第58話 キラリ光るHOPE 動く、動く①
深夜、夜明が大学の資料を整理しているとスマホの通知音が鳴った。
こんな時間に誰だろうとスマホの画面を開くと、イーハトーブのライングループにメッセージが届いている。
件数3件。
この件数が一度に届く時は、誰からのどんなメッセージなのかだいたい決まっている。
夜明がアプリを開いてメッセージを確認すると、予想通り送り主はセレーネだった。
(次の戦いが決定した)
(二週間以内で候補日をくれ)
(よろしく頼む)
3件使っても内容の薄い管理人からのメッセージは、いつも取ってつけたような挨拶で終わる。
別に彼女のことは嫌いではないがこの愛想の無いメッセージにはいささか物申したいところだ。
内容が内容だけに楽しく会話したい訳でもないが。
夜明は ”承知した” と返信を打った。
「神様は残酷だねえ」
フォーマルハウトとの戦いから二週間。
未だ心の整理がつかぬまま、次の戦いが決まってしまった。
戦いが発生するタイミングは完全にランダムだ。
前回、他のユニバースの代理で戦った分を考慮してしばらくお休みをくれても罰は当たらないと思うが、こればっかりは仕方ないのだろう。
夜明はスマホを机の上に放ると資料整理に戻った。
すると間を置かずに再び通知音が鳴る。
こんな夜更けに自分以外にメッセージに反応する人がいるなんて珍しい。
不思議に思ってスマホをもう一度見ようと手を伸ばすと、ピロン、ピロン、と連続で通知音が鳴った。
徹夜でTRPGのシナリオを書いているサダルメリクの返信だろうか?
いや、彼女はそこまでレスが早い方では無い。
ならばそれに付き合わされたすばるの方だろうか?
夜明けがスマホの画面を見てみると、その返信は未明子からだった。
(フォーマルハウトですか?)
(私も参加したいです)
(方法を教えて下さい)
すばるからはもう普通に睡眠を取れるようになったと聞いていたのだが、この返信の速度からするとまだ起きていたに違いない。
いくら夏休みとは言え高校生には不健全な時間だ。
メッセージの内容も全く相手の話を理解できていない内容だ。
まだ戦いが決まっただけで今の段階で誰と戦うかなんて分かっていない。
そして何よりも、いまの未明子には戦いに参加する資格がないのだ。
おそらくセレーネの性格からしてこのメッセージに返信はしないだろう。
しかし何かしらのリアクションが無い限り未明子はずっと返信を続けるかもしれない。
夜明はあえてグループライン内で未明子にメンションをつけてメッセージを返した。
(それに関して明日少し話そう。お昼頃に基地に来られるかい?)
(行きます)
夜明のメッセージが画面に表示されると、すぐ後に未明子の返信が続く。
スマホの画面にかじりついているのだろう。
(分かった。では今日はもう休みたまえ)
(わかりました)
それきり未明子からのメッセージは来なかった。
これで大人しく眠ってくれると良いのだが。
グループラインの画面を閉じると夜明は別の人物にメッセージを打ち始めた。
今度は個人宛のメッセージだ。
こんな時間では失礼かもしれないが、彼女なら未明子くんに関することで怒りはしないだろう。
(明日オーパで未明子くんと今後について話すのだが、君も参加できるかい?)
