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第42話 夕まぐれにあたたかい風は小さな微笑み②


「犯人って……な、何の事ですか!?」


 いきなり犯人よばわりされてもそもそも罪を犯した覚えが無い。

 罪状は何だと問い返そうと思うと、狭黒さんが珍しく真剣な目で私を見つめて来た。


「変わった子だと思っていたけど君は何者なんだい?」

「何者も何も、いつもの私ですよ!?」


 狭黒さんは次にセレーネさんの方を見て怪訝な表情を浮かべる。


「これこそデータ不足だ。通常ではあり得ないが、実際に起こっているから納得するしかないだろう」


 諦めの混じったセレーネさんの声を聞いて、狭黒さんも諦念を抱いたようだった。

 顎に手をあてて、うーんと唸っている。


「あのぉ……私いま何をされたのか教えてもらってもいいですか?」

「そうだな。いきなり乱暴な事をしてすまなかった。いまのは犬飼のアニマ供給量を測らせてもらったんだ」

「その棒でですか?」

「そうだ。これでステラ・カントルの唾液に含まれるアニマの量を測定する事ができるんだ」


 ぱっと見、ただの棒にしか見えない物はどうやら高性能なアイテムだったらしい。

 ミラの治療に使ったライトも懐中電灯にしか見えなかったし、凄い効果のあるアイテムの割に見た目が地味なのはセレーネさんのセンスなのだろうか。

 

 狭黒さんはセレーネさんが持っているその棒をもう一度じっくり見ると、私に向かって言った。

 

「さっき変身前にキスをしてアニマを供給すると説明したね? 軽いキスで供給できるアニマの量は個人差はあるが数値にするとだいたい1,000前後。私達の中で一番高い五月くんでも1,700だった。これがもっと濃厚な、いわゆるディープキスだと2,000を超える」

「キスでそんなに供給できるんですか!?」

「だからこそステラ・アルマとステラ・カントルの絆は大切なのさ」


 キス一回で20分近くロボットに変身できるアニマを供給できるなら、そりゃあセッ……セックスで得られるアニマは膨大だろう。


「で、君の唾液にどれくらいのアニマが含まれているか調べたんだが……」

「まさか全然含まれてなかったんですか!?」

「7,000だ」

「……え?」

「犬飼の唾液には数値で表すと7,000ものアニマが含まれておる」

「こ、ぉっ!!」


 思わず叫んでしまった。


 な……7,000!?


 普通の人が2,000くらいって話なのに、その三倍以上の数値が出るなんて私の唾液濃すぎないか!?

 アニマの量が高いってだけで、私の唾液は他の人より粘度が高くて色の染みた樹液みたいなイメージになってしまった。

 嫌だ。口から樹液を吐く女は嫌だ。


「繰り返すがあり得ない。ワタシ達が作り上げたラピスがようやく15,000に届いた所なのに、お前の唾液はその半分近い数値を出している。人間から得られるエネルギーとはとても思えない」

「いやそんな事を言われても……。でもそれと私が犯人って事に何の関係があるんですか?」

「お前さっきアルフィルクの飲んでいたコーヒーを一口もらっただろう」

「貰いましたね。……え!? もしかしてその時についた私の唾液のせいで!?」

「アルフィルクはいわゆるアニマ酔いを起こして倒れたんだ」


 アニマ酔い!? 私のアニマの濃さのせいで倒れちゃったって事!?

 コーヒーを飲むのに使ったストローで、あんないわゆる間接キスでもアニマを供給しちゃうの!?


