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第57話 君の手を握ってしまったら⑥


「鷲羽さんはアルタイルだったんだ。夏の大三角形だね」


 次の日の朝。

 何事もなかったかのように目を覚ました未明子に私がステラ・アルマだと話した。

 思った通りそれ自体には気づいていたみたいだ。

 だけどアルタイルである事までは分からなかったらしい。


 すばるの言っていた通り、未明子のセンサーはあくまでステラ・アルマの存在を感知できるだけのようだ。


「鷲羽はわし座だから分かるんだけど藍流あいるってどこから取ったの? 響きが良かったから?」

「アルタイルからルとタを外しただけよ。別に名前なんて何でも良かったもの」

「ミラもそうだったけど後から聞くと割とそのまんまなんだね」

「別にどうしても隠さなきゃいけない訳でもないし。アルフィルクやサダルメリクなんて普通に名乗ってるしね」

「言い慣れちゃったから気にしてなかったけど、言われてみればそうだね」


 あはは、と笑う未明子。


 ……しかしその顔は全然笑っていなかった。

 目の形は一切変わってないし笑い声も乾いている。

 ただ「あ」と「は」を機械的に口から出しているだけだ。


 良く見ると視線は動いてるのに焦点があっていない。

 ぼんやりと輪郭を見ているだけだ。

 睡眠を取ったおかげで目の赤みは取れていても、目の下のクマが全く消えておらず目に活力を感じなかった。


 まるで生きている真似をしているだけのようだ。

 こんなの最近のロボットの方がよっぽど人間らしく振る舞える。


 フォーマルハウトを放っておいたせいで彼女がこんな目にあってしまったのは私の落ち度だ。

 せめて危機が迫っているのだけでも伝えておくべきだったと今更になって後悔した。



「未明子、あなたに話したいことがあるの」

「話したいこと?」


 未明子がいつ衝動的に動き出してしまうかも分からない。

 また手遅れになってしまわないように、話せる時に話しておいた方がいい。


「私はあなたが好き」


 隣ですばるとサダルメリクが聞いているけど構わなかった。


 今は未明子に私の気持ちを伝えてステラ・ノヴァを起こすのが先決だ。

 そうしないと私が未明子を守れない。

 順序だとか雰囲気だとかを気にしている時間は無い。


「……それは、ありがとう?」


 予想通りのポカンとした反応だった。


「あなたと初めて会った時からずっと好きだったの。この三ヶ月間であなたへの想いもいっそう募ったわ」

「教室で会ってただけなのに?」

「毎日楽しかった。隣の席に座って、お喋りして。学校にいる間しか会えなかったけどそれでも私は幸せだった」

「そうだったんだ。まさか鷲羽さんに好かれてるなんてこれっぽっちも思ってなかったよ」


 全く他意の無いであろう ”これっぽっち” という言葉は少し効いた。

 鯨多未来を考慮して抑えていたとはいえ、私の気持ちは未明子に少しも届いていなかったのだ。


 違う。それでいいんだ。

 大切な人がいるのに好きになってもらおうと思っていた訳じゃないんだから。


 でも、今なら私の気持ちを打ち明けても許されるはず。



「だから未明子、私と付き合って欲しいの」

「それは嫌」







「……え?」

「付き合うのは嫌」


 ……。

 

 私は動揺が顔に出ないように心を落ち着けた。


 とりあえず返答としてはNOを貰ってしまったようだ。

 あまりのショックで泣いてしまいそうだけど今は我慢。


 それよりも返ってきた言葉が問題だった。

 「ごめんなさい」でも「考えたい」でもなく「嫌」。

 

 嫌?

