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第61話 キラリ光るHOPE 動く、動く④

 

 すばるは体を起こし傍らに立つ機体を眺めた。

 

 ロボットとしてのサイズはどちらかと言うと小柄だった。

 肩や胸の装甲が鋭角的で王族が纏う鎧のような力強さを感じさせるのに、スラっとした細身がスマートな印象を与える。

 全身が明度の低いピンク色でカラーリングされていて、関節や装甲の留め具などは黒、そして所々に白い紋様が入っていた。

 何より目につくのはやはり体と同じくらいの大きな翼だった。


 右手に共通武器であるサーベルを持ち、左手には斬り落とした敵の腕を持っている。


「暁さん。無事ですか?」


 内部通信で聞こえたその声は未明子のもので間違いなかった。

 

「はい。無事とは言えませんが何とか生きております」

「ごめんなさい。私がもっと早く決断すれば良かった」

「いえ。犬飼さんの中ではとても大切な決断だったのでしょう。それよりも来てくださってありがとうございます」


 つまりこの機体が1等星アルタイル。

 フォーマルハウトとは対照的に神々しさを感じるフォルムだった。

 

『未明子、とりあえず全員倒しましょう』

「そうしよっか。暁さん、そこで待っていて下さい。いえ、待ってなくていいです」

「え……?」


 ……待っていなくていい?

 未明子の言った言葉の意味が分からず、問い返そうとした時にはすでにアルタイルの姿は消えていた。

 目の前には、さっきまでアルタイルが持っていた敵の腕が重力によって地面に落ちていくのが見える。


 その斬り落とされた腕が地面に落ち切るよりも早く「ギャリィ!」という耳障りの悪い音がすばるの耳に届いた。

 音のした方を向くと、さっき地雷を仕掛けた3等星の機体の両腕が宙に舞っていた。


 さっきと同じだった。

 一瞬前まで目の前にいたはずのアルタイルが、瞬きをするよりも早く、離れた場所の敵の腕を斬り落としている。


 敵の腕を斬り落としたアルタイルは翼を広げて上空に舞い上がると、戦場の空を飛んでいた。

 いや、飛んでいたと言うよりも跳ねていたと表現する方が正しいかもしれない。

 鳥のように優雅に羽ばたいているのではなく、まるで瞬間移動のように空を高速で移動していた。


 すばるが目を凝らしてその動きを観察すると、その動きの正体が分かった。


 加速だ。

 圧倒的な加速力。


 停止状態から移動状態への移行が恐ろしく早い。

 目的の位置まで飛んで停止したかと思うと、次の瞬間にはもう別の位置に移動している。

 そのせいで瞬間移動のように見えるのだ。


 わし座のステラ・アルマと言うのは伊達ではない。

 まさに空のハンターの名を冠するに相応しい速さだった。



 だが心配事もある。

 あの加速では中に乗っている未明子にかかるGは相当なものだろう。


 訓練を受けていない人間が一般的に耐えられるのはせいぜい4G程度と言われている。

 それを超えると体調に著しく影響が出て、場合によっては気を失ってしまうこともある。

 言葉通り、目にも止まらぬ速さで動くアルタイルの操縦には、相当な負担がかかっているに違いない。


 だがそんなすばるの心配をよそに、未明子は敵から繰り出される攻撃を全てそのスピードで回避していた。

 敵2体による射撃をものともせず弾を縫うように接近していく。


 そして敵から少し離れたところで、アルタイルの背中にマウントされている左右3対の武器コンテナが稼働した。

 

 3本のコンテナの内2本がアルタイルの肩へ、そして一番内側の1本が腕の下へと90度スライドする。

 スライドしたコンテナが敵の方を向くと、そのコンテナが開いて中から砲身が現れた。


 アルタイルの腕の上下から伸びた3本の砲身が、ちょうど鷲が獲物を狙った時の爪のような形になり、そこからアルタイルの機体色と似たピンク色のビームが発射された。


 左右合計6本のビームが敵2体を同時に撃ち抜くと、敵機体は大爆発を起こした。


 

