第44話 夕まぐれにあたたかい風は小さな微笑み④
ミラと行きたい場所の候補はいくつかあったけど、その中の半分くらいは ”海の見える場所” だった。
どうして海の見える場所だったのか今となっては分からない。でもその時は一緒に海が見たかったんだと思う。
私は単純だったから、じゃあ一番近い海はどこだろうと地図を開いて、自分の住んでいる場所から海の方に指をずらしていったら鎌倉が目に入った。
そう言えばお父さんが昔、お母さんと江の島でデートしたなんて言っていたのを思い出した。
別に両親のデートをなぞりたいなんてこれっぽっちも思っていなかったけど、ミラと江の島からの海を見たいと思ったのだ。
だからあの日、風が冷たくて寒い日だったけど、私は勇気を出して彼女をデートに誘った。
「ごめん……まさか江の島の最寄駅が江ノ島じゃなくて片瀬江ノ島だったとは……」
「江ノ島駅からも歩いて来られるけどね」
「藤沢の駅で気づいて良かったぁ」
最寄駅から電車に乗ってだいたい一時間半。
私達は神奈川県藤沢市にある江の島に来ていた。
私が中二病を患っていた時、フランスにあるモンサンミシェルに憧れて「お金を貯めていずれモンサンミシェルの教会で僧侶になる」などと宣言していた頃があった。
お父さんからお前は僧侶よりも戦士タイプだなと茶化されながら、実は鎌倉にもモンサンミシェルがあるんだぞと教えられて以来、いつか来てみたかったのだ。
「江の島、鎌倉市じゃなくて藤沢市じゃねーかバカ父」
「ギリギリ藤沢市みたいだね。江ノ島駅の200m先は鎌倉市みたいだし、詳しくないと分からないかも」
「はぁー。でも思ったより若い人が多いね」
昔、江の島はどちらかと言うと若者が楽しめるような観光地ではないイメージだった。
それが江の島水族館が新江の島水族館に改装されたあたりを皮切りに、駅周辺や江の島の中にも若者向けのお店ができ始め、片瀬江ノ島駅の改装や、展望台である江の島シーキャンドルのイルミネーションなどが有名になり、今となっては都心から気軽に遊びに来られる観光スポットとなったのだ。
「おお! 確かにモンサンミシェルっぽい」
「島からぴょこっと建物が見えるのもそれっぽいよね」
「私、江の島が日本のモンサンミシェルって呼ばれるのは別にいいんだけど、モンサンミシェルがフランスの江の島って呼ばれるのが許せないんだよね」
「未明子は何でそんなにモンサンミシェルを崇拝してるの?」
駅から江の島までは弁天橋と呼ばれる橋を渡っていく。
干潮の時は地面が見えているが、潮が満ちてくると完全に海の上だ。
「この橋! この橋を切り落とせば江の島は完全に孤島よぉ」
「分かる〜。何か孤島とか無人島とかテンションあがるよね」
「ゲーマーだから、船でしかいけない場所とか、ある特定の条件を満たさないと行けない場所とかワクワクするよ。そう思うとシーキャンドルがラスボスの居城っぽく見えてきた」
「じゃあお店でアイテムを揃えていかないとね」
「そうだね! みんなにも何かお土産とか買って行きたいし!」
ずっと来たかった場所に来られて、はしゃいでしまう自分がいる。
しかもミラと二人っきりのデートだからそれも仕方がない。
橋を渡りながら海を見るミラの横顔がいつも以上に綺麗に見える。
天気もいいし、風も気持ちいいし、絶好のデート日和だった。
「最初にお昼食べるんだっけ?」
「うん。このまま真っ直ぐ行くとお店がたくさんあるんだけど、この時間だとどこも行列ができてるみたい。だからちょっと横道に逸れましてー」
商店街の入口を左に曲がると、そこにもいつくかお店が並んでいた。
それでも店の前で待っている人はいるがお昼時にしては許容範囲内だ。
少し歩いた所にあった二階建ての定食屋さんの前で止まると、店前にあるメニューの一覧を見る。
「ここにしよっか。私、生しらす丼が食べたくて」
「未明子、何気にお魚好きだよね」
「前は肉の方が好きだったんだけど最近は体が魚を欲してるんだよね」
「白身と赤身だとどちらが好きなの?」
「それは難しい質問! んーと、どうだろう。アジが好きだから白身かな」
「ぶっぶー。実はアジは赤身魚なのでした」
「アジって赤身魚なの!? 食べられるところ白いのに!?」
「サケとか身は赤いけど白身魚なんだよ」
「白が赤身で、赤が白身……どういう事なんだってばよ」
「じゃあ問題。しらすは何身魚でしょう?」
いきなりミラがお魚クイズを出してきた。
いいだろう。その挑戦、受けて立つ。
身が白っぽいのは赤身魚、赤っぽいのが白身魚だとすると、透明なしらすはどっちなんだ?