 未明子が今まで嫌なんて口に出したことがあっただろうか。


 教師に面倒な仕事を押し付けられた時もやりますよと即答していた。

 鯨多未来を待たせてクラスメイトに頼まれ事をされた時だって、苦い顔をしながらも仕方ないなぁと引き受けていた。

 少なくとも私は彼女が嫌なんて言葉を言ったのを聞いたことがない。


 そんな未明子が私のお願いに対しては嫌と言ったのだ。


「い……嫌だった? 私のこと、嫌い?」

「別に何とも思ってないけど、付き合うのは嫌」


 何とも思っていない……。


 その言葉は私の心に深く突き刺さった。

 嫌いと言われるよりも何倍も何倍も悲しかった。


「たった三ヶ月だけど、あなたの隣に毎日居たんだけどな……。何とも思ってない、かぁ……」


 あまりに悲しすぎて思わず気持ちを口に出してしまった。

 私にとっては宝物だった三ヶ月も、未明子にとっては本当に何の意味もない時間だった事実に私の心が砕けてしまいそうだった。

 

「私にはミラがいるのに他の誰かと付き合うなんてできないよ」


 鯨多未来はもういないじゃない……と言ってしまいそうだった。

 そんなことを言ったら未明子は悲しい思いをする。

 今は何とも思っていない私のことを本当に嫌いになってしまうかもしれない。

 それは駄目だ。

 

「そ……そうよね……ごめん……なさい……」


 私の涙腺はもうギリギリだった。

 これ以上何かを言われたら確実に泣き出してしまう。


「あの……あのね……」


 必死に話を続けようとするも、私の頭の中はそれどころでは無かった。

 どうしよう。

 何を言えばいい?

 どうすれば話を聞いてもらえる?



「はい。そこまでにいたしましょう。せっかく犬飼さんも目覚められたことですし、まずは食事にいたしませんか?」


 どうしたらいいか分からなくなってしまったところを、すばるが救いの手を差し伸べてくれた。


「いまから準備いたしますので、もし犬飼さんが望まれるのであれば先にお風呂に入ってきて頂いても構いませんよ」

「じゃあ食事の前に入らせてもらっていいですか? 流石にもう体が痒くて」

「ではご案内いたしましょう。ゆっくりで構いませんので立ち上がれますか?」


 すばるがベッドの未明子に手を貸して立ち上がらせると、そのまま手を引いて未明子と共に部屋を出て行った。



 部屋には私とサダルメリクが残され、重苦しい空気が流れた。


 この数分間のやりとりで未明子が私をどう思っていたかがハッキリと分かってしまった。

 好かれているとは思っていなかったけど、まさかここまで興味を持たれていなかったなんて。

 悲しくて、辛くて、心が痛くて仕方がない。


 そんな私の頭を、隣で見ていたサダルメリクがぎゅっと抱きしめた。


「あんな言い方したら、未明子さんがああ言い返すの、当たり前じゃん」


 そのサダルメリクの優しいんだか、煽っているんだか分からない言葉を聞いたらとうとう我慢ができなくなってしまった。

 私の目から堰を切ったように涙が溢れてきた。


 未明子の言葉でこんなに悲しくなるなんて思っていなかった。

 いつも私の心を暖かくしてくれていた彼女の声が、こんなに冷たく刺さるなんて思っていなかった。 


「だって……ようやく……私の気持ちを伝えられる番が来たのに……!」

「うんうん」

「あの子が、鯨多未来がいたから、私はずっと我慢してたのに!」

「そかそか」

「私だって未明子が好きなの! 私のことを好きになって欲しいの!」

「分かる分かる」

「それなのに……何とも……思っていなかったなんて……」

「あれは酷いね」


「う……うわああああああああんッ!!」

「ええええッ、そんな可愛い泣き方、するの?」





 浴室まで未明子を案内したすばるは簡単に使い方を説明していた。

 未明子は説明を聞きながらふんふんと相槌を打ってはいるが、すばるは中身のない空っぽな人格と話しているような気になっていた。

 

「犬飼さん。私もお話したいことがあるので食事の後でお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「分かりました。しばらくはこの家で安静にしていた方がいいんですよね?」

