第38話 甘く香る愛のバレットで⑪
「突き破れええッ! ファブリチウス!!」
渾身の叫びと共にファブリチウスの全力全開の砲撃が放たれた。
砲身から撃ち出されたビームがいつもの赤色から青色に変わっている。
まるでステラ・アルマの瞳のように深い青のビームは、通常の砲撃とは比べ物にならないほど大きく、そして力強くなっていた。
威力に比例するように体に返ってくる反動も尋常では無い。
まるでジェットコースターに乗っているかのようなGが体を襲う。
ビルを背にしていなかったら戦闘領域の端まで吹き飛ばされていたかもしれない。
だが私の考えは少し甘かったようだ。
背中を支えていても殺しきれない反動でビルに体がめり込み始めた。
このまま撃ち続ければビルは崩壊するだろう。
その時が耐えられる最後だ。
敵の固有武装から放たれたエネルギーの波は、ちょうどあちらとこちらの中間地点でファブリチウスのビームとぶつかった。
敵の攻撃規模の方が大きくて全てを押し返す事はできないが、何とか狭黒さんとアルフィルクを守れるくらいの範囲はカバーできている。
分かっていた事だが、相手の攻撃を押し返せなければいずれこちらが力尽きる。
ファブリチウスの砲撃は威力を上げれば上げるほど放射時間が短くなるからだ。
出力強化をしていてもあとどれくらい保つか分からない。
だから、私は五月さんとツィーさんに賭けた。
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ガキィンッ!!
けたたましい金属音が鳴り響く。
アイヴァンでの渾身の突き上げが敵の腕に命中した音だ。
敵の固有武装が放たれる前に効果範囲から抜け出したアタシは敵の懐に潜り込んだ。
目的は、固有武装を放っている腕を弾く事。
これだけの威力がある攻撃だ、剣を構えている腕を弾けばその威力に振り回されて狙いがつかなくなる筈だ。
「残念だったね! アルファラスを撃っている時の僕は無防備になる。それを補う為のマルカブの装甲さ」
装甲の守りの無い関節部を狙ったが攻撃を弾き返されてしまった。
どうやらこの技を放っている時は関節を含め全身を守られているようだ。
とは言え、その可能性は考えていた。
そうでなければこんな大規模なエネルギーを扱う技、あの剣が耐えられる訳がない。
通常であれば、あの量のエネルギーが集まっただけで剣に変形しているステラ・アルマは破壊される。
ならば装甲になっているステラ・アルマが剣も含めて何か防御的な補助をしているに違いない。
つまりこの技は3体のステラ・アルマが合体して初めて放てる技なのだ。
発動中は本体を含め装甲も剣もかなりの防御力になっていると考えた方がいいだろう。
「タダでさえ硬いのに、更に硬くなるなっての!」
「お褒めにあずかり光栄だ。これであの二人は確実に死ぬ。その後は今度こそ君達にトドメを刺させてもらうよ!」
敵の腕を弾く作戦は失敗だった。
こちらの渾身の一撃が効かなかった以上、更に攻撃を加えても効果は無い。
ただし攻撃によるならば、だ。
「じゃあやろっか、ツィー!」
「ああ。まさにこの時の為の訓練だったな!」
二人で訓練を積んだとっておきを出す時が来た。
ツィーの持つアイヴァンとナビィは二刀で一つの固有武装。
この二刀こそがツィーを代表する武器であり、ツィーの強さを支えていた。
だがツィーはもう一つ固有武装を持っている。
これまでの戦闘で使用しなかったのは、扱いが非常に難しく有効的な使い方をできなかったからだ。
それをここ数ヶ月でようやくものにする事ができた。
その固有武装の名は「ツィー」
自身と同じ名前を持った、鞭を意味する固有武装だ。
右手の甲にあるホルスターが開き、そこから銀色に光る数百本の金属の糸が飛び出てきた。
それは金属なのにきめ細やかで、まるで女性の柔らかな髪のような糸だった。
この金属の糸が固有武装。
意識すれば一本一本を自由に操作する事が可能で、理論上全ての糸を別々に動かす事ができる。
逆に言うとこの固有武装を使いこなすには、大量の糸全てに意識を集中しなければいけない。
それがこの固有武装の難易度を上げていた。
戦闘中、常に移り変わっていく状況を分析・把握しながらこの糸全てを操作するには脳のリソースが圧倒的に足りない。
そこでこの大量の糸を、一つの大きな束として認識できるように訓練を重ねたのだ。
手の甲から伸びる糸を、さも腕の延長かのように意識を集中して一塊にまとめ上げる。
