第6話 それは はじまりの法則①
私は自分の部屋に帰ってくると、ベッドに倒れこみ布団と一体化した。
柔らかい布団に沈み込んでいく体が思った以上に疲労していることに気付く。
今日は色んなことがありすぎて何があったのか思い返すのも一苦労だ。
一生分のビックリとドキドキを体験した気がする。
半液体化したかの様な右手を動かしてスマホを見る。
LINEのトークルームにはミラが追加されていた。
昨日の夜スマホを見ていた時はここにミラが追加されるなんて思ってもいなかった。
しかも ”鯨多未来さん” では無く ”ミラ” 。
思い返せばとんでもないことになってしまった。
一方的な片思いの女の子から、一足飛びに一緒に戦う恋人である。一緒に戦う恋人って何だ。
恋人
あの鯨多さんと恋人か……。
さっき別れ際にしたキスを思い出して体が熱くなる。
あんなにかわいい女の子が私の彼女になってくれるなんて。
人生の絶頂だ。間違いない。少なくとも今まで生きてきた中で最高の時だ。
私は体が疲れていることも忘れてベッドの上でバタバタと悶えた。
ブーッ
スマホが鳴る。LINEの通知音だ。
このタイミングで来るってことはミラからに違いない。
(今日はありがとう。これからよろしくね)
さっきまで一緒にいたのに、こんなメッセージ一つが信じられないくらい嬉しい。
恋人から届くLINEがこんなに嬉しいものだなんて!
ブーッ
再び通知音がなると、画面には ”大好き!” というスタンプが表示されていた。
かわいいぃぃッ!!
見てかわいい。
話してかわいい。
さらにLINEのメッセージもかわいいとか、私の彼女はかわいい100%で構成されている。
おっと、返信返信。私も ”大好き” ってスタンプを返そう!
……そんなスタンプなんて持ってないや。だって今まで必要なかったもんな。
仕方なく私はメッセージを打った。
(私も大好き! こちらこそよろしくね)
あたり障りのないメッセージを返した。
本当は20000字くらいでミラのことをどれくらい好きかを伝えたかったけど、それを受け取ってもミラが困るだけなのでやめた。
明日教室で会ったらどんな風に話そう。
他のクラスメートはいきなり仲良くなった私とミラのことを不思議がるかな?
教室でミラって呼んでいいのかな? 未来ちゃんの方がいいのかな。
ブーッ
明日のことを考えてワクワクしているとまたメッセージが届いた。
嬉々としてスマホの画面を見るとそこには、
(明日、放課後に会わせたい人がいるの)
と書かれていた。
……会わせたい人?
私の通う桜ヶ丘高校は私立の女子校だ。
偏差値はそれなりに高くここから有名大学に入っていく人達も多い。
そんな学校だからかそれなりに校風は良く、通っている生徒の質も高い。ように感じる。
質というのは私から見た容姿とかではなく、人としてのレベルと言うか、民度と言うか、そう言うのだ。
だからこの学校にはミラの噂が流れていても、それでミラのことをいじめたりだとか、陰口を言うような人は表面上はいない。それは私がミラの周りを徹底的に調べたから間違いないと思う。
逆に噂を信じて、私の様に思いを寄せている人はいるかもしれない。女子校にはつきものだし。
私は人を貶めるようなマイナスのエネルギーを嗅ぎ取るのは得意だけど、好意みたいなプラスのエネルギーを種別で分けて嗅ぎ取るのは苦手だ。
だって私にとって女の子の存在はみんなプラスエネルギーなんだから。
私は家から学校までは歩いて通っている。
桜ヶ丘高校は山の一部を切り崩したところに建っているので、行きはそれなりに傾斜した坂道を登っていかなくてはならない。はっきり言って女子には辛い坂道だ。
ほとんどの生徒はよほど近くに住んでいない限り学校のすぐ側に停車するバスを利用して登校している。
昨日ミラが登校にバスを利用していると知って、私もバス登校にしたいなと思ってはみたものの、今まで徒歩で通学していたのにいきなりバス通学したいと言い出しても親に反対されるのは目に見えていた。
あぁー。恋人と一緒に登校したかったよぉ。
「犬飼未明子」
学校までの坂道を登っていると、突然声をかけられた。
フルネームで呼ばれることなんて滅多にないので、慌てて呼ばれた方を振り返る。
そこには昨日の朝のホームルームで見た転校生がちょこんと立っていた。
小さい小さいとは思っていたけど、改めて近くに立つと本当に小さい。
私よりも頭一つ小さいので、その転校生は自然と私を見上げる姿勢になっていた。
「転校生の……えーと、鷲羽さん!」
「そうだよ」
昨日聞いたのと同じ可愛い声で、あまり感情のこもっていない返事が返ってきた。
近くで見るとマジで美人さんだ。
目鼻立ちが整っていて、昨日感じたお人形さん感はますます強くなった。
お洒落なお店のショーケースに飾られていても違和感がない。
そんな美人さんが私になんの用だろう?
