第53話 君の手を握ってしまったら②
ここには以前この街への転入届けを出しに来たことがある。
その時は元々のユニバースで、居たのは市の職員だけだった。
今ここには数人のステラ・アルマとステラ・カントル、それに管理人らしき者が集っていた。
その中に未明子の姿は見つからなかった。
そして未明子のステラ・アルマである鯨多未来の姿も見当たらない。
「教えて。未明子はどこにいるの?」
私はもう一度同じ質問をした。
全員が何やら難しい顔で返答をくれないからだ。
ここにいないならば別の場所を探さなくてはならない。
「あなた誰? ここに入って来られたならステラ・アルマだと思うけど、どうして未明子を探しているの?」
背の高い銀髪の女性が近寄ってくる。
その女性は私の正面までやってくると威圧感のある顔で睨みつけてきた。
身長差がありすぎるせいで、どうしても上を向かないと目を合わせられない。
「鷲羽藍流。未明子のクラスメイトよ」
私が名乗るとその長身の女性はとても驚いていた。
もしかしたら私のことを未明子から聞いていたのかもしれない。
でもそんなに驚くほどのことかしら。
「ごめんなさい。前に敵がここに侵入した事があって、それ以来突然の訪問者には警戒しているの」
「そうだったのね。何の予告もなくやってきたのは謝るわ」
「それで、未明子を探していた理由は?」
「そうね……そちらの状況が分からないから何のことか伝わらなかったらごめんなさい。フォーマルハウトというステラ・アルマが鯨多未来に何かしなかった?」
鯨多未来の名前が出ると、その場は重苦しい空気に包まれた。
……もうその反応だけでだいたい何が起こったのか理解できた。
「鯨多未来は……ミラは……殺されたわ……」
やっぱり。
当たって欲しくない勘が当たってしまった。
アイツが言っていた通り確かに未明子には手を出していない。
でもこれでは同じことだ。いや、おそらくもっと酷い。
フォーマルハウトが現れて何も起こらないはずがないんだ。
あいつはいつだって最悪の星なんだから。
「それで未明子はどこに行ったの?」
「どこに行ったも何も、しばらくは家から出られないんじゃないかしら」
普通に考えたらその認識だろう。
恋人を殺されたらしばらくはまともな精神状態でいられるわけがない。
でも違うのよ。そうじゃないから焦っているの。
「未明子は今日、普通に学校に来たわ」
奥にいる者達が息を飲んだのが聞こえた。
そして目の前にいる女性はみるみる顔が歪んでいく。
私が焦っている理由が一言で伝わったらしい。
「普通に学校に来て、いつもみたいにヘラヘラしていたわ」
そう、普通じゃないんだ。
普通なら大切な人が死んだ次の日に遅刻もせずに規則正しく生活できるはずがない。
恋人はどうしたの? と聞かれて笑っていられる訳がないんだ。
いまの未明子は明らかに異常だった。
「だから私は未明子を探しているの。早く見つけないと大変なことになるかもしれない」
それを聞いたメガネをかけた女性が、スマホを取り出して何やら操作を始めた。
おそらく未明子に連絡をしているのだろう。
私はその女性の元まで歩いて行くと、スマホを打つ手を止めた。
「ラインとかじゃなくてすぐに電話して。お願い」
私が未明子の連絡先を知っていればこんな手間をかけなくても済んだのに。
迷惑になるだろうと思って聞いておかなかったのが失敗だった。
無理にでも連絡手段を作っておくべきだった。
メガネの女性は、コクコクうなずくとすぐに電話をかけてくれた。
コールの音が聞こえる。
二度……三度……出ない。
しばらくすると通話が途切れてお決まりの案内が流れた。
(おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません)
どうして電話に出ないの?
電波の届かない場所に行ったり、電源を切る必要なんてないじゃない。
悪い想像ばかりが頭をちらついて冷静さをどんどん失っていく。
居場所が分からない、電話にも出ない、他にどうしたらいい?
