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第62話 キラリ光るHOPE 動く、動く⑤

 犬飼未明子の一番の魅力はヘラヘラした笑顔だと思っていた。


 成績が良く、頭も良く、運動もできる。

 実際に見てはいないけど、家事全般も得意で中学までは家の夕飯を彼女が担当する日もあったそうだ。


 本人曰くモテる為に死ぬほど努力したらしい。

 モテると言っても彼女の場合は女の子にモテる為なのだが。

 

 字面だけ見れば完璧人間の彼女は、そんな自分の能力を自慢した事は一度も無い。

 彼女の口から出るのは他人の賞賛ばかりだった。


 いつも自分の価値を低い所に置いているから、他人は全て自分より優れていると本気で思い込んでいるのだ。

 自己評価と他人からの評価にここまで差があるのをおそらく理解してはいない。


 そんな彼女の人当たりは非常に良い。

 鯨多未来と一緒ではない時の未明子はとてものんびりしていて、例えるなら日向ぼっこをしているカピバラのような無害さを醸し出していた。


 誰が声をかけてもヘラヘラ笑いながら幸せそうに返事をするから、クラスメイトは未明子の人柄と持っている高い能力がどうしても結びつかなかったと思う。


 だから未明子は敵を作らないタイプだった。

 学年で人気者の鯨多未来と仲良くなっても誰も妬んだりしなかったし、未明子が鯨多未来中心の生活になっても周りは優しく見守っていたくらいだ。


 私はこの三ヵ月、そんな未明子を隣で見てきた。

 だから彼女のいいところはたくさん知っているし、知っていくにつれてどんどん好きになっていった。


 でも未明子は鯨多未来と先に出会ってしまった。

 だから私が未明子と結ばれるなんて諦めていた。


 万が一戦いの中で鯨多未来だけが死んでしまったら、もしかしたら私にもチャンスがあるかもしれないと薄い希望を持ったこともあるにはあった。

 でもそれで未明子の顔が曇るくらいなら、このまま二人で幸せになってくれた方が私も嬉しかったのだ。


 それくらい私は未明子が好きになっていた。


 ……だから、まさかこんな事になるなんて本当に思っていなかったのだ。




「未明子? どうしたの?」


 未明子に体の上に乗られてしまい、そのうえ腕も抑え込まれてしまっては私の力ではどうすることもできない。

 さっきから彼女はじっと私の目を覗き込んでいる。

 こんなに近くで目が合っているのに、彼女が何を考えているのか分からない。


「いまから鷲羽さんを手篭めにします」

「て、手篭?」

「鷲羽さんさ、自分がかわいいって自覚あるよね?」

「……何の話?」

「私に告白した時もそうだったけどさ、自分が振られるとか、選ばれないとか考えたことないでしょ?」


 そう言いながら未明子が腕を握る力を強めた。

 何を聞かれているのかイマイチよく分からないけど、もしかして責められている?


「ステラ・ノヴァの契約の時も、最終的に私が断れないって分かってたよね?」

「そ、そんなことない……」

「自分はかわいいから、1等星だから、他の人より優れているから、欲しい物は全部手に入ると思ってるんだよね?」

「そんな風に思ってない!」


 まさか未明子にそんなことを言われるなんて。

 私は自分の能力に驕ったことなんて無い。

 見た目がどうかなんて自分には分からないし、1等星が他の等級に比べて特別だなんて思っていない。


 欲しい物が全部手に入るなんてもってのほかだった。

 だっていままで一番欲しかった未明子は手に入らなかったんだから。


「そうは思ってなくてもそういう風に見えるんだよ」

「もしそう見えてしまったならごめんなさい。でも信じて? 私にそんなつもりはないの」

「じゃあ天然でお姫様なのかな。無意識で何でも思い通りになると思い込んでるのかもね」

「それも、違う……」


 別に誰に何を言われようが気にしない。

 クラスメイトに影で嫌味を言われようが、他のステラ・アルマから妬まれようが、私はどうでも良かった。


 でも未明子は違う。

 未明子だけにはそんな風に言われたくなかった。

 