そのまとまった糸の塊は名前の通り銀色の鞭のようだった。
その鞭をしならせ、敵に向かって放つ。
鞭は目にも止まらぬ速さで敵の腕に命中した。
本来、この本数の糸がまともにヒットすれば腕を切断していたところだが、敵がこの状態では効果がないようだ。
しかし目的は腕を切断する事では無い。
鞭となった糸を操作して敵の両腕に巻きつける。
そして隙間なく巻き上げると、力強く縛り上げた。
「ここに来て新しい武器かい? この糸で攻撃の軸をずらそうと言うのか。果たして君の力でそれが叶うかな?」
今度は左手のホルスターから糸を出すと、背中側にある背の高いビルに向けて放つ。
同じように糸を操作して、ビルに糸を括り付けた。
自分を起点として両手から出ている糸を引き絞る。
ビルを重りとして敵の腕を引っ張るが、やはり動かせそうには無かった。
「あんたのパワーは嫌って言うほど身に染みてるからね。力で勝負するつもりなんてないよ」
「ではどうするね? 未明子の砲撃の威力も弱まってきたよ」
「まあ見てなって!」
糸が出ている両腕のホルスターから「プシュッ!」という煙が出ると、ホルスターがパージされた。
こうなると糸を操作する事はできなくなるが、手元から糸を離す事ができる。
自分という支柱がなくなって地面に落ちた両方の糸を拾い上げると、素早く結び合わせた。
先ほどまでは間に自分の体が入っていたが、これで敵の腕とビルが直接繋がった事になる。
「まさか……!」
敵がこちらのやろうとしている事に気づいたようだが、無視して敵の腕と繋がっているビルに向かって走った。
素早くビルに辿り着くと、アイヴァンを一閃してビルの足元を斬り崩す。
アイヴァンの切れ味なら鉄筋やコンクリートを切断するなんてワケはない。
「いやー今日はたくさん建物が倒れる日だね」
壁面の一部を失ったビルに蹴りを入れる。
自然、支えがなくなったビルは蹴られた方向に倒れる事になる。
倒れていくビルに引かれて糸が張り詰め、当然糸に繋がっている敵の腕も引っ張られる。
ステラ・アルマのパワーが強いと言ってもせいぜい十数トンを動かせる程度だ。
数千トンの重量に抵抗できる訳が無い。
「う、うおおおおおおおッ!!」
ビルの倒壊に腕を引かれ、放っていた攻撃ごと倒壊方向にずらされる。
それどころか、もはや攻撃自体を維持する事ができなくなり、そのまま倒壊したビルに体ごと連れ去られていった。
ビルが完全に倒れ、地面を揺るがすような大音響が鳴り響く。
倒壊による振動で周りの建物が上下に揺れると、あたりに土煙が立ち込めた。
「いえーい。ご愁傷さまー」
作戦成功。
見事、敵の固有武装による攻撃を中断させる事ができた。
敵の攻撃を中断させる事には成功したが、肝心の二人がどうなったかが心配だ。
「未明子ちゃん!! 大丈夫!?」
土煙が酷いせいで、目視では確認できない。
向こうにいる誰でもいいから、通信を返してくれる事を願う。
《……な》
「な?」
《何とか生き残りました!》
未明子ちゃんの元気な声が聞こえてきた。
しかしこれは通常の通信ではなく、セレーネさんのゲートを使った通信だ。
《本当にギリギリでしたが砲撃での相殺が間に合いました。でもミラが倒れちゃって、モニターも真っ暗になっちゃったんです!》
「それミラちゃん気絶しちゃったんだよ! え、でも変身が解けた訳じゃないんだよね?」
《はい。私まだ操縦席に座ってます》
通常ステラ・アルマが気を失ったら変身も解けてしまう。
そうなっていないという事は考えられるのは一つしかない。
「ミラちゃんが気を失いながらも未明子ちゃんの為に変身を維持してるって事だよ!」
《そんな事できるんですか!?》
「未明子ちゃんを危険に晒さない為に、信じられないくらい強い意志で頑張ってるって事だと思う」
《ええ!? ミラに無理して欲しくないのに》
「後で褒めてあげて。普通そんなの無理だから」
《分かりました。ミラ、ごめんねぇ……》
二人が無事だったのは嬉しいが、何にせよミラちゃんはもう戦えないと言う事だ。
まだ敵を倒した訳ではないのに最大戦力が欠けるのは痛手だ。
「そう言えばざくろっちとアルフィルクは……」
その言葉を言い終える前に、背後に迫る殺気に気づいた。
振り返って確認するまでも無く素早く体を動かし距離を取る。
殺気を向けられている方には、瓦礫の山の上で仁王立ちする敵が見えた。