 すばるの前からアルタイルが姿を消して10秒程の事だった。

 敵の3等星1体の両腕を斬り落とし、残りの2体を一撃で葬り去った。


 すばるは未明子の言った言葉の意味を理解した。

 確かに待つ必要はない。

 何が起こっているかを理解するまでのほんの短い時間で、戦いの大勢は決していたのだ。


「強い……」


 すばるはそう口に出しながらも1等星の強さに理不尽さを感じていた。

 1等星とその他でここまで力の差があるならば、1等星のいるユニバースが確実に勝ち続ける。

 自分達が血反吐を吐いて戦っても、結局1等星が現れたら何の意味もないのでは無いか、と。


 そんな不条理を感じながらすばるは自分の頭から垂れた血を拭った。

 腕にベッタリとついた血を見て、今まで犠牲にして来たものが頭を巡る。 



 すばるが再び戦場に目を戻した時には、すでにアルタイルはどこにもいなかった。

 動きが早すぎる為、少しでも意識から外すと姿を見失ってしまうのだ。

 

 すばるはアルタイルを探すよりも敵の機体を探した。

 次に攻撃するならば最初にパイルバンカーごと腕を切り落とした2等星のはずだ。


 その予想は当たっていた。

 片腕を失ってうずくまっている2等星の機体のすぐそばにアルタイルが立っていた。


 アルタイルはいつの間にかパイルバンカーを装備した敵の腕を持っていた。

 そして腕からパイルバンカーだけをはぎ取ると、それを自分の左腕に装着する。


 あのパイルバンカーはおそらく固有武装。

 固有武装はその名の通りその持ち主にしか使用できないというルールがある。

 アルタイルが敵の武器を奪ったところで、それを使えるはずが……


 ドゴォンッ!!


 火薬の炸裂する音と共に、地面に薬莢が転がった。

 薬莢はアルタイルの左腕に装備されているパイルバンカーから飛び出した物で、その武器から伸びた長い杭は、敵の胸を見事に貫いていた。


 体から杭の生えた機体は、爆発することなく体が光の粒になって消えていった。

 杭によって核を潰されたのだろう。

 アルタイルは敵の固有武装を使って敵を倒したのだった。

 

 火薬によって打ち出された杭がパイルバンカー本体に戻っていく。

 すばるはそのパイルバンカーの色が、いつの間にかアルタイルの機体色と同じピンク色に変化しているのに気づいた。


「まさか、敵の固有武装を奪う固有武装?」


 これまで様々な固有武装を見てきた経験上、敵の武器を奪う固有武装があってもおかしくはない。

 驚異的なスピードに6連装の高威力ビーム砲。

 加えて敵の固有武装を奪うとなれば、これは敵にとっては悪夢だ。



 アルタイルはこのフィールドに唯一残った敵機体の元に歩いていった。

 両腕を失い、その場にへたりこんでいる敵に歩み寄っていく姿は、未明子とミラに対するフォーマルハウトの姿と重なって見えたような気がした。


 やがて両腕を失った機体の前にたどり着くと


「あー。聞こえますか? 初めまして、犬飼と言います」


 敵機体に向かって未明子が外部通信を始めた。

 今まで鬼のように敵を破壊していた者とは思えない間の抜けた声だった。


「いきなりで申し訳ないんですが、あなたの固有武装は何ですか?」


 突然の質問に敵も硬直していた。

 あっという間に仲間を殺されて、自分も殺されるとばかり思っていたのに、何故か固有武装の情報を求められるとは予想もしていなかっただろう。

 すばるも未明子が何を言いだしたのか理解できていなかった。


「別に交渉とか相談とかではないので難しいことは考えないでください。ただあなたの固有武装がどんな武器か聞きたいだけです」


 未明子が一方的に話を続ける。

 すばるは敵がその質問に答えることは無いと思ったので、未明子に内部通信を送った。


「犬飼さん、その敵の固有武装は地雷です。共通武器の地雷よりも遥かに威力の高い地雷を設置します」

「あれ。もしかしてくらっちゃいましたか?」

「敵の包囲を突破する時にやられました」

「そうですか。鷲羽さん、そういう武器も奪えるの?」

『地雷は無理ね。腕に持ったり装備できる武器というのが条件になるわ』


 やはり敵の武器を奪う能力を持っているようだ。

 腕に限定されているとは言え恐ろしい能力だ。


「そうなんだ。じゃあこの人はもういいね」


 そう言った未明子は、躊躇なく敵の核に向けてパイルバンカーを打ち込んだ。

 

