第51話 二人だけのユニバース③
私とミラは植物園の中にいた。
戦っている時は気づかなかったが、戦いながらいつの間にか植物園の中に入り込んでいたらしい。
そして私がやられた場所は、あのブーゲンビリアの咲いている場所だった。
あの日、私がミラの居場所を突き止めて、ミラから初めてのワガママをもらった場所だ。
その場所で私は瀕死のミラを抱きかかえていた。
最初は激しかったミラの呼吸がだんだん弱くなっていって、今はとても浅い呼吸になっていた。
体温もますます下がって、顔は真っ青を通りこして白くなっている。
手を握っても、握り返すこともできないくらいに消耗しているようだ。
どんなに控えめに見ても、もう助からないと分かった。
ミラが死ぬ。
私は死なないのに。
これからずっと一緒にいられると思ったのに。
そんな馬鹿な話があるか。
ステラ・アルマが死ぬ時はステラ・カントルも一緒に死ぬんだ。
ミラが死ぬのに私だけが生きていていい筈がない。
ミラが死ぬなら私も死ぬ。
「ミラ……私の声、聞こえる?」
「……うん」
「この核を戻したら元気になったりしない?」
「……無理だと……思う。戻し方分からないし」
「そうか」
聞くまでもなく分かっていた。
サダルメリクちゃんは核が潰れれば存在そのものが維持できなくなって消滅すると言っていた。
私がこんな風に潰してしまったのに元に戻せるわけがない。
「苦しいよね?」
「……もう、あんまり」
潰れてしまった核は、周囲を覆っていた煙がほとんどなくなっていた。
それと共に中心の光が今にも消えそうなくらいに薄くなっている。
何となく分かった。この光が完全に消えた時ミラも消えるんだ。
体が光の粒になって。それを止める方法はもう無いんだ。
今まで色んな漫画やゲームの中で、主人公が大切な相手とお別れするシーンを見てきた。
最期に言いたいことを言えた人、言いそびれてしまった人、どちらのパターンもあったけど、自分にもしその時が訪れたら言いたいことをちゃんと伝えようと思っていた。
だけど今、私の心には何の言葉も浮かんでこなかった。
あるのはミラと離れたくないという気持ちだけ。
「……未明子……泣かないで」
「どうして? こんなに悲しいのに泣かないなんて無理だよ」
「……良かったよ。未明子が死ななくて済んで」
「良くないよ。ミラが死ぬなんて思ってなかったもん」
「一緒に死ぬんだと思ってたのにね」
「大丈夫。この後私も死ぬからちょっとだけ待ってて」
「それはダメ」
ミラのその言葉が私の心に突き刺さった。
……なんで?
ミラが死ぬのに私が生きてる意味ないよ。
私だけが生きていたって、ミラがいなかったら死んでるのと同じじゃん。
ダメなんて言わないで。私を置いていかないで。
「大切な人が、大好きな人が、意味もなく死ぬなんて嫌だよ。だから未明子は死ぬのはダメ」
「やだ……私もミラと一緒に行きたい」
「未明子、私のこと好き?」
「大好き。変わらない。ずっと大好き」
「ありがとう。私も大好き。じゃあやっぱり死ぬのはダメ」
「なんで?」
「私が未明子には生きていて欲しいから。未明子が好きだって言ってくれる私が、未明子が死ぬのは嫌だと思ったから。だから私を好きな未明子は、死んじゃダメなの」
「そんなこと言われたって、私ミラと離れたくないよ」
涙がこぼれて止まらなかった。
私という世界からミラが消えてしまうのに、私は私の世界を消すことができない。
これからずっとミラのいない世界で生きていかなくてはいけないなんて、それはもう呪いだ。
「……私ね。未明子のこと、ずっと前から知ってたの……」
「え?」
「未明子は前に、一年生の頃から私のことを知ってるって言ってたけど、私はその前から未明子を知ってたんだよ」
「じゃあ中学の頃から知ってたの?」
そう言うと、ミラは返事をせずに目を閉じた。
そしてしばらく何かを考えた後に「ふふっ」と何かを諦めたような顔で笑った。
「うん……中学生の頃から知ってたの」
「でも卒業アルバムにはミラの名前は無かったし、同じ中学じゃなかったよね?」
「そう。同じ学校には通っていなかったの。でも私は未明子のことを知ってた。その時から、ずっと好きだったの」
そんな馬鹿な。
私はその頃まだミラのことを知らない。
私がミラのことを知って、好きになったのは今の学校に入学してからだ。
それ以前から私を好きだったなんて、一体どこで私のことを知ったんだ?