固有武装による攻撃が不完全な形で止められたせいか、装甲と剣が熱を持っているみたいに赤く染まっている。
前回あの技を撃たれた時には、剣が煙を吹き出してクールダウンしていた。
それが行われていない事を考えると、あんな風に攻撃を中断される事は想定外で、事後処理がうまくいっていないのかもしれない。
敵が、腕に繋がっている糸を斬り裂いた。
固有武装だけあってビル倒壊の張力にも耐えうる強い糸なのだが、あっさりと斬られてしまった。
あんな状態でもやはりあの剣の攻撃力は底知れない。
敵がこちらに向かって歩いてくる。
固有武装を使わせたが、まだあの剣と装甲は健在だ。
このまま戦って勝てるかは正直分からなかった。
「君達は本当に強いね。まさかアルファラスまで切り抜けるとは思わなかったよ」
「あんた達もちゃんと強かったね。見くびってたのは謝るわ」
横目でモニターのダメージレポートを見る。
ツィーの左手のヒビはさっきより酷くなっていて、もうナヴィを振れるか分からない。
そして腹部の損傷はもっと酷くて、お腹全体が赤色に染まってしまった。
あたり前だけどさっきより症状は悪くなっている。
つまりもう勝ったとしてもツィーは重症だ。
「ツィー。アタシこいつをやっつけたいんだけど」
『そうだな。私もこいつを分からせてやりたい』
「もうちょっとだけ無茶してもいい?」
『ここで諦めたらみんな死ぬからな。頑張るしかない』
「うん。ごめんね」
せめてあの装甲だけでも何とかなれば。
不調状態のいまだったら連続で攻撃を加えれば破壊できるかもしれないけど、ツィーがこの負傷では継続的な攻撃は無理だ。
何とか装甲の合間を縫って攻撃を与えるしかない。
敵もかなりのダメージを負っている今ならできるはずだ。
「九曜五月。僕たちをここまで追い込んだ君の事は決して忘れないよ」
「私は別にあんたの事を覚えていたくはないけどね」
お互いに小さく笑いを漏らす。
そしてお互いに武器を構えると、相手に向かって走り出した。
「おおおおおおおおッ!!」
「うわあああああああッ!!」
「盛り上がっているところ悪いけど、私の事も忘れないで欲しいな」
その声がどこから聞こえてきたのか分からなかった。
ただ、視界の先、向かってくる敵のすぐ隣に見慣れた機体が見えた。
その機体が、装備していた銃器をすべて敵に向ける。
『「アル・カワキブ・アル・フィルク!!」』
敵の側面からありったけの射撃が加えられる。
出し惜しみの無い、全弾発射だ。
その攻撃は敵の装甲の左胸に集中していた。
おそらくいま敵の中で一番攻撃されたくない箇所だ。
突然の側面からの攻撃によって敵がよろける中、雨のように注がれる弾丸。
命中する度に爆発が起こり、その爆発が連鎖的に大きくなる頃
明らかに射撃とは異なる爆発が起こった。
「ああ!! マルカブ!!」
その声はマルカブの操縦者、桝形菊の声だった。
それは声というよりも悲鳴。
人が最期の瞬間に出す、命を振り絞った魂の音だった。
途端。
敵の体で大きな爆発が起こる。
装甲が攻撃に耐えられなくなり爆発したのだった。
それはつまり、装甲に変形していたステラ・アルマが破壊された事を意味していた。
爆発に巻き込まれた敵が大きく後ずさる。
纏っていた装甲は跡形もなく消えて本体が剥き出しになっていた。
赤と黒をメインとした灰色の混ざったボディ。
あれが本来のアルフェラッツの機体色のようだ。
「いやあああああああああッ!! 姉さん!!」
今度は妹の叫び声が上がる。
マルカブは撤退する間もなく破壊された。
ステラ・アルマが跡形もなく消えたなら、桝形菊も同じく跡形もなく消えた。
「ごめんね秋明くん。勝つ為にはこうするしかないんだ」
「お前ええええッ! お前ええええッ!!」
破壊された街に響き渡るように怨嗟の叫びが放たれる。
悲痛なその叫びと共に、敵が目の前の相手に剣を振りおろした。
それは今までの剣撃のような精彩さは消えて、キレのないただ剣を振っただけの攻撃だった。
持っていたアサルトライフルの側面でその剣を受け止めるが、剣の威力によってアサルトライフルは斬られてしまう。
破壊されたアサルトライフルが爆発を起こした。
「ざくろっち!!」
機体がその爆発で吹き飛ばされる。
そのまま地面を転がると、ぐったりと倒れ込んでしまった。
あの技の後はクールタイムで機体は動けなくなる。
敵がトドメを刺すために剣を構えて倒れた機体に近寄っていく。
ざくろっちがやられる!