 私は自分を特別だなんて思ってない。

 この星のどこにでもいる、普通の女の子のつもりなのに。


「お願い。そんな風に言わないで。私なんてたいした存在じゃない」

「たいした存在じゃない? どこが? あんな圧倒的な力を持ってて、どうしてたいした存在じゃないなんて言えるのさ? 何だよ1等星って。みんながどんなに頑張ったって、あんな強いのが出てきたら意味無いじゃん!」

「それは……」

「命懸けで戦ったって! 誰かを犠牲にしたって! 結局1等星様が勝つ戦いなんでしょ!?」


 私は何も言えなかった。

 未明子に分かってもらえるような言葉を選ぶ自信がなかった。


 私はアルタイルの星の力を宿した化身けしんでしかなく、この戦いを取り仕切っている訳ではない。

 持って生まれた力を使って戦っているだけだから、そんな風に責められても何も答えられない。


「クソゲーだよこんな戦い。強い奴が勝つだけのゲームなら努力するだけ時間の無駄だよ」

「……」

「だから鷲羽さんをメチャクチャにする。鼻柱をへし折って、自分を特別だと思い込んでる自尊心を壊してやるんだ」

「……分かった。それで未明子の気が済むならそうして? そんなに苦しそうなあなたの顔をこれ以上見ていられない」

「そういう言い方が驕ってるって言うんだッ!!」


 未明子は腕を押さえこんでいた両手を離すと、私の着ていたブラウスを力任せに引き裂いた。

 

「……!」


 破かれたブラウスから肌着が覗く。

 とっさに隠そうとすると、また腕を抑え込まれてしまう。

 

「それにさ、鷲羽さんって私のステラ・プリムスとか言うのじゃなかったの? 確かこの世で一番相性が良いんだよね? その割にはさっきの戦い、全然反応が悪かったよ?」

「前にも言ったかもしれないけどステラ・プリムスでも最初から100%の適合率が出る訳ではないの……」

「そうみたいだね。だからフォーマルハウトと戦うまで毎日襲ってあげるよ。そしたら適合率が上がるんでしょ?」

「違うの。ただ体を重ねるだけじゃダメなの。お互いを理解しないとそれほど効果はないのよ」

「面倒くさいなぁ。ミラは初めてでも応えてくれたのに。最初から一つの体だったみたいに、思った通りに動けたのに」

「それは、固有武装の力で……」


 私がそう言いかけると、未明子は片手で私の口を押さえた。

 強い力で口を塞がれてしまって息を吐き出すこともできない。


「うるさいよ。もう喋らなくていいから、せいぜいそのかわいらしい声で喘いで私をその気にさせてよ。そうでもしないと好きでもない相手を抱くなんて苦痛でしかない」



 ……ああ。

 あの優しい未明子はどこに行ってしまったんだろう。

 目の前の彼女は、本当に私が知っている未明子と同じ人物なんだろうか。

 こんな事を言う女の子じゃなかったのに。

 

 私は涙が出てきた。

 それは苦しいとか怖いとかじゃなくて、未明子が変わってしまったことに対してだった。


 

 そのあと、私は言葉通りに襲われた。

 抱くなんて優しい行為ではなかった。

 まるで全ての負の感情を叩きつけられるように、私は嬲られ、辱められた。

 未明子の手が、口が、私の尊厳を少しずつ砕いていった。


 何度も。何度も。

 日が暮れても、私がもうやめてとお願いしても、カケラほどの優しさもくれなかった。


 何度自分が犯されたのかも分からず、だんだんと何も考えられなくって、最後に私は気を失った。



 私が未明子に近づけば近づくほど、未明子の心は私から離れていった……。













 