湯上げすると白だから赤身魚なんだろうか? でもそれならあえてクイズを出してくるのはおかしい気がする。いや逆にそういう引っ掛けかもしれない。
でも待てよ、ミラの事だから赤身でも白身でもない別の身の魚なのかもしれない。
そう言えばもう一色、魚の身を表す言葉を聞いたことがある。
……これだ! これに違いない。
「しらすは青身魚!」
「残念でした。しらすという魚はそもそもいません」
「なん…だと……?」
しらすという魚は、いない?
では私がこれから食べようとしている魚は何なのだ?
虚無か? 私はこれから虚無を口にしようとしているのか?
訳が分からず宇宙猫のような顔をしていると、ミラが解説を入れてくれた。
「しらすはいくつかの魚の稚魚の総称のことで魚の名前じゃないみたい。一般的に食用されているしらすは、多分このお店でもそうだと思うんだけど、カタクチイワシの稚魚みたいだから、そういう意味で言うと正解は赤身魚かな」
「うへぇー。あの小さいのがしらすって名前の魚だと思ってた。みんなが最初に餌にする生態系で一番弱い魚なのかと思ってたよ」
「ちなみに未明子が言った青身魚は正確には青魚で、体が青く輝いて見えるから青魚って呼ばれてるだけで、赤身と白身とはまた別の分類らしいよ」
「勉強になるなぁ。ところで何でミラはそんなに魚に詳しいの?」
「いつか未明子にクイズを出すために覚えておいたの。もっと言うと江の島に来るって分かった段階でしらすの話は出るなと思ったから勉強しておいたんだ」
「ひぃ。行動が読まれている」
最近ミラに私の行動というか思考が読まれている気がする。
好みとかを把握してくれてるのは嬉しいけど、次にどう考えるとか、どう動くとかを読まれるのは何か悔しい。
逆にミラはそういうのが読めない時があるからな……昨日の部屋での行動とか。
私もミラの行動とか思考を読めるようになって、先手先手を打って喜ばせてあげたいな。
「未明子、つぎ私達の番だって。注文どうする?」
「あ、私ネギトロ丼で」
「生しらすは!?」
座敷の席でゆっくりとお昼を食べた後、気になったお店を見て回りながら参道を登っていく。
参道は神社まで続き、そこから更に山道に作られた階段を登りきった所に天望台があった。
展望台からはパノラマで相模湾が見える。
水平線まで抜ける青い空と分厚い夏の雲。
波は穏やかで、風の音と鳶の鳴き声だけが聞こえた。
「海綺麗だねー」
「だねー」
「私達の住んでる街、内陸だから海とは縁がないしね」
「未明子は桜ヶ丘生まれの桜ヶ丘育ち?」
「うん。陰キャっぽい人はだいたい友達」
「嘘おっしゃい」
「すいません盛りました」
「別の所に住むなら海が見える所がいい?」
「うーん。どうだろう……」
海は好きだけど、毎日見たいかと言われると複雑なところだ。
毎日見てると新鮮さもなくなっていくしな。
たまに見るから良いのであって、そこに住みたい訳ではないのかもしれない。
「もしかして、一緒に暮らす場所のことを考えてる?」
「うん。昨日その話が出てからずっと考えてて、どうせだったら未明子が住みたい場所がいいなって」
「私はミラと一緒ならどこでも大歓迎だよ」
「またそうやってさらっとキザなセリフを言う!」
「キザじゃないよ。私にとっては一番大事な条件だもん」
ミラと住めるなら本当にどこだっていい。
例え六畳一間に二人で暮らしていたって幸せな気がするし、不便な山奥だって二人なら楽しい気がする。