「おそらくアルフィルクはすでにキャパシティギリギリくらいまでアニマが溜まっていたんじゃないか?」


 セレーネさんが狭黒さんの方をチラリと見る。

 狭黒さんは片手を額にあてながらウンウンと頷いた。


「まあ昨晩はお楽しみだったからねぇ。ここのところずっとベッタリだったし、アニマが全快だったとしても不思議ではないね」

「そこに7,000ものアニマを取り込んでしまったら完全にキャパオーバーだ。ぶっ倒れても仕方がない」

「ええ……じゃあセレーネさんが言った通り、アルフィルクをこんな風にした犯人は私じゃん」

「そういう事になるな」


 自分でも知らない内に友達を酔わせて潰す事になるなんて。

 うぅ……ごめんねアルフィルク。まさかそんな事情があるとは知らず軽率にコーヒーを貰っちゃって。

 でもそうなると私とずっと一緒にいたミラはどうして大丈夫だったんだろう?


「なるほどそういう事か! 未明子くんと付き合うようになってから妙にミラくんのテンションが高い時があったのは、未明子くんのアニマにあてられていたんだ!」

「ほげー!」

「ほげーじゃないよ。ミラくんのアニマキャパシティが40,000なんて馬鹿げた数値になったのも、君がずっと濃厚なアニマを供給し続けたのが原因だろう」

「まさか私のせいでミラのキャラが崩壊してたんですか!?」

「君と付き合う事でだんだん素が出てきたんだと思っていたのに、ただ酔っ払っていただけだったのか。そういえば君、ミラくんのコアの中で吐いたって言っていたね?」

「吐きました……」

「その直後じゃないかい? 君がミラくんに襲われたのは」


 操縦席で吐いたって事は、私の体液がコアの中にこぼれたって事だ。

 口から唾液を摂取してもそんなに効果が高いのに、直接本体であるコアの中に体液が入ったらどれだけの影響があったんだろう。

 言われてみればあの日教室でのテンションも異様に高かったし、部屋に遊びに行った時の勢いも凄かった。

 あれ全部、本当の意味で私のせいだったのか。

 

「何で私、そんなにアニマの供給量が高いんでしょうか?」

「全然分からん。今のところ体質としか言いようがない」

「君、体が星と同じガスとかで構成されてるんじゃないかい?」

「ピチピチの肉体ですよ!」


 生まれて17年間ずっとこの体で生きてきた。

 健康診断で問題があったことはないし、ましてや体がガスでできていたなんて事はない。

 地球で育ってきた記憶もあるし、実は私もステラ・アルマでしたなんて事は絶対にない筈だ。


「しかしまずいな。そうなると戦いの終わった後ならいざ知らず、今のアニマが潤沢なミラに更にアニマを供給したらアルフィルクと同じようにパンクするかもしれない」

「え? つまり?」

「犬飼。お前は今日ミラと絶対にキスをするな。性交なんてもってのほかだ」


 えええええええええっ!!


 そりゃあミラが病み上がりだからえっちしようなんて思っていなかったけど、久しぶりに会うんだからちゅーくらいはしたかった。

 と言うか絶対する流れになる気がする。

 そんな雰囲気になった上でキス禁止なんてこくすぎる。

 

