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第36話 甘く香る愛のバレットで⑨

 ツィーさんの固有武装「アイヴァン」と「ナビィ」

 データとしての評価はB。

 見た目は刀のようにスマートで、一見すると大した攻撃力は無いように見える。

 だがそれを扱うツィーさんと、ツィーさんを操縦する九曜さんの技量が高いため想像以上の破壊力を持っているのだ。

 特にアイヴァンの切れ味は凄まじく、過去に2等星の機体を装甲ごと両断した事があるらしい。

 機体が両断されて変身していたステラ・アルマはどうなったかなんて想像したくは無いが、とにかく恐ろしい武器と言う事だ。


 その恐ろしい切れ味の攻撃を何度も受けて破損もしなかったマルカブさんの装甲は、自身が固有武装と言うのに相応しい防御力を持っている。

 だけど、完全に防ぎ切れていたのだろうか。

 ダメージは目に見えないところにも蓄積していく。

 無敵のように感じる装甲も、その見えないダメージを蓄積して綻び始めているに違いない。

 

 ツィーさんが積み上げてくれたその綻びに、私と狭黒さんで穴を開ける。



 

 狭黒さんのガトリングガンとアサルトライフルによる射撃と、私のファブリチウスの砲撃は狙い通り敵の右胸部に命中した。

 だが小さな爆発を起こしただけで、装甲が破壊されるような兆しは見えなかった。 

 敵はこちらの攻撃をものともせずに突っ込んで来る。


「こんな攻撃がマルカブに通用すると思っているのかい? 何発撃ち込もうと傷一つ付けられないよ!!」


 そんなのこちらとしても想定内だ。

 この程度の攻撃で仕留められるなんて思っていない。


 私達は攻撃を放った後、敵に接近される前に距離を取った。 

 接近を許せば一方的にやられる。 

 距離を取って射撃を繰り返すしか無い。



 敵が大剣を振りかぶる。

 ただ持っている剣を振るという動きだけなのに凄まじい威圧感を感じる。

 敵のサイズはこちらとそれほど変わらない筈なのに、その威圧感ゆえに倍以上の巨体に見えてくる。

 

 二手に分かれた私達の間に大剣が勢いよく振り下ろされると、地面が大きく抉れ、周りのビルを破壊するほどの風圧が起こった。


「や、やばっ!!」


 直撃を避けているにも関わらず冗談みたいな衝撃が体を抜けてくる。

 振り下ろされた場所からビル一つほど離れているのにこの威力だ。

 直撃したらどうなるかなんて考えたくは無い。

 

「未明子くん、このまま挟み込む形で離れるんだ!」

「了解!」


 二人で固まっていたら、いつあの恐ろしい威力の固有武装を撃たれるか分からない。

 いや、こんなに威力があるなら普通に攻撃されるだけで二人とも吹き飛ばされてしまう。

 

 私達は敵を挟み込みながら、更に距離を取った。

 二人して距離を離せば攻撃する為にどちらかを追ってくるしかない。

 私が斗垣さんだったら2等星の方を先に倒そうとするだろうからこっちを狙う可能性が高い。

 もしこっちを狙ってくるのなら、攻撃はせずに回避に専念させてもらう。

 その時は狭黒さんが攻撃担当だ。


「さて、どちらを先に狙おうか。ここはやはり遠距離砲撃を持っている未明子かな?」


 まぁそうよな。

 へ! いまさら怖かないやい。

 かかって来いってんだ!


「いえ桔梗様。あっちの煽り女を先に潰しましょう!」


 逃げに徹する覚悟を決めたと思ったら、狭黒さんの挑発が見事に刺さっていた。

 

「よし。秋明がそう言うならそうしよう。確かにザクロちゃんの方は何を企んでるか分からないからね」


 妹ちゃんのワガママ発動かと思ったけど斗垣さんがちゃんと考えているみたいだ。

 よく考えるとあの姉妹をまとめてるの凄いな。


 敵が狭黒さんの方に狙いを定めると、剣を前方に突き出して剣道のような構えを取った。


「君の買いかぶりには礼を言わないとね。私を狙ってくれるなら未明子くんは撃ち放題だ!」

「構わないよ。さっき見た通りあの砲撃ではマルカブの装甲にダメージを与えられない。好きなだけ撃つといいさ!」


 敵が一瞬力を溜めたかと思うと、左足で地面を蹴って突きを繰り出した。

 蹴られた地面が凹むほどの勢いをつけて放たれた突きは目で追うのがやっとな程のスピードが出ていた。

 あんなの、避け方をしくじったら串刺しにされてしまう。

 

