み取ることは出来なくなっていた。

 だから前回の戦いが、未明子を戦場に立たせる為のすばるの作戦だった事にも本当に気づいていないのだ。

 

 そんな未明子が私を理解するなんて無理な話だった。

 いまは私が戦う力を持っているから必要とされているだけで、必要がなくなれば私なんて簡単に捨てられるだろう。

 そもそもいまの未明子にこれ以上何かを背負うほどの余裕が残されているとは思えなかった。


 だから私は気持ちまでは要求しない。  

 かわりに……


『お願いがあるんだけど聞いてもらっていい?』

「できる範囲のことだったらいいよ」

『フォーマルハウトに勝てたら私を名前で呼んで欲しいの』

「……なんだっけ。あいる?」

『本当の名前の方』

「……」


 本当は私がアルタイルと名乗ってからはそっちの名前で呼んで欲しかった。

 いまでも未明子は頑なに最初に出会った時の呼び方を変えない。

 他の人には何と呼ばれようと気にしないけど未明子にだけは本当の名前で呼ばれたかった。


『鷲羽も未明子しか呼ばないから特別な感じはあるけど、やっぱりアルタイルって呼んで欲しいの』

「……」

『……未明子?』


 未明子が急に黙りこんでしまった。

 呼び名を変えて欲しいなんて恋人でもないのに重たかっただろうか。

 でも他のステラ・アルマはみんな本名で呼んでいるんだからそれくらい許してくれてもいいのに。


「いた。フォーマルハウトだ」

『え!?』

「もう発見されてるよ。こっち見てる」


 そう言えば未明子は他人の視線に敏感になったと言っていた。

 私には全く感じないフォーマルハウトの視線をすでに捉えているようだ。


『どこ?』

「遊園地の中。広場の所に座ってる」


 未明子に言われた場所を見ると、園内のメリーゴーラウンドが設置されている横の広場にフォーマルハウトが座っているのが見えた。

 確かにこちらを見ている。


 そしてフォーマルハウトの横には見慣れない1体のステラ・アルマが座っていた。

 白と黒の2色で構成された小さな機体で、遠目から見ると仔牛のようだ。


 ただこの機体は、ガラの悪そうに座りこんでいるフォーマルハウトと違って、力なくへたり込んでいるように見えた。


『もしかして相手チームの機体かしら。まさかもう壊滅されたんじゃ……』


 それはありうる話だった。

 敵のチームがフォーマルハウトに協力的になるとは考えにくい。

 そうなるとアイツにとって邪魔な存在は始末されている可能性が高い。


『とにかく夜明に報告しましょう……未明子? 聞いてる?』


 またも未明子が黙り込んでしまった。

 他にも何か気になる物が見えたのだろうか。


「フーッ、フーッ」 


 次に聞こえてきたのは獣のような荒い息遣いだった。

 信じたくはないがこれは未明子から出ているようだ。

 こちらからは見えないが、いま彼女は恐ろしい顔をしているに違いない。


『未明子、落ち着いて。間違っても先走ったりしないでね』


 果たしていまの彼女に私の声が届くのだろうか。

 自分の恋人を殺した相手がすぐそばにいるのに我慢できるのだろうか。


「大丈夫。反吐が出そうな気分だけどみんなを待つよ。怒りも頂点を超えると逆に冷静になるね。いま自分でも信じられないくらい頭と心が冷えてる」


 それも決していい状態では無いけど、頭に血が登って暴れられるより遥かにマシだ。


 フォーマルハウトもいきなり攻めてくる気はなさそうだし、ここは山を登っている三人と足並みを合わせた方が賢明だ。


「狭黒さん。フォーマルハウトを見つけました。それと多分ですが、敵のチームは一人を除いて全滅してるみたいです」

「了解した。私達が行くまでもう少し待っていてくれ」

「はい。山を登り切ったところでみんなを待ちます」

 

 何とか冷静に判断してくれた未明子は、他の三人が山を登り切るのを待って合流した。

 そして全員で園内に侵入したのだった。



 よみうりランドの正面ゲートを入ってすぐの広場ではフォーマルハウトがさっきと同じ格好で座って待っていた。

 こちらが全員揃っているのを確認すると気怠そうに立ち上る。


 そして、待ち合わせをしていた友人が来たかのように軽い口調で言った。


『ご機嫌よう。待ってたよ』


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