明日の朝に返信が来れば詳しい内容を話そう。
夜明はメッセージを打ち終わるとスマホを置いた。
そろそろ自分も眠らないと同居人が怒鳴り込んできてご近所に迷惑がかかってしまう。
整理した資料を片付けてベッドに向かおうと椅子から立ち上がると、またラインの通知音が鳴った。
もう返信が返ってきたようだ。
どうしてこんなに夜更かしが流行っているのだろうか。
いまどきの若者にはもはや早寝早起きという言葉は死語になってしまったのだろうか。
若い内こそ早く眠りにつくことが大切なのに。
夜明は溜息をつきつつ、もう一度スマホを開いたのだった。
昨晩夜明から呼び出しをもらって、このユニバースの拠点があるオーパに来ていた。
私は自主的にこの施設に来ることはない。
そもそも一人での買い物が好きではないし、食料品はネットで注文すれば家に配達される時代だ。
わざわざ外に出て重い荷物を持って歩く意味が分からない。
家から微妙に遠いのも気が向かない理由だった。
すばるの家での一件以来、未明子には会えていない。
悔しいことに本人はあの日のことを全く気にしていないみたいだった。
未明子の家の場所も分かったし会いに行こうと思えば会いに行けたのだが「何しに来たの?」と言われてしまいそうで二の足を踏んでしまっていた。
昨晩、夜明からの連絡が来た時も正直行こうかどうか迷った。
でも家で腐っていたところで何も変わらないのは明白だし、気を入れなおして未明子に会いに来たのだ。
待ち合わせ時間には少し早いけど先に拠点に上がっておこう。
そう思ってエレベーターの方に歩くと、ちょうどエレベーターを待っている未明子を見つけた。
私は思わず物陰に隠れた。
……いや、隠れてどうするの。
このあと顔を合わせるんだから隠れる意味なんて全然ないのに。
でもどんな顔をして話せばいいのか分からない。
逃げ場のないエレベーターに二人っきりなんて気まずい空気が流れるに決まっている。
「あれ? 鷲羽さん?」
考え事をしていたので、いきなり声をかけられて飛び上がってしまった。
声をかけてきたのは未明子だった。
エレベーターの乗り場からは見えない位置に隠れたと思ったのに見つかってしまった。
「ご、ごきげんよう」
「あ、はい。ごきげんよう。鷲羽さんってそんな挨拶するキャラだったっけ?」
未明子は半袖のシャツにジーンズ、サンダルを履いて黒いリュックを背負っていた。
遠くから見るとまるで男の子みたいな見た目だ。
ただ、以前に比べて、なんだろう。
匂い? が強くなった気がする。
決して臭いわけではなくて、甘いと言うか、トロトロしていると言うか、見た目にそぐわぬ女性の香りみたいなのを感じるようになった。
フェロモン。そう、フェロモンが強くなっている気がする。
これまでも近くにいてドキドキする事はあったけど、いまは無意識にフラフラと寄って行ってしまいそうな、不思議な匂いがした。
もっとも私がそう感じていることはバレないようにしたい。
そんな事を言われて未明子が喜ぶとは思えないからだ。
ただでさえ好感度が低いのにこれ以上私の印象を悪くさせたくない。
「ど、どうして私がいるって分かったの? あのステラ・アルマ専用のセンサーってやつかしら?」
「ああ。あれはミラが死んでからすっかり分からなくなっちゃった」
「え?」
「あれって元々ミラがどこに居ても分かるってところから発生した能力だから、ミラが死んで必要なくなったんだろうね」
未明子は鯨多未来の死を誰よりも軽く口から出す。
部外者である私だって簡単に死んだなんて言い辛いのに、一番死を認めたくないはずの未明子がそれを気にしないのはやっぱり異常だ。
いまも私の方を向いてはいるけど決して見てはいない気がする。
彼女の目を覗いても、暗く濁って何も映っていないように思えた。
「そうだったのね。じゃあ私の存在を近くに感じてくれたのかしら?」
「ううん。センサーが無くなった代わりに人の視線に凄い敏感になったんだ」
「視線?」
