第49話 沈む月の迷い④
ファブリチウスの砲撃はフォーマルハウトをとらえた。
否、とらえた筈だった。
だがフォーマルハウトは砲撃が命中する直前、自分の目の前に紫色のゲートを開いた。
ファブリチウスの砲撃はそのゲートに吸い込まれ、ゲートもろとも消えてしまったのだ。
「嘘……でしょ……?」
私の渾身の一撃はあえなく無力化されてしまった。
フォーマルハウトはこちらには一瞥もくれず、また九曜さんへの攻撃を再開する。
あのゲート、自身を移動させるだけじゃなくて敵の攻撃を無力化する事もできるのか。
あんな固有武装があったらいくら攻撃しても無駄じゃないか……。
大体、アイツはいくつ固有武装を持ってるんだ?
指から出るビーム、紫色の雨、それに瞬間移動のゲート。
ここまで見ただけでも3つも能力を使っている。
本体の能力も高いのに、固有武装もチートみたいな性能だ。
私はゲームの強制敗北イベントを思い出した。
今のレベルでは絶対勝てない敵が出てきて、どう頑張ろうがプレイヤーは負けてしまう。
ゲームではその後イベントが自動で進んで続いていくが、これはゲームじゃない。
負けたら死んで終わりだ。
そうじゃなくてもアイツは私を殺すと言っている。
アイツを何とかしない限り、私が再び秘密基地に戻れることはない。
消費アニマのことが頭にチラつきながらも、フォーマルハウトに向けてファブリチウスを連射した。
一撃なら無力化されてしまっても連射ならアイツの能力が追いつかないかもしれない。
威力を抑えるかわりに発射までの隙を極限まで削り、連続で砲撃する。
逃げ場の無いほどの連続砲撃をお見舞いするが、フォーマルハウトは自身の周りにゲートをいくつも展開させ、こちらの砲撃をすべてそのゲートで無力化してしまった。
私はその光景を見てファブリチウスを手放してしまった。
ガシャンと音を立てて、ファブリチウスが地面に落ちる。
……ダメだ。打つ手が無い。
頭をフル稼動させて考えてもいいアイデアが何も思いつかない。
もうハンドグレネードをアイツの目の前で爆発させるくらいしかなかった。
でもそれをやったらこちらもひとたまりもない。
最悪ミラの手が吹き飛ぶかもしれない手段なんて選べない。
それでも何か手段は無いかと考えながら、地面に落としてしまったファブリチウスを拾う。
ここから撃っていても無力化されるだけで意味はない。
何をするにせよ九曜さんとフォーマルハウトが戦っている場所に接近しなくては。
立ち上がろうとするも、足に力が入らずよろけてしまった。
無理もない。まだ全然休めていないのだ。
「ミラ! ごめん! 無理させちゃうけど走るね!」
それでも私は頭の中を走ることでいっぱいにした。
ミラが走れるコンディションじゃないことぐらい分かってる。
もうちょっと休んだ方がいいに決まっている。
だけどいま私が動かないと九曜さんがやられる。
他に動ける人がいないのだからミラに無理してもらうしかない。
……他に動ける人。
ふと、私は狭黒さんのことが頭に浮かんだ。
少しでも手が欲しいこの状況で、狭黒さんがここにやって来ない。
きっと今は秘密基地でアルフィルクとセレーネさんと共に、モニタリングされたこの戦いを見ているに違いない。
こちらの状況は分かっているはずだ。
それでも狭黒さんが来る気配は無かった。
でも私が知っている狭黒さんだったら、この状況ではおそらく、いや絶対に出撃してこない。
もし出撃してくるとしても全員が撤退する直前か、もしくは破壊される寸前だろう。
いつだって現実主義。
目の前で何が起こっても最適と考えられる選択肢を取れるあの人を、私は尊敬した。
あの人がいてくれたら私が死んでもこの世界はまだ戦える。
そう思うと少しだけ気分が楽になった。
私は、何も言わず激痛に耐えてくれるミラと共に、フォーマルハウトに向かって走り出した。
「どうして!? このままじゃみんなやられちゃうでしょ!? 何で出撃しないの!?」
アルフィルクの叫びが秘密基地に響き渡る。
その声を聞いている夜明は、顔色を変えずにじっと戦闘の様子を映し出しているモニターを見ていた。
「夜明の体調が悪いのは分かってる! でも負けたらそれも意味がないのよ!?」