「だからね、最期にどうしても伝えたいことがあって」
「何を?」
「私はね、今の未明子が好きなの。私のお願いで一緒に戦ってくれて、一緒の時間を過ごしてくれて、楽しいことを共有してくれて、辛い時も一緒にいてくれて、そして、こうやって私を看取ってくれる未明子が好きなの」
ミラの言っている事がよく分からなかった。
中学時代の私を知っている事と、今の私が好きな事にどんな関連があるのか分からなかった。
「だから覚えていて。私は "あなた" の事が好きだって」
ミラが私を "あなた" と呼んだ。
その言葉で、ミラと付き合い始めた日のことを思い出した。
「だからもう一回、ちゃんと言うね。私、あなたのことが好き」
屋上に続く階段で、最初のキスをして、私の気持ちに応えてくれた時にミラが言った言葉だ。
あの時と同じ ”あなた” という呼び方。
普段は名前で呼んでくれるミラが "あなた" と呼ぶ。
それが私には何故だかとても特別に思えた。
どうしてかは分からないけど、心の温かくなる言葉だった。
「ありがとう。私を好きになってくれて。ありがとう。一緒に戦ってくれて。私、未明子と一緒にいられて幸せだったよ」
それは私の方だよ。
ミラが私の世界に現れてから、私の世界は変わった。
ミラと付き合うようになってから、また私の世界は大きく変わった。
会うたびに、話すたびに、私の世界はどんどん変わっていった。
ミラがいたから、ミラといたから、私の世界は綺麗で尊いものだったのに。
私はミラのことがどれだけ好きだったのかを伝えたかった。
どれだけ楽しかったのかを伝えたかった。
でも、何を言っても軽い言葉になってしまいそうで自分の語彙力が嫌になった。
私の幸せを、言葉で伝える力が圧倒的に足りなかった。
そうこうしている内に、視界の端に光の粒子が飛んで来た。
驚いて粒子が飛んで来た方を見ると、左手に持っていたミラの核がサラサラと崩れ始めていた。
「あ……ああ!!」
核が存在を維持できなくなっている。
慌てて核を手で覆ったが、そんなことをしたところで意味はなかった。
核はどんどん崩れて光の粒子に変わっていく。
それと共にミラの体もだんだんと消え始めた。
指の先から、同じように薄い光の粒に変わって、風に流されてどこかに消えていく。
とうとう私達の最期の時間が終わってしまうのだ。
「嫌だ! 嫌だ! ミラ、嫌だよ!!」
いまある全ての力でミラの体を抱きしめる。
「ああ……未明子の胸の中で消えられるなんて幸せだね」
「嫌だよミラ! 消えないで! 私を一人にしないで! 嫌だ!」
「未明子が私をどれだけ好きでいてくれたか、ちゃんと伝わったよ」
「そんなことない! まだ全然伝え切れてない! 私がミラをどれだけ好きだったか! これから、もっともっと伝えるつもりだったのに!」
「嬉しいな。……もっと一緒にいたかったな……」
「私だって一緒にいたかった! こんな、一方的なお別れが来るなんて思ってなかった!」
「……お祭り……行きたかったね……」
「冬の江の島も行くんでしょ!? シーキャンドル行こうって約束したじゃん!!」
「……そう……だね……綺麗な夜景を……未明子と……見たかったな……」
ミラの核が本格的に崩れ始め、体もどんどん薄くなってきていた。
ミラの存在が消えて、この世界に溶けていく。
「セレーネさん!! 私とミラをそっちの世界に戻して!!」
私は空に向かって絶叫した。
「こんなどこだか分からない世界にミラを残していきたくない!!」
私はミラを強く抱きかかえた。
もう体温どころか体の重さすらもなくなっていた。
消える。ミラが消える。
「早く!! そっちの世界に帰して!! お願いッ!!!!!!!」
声が枯れても叫び続けた。
「セレーネさん!!!!」
すると、私とミラの体が光に包まれた。
何も見えなくなるくらい光が強くなっていく中で、ミラの核と体が消えていくのを感じていた。
私の腕から。手から。ミラという存在が、消滅していった。
秘密基地に戻ってきた時、私の手の中にはほんの少しの光だけが残されていた。
ミラの体はすべて消え去って、手の中にミラの核だった光が、ほんの少しだけ残っていた。
そして最後に残ったその光は、私が見守る中で、静かに消えていった。
私の隣にはアルフィルクが寄り添っていた。
狭黒さんとセレーネさんは、先に戻った九曜さんとツィーさん、それに暁さんとサダルメリクちゃんの治療をしていた。
アルフィルクは私の隣で大粒の涙を流して泣いていた。
綺麗な顔をグシャグシャにして、私の手の中をじっと覗いていた。
私は、アルフィルクが見ている私の手の中を同じように見た。
そこにはもう何も残っていなかった。
さっきまで間違いなくあったミラの体も核も、幻だったのかと思うくらいに、何も残っていなかった。
「ミラ……」
そうつぶやいたアルフィルクの涙がこぼれ落ちて、地面にはじけるのを見たのを最後に
私は意識を失った。
私は電車に乗っていた。
いつも乗っている電車の、よく知っている車内だ。
他には誰も乗っていなくて、私だけがポツンと一人で席に座っている。
窓の外を見るとすっかり夜も更けていた。
多摩川を渡る橋にさしかかり、まもなく駅に到着する。
何で私は一人で電車に乗っているんだろう?
