第54話 君の手を握ってしまったら③
ツイッターに、久しぶりにキャラクターのイメージイラストをアップしました。
よろしければそちらもご確認ください。
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桜ヶ丘から車を走らせてまもなく一時間半。
私達は山梨県に入っていた。
九曜五月が飛ばしてくれたおかげでまだ日が出ているうちに目的地に到着できそうだ。
彼女の運転はスピードが出ている割に快適で、信号停車などブレーキの使い方が繊細だった。
誰も車酔いなどしておらず、上手い運転とはこういう運転を言うんだなと思った。
きっと彼女はステラ・アルマの操縦技術も高いのだろう。
車内ではすでに大抵の会話はしつくていた。
助手席に座るすばるが時折ナビゲートで九曜五月に声をかける程度で、それ以外のメンバーは外の景色を見ているか眠っていた。
「樹海って自殺の名所でしょ!?」
展望ホールにアルフィルクの声が響く。
彼女は感情の高ぶりに合わせて声量も上がるので、大きな音が苦手な私は物理的に耳が痛かった。
「そういう認識の人が多いね。別に恐ろしい場所でもなくて少し広いだけの原生林なんだけどね」
「そうであったとしても女の子が一人で行くような場所じゃないでしょ!?」
「そんなことはない。遊歩道もあってハイキングや森林浴には持ってこいの場所だよ。溶岩の影響でできた洞窟なんかもある日本の天然記念物さ」
「そんな蘊蓄いらないのよ! 誰に対する配慮よ! 今の未明子が一人でそんな場所に行くなんて死にに行ったとしか思えないじゃない!」
「未明子さんのことだから、キノコ狩りとか、行ったんじゃない?」
「サダルメリクあなたふざけてるの? 手遅れになったらどうするのよ?」
私もかなり焦っていたが、アルフィルクの焦りようが尋常じゃなかった。
昨日親友を殺されて、さらにまた友達が死ぬようなことになったらやりきれない。
しかも今度は戦って命を落とすでもなく自殺だ。救いが無さすぎる。
「だからいま五月くんに車を取りに行ってもらっているし、すばるくんに必要な物の買い出しに行ってもらってるんじゃないか」
「分かってるわよ。だからって落ち着けないでしょ。まさかセレーネさんのゲートで移動できる範囲が東京近郊までだとは思ってなかったわ」
「すまないな。ワタシの能力では関東平野ぐらいが範囲限界なんだ」
アルフィルクの言葉に管理人が申し訳なさそうにしている。
だが私の認識では管理人が戦い以外に関わる事が珍しい。
質問にも答えない、必要な時以外は姿を表さないなんてザラなのに、このユニバースの管理人は随分と協力的なようだ。
「我々のすべき事はすぐに出発できるように準備するのと、想定される事態に対して対策を打つ事だ」
「想定される事態?」
「うむ。鷲羽くん、もとい、アルタイルくんで良かったかな?」
「どちらでも好きに呼んでちょうだい」
「ではアルタイルくん。つまり今から樹海を探索して陽のある内に未明子くんを見つけられなかった場合だ」
そんな場合を考えたくは無かったが確かにそうなった時にどうするかは考えておかなくてはいけない。
そのまま夜通し森の中を探しまわるのは流石に無理がある。
「今から山梨に向かって、探索に当てられる時間はおよそ一時間。長く見積もっても二時間だ。それ以上は陽が沈んで危険度が跳ね上がる」
「それを越えたら未明子を諦めると言いたいの?」
「いや。それではみんな納得できないだろう。なので周辺への滞在場所の確保が必要になるね」
狭黒夜明と名乗ったメガネの女性は、再びタブレットで地図を開くと樹海周辺を調べ始めた。
それに合わせてアルフィルクとサダルメリクと呼ばれたステラ・アルマもスマホを取りだして検索を始める。
宿泊か。
考えてもいなかったけど今日中に見つからなかったら現地に泊まるしかないものね。