何も答えが返ってこないことに業を煮やしたアルフィルクは、自分のパートナーの服を掴んだ。
そして強引に自分の方を向かせる。
「早く準備しなさい! セレーネさん、ゲートを開いてちょうだい!」
そう言われたセレーネも特に動きを見せない。
夜明と同じでじっとモニターを見ているだけだった。
アルフィルクはどうしてこの二人がここまで冷静にしていられるのか理解できなかった。
目の前で仲間がやられているのに何も動かないなんて絶対におかしい。
すぐに戦闘が行われているユニバースに移動して、自分も戦いに参加するのが最善のはずなのに。
だがそう思っているのはアルフィルクだけだった。
夜明もセレーネも、この状況を把握した上で静観を決めている。
「未明子くんが殺されてフォーマルハウトがいなくなったら出撃しよう」
「……は?」
アルフィルクは夜明の口から出た言葉が信じられなかった。
自分の頭の中に一片たりとて存在しなかったその言葉を理解するのに数秒の時間を要した。
「私の聞き違いかしら? 夜明、いま何て言ったの?」
「未明子くんが殺されて、フォーマルハウトがいなくなったら出撃する」
アルフィルクは反射的に思わず顔を引っ叩いてしまうトコロだった。
だがここで夜明に暴力を振るっても何も意味がない。
いま必要なのは、その言葉にどういう意図が込められているかを確認することだ。
アルフィルクは一度深呼吸して、なるだけ冷静に振る舞えるように努める。
「夜明。それはどういう意味?」
「未明子くんが殺されたらフォーマルハウトは目的を達して撤退するかもしれない」
「そうじゃなくて、そうならないようにするのが私達の役目でしょ?」
「いや、無理だね」
「は?」
「いま私達があそこに駆けつけてもフォーマルハウトには勝てない。それどころか下手をすると殺される可能性もある」
「じゃあ未明子を撤退させましょう! 元のユニバースに逃げて隠れればアイツも追ってこられないでしょ?」
「そうしたら私達を全員殺して、私達の世界を消すだけだ。何故かは分からないが未明子くんだけが狙われている今の状況を崩すわけにはいかない」
「でもこのままじゃ未明子が殺されるじゃない!」
「そうだね。少なくとも未明子くんが殺されるのは避けられないと思う」
アルフィルクは一瞬気が遠くなった。
未明子が殺されるのは決定事項なの?
夜明ってこんなに冷酷な人だった?
これまで一緒に戦ってきた仲間が確実に殺されるっていうのに、我が身かわいさにそれを傍観してるだけなの?
アルフィルクの頭にそんな言葉がよぎる。
「アルフィルク。私をいま冷たい人間だと思っているだろう?」
「その通りよ。まさか夜明がそんな人だと思っていなかったわ。百年の恋も冷めそうよ」
「そうか。私は冷酷になれているか。それは良かった」
「良くないわよ! どうしちゃったのよ!? あなた未明子をあんなに可愛がってたじゃない!! 何で助けようとしないの!?」
今にも泣き出してしまいそうな声でアルフィルクが夜明に詰め寄った。
夜明は特に抵抗もせず、されるがままになっている。
「アルフィルク、私の役目はね、いつでも冷静でいる事なんだ。例えどんな状況になろうとも、今ある情報を整理して、予想されうる事態を全て解析して、最善手を打つのが私の役目なんだ。それができなかったら私に価値なんてないんだよ」
「いまの判断が最善手だって言うの!?」
「そうだよ。間違いない」
「そんな訳ないでしょ!? 未明子が殺されるのよ!?」
「よしアルフィルク。ではアルフィルクの言う通りに私達があの戦いに加勢したとしよう。私達はまず間違いなくフォーマルハウトにやられる。そして五月くんもやられる。すばるくんは止めを刺されて、そして一人になった未明子くんが殺される。誰も残らないね」
「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃない!」
「本当にそう思うかい? あんな圧倒的な力を見せられて、何とかなると思うかい?」
「それは……」
モニターにはミラがボロボロの体でフォーマルハウトに向かって走っていくのが映っていた。
ツィーは何とか攻撃を避けられているけど、すでにメインの武器を一本失っている。