「分かりやすく落ち込んだねぇ。でも今の病み上がり状態でパンクなんてしたらまた具合が悪くなるんじゃないかい? 相手の体の事を考えてあげるのも大切だよ」

「分かってますけど、血気盛んな若者に我慢はきついです……」


 今後もし、気分が盛り上がってえっちする流れになったらどうしたらいいんだろう。

 ミラがよっぽどアニマを消費している時しかそういう事はできないんじゃないだろうか。


「私がミラとえっちするとどれくらいアニマを供給しちゃうんですか?」

「ふむ。犬飼の場合だとそうだな……割合計算でしかないが、おそらく15,000から下手したら20,000くらいの供給値になるかもしれない」

「そ、それ戦い終わった後じゃないと無理って事ですよね!? え? 私ミラとえっちする為には戦闘でアニマを消費しまくらないとダメなんですか!?」

「そこまで極端ではないかもしれないがあまり頻繁にするのは控えた方がいいかもしれないな」

「はぁーッ!? なんで!? どうして好きな相手とえっちするのに条件が出てくるの!? 私の体どうなってるの!? 嫌ーーーーッ!!」

「本音が出たねぇ」

「叫びたいのはワタシの方だ。今のラピスを作るのにどれだけ苦労したと思っているんだ。ワタシ達の長年の研究を一瞬で飛び越えおって」


 セレーネさんが肩を落として落胆していた。

 だが私にとってはラピスがどうという話よりも、ミラとの付き合いに制限をかけられる方が大きな問題だった。

 ただでさえ女の子には調子のいい日と悪い日があるのに更に気にしなくてはいけない事が増えるなんて嫌だ。

 別に体を重ねるだけが付き合いじゃないんだけどさ、そういう雰囲気になった時にお預けにされるのは悲しいじゃない。


「セレーネさん。例えば未明子くんの唾液を集めるだけ集めてアニマの濃度を薄くする事はできないのかい?」

「ううむ……我々も人間の何がアニマの根源になっているか完全に理解はしていないから、そういう試みで濃度を薄くできるかどうかは判断できないな。それに女性の体にどういう影響がでるか分からないような事はしたくない」


 セレーネさんの気遣いは有り難いが、私としては何か対策が取れないか検討したかった。

 アニマを必要とするステラ・アルマの大きな助けになれるのは結構だけど、現状私の助けにはなっていない。

 もしコントロールできる方法があるならそれを知りたい。


「犬飼、とりあえずもうちょっと唾液を貰っても良いか? 少しこちらで調査してみる」

「私ので良ければ好きなだけ持っていって下さい! うぇぇ、えろえろえろ」

「アホか! 入れ物を持ってくるからちょっと待ってろ!」

「私がさっきのアルフィルクのコーヒーを飲んじゃうからそこに入れようかね」


 狭黒さんがささっとコーヒーを飲みきってくれたので、その中にこれでもかとヨダレを垂らしてセレーネさんに手渡した。


「うーむ。犬飼の唾液を凝縮したらラピスができるんじゃないか?」

「未明子くんのヨダレが原料のラピスとかちょっと嫌だなぁ」

「正直私も嫌です」


 自分の唾液の塊をミラに飲ますのは嫌だし、他のステラ・アルマの体に入っていくのはもっと嫌だ。

 今後は誰かに一口ちょうだいとか言うのは気をつけなきゃな。


「とにかく犬飼、今日は分かってるな」

「はい。ミラとはキスしま……はぁ〜……しません」

「よろしい」

「アルフィルクもまさか未明子くんの唾液にノックアウトされるとはね。戦いでは引き分けたのに、まさか間接キスで敗北するなんて面白いね」


 その事実、できるなら本人には黙っておいてほしい。

 別に私は悪くないのに何故かこっぴどく怒られる気がする。


 その話題のアルフィルクはどうなったのかと様子を見ると、少しだけ熱が下がってきたのか顔色が良くなっていた。ひとまず安心そうだ。


 安心すると共に、セレーネさんに聞きたい事があったのを思い出した。

 セレーネさんに会うのは戦いの直前が多いから、余裕のあるこの機会に聞いてみよう。


「あの、セレーネさんに聞きたい事があったんでした」

「ほう。答えられる事なら答えよう。何が聞きたいんだ?」


 セレーネさんは被っている帽子を正すと、私に向き直った。

 な、なんで突然そんなに真面目モードになるんだ?

 そんなにたいした事じゃないから軽く聞いてくれればいいのに。 


「いつも戦闘フィールドに移動する際に作ってくれるゲートなんですけど、中に入ると少しだけ光の空間を移動するじゃないですか。あれって何なんですか?」


 ミラやアルフィルクが作るゲートは、くぐるとすぐに別のユニバースに移動する。

 なのにセレーネさんが開くゲートは毎回謎の光の空間を移動するのがずっと気になっていた。

 