「おお、凄い迫力だね! だがこれならどうかな!」


 狭黒さんは敵が突っ込んでくる間に、前方にあるビルの足元をガトリングガンで撃つ。

 

 ある程度撃ち続けると、支柱が折れたのか鈍い音を立ててビルが倒れてきた。

 4階建てくらいのビルが地面に倒れこむと、ズシン! という大きな音と共にビルが崩れて周囲に瓦礫が飛び散る。

 その瓦礫が道路に散らばり、敵と狭黒さんの間に塞がった。


 ビルが崩壊する間にも、狭黒さんは別のビルを撃って道路に崩していた。

 そして敵が突っ込む先に瓦礫の山を築いたのだった。

 


「ふん! こんなもので足止めできると思うなよ!」


 しかし道を塞いでいる瓦礫など気にもとめずに敵は剣を構えて突っ込んで行く。

 瓦礫の山にぶつかるが、除雪車が雪をかき分けるように瓦礫を弾き飛ばしながら進む。


「足止めのつもりは無いよ。それは私の弾さ。クレイモア、全弾発射ッ!!」


 アルフィルクの脛に装備された弾薬庫から無数の弾丸が発射される。

 それは広範囲に広がり、目の前に積まれた瓦礫を巻き込んだ。

 クレイモアの弾にはじかれた瓦礫もまた弾となり、直進していた敵めがけてクレイモアの弾と瓦礫の弾のシャワーが襲った。


「効かない効かない効かないねえええええッ!!!」


 クレイモアの弾と大量の瓦礫を食らっても敵は一向にスピードを落とす事なく突進する。

 自身の突進のスピードも手伝ってかなりの威力になっている筈だが全て装甲で弾いていた。


 瓦礫の山と弾の嵐を切り抜けて、敵が狭黒さんに肉薄する。


「これで終わりだ!!」


 敵の持つ大剣の切っ先が、すべての障害物を突き抜け狭黒さんを捉えた。



 ……かに見えたが、すでにそこには狭黒さんの姿は無かった。



「残念。瓦礫はただの目くらまし。本命はそれさ」

「何!?」


 敵の左右にあるビルの足元にそれぞれハンドグレネードが置かれている。 

 すでに起爆タイマーが進んでいて爆発寸前だ。

 敵は防御姿勢を取るが間に合わず、グレネードが大爆発を起こした。


 グレネード2個分の爆発によって起きた激しい爆音が鳴り響き、爆炎に巻き込まれた左右のビルが崩壊する。

 降り注ぐ大量の瓦礫を回避する事も叶わずに、敵は崩落するビルに押し潰された。


 

「いまだ! 未明子くん!」


 その合図が来る前にすでに私は射撃体勢を取っていた。

 瓦礫の山の中央に敵の存在を感じ取ると、そこを狙ってファブリチウスを発射した。


 ゴオォッ!!


 ビームの発射音とは思えない聞き馴染みの無い音が響き渡る。

 その音と共にファブリチウスから発射されたビームは、いつもの倍以上のサイズだった。

 力強い赤色の巨大なビームが地面に歪なわだちを作る。

 暴力的なパワーを持ったビームが通過すると、射線上にあるビルの窓が次々と割れていった。


 瓦礫の山に着弾したビームは瓦礫を貫通してなおも敵めがけて飛んで行く。

 狙い通りに瓦礫の中央あたりに命中すると、一瞬閃光が迸った後にさっきのハンドグレネードの爆発を越えるほどの大爆発が起こった。



 あたり一面が巨大な爆発に飲み込まれて、巻き上げられた瓦礫が渦を巻く。

 爆発で発生した空気の衝撃波がこちらまで飛んできて、射線上に立っていたビルの残りの窓がすべて割れた。

 飛び散ったガラスが爆風に吹かれて、空に散っていく。



「おぉ……凄い威力だね……。あれ? 未明子くん? なんで転がってるんだい?」

 

 狭黒さんが砲撃に巻き込まれないようにこちらに辿りついた頃、私はお尻を天にかかげた状態で地面に転がっていた。

 自分の射撃の反動があまりに強く、耐えきれずに後ろに倒れてしまったのだ。

 無様な姿を晒してしまったがそれでも撃ち切るまでは頑張ったので褒めてほしい。


「お、起き上がれないので助けてください。流石にこの格好はミラがかわいそうです」

『かっこ悪いよぉ……』

「はいはい。しかし出力強化でここまで威力が上がるなんてビックリだねぇ」



 前回のブリーフィングでの強化案は出力強化でまとまったのだった。

 最初は装甲強化でミラを守りたかったが、みんなの戦い方と、持っている武器を知った時にこのチームには必殺の一撃が足りないと思ったのだった。

 何かそれに該当するものが無いか考えた結果、以前の戦闘中にミラがファブリチウスの出力を調節してくれたのを思い出した。

 あの時は咄嗟の閃きで言い出した事だったが、出力をある程度調整できるなら出力強化で威力をあげる事ができるんじゃないかと思ったのだ。

 そして30000ポイントをすべて出力強化にあてがった結果の威力がこれだ。


 枡形菊さんとの戦いや、ここまでの砲撃は全て威力を極端に落としての砲撃だった。

 私の砲撃は通用しないと思わせておいて、回避できない状況で撃ち込む作戦は無事成功したようだ。

 