冷静に分析すればするほど、いまの状況がどうにかなるとは思えなかった。
「で、あるならば最後の可能性を考慮して私達はここに残るべきだ」
「その最後の可能性ってのが未明子が殺されてフォーマルハウトがいなくなるかもしれないって事?」
「そうだ。わざわざ未明子くんを殺しに来たと宣言したんだ。目的を達したらいなくなるかもしれない。そうしたら五月くんとすばるくんを助けに行ける」
「いなくならなかったら?」
「その時は私達もあそこに行って奴にやられるんだよ。もしくはここで世界の消滅を待つか、どちらかだ」
アルフィルクはそう言った夜明の顔を見て何を考えているかを理解した。
何を思っているかも理解した。
この判断は正しい。
だけど夜明にとって、死ぬほど悔しい判断をしている。
自分があそこに行って敵を倒せるならそうしたい。
でも現実的にそれは無理だと分かっている。
未明子も助けたい。みんな助けたい。でもそれはできない。
ならば犠牲が出たとしても、この世界を残すための判断をするしかない。
それが今だ。
「ごめんなさい。夜明の考えてることは分かった。でも納得はできない」
「それでいいよ。アルフィルクに許されてしまったら、私は自分を呪うしかない」
ああ、私の恋人はなんて強いんだろう。
この世界を残すという一点に関して、一番徹底しているのが夜明だ。
世界を残すために殺すのは何も敵だけではなかった。
自分でさえも、殺さなくてはいけないんだ。
そう思ったアルフィルクはもう何も言えなかった。
ただ、モニターに映る仲間を見守りながら、万が一、奇跡が起きたら。奇跡を起こしてくれたら。
そう願うしかなかったのだった。
私がフォーマルハウトの元にたどり着くまでに、決着はついてしまった。
とめどなく発射されるビームを避け続けていた九曜さんだったが、次第に動きが鈍り始めた。
あたり前だ。あんなに激しく動き続けたらアニマをあっと言う間に消費するに決まっている。
フォーマルハウトが自分の右手の前に5つの小さなゲートを開くと、そのゲートめがけて右手の指から5発のビームを放った。
そのゲートの出口が九曜さんのまわり5箇所に配置されると、5つのゲート出口からビームが襲う。
正面を合わせて合計6方向からのビームの攻撃を一度に受けた九曜さんは、その半分以上のビームを避けきれず、右腕と左足、それに腹部をビームに貫かれて倒れた。
それを見て暁さんがどうやってやられたのかを理解した。
あんな風にゲートを使って好きな場所に、好きな方向から攻撃できるんだったら避けられる訳がない。
その後はもう無茶苦茶だった。
フォーマルハウトは自分の周囲に10個の小さなゲートを作ると、倒れた九曜さんの周囲に10個のゲート出口を開く。
そしてそのゲートに向かって両指から10発のビームを発射した。
もう動けなかった九曜さんは、その10方向から撃ち込まれたビームのシャワーに巻き込まれた。
その内の何発が命中したのかは分からなかった。
だけどビームが起こした爆煙が晴れると、気を失った九曜さんと、血塗れになったツィーさんが倒れているのが見えた。
爆発こそ起きなかったものの、どう考えても二人とも戦える状態ではなかった。
フォーマルハウトは二人に興味がなくなったのか、改めて私の方に向かって歩いてきた。
私はその場で立ち止まった。
近寄ったらみんなを巻き込んでしまう可能性があるのは間違いなかったが、それ以上にこの後確実に殺されるんだという事実に気後れしてしまったのだった。
勢いが弱くなってきた雨で体を溶かされながら、頭の中にいくつも考えが巡った。
私を殺すのが目的なら私がミラから降りたらミラは助かるかもしれない。
でも私が死んだ後、ミラはどうなるんだろう?
この後はもう戦うことはできなくなるんだろうか?
それともまた別のステラ・アルマを見つけて戦いを続けるんだろうか?
もしそうなら、ミラは私のことを忘れてその新しいステラ・アルマと一緒に生きていくんだろうか?
自分が死ぬことに対しての覚悟はあっても、その事実に対する覚悟ができていなかった。
嫌だ。
ミラが私以外の誰かと幸せになるなんてそんなの考えたくない!