この距離だと走っても間に合わない。
ならば
アタシは敵に向けてナヴィの刀身を発射した。
刀身が一直線に敵に向かう。
飛んでくる刀身に気づいた敵が、反転して刀身を叩き落とした。
効かなくてもいいよ。その一瞬が貰えればこっちはアンタに近づける!
「ツィーくん! ”あれ” を使う時だ!!」
敵に向かう間に通信が入る。
アタシじゃなくてツィー宛って事は、今度こそ戦闘前に言っていた ”あれ” に違いない。
敵の装甲が破壊された今、温存しておいた切り札を使う時が来たのだ。
アタシは、アイヴァンを構えて敵に突進した。
全力疾走での接敵。
敵がこちらに構え直した頃には、すでにアイヴァンの射程距離に入っていた。
ここからは、お互いに相手の一撃が致命傷になる。
大剣による攻撃種別は多くない。
基本的には振り下ろすか薙ぎ払うか、またはパワーを活かした突進のどれかだ。
敵がこの状況でどういう攻撃を選択するのか見極めその隙を突いていく、アタシの得意とする戦法だ。
すると敵が剣を横に寝かせた。
この構えから考えられるのは、剣を横に振り抜く ”薙ぎ払い” 。
と、いつもなら判断しただろう。
ただし先ほどまでの両手握りから、片手握りになっているのが引っかかった。
片手で握れば剣のスピードが落ちて威力も落ちる。
代わりに切り返しやすくなるが、ならば初手に薙ぎ払いを選択するだろうか?
嫌な予感がする。
薙ぎ払いを避けて斬りかかるつもりだったが、行動を攻撃から回避に変更して敵の左側に大きく避けた。
次の瞬間。
敵は持っていた大剣をこちらに投げつけて来た。
巨大な剣が回転しながら体のすぐ横を通り抜けていく。
命中こそしなかったが、回転によって発生した強い風圧が体を撫でていった。
大きく避けなければ直撃していた。
体を潰されていたか、当たりどころが悪ければ切断されていたかもしれない。
「大剣だからと言ってこういう使い方をするとは思わなかったかな?」
「アンタの事だからなんか仕掛けてくるとは思ってたよ。でもいいの? 武器なくなっちゃったよ」
「まさか。いま投げたのは剣だが、ステラ・アルマでもあるんだよ」
投げられた剣は、軌道上の建物を破壊しながらこちらに戻ってきていた。
あんな大きさの武器を投げて戻って来るのは違和感しかない。
「変形しててもある程度は動けるんだ! 面倒だね!」
「菊を倒して安心しているのかもしれないが、それでも2対1なのは変わらない!」
そう。
この状況においてはまだ2対1なのだ。
最悪アルフェラッツを刺し違えて倒しても、シェアトが変形を解除して襲ってきたらこちらの負けになる。
ならば、まず狙うべきはあの剣の方だ。
アルフェラッツの固有武装の影響で不調状態の今なら、マルガブと同じで破壊できる筈だ。
問題は斬り込み方。
普通に斬り込んでも刃で弾き返されてしまう。
やるなら刃の側面か持ち手を狙うべきだが、敵との技量差を考えると手元を狙うのは難しい。
ならば狙うは刃の側面だ。
「前にツィーの家で読んだ漫画に出てきた技をやってみてもいい?」
『五月が真似したいって言ってたやつか。構わんがぶっつけ本番で大丈夫か?』
「大丈夫! 頭の中で千回繰り返したから」
大剣が回転しながら敵の手元に戻ってくる。
柄を掴むと、こちらに構え直した。
ざくろっちと戦った敵がブーメランを使ってるみたいな事を言ってた気がするけど、まさにそんな感じだ。
あんなサイズの大きいブーメランをポンポン投げられたら街の形が変わっちゃうから勘弁して欲しいけどね。
投げた剣が本体とは別の動きをするのは厄介だ。
その気になれば剣を投げた上で、本体が肉弾戦を仕掛けてくるかもしれない。