「代わりに自力では制御できないですけどね……」

「となると、撃つ時は高い建物に背中を預けて撃たないといけないね」

「あ、それ何かカッコイイですね。次からはそうします」



 ファフリチウスが命中した先では、爆発で起こった炎と煙がいまだに渦を巻いていた。

 ここから見えるだけでもかなり広範囲が崩壊している。

 我ながら恐ろしい威力だ。

 

「あれで決まったと思うかい?」

「ノーダメージって事は無いと思いますが、倒しきれてはいないと思います」


 炎と瓦礫の中にまだステラ・アルマの反応を感じる。

 もし撤退したなら反応は無くなる筈だ。

 反応が残っているという事は少なくとも3体の内、どれかのステラ・アルマはあの中に残っているという事だ。


「さすが特別な2等星。そう簡単には勝たせてくれないか」

「そうですね。でも大丈夫です、まだ……」


 私がそう言いかけた時、何かが凄い勢いで飛んでくるのが見えた。

 それに気づいて瞬間的に防御体勢を取るが、その飛んできた何かに当たってしまった。



 目の前に映る景色が、巻き戻りの映像みたいにどんどん奥に奥にと進んで行く。

 宙に浮いている感覚に支配されて自由に動く事ができない。

 この光景は今までに何度も見たのでもう体が覚えてしまった。

 

 いま私は、吹っ飛ばされている。

 しかも尋常じゃないスピードで。


 すぐにどこかにぶつかって衝撃がくる。

 衝撃に備えた姿勢を取らないとヤバい。

 下手をしたら全身を椅子に打ち付けて気を失うかもしれない。

 それくらいのスピードで吹っ飛ばされている。


 狭黒さんも一緒に当たっていたから同じように吹っ飛ばされているに違い無い。

 向こうはうまく防御できたんだろうか。


 そう頭に浮かんだ瞬間

 バチン! という音と共に目の前が真っ白になった。


 ……。

 ……。


 何がどうなったのか、頭が働かない。

 目の前は相変わらず真っ白なままで何も見えない。

 呼吸もうまくできない。


 ……。

 ……。


 次第に頭がガンガンと痛み始めた。

 それと同時にボンヤリと視界が蘇ってきた。

 目の前のモニターには地面と、ミラの絶望的なダメージ表示が映っていた。

 

 動きたいのに、頭がこのまま動くなと言っている。

 ようやく全身にも痛みを感じ始めた。

 そして、敵の攻撃を食らってしまった事を理解した。

 

 何かがもの凄い早さで飛んできて、私と狭黒さんはそれにぶつかって吹き飛ばされた。

 そして地面に倒れこんでしまったのだ。



 ダメだ!

 それなら早く立ち上がらないと。

 敵が来る!

 痛がっている場合じゃない。

 殺される!

 起きて状況を確認しろ。

 立ち上がれ!



「う、うわああああああッ!!」


 半ば発狂したように叫び声を上げると、立ち上がる事はできなかったが、何とか上体だけは起こす事ができた。

 モニターにはまだ敵の姿は映っていない。

 ただ視界の端に同じように地面に倒れこんでいるアルフィルクの姿が見えた。


「は…はざく……ゲホッ! ゲホッ!」


 声を出そうとした瞬間、激しく咳き込んでうまく声が出せなかった。

 そうとう体を痛めたらしい。


「ミ、ミラ……大丈夫……じゃ、ないよね……?」

『……うん……ちょっとだけ、動けそうにないかな……』


 ミラの声が苦しそうだ。

 あまり想像したくはないけど深刻なダメージを受けているらしい。


「狭黒さん! 大丈夫ですか!? ……狭黒さん!!」

『夜明は気を失ってるみたい。でも大丈夫、生きてはいるわ』

「アルフィルク! アルフィルクは大丈夫なの!?」

『まぁ大丈夫ではないわね。でも多分ミラよりはマシだと思うわ』


 モニターに映っているアルフィルクは酷いダメージを負っているのに、それよりも酷いってミラはどれだけ酷い事になってるんだ……。

 ダメージ表示だけではどうなっているかまでは分からない。 


「ミラ……」

『大丈夫。別にどこかが千切れたとかじゃないから安心して。ただ、ツィーと同じで本体にまでダメージが入っちゃったから、回復するのに少し時間がかかりそうなの」


 私が立ち上がろうと思ってもミラの体が動かないのは、ダメージによって神経接続的なモノの繋がりが悪くなってるからなんだ。


 