ミラが一緒にいる事が何より大切なのだ。
「でも秘密基地が桜ヶ丘にあるなら近くに住んでた方がいいんじゃない? 練馬に住んでる九曜さんとか来るの大変そうだし」
「それはそうなんだよね。私も桜ヶ丘は好きだからいいんだけどさ」
「ミラは何かこうしたいとかある?」
「私は……」
そう言うと、ミラは海の方を見て黙ってしまった。
横から顔を覗きこむと少し寂しそうな表情をしている。
視線の先は海だけど、海を見ているというよりも別の何かを見ているように感じた。
何かを思い出しているんだろうか。
「ミラ?」
「え? ああ、ごめんね。未明子との生活を想像してたらボーッとしちゃった。……私、小犬を飼いたいな。あまり大きくならなくて部屋で飼えるタイプの犬」
「本当に!? 私も小型犬大好き! 部屋で飼える小犬と暮らせたらいいなと思ってた」
「そうするとペット可の物件を探さないとね」
「でもミラってどちらかと言うと猫好きだと思ってた。犬がいいんだ?」
「うん。未明子を見てたら犬の方が好きになったみたい」
「それは私が犬っぽいってこと?」
「未明子は犬っぽいよね。主人に従順だし」
「まぁ、それはそうな」
「冗談だから否定して欲しかったよ」
展望台から更に江の島の奥に進み、今度は階段を下っていく。
道中にあるお店で女夫饅頭を買って食べ歩きしながら、歩いていける最奥にある江の島岩屋までやってきた。
江の島岩屋は島の南側に開いた洞窟で、料金を払って中に入ることが出来る。
今は整備されているけど昔はお坊さんの修行の場にもなっていたとか。
「この岩屋に来たかったんだ! 洞窟とかもう完全にダンジョンじゃん!」
「ここは私も楽しみだった。TRPGのセッションで洞窟に潜ることはあるけど、実際の洞窟に入る機会なんてなかなか無いもんね」
「私! 私が前衛やるからミラは後ろを守って」
「はーい。あ、入口でロウソク貰えますだって」
「うおおテンション上がる!」
二人してワクワクしながら岩屋に入る。
岩屋の中はガイド灯で照らされているもののそれなりに暗く、ロウソクがいい雰囲気を作り出していた。
鍾乳洞とは違って展示物などもあるけど、天井が低い所もあって洞窟感はかなり強い。
「思ったよりも暗い!」
「道がちゃんとしてるから転ぶことは無いと思うけど、天井だけ頭をぶつけないように気をつけなきゃね」
「ミラは暗いところ大丈夫?」
「苦手ではないけど、これだけボーッとした視界だと方向感覚が狂いそう」
第一岩屋の奥に入っていくと、立ち入り禁止の看板と共にもう一つの注意書きがあった。
「見て未明子 ”この奥は富士山につながっていると言われています” だって」
「富士山!? ここから100キロ以上離れてるのにそこまで続いてるの? ひぇー」
その注意書きの先には真っ暗な洞窟が続いていた。
風の音がする訳でもなくただ永遠と暗闇が続いている。
富士山までこんな真っ暗で何の音もしない洞窟を歩いていったら気が狂ってしまいそうだ。
「行ってみる?」
「いやー私達だとまだレベルが足りないかな。もうちょっとレベル上げしてみんなで来よう」
無機質な暗い穴を見ていると底知れぬ恐怖が襲ってくる。
だけどこんな場所から地面をずうっと通って富士山まで繋がっているなんてロマンを感じるな。
大昔、誰かこの洞窟を通って先に行った人がいたんだろうか?
