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第32話 甘く香る愛のバレットで⑤

 過去一人で戦ったのは数える程しかない。

 ほとんどの場合、自分が敵の攻撃を受けて五月さんか夜明さんが敵を倒すという戦法をとってきた。

 それが最も長所を活かす戦い方だったからだ。


 だからと言ってメリクは防御しか能がない訳ではない。

 その数える程しかない一人での戦いでも確実に戦果を上げていた。


 メリクの最大の武器はその質量だ。

 当たり前の話だが、物が衝突した時の運動エネルギーはその物体の質量と速度による。

 他のステラ・アルマを遥かに凌駕する質量を持つメリクが、勢い任せにぶつかるだけでそれはもう恐ろしい武器なのだ。


「まさかその巨体で体当たりをしようとしてるの? そんなの絶対あたらないよ」


 敵の言う通りだ。

 止まっている対象ならいざ知らず、動き回る敵に体当たりなど普通はあたらない。

 しかしそこは自分の工夫次第。

 相手の動きを読み取り、最大限に効果のある攻撃を繰り出す。


「突っ込んでくるだけじゃ、いいまとだね!」


 こちらの攻撃をかわした敵が背後に回り込む。

 だがそれは狙い通り。

 その場所に立ってもらう為に、わざとかわしやすい攻撃を出したのだ。


 背後の敵に向かって、右足を軸に高速で体を旋回させた。


「えっ!?」


 メリクの動きは実は素早い。

 素早く動けないと相手の攻撃に対応して防御できないからだ。

 出力強化で更に上がった体の旋回力は、本体の質量と合わさって凄まじい風を起こす。

 その風圧は、メリクを中心に地面が軽く抉れるほどの威力があった。

 

 背後から攻撃を加えようとしていた敵がその発生した風を避けられる筈もなく、風に押されて数十メートルほど吹き飛ばされた。


 重量がそこそこある機体でも風圧だけであれだけ吹き飛ばされるのだ、もし振り回した盾が直撃しようものなら、どのような被害を被るかは想像に難くない。

 これが3等星でありながら、今までの戦いで一度も撤退をした事のないメリクの強さだ。



「痛あッ! 頭打ったんだけど! 何でその巨大でそんなに素早く動くの?」

「人は見かけによらないとは言い得て妙ですね」

「ステラ・アルマは人じゃなくてお星様でしょ!」

「そうでしたね。打った頭からも星が出ましたか?」

「なにそれうまい事言ったつもり!? やっぱり全然お堅い子じゃなかった」


 吹き飛ばされたくらいでは大したダメージにはならなかったのか、敵は素早く立ち上がり構え直した。 


「喋るのが得意では無いとおっしゃいましたが、普通にお喋りされておりますね」

「得意じゃないよ。話さなくて済むなら話したくない」

「……どういう意味でしょうか?」

「それは私にやられた後で考えたら?」


 やはり何か意味があって会話をしていると言う事らしい。

 しかし敵と会話をする事にメリットなどあるのだろうか。 

 

「盾の隙間から攻撃してやろうと思ったけど、やっぱりこれを使わなきゃダメみたいだね」


 敵がこれまで使っていなかった不思議な形の銃を構えた。


 改めて見てもやはり変わったデザインの銃だ。

 銃口が平たく、見ようによっては縦に銃口が並んでいるようにも見える。

 あの形状からどういう弾が発射されるのか検討もつかない。


 敵はその銃を、正面ではなく直角に近いほど上方向に向けた。

 

「アルフェラッツの固有武装は凄いね。こんなに癖のあるアルゲニブの固有武装でもしっかり刺さる相手を見極めてくれるからさ」


 やはりあの銃が固有武装と言う事らしいが、それにしてもあの角度の意味が分からない。

 あれでは弾が明後日の方向に飛んでいってしまう。

 理由は分からないが上方向に盾を構えて防御態勢を取る。


「降り注げ、アルヂャンブ!」


 その言葉と共に放たれたのは、数えきれない程の小さな弾丸だった。

 銃口じゅうこうからすさまじい勢いで弾が発射される。

 まるでホースの蛇口じゃぐちから水が噴き出ているかのようだった。



 台詞から察するに、あの小さな弾が上空から降り注いでくると見て間違いない。

 二枚の盾を重ね合わせて上空からの弾丸の襲来に備える。


 次の瞬間、まるで大雨に打たれたように弾が降ってきた。

 想像していた以上に弾の勢いが強く、盾の向こう側から激しい金属音が鳴り響く。

 だがこの程度の威力であれば問題なく防ぎ切る事ができる。

 あの数の弾をとめどなく撃ち続けているのは脅威だが、盾を破壊するのはとうてい無理そうだ。



 上空からの攻撃をこのままやり過ごそうと思ったその時だった。

 

 ボゴオッ! という音と共に腹部装甲に爆発が起こった。

 その爆発の後、続けざまに二度、三度と連続で爆発が起こる。


 まさか被弾している?