 じゃあ、動けないなりに今は頭を働かせるしかない。

 さっきどうやって攻撃されたのか考えるんだ。


 あの状況であり得るとしたら、敵が何かを凄い勢いで投げてきたとしか思えない。

 何を投げてきたんだ? 瓦礫? いや、あの大剣だ。持っていた大剣を投げてきたんだ。

 それに当たって吹っ飛ばされてしまった。


 そうだったとしたらこのダメージはまだラッキーな方だ。

 当たりどころが悪かったらそれこそ私も狭黒さんも真っ二つになっていたかもしれない。

 それが吹っ飛ばされただけなのは不幸中の幸いだと言える。


 でもあんなにすぐに敵の攻撃が来るって事は、ファブリチウスの砲撃はあまり効かなかったんだろうか。

 おかげでこちらは深刻なダメージを受けてしまった。

 もしさっきの攻撃が通用していなかったとすると、こちらの残りの詰め手で勝てるだろうか?


 悪い状況に陥る事が多すぎて、ネガティブな事が頭を巡ると逆に頭が冴えるようになってきてしまった。

 いまはとにかく動かずにミラを休ませるしかない。

 ミラが動けない事には何もできない。

 もしそれまでに敵がやってきたらゲームオーバーだ。



『未明子! 前!』


 アルフィルクが叫ぶ。

 あぁ……余計な事を考えてフラグを立ててしまったのは私の方だったか。



 視界の奥の方、大剣を引きずりながらこちらに向かってくる敵が見えた。

 ゆっくりとこちらに歩いてきているが、敵が辿り着くまでにミラが回復できるとは思えなかった。

 

 私は、死への覚悟を決めた。



 

 敵の足音が次第に近くなり、とうとう私のすぐそばまでやって来た。

 見上げた先で、死神のようにこちらを覗き込んでいる。


 敵の姿を観察すると、さっきの一撃はしっかりとダメージを与えていたようだった。

 あれだけ強固だった装甲にヒビが入っている。

 特にツィーさんが集中的に攻撃していた右胸部はヒビ割れが激しく、あの様子ならもう一撃加えれば破壊する事ができるかもしれない。

 しかも装甲で守られていない本体剥き出し部分にもしっかりダメージが入ったらしく、関節などが焼けコゲていた。

 

「おかしいな。アルフェラッツのシラーでも、君の砲撃にここまでの破壊力があるなんて分析できなかったよ」


 斗垣さんの声に余裕がなくなっている。

 さっきの一撃が有効打だった証拠だ。


「斗垣さんが帰った後に強化したので知らなくて当然ですよ」

「そうか。君の固有武装は出力強化で威力を上げられるタイプなんだね。あやうくマルカブが破壊されるところだったよ」

「くそ……クリティカルヒットだと思ったのに」

「クリティカルヒットだったさ!」


 斗垣さんは剣を持っていない方の手でミラの左足を掴むと、体を宙吊りにした。


「わわわわわッ!」

 

 足を掴まれて逆さまに持ち上げられている。

 自分とそんなに変わらないサイズの機体を片手で持ち上げるなんて、そもそものパワーが違いすぎる。

 そりゃ一撃でやられるワケだ。


 敵がちょうどこちらの顔の位置に大剣の切先を突きつける。

 私のモニターには剣の切っ先しか見えなくなった。


「さて未明子。これで最期になる訳だが約束通りもう一度聞こう。降伏して僕達の仲間にならないか?」


 そう言えばこちらの世界にやって来た時に最後の瞬間まで誘わせてもらうと言っていた。

 これで何回目の勧誘なんだろう。

 全く持って誘いに乗る気はないが、ここまで誘われると少し嬉しい気持ちもある。


「良く考えたまえ。君が断れば僕はこの剣を突き立てる。君はもしかしたら死なないかもしれないが、君のステラ・アルマは確実に死ぬ。それでも僕の誘いを断るかい?」


 逆さまで宙吊りにされているので、当然操縦席も逆さまになっている。

 髪が重力に従ってデコッ八状態になっている私に、とうとうこの選択をする時が来た。


 ここで斗垣さんの誘いに乗れば私とミラは助かる。

 代わりに私達が今まで生きてきた世界は消えて、これからは知らない世界で暮らす事になる。

 知らないと言ってもこことほぼ同じ世界だ。

 同じ学校もあって同じ家もある。


 でもそこで今まで通りに生きていけるのだろうか?