 すばるの内部通信の聞こえていない敵からすれば、いきなり質問を投げかけられ、何を答えればいいか混乱している間に攻撃されるという訳の分からない最期を迎えることになったのだった。


 そして杭を打ち込まれた敵は、微動だにせず光の粒になって消えていった。



 アルタイルがこの戦場に現れて数分の出来事だった。

 圧倒的不利に見えた戦いは、アルタイルの出現によって一瞬で決着がついたのだった。









 戦いが終わって未明子とすばるが帰還すると、まずは負傷したすばるとサダルメリクの治療が始まった。


 サダルメリクは全身に切り傷と火傷を負っており、地雷を踏んだ右足のダメージは見るも無残なものだった。

 かろうじて欠損は免れたものの骨が砕けて肉が飛び散っている。

 

 だがそんな重傷にも関わらずサダルメリクは比較的元気だった。

 治療中に悲鳴をあげることもなく、ただ機嫌が悪そうなだけだった。


 その為、セレーネの持つ回復アイテムの使用許可が出なかった。

 あのアイテムはあくまで死に瀕していた場合のみ使用される。

 サダルメリクが元気ならば使う必要は無いという判断なのだろう。

 夜明が使用交渉をするも、何とサダルメリク自身が必要ないと言い出したので結局通常の治療しか行われなかった。


 サダルメリクは全身にガーゼと包帯を巻かれてまるでミイラのようになっていたが、治療を終えるといつものようにお菓子を食べてくつろぎ始めた。

 その姿にはすばる以外の全員が呆気に取られていた。


 すばるはサダルメリクほどでは無いが同じく重傷だった。

 額が割れて出血していたのと、鼻血が止まらなかった事によって顔が血まみれになっていた。

 そして左腕が真っ赤に腫れ上がり、逆に顔は真っ青になっていた。


 応急処置をしている間、サダルメリクと同様に悲鳴をあげないように我慢していたが、その表情から察するに相当の痛みを感じていたようだ。



 すばるの治療が終わると、未明子はすばるの前で膝をついて頭を地面に叩きつけた。

 

「ごめんなさい!!」


 渾身の土下座を見せられたすばると他のメンバーは何事かと目を丸くした。


「私のせいで暁さんに大怪我をさせてしまいました。以後、自分の意地よりみんなの事を優先いたします」


 頭を下げたままそう宣言する未明子に、すばるは珍しく慌てていた。

 

「そんな、頭を上げてください。わたくしも自分の意地を貫いただけです。犬飼さんが謝罪されるようなことではありません」

「でも私は本当に大切な物を見誤るところでした。なので目を覚させてもらったお礼と合わせて頭を下げさせて下さい」

「いえ、そんな……」

「いえいえ……」


 二人がまるで漫才のようにお互いを立て始めてしまった。

 いつまでも譲らない二人に、業を煮やしたアルフィルクが仲裁に入るまでそれほど時間はかからなかった。



「しかしアルタイルくん。めちゃくちゃ強かったねぇ」

「ありがとう。でも操縦してたのは未明子だけどね」


 夜明がアルタイルを褒めたたえる。

 アルタイル的には自分よりも未明子を褒めて欲しいと思っていたが、肝心の未明子はアルフィルクに説教を受けていた。 


「1等星って凄いんだね! そりゃアタシ達がフォーマルハウトに手も足も出ないはずだわ!」

「いえ、1等星の強さは限定的よ。おそらく五月なら……まあこの話は今度しましょう。それよりも早くすばるを病院に連れて行った方が良いわ」

「あ、そうだね。アタシ救急車呼んでおくわ」

「すばるくんは意識もあるしタクシーの方がいいかもしれないね。あまり大事おおごとにしない方がいいだろう」

「んじゃタクシーで。ここに呼び出されるタクシー、毎度血まみれの女の子を乗せる事になって大変だね」


 五月が冗談っぽく言うが、アルタイルはそれについて少し引き気味だった。

 アルタイルとしては戦闘後に怪我をしているステラ・カントルを見るのは初めてだったからだ。

 