「はい。お医者様からも安静にしていないと命に関わると言われておりますので、しばらく我が家でご養生ください」

「すいません。ご迷惑をおかけしてしまって」

「お気になさらないで下さい。では着替えはこちらに用意しておきますので、ゆっくりとお入りください」

「ありがとうございます」


 そう言った未明子が何も気にせずに服を脱ぎ始めたので、すばるは慌てて浴室から出た。



 すばるは嘘をついた。

 未明子の体調は回復に向かっていて無理さえしなければ家に戻っても何ら問題ない。


 ただ、彼女を一人にするのは危険だと考えていた。

 樹海で採取してきた毒草で何をしでかすか分からない。

 もう少し落ち着くまでは、誰かがそばにいた方が良いという判断だ。


「夜明さんのアドバイスが役に立ちましたね……」


 山梨から戻る道中、夜明から言われていた事があった。




「未明子くんはミラくんから最期に言われたことを遵守している。そしてそれが呪いになってしまっているようだ」

「呪い?」

「ああ。ミラくんが死に際に言った泣かないでという言葉をそのままの意味で受け取ってしまい、悲しくても泣けなくなってしまったんだ」

「……どんだけ馬鹿なのよ、あの子……」

「でも悪いばかりでも無いよアルフィルク。同じように死なないでとも言われている。つまりこれから何があろうとも、未明子くんは自殺だけはしないという事だ」


 果たしてそれが良いのか悪いのかは分からない。

 こんな心が壊れた状態で生き続けていくのが未明子にとって幸せなのか。

 自分が同じ立場に置かれたらどうなのかと考えると、その場にいる誰にも答えは出せなかった。


「これからすばるくんの家で養生することになるが ”命の危険がある” と伝えれば、しばらくは言うことを聞いてくれると思う。未明子くんを騙しているからいい気分では無いけどね……」