「ああなんだ、あれの事か。よろしい、説明してやろう」


 セレーネさんがあからさまに肩の力を抜いたのが分かった。

 何を聞かれると思ったのだろうか。


「ステラ・アルマがゲートを開くのには扉かそれに近い物が必要なのは知っているか?」

「さっきアルフィルクに聞きました」

「そのゲートは別のユニバースの同じ場所に繋がっている。例えばそこの非常階段を使ってゲートを開いた場合、ゲートを通った先は非常階段の向こう側だ。それに対してワタシが作るゲートは場所を移動する事ができる」

「言われてみれば! いつも別の街に飛ばされますもんね」

「ゲートを通った対象を別の場所に移動させる為にあの光の空間を設けている。XとX′を繋げるのではなく、XとYを繋げる回廊だな」

「へえー。あの光の空間で出口以外のところに間違って突っ込んじゃったらどうなるんですか?」

「入口と出口以外からどこかに出られる事はない。両方の口を閉じてしまえばあそこは密閉空間だ」

「良かったぁ。いつか中で転んで変な所に飛ばされるんじゃないかとビクビクしてました」

「転ばないように落ち着いて歩こうな。そんな質問をしてきたのはお前が初めてだぞ。最初に会った時といい犬飼は着眼点が独特だな」


 セレーネさんは関心しているんだか呆れているんだか、少し高い声を出す。

 相変わらず顔は見えないけど声でどんな表情をしているかは何となく分かってきた。


「あと、前回の戦いの後で私が動けた理由も聞きたくて」

「ん? それはどういう事だ?」

「操縦席に乗ったままステラ・アルマの変身が解除されると、ステラ・カントルも動けなくなるって認識だったんですけど、前回の戦いでミラに乗ったまま変身解除になったのに全然動けたのは何でかなって」


 戦いが終わってこちらの世界に戻ってきた時、ミラはロボット形態から人型に戻っていた。

 と言う事は光の空間の中で変身が強制解除されていたと考えるのが自然だろう。

 そうなると私は、こちらに戻ってきた時にミラと同じようにへばって動けなくなっている筈なのだ。


「そういう事か。確かにお前目線だとそこは疑問になるな」

「あの光の空間だとそのルールが無効になったりするんですか?」


 もしそういう裏ルール的なのがあるんだったらそれは知っておきたい。

 さっき狭黒さんが言ったラピスの件もそうだけど、それを知っている事によって立てられる作戦・対策もある。


「変身が強制解除された時に操縦席に乗っていた場合、ステラ・アルマとステラ・カントルの体調がリンクするというルールはどこにいても変わらない。あの時は光の回廊の途中で犬飼とミラを別々のポイントに戻るように調整したんだ。それが終わってからミラの変身が解除されたんだろう。それならばお前の体調には影響が無い」


 やっぱりそうだったのか。

 アルフィルクが管理人は任意の対象を好きな場所に移動できると言っていたのを聞いた時にそうじゃないかと思っていた。

 普段の戦闘後にステラ・アルマとステラ・カントルが別々の場所に戻されるのもそういう事態を考慮しての事なんだろう。


「そう言えばあの時は九曜も似たような状況だったな」

「あれ? でも九曜さんはあっちの世界でツィーさんを探したみたいな事を言ってましたよ。って事は強制解除に巻き込まれなかったんですか?」

「なんと変身解除の直前にツィーが九曜を操縦席から吐き出したらしい。ユニバースを薄皮一枚で移動したりアイツは変なところで器用だからな」

「な、何か凄いですね」


 あの時のツィーさんは負傷で死にかけていたのにそんな所まで気を使っていたのか。

 でも例えば、死にかけて変身を強制解除されて動けない時に、ステラ・カントルまで動けなくなっていたら死の確率が上がってしまう。

 そういう事を想定して、あらかじめ訓練とかしていたのかもしれないな。

 戦いが終わった時に周りに無事な仲間がいるとは限らないから、自分達だけが生き残った時の為の技術と言えなくもない。



「あれ? そう言えばツィーさんってまだ奥の部屋で寝てるんですか?」

「あいつなら昨日帰ったぞ」

「ええ!? あんな死ぬ寸前だったのに!?」

「元々の回復力も高いし今回は治療も施しているからな。飛び起きるなり九曜と肉を食べに行くと言って元気に出て行った」

「本当に凄いなあの人! 大怪我しても大人しくできないのか!」


 人間だってただの体調不良から回復していきなり動き回るのなんて無理なのに、あんなグチャグチャの負傷から回復したその日にヘビーな食事に行くとかやっぱり体の作りが違うんだなぁ。