「誰かが私のことを見てると結構遠くからでも分かるんだ。いま、鷲羽さんの後ろの歩道橋からこっちを見てる人が二人いるよ」
私が後ろを振り返ると、確かに歩道橋の上にいる人がこちらを見ているような気はする。
ただそれはあくまでそう見えるだけで、その人達が本当にこちらを見ているかは分からない。
「多分鷲羽さんのことを見るついでに私のことを見てるんだろうね。私が鷲羽さんをナンパしてるように見えてるのかも」
「どうして突然視線に敏感になったの?」
「フォーマルハウトを見つける為じゃないかな」
未明子の声が低く重くなった。
未明子の感情が読めなくなってからも、フォーマルハウトのことを話す時だけは酷く重い感情を感じる。
「もしフォーマルハウトが私を見てたらすぐに見つけだして殺しに行けるようになったんじゃないかな」
……怖い。
未明子から黒いヘドロのような執念を感じる。
なんだって未明子の心を動かす唯一の存在があんなヤツなのよ。
「それよりも鷲羽さんこそどうしてここに来たの?」
「夜明に呼び出されたのよ。今後のことで話があるって」
「今後のこと? 鷲羽さんに関係のある話なんてあるのかなぁ」
未明子にとってあくまで私は部外者であるようだ。
でもそういうのに傷つくのはもうやめた。
それが彼女が異常な状態だから出る言葉だったとしても、本心からの言葉だったとしても気にしないことにした。
そんなことを気に病むよりも私が未明子にとって無視できない存在になればいいんだ。
すばるの家から戻ったこの数日間、考えていたのはどうすれば未明子にとって無視のできない存在になれるかということだった。
未明子にとって私がただのクラスメイトでしかないなら、その関係を変えるしかない。
その為に、今日は私と未明子との間にある強い接点を打ち明けに来たのだ。
「あ、じゃあ上にあがったらゲートを開けてもらっても良い? 扉の前で狭黒さん達を待ってようかと思ったけど、鷲羽さんがいるならそっちの方が早いや」
未明子はエレベーターの方に向かうと、私においでおいでと手招きした。
いまの未明子と話しているとどんどん不安になっていく。
以前の未明子との会話は無駄も多くて何が言いたいのか分からない時もあったけど、とても相手を尊重して話しているのが伝わった。
いまは聞かれたことに機械的に返事をしているだけ。
会話も必要最低限で、相手がどう思っているかなんて全く意識していないように感じる。
彼女の大きな魅力が損なわれてしまったのを悲しみながら、私もエレベーターに向かった。
拠点にいたのは管理人と夜明。それに知らない女の子だった。
野暮ったい服装に眠たそうな顔。
まるで野良猫みたいなイメージのその女の子は、私達を見つけるとこちらに向かって駆けてきた。
そして勢いそのまま未明子に飛び掛かる。
「おおー、ワンコ! 元気してたか? 何かお前壊れちゃったらしいな」
なっ……!?
この子いきなり未明子に何てことを言い出すの!?
「ツィーさん。怪我はもう大丈夫なんですか?」
「何とかな。あの馬鹿に内臓を半分ぐらい持っていかれたから復帰するのに時間がかかった」
「はぇー内臓がなくても生きられるんですね」
「ギリギリ欠損はなかったからな。あの謎のライトでジワジワ回復よ」
「良かったですね。お肉食べました?」
「このあと五月が来るからな。それから行く。今日は内臓系をたくさん食べなきゃな。ガハハハ」
「そうですねアハハハ」
これ会話成立してるの?
どうやら未明子と同じチームのステラ・アルマみたいだけど遠慮がなさすぎてヒヤヒヤする。
どんな一言が未明子の心を傷つけるか分からないから慎重に話して欲しいのに。
「んで、一緒にいるのがアルタイルだな」
ツィーと呼ばれたステラ・アルマが私を見る。
彼女は私を値踏みでもするかのようにジロジロと見た。
「そうよ。はじめまして」
「はじめまして。ツィーだ」
「カシオペヤ座の2等星ね」
「そんなのどうでもいいだろ。それよりお前がフォーマルハウトを呼び込んだって本当か?」
……それをいまここで聞くの?