私の心がその考えで濁った時、すでに目の前までフォーマルハウトが迫ってきていた。
私はとっさにファブリチウスを撃つ。
だがそんな攻撃が命中する訳もなく、簡単にゲートで無効化された。
フォーマルハウトは何もなかったかのようにゆっくりとこちらに歩いてくる。
もう一発ファブリチウスを撃とうと構えた時、目の前を光の筋が通った。
目の錯覚かと思ったがそれは勘違いだった。
足元からガチャン! という大きな音がする。
恐る恐る足元を見ると、見慣れたファブリチウスの砲身が落ちていた。
手元に残った砲身は持ち手の部分より先がなくなっている。
これでは近距離モードで砲撃することもできない。
フォーマルハウトを見ると、指から放出された5本のビームが束ねられて刃のようになっていた。
どうやらあの刃でファブリチウスを真っ二つにされたらしい。
ああ……。
ずっと頼りにしていたファブリチウスもこんなにあっさり破壊されてしまうんだ。
いよいよもって私に勝ち目はなくなった。
もはや絶望感よりも、笑いがこみ上げてきた。
『未明子、まだハンドグレネードがあるよ。手元で爆発させればもしかしたら……』
「それだとミラの手が吹き飛んじゃうし、出した瞬間手を切り落とされるかもしれないからやめとこう」
フォーマルハウトは顔がくっつくんじゃないかと言うくらいに私に近づくと、感情の無い声で言った。
『犬飼未明子を降ろせ』
わざわざこんな言い方をするからには本当に私以外に興味はなさそうだ。
今ここで降りて行けばミラは助かる。「ミラ、操縦席を開けて」その一言でミラは助かる。
そう理解している筈なのに口が動かなかった。
殺されるのが怖いんじゃない。
さっき頭をよぎった、自分がいなくなった後のミラのことがどうしても心を掴んで離さなかったのだ。
「お前が死んだらきっとミラは別の相手を見つける」
私の頭の中に声が響く。
……やめろ。
「お前が死んだ後ミラが別の誰かと幸せになるのを許せるのか?」
やめろ。
ミラが幸せならそれが一番だろ。
「そうしていつの間にかお前の事なんて忘れられるんだ」
やめろ。
それでもミラには生きていて欲しい。
「だったらここで一緒に死んだ方が幸せじゃないか?」
……。
……悔しいけど、私にはそれを否定するほどの強さはなかった。
ここまでの戦いでいつも死に直面してきた。
それはもうどうしようもない状況だったし、二人で死ねるなら別に構わなかった。
でも今はミラだけは助かる可能性があるのだ。
その状況で私と一緒に死んで欲しいなんて言うことが、本当に大切な人にかける言葉なんだろうか。
私は物語の主人公にはなれない。
私が死んでもミラは幸せになってね、なんて言える器は無い。
ヒロインを守るヒーローにはなれない。
情けないけど、私にはその選択をすることができなかった。
『未明子は渡さない!!』
最初に響いたのはミラの声だった。
私がウジウジ悩んでいる間にミラがフォーマルハウトに向かって叫んでいた。
『未明子は絶対に殺させないから!!』
それは言ってはいけない言葉だ。
相手の要求をはねのける言葉だ。
もしその言葉で相手を怒らせてしまったらミラも殺されてしまうかもしれない。
「ダメだよミラ!! おとなしく私を降ろして!!」
……その言葉は、最後まで私の口から出なかった。
私は、いま、最悪の選択をしている。
このままミラも私と一緒に殺されたらいいな。なんて思ってしまっている。
最低だ。
最低だと思っているのにそれでも何も言えない。
『ああん? 何言ってんだお前?』
フォーマルハウトは左手をゆらりと前に出すと、左手から発射したビームでこちらの右脚を撃ち抜いた。
『うッ!!』
悲痛な叫びと共にミラの脚に綺麗な5つの穴が開き、焼き焦げた穴から煙が立ち上る。
自重を支えきれなくなった脚が立ち続ける事を拒否し、その場に倒れこんだ。
『お願いしてるんじゃないんだ。命令してるんだよ。犬飼未明子を降ろせ』
『……嫌だ! 絶対お前の言うことなんて聞かないから!!』
痛みで泣き声になってしまっているミラが、それでも抵抗の言葉を吐き続ける。
私は何も言えないのにミラだけは負けないように頑張っていた。
フォーマルハウトは苛つきながら自分の親指で人差し指を弾いていた。
しばらく何かを考えていたが、両手の指をこちらに向けて構える。
あのビームが全部発射されたらミラは耐え切れない。
……終わりだ。
『ダメだ。流石に破壊するな』
そう言うとフォーマルハウトは私達から離れていった。
……一体どういうつもりなんだ?