「セレーネさん、犬飼さんのご自宅の住所をご存知ではありませんか?」
黒髪を長く伸ばした女の子が管理人らしき者にそう聞いた。
電話に出てくれないなら、残るは家を直接訪問するしかない。
もし未明子が自宅の場所を伝えているなら、最悪会えなくても家族がどこに行ったかを知っているかもしれない。
それで行方を追える可能性がある。
私は一縷の望みを込めて管理人を見た。
「聞いている。もし自分に何かあった時に家族に何かしら報せを出して欲しいと言われておるからな。誰か地図アプリを出せるか?」
今度は茶髪の女性がすぐにスマホを出した。
手慣れた操作でアプリを立ち上げる。
「オッケ、開いた。セレーネさん教えて!」
管理人がその茶髪の女性の元まで行くと口頭で住所を伝える。
茶髪の女性は言われた住所を入力し、場所を確認すると椅子から立ち上がった。
「家の場所は分かったよ。すぐ行こう!」
それぞれが席を立つと、非常階段の扉に向かう。
私も遅れまいとそれに付いていく。
「待ちたまえ。全員で行っても家の人の迷惑になる。せめて人数をしぼろう」
バタバタと歩き始めた私達にメガネの女性が言った。
確かにこの人数で行ったら何事かと思われてしまう。
「私は行くわよ!」
「場所を案内しなきゃだし、アタシも行く」
銀髪の女性と茶髪の女性が名乗りを上げた。
「ではアルフィルクと五月くん。それと鷲羽さんだったかな? 君にお願いしよう」
一応うなずいておいたが、言われなくても私は付いていくつもりだった。
私が未明子を探しているんだから止められる理由は無い。
「では犬飼の家の近くまでゲートを開こう。九曜、近くに送電鉄塔がある。その裏側あたりに出口を開くからそこからは歩いてくれ」
「了解!」
管理人はすぐにゲートを開いてくれた。
私はまさか管理人がそんな手伝いをしてくれると思っていなかったので驚いてしまった。
銀髪の女性と茶髪の女性はためらいなくゲートに飛び込んで行く。
私はゲートに入る前に管理人に一礼をすると、二人を追ってゲートに入って行った。
ゲートの出口は、言われた通り住宅街から少し離れた場所に建っている鉄塔の裏側に繋がっていた。
この辺りは木々が茂っているので人目につくこともまず無い。
一応周囲を警戒して誰もいないことを確認すると、三人でゲートから出た。
このあたりは私が住んでいる家からも近い。
どこに何があるかはだいたい分かるので迷うこともないだろう。
茶髪の女性はスマホの画面と今いる位置を確認すると「こっち」と言って歩き出した。
それに連れ立って私と銀髪の女性も歩き出す。
「鷲羽さんだったかしら? 人間世界に溶け込む為につけた名前だと思うけど、ステラ・アルマとしての名前はなんて言うの?」
「そう言えばそちらでは名乗り忘れていたわね。私のステラ・アルマとしての名前はアルタイルよ」
「アルタイル!? わし座の1等星じゃない!」
「そうよ。ちょうど今の時期、東の空でよく見えるわ」
「アタシでも知ってる超有名な星だわ。1等星の子なんて初めて見た」
「1等星は全天で21しかいないからね。だけどそんな大それた星でもないわ。せいぜい直径200万キロしかない小さな星よ」
「200万キロて……いやー、スケールが違うわ」
茶髪の女性がスマホの画面をチラチラ見ながら先導する。
私の住んでいる家とは逆方向のようだ。
なるほど。こっち側に住んでいるから朝の登校であまり会えなかったのね。
こっちの方で家を探せば良かった。
「あ。名乗り忘れてたけどアタシは九曜五月。よろしくね!」
「アルフィルクよ。ケフェウス座の3等星」
「よろしく。二人ともフォーマルハウトには何もされなかった?」
そう聞かれたアルフィルクは少し顔色を悪くした。
……地雷でも踏んだかしら。
ステラ・カントルを殺されたなんてことが無ければいいけど。
「……私は今回未出撃だったの」
意外な返答に驚いてしまった。
未出撃?
フォーマルハウトが来て、鯨多未来が殺されて、それでも彼女は戦わなかったと言うの?