でも本当に未明子が自殺を考えているなら今日中に見つけられなければほぼアウトだ。
翌朝探索を再開して発見できたのが亡骸なんて可能性は非常に高い。
胸がチクチクする思いをしながら私もスマホで樹海周辺を調べた。
「面白い。樹海の中に、宿泊施設があるみたい」
「何てトコロ? 電話して空いてるか確認する」
「結構あるみたいだよ。ほら、ここ」
早速アルフィルクとサダルメリクが何か見つけたようだ。
さっきも思ったけど、こういう調べ事や手配が必要になった時に誰に言われなくても各々で動き出すのは優秀だ。
夜明が方針を決めたら全員がそれに向かって考えて行動できるのはチームとして完成している証拠。
このユニバースがここまで残ってきた理由を垣間見た気がした。
「宿は確保しておくからサダルメリクは樹海までのルートでも調べておいて」
「分かった」
ならば私は夜明と一緒に樹海の探索方針を考えよう。
到着してからいかに素早く動き出せるかも重要だ。
「夜明、と呼んでいいかしら?」
「好きに呼んでいただいて結構だよ」
「じゃあ夜明。到着後の動きを決めておきたいの。現地に行った事はある?」
「学生時分に修学旅行で行ったらしいんだけど全然覚えていなくてね。まあそんなに変わってはいないと思うよ」
「未明子ならどこから樹海に入って行くと思う?」
樹海は国道139号線を挟んで南北にある。
まずはどちらのエリアを探索するかを決めなくてはいけない。
夜明はタブレットを眺めると、富岳風穴の駐車場から伸びる遊歩道を拡大した。
「おそらくこちら側だ。前々から計画していたのでなければインターネットで軽く調べるくらいしかできなかっただろう。そうなるとバスの降り場から一番近い所に入っていくと考えるのが自然だね」
「じゃあ全員で同じ所から入っていく?」
「いや。チームを二つに分けて、片方は鳴沢氷穴側から遊歩道に入ってもらおう。こちらのチームは単純に遊歩道を富岳風穴側に向かって探索してもらうだけだ。もしかしたら途中で未明子くんと鉢合わせする可能性もある。富岳風穴側からのチームは、まあ仕方ないが進入禁止のロープを越えていくしかないね」
「私は富岳風穴側から探すわ」
「君、学生服だけどいいのかい?」
「構わないわよ。毎日坂道を登らされて体力もついてるし、そちら側は私に任せて」
「じゃあ私は反対側から進むとするか。お互い定期的に連絡を取り合い、特にそちら側のチームはあまり深入りしない事。二重遭難になったら元も子もない」
「分かったわ」
未明子の目的は分からないが、樹海の奥地に行っている可能性は高い。
それにもし何かが起こったとしてもこの世界との繋がりの薄い私なら問題無い。
ケガをしても、行方不明になっても、悲しむ人なんていないんだから。
しばらくすると黒髪の女の子、さっき自己紹介をしてもらった暁すばるが買い物から戻ってきた。
ほぼ時を同じくして九曜五月も車を借りて戻ってくる。
簡単な準備を終えた私達は、すぐに山梨に向かったのだった。
「もうちょいで到着するよー」
「ほらサダルメリク、爆睡してないで起きなさい」
「ううん……あと5ターン眠らせて……」
「荷物持ちは五月くんとすばるくんで大丈夫だね?」
「はい。お任せください」
だいぶ陽は落ちてきているが富岳風穴には着けた。
駐車場に車を停めて、ここからは3人ずつのチームに分かれて行動する。
富岳風穴側は私、アルフィルク、それにすばる。
鳴沢氷穴側からは、夜明、サダルメリク、九曜五月。
すばるが買ってきた飲料、モバイルバッテリー、念のための消毒薬・包帯などの医療セットは荷物持ちがまとめて持つ。
20分ごとに互いのチームの状況を報告する取り決めだ。
「最後にもう一度確認するが決して深入りしないこと。方角が分からなくなったら動き回らずに全員で相談して戻る方向を決めること。もしくは大声で助けを求めてくれてもいい。もし未明子くんが見つかったら無理に連れ戻さずに、目的を確認して手助けできるならすること」