 夜明が予想していた効果はあったようだ。

 目を覚まして早々家に戻ろうとしていた未明子に命の危険を伝えると「死ぬのは駄目。駄目」と言って大人しく留まってくれた。

 普段の未明子ならば騙されないような嘘だが、今は物心ついたばかりの子供が親の言いつけを守るように素直に従っている。

 すばるはその様子を見て罪悪感に押しつぶされそうになっていた。


 自分のせいでミラは死んで、未明子は壊れてしまった。


 フォーマルハウトとの戦いに敗れて以降、その事実がすばるの心に消えないシミを作っていた。

 未明子を樹海から救い出しても、自分の家で面倒を見ても、少したりともそのシミが薄れていく事はなかったのだった。


 生まれと育ちによる責任感の強さが、少しずつ確実にすばるを歪め始めていた。





 入浴を終えた未明子が戻ってきて、この家の無駄に広いダイニングで四人で朝食を取った。


 私はさっきの事が尾を引いて未明子に話しかけ辛くなっていたのに、未明子は何事もなかったかのように話しかけてくる。

 嬉しいのと悲しいのが混ざった複雑な感情の中、さっきの彼女の返答について考えていた。


 未明子はいまの不安定な状態だからあんな返答だったんだろうか。

 それともいつも通りでも同じ返答だったんだろうか。

 もしかして普段通りだったらもう少し優しい言葉をくれたのかもしれない。


 それが気になって、私はせっかくの未明子の隣で取る食事を楽しむ事ができなかった。



「わたくしはこの後医務室で犬飼さんの診察をいたしますので、メリクはアルタイルを部屋まで送ってあげてください」


 それなら私もついて行く。とは言えなかった。

 ついて行ってもどうすればいいのか分からない。

 もう一度未明子と話をしたところで今のままでは拒絶されてしまうに決まっている。


「暁さん。私はどれくらい大人しくしていればいいんですか?」

「体調次第ですがとりあえず三日ほど滞在頂ければ大丈夫かと」

「分かりました。後で家にも連絡しておきますね」

「一応妹さん経由でお話をしておりますがそれが良いかと思います」


 そんな話をしながら二人はダイニングから出て行った。

 何だかさっきからすばるにずっと未明子を独占されている気がしてやきもきする。


「サダルメリク」

「なに?」

「私が未明子の視界に入るにはどうしたらいいと思う?」

「それは難題、だね」

「こういう時ダイスの神様は何て言うの?」

様子見ようすみ、じゃない?」


 ダイスの神様も案外頼りない神様だ。


 でも様子を見るのはこの三ヵ月でもう飽きた。

 やっぱり相手の懐に入るには攻め続けないといけない。

 興味が無いと言っている相手が、何もせずに興味を持ってくれるハズがない。


「アルタイル、目がギラついてる、よ」

「私だって伊達にわし座の星じゃないわ。獲物を前にして静観なんてできないのよ」

「うーん。こんなに可愛い顔して、恋愛下手か」

「うるさいわね。あなたに言われたくないわ」

「こう見えて私とすばるは、結構お熱いんだよ。だから、先に言っておくね。私はすばるの味方だから、すばるのやりたい事は、応援する」

「それはどういう意味?」

「すぐに、分かるんじゃない?」


 サダルメリクが意味深なことを言いながらとぼけた顔をした。

 それが何を意味しているのか、すばるを良く知らない私には見当もつかなかった。


 すばるはステラ・ノヴァを起こそうとしている事に関してもまだ考えていると言っていたし、私を応援してくれるのかどうかはグレーだ。

 もし反対するつもりなら、ここに未明子と共に残っているのは状況が良くない。


「ところでアルタイル。これから暇?」

「未明子のところに行けないなら暇ね」

「じゃあ、私とちょっと遊ぼう。新しいゲームのテストプレイをしたくて」

「ゲームで遊ぶ気分じゃないわ」

「もしかしたら、恋愛的なヒントが得られるかも」

「行きましょう」


 サダルメリクが「ちょろい」とでも言わんばかりの笑いをした気がするけど、見なかった事にしておこう。

 とにかくしばらくは、未明子の事はすばるに任せるしかなさそうだ。





 すばるは未明子を医務室まで送り届けると簡単な医者の真似事をした。

 それらしい素振りで脈を測ったり、検温をするが、はっきり言ってあまり意味は無い。

 ただ未明子をその気にさせる芝居をしているだけだった。


「大分良くなってきましたが、まだ脈が少し乱れていますね。寝なくても大丈夫なのでせめて横になっていましょうか」

「横になっていれば死なないですか?」


 およそ高校生から出るような質問ではなかった。

 勿論、ここで体を休めなくても死ぬようなことは絶対にない。

 だが「死」という言葉を利用して体を休めてもらえるならば願ったりだ。喜んで嘘つきになろう。


 すばるは自分の罪悪感を天秤にかけて、首を縦に振った。


 未明子は言われるままにベッドに横になった。

 もはや彼女には正常な判断力もなくなっているのかもしれない。

 言い方を考えれば何でもやらせられるし、何でも止めさせられるだろう。


 すばるはベッドの横にある椅子に座ると、背筋を正して未明子の顔を見た。


「犬飼さんに謝罪しなければいけません」

「謝罪? 何をですか?」

「わたくしのミスで、ミラさんをあんな目に合わせてしまいました」

「ミラが死んだのは暁さんのせいでは無いですよ」


 あえて ”死んだ” という表現を避けたが未明子はミラの死を迷いなく口に出した。


「もし私がリーダーをやっていたら、もっと大変な事になっていたかもしれない。他のみんなも死んでたかもしれないし、最悪世界が終わっていたかもしれない。暁さんはあの状況で精いっぱいの事をしたと思います」

「そうでしょうか……。それでもわたくしはもっと上手くできたのではないかと考えてしまいます」

「それを考えたら何か変わるんでしょうか? ミラも帰ってきてくれるんでしょうか?」

「いえ……そうですね。終わった事を考えていても栓なき事かもしれません。ただ、わたくしなりのケジメだけはつけたいと思っております」

「ケジメですか?」

「犬飼さん、どうぞわたくしをお好きになさって下さい」


 すばるの言葉に未明子は一瞬だけ固まった。

 未明子はすばるの心を覗くようにじっとその目を見ると、ベッドから上半身を起こす。

 そして表情を変えずに言葉を続けた。

 

「それはどういう意味ですか?」

「言葉通りに受け取って頂いて構いません。気の済むまで殴って頂いても構いませんし、欲望のままに抱いて頂いても結構です。わたくしには未明子さんにお返しできるものがありません。なのでせめてこういう形で責任を取らせて下さい」