そういう想像をするのは楽しい。
例えばもう消滅が決まったユニバースで、この穴にファブリチウスを撃ち込んだら富士山の近くからビームが出てきたりするのかな。
そうしたら繋がってるって証明できるのに。
「ねぇミラ、例えばここにさ……」
そう言いかけて私は言葉を止めた。
振り返ると、ミラがいなくなっていたのだ。
ぞっ……と全身の鳥肌が立つ。
周りに人の気配はなく、足音も聞こえない。
そんな馬鹿な。暗いとは言えはぐれるほど大きな場所では無い。
仮に順路を先に進んでしまったとしても、私がついてこなければ戻ってくる筈だ。
「ミラ?」
呼びかけても返事はない。
周りを見ても、あるのは富士山に繋がる洞窟だけ。
ここは行き止まりだ。ミラがいるとしたら入ってきた入口側に違いない。
私は急いで入口に向かって歩きだした。
すると、入口の方から誰かがこちらに向かって歩いてきたのが見えた。
他の観光客かと思ったが、手にはロウソクを持たず暗い道を私の方にまっすぐ歩いてくる。
顔は見えないけど背は高く、芯が抜けてしまったようにヨタヨタと歩いてくる姿はまるで亡者のようだった。
やがてその誰かは私のすぐ側までやってくると、ピタリと止まって私を見下ろした。
「こんにちわ」
ぬめり気のあるまとわりつく声で私に挨拶をしてきたのは、女性だった。
長身に見合うスラッと伸びた長い脚に、細い茎のような首。
その細い首に乗っかった端正な顔には生気がまるで感じられなかった。
最初に感じた亡者という印象にぴったりで、セミロングで手入れのされていない髪が余計にそう感じさせた。
目の前に立つ亡者は、細い目で私を見るとニヤァと不気味な笑顔を見せた。
「近くで見ると結構かわいいな。名前は?」
「あの、あなた誰ですか?」
「うん? どうでもいいじゃんそんなの。名前は?」
「私、連れを探しているので失礼します」
その女性の横を通り抜けようとすると、ぐっと腕を掴まれてしまった。
「ようやく二人になれたんだから少し話したいんだ。名前は?」
腕を振りほどこうと思ったが凄い力で握られている。おそらく私の力で振りほどくのは無理だ。
そして分かってしまった。
この人、人間じゃない。
「私は犬飼未明子。あなたステラ・アルマですね」
「おお。そういうの分かるのか。なら話が早いな。私はフォーマルハウト。よろしくな」
「よろしくです。もしかしてあなたがミラをどこかにやったんですか?」
「ミラって一緒にいたステラ・アルマか? あの子ならちょっと移動してもらった。別に危害は加えてないし、すぐそこにいるよ」
「私に何の用ですか?」
「凄いな君。さっきまでちょっとビビってたのに、あの子の話をしたらいきなり闘争心剥き出しだ。そんなにあの子が大事か?」
「分かってますよね。恋人を大事にしないステラ・カントルなんていないでしょう?」
私は握られた腕を逆に強く握り返した。
どこかのお姉さんならへこへこ逃げるつもりだったけど、相手がステラ・アルマなら話は別だ。
この人がどういう立場の人であれ、私がどういう立場の人間かは分かっている筈だ。
「待て待て待て。おっかないな君。私を殺す気だろ。女子高生だよな。覚悟決まりすぎじゃないか?」
「ミラに何かした段階で私にとっては敵ですから。殺される覚悟がないなら手を出して来ないでください」
「ったく。戦い以外での殺し合いは禁止されてるだろ。まさか私の方が脅されるとは思ってなかったよ」
フォーマルハウトと名乗ったステラ・アルマは握っていた私の手を離した。
「……いや、私が手を離したんだから君も手を離しなよ」
「どうして? せっかく掴んだ敵の手を離す訳ないでしょ? あなたの目的が分かるまで離す気はないし、返答によっては覚悟してもらいますよ」
もしミラに何かをする気なら相手の方が力が強いとかは関係ない。
幸い周りは岩肌だ。申し訳ないが掴んだ手はそのまま岩に叩きつけさせてもらう。