「パートナーが病気でね。今回はどうしても出撃できなかったのよ」
「パートナーってさっきの黒髪の女の子?」
「ううん、メガネの方。ああ見えて、まあまあ不健康なのよね」
ステラ・カントルが病気で出撃しなかった。
それぞれ事情があるのはやむを得ない。
でも未明子がやられるのをただ黙って見過ごしていたのは少し嫌な気分だった。
例え力を合わせても勝てなかっただろうけど……でも、できる事は全部やって欲しかった。
……その場にいなかった私が言うことじゃないか。
「アタシは恋人をボコボコにされた!」
九曜五月が抑揚をつけて怒りを露わにした。
「殺されてはいないのね?」
「ギリギリだったよ! 今は治療してもらって休んでるけどいつ回復するか分からないって!」
フォーマルハウトにしてみたら未明子以外が死のうが助かろうが関係なかったんだろう。
九曜五月のステラ・アルマはたまたま生き残っただけ。
鯨多未来のように殺されていたって何ら不思議はなかった。
そして九曜五月自身も死んでいたかもしれない。
「それでも生き残っただけ凄いわ。アイツは敵と認めた相手には慈悲なんてかけないもの」
「……アルタイル。一つ聞いてもいい?」
「なにかしら?」
「あなたフォーマルハウトに詳しいけど、あいつとどんな関係なの?」
そう聞いてきたアルフィルクの声には疑惑が混ざっていた。
全てのステラ・アルマから嫌悪されているフォーマルハウトに詳しいなんて警戒されても仕方がない。
隠してこじれるのも面倒だし、ここは素直に話しておいた方が良さそうだ。
「敵よ。アイツは前から何故か私に絡んでくるの」
「……そう。まさかと思うけどあなたがこのユニバースに来たからあいつもここに来たなんてことは無いわよね?」
……痛いところを突かれてしまった。
フォーマルハウトが何をしたかったかはだいたい理解した。
それを加味した上で事実だけを言うならば、アルフィルクの言ったことは間違っていない。
「……否定はしないわ」
「それじゃあ、あなたがこのユニバースに来なければミラは死ななくて済んだかもしれないの?」
「……」
「黙らないで答えて。あなたのせいでミラは死んだの?」
アルフィルクは私に掴みかからんばかりの勢いだった。
私は彼女と目を合わせずにただ歩くことしかできなかった。
「ねえ! 答えてよ!」
「ちょっと待ったアルフィルク。気持ちは分かるけどそれは逆恨みだよ」
九曜五月が私の肩を掴もうとしたアルフィルクを止める。
「やったのは全部フォーマルハウト。恨むんならあいつだけでいいでしょ?」
「でも! この子がここに来なければ!」
「そういう話をしだすなら、そもそも戦いに加わるべきじゃないよ。ミラちゃんが死んだのは戦いに参加したからでしょ?」
「それでもあんな死に方はしなかったかもしれないじゃない!!」
「それは仮定の話。アルタイルちゃんが来なければとか、フォーマルハウトと戦わなければとか、そういうのは全部意味の無い話。事実はフォーマルハウトにミラちゃんが殺されたってことだけ」
「……うぅ」
アルフィルクは九曜五月に宥められて言葉が続かなかった。
感情的になって誰かを責めたい気持ちは分かる。
昨日友人が死んだばかりで気持ちの整理がつく訳がない。
「それに勿体ないじゃん?」
「勿体ない?」
「せっかくそんなに恨んでるんだからさぁ、全部アイツにぶつけてやろうよ。他の人に恨みを分けるなんて勿体ないよ」
私もアルフィルクも九曜五月の口から出た言葉の重さと冷たさに気押されてしまった。
努めて普通であろうとしている彼女も、心の中では抱えきれないほどの復讐心が燃えたぎっているのが垣間見えた。
みんなそうなのだ。
おそらく拠点に残っている他のメンバーもフォーマルハウトに対する強い復讐心を秘めている。
恨まれ、嫌われ、何かをメチャクチャにしていく。
宇宙一の厄介者の呼び名は伊達ではない。
「あ。あそこかな?」
九曜五月が指差した先には、二階建ての特徴のない、いわゆる普通の家があった。
贅沢過ぎず、さりとて質素でもない落ち着いた感じだ。
比較的築浅なのか手入れが行き届いているのか、玄関や庭は綺麗に整えられており何だか安心する家だった。
表札には犬飼の表記。
ここで間違いないだろう。
家にいてくれれば嬉しいが……。
九曜五月がインターホンを鳴らすと、程なくして「はい?」と言う声が聞こえた。
女の子の声だが未明子ではない。
もっと幼い声だった。
「未明子ちゃんの友達の九曜と言います。未明子ちゃんいらっしゃいますか?」
「お姉ちゃんですか? 今は留守にしています」
お姉ちゃん!?
……と言うことは妹?
