第5話 二人だけのユニバース②
「私たちの地球が消える……」
ミラの話では、同じ空間・時空に全く同じものが存在するには限界があるらしい。
とは言え、通常であれば滅多に限界に達することはないそうだ。
宇宙が無限に広いと言われている様に、空間・時空もとてつもなく広く、深い。
だけど、地球の人類が想像した世界はそれを覆い尽くす勢いで増えている。
人ひとりが何かの創作を目にしたとして、その世界にのめり込んでその世界を信じたとしたら、そこに一つの世界が生まれる。
同じ人が、次の日に別の創作を目にした時にまた別の世界が生まれる。
同じ日に他の創作を目にしたら?
それを地球人類すべての人が、毎日想像したとしたら?
それは途方もない数になるだろう。
星は、それらをすべてを願い事として新たな世界を創り出していく。
そうやって創り出されたいくつもの世界が同じ場所に重なり、重なり、重なり、とうとう限界を迎えようとしている。
そして世界は、その限界を避けようと世界どうしをぶつけて一つにし始めた。
今この瞬間にも、どこかの世界とどこかの世界がぶつかりあって片方の世界が消滅しているのだそうだ。
では、その消滅する世界はどうやって決まるのか?
「私たちステラ・アルマが、別の世界のステラ・アルマと戦って、負けた方の世界が消滅するの」
私が思っていた以上にミラの言う戦いは重いものだった。
簡単に言うと負けると世界が消える。
別の世界と衝突して一つになり、この世界がなかったことになる。
ここまで聞いて、ステラ・アルマはミラ一人だけを差している訳ではないということが分かった。
他の世界にも同じ様に消えまいとして戦うステラ・アルマがいるということだ。
ミラが度々言い淀んでいた理由がこれではっきりした。
「そしてステラ・アルマが戦うには私の様に乗り込む人が必要ってことだよね」
「そう。ステラ・アルマが力を発揮するには自分に乗って一緒に戦う人が必須なの。私にとっての未明子の様に。その一緒に戦ってくれる存在をステラ・カントルと呼んでいるわ」
ステラ・アルマとステラ・カントル。
つまり私が戦う相手は別の世界の同じ人間。
胸の中に黒い泥のようなものが流れ込んでくるのを感じた。
私が私の世界を守る為には、他の世界の誰かを倒してその世界を消滅させなければいけない。
私がミラとこの世界で恋人としてやっていく為には、他の世界を犠牲にしなければいけないのだ。
正直、きつい。
私の顔は真っ青になっていたと思う。
そんな私を、ミラは複雑な表情で見ていた。
ここまで話してやっぱり降りると言い出すことも覚悟をしているようだ。
私はまだ高校生。
他の誰かを犠牲にする覚悟なんてない。
だけど、やっぱり嫌だと逃げ出したところでいずれこの世界は消える。
この世界が消えるということは私も消えると言うことだ。
でも、私が消えることよりも、世界が消えることよりも、私はミラが私の知らないところで戦うことの方がよっぽど嫌だった。
ミラが戦うことを避けられないなら私はミラと一緒に戦いたい。一緒にいたい。
その結果世界が消えることになったとしても、私はミラと一緒に消えたいと思った。
あれ、でも待てよ?
この世界が消えるとして、ミラも消えることになるんだろうか?
さっきステラ・アルマは好きな時にユニバースを移動することが出来ると言っていた。
それならこの世界が消滅したとしても、消滅しない別のユニバースに移動すれば助かるんじゃないだろうか。
「ステラ・アルマがユニバースを移動することが出来るなら、もし負けたとしてもミラだけは助かるの?」
私は自分が助からないのにミラだけが助かることが嫌だと言いたい訳じゃない。
そうなった時に、せめて彼女だけでも助かって欲しいと思ったのだ。
私のその気持ちは伝わったみたいで、寂しそうな表情でミラは言う。
「負けたと言うことは、少なくとも私は消滅しているわ。いろんなパターンがあるけど、世界の消滅が確定してステラ・アルマが生き残っていることはない。逆に、ステラ・アルマは消滅して、ステラ・カントルが残ることはあるわ。もちろんその後にその世界は消滅するから、どっちみちステラ・カントルも消えちゃうんだけど。つまり私たちステラ・アルマだけが助かることは無い」
そんな!
じゃあやっぱり負けたらダメなんだ。負けたらミラは助からない。
ミラだけは生き延びる方法なんてないんだ。
私は手が震えだした。
自分が死ぬのは諦めがつくけど、ミラが消えるのは嫌だ。
そんな震える私の手を握って、ミラが私のおでこに自分のおでこをコツンとあてる。
「未明子は優しいね。こんなことに巻き込んだ私のことを考えてくれてる。私は未明子に怒られると思っていたのに……」
「私がミラに怒ることなんてない。私はミラが消えるのが嫌。……怖い」
「ありがとう。大丈夫。私は未明子が一緒に戦ってくれるなら絶対負けない」
ミラは「大丈夫。大丈夫」と言って私の頭を撫でてくれた。
大丈夫、は彼女の口癖みたい。
私はミラのこの優しさが愛おしい。
ただのクラスメイトだった頃からあたり前に優しく話しかけてくれていた。
何も持っていない私にも優しくしてくれた。
そんなミラが頼ってくれているのだ。私に逃げ出す選択肢は無かった。
そうだ。戦おう。
ミラと一緒にいるにはそれしか無いんだ。
たとえ相手が誰であろうと、私の一番大切なものはミラだ。そこは変わらない。
私は自分に自分が戻ってくるのを感じた。
犬飼未明子は好きな女の子の為なら何でもするんだ!