 

 狭黒さんは、アルフィルクと一緒にいられるならどの世界でも構わないと言っていたが、私はそうは思えなかった。

 今まで私が生きてきた世界が私にとっての世界だ。

 それ以外の世界は私にとっては異世界だ。

 そこで暮らす人も、家族も、同じように見えるけど他人だ。

 自分の世界で出会った人達は自分の世界にしかいない。

 その自分の世界が消えるのに、異世界で生きるなんてまっぴらごめんだ。


 それに私の世界はミラと出会えた世界。

 私はミラと出会えたあの世界で、ミラと一緒にいたいんだ。

 だからやっぱり斗垣さんの誘いにはのれない。


 

「斗垣さん。何度聞かれても自分の世界を犠牲にはできないです」

「……そうか。君はそう言うだろうと思っていたよ。本当に残念だ。君がいてくれたら僕達も……いや……」


 宙吊りにされたまま、敵が大剣を振りかぶるのが見えた。


「ごめんねミラ」

『ううん。未明子と一緒ならいいよ』


 このままいけば操縦席ごと斬られる。

 まさか自分も両断される最後を迎えるとは思っていなかった。

 ちゃんと死ねるといいけど、下手に生き延びて自分で死ぬ事もできなくなったら嫌だな。

 

 死ぬ間際の自分の冷静さに驚きながらも、全身の力を抜いて目を閉じると、その時を待った。



 ……。

 ……。


 ガッシャンッ!!


 大きな音が鳴り響く。


 次に私が感じたのは、

 一瞬の浮遊感と、直後の衝撃だった。



「いってえええええッ!!!」


 思いっきり椅子に頭を打ちつけた。



 ……モニターには地面が写っている。

 どうやら地面に激突したようだ。



 もしかしてミラの体が斬られて上半身だけ落下したとかそういうのじゃないだろうな!?

 操縦席は全く斬られていない。

 落下の衝撃で痛いだけで、私自身はピンピンしている。

 それは困る。ミラが死んだなら私もすぐに死にたい。


 でも、あんな大きな剣で斬られてこんなものなのかな?

 ミラが破壊されたなら爆発とかしそうなもんなのに。


 モニターの画面には相変わらず地面しか映っていなくて状況が分からない。



「あー……アルフィルク? もし体が動くなら私の事殺してくれない? 死にぞこなっちゃった」

『ハァ!? 何を突然恐ろしい事言ってるのよ!?』

「だってミラが死んじゃったなら生きてても仕方ないし」

『ちょっと、ミラを勝手に殺さないでくれる!?』

「え!? ミラ生きてるの!?」

『ど、どっこい生きてるんだなぁ……』


 間違いなくミラの声だ。

 どうやら斬って捨てられた訳では無いらしい。


 ミラが生きていてくれたのは嬉しいが、それよりもどうして無事だったかが気になった。

 助かったと思ったのに、結局すぐ殺されたのでは喜ぶ意味も無い。

 あそこから助かる方法は無かった筈だ。


 すると、地面しか見えなかったモニターに誰かの脚が映った。


『よし。借りはすぐ返せたな。ワンコに借りっぱなしとか気分が悪い』

「え、ツィーさん!?」


 なんとか首を動かすと、目の前にツィーさんが立っているのが見えた。

 両手に刀を携えて敵を睨め付けている。


「二人とも時間稼ぎありがとね! ちょっと休んでて!」


 九曜さんの優しい声が、生きる事を諦めていた心を癒してくれる。


 どうやらすんでのところで二人に助けられたみたいだ。

 さっきの大きな音はツィーさんが敵の腕を弾いてくれた音だったらしい。

 ツィーさんの体がボロボロなのは相変わらずだが、私にはヒーローがやってきたように思えた。



「ツィー! 君はまだ戦えるのか!!」


 ツィーさんの復帰は斗垣さんも完全に計算外だったようだ。

 そりゃアルフェラッツさんもツィーさんは完全に潰したって言ったもんな。

 もう一度戦う事になるなんて思ってなかっただろう。

  


『いかにも。お前がトドメを刺すのを躊躇してくれたおかげで大復活だ。五月も何か言ってやれ!』 


 ヒーローが、持っている刀を敵に向けて見得を切る。

 

「劇的な逆転、見せてあげるよ!!」


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