「疲れたねぇ。未明子」
その声に飛び上がるほど驚いてしまった。
いつの間にかミラが隣の席に座っていたのだ。
「び、びっくりしたぁ!」
「どうしたの?」
「てっきり私一人だと思い込んでたからミラの声に驚いちゃった」
「ひどーい。ずっと隣にいたのに」
「そうだよね。ごめんね」
ミラは私にもたれかかって窓の外を見ていた。
電車は多摩川の上を走っていて、窓からは私達が通っている学校が建っている丘が見えている。
その丘に見慣れない植物がたくさん生えているのが見えた。
丘までは結構距離があるのに、何故か私の目にはその植物がはっきりと見えていたのだ。
「あんな所にあんな植物あったっけ?」
それは花が鐘のような形をしていて、見たことの無い植物だった。
みんなで行った植物園でもあんな花は見ていない気がする。
「あれは釣鐘草だね」
「そうなんだ。ミラって博識だよね。この前も魚に詳しかったし」
「無駄に年をとってるからね」
「あー。そう言うつもりじゃなかったんだけど……」
「ふふ。私がいろんなことを知ってるのは、未明子がたくさん疑問を口にだして、それについて調べるからだよ」
「私ってそんなに分からない分からない言ってるっけ?」
「言ってるよ。この前だっていきなり静電気って何ボルトくらいあるんだろうって言い出したし」
「そんなこと言ったっけ!? ちなみに何ボルトくらい出てるの?」
「未明子みたいに冬場にドアノブに触ろうとしてバチってなる場合、1万ボルトくらい出てるみたい」
「えー私がんばれば電気ネズミになれるじゃん」
「じゃあ私がマスターね」
「おっと。私に言うことを聞かせたかったら全部のバッジを集めてね」
「じゃあいいか」
「そんな簡単に諦めないで」
他愛もない会話がこそばゆい。
会話に少し違和感があったような気がするけど、きっと気のせいだろう。
「私やっぱりミラがいないとダメみたいだね」
「……そうだね」
「ねえミラ。私達、いつまでも一緒にいようね」
私がそう言うとミラはまた外の風景に目を向けてしまった。
疲れてるのかな?
ミラに触れようとすると、彼女は突然窓の外を指さした。
「見て、あそこの灯台。なんて綺麗なんだろう」
そう言われてミラが指さした方を見ると、ライトアップされたシーキャンドルが見えた。
確かに綺麗だ。
綺麗だけど、何でここにシーキャンドルがあるんだ?