 数日前に死んじゃうんじゃないかと心配したのが嘘のようだ。

 まあ元気ならそれに越した事はないのだが。



「そろそろミラくんの準備も整ったんじゃないかい?」


 狭黒さんに言われてハッとする。

 思わず話し込んでしまったので、すでに結構な時間が経っていた。

 これだけ時間があれば流石にもうサッパリしている頃だろう。


「あ、じゃあそろそろ行こうかな」

「くどいようだが分かっているな?」

「だ……大丈夫ですよ。私だってやる時はやる!」

「やらないようにって言ってるんだけどねえ。ミラくんも病み上がりでそこまで元気はないだろうし、お大事にと伝えておいてくれたまえ」

「分かりました!」


 私は荷物を持って非常階段の方に向かおうとして、すぐに体を反転させた。 


「あのー、恐縮なのですが帰りのゲートを開いて頂けると……」


 ミラがいなくてアルフィルクが倒れてしまった今、よく考えたら元のユニバースに帰る方法が無かった。

 となるとセレーネさんにゲートを作ってもらうしかない。

 

「おお、そうだったな。いつもみんな勝手に帰っていくから失念していた。せっかくだから唾液サンプル提供の礼を込めてミラの家の付近にゲートの出口を開いてやろう」

「ありがとうございます! それはとても助かります」

「ただし誰かに見られていないか用心しろよ」

「はい!」


 なんたるグッドサービス!

 ここからミラの家まで、また汗だくになる覚悟だったので本当に有難い。

 せっかくミラが綺麗にしてくれているのに私が汗まみれなんてできれば避けたい。

 

 セレーネさんが手をかざすと何もない空間にゲートが開く。

 今までボケーと見ていたけれど、これって管理人しかできない凄い技だったんだな。



 私はセレーネさんと狭黒さんに軽く礼をすると、ゲートの中に飛び込んだ。







「……さて、狭黒。犬飼が来る前にしていた話の続きをするのか?」

「勿論。今日はそちらの方が本題だったからね」


 未明子がここにやってくる前、二人は全く別の話をしていた。

 聞かれたくない話だったので未明子が来た事によってやむなく話を中断したが、彼女が去った今、話題は再びそこに戻ったのだった。


「あなたが斗垣・コスモス・桔梗に力を貸していたというのは本当なのかい?」

「何故お前が突然そう言いだしたのか、ワタシにはさっぱり分からないな」

「彼女が最後に言ったんだ。こんなに協力してくれたのにごめんね、と」

「聞き間違いじゃないのか?」

「いや、聞いた。確かに聞いた。私は自信を持って質問をしているよ」


 狭黒夜明の目からは先ほどまでの穏やかさは消え、まるで敵を睨むような鋭い目つきに変わっていた。

 管理人セレーネは別の世界の者達に何らかの加担をしている。

 もしそれが真実なら、目の前に立っている管理人は自分達に何か隠し事をしている事になる。

 今まで協力的だったのも情が合った訳ではなく別の意図があったのかもしれない。

 そうは思いたくはない。

 何か事情があったのだと信じるためにも、真実を聞き出さなくてはいけない。

 