「約束」
私が小指をかかげる。
ミラがびっくりして、私の顔をじっと見る。
「これからもずっと一緒にいようね」
私が精一杯の笑顔を向けると、ミラは嬉しそうに「うん!」と言って小指を絡めてくれた。
この約束があれば、私は無敵。
きっと大丈夫。
私とミラはずっと一緒にいられる。
心の中に、新しい灯がともったように感じた。
ふと気づくと、あたりはかなり暗くなっていた。
「すっかり暗くなっちゃったし、そろそろ元の世界に帰ろっか」
はて。この時間ってこんなに暗くなったっけ?
遠くの方はすでに視界がきかないくらい暗くなっている。暗いというより何も見えない。
ミラが屋上の扉を開くと、そこには来た時と同じ様に光が広がっていた。
ここを抜ければ元の世界に帰れるってことなんだろうな。
「ところでこの世界……ユニバースだっけ? なんで誰もいないの?」
「このユニバースはね。すでに決着が着いててもうすぐ消滅するの。あと5分くらいかな」
「……え?」
私はミラに手を引かれて、来た時と同じに光の中に吸い込まれていった。
学校のすぐ裏には 公園があって、そこに”ゆうひの丘” と呼ばれる展望台がある。
小高い丘になっていて街が見渡せる絶景スポットだ。
夜になると夜景が綺麗なのでカップルも多い。
私は夜景よりも日が暮れていく時間の方が好きだったので、学校帰りにここで時間をつぶすことも多かった。
その展望台にミラと来ていた。
自販機で缶ジュースを買い、二人でベンチに座って景色を眺めている。
「ミラさん。そういうことは早く言ってくださいよ。危うく消滅するところでしたのよ私たち」
「大丈夫だよ。私が一緒なら10秒前だって戻ってこられるから」
隣でココアをくぴくぴ飲んでいるミラが楽しそうな笑顔でそう答えた。
アナザユニバース。
ステラ・アルマは重なり合う別の世界をそう呼んでいるらしい。
戦いが終わって消滅が決まった世界は、すぐに消滅する訳ではなくだんだんともう一つの世界に取り込まれていくそうだ。
戦闘があった場所を中心にして、外側から中心に向かってさっきみたいな暗闇が全体を覆い包んでいく。
最後はすべて暗闇に包まれて、跡形もなく消える。
ステラ・アルマ同士の戦いは、そのすでに消滅が決まったアナザユニバースで行われるらしい。
確かにいま私たちがいる世界で、あんな大きなロボット同士が戦いあったらたまったもんじゃない。
その点、すでに消滅が決まっている世界だったら何が壊れようが、どんなことがあろうが綺麗さっぱり無かったことになるので問題ない。
何かゲームみたいにルールのある戦いなんだな。
私はもっと突然襲い掛かってくる謎の敵対勢力と人知れず戦うロボット生命体! みたいなのを想像していたんだけど、ルールに則った決闘みたいなイメージが湧いてきた。
もっとも、負けた側は何もかも消滅になるんだからそんな格式ばったものではないんだろうけど。
「はぁ……」
私はため息を吐いて、目の前に広がる景色を眺めた。
平和だ。
この何てことない平和の裏で、消滅をかけた戦いが行われているなんて信じられなかった。
無限に近いくらいの世界があるんだから、無限に近いくらいの戦いが行われているんだろう。
「ステラ・アルマってどれくらいいるの?」
「どれくらいいるんだろう? それこそ星の数ほどいるんじゃないかな」
ミラは鯨座の2等星と言っていた。
2等星ということは1等星や3等星もいるのだろう。
私はスマホで鯨座を検索してみた。
そこには鯨とは名ばかりのクリーチャーが表示された。
鯨というからもっとマスコットキャラみたいなのを想像していたのに、これは何というか……グロい。
隣に座っているこの最高に可愛い女の子とは似ても似つかない。
私がそれを見ていることに気づいたミラは、ニヤニヤ笑いながら「グロいでしょ?」と言った。
「人間の想像から生まれてるからね。一応そのビジュアルになった神話もあるから調べてみて」
「ってことはこれも星が願いを叶えた結果?」
「そう。人が私たちを鯨座と名付けたときから、私たちは鯨座になった」
「やっぱり他にも鯨座のステラ・アルマはいるんだ」
「鯨座でもっとも明るいのは2等星、下には5等星とかもあるから、その数だけステラ・アルマはいるんじゃないかな」
「会ったことはないんだ?」
「うん。私たちは自分がステラ・アルマだってことは理解してるけど、それ以外のことは知らないんだ。自分たちがどこで生まれて、いつからこの体で、いつから戦ってるのかとか。他にどんなステラ・アルマがいるのかとかも分からないんだ」
「そういうもんなんだ?」
「そういうもんなんだ!」
ミラは何故か得意げな顔をしている。
そもそも私の想像をはるかに超えた話なので、何を聞いたところで「そうなのか」という感想しか出てこない。
私はそのあたりを詳しく知ろうという気にはあまりならなかったので、単純にミラとのお喋りとして楽しんでいる。