 そんなアルタイルの元に今度はツィーがやってくる。


「助かった。お前が力を貸してくれなかったら今度こそ誰かが死んでいたかもしれない」

「私がみんなを守りたかったと言ってもまだ信じてもらえないだろうから、未明子の為だったと解釈してちょうだい」

「それでもお礼を言わせてもらう。ありがとう」

「何か聞いていたキャラと違うわね」


 アルフィルクから、ツィーは行動の読めない破天荒者と聞いていたアルタイルはその謙虚な姿にギャップを感じていた。


「私だって感謝する時はするからな。これからもよろしく頼む」


 ツィーが右手を差し出したのを見てアルタイルは更に驚いた。

 最初に会った時、敵意を持たれていると思っていた相手から握手を求められるとは。

 これは仲間と認めて貰えたと思ってもいいのかもしれない。

 そう感じたアルタイルがツィーと握手を交わした。


「みんなの期待に応えられるように頑張るわ」

 

 そう言ってアルタイルは満足気な表情を浮かべた。



「サダルメリク、あなた家まで帰るのが辛かったら夜明の家に来る? 怪我が良くなるまでしばらく面倒みてあげようか?」

「悪くない、提案。夜明さん、いいの?」

「下手したらすばるくんは入院になるかもしれないしね。あの豪邸ですばるくん不在と言うのもつまらないだろうから構わないよ」

「では、奢侈を尽くさせて、いただきます」

「うん。尽くさないでくれたまえ」


 夜明を見る限り体調が悪化したと言うのはおそらく嘘だろう。

 そうなるとツィーの怪我が治りきっていないと言うのも嘘かもしれない。

 と言うことは、本当にこの戦いの流れは全部すばるの計算通りだったようだ。


「やられたわね……」


 アルタイルが全部すばるのお膳立てだったことに気がつくと、そこに未明子がやってきた。


「鷲羽さん。ありがとう。おかげで暁さんを守れたよ」

「お礼なんて言わないで。私はあなたのステラ・アルマなんだから」


 アルタイルが未明子に微笑む。

 