「…………」


 感情の読めない顔で未明子はすばるをじっと見つめていた。

 怒っているのか、呆れているのか、その表情からは何も読み取れない。

 ただ落胆させたのは間違いないと思った。


「暁さんがそう言ってくれるなら甘えたいです。でも、いまの私は何をするか分からないですよ?」

「構いません。それで犬飼さんの気持ちが少しでも晴れるなら……」


 すばるは椅子から立ち上がると、今度はベッドに腰を下ろして未明子の方にすり寄った。

 そしてお互いの顔が振れるほどの距離まで近寄ると、そっと目を閉じた。


 それを見た未明子は、すばるの肩に手を回すとそのままベッドにその身を押し倒したのだった。





「何が恋愛について学べるよ! ネバネバした触手に弄ばれただけじゃない!」

「まさか、ショゴスに蹴りかかっていくプレイヤーがいるとは、思わなかった」

「敵が出てきたら攻撃するのがセオリーじゃないの?」

「ちゃんと、敵の描写したでしょ? 何であの見た目の生物を蹴り殺せると思ったの?」

「倒せない敵を出さないでよ」

「そういうホラーものなんだけど、うん。笑ったからいいか」


 サダルメリクに付き合わされてお喋りしながら進めるボードゲームをやってみたけど、期待していた要素は全く無かった。

 何よクトゥルフ神話って。


 まあ、あれはあれで演技をするのが上手い人とやったら楽しそうではあるけど。


「未明子さんは、絶対TRPGの才能、あると思う」

「確かに未明子とやったら楽しそうね。でも絶対未明子もアイツ蹴るわよ」

「クリアするだけが、TRPGの面白さでは、ない。時にはドラマのある死に方も華なのだ」

「ドラマのある死に方ねぇ」


 死に方に良いも悪いもあったものでは無い。

 死んだらそれまで。

 そこから先は自分ではどうにもならない世界が続いていく。

 

 鯨多未来が生きていたら絶対に未明子を奪おうとする私を止めただろう。

 でも彼女はもうこの世界に干渉できない。

 私が未明子に何をしようとどうしようも無い。

 死とはそういうものだ。



「そう言えばすばるはどうしてるのかしら? 未明子を医務室に送ったまま戻ってこなかったわね」

「さあ? すばるもすばるで忙しい身だからね。自分の部屋にいるんじゃない?」


 ふと、昨日医務室で見たすばるの姿が思い浮かんだ。

 思い詰めているような、何かを決意していたような、そんなうしろ姿だった。

 

 聞いた話ではフォーマルハウトとの戦いではすばるが指揮を取っていたらしい。

 彼女なりに自分の指揮で仲間を失った責任を感じているのではないだろうか。


 もし私がすばるのステラ・アルマだったら彼女に寄り添って離れないだろう。

 でもサダルメリクにはそういう雰囲気が一切なかった。

 すばるよりも、むしろ私にベッタリな気さえする。

 まるで私が下手な動きをしないように監視しているような……。


 そこまで考えて、私にある閃きが走った。


 すばるの責任感の強さ。

 未明子を自宅に連れてきた事。

 決意めいたうしろ姿。

 サダルメリクがすばるを応援していると言った言葉。


 まさかそんな訳はないと思いつつも、私は早急に確認しなければいけない事ができてしまった。


「サダルメリク。私ちょっと未明子に会いに行ってくるわ」

「じゃあ、キッチンに行って、何か飲み物でも持って行ってあげようか」

「いいわ。このまま向かう」

「え、でも私だけだと、持ちきれないなぁ」

「……何で私を引き止めるの?」


 ようやく気づいた。


 この屋敷に来てから何故かずっとサダルメリクが私についていた。

 すばるが忙しいからサダルメリクに雑用をお願いしていたのかと思っていたけど、それだけじゃない。

 自然と私のそばに居るようにしてたんだ。


「別に、引き止めてないよ。急ぐなら先に行くといい。私は、飲み物を持って後から行くから」


 サダルメリクはそう言うとキッチンの方にノタノタと歩いて行った。



 大丈夫、私の思い過ごしだ。

 すばるがそんなことをする訳がない。

 サダルメリクもただ私と遊んでいただけ。


 そう自分に言い聞かせながら、私は急ぎ足で医務室に向かった。



 長い通路を歩いて、ようやく医務室に辿り着いた。


 静かにドアをノックするも全く反応が無い。

 間をおいてもう一度ノックをしたが、それでも反応は無かった。


 おかしい。

 未明子は寝てしまったのだろうか。


 私はドアノブを回して静かに部屋の中に入った。


 部屋の中は電気が消えていた。

 カーテンが閉められているせいで部屋の中は薄暗かった。


 ようやく目が慣れてくると、薄暗い部屋の隅にあるベッドに未明子が寝ているのが見えた。


 そして、その隣にはすばるの姿もあった。

  

 足音を立てないようにベッドに近づく。

 ベッドで眠る二人を見ると、二人とも服を着ていなかった。

 お互い寄り添うように、裸で抱き合って眠っていたのだった。



 何で?