それは事実だけど未明子には聞かれたくない話だった。
どう返答したって未明子から詳しい話を聞かれる。
その結果、彼女は私に対して恨みを抱く可能性だってあるのに。
私は恐る恐る未明子の顔を見た。
ところが当の本人は全く興味のなさそうな顔をしていた。
私がこのユニバースに来たことでフォーマルハウトが追ってきたのは間違いないだろう。
そして私のせいで鯨多未来が死んだとこじつけられたとしても無理は無い。
そうなるだろうと予想していたのに、そんな気配は全く感じられなかった。
「……私の意図ではないけど、間違いではないわ」
「ふーん」
「それだけ? アルフィルクみたいに私を責めないの?」
「そんなの意味ないだろ。どうせいつかは1等星と戦うことになったんだから、お前があの馬鹿を呼び込もうと、そうじゃなかろうとあまり関係はないぞ」
そんな風に割り切れるものなのだろうか。
私は最悪このユニバースで戦っている全員から責められる覚悟でいた。
未明子との関係を邪魔される以外だったら、何らかの責任くらいは取ろうと思っていたのに。
思っていたよりも軽くいなされてしまった。
「未明子も……私を責めないの?」
「責めないよ。別に鷲羽さんがフォーマルハウトをけしかけた訳ではないでしょ?」
「違う。誓ってそれはないわ。信じて!」
「うん。信じるよ」
フォーマルハウトとの関係を未明子にどう説明すべきかが一番の心配事だった。
ずっと心に引っかかっていた最大の懸念があっさりと解消してしまったことに戸惑ってしまう。
「でもどうして鷲羽さんにフォーマルハウトがついてくるの? 宿命のライバルみたいな関係なの?」
「違うわ。私だってあんな奴と関わり合いになりたくない。どうしてか分からないけど変に好かれてるのよ」
大きな心配事がなくなって気が抜けていた私は、軽い気持ちでそう口に出してしまった。
別に大きな意味を込めた訳ではなかった。
でも、それを聞いた未明子の見る目が途端に変わった。
「へえ。鷲羽さんってフォーマルハウトのお気に入りなんだ?」
凄まじい集中力のこもった目が、突き刺すように私を見た。
未明子のモノとは思えない歪な視線が全身を舐め、まるで蛇に睨まれたカエルになった気分だった。
「そうかそうか。じゃあ鷲羽さん私の物になりなよ」
「……んえ?」
突然何を言われたのか理解できずに変な声が出る。
いま未明子は何て言った? 私のものになれ?
「ど、どういうこと?」
「だってフォーマルハウトのお気に入りなんでしょ? だったら鷲羽さんが私の物になったらアイツはイラつくじゃん。アイツが大事にしているものは全部奪うか壊してやりたいんだ」
まただ。
フォーマルハウトの事になると未明子の感情がありえないくらい表に出てくる。
負の感情が体にまとわりついてくる。
「ね? 鷲羽さん。私の物になってよ」
未明子が口にしたのは私の期待していた答えではなかった。
ただフォーマルハウトに対する嫌がらせの為に私を利用しようとしているだけだった。
酷い。
私が真剣に気持ちを伝えても何にも応えてくれなかったのに。
あんなヤツへの仕返しの為なら、欲しかった言葉を簡単に口にするのね。
「ワンコ。そこまでにしとけ。お前いま嫌な奴になってるぞ」
ツィーが私にへばりつく位に身を寄せていた未明子の肩を掴んだ。
そしてそのまま私から引っ剥がす。
「ツィーさん邪魔しないでよ」
「阿呆か。私にはお前が人として道を踏み外さないように面倒を見る責任がある」
「何なのそのおせっかい。せっかくフォーマルハウトに一泡ふかせてやれるかもしれないのに」
「ミラからお前を頼まれてるからな」
「……じゃあ仕方ない。鷲羽さん、変なこと言ってごめんね」