「そう言いながら、内心嬉しくて仕方ないのが、丸分かりのアルタイルであった」

「サダルメリク。あなたも重傷なんだからおとなしくしてなさい」

「ご主人様に褒めてもらいたい耳と尻尾が見える。子犬か」

「ふふ、承知したわ。あなたにトドメを刺せばいいのね?」

「おお怖い。こいぬ座の1等星様が、お怒りだ」

「私はわし座よ!」


 サイズ感の似た者どうしのケンカに全員が笑みをこぼした。

 ほんのひと時。心地よい勝利の余韻を味わう時間だった。


 ……そんな中。

 未明子だけはみんなに混ざって楽しそうにしているアルタイルを、感情のない目で見つめていた。









 私と未明子は拠点からの帰り道を一緒に歩いていた。

 陽が沈みはじめて暑さが少し和らいだ道を、二人っきりで歩く。 


 今まで鯨多未来のいた未明子の隣は、私の場所となった。

 だからと言って驕っているわけではない。

 多分いまでも未明子にとって自分の隣は鯨多未来の場所なんだと思う。

 だからそこを奪い取ったなんて思ってはいない。

 今この時だけ、そこにいられるのを嬉しく思っているだけだ。


「初めて私に乗ってみてどうだった?」

「うーん。やっぱりあの操縦席に何も無くて立ちっぱなしってのには慣れないかな」

「驚いたわ。まさか2等星より下は操縦席に物理的にイスがあるなんて」


 ステラ・アルマの操縦席と言うのは、みんな私と同じで透明な球形の空間にステラ・カントルが浮いているものだと思っていた。

 分かりやすく操縦席と呼んでいるけど2等星より下の等級のステラ・アルマの操縦席には実物のイスがあるそうだ。


 戦闘後のすばるが大怪我をしているのが不思議でならなかったが、そんな物があったら衝撃を受けた時に体をイスにぶつけて怪我をするのも仕方がない。


「全天周囲モニターで上も後ろも見えるのは嬉しいけど、目に見えないフワフワした物に包まれてるから落ち着かなかったよ」

「私くらいの速さで動くとステラ・カントルの体にかかるGも高いからね。あの緩衝膜が無いとGで操縦者の体が潰れてしまうのよ。緩衝膜をイスの形にする事はできるわよ?」

「あ、じゃあそうしてもらえると嬉しい。あと操縦桿みたいな何か握る物があるといいな」

「分かったわ。そういうデザインに変えておくわね」


 未明子に自分の体を色々といじってもらえるのは嬉しい。

 操縦の精度を上げられるのは勿論だけど、自分が未明子好みになっていくようでワクワクする。

 私がずっと望んでいても得られなかったものが、今はこんなに簡単に手に入る。


「もうちょっと詳しく話したいから、いまから鷲羽さんの家に行ってもいいかな?」


 私は耳を疑った。

 前に私から家に誘った時は断固として断られてしまったのに、まさか未明子の方から来たいなんて言ってくれるなんて。


「構わないわよ。是非来て」


 努めて冷静にそう答えたけど、私の心はドキドキしていた。

 自分の好きな相手が自分の家に来てくれるなんて夢のようだ。

 いつ未明子が来てもいいように部屋は綺麗にしてあるし、まだそんなに遅い時間ではないから、たっぷりお話もできる。

 何ならすばるの家の時みたいに泊まってくれてもいい。


 あ、でも布団が一つしかないから寝る場所が無いか。

 まあ私が床で寝ればいいし、未明子が構わないなら、

 い……一緒に寝てもいいしね!

 

「凄いね。さっきサダルメリクちゃんが言ってた通りだね」

「何の話?」

「鷲羽さん、いま踊ってたよ」

「……へ?」


 踊ってた? 私が?

 未明子が家に来てくれるのが嬉しくて思わず小躍りしてたの?

 嘘でしょ?

 どんだけはしゃいでるの私?

 そしてそれが未明子に思いっきりバレてるの?


「……踊ってないわ。ちょっと体を動かしたかっただけよ」

「今更クールキャラを装うのは無理があるよ」


 やらかした!!

 テンションが上がってるのが完全にバレた!!

 顔から火が出るくらい恥ずかしい!!


 でもつい先日まで興味ないって言われていた相手と、こんなに距離が近くなったら誰だって嬉しくなるでしょ?

 私にとっては何よりも幸せな時間なんだから少しくらいのキャラ崩壊は許して欲しいわ。


「そんなに喜んでもらえるなんて言ってみた甲斐があったな。もし断られたらあの記念館にでも行こうかと思ってたんだけど」

「そ、それは喜ぶわよ。未明子だって鯨多未来の家に誘われた時は嬉しかったでしょ?」

「……」


 しまった。

 少し調子に乗ってしまったかもしれない。

 こんな時に鯨多未来を思い出すような話を出すなんてデリカシーに欠けていた。


 私は返答が帰ってこない未明子の顔を恐る恐る見た。


「そうだね」


 これまでと同じで特に感情の無い顔をしていた。

 何を考えているかは読み取れないけど怒っている訳ではなさそうだった。


「ご、ごめんなさい」

「何が?」

「いえ……」


 はしゃぐのはいいけど暴走しないようにしないと。

 せっかく今日の戦いで褒めてもらえたのに、また興味を失わせてしまう。

 