「それは酷い目にあったね……」


 夜明がコーヒーを飲みながら労いの言葉をくれた。

 他に話を聞いてくれていたアルフィルクとサダルメリク、それに五月とツィーも複雑な顔をしている。


 私はアルフィルクが入れてくれたココアを一口飲むと「話を聞いてくれてありがとう」と伝えた。



 未明子に襲われた次の日。

 夜明とアルフィルクが一緒に住んでいる家に未明子以外のメンバーが集まっていた。

 もちろん私が集めた訳ではない。みんな夜明に呼び出されたのだ。


 要件は別にあったのだが、会って早々、私の首元に大量にできた痣を見てまずは昨日の話になったのだった。

 首元だけではない。痣は私の体中にできている。


 でもこの痣は暴力を振るわれた訳ではなく、内出血、いわゆるキスマークだ。

 コンシーラーである程度は隠したがそれでもいくつかは目立ってしまっていた。


 あの後、目を覚ましたのは深夜になってからだった。

 すでに未明子は帰ってしまっていて、ラインに「また明日」とだけメッセージが届いていた。


 ベッドに寝かされていた私は何も着ておらず、さっきまで着ていた服は下着も含めて全て引き裂かれてベッドの下に放置されていた。

 最早ただの布切れになってしまった自分の服を見て、手と口を使ってここまでビリビリにできるものなんだと少し関心してしまっていた。

 

 目を覚ました後も疲労が残っていて満足に動けなかった。

 しかたなく全裸のままベッドに寝転がって窓の外の夜空を眺めていた。


 正直言うと怖かった。

 あんな目をした未明子に乱暴されるなんて思っていなかった。

 大好きな人に襲われることになるなんて……。

 

 でもあれで未明子の中にたまった毒が少しでも抜けたのなら良かったのかもしれない。

 私の体を差し出したくらいで彼女の辛さが少しでも和らぐなら安いものだ。

 自分の体にできた痣を見て、こんな形でも彼女と触れ合えるならそれでも構わないと思った。

 


 それからほどなくして夜明からのラインが届き、今に至るという訳だ。



「身体は大丈夫かい? その、怪我をしたりだとか」

「それは大丈夫。乱暴と言っても殴られたり蹴られたりとかではないから」

「あの子そんな凶悪な面も持っていたのね」

「ちょい待ちアルフィルク。流石にいまの未明子ちゃんにそれはキツくない?」

「でも追い込まれた時にこそ人間の本質が出るって言うでしょ」

「ミラが殺されて、ケロッとしてたこれまでの方が、よっぽど異常。アルタイルには悪いけど、それくらい荒れてくれた方が、健全」

「襲われた私が言うのもなんだけど、これで未明子の心がケアできるなら問題ないわ」


 あんな怖い未明子は今まで見たこと無い。

 でも樹海で会ってからの、あの生きているフリをしているだけのような彼女よりはよっぽど人間らしい感情を感じた。

 すばるの真似事ではないけど、少しでも正常な世界に戻るキッカケを作ってあげたい。


「で、アルタイルは具体的に何をされたの?」

「……………………」

「ちょ! そんな熟れたトマトみたいに真っ赤な顔になることある!? 本当に何をされたの!?」

「これ、悲しかったし、怖かったけど、気持ちは良かったって、やつだな」

「ますます気になるんだけど!」

「待ちたまえ待ちたまえ。そういう話はもう少し日が落ちてからにしたまえ」

「えー、夜明は何があったか気にならないの?」

「私はそこまで他人の情事に関心はないよ。ステラ・アルマは何でそんなにシモ関係のお話が好きなんだい?」

「おい夜明。しれっと私を混ぜるな」

「すまないねツィーくん。じゃあアルフィルクとメリクくんを止めてくれたまえ」


 多分この二人が特別そういう話が好きなのであって、ステラ・アルマ全員がそういう話を好んでいる訳では無いと思うのだけれど。

 何か言うとアルフィルクがまたうるさくなりそうなので黙っておいた。


「それに今日はアルタイルくんに聞きたい話があるんだから先にそちらを話させてくれ」

「ごめんね、アルタイル。私が動けたら、基地まで行ったんだけど」

「昨日あれだけボコボコにされて、平気な顔してお菓子食べてる方が異常だからね? どうして操縦してたすばるの方が具合悪いのよ」

「いやいや。まだ足とかグチャグチャだよ? 見る?」

「見ないわよ」


 サダルメリクは破壊されてもおかしくないくらいのダメージを受けていたのに、本当に具合は悪くなさそうだった。

 防御特化と言ってもここまで頑丈なものなのかしら?