「もし死ぬのが目的だったら?」
「殴って連れてきたまえ」
「了解」
アルフィルクが手のストレッチをしはじめた。
どんな目的であれ完全に殴る気だ。
もし本気で死のうと考えているなら、私も一発くらい引っ叩きたい気持ちはある。
辛いのも悲しいのも分かる。
死にたくなるのも分かる。
でも一言、何か言って欲しかった。
鳴沢氷穴チームと駐車場で分かれて、樹海の遊歩道入口から森の中に入っていく。
一歩森の中に踏み込めば木々が影を作って想像以上に薄暗かった。
遊歩道を足早に進みながら、奥に人影が見えないか、つい最近人が立ち入ったような跡がないかを慎重に探っていく。
「こんな中に女の子一人で入っていくなんてそれだけで自殺行為でしょ……」
「この辺り、奥に進めそうですね」
木々の間に歩けそうな隙間を見つけた。
未明子がここから奥に進んだかは分からない。
でも今は少しでも可能性のある場所を探すしかない。
「後で外しますが、赤いビニールテープを買ってきたのでこれで入った場所に目印をつけておきますね」
「ここからテープを引っ張っていけば確実に戻れるんじゃない?」
「500メートル弱あるのでそれくらいまでは引っ張れますが、戻ってくる時に全部巻き直さないといけませんよ?」
「ん。やめましょ」
「要所要所にチェックしておけば十分だと思います」
二人が木の枝に目印をつけ終わると、私は先陣を切って森の中に入っていった。
森の中は鳥の鳴き声や、木々の揺れる音で以外と騒がしかった。
もっと音も色も無い死の世界みたいなのを想像していたけど、夜明の言った通りハイキングとかにはいい場所なのかもしれない。
もっとも、遊歩道を外れれば ”見つけたくはないモノ” を見つけてしまう可能性もあるから、穏やかな場所でないのは確かだけど。
「みーあーけーこー!! おーーーーーい!! みーあーけーこー!!」
アルフィルクが大声を出す。
さすが普段から声量があるだけに、森の奥の方まで響いているようだ。
「犬飼さんにはステラ・アルマのセンサーがあるので、もし近くにいたらアルフィルクの存在に気づくかもしれませんね」
「何それ。どういうこと?」
「アルタイルは聞いていませんでしたか。犬飼さんはステラ・アルマの存在を感知する能力をお持ちなのです」
「未明子にそんな能力があるの?」
「はい。その能力のおかげで見えない位置にいる敵に長距離射撃も可能です。ただ、ステラ・アルマに乗っていない時はそこまで感度は良くないみたいですね」
と言うことは未明子には転校初日から私がステラ・アルマだと言うことがバレていたんだ。
それならさっさと話してしまえば良かった。
「ちなみにすばるや他のステラ・カントルにもそういう能力はあるの?」
「夜明さんや五月さんからは詳しく聞いておりませんが、少なくともわたくしにはそういう能力はありません」
「ふーん。未明子ってやっぱり凄いのね」
学校では知らないステラ・カントルとしての犬飼未明子の話を聞けるのは楽しい。
それと同時にこの二人が私の知らない未明子を知っていることに少し嫉妬してしまう。
「アルタイルは犬飼さんと仲がよろしいんですか?」
「私は仲良しのつもりだけど未明子にとってはただの隣の席のクラスメイトかもね」
「学校の犬飼さんはどんな感じなのですか?」
「いつも鯨多未来と話してばっかりよ。他のことにはあまり興味がないみたい」
学校で見る未明子は、鯨多未来と話しているか、ボーっとしているか、鯨多未来の話を私に振ってくるかのどれかだ。
あまりクラスに溶け込んでいる感じではなかった。
「そうなのですね。わたくし犬飼さんはクラスでも人気者かと思っておりました」
「人気者かそうでないかは難しいところね。密かに未明子を狙っている子は多そうだけど」
ブフォッ!!