いま撃てば終わりだった。
ミラは爆発して私も消え去っていたのに。
どうして途中でやめたんだ?
私が考えている間に、フォーマルハウトは雨の影響で動けなくなっていた敵チームのステラ・アルマの所に行っていた。
そして倒れている二人の側まで行くと腰を降ろす。
『雨も止んだしお前らもう動くことくらいできるだろ? 最後の力を振り絞ってあそこに転がってる奴を攻撃しろ』
敵のステラ・アルマは何を言われているのか分からない様子だった。
それを聞いていた私も意味が分からなかった。
なぜ自分でトドメを刺さずに別の誰かに任せるんだ?
『ただし絶対に破壊するな。あいつの変身が解けるまで地味に削り続けろ』
敵のステラ・アルマは二人とも困惑していた。
そう言われたところでフォーマルハウトの前でオロオロするだけだった。
するとフォーマルハウトは二人の内の一人に右手を向けた。
そこからビームが出ることを分かっていたそのステラ・アルマは、一瞬ビクッとしたのを最後にビームのシャワーを浴びせられ、爆発して消えた。
残った一人は、目の前で仲間を殺されて呆然としていた。
そのままフォーマルハウトに腕を掴まれズルズルと運ばれる。
私の目の前までそのステラ・アルマを連れてくると、フォーマルハウトは私に向かってそのステラ・アルマを投げ捨てた。
そして耳元に近づくと
『やれ。うまくできたらお前は助けてやる』
と囁いた。
そう言われた敵のステラ・アルマは、震えながらも何とか立ち上がった。
まだ自分の置かれた立場を理解できずフォーマルハウトの方を見る。
『くどいようだが破壊するなよ?』
そのステラ・アルマの肩をポンと叩いたフォーマルハウトは、傍に立つと腕を組んでこちらを見下ろした。
命令されたステラ・アルマはしばらく動かなかったが、やがて持っていたアサルトライフルの銃口をこちらに向ける。
「ごめんなさい」
そのステラ・アルマから、おそらく操縦者の謝罪の言葉が聞こえた。
泣き、怯え、自分がいまどういう感情なのかも理解できていない人の声。
言われたことを意思なく実行するしかできない声。
こんな状況で、その選択以外を取れたらどこかが壊れている人間だ。
私は相手を責められなかった。
アサルトライフルが発射されて、弾丸がミラの体に命中する。
何の仕掛けもないただのアサルトライフルの攻撃。だけど動けないから避けようがない。
せめて守れるところだけでも守らねばと腕を上げて上半身を防御する。
タタタ、タタタ、と乾いた音が響く度に衝撃が起こり、ミラの体は壊されていった。
体を溶かす雨、フォーマルハウトの攻撃、脚に開いた穴。
加えてこちらの固有武装は破壊され、もはや何もできる事はない。
動けない中、ジリジリとダメージが蓄積していくだけだった
『……!』
ミラは悲鳴も出さずにじっと耐えていた。
ダメージレポートは継続的にアラートを出して、戦闘継続不能を訴えている。
私はその様子を見ていることしかできなくて発狂しそうだった。
何でこんなやられ方をされなきゃいけないんだ。
一思いに殺してくれればいいのに。
これじゃミラが苦しいだけだ。
私はもうこの状況に耐えきれなくなった。
「ミラ、もういいよ! 変身解いて!」
『やだ! 変身が解けたら未明子が死んじゃうもん!』
「だけどこのままだとミラが辛いだけじゃん!」
『痛くないから大丈夫だよ!』
「そんな訳ないでしょ嘘つかないで!」
『装甲強化したからこんなの効かないよ!』
その装甲はもう無いんだよ。
全部溶かされちゃったから全部本体にダメージが入ってるんだよ。
ダメージレポートに悲惨なくらい痛いって表示されてるじゃん。
「お願いミラ! 変身解いて!」
『やーでーす!』
私は後悔した。
さっき勇気を出して降りれば良かった。
そうすればミラをこんなに辛い目に合わせずに済んだのに。
だけど私の後悔の時間は長くは続かなかった。
ミラが気持ちでどう頑張ろうとも現実は優しくなかった。
とうとう限界を超えたミラの体は、本人の意思を無視して変身を維持できなくなったのだった。