 被弾箇所は盾の守備範囲内だ。盾を貫通しない限りは攻撃を受ける筈はないのだが。


「メリク、何が起こっているか分かりますか?」

『じ、地面見て。弾が反射してる!』


 そう言われて地面を見ると、盾にはじかれずに地面に落ちた弾がビリヤードの玉のようにそこかしこに反射しているのが見えた。

 その内のいくつかが盾の内部方向に反射して、それが装甲にあたって爆発を起こしているようだ。

 あの固有武装は、何かに命中すると反射する弾を撃ち出す武器らしい。


「なるほど。これは確かに癖が強い」


 癖が強いといっても、この状況ではこの上なく有効的な攻撃だ。

 このまま上方向を守り続けていても弾が内側に反射してどんどんダメージが増えていく。

 かと言って反射方向に盾を向けたら上からの攻撃を防ぎ切れない。


 そうなると敵の弾切れを期待したいが、おそらくこういう状況で攻撃する事に特化した固有武装らしく、弾切れには遠そうだった。

  

 この攻撃、素早く動くツィーさんには通じない。

 遠距離から砲撃できるミラさんにも効果が薄い。

 豊富な戦法を持っているアルフィルクさんなら反撃の手段がある。

 この固有武装は対メリク戦で一番強みを発揮する武器だ。


 やはり敵にこちらの情報を抜かれたのは致命的だった。

 あのアルフェラッツというステラ・アルマの固有武装、特別な2等星と言うだけはある。


『ど、どうしよう。そろそろ装甲がもたないかも……』


 メリクが弱音を吐く。 

 このままここで何もできずに嬲り殺しにされるというのも少し興奮するが、それで敗北するのは許容できない。

 何より他のメンバーに申し訳が立たない。

 となればここから逆転の道を探るよりない。


 戦闘はリソースの管理。

 いま自分が持っているリソースを把握し、それを効果的に使用していく事が重要だ。


「メリク、一緒に少し痛い思いをしましょうか」

『へ?』


 雨が止まないなら雨のあたらない場所に移動するしかない。

 上空からの攻撃を盾で防御したまま、走力を全開にする。

 向かう先は敵のいる場所だ。


 ただしこの判断は身を削る覚悟が必要になる。

 本来なら当たらなくていい弾にまで当たらなければいけないからだ。

 防御を続けていたさっきまでより、より多くの弾が反射して体に命中する。


『痛い痛い痛い痛い痛い』

「わたくしも苦しいのでお互い我慢しましょう。ここが荒地で幸いでした。もし建物が残っていたら、そこに反射した弾も被弾していた筈です」


 もし建物が残っていたらと考えると背筋が凍る。

 反射した弾が視界を遮るような空間を走り抜けて行くのはもっと難しかっただろう。 

 この場所で戦えた事が一番のアドバンテージだった。


 敵を見失わないよう狙いを定めて、盾を構えて高速で突進する。



「この弾の中を突っ込んでくるなんていい覚悟だね。でも無駄だってば!」


 敵は固有武装での攻撃を止めると、右に大きくステップして突進を回避した。

 あそこまで離れられると旋回したくらいでは有効的な攻撃にはならない。

 スピードこそ出ているが、この巨体では小回りが利かず回避した相手を追いかける事は難しい。


 だが、敵が回避した方向に体を捻る事はできる。


 スピードは殺さずに体を大きく捻って、右手に持っていた盾を相手に向かって投げ飛ばした。

 加速と遠心力によって勢いのついた盾が正確に敵に向かって飛んで行く。


 ゴッ!!

 

 鈍い音が一度だけ鳴り響いた。


 回避直後でバランスを崩していた敵は、防御が間に合わずに盾と真正面からぶつかった。

 悲鳴も聞こえぬまま、敵は盾に轢かれて吹き飛んで行った。


 あの質量の盾がまともにぶつかったら操縦席の衝撃はどれ程のものだろうか?