 どうして?

 どうしてこうも悪い予感ばかりが当たってしまうの?


 私には鯨多未来がいるから駄目って言ったのに、すばるとは寝るの?

 あなたのことが大好きな私は嫌なのに、他に恋人がいるすばるはいいの?


 分からない。分からない。

 私では駄目だったの?

 私を頼ってくれたらいくらだって慰めてあげたのに。

 どんな事だってしてあげたのに。


 どうして私じゃなくてすばるなの?



 私は寝ている二人を見ているのが辛くなって部屋から走り去ろうとした。

 でも周りが見えていないせいで思いっきり診察台にぶつかり、台の上にあった器具を落としてしまった。


 器具が床にぶつかって金属音が鳴り響く。

 その音で、未明子とすばるが目を覚ました。


「わし……ばね……さん?」


 未明子が私に気づいて体を起こす。

 かかっていたシーツがめくれるのも全く気にしない。 

 逆にすばるは目深にシーツを被って、顔を隠していた。


「どうしたの? 大丈夫?」


 あっけらかんとした表情で未明子は私の方を見ていた。


「……何をしていたの?」


 聞くまでも無い質問が自分の口からこぼれ出る。

 

「何って……暁さんと寝てた」

「裸で抱き合って? 随分仲がいいことね」

「あー寝てたってえっちしてたってことだよ」

「分かってるわよ!」


 私は自分の好きな人から何を聞かされているのだろう。

 未明子は本当に私に興味がないんだ。

 私がこれを見せられてどう思うかなんてどうでもいいんだ。


「私にはあんなことを言っておいてすばるには体を許すのね!? あなた鯨多未来が大事だったんじゃないの!?」

「大事だよ」

「なら何で!? これは鯨多未来に対する裏切りじゃない!!」

「裏切り? 死んだ人は裏切ったって思ってくれるの? 私が酷いことしたら傷ついてくれる?」

「……え?」

「私が何かして、死んだ人が悲しんだり傷ついたりしてくれるなら、私なんだってやるよ? でも死んだ人は何もできないじゃん。私を怒ったりしてくれないじゃん」

「未明子?」

「だったら私は残った人を大事にしたいよ。ミラが大切にしていた友達を大切にしたい」

「分かってるの? すばるはあなたを慰めてるんじゃないの。自分を慰めるためにあなたを利用してるのよ?」

「分かってるよ。それで暁さんの心が救われるならそれでいいじゃん」


 ……未明子は分かっていた。

 ずっとすばるが苦しんでいるのを。 

 その上ですばるの言う通りにしたのだ。

 

 未明子は自分の体とか心のことなんて、もうずっとずっと優先順位が下になってしまったのだ。



「なんでこれ以上未明子を苦しめるのよ……」


 私がしぼり出した声を聞いているはずのすばるは、シーツから顔を出さなかった。

 あの責任感が強く、自分の行動に言い訳せず、いつでも凛としているすばるが、今だけは年相応の弱さを見せていた。


「……でも、もうこれですばるの贖罪は終わり。もう二度とこんな事はしないで」

「何で? 暁さんが苦しんでるなら私は何でもするよ。暁さんだけじゃない。狭黒さんも、アルフィルクも、サダルメリクちゃんだって、九曜さんだって、ツィーさんだって、私ができる事なら何でもする」


 どうして、そこに私は入れてくれないの?

 私だって未明子が大好きで、未明子の為なら何でもしたくて、一番未明子を大切にできるって思っているのに。

 

 でも分かっている。

 未明子の基準はすべて鯨多未来だ。

 鯨多未来が大事にしていたものを大事にすることで、未明子の中では鯨多未来を存在させ続けているのだ。


 私は違う。

 私は鯨多未来にとって大事な存在ではなかった。



 ……無理だ。

 私は未明子と付き合う事はできない。

 未明子とステラ・ノヴァを起こす事はできない。

 永遠に、私は未明子の大事な人にはなれないんだ。



 それを自覚した時、私は未明子の前でとうとう涙をこぼしてしまった。

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