ミラは自分がステラ・アルマであるということに対して、悲観しているような素振りは全くない。
私だったら自分は戦うために生まれてきたんだなんて言われたら気が滅入ってしまいそうだけど、そういう風に生まれたからそういう風なだけ。
私が女の子好きに生まれてきたから女の子好きと同じことだと思った。
「ちなみに1等星とか2等星とかで格の違いはあったりするの?」
「1等星とか2等星って言うのは、地球から見える星の明るさのことなんだけど、星が明るいほどステラ・アルマとしての能力は上なんだよ」
「ってことはミラは2等星だからかなり優秀ってことじゃん」
「そうだよ。すごいでしょ。褒めていいよ」
相変わらず私の彼女がかわいい。
かわいさと愛らしさだけで言ったら文句なしの1等星だ。
私はこのかわいい彼女をぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。
「えへへへへ」とかわいらしい鳴き声が聞こえてくる。
「でも、戦いの強さはステラ・アルマとステラ・カントルの総合力で決まるから、私だけの力ではダメなんだよね」
「う……ミラが優秀でも私がヘボいと弱いってことなのね。……ガンバリマス……」
「大丈夫。未明子はこんなにかわいいし、優しいし、私との相性バッチリだよ」
私がかわいい?
私が優しい?
今までそんなこと一度も思ったことはなかったし言われたことがなかったので戸惑ってしまった。
私は女の子が好きだ。そして私は女の子だ。じゃあ自分が好きかと言うとそうではない。
鏡に映った自分に見惚れたことはないし、どんなに顔に気をつかったって、服に気をつかったって、私の好きな対象になることはなかった。
優しいなんて思ったこともない。
私は自分の好きのためなら、人に迷惑をかけないことならどんなことだってやっていた。
一日中ミラのことを眺めて交友関係を調べたり、話していることに聞き耳をたてて趣味や特技を探ったり、まるでストーカーの様だった。
優しい人は好きな人にそんなことはしない。
私は自分勝手だった。
だから今ミラにそう言われても素直にお礼が言えない。
私は私がどういう人間か良く分かっているから、ミラが言ってくれたかわいいや優しいにはふさわしくないのだ。
私が複雑な表情をしている事に気づいたミラは、また私の手を握った。
今日はミラにたくさん手を握ってもらえて嬉しいな。
彼女はニコニコしながら私の手をニギニギしている。かわいいな。
「ね、未明子。私たち付き合ってるんだから、未明子は私に好きなことをしていいんだよ?」
ネガティブなことを考えていた頭に、突然耳から手榴弾を投げ込まれた様な衝撃が走った。
ちょちょちょちょちょ、この恋人様は、突然何を言い出すんだ!?
好きなことって何よ?
何してもいいってこと?
隣に座るこの超かわいい天使に好き放題していいってことなの!?
顔をめぐる血管に勢いよく血液がまわり、私の顔はそれはもう立派に真っ赤になった。
私のそんな顔を見て嬉しそうにしているミラは追い打ちをかける様に言う。
「ステラ・カントルはステラ・アルマの操縦者なんだから、私はもう未明子の物なの。未明子が私に何をしてもそれは当たり前のことなんだよ」
やっばッ!!
衝撃の事実で私の頭は真っ白になった。
そりゃあ好きな相手だもん、大事にしたいという思いはあっても下心だって当然あるよ!?
抱きしめたいし、キスしたいし、そりゃあ、えっちなことだってしたい。
でもそれはもっと時間をかけて、ゆっくりゆっくり深度を深めていくのだと思っていた。
だってちゃんと喋るようになってからまだ全然時間がたってないんだよ!?
普通そういうのって、せめて半年とか、いや一年とか付き合ってからするもんじゃないの!?
そんな悶々とする私の心の中で、もう一人の冷静な私が言う。
(私よ。そんな普通など気にするな! 私は昨日、話したばかりの相手に告白しすでにキスもすませておる。この先の、その、え、え、えっちなことだろうと、気にせず……気にせず……その、なんだ……ガンバレー)
お前途中でヘタレるな。
いや、でも待てよ。
私にその気があって、相手からもOKが出てるなら何も気にすることじゃないんじゃ?
仮にここで私が彼女を押し倒したとしても、誰も悲しまないならやるべきでは?
だって私たち付き合ってるんだし。その資格はあるんだし。
はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……。
私の脳みそは一面ピンク色に染まって、すでにえっち方面にしか頭がいかなくなっていた。
まずい。このままでは行くところまで行ってしまう。
私は両手でミラの肩を掴み、彼女の顔を強引に近づけると
……。
……。
……。
「今日は、チューだけで……」
盛大に日和った。