私は掴んだ手に更に力を込めた。
「君、周りから面白い人って言われないか? この状況で私に挑んでくる子がいるとは思わなかったよ」
「さあ? 私、友達少ないんで。いいから目的」
「別にたいした目的はないさ。さっき言った通り君がどういう人間かちょっと話してみたかっただけだよ」
「じゃあもう帰ってもらっていいですか? たくさんお話しできましたよね」
「うん。君が十分面白い子だと言うのは分かったよ。さすが姫が選んだだけのことはある」
「今日私はミラとデートなので。これ以上時間をとらせないで下さい」
「どうだろう。今度一緒にお茶でも飲まないか?」
会話が成立しない。
すごい嫌悪感が湧く。
斗垣さんとはまた違った嫌な感じだ。
「あたなが私達と一緒に戦う仲間になるんだったら考えます」
「おお。思ったより好反応で驚いた! 絶対断られると思ったのに。よし、何だか私も君の事が気に入ってきたし、今日はここで退散するとしよう」
フォーマルハウトは掴んでいる私の手にそっと触れると、丁寧に自分の手から引き剥がした。
警戒は解かない。妙な動きをするようなら横腹に蹴りを入れてやるつもりだ。
「わざわざ来た甲斐があったな。じゃあ犬飼未明子、近いうちにまた会おう」
「もう二度と顔を見せないでください」
「おいおい。姫と同じセリフを言わないでくれよ」
そう言うと、その女性はニヤニヤしながら、来た時と同じようにフラフラとした足取りで岩屋の入口の方に向かって歩いて行った。
ようやく姿が見えなくなって、大きく息を吐く。
私に会いに来た? 何の為に?
結局あの人が何をしに来たのか要領を得なかったが、今はとにかくミラの方が重要だ。
彼女を探さなくては。
私が岩屋の入口に戻ろうと走り出すと、向こうからもこちらにかけてくる影が見えた。
一瞬さっきの女性が戻ってきたのかと思ったが、近づくにつれてそれがミラだと分かった。
「未明子!」
「ミラ!」
ミラが私の方に向かって走ってきたので、何となくそのまま抱きしめてしまった。
いきなり抱きしめられると思っていなかったのか、ミラが「ふぇ」みたいな鳴き声を出す。
「良かったぁ。いきなりいなくなったから何処に行っちゃったのかと思った」
「ごめんね! いつの間にか隣の岩屋に行っちゃったみたい。おかしいな、未明子の隣にいたと思ったのに」
「まあ洞窟は暗いからね。方向感覚もなくなるし」
「でも隣の岩屋に行くのには一度外に出るんだよ? 方向感覚なくなるからってそこまで離れるかな」
「もしかしてまたアニマ酔いしてるのかも。ここに来るまでにカフェがあったし、そこで一休みしようか」
「え? う、うん……。私そんなフラフラしてたかなぁ」
ちょっと強引なごまかし方だったかな? でもとりあえずミラが無事で良かった。
あの女性、フォーマルハウトと名乗っていたっけ。
フォーマルハウトがどうやってミラを隣の岩屋に移動させたのかは検討もつかないけど、怪我とかはしていないみたいで安心した。
「未明子……抱きしめてくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと苦しいかも」
「あ! ごめん」
言われてミラを解放する。
自分で思っていたより力を込めてしまっていたようだ。
それだけミラが心配だったんだと思う。
まだデートの途中だし、変な気分にさせるのも嫌だからいま起きた事はミラには話さないでおこう。
この後の予定もあるからここで帰ろうって事態になるのは勘弁だ。
私の記憶が間違っていなければフォーマルハウトは「みなみのうお座α星」つまり1等星。
今まで全く出てこなかった1等星がとうとう姿を現した。
同じ世界にいるんだから敵ではないと願いたいけど、友好的な相手とも思えなかった。
私は不安になった心をごまかすように、ミラと手を繋いで岩屋を後にした。