「さっき未明子くんからも同じ事を聞かれると思ったのかい? やけに肩に力が入っていたね。彼女はこの事に関しては全く知らない筈だ」

「……そろそろ話す時が来たのかもしれないな」

「……何をだい?」

「管理人とは何か。セレーネとは何者かについてだ」

「セレーネさんはあなたの事じゃないのかい?」

「ワタシはセレーネだ。しかしそれはワタシの名前ではない」

「謎かけみたいだね。私はあなたを信用してもいいのかな?」

「今からこの戦いについてまだ触れていない事を話そう。その上で信用するかどうか決めればいい。ただしこの話はお前だけに話す。これを他の者に共有するかはお前が判断してくれ」

「……承知した」


 そう言うとセレーネは目深に被った帽子を両手で掴み、ゆっくりとその帽子を脱いだのだった。  






「よし。周りには誰もいない……と……」


 ミラの家のすぐ近く、普段から人気ひとけのない地下駐車場の影にできたゲートから周りを伺うと、するりと外に飛び出した。

 私が出るとゲートが閉じてそこには何も無くなった。

 

「ひゃー。こういう風に使うとセレーネさんのゲートって超便利だな」


 このゲートを使った移動はどこまで行けるんだろう?

 その気になったら海外まで行けたりするのだろうか。

 そうなったらみんなで海外旅行とか行き放題じゃん。

 

 などと楽しい妄想をしつつミラの家の前まで歩く。

 駐車場から出てここまで歩いただけでも太陽は容赦なく体を焼いた。

 こんな暑い中歩いてくるのは地獄だったので、ここまで送ってもらえて本当に良かった。


 ミラの家の前まで来ると、立ち止まって汗拭きシートで体を拭いた。

 学校から秘密基地まで走って汗をかいたので念のためだ。

 体臭チェック、髪型チェック、よし。 


 準備を整えるとミラの家のインターホンを押した。

 ピンポーンと言う音が鳴り、中からバタバタと足音が聞こえる。


 一瞬、間があいて首をかしげていると勢いよくドアが開く。

 そこには目をキラキラさせて「わぁっ」と大きく口を開いたミラが立っていた。


「あ、ミラ! 久しぶ……」

「未明子〜〜〜っ!!!」


 言い切る前にミラがこちらに走ってきてそのまま私を抱きしめた。

 あまりの勢いにぐえっと声が漏れてしまったが、ミラの柔らかい体が私を包む。

 ふわっとお風呂あがりのいい匂いが鼻を刺激して心臓がドキドキする。


「会いたかったよ! もう何年も会ってなかったみたい! 上がって上がって!」

「う、うん。そうさせてもらうね……ってあれ?」


 よく見るとミラの両腕には包帯が巻かれていた。

 ドアを開けてくれたから手は動かせるみたいだけど、もしかしてまだ完治していなかったのだろうか。


「その腕大丈夫なの?」

「え? ……ああ、ちょっとまだ治ってなくて。握るくらいはできるけど物は持てないかな」

「ええ!! 大変じゃん!!」

「でも未明子をおもてなしくらいはできるよ。ほら、上がって!」


 手に巻かれた包帯の痛々しさに反して元気に誘われる。

 無理をしているように感じて心が痛む。


 私は玄関で靴を脱ぐと部屋に上がらせてもらった。


 もう何度も来た部屋なので勝手知ったるところだが、部屋の中にはいつもと違う匂いが漂っていた。

 どうやらアロマを焚いているらしい。

 爽やかでありつつ少しだけ甘い、なんとも落ち着く匂いだ。

  

 いつもの場所に座らせてもらい学校の鞄を置く。

 向き直ると、いつの間にか隣にミラが座っていた。


「び、びっくりしたぁ!」


 隣に座るミラはニコニコこちらを見ている。

 たった数日会えなかっただけなのに本当に久しぶりに会った様に感じる。

 今日も抜群に可愛い私の彼女は、笑顔を向けながらしかし何かを我慢しているように見えた。


「ど、どうかした?」

「え? えーとね……えへへへ……」


 こういう時のミラは何か言いたい事かやりたい事があるのに気を使って我慢している。

 放っておくとそのまま何もせずに後から落ち込んじゃうパターンなので、早めに発散させてあげたほうがいい。


「何か我慢してるんだったら気にしなくていいよ」

「本当に? あの……未明子を、吸いたいの」

「吸いたい!?」


 全く予想していなかった返答が返ってきた。

 吸う? 吸うって何?