未明子に妹がいたなんて知らなかった。
「そうですか。どこに行くとか言っていましたか?」
「ええっと、なんだっけ。たしか、やま……何とかってトコロに行くって言ってました」
「やま……? どこだろう? アルフィルク分かる?」
「山だけじゃ全然分からないわ」
二人は検討もついていないようだったが、私には心当たりがあった。
九曜五月に代わって話しに割り込ませてもらう。
「……すいません。もしかして山梨ですか?」
「あ、そうです! やまなし県です!」
「どんな格好でした? 荷物は? 何時ごろ出て行きました?」
「あの、今そっちに行きますね」
そう言うと少女はインターホンの通話を切る。
質問しすぎてしまった。
でもここで詳しく聞いておかないと他に手がかりが無い。
妹さんには悪いが少し付き合ってもらおう。
家の中から足音が聞こえると、玄関の扉が開いた。
「おまたせしました」
扉の中から現れたのは、少し髪型が違うだけの未明子だった。
いや、正確には未明子を幼くした感じだ。
でもこれはいくら何でも……。
「うっそ!! かわいい!!」
「ちょっと五月、大きな声出さないで。怖がらせちゃうでしょ?」
「いや、だって似すぎでしょ!? ほぼ未明子ちゃんじゃん!」
九曜五月も私と同じ感想だったらしい。
思わず大声が出るのも無理はない。本当に似ている。
目も鼻も仕草も、いつも見ている未明子そのものだ。
そして妹さんを見て分かった。
未明子って童顔だったのね。
「うわぁ。すっごいキレイなお姉さんたちだぁ」
未明子妹は目をキラキラさせながら私達を見ていた。
こんな所までそっくりなのは血の繋がりを感じる。
「はじめまして。いぬかいほのかです」
「初めまして。鷲羽です」
「わし……ばね……」
「ちょっと難しいかな? あいる、でも良いわよ」
「あいるさん」
「私は九曜五月。さつきでいいよ」
「さつきさん」
「アルフィルクよ」
「あ……ある!?」
「アルフィルク」
「ある、あるひうく……」
「かわいい!」
あろうことかアルフィルクがほのかちゃんを抱きしめる。
な、なんて事をしてるのよ!!
私だって抱きしめたいのに!!
「ちょっとアルフィルク! 私に注意しといてそれはないんじゃない!?」
「ハッ! 欲望に抗えなかったわ。ごめんなさい、急に抱きついてしまって」
「いえ。とってもいいニオイがしました」
その反応もあまりに未明子だ。
これもう未明子が変装してるだけなんじゃないのかしら。
……違う違う!
リトル未明子に萌えてる場合じゃない。
未明子がどこに行ったのかをちゃんと聞き出さないと!
「ほのかちゃん。お姉ちゃんが出て行ったのはどれくらい前か分かるかな?」
「学校からかえってきて、すぐに出て行きました」
となると、午後一には家を出て行ったことになる。
すでに数時間が経っているから下手をするともう目的地に到着しているかもしれない。
「服装とか、何を持って行ったとか覚えてる?」
「えっと、長そでのふくに、長ズボンをはいていました。あと大きなリュックをもってました」
「着の身着のままって訳では無さそうね。大きなリュックってのが気になるわ……」
「山梨って言っても広すぎて特定できなくない? 何か他にヒントが無いと見っかんないよ」
「……ほのかちゃん。多分だけど、洞窟とか、風穴とか言ってなかったかしら?」
「ふーけつ? ……あ、言ってました! バスでなんとかふーけつに行くって言ってました!」
やっぱり……。
また悪い意味で私の予想が当たってしまうかもしれない。
これは今すぐ追いかけないとまずい。
しかも人手が必要になる。
「アルタイル、何か心当たりがあるの?」
「あるわ。できれば拠点にいるメンバーの力を貸して欲しい」
「拠点ってオーパのこと? 分かった。一度夜明に相談してみましょう」
そう言うとアルフィルクが夜明、おそらくメガネの女性に電話をかけてくれた。
そしてほのかちゃんから聞いた情報を伝えてくれている。
通話の間、羨ましいことに九曜五月はほのかちゃんと遊んでいた。
頭を撫でたり頬を撫でたりしている。
くっ……! 私も混ざりたい。
でも今は未明子の方が大事だからこっちに集中しなくちゃ。
……ああ、柔らかそうなほっぺ……。