 何かインチキでもしてるんじゃないかと訝しんでしまう。


「で、夜明が私を呼び出した要件は1等星についてよね?」

「そうだね。特に君が昨日言っていた ”1等星の強さは限定的” という意味について聞いておきたかったんだ」


 流石は夜明。

 さり気なく口に出した言葉でも見逃さないのね。


「その意味次第によってはフォーマルハウトへの対策が立てられるかもしれない」

「分かったわ。昨日未明子にも1等星が強すぎてズルいみたいな事を言われたから、本当は彼女にも聞いて欲しかったんだけど、みんなには先に話しておくわね」


 私が知っている情報の多くは、おそらくこのメンバーには伝わっていない。

 これから一緒に戦っていく仲間なら是非知っておいてもらいたい話はたくさんある。


 その中でも1等星の強さに関する話は目下フォーマルハウトに狙われているこのメンバーには絶対に必要な話だろう。

 本来なら私の弱点にもなり得る情報をあけすけに共有するのはリスクが高いが、そうも言っていられない状況だ。

 

 私は全員を見ながら話し始めた。


「1等星のステラ・アルマの強さは、一言(ひとこと)で言うと初見殺しよ」

「初見殺し?」


 最初に反応したのは九曜五月だった。

 私の言葉に何のこっちゃみたいな顔をしている。


 逆に夜明とツィーは納得したような顔をしていた。

 この一言で理解できるって、この二人どれだけ頭が回るのよ。


「圧倒的な性能で、相手が対応できない内に制圧してしまうのが基本戦法なの。実際フォーマルハウトと戦ってみてもそうだったんじゃない? 何をされているのか分からない。何が起こっているのかも分からない。状況を理解しようとしている内にやられてしまった」

「そう! アタシも何が何だか分からない内に追い詰められてたの! あれが1等星の戦い方って事?」

「そうね。この世界の存亡をかけた戦いでは一度戦った相手と二度戦う事はないから、最初に会った戦闘の中で対策されなければその戦法だけで勝ち続けられてしまうのよ」


 私の場合は超高速飛行で敵に接近して固有武装である6連装ビーム砲の ”アル・ナスル・アル・ワーキ” で瞬殺するのが必勝の戦法だ。

 初見で私のスピードに対応できるステラ・アルマはほとんどいないから、敵がこちらのスピードに翻弄されている内に倒してしまっていることが多い。


「フォーマルハウトの特性は ”ゲート” 。ステラ・アルマがユニバースを移動する為に開くのとは違うタイプのゲートを自由に使えるの。あれで好きな場所にワープできるから、それに対応できなくて詰むわね」