 私は少し反省した。



 未明子の家から歩いて5分ほどの場所。

 斜面に建てられた4階建てのマンションの最上階に私の部屋がある。

 赤いレンガ作りの外装がお気に入りで、周囲に一軒家が多いので窓からの眺めがとても良い部屋だ。


「鷲羽さんもかわいい家に住んでるんだね」

「このあたりだとここが一番かわいい建物だったの」

「場所で選んだの?」

「学校から近くが良くてね」


 それもあったが、何となく未明子が住んでいそうなエリアを選んだとは言えなかった。

 結果的にとても近くを選べていた訳だけど。


 エレベーターに乗って最上階へとあがる。

 自分の普段生活している場所に未明子の姿があるだけで顔がほころんでしまう。

 まるで一緒の家に住んでいるみたい。


「そう言えば鷲羽さんはセレーネさんがお世話してる訳じゃないんだよね? 生活費とかはどうしてるの?」

「前に滞在していたユニバースで蓄えていたお金が結構残っているのよ。お金はユニバースが変わっても価値が変わらないからね」

「あ、やっぱり前は別のユニバースにいたんだね」

「だいたいのステラ・アルマは色んな世界を旅してるんじゃないかしら。最初に産まれた世界で運良くステラ・カントルが見つかればいいけど、なかなか難しいしね」

「そうそう。そういう話も聞きたかったんだ。今度色々と教えてよ」

「別に今からでもいいわよ?」


 これから時間もあるんだし、そういう話をしてもいいと思うんだけど。

 それよりも別に話したいことでもあるのかな。


 エレベーターを降りると、一番奥の部屋まで歩く。

 最上階の角部屋な上に隣の家はまだ誰も入室しておらず空き部屋だ。

 夜になっても静かなのもポイントが高い。

 

 部屋の鍵を開けて扉を開くと、未明子に先に入ってもらった。


「お邪魔しまーす」

「どうぞ」


 自分も玄関に入ると、扉を閉めて後ろ手に鍵をかける。

 別に何をする訳でもないけど鍵を閉めた瞬間にイケナイ気持ちが沸いてしまう。

 駄目駄目。今日は別にそういうのじゃないから。


「思ったよりシンプルな部屋だね。もっと可愛い物がたくさん置いてある部屋を想像してたよ」

「あまり物に執着がないからね。生きるのに不便がなければ特に必要ないわ。あ、その辺に座って? 何か飲み物を用意するから」


 荷物を置いて洗面所で手を洗う。

 すると未明子も洗面所にやってきた。


「私も手を洗わせてもらっていい?」

「いいわよ」


 洗面所の鏡に私と未明子が映っている。

 毎日身だしなみを整えているこの鏡に未明子が映る日が来るなんて……。

 鏡に映っている自分の顔が思ったよりニヤけていたので、顔をペシペシと叩いて気持ちを切り替えた。


 部屋に戻ると、二人分のお茶を注いでテーブルに置いた。

 テーブルを挟んで未明子と向かい合う。


「未明子が私の部屋にいるなんて不思議な感じね」

「私も鷲羽さんの部屋にいるのは不思議な感じだな」


 未明子を見ると嫌でも顔が緩んでしまうので、私は窓の外を眺めた。

 窓の外には日が暮れ始めてオレンジ色の空が広がっていた。


「この部屋4階だから窓の外が開けてていいね」

「そうなの。窓から見える景色が広くてとても素敵なのよ」

「これだけ高かったら外から覗かれそうにないし、カーテンは閉めなくてもいいか」

「覗かれる?」


 私がそう聞き返すと、未明子が立ち上がって私のすぐ隣までやってきた。

 何だろうと見上げると未明子が私をじっと見ている。

 その目からは感情が全く読み取れず少しだけ怖くなった。


「未明子? どうし……」


 言い切る前に、未明子が私の両肩を掴んで引っ張り上げた。

 強い力で引っ張られてバランスを崩してしまった私は、そのままベッドに押し倒されてしまう。


 何が起こったのか分からずベッドから起き上がろうとすると、未明子が私の上に馬乗りになった。

 そして私の両手を掴んでベッドに抑えつける。


 完全に動きを封じられてしまった。

 無理に動こうとすると、未明子が私を睨みつけて言った。 


「ごめんね鷲羽さん。ちょっと乱暴するね」


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