「……そうなのよ。山梨の洞窟に行くって」
「アルフィルク、おそらく富岳風穴だと伝えて」
「え? 夜明、今の聞こえた? 分かる? ……うん、分かった。すぐ戻るわ」
「……何て言ってた?」
「非常にまずいって。とにかく一回戻って来いって言ってたわ。五月、タクシー呼んでもらって良い?」
「およ? 帰りはセレーネさんにゲート開いてもらえないの?」
「あ、そうか。こんな風にゲートを使うの初めてだものね。管理人を含めて私達が開くゲートの入口は、目の届かない所に開くことができないの。オーパからここが見えない以上、セレーネさんは狙ってゲートを開けないのよ」
「じゃあ戦闘後みたいに回収してもらうのは?」
「それはできるでしょうけど、あれ凄く光るでしょう? あんなに光ったら嫌でも目立っちゃうからこのユニバースでは使えないわ」
「そうなんだー。便利なことばっかりじゃないね。オッケー、すぐにタクシー呼ぶね」
二人がスマホを駆使してテキパキと動いてくれる。
一刻も早く行動したい私にとっては頼もしい存在だ。
「ありがとうほのかちゃん。とても助かったわ。もしお姉ちゃんから連絡があったら教えてね。これ私の携帯電話の番号よ」
「アルタイル。何さり気なく連絡先を渡してるのよ」
「未明子から連絡があったら教えてもらう必要があるでしょ? 当然じゃない」
「じゃあほのかちゃん、私の電話番号も伝えておくわね」
「待ちなさい。私のがあれば必要ないでしょ?」
「あなたの携帯がいつでも繋がるかは分からないからよ。連絡先が複数あった方が助かるでしょ?」
「私のがあれば十分よ」
「何よ。あなたほのかちゃんを独占しようとしてるのが見え見えなのよ」
「は? あなたこそ何で友達の妹と関係作ろうとしてるのよ? メガネの人に言うわよ?」
「ちょっと二人とも何やってんの? ほのかちゃんを困らせないで。ほのかちゃんとはもうライン交換したから大丈夫だよ!」
「「はぁ!?」」
一体いつの間に!?
おのれ。九曜五月は油断できない。
「お。もうすぐタクシー来るみたい。ほのかちゃん、本当にありがとうね!」
「はい。よくわからないけどお姉ちゃんをよろしくおねがいします」
ほのかちゃんがペコリとお辞儀をする。
何てしつけの行き届いたお子様なのだろう。
未明子も家族の教えはしっかり守るし、両親が礼儀に厳しい人なのかしら。
名残惜しいが、私達はやってきたタクシーに乗って犬飼家を後にした。
拠点に戻ってくると、黒髪の少女が何やら慌ただしく電話をしていた。
その横ではさっき電話を受けてくれたメガネの女性がタブレットで何やら操作をしている。
「来たね。とりあえずみんな一旦座ってくれないか?」
物々しい雰囲気の中、私達はフリースペースの椅子に座った。
「さて、申し訳ないがこれからみんなで旅行をする事になった」
「どういうコト!?」
「もしかして未明子を追いかけて山梨まで行くの?」
「そういう事だ。いますばるくんに車を手配してもらっている」
「はい。いま8人乗りの車をレンタルいたしました」
ちょうど電話を終えた黒髪の少女が話に加わる。
まさかもうそこまで準備が進んでいるなんて。
拠点に残ったメンバーもそれぞれ優秀みたいだ。
「運転は五月くんにお願いするよ。この中で免許を持っているのは五月くんだけだ」
「そ、それはいいんだけど、ちょっとどういう流れなのか説明してもらっても良い?」
「そうだね。一旦全員で目的を確認しておこう」
そう言うとメガネの女性は持っていたタブレットを机に置いた。
タブレットには地図が表示されている。
「これ、さっき話に出てた何とか洞窟のある場所?」
「富岳風穴。富士山よりも少し北にある、まあ観光名所だね」
「未明子がここにいるの?」
「いや、おそらくそうじゃない。鷲羽くん。もしかしたら君も私と同じ考えかもしれないからハッキリ言ってくれると嬉しい。未明子くんはどこに向かっていると思う?」
この女性、どうやら状況が読めているようだ。
少しでも時間が惜しい今、説明する手間が省けて助かる。
私は渡されたタブレットの画面を拡大し、少しだけその画面をずらす。
そして地図上のある場所を指差した。
「おそらくここ。青木ヶ原樹海」
 