「特性? あれはステラ・アルマの特性で固有武装じゃないのかい?」

「フォーマルハウトの固有武装は ”ファム・アル・フート” と言って、紫の雨を降らせて自身を強化する固有武装よ」

「あの指から出るはっやいビームは固有武装じゃないのか?」


 今度はツィーが質問をしてくる。

 確かツィーはそのビームで穴だらけにされたのよね。


「それを説明する為に少し遠回りをするけど、実は1等星の固有武装は1つしかないの」

「1つ? 君、前に1等星は3つの固有武装を持っているって言ってなかったかい?」

「そう、3つよ。でも正確には3つまで搭載可能ってことなの」

「搭載可能?」

「1つは最初から決まっている固有武装。残りの2つはステラ・カントルが見つかってから好きな武装を追加できるの」


 私の言葉に全員が驚きの表情を浮かべた。

 特に驚いていた夜明とアルフィルクは、何故かお互いの顔を見合っていた。


「それは羨ましいわね。私の固有武装はちょっとクセが強いから、未明子じゃないけどズルいと思ってしまうわ」

「アルタイルくん。もしかして前回の戦いで敵の固有武装を奪ったのは……」

「そう。あれは未明子が考えた能力よ」



 未明子とステラ・ノヴァの契約を交わして戦場に行くまでの間に1等星の固有武装についての説明をした。

 すると彼女はすぐさま敵の固有武装をそのまま奪える能力が欲しいと言い出したのだった。


 条件付けをせずに敵の武器をそのまま奪うとなると奪える武器に制限が出てくる。

 今回の場合だと、手、または腕に持ったり装備できる固有武装に限られてしまうと説明すると、未明子はフォーマルハウトの指から出るビームは奪えるのかと聞いてきた。


 あの攻撃は実際には指からではなく指につけたリングから出ているので奪うのは可能だと説明したら、じゃあその能力にしようと決まったのだ。


 ただ私はあまり気が進まなかった。

 敵の固有武装を奪うということは、奪うような有用性のある武器に巡り会えなかったら使う機会が無くなる可能性があったからだ。

 もちろん長く戦っていれば色々な武器に出会えるから、良い武器があれば次々と取り換えていけばいいとは思う。

 でもそれなら最初から対応力の強い武器を考えた方がいい。


 私がそう思っていることを伝えると未明子は


「フォーマルハウトから奪い取れればそれでいいから後の事なんてどうでもいいよ」


 と言った。


 相変わらず未明子の頭の中にはフォーマルハウトを倒す事しかなかった。

 アイツを倒した後の事なんて何も考えていないのだ。


 だから私は、何かあった時の為にもう一枠だけは空けておこうと提案した。

 もちろんアル・ナスル・アル・ワーキだけで戦い抜く自信はある。

 だけど武器を威力だけで考えてはいけないのは戦いの鉄則だ。

 特に固有武装は様々なタイプがある。

 威力だけでは対抗できないことも考え得るからだ。 


 未明子は奪う能力以外に興味は無かったみたいで、私の提案をすんなり受け入れてくれた。



「それで私の固有武装は2つ埋まった。残りの枠は1つだけ」

「あの子、だんだん考え方が凶悪になってきたわね」

「未明子ちゃんは味方だから凶悪になってもいいじゃん。その分心強いって事だし。問題はフォーマルハウトのゲートだよ。あれズルくない?」

「フォーマルハウトはあの独自のゲートで好きな場所に移動できる。しかも自分以外の物やエネルギーすらも移動させてしまうから下手な攻撃は無効化されてしまうわ。あのゲートだけでもかなり厄介よね」

「では結局あの指から出るビームは固有武装とは関係ないと言うことかい?」

「別に結論を出し惜しみしている訳じゃないんだけど、分かりやすいように先にもう一つショッキングな話をさせてもらってもいいかしら?」

「ショッキングな話?」


 全員が不安気な顔をして私を見た。

 ショッキングと言われれば心穏やかではないだろう。

 でもフォーマルハウトを攻略する上でどうしても避けては通れない話だ。


「実はフォーマルハウトは私達1等星の中では比較的ステラ・アルマとしての性能が低い方なの」

「フォーマルハウトの性能が……低い?」


 九曜五月が目を丸くしていた。

 まさか自分達が手も足もでなかった相手が、1等星の中では序列が下と聞かされたらそういう顔にもなるだろう。

 

 私は話を続けた。 


「フォーマルハウトの等級は1.2で21の1等星の中では下から4番目なの」

「え!? もしかして1等星の中での等級も強さに関係してくるのかい!?」

「ざくろっち、1等星って全部おんなじ明るさなんじゃないの?」

「いや。1等星の中にも明るさの序列がある。1.4等級のレグルスからマイナス1.5等級のシリウスまでを1等星としているんだ」

「ちなみに私は序列12位ね」

「アルタイルちゃんでも12位なの!?」

「ただこの戦いにおいては ”夏の大三角の星” という補正を受けているから実際はもう少し上になるけどね」

「う、上には上がいるんだねぇ……」

「フォーマルハウトの序列自体は低い。でもアイツはすべての1等星の脅威になりうる存在なのよ」


 私はフォーマルハウトの顔を思い浮かべた。

 アイツがステラ・アルマの性能だけの存在なら、それよりも序列が上のステラ・アルマに邪魔者扱いされて消されていても不思議ではない。

 でもアイツが今でも好き放題やっているのにはちゃんとした理由があるのだ。


「フォーマルハウトの固有武装は、一度見た敵の固有武装をコピーするの」

「能力のコピー!?」

「出たよ。ボスクラスの、コピー能力」


 全員が苦い顔をする中でサダルメリクだけが呆れた顔をしていた。


 そうよね。どんな創作だって一人くらい持っている能力だものね。

 でもそれ故に対処が難しいのよ。


「アイツはどのステラ・アルマに対してでも有効な武器を使ってくる。だからこそ宇宙一の厄介者と呼ばれているの」

「じゃあ、あの指から出るビームも他の誰かの能力ってこと?」

「そう。あれはうみへび座2等星アルファルドの固有武装 ”コル・ヒドラエ” をコピーした武器よ。使い勝手がいいからまるで自分のメイン武装みたいにしてるけど、そもそも他のステラ・アルマの武器なのよ」