そうしたら剣の動きを追えなくなって戻ってきたところをやられる。
そうならない為には投げる暇を与えずに攻撃するしかない。
アタシは一気に敵の間合いに入りこんだ。
そして狙いをつけられないように激しく左右に動き回る。
「ふふ。こんなに戦ってるのに元気だね」
「運動だけは得意なんだ」
「ちなみに一番得意なスポーツはなんだい?」
「バスケ! たまに大会とか出てるから観に来たら?」
「それは楽しみだ」
冗談をまじえつつ隙があれば斬り込んでみるが、やはり簡単に弾き返されてしまう。
それでも周囲を動き回り、敵の攻撃を誘う。
左右に動き回る相手に有効な攻撃は決まっている。
「では、こうしよう」
敵が腰を落として再び剣を寝かせて構えた。
そう、薙ぎ払いだ。
今度は両手で握り込んでいるから薙ぎ払ってくるのは間違いない。
大剣の利点はそのリーチ。
そのリーチを活かした横の薙ぎ払いは、左に逃げようが右に逃げようがお構いなしだ。
そして後ろに逃げる相手には一歩踏み込んで距離を詰める。
逃げ場は上か、下か。
前回敵から同じ攻撃をされた時、アタシは下に逃げた。
だから敵はアタシが下に避ける事を想定して、その後に切り返してくる筈だ。
そこが勝負どころ。
「ツィー、タイミングよろしくね」
『分かっている。これだけは五月にまかせられないからな』
うまくいけば大金星。
失敗したら、死。
敵に最も近いところで戦うアタシとツィーは、いつもこの2択の連続だ。
しくじれば死ぬなんて割に合わない事ばっかりやってるけど、こんな状況でもそれに賭けてしまうのは、もしかしたらそういう生き死にのやり取りが好きなのかもしれない。
死ぬのは嫌なのに、命をチップにするのが好きなんて頭がおかしくなっている証拠だ。
でもアタシは、戦いに生き残ってツィーと抱き合った時が一番生きてるって感じる瞬間だと言う事を知ってしまった。
「行くぞ!」
敵がこちらの動きに合わせて、剣を薙ぎ払ってくる。
その食らえば確実に死ぬ一撃を見据え、
途中で軌道を変えられないようにギリギリまで待ち、命中寸前、かかんで回避した。
頭上を振り抜けていく大剣の音が耳に響く。
上から見下ろす敵と、下から見据えるアタシ。
次の瞬間、予想通りに敵は横に振り抜いた大剣を切り返してきた。
そしてこの街を全部壊すんじゃないかってくらいに、全力で剣を振り下ろしてくる。
でも、そこにアタシはいなかった。
「な……なんだと……?」
敵の剣が地面スレスレで止まる。
敵にしてみたら不可解極まりなかっただろう。
間違いなくそこにいた相手が突然消えたのだ。
横からの薙ぎ払いを避けたばかりでそんなに素早く動ける訳がない。
少なくとも視界のどこかにいなくてはおかしい。
でも、いない。
敵が慌てて周りを見渡すが、どうやってもアタシを見つける事はできなかった。
「びっくりするよね。アタシも初めて見た時はびっくりした」
敵の剣のすぐ横。
何もない空間から突然刀が現れる。
その刀を皮切りに、ぼんやりとツィーの体が現れてくる。
何が起こっているのか理解できない敵は、こちらを見て固まっていた。
ナイスリアクション!
「オラアアアッ!!」
アタシは、屈んだ体勢から体を持ち上げると同時に全力でアイヴァンを敵の大剣に叩きつけた。
アイヴァンが大剣の側面にめり込む。
だが破壊するには至らない、もう一押し足りない。
だからそのめり込んだアイヴァンに向けて、全体重を乗せた蹴りを叩き込んだ。
刀に蹴りの力を加える、斬撃+蹴撃の二段攻撃だ。
蹴りの力が加わったアイヴァンは、敵の大剣を真っ二つにした。