「今日からよろしく。しばらくお世話になる」
「うん。こちらこそよろしくね。鷲羽さんも歩きで通うの?」
「そう。家はこの近くにしたから歩きの方が通いやすい」
徒歩通学を選んでしまったか。
でも鷲羽さんはここの坂のキツさを知らないから仕方ない。
「でも夏になると地獄だよ? あ、でも三ヶ月だけだったら本格的な夏は関係ないか」
「分からない。ひとまず三ヶ月にしているだけで、場合によってはそれからもここにいるかもしれない」
「そうなんだ! じゃあ、長い付き合いになるといいなぁ」
「なんで?」
「え。そりゃあこんなにかわいい子となら長く一緒にいたいよ」
「……」
しまった! 悪い癖が出た。
普通はいきなり「かわいい」とか「一緒にいたい」とか言わないんだった。
彼女ができたと言っても、基本的には私は女の子に対する反応がおかしい人で、女の子には好かれないっていうのを忘れていた!
鷲羽さんが私を見る視線が強くなる。
これは警戒させてしまったな。
あたりさわりなく、仲良くしたいからとでも言っておけば良かった。
でもかわいい子にこんなにじっと見つめられているのも、それはそれで幸せ。
「犬飼未明子には私がかわいく見えるのね。わかった」
「え? あ、はい」
思っていたのと違う反応が返ってきて戸惑ってしまった。
それだけ言うと鷲羽さんは私をよそに先にテクテク歩いて行ってしまった。
結局なんの用事があったんだろう?
朝の挨拶がしたかっただけなんだろうか。
しかし鷲羽さんは身長的にも歩幅が小さいのですぐに追いついてしまった。
隣を通り過ぎながら今度はこちらから声をかける。
「私のことはフルネームじゃなくて ”みあ” とか ”あけこ” とか呼んで!」
「あなた。一旦会話を終わらせたんだから空気を読みなさいよ」
私の方には振り向かず、刺々しい答えが返ってきた。
教室に入るとミラはもう登校していて、自分の席で友達と話していた。
彼女を見ながら自分の席に座る。
私と違って彼女は人気者なのだ。他の友達との付き合いも多い。
さすがにここで私の彼女なんだから私が独り占めなんて子供みたいなことは思わない。
ミラにはたくさんの友達と交流して、素敵な学園ライフを送ってもらいたい。
ま。その子、私の彼女なんだけどね!
優越感に浸って鼻息を荒くしているとミラが私の席にやってきた。
「おはよう!」
「おはよう」
いつもの天使の笑顔で挨拶をくれる。
この笑顔を見られたから、今日は一日良い日になることが確定した。
昨日までそんなに交流のなかった私とミラが朝の挨拶を交わしているのに少し違和感があったのか、一瞬クラスの空気が「はて?」みたいな感じになったが、そもそもミラは誰に対しても分け隔てなく話しかけてくれるタイプなのでみんなすぐに気にしなくなった。
「学校ではなんて呼べばいいの?」
ミラの耳元で小声で聞く。
「ミラでいいよ」
「え、それってバレない?」
「私が鯨座のお星様って? 誰が信じてくれるかな」
「それもそうだね」
私とミラは見つめ合ってしっしっしっと笑った。
幸せだなぁ。
「そういえば、昨日ラインで会わせたい人がいるって言ってたけど誰のこと?」
「私以外のステラ・アルマの子達。今日会う約束をしているの」
ミラ以外のステラ・アルマ!?