ツィーの言った言葉に未明子は驚くほど素直に従った。
ふいと私達から離れると、そのまま夜明達が座っているフリースペースに歩いて行ってしまった。
「すまんな。分かってると思うが普段はあんな奴じゃないんだ」
「……分かってるわ。鯨多未来の名前を出せば何でも言うことを聞くのね」
「悲しいけどな。もうアイツをギリギリ生かしてるのはミラの存在だけなんだ」
それも分かっている。
何をするのも鯨多未来。
フォーマルハウトに執着するのも、根源は鯨多未来。
改めて未明子にとって彼女がどれだけ大きな存在だったかを認識した。
「あとあまり気を使いすぎないでやってくれ。少しでも日常に戻りたいあいつは、おそらく普通に接してやるのが一番楽なはずだ」
ツィーの言葉に私は驚いた。
少しでも日常に戻りたい、なんて考えつきもしなかった。
未明子は「大丈夫?」なんて言われて同情されたい訳じゃない。
いままで未明子にとって幸せな日が続いていたなら、それを取り戻そうとするのは当然なのに。
私はそんな事にも気づけなかったのか。
「……そうね。気をつけるわ。ありがとう」
「分かったなら私のことは師匠と呼んでもいいぞ」
「嫌よ」
変な気を使わなくていいぞというツィーなりの距離の詰め方らしい。
とりあえず彼女に嫌われてはいないみたいで安心した。
なんだかんだ未明子の友達はみんな優しい。
「あれ? 狭黒さん、アルフィルクは?」
「彼女は都合がつかなくてね。私だけだよ」
「えー。じゃあどうやってここに入ったんですか?」
「セレーネさんに連絡して入れてもらったが?」
「ずるい! セレーネさん、私にも個人連絡させて下さいよ」
「狭黒とは密に連絡をとるから仕方なくだ。お前に連絡先を教えたら毎日ここに来る気だろ。そうはさせん」
「ケチ! ケチーネさん!」
「何だそのパスタみたいな呼び名は」
「フェットチーネのことかな? さあ、未明子くん。話を始めるよ。ツィーくんとアルタイルくんもこちらに来てくれ」
夜明に呼ばれて私達もフリースペースの椅子に座った。
未明子以外、あまり話したことのない顔ぶれだ。
「では今後の未明子くんについて話していこうと思うのだが、その前に一点確認したい事がある。セレーネさん、ステラ・アルマのいないステラ・カントルはコンチェルターレに参加できるのかい?」
「待って。コンチェルターレって何?」
話が始まって早々聞きなれない言葉が出てきた。
コンチェルターレ?
このメンバーでコンサートでもするの?
「あ、これは失礼。私達は戦いをコンチェルターレと呼んでいるんだ。洒落ているだろう?」
「誰も呼んでないぞ。夜明が勝手に言ってるだけだ」
この戦いを ”戦い” 以外の名前で呼んでる人は初めて見た。
でも今まで誰かとの会話の中で一度も出てこなかった単語だからあまり浸透してないんじゃないのかしら。
「セレーネさん、どうなんだい?」
「戦闘用のユニバースに行く権利を持つのはステラ・アルマに搭乗が可能なステラ・カントルだけだ。いまの犬飼ではその条件を満たせない」
「やっぱりそうですか」
絶対にごねると思っていた未明子は意外にもあっさりとした反応を示した。
本人的にも予想の範囲だったようだ。
「でもその上で私を呼び出したってことは何か方法があるってことですよね?」
「そうだね。未明子くんに大人しく待機していろと言っても納得しないだろう?」
「相手がフォーマルハウトなんだったら絶対に出ますよ」
「だと思ったよ。今回の戦いでフォーマルハウトが乱入してくるかどうかは分からないが、奴は近いうちにまたやってくると思う。その時に未明子くんがどうするかだが、大きく二つあると思う」
夜明が指を二本突き出した。
二つ?