 私は別に吸いこめるような物ではないのだが。

 あれかな。猫に顔を埋めて呼吸するとかそういうのを言ってるのかな。

 別に減る物じゃないし全然構わないんだけど、ちょっと恥ずかしい気はする。


「じゃ、じゃあ、どうぞ……」

 

 私がおそるおそるそう言うと、ミラは目を輝かせて再び私を力強く抱きしめた。


「スンスンスンスンスンスンスン」

「めっちゃ吸うじゃん!!」

「いい匂い。未明子いい匂いだよ」

「さっき制汗シートで拭いたからその匂いかな」

「違うの。そういうのじゃなくて、未明子の匂いがいいの」


 すごい勢いで髪やら首筋の匂いを嗅がれている。

 そんなにいい匂いをさせているとは思えないけど、ミラが満足ならいいか。

 こうやって密着してると私もミラの匂いを間近で嗅げるし。


 はぁ……落ち着く。

 少し高い体温、体の柔らかさ、ふわふわの髪の毛。

 全部私が大好きなミラだ。

 私の体にミラの存在が染みていく。

 このぬくもりをお預けされた数日間がいかに辛かったかを実感するなぁ。


「家に上がらせてもらってこんな事を言うのは変かもしれないけど、おかえりミラ。もう体調は大丈夫なの?」

「ただいま。体調はもう大丈夫。後はこの腕を治すだけだよ」


 包帯を巻いた腕が視界に入る。

 それと共に自分がミラの腕を酷使してしまった事を後悔した。


「ごめんね。ああするしかなかったとは言えミラをまた傷つけちゃった」

「ううん。こうして生きて未明子と触れられるだけで満足だよ」

「今回は本当に危ない状態にさせちゃったしさ」

「セレーネさんに聞いたよ。戦いの後、未明子が助けてくれたんでしょ?」 

「私が助けたって言うかセレーネさんの道具のおかげなんだけど」

「ラピスだっけ? 確かそれを口移しでくれたんだよね?」

「そ、そうだね。あの時ミラは気を失ってたし」

「じゃあ未明子のキスを一回味わえなかったんだね。……今、その一回分を貰ってもいい?」


 あ、この流れ。いかんやつだ。

 早くもキスする流れになってしまった。

 いや仕方ないよね。恋人同士が久しぶりに会ったんだもん、キスくらいしたくなるよ。

 私だってめっちゃしたい。今すぐしたい。なんなら明日の朝までずっとちゅっちゅしていたい。


 でもダメなんだよミラ。

 いまキスをするとミラが危険なんだよ。

 下手をするとまた体調を崩すかもしれないんだ。

 好きだからこそ我慢しなきゃいけない時なんだよ。


 揺れ動く気持ちを強い意思でとどめた私は、万感の思いを込めてそれを口に出した。


「ミラ、よく聞いて。今日はキスできない」



 その言葉を聞いたミラは、目を見開いたまま数秒固まってしまった。

 絵に描いたようなショックの受け方だ。

 漫画だと「ぴしっ!」とでもオノマトペがついてそうな顔をしている。 


 だんだんとその顔が歪んで泣き顔に変わると、ついにポロポロ涙を流し始めた。

 ひっ、ひっ、と痙攣するような呼吸が続き、ミラはふっと大きく息を吸い込んだ。

 


 ……これはやばい。

 できるなら対策したいけど、今は抱きしめられてて腕が動かせない。


 私はこの後自分の身に起こる事を覚悟した。



「なんでーーーーーーッ!!!???」



 いまだかつてない彼女の大声に、私の鼓膜が悲鳴をあげた。


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