この世界にはミラ以外のステラ・アルマもいるんだ。
ということは、その子達は一緒に戦う仲間ってことなのかな。
「みんないい子達だから大丈夫だよ」
「ミラがそういうなら……」
ミラ以外にもあの巨大ロボットがいるのを想像すると、なかなかのスペクタクルだ。
誰もいない世界で立ち並ぶロボット群はどんな風に見えるんだろう。
ガララ
歩幅の関係で坂の途中で置いてきた鷲羽さんがようやく登校してきた。
額に汗をかいて、肩で息をしている。
やっぱりあの登り坂は慣れない人にはきつかったようだ。
「じゃあ、また放課後に」
鷲羽さんは私の隣の席なので、これ以上内緒話はできないとミラは自分の席に帰っていった。
振り向きざまに長い髪からふわふわっといい匂いがして、私はニヤけ顔になった。
「犬飼未明子。なんか顔が気持ち悪い」
鷲羽さんが席に座りながら悪態をついてくる。
「呼び方を変えてくれるなら、普通の顔に戻すよ」
「じゃあ、未明子」
ミラに続き鷲羽さんからも名前呼びされる事になった。
昨日ミラからたくさん呼んでもらったからか、今までよりは違和感なく聞こえる。
むしろ名前呼びされるのが嬉しくなってきていた。
恋人ってすごいなぁ。私の中のいろんなことが変わっていく。
授業後、私はミラに連れられて駅前のデパートにやってきた。
学校があるあたりは山が多いのだけど、駅前はデパートが林立していて賑わっている。
その中でもたいへん特徴のある形をした建物のデパートだ。
「オーパ? ここで集合なんだ」
「うん。定期的にここに集まって状況確認とかをしてるんだ」
状況確認。
つまり戦いの為の準備や作戦会議をしているということだ。
いきなりこの建物が物騒なイメージになってしまった。
「でもオーパって名前かわいいよねぇ。建物もそれこそロボットみたいだし」
物騒なイメージを湧かせて警戒モードに入っていた私だったが、彼女がへにゃへにゃ笑っているのを見て警戒モードを解除した。
こんな笑顔を見せられたら肩の力も抜ける。
ミラ曰く、7階部分の出っ張りがロボットの頭みたいに見えて、大きなロボットが座りこんでいる様に見えるらしい。
言われて見ればそうとも見えなくもない……か……?
自分もロボットになれるとそういう視点になるんだな。
ミラに案内されたのはまさにその7階部分。
ここはデパートとは関係のない市の施設が入っていて、下階にあるデパートの様に賑わってはいない。
施設の受付とフリースペースがあるくらいで、そのフリースペースに数人座っているくらいだった。
「ここで待ち合わせしてるの?」
「ううん、もう来てると思うよ」
ミラからステラ・アルマはみんな女の子だと聞いた。
でもフリースペースに座っているのは施設に来たお婆ちゃん達だけのように見える。
「未明子、こっちこっち」
呼ばれて振り返ると、ミラは部屋の隅の方にあるドアの前に立っていた。
おそらく非常階段に出る為のドアだ。
普段使われないからか人目に付かない位置にある。
そのドアをミラが開くと、ドアの先は昨日見たあの光輝く空間になっていた。
あ、そういうことか!
私はミアの方に駆け寄り、一緒にその光の中に入っていった。
光を通り抜けると思ったとおり非常階段に出た。
振り返ってもう一度ドアを開けると、今度は光ではなく普通の風景が広がる。
そのドアを通ってさっきと同じ場所に出る。
ただし、ここはさっきまでとは別の世界。
アナザユニバース。重なりあう別の世界。
「ここも消滅が決まったユニバースなの? 大丈夫? また消えちゃわない?」
私は昨日消滅寸前の世界にいたことが軽いトラウマになっていた。
暗闇がどんどん周囲を取り囲んでいく感覚は、一度知ってしまうとかなり怖いものだった。
「ここは特殊なユニバースで、管理人によって固定されてるから大丈夫だよ」
「管理人?」
「うん。あとで紹介するね」
先ほどお年寄りが座っていたフリースペースに歩いていくと、そこには6人の女の子が座って話をしていた。
私達が来たことに気づいて全員がこちらを振り返る。
「みんなー! 昨日話した私の大事な人です!」
ミラが珍しくテンションのあがった声で叫びながら腕をブンブン振り回した。
私の大事な人……その言葉に自然とニヤけ顔になってしまう。
みんな同じくらいの歳の女の子達だった。
一人だけやたら背の小さい子がいるけど、この子だけ歳下なのかな。
何にせよ、みんな揃いも揃ってミラと同じレベルで顔が良いということだ。
「未明子。これが私たち、イーハトーブのメンバーだよ」