シーキャンドルは江の島にあるもので桜ヶ丘には存在しないものだ。
それを見て私は、ああ、これは夢なんだなと気づいた。
どおりでさっきから待てども待てども駅につかないし、知らない植物は生えているし、いつの間にかシーキャンドルは建っている訳だ。
じゃあもう降りる準備とかも気にしなくていいか。
せっかく夢の中までミラと一緒にいられるんだから、のんびり過ごさせてもらおう。
通りすぎるシーキャンドルを見ながら、冬になったらもう一度江の島に行く約束を思い出した。
「冬になったらまた一緒に行こうね」
そう言いながらミラの方を振り返ると、
そのいままでミラが座っていた席には、もうミラの姿は見えず、ただ車内の灯りだけがその席を照らしていた。
「……ミラ?」
私はまるで鉄砲丸のように立ち上がると、周囲を見渡した。
どこにもミラの姿が見えない。
今の今まですぐ隣にいたのに、ミラの姿が消えてしまった。
ガタン
鈍く重い音が鳴った。
音が鳴った方を見ると、それは車両同士をつなぐ扉が閉まる音だった。
私は反射的に扉の方に走ると、その閉まった扉を開いて隣の車両に移動した。
ガタン
隣の車両に移動すると、また奥にある車両をつなぐ扉が閉まる音がした。
どんどん奥に向かっている。
「ミラ!? 待って! 私も一緒に行くよ!」
力の限り車内を走り、その扉を開いて隣の車両へと移動した。
そこには、奥の扉を開こうとしているミラがいた。
「ミラ!!」
私が叫ぶと、ミラは扉を開くのをやめてこちらを振り返った。
ミラは寂しそうに私を見ると
「未明子。さようなら」
と言った。
そしてミラは扉を開けると、向こう側に行ってしまった。
「待って! いつまでも一緒だって言ったのに!」
ミラが行ってしまった扉にたどり着くとその扉を開こうとした。
でも鍵がかかっていて開くことができない。
「開けて! 開けて! ミラ! ミラ!」
扉についている窓越しにミラがこちらを振り返る。
そして私の顔を見て、ゆっくりと言った。
「さようなら。未明子」
その言葉を最後に、それきりミラの姿は見えなくなってしまった。
何度も扉を開けようとしたけど頑として扉は開くことはなかった。
ドンドン叩いても、引っ張ってもビクともしない。
私にはこの扉の向こうに行く資格はないとでも言わんばかりに扉に拒絶されていた。
何をやってもダメで、そのうち私は扉を開くことを諦めた。
誰もいない車内はシーンと静まりかえり、ゴトンゴトンという車輪の音だけが響いていた。
どうしたらいいか分からず、トボトボと元いた車両に戻った。
そしてさっきまで座っていた席に腰を下ろした。
隣には誰もいない。
また一人きりになってしまった車内で外の景色を眺めた。
やがて電車は橋を渡りきって、しばらくすると駅に到着した。
電車のドアが開いてホームに降りる。
薄暗いホームのどこかにミラがいないかを探したけど、どこにも彼女の姿は見当たらなかった。
その時、ミラはもうこの世界のどこにもいないと気づいてしまったのだった。
私は誰もいないホームの先にある深い深い暗闇を眺め、力の限り叫んだ。
「ミラアアアアアアッ!!」
目を覚ますと、そこは秘密基地の展望フロアだった。
私は長椅子に寝かされてシーツをかけられていた。
電気が消えて暗い天井が不気味に広がっている。
体を起こして周囲を見たが、誰も見当たらなかった。
ただポツンとカウンターだけ電気がついていた。
いま何時だろう?
そう思ってスマホを見ると22時を回っていた。
頭がはっきりせず、自分が何で秘密基地にいるのかも分かっていなかった。
悲しい夢を見いてた気がする。
内容は覚えていないけど、とても悲しい夢だった。
ヨロヨロと立ち上がると、とりあえず電気のついているカウンターの方に行く。
誰かいないかなと思って奥を見ると、奥の部屋から人の声がしていた。
「誰かいませんかー?」
誰を呼ぶつもりなのか分からなかったけど、とにかく声をかけてみた。
するとすぐに奥からバタバタと走る音が聞こえて、セレーネさんが飛び出してきた。
セレーネさんはそのまま私の方に走ってくると私の腕を両手で掴んだ。
「犬飼!! お前大丈夫なのか!?」
セレーネさんが聞いたことのない大声を出した。
何を聞かれているのか分からず「はぁ……」と答えた。
「もしかして記憶が混濁しているのか……ちょっとそこに座れ!」
セレーネさんは強引に私を椅子に座らせると、私の正面にちょこんと座った。
「犬飼。今日起きたことを覚えているか?」
「えっと……何がありましたっけ?」
「戦いがあった。そこでの事を覚えているか?」