「という事はフォーマルハウトは知らない敵と戦えば戦うほど、戦術を増やしていくという事かい?」

「そうなるわね」

「え? ってか、もしかしてツィーの固有武装もコピーされる可能性ある?」

「そうなるわね」

「……厄介者すぎる……」 


 九曜五月が机に突っ伏してしまった。


 実際、フォーマルハウトの能力は非常に厄介なのだ。

 固有武装の能力は多岐に渡る。

 破壊力の高いものから、戦略系、果ては概念系のものまで存在している。

 ステラ・アルマ1体が保有するその切り札をアイツは無限に持つことができるのだ。


「でも待ってくれ。さっきアルタイルくんは未明子くんが考えた能力に制限があると言った。ならばフォーマルハウトの能力にも何か制限があるんじゃないのかい?」

「流石ね夜明。これでようやく一番最初に話した1等星の限定的な強さについて説明ができるわ」

「そう言えば、最初はその話から、スタートだったね。固有武装の話で、盛り上がりすぎた」


 遠回りになってしまったが1等星の限定的な強さを理解してもらわないと話が進まない。

 私は一度大きく深呼吸して話を続けた。


「1等星の強さは初見殺しって話をしたと思うんだけど、それを支えるファクターがあるわ。それは1等星の内蔵アニマの量の多さよ」

「アニマ……嫌な予感のするワードがでてきたね。2等星の平均内蔵アニマが2万から2万5千と言われているが、1等星はもしかして倍くらいあるのかい?」


「フォーマルハウトのアニマは11万よ」


「「「11万!?」」」


 夜明の部屋に全員の声が響いた。


「それ……は、何と言うか開いた口が塞がらないと言うか……随分と差が大きいんだね」

「私が1万5千くらいだから私の約7倍ってこと?」 


 アルフィルクが顔を真っ青にしている。

 

「1等星はそのあり余るアニマを使って戦っているの。アルフィルク。同じステラ・アルマなら分かると思うけど、あなたが走るのに使用するアニマをあなたの10倍使って走れば、当たり前だけどあなたより早く走れるわよね?」

「それはそうね。でもそんな事をしたら私達のアニマ量じゃすぐにガス欠になっちゃうわ」

「1等星はそれができるの。単純に動くのでも、相手を攻撃するのでも、回避するのでも、1等星にしかできない量のアニマを使ってそれをやっているの。だから強いのよ」

「なるほど。そもそもエンジンやガソリンが他の等級と比べて段違いなのか」


 エンジンやガソリンの例えは分かりやすい。

 一気に出せるパワー。そしてそれを維持する為のエネルギーが多いと言うイメージにピッタリだ。

 

「だからフォーマルハウトのメチャクチャな固有武装も成り立っているの。アイツがコピーした固有武装は、使用するのにオリジナルの固有武装の倍のアニマを要求されているのよ」

「そういう事か。もしあのコル・ヒドラエとか言う指から出るビームを1発撃つのに100のアニマが必要なら、それをコピーしたフォーマルハウトは200のアニマを消費しているという訳だね」

「その通り。アイツの能力は厄介だけど、ちゃんとそれに見合ったリスクを負っているの」


 アニマの消費管理はステラ・アルマの戦闘に置いて一番重要なリソース管理だ。

 アニマを消費しすぎるとあっという間に戦闘不能になってしまう。

 しかし節約しすぎても、動きが鈍くなったり、攻撃の威力が弱くなってしまう。

 それをいかにコントロールするかが戦闘のキモになるのだ。


「さっきから静かねツィー。もしかして私の言いたい事が分かった?」

「ああ。あの時アルタイルが言った五月ならおそらくという意味も理解した。つまりアニマの使いどころを考えろという事だな」

「あ、それ前にアルタイルちゃんが言ってたやつ?」


 難しい話が続いて整理しきれてなさそうな九曜五月だったが、彼女はおそらく体で理解するタイプだから補足説明は必要ないだろう。

 後でツィーに乗って実際にやってもらった方が早い。

  