突然隣から爆裂音がした。
アルフィルクが飲んでいた水を吐き出したみたいだ。
「い、いま何て言ったの? 未明子を狙っている子が大勢いる? ミラじゃなくて?」
「鯨多未来にも沢山いそうだけど、まあ分かりやすいのは未明子の方ね」
「待って。確かにかわいくて面白いけど、そんな感じの子じゃないでしょ未明子は」
やっぱりこのグループにいると未明子はそういう風に見えるのだろうな。
彼女は無駄に能力をひけらかしたりしないから、話してる感じだけで判断されてしまうのだろう。
「そうね。例えば未明子って勉強できそうに見える?」
「地頭は良さそうだから馬鹿では無いと思うけど、中の下くらいじゃないの?」
「未明子は今の高校に入ってから学年トップ5に入らなかった事は一度もないわよ」
「「ええ!?」」
二人の声が綺麗なハーモニーを奏でた。
アルフィルクは勿論、すばるも意外だったらしい。
「申し訳ありません。わたくしも決して頭の悪い方ではないと思っていたのですが、もしかしてかなり学力が高いのですか?」
「英語がちょっと苦手という所をのぞけば、成績は鯨多未来より全然上よ」
「ミラより頭いいの!? わ、私の中での未明子のイメージが……」
「それに運動もできるしね。あの子、全力で走らせたら陸上部より早いのよ」
「噓でしょ……どこの少女漫画の登場人物よ……。あ、でも待って。あの子初めての戦闘ですっごい高くジャンプしてたわ。あんなの普段から体を動かせる人しかできない動きだわ」
「そうでしょう。そのうえ無条件に女の子に優しいから、そりゃあお近づきになりたいって人も出てくるわよね」
二人の顔色が面白い形で悪くなっている。
今まで見えていた未明子像がガラガラと崩れているところだろう。
さっきは嫉妬していたけど、今度は少し鼻が高い気分だった。
「ねえアルタイル。その上ではっきりさせておきたい事があるんだけど答えてもらって良いかしら?」
「なあにアルフィルク? 今日はたくさん質問したい気分なのね」
「今日初めて会ったんだから聞きたいことが多いのは当然でしょ? あなた未明子をどう思っているの?」
「好きよ」
「は……はっきり言うわね」
「アルフィルクがはっきりさせたいって言ったんじゃない」
「でも未明子にはミラが……いるわ……」
アルフィルクはそう言いながら、だんだん声が小さくなっていった。
そうよね。
鯨多未来はもういないものね。
「分かってるわよ。だから私は未明子には踏み込まなかった」
「じゃあ今回もただ未明子を探す為についてきたの?」
「好きな人だもの、身を案じるのは当然じゃない」
「そうなのね……。その、同じステラ・アルマの私が言うことではないけど他の人ではダメなの?」
私達にはステラ・ノヴァを起こしていないステラ・アルマに干渉してはいけないというルールがある。
そのルールを理解した上でそれを口に出すということは、アルフィルクはつまりこういう事が言いたいのだろう。
「私にステラ・アルマとしてこの世界の為に戦えと言いたいのかしら?」
鯨多未来が死んでも戦いは続く。
そしていつまたフォーマルハウトが攻めてくるかも分からない。
そんな中で1等星のステラ・アルマが現れたら、是が非でも仲間に引き入れたいというのは当然の欲求だ。
「いま私達には戦力が必要なの。フォーマルハウトと戦うために一人でも多くのステラ・アルマの力が必要なのよ」
私とアルフィルクの話を聞いているすばるは、こちらを見ているが何も言わなかった。
だがきっと同じ思いなんだろう。
すばるだけじゃない、他のメンバーもそう思っているに違いない。
「アルフィルク。それは完全にルール違反よ」
「……そうよね。ごめん、聞かなかったことにして」
「じゃあこれから私が言うことも、聞かなかったことにしてもらえるかしら?」
「……え?」
「私は未明子と改めてステラ・ノヴァの契約を結ぶわ」
二人を見据えながら力強く宣言した。
それこそが私が未明子を探す理由。
樹海から彼女を探し出し、新しい契約を結ぶのが私の目的だ。
それを聞いたアルフィルクとすばるは不穏な顔つきになった。
特にアルフィルクは眉間に皺を寄せて明らかに不機嫌になっている。
「アルタイル。それがどういう意味か分かって言っているの?」
「もちろんよ。私は未明子の恋人になる」
「犬飼さんにはすでにミラさんという最愛の人がいます」
「鯨多未来は死んだわ。これから未明子が寂しくても苦しくても、隣で支えることはできないの」
「それはそうだけど、そんなすぐにミラを忘れられるわけないじゃない。どれだけ未明子がミラを好きだったと思ってるの?」
「それこそ言われなくても分かっているわ。どれだけ私が未明子を隣で見てきたと思っているの?」
「じゃあどうして!?」
「私だって未明子を好きだからよ。心から愛しているからよ。どうしてその気持ちに素直になってはいけないの? 鯨多未来が未明子を本気で好きだったように、私だって未明子を本気で好きなのよ。私は今までそれを我慢して二人を見守ってきた。でも彼女が死んだ今、私が未明子を隣で支えても許されるでしょう?」
パン!!