「えーと、えーと。確か敵がたくさんいて……」
少しずつ自分の記憶を確かめていった。
敵がたくさんいて、リーダーになった暁さんの指示でその敵を撃ってる間に何かあったような。
その何かが全然思い出せなかった。
「うーん。思い出せません……」
「いいか犬飼。落ち着いて聞いてくれ。お前達が敵と戦っている間に、戦いに割って入った者がいた。フォーマルハウトというステラ・アルマだ」
フォーマル……ハウト。
私が江の島で会った人だ。
綺麗だけど苦手な雰囲気の人だった気がする。
「そのフォーマルハウトにみんなやられてしまったんだ」
「や、やられた!? みんな大丈夫なんですか!? あ、いたたた……」
大声を出したせいか急に頭痛が襲ってきた。
脳にスパイクでも打ち込まれたんじゃないかと疑うくらいに酷い痛みだった。
「すばるとサダルメリクはまず問題無い。あの二人は簡単な治療で家に戻った」
良かった。あの二人がやられるところなんて想像がつかないけど、大事ないみたいで安心した。
それよりもセレーネさんは暁さんをすばるって呼ぶんだな。他のみんなは苗字呼びなのに。
「九曜は怪我はないが精神的なショックが大きく、狭黒が家まで送った。ツィーは……負傷が酷い。一応治療は済ませたが、まだ予断を許さん状態だ」
頭の中にぼうっと二人がやられている光景が浮かんだ。
ツィーさんが穴だらけにされて血だるまになっていたような気がする……何かの勘違いでそう見えていただけなら良いけど。
「……」
セレーネさんが突然黙ってしまった。
どうしたんだろう。
みんなの事は分かった。
負傷はしてしまったものの、とりあえずは生きているみたいだ。
それで、もう一人は?
そのもう一人が私にとって一番大事だと思うんだけど。
ねえ、セレーネさん?
セレーネさんがいつまでたっても口を開こうとしないので、私の方から聞く事にした。
「ミラは?」
セレーネさんはなおも口を開こうとしない。
「ミラはどうなりました?」
私の口調が知らずに強くなっていく。
「ねえ、ミラは? ミラはどこですか?」
全身から嫌な汗が出て、私の手は汗でグチャグチャになった。
「ミラは!? ミラはどうなったんですか!?」
「……ミラは、死んだ」
「…………死んだ?」
ミラが死んだ?
……死んだ……
私は全部思い出した。
フォーマルハウトに手も足も出ずに負けた事、ミラの核を取り出され自分の手で潰してしまった事、腕の中でミラが消滅してしまった事。
全部夢なんかじゃなくて現実だった。
何一つ信じたくない光景は、全部私の目の前で起きた変えようのない事実だった。
その事実を頭が認識した時。
私の目に見えている景色からボロボロと色が剥がれ落ちた。
私の耳に聞こえる音が全部くぐもった音に変わった。
私の感覚から現実感が消えて、まるで第三者が見ている映像のようになった。
私は、私のいた世界から追い出されてしまった。
世界が壊れてしまった。
私が、壊れてしまった。
「犬飼!? おい、犬飼、しっかりしろ!」
「……セレーネさん?」
「大丈夫か!? ワタシの事がちゃんと見えてるか?」
いま自分に話しかけているのがセレーネさんだと言うのは分かる。
ただ、この人に対してどういう感情があったのか、何を望んでいたのかを思い出すことができなくなっていた。
「ちゃんと見えています。大丈夫です」
「無理をするな。お前が今どういう気持ちかは分かる。すぐに心の整理ができないのも分かる。だからまだ全部を受け入れなくていい」
「受け入れてますよ。ミラは死んだんですよね」
「おい、犬飼?」
「大丈夫です。もう大丈夫です。帰りたいのでゲートを開いて頂けますか?」
「お前、何を言ってるんだ?」
セレーネさんこそ何を言ってるんだろう。
私は家に帰りたいだけなのに。
「あの、私だけではユニバースを越えられないのでゲートを開いて頂かないと帰れないんです」
「そ……それはいいんだが……いや、分かった。とにかく今日は帰ってゆっくり休め。今後の事はまたゆっくり話そう」
ようやく納得してくれたセレーネさんが、ゲートを開いてくれた。
私は素早く荷物をまとめる。
「じゃあ、お疲れ様でした」
「あ、ああ……」
セレーネさんに礼をして、開いてもらったゲートに入る。
ゲートにはいつもの光の道が続いていた。
おそらく気を利かせて家の近くに出口を作ってくれたに違いない。
「この道、今まであんなに眩しいくらいに光ってたのに全然眩しくなくなったなぁ」
私はその光らない光の道を、のんびり出口まで歩いたのだった。