「そう。九曜五月ほどの操縦技術があれば攻撃や回避の要所にアニマを集中させる事によって1等星とも渡り合えると思うわ」

「でも1等星とツィーじゃアニマの量が違い過ぎるじゃん? いくらうまくアニマを調整しても追いつかなくない?」

「いや、それが1等星の弱みでもある。前にフォーマルハウトと戦った時のことを思い返せば、アイツは動き回る私にガンガン固有武装を撃っていた。つまりアニマの調整はうまくないんだ。多すぎるアニマ量ゆえにアニマが足りなくなるなんて計算なんてしていないんだろう」

「一人一人が、それを意識して戦えば、人数の利が、活きてくるね」


 まさにサダルメリクの言う通り。

 1対多なら相手のアニマを削る戦法が取れる。

 あの顔をみる限り、おそらく敵のアニマを削る事において自分が一番適役だと言うのも理解しているのだろう。

 サダルメリクの盾はフォーマルハウトの雨とビームすら防ぎ切ったんだから。  


「それが1等星の強さが限定的と言われる理由。こうやって対策されると ”強い” んじゃなくて ”性能がいい” だけなのよ。だから初見殺しの戦法を取るしかないの」

「勿論それだけで簡単に勝てる訳ではないけど少し光明が見えてきたね」


 全員の目に活力が戻ってきたのが分かる。

 未明子はこの戦いをクソゲーだと言っていたけど無理ゲーではないのよ。

 相手を観察して、正しい対策を打てれば何とかなる余地はあるの。


 ただ、そうは言っても突然やってくる1等星に即座に対応できる人なんてほぼいないだろうから、クソゲーと言うのは同意ね。


 ()()()()()の性格の悪さが良く反映されてるわ。




 ブー。


 丁度話の区切りがついたところで私のスマホの通知音が鳴った。

 急いで画面を見ると未明子からのラインメッセージの通知だった。


「もしかして呼び出し?」

「そうみたい。申し訳ないけどここで帰らせてもらうわ。もしまだ聞きたい事があったらまた呼び出してもらうか、ラインでも構わないから連絡して」


 素早く手荷物をまとめて帰り支度をする。


「あ。アルフィルク、ココアありがとう。美味しかったわ。今度はうちにも遊びに来てちょうだい」


 私は残ったメンバーに手を振ると、そそくさと部屋を後にした。





「いやー。サダルメリク、見た?」

「うん、見た。スマホの画面見た瞬間、すっごい笑顔になった」

「あんな目に合わされても尻尾振ってご主人様の元に駆けてくのね。あの子DVされる側の素質あるわ」

「アルフィルクは何でそんなに楽しそうなん?」

「そりゃ辛いことばっかり考えててもキツいだけじゃない。せめてみんなと一緒にいる時くらいは楽しくいたいわ」

「シモの話したいだけでしょ、このエロ女……たたたたたたたたたたた」

「サダルメリク。このかわいいあんよはもういらないって認識で良いかしら?」

「やめて。やめて。本当に痛いから」


 そんなやり取りを見て少しだけいつもの空気が戻ってきたような気がした夜明は、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。

 

 突破口が見つかったならやれる事はいくらでもある。

 作戦を立て、次にフォーマルハウトと戦うまでにやるべき事をピックアップして実践する。


 すでにいくつかのプランは頭にあった。

 早速それについてツィーと相談しようと思っていると……。


 

 ピンポーン



 来客を伝えるチャイムが鳴った。


「アルタイルかしら? 忘れ物?」


 アルフィルクが来客対応の為、玄関まで降りていく。



 彼女が来た時に持っていた荷物は全部持って出て行った。

 そもそも小さめのポーチ一つだったから忘れ物などは無いはずだ。


 何かのセールスでも来たのかなと思った夜明は、念のためアルフィルクの後を追って玄関までやってきた。



 そこにはアルフィルクと、彼女に負けないくらい長身の女性が立っていた。

 その長身の女性は夜明を見ると、口の端だけをニヤリとあげて気持ちの悪い笑顔を作った。


「お待たせしましたぁー。ご注文のフォーマルハウトです」



じわじわと閲覧数が増えてきているように感じます。

ご覧いただき誠に感謝です。


システムを良く理解していないのですが、ブックマークとかいいねとかして頂くともっとたくさんの方にご覧いただけるみたいなので、気が向いたらよろしくお願いいたします。

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