私にはどう考えても一つしか思い浮かばない。
その為に私が呼ばれたんじゃないのだろうか。
「まず一つ目。さっきセレーネさんが言った戦闘用のユニバースに入る権利が無いのなら、フォーマルハウトを戦闘用以外のユニバースに誘い込む作戦だ」
「戦闘用以外のユニバース?」
「うん。まず大前提としてコンチェルターレが始まる前に、戦いに参加する者に手を出してはいけないというルールがある。だが逆に言うと、一度始まってしまえば戦う手段の無い相手だろうと何をしても自由だ」
「それは分かります。あの時フォーマルハウトが私達にしたみたいにですよね」
フォーマルハウトが動けなくなった未明子と鯨多未来に何をしたかは聞いた。
戦えなくなった相手を弄ぶ最低の行為だ。
「だから戦いが始まった後、未明子くんは戦闘用ではないユニバースに移動する。そして何らかの方法でそこにフォーマルハウトを誘い込むんだ。そもそもフォーマルハウトは本来の戦闘には関係のないステラ・アルマだ。戦闘中にどこかに移動しても何ら問題ない」
「待って。それだと未明子は生身でフォーマルハウトと対峙する事になるじゃない。勝ち目なんてないでしょ?」
「そうだよ。これはあくまで現状のルールの中で、何とか未明子くんがフォーマルハウトと対峙するための方法を提示しているだけだ。勝つなんてのは想定していない。未明子くん、ここまではいいね?」
「はい」
一つ目の方法はハッキリ言ってただの妄言だ。
まずフォーマルハウトが大人しく別のユニバースに移動する訳がない。
それにもしこちらの思惑通りにいったとしてもステラ・アルマのいない未明子がただ殺されて終わりだ。
「そして二つ目の方法。私は未明子くんがフォーマルハウトと戦うにはこれしか無いと思っている」
「鷲羽さんとステラ・ノヴァを起こせって事ですよね」
その方法は未明子の口から語られた。
「そうだね。流石に君には筒抜けだったか」
「はい。わざわざ一つ目に意味のない提案をしたのは、まるで選択肢があるかのように思わせる為ですよね? 二つの選択肢を提示して私がどちらかを自分で選べば納得すると思ったんでしょう?」
「最初からアルタイルくんとステラ・ノヴァを起こせと言っても断られるのは目に見えていたからね」
「それでも私が断るようなら戦いに参加させない、か。狭黒さんのいつものやり方ですね」
未明子はまた感情の無い目で夜明を見た。
「別に未明子くんが一人で戦うのも止めはしないよ。私はできる限り君に寄り添おうと思っている。確実に無駄死にすると分かっていて、それでもやりたいと言うならそれを尊重しよう」
「ふふ。本当にそう思ってるなら鷲羽さんを呼ばなきゃいいのに。彼女を呼んだってことは説得する気満々じゃないですか」
「私は未明子くんが優しいって知っているからね。こちらの思惑も理解してくれると思ってこのメンバーに声をかけさせてもらった」
「感情で話すアルフィルクを外して大局的な目で物事を判断するツィーさんの立ち会いですか。そういう所、アルフィルクに嫌われません?」
「彼女はそういう所も含めて私を好いてくれているからね」
未明子と夜明の会話に冷や汗が止まらなかった。
この二人、本当に仲が良いの?
まるでずっと論争を繰り広げてきた際どい関係に見えてしまう。
こんな空気の中で未明子を説得できるんだろうか。
「……分かりました。じゃあ鷲羽さん、ミラ以外とステラ・ノヴァを起こす気なんて全く無い私に何か言いたいことはある?」
これから何を言っても無駄だよと言っているようにしか聞こえなかった。
でもここで引いたら私と未明子の関係は絶対に進展しない。
私にとって最後のチャンスかもしれないのだ。
やるしかない。
「私の気持ちはもう伝えたけど、あと一つだけ伝えたいことがあるの。私とあなたの特別な絆についてよ」