大きな音が森に鳴り響いた。
木々の間に、溶岩でできた地面に染み込むように、乾いた音が響いた。
アルフィルクが私の頬を叩いた。
未明子に振るわれる筈だった平手打ちは、代わりに私にお見舞いされたのだった。
「最低」
「……でもあなた達には私の力が必要でしょ?」
「そうよ。あの時、フォーマルハウトが襲ってきた時に、世界を残すために夜明が歯を食いしばって未明子を見殺しにしようとした気持ちが良く分かったわ。本当ならここであなたを殴り倒してやりたいけど、私達にはあなたの力が必要なの」
アルフィルクが悲しみと諦めの混ざった複雑な表情を浮かべていた。
どうして夜明とアルフィルクが出撃しなかったのか疑問だったけど、いま何となく理解できた。
……辛いわね
そして強いわね。
「それでいいわ。別に応援してくれなくて構わない。私は未明子を愛しているし、未明子が大切にしている人達も愛している。だから改めてさっきの質問に答えるわね。未明子の為に私はこの世界で戦う。そしてどんな敵も私が潰すし、あなた達も全員守る。この先未明子が悲しむことなんてただの一つもないように全部私が背負うわ」
自分勝手なことは分かっている。
卑怯なことを言っているのも分かっている。
だけど私には私の貫きたい気持ちがあるのだ。
「……分かった」
私の言葉を受け止めてくれたのか、アルフィルクはそれきり何も言わなかった。
分かったと言いつつ、何一つ納得のいってなさそうな顔で未明子の探索に戻った。
「わたくしはまだ心の整理ができておりません。アルタイルを歓迎すべきなのか、軽蔑すべきなのかも決めきれません。なので犬飼さんが見つかった時にもう一度お話をさせて下さい」
すばるも似たような顔をしていた。
突然現れた私を邪険に扱わないだけでも嬉しかった。
いきなり現れて友達を奪うと言いだした私の話を聞いてくれるだけでも有り難かった。
私達はこのあと何を話すでも無く、黙々と樹海の中を探索した。
そして何の成果も得られず時間切れがやってきたのだった。
「良かったよ。もしかしたらアルタイルくんは諦めずに探し続けると言い出すかもしれないと覚悟していたからね」
九曜五月の運転する車に揺られて、アルフィルクが手配してくれた宿泊施設に向かう道中で夜明が私に言った。
「私がそう言い出したらどうするつもりだったの?」
「もちろん止めたさ。そうなったら未明子くんが生きていたとしてもアルタイルくんは確実に死んでいたからね」
「私だってこんな時間の探索に意味が無いことくらいは分かるわ」
「そうだね。こうなったら今晩は早めに寝て明日早朝から探索した方が効率がいい」
夜明の言う通りだ。
暗闇の中で何かを探すなんて不可能だ。
ここでの暗闇は私達が想像するような優しい暗闇ではない。
冗談抜きで10センチ先も見えないような漆黒の暗闇なのだ。
例えライトで照らしても、照らした部分以外は何も映らない危険な場所で探し物をするなど、自らが探し物の一つになる以外の運命は用意されていない。
ただしこの段階で決定した事がある。
もし未明子の目的が死ぬ事だった場合、おそらくもう私達は間に合わない。
今日中ならもしかしたら止められたかもしれないその死は、ほぼ確定したと考えていいだろう。
後は自殺以外の目的があったか、自殺であってもどうしても死にきれなかった事を祈るしかない。
全員がそれを理解した上で撤退を決めた。
そういう約束だったからだ。
私は未明子の強さを信じた。
体や心の強さではない。
鯨多未来への想いの強さをだ。
その強さがあれば自ら死を選ぶ事はないと、ただそう信じるしかなかった。
その日私達は早めに就寝し、次の日は早朝から探索を再開した。
だが、運も運命も何一つ味方をしてくれなかった私達には、この日も未明子を見つけることはできなかったのだった。