 想像したくは無いが、とりあえず効果的な一手を打てたようだ。



「これで倒せていたらいいのですが……」


 メリクの体は、敵の固有武装の攻撃によってほとんどの装甲が剥がれてしまった。

 ここからの攻撃は全て本体にダメージが入っていく。

 それに盾を一つ失っているのでリソースは激減している。


 もしまだ戦闘が続くのであれば辛い戦いになる。

 できればこれでしまいとさせて頂きたい。 



 だがそんな思いもむなしく、吹き飛ばされた敵はヨロヨロと立ち上がった。






〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜






 敵がこれ見よがしに腰に下げている2丁の拳銃が固有武装である事に間違いはない。

 共通武器のハンドガンをカスタムしたにしてはサイズが大きすぎるし、あんなデザインの拳銃は見た事がないからだ。

 解せないのは、あんな使い勝手のいい武器を持ちながらここまで一度も使用していない事だ。


 戦闘が始まるや否や、敵は背中に装備していた共通武器の大鎌を使って接近戦を挑んできた。

 流石2等星と言ったパワーとスピードだったが、捌き切るのはそれほど難しくなかった。


 一度攻撃しては距離を取り、何か仕掛けてくるのかと思えば再び同じ攻撃を繰り返す。

 意図が読めない攻撃だった。

 こちらも射撃で応戦するが、大きく回避されて攻勢に転じる事ができない。


 うまく攻めきれないこちらと、中途半端な攻めを繰り返す敵によって、結果この戦いは振りだしから何も進んでいなかった。



「気持ち悪いねぇ。性能は向こうが上なのに積極的に攻めてこない。だからと言って何か策があるようには思えない動きだ」

『もしかして時間稼ぎが目的って事?』

「その可能性は大いにあるね。だが時間稼ぎをする理由が分からない。私をここに留めておくなら、さっさと倒してしまえばいいんだ。向こうはこちらの戦力を把握していてアルフィルクが3等星だと言う事は分かっているんだからね」


 敵は特別な2等星。

 通常の2等星相手だって大きな差があるのに、目の前にいる敵からはそういった脅威は感じない。

 こちらを油断させる為にわざとそう装っているのか、それとも何か別に理由があるのか。

 そこをハッキリさせておいた方がいいかもしれない。


「アルフィルク。こちらも少し特殊な攻め方をしようかと思うんだ」

『それは構わないけど何をするの?』

「相手に合わせて接近戦を仕掛ける」

『嫌』

「そうか嫌か。こんな時の為に購入しておいたマチェットがあるね。それを使おう」

『だから嫌だって言ってるでしょ! あんな大きな鎌を振り回してくる相手に、ちょっと大きいだけのナイフで戦うとか意味が分からないわ。撃てばいいでしょ撃てば! どれだけ銃器を装備してると思ってるのよ!?』

「さっきからちょくちょく撃ってるけど状況が変わらないじゃないか。ここは敵にとっても意外性のある攻撃で出方を観察するのが得策なのさ。それとも手っ取り早く全弾発射しとくかい?」

『それも嫌』

「よろしい。ならば決まりだ。このまま相手を押し込んでいけば井の頭公園に追い込める。あそこなら動きやすいから戦いようもあるだろう」

『私に拒否権はないのね。まぁ夜明がそうしたいなら任せるわ』


 アルフィルクも私の扱いに慣れたものだ。

 私がこうしたいと言い出したら何を言われようが曲げない事を知っているから、意見の食い違いもすぐに解消できる。

 よくできた恋人だよ。

 


 腰のラックに隠してあるマチェットを取り出すと左手に装備する。

 右手にアサルトライフル、左手にマチェットとはなかなか野性味あふれるスタイルじゃないか。


 こちらの意図に気づいたのか、敵が大鎌を構えて腰を落とす。

 あれだけ大きな獲物だと振った後のスキが大きい。

 こちらが懐に入る挙動を見せている以上、次の攻撃は慎重になる筈だ。

 ようやく緊張感のある戦いになってきたのを感じた。


 マチェットをちらつかせながら敵に向かって突進する。

 素直に接近戦に応じるか、ライフルを警戒して距離を取るか、それともその腰に携えた拳銃を使ってくるか。

 どちらにせよ、これまでのように適当に戦ってはいられない筈だ。


 敵は大鎌を地面に落とすと、両手で腰の拳銃を抜いた。


 そら来た。それを使うのがベストなのは間違いない。

 敵が撃ってくるなら、こちらも止まって射撃合戦といこう。


 しかし次の瞬間、敵は2丁構えた拳銃の内の1丁だけをこちらに向かって投げつけてきた。



 ええ……。

 古今東西広しと言えど、銃を撃たずに投げてくるなんて攻撃方法があるとは思っていなかった。

 もしかして拳銃の形をしているだけで、正体は鈍器なのだろうか。

 いやそれ意味あるのか?


 投擲された拳銃が回転しながらこちらに向かってくる。

 突進状態ではアサルトライフルは使えない。

 仕方なく拳銃を叩き落とそうとマチェットを振りかぶると、その拳銃が目の前でピタリと止まった。

 正確にはこちらに向かって飛んで来なくなったと言うだけで銃そのものはその場で回転したままだ。

 

 ……訳が分からない。


 敵の目前で止まる投擲武器があるのだろうか。

 それとも拳銃に見せかけた鈍器に見せかけた爆弾なのだろうか。

 

 あまりに訳が分からなかったので、叩き落とすのをやめて、訳の分からない物からはとりあえず離れるというセオリー通りに拳銃から距離を取った。


 すると空中で回転していた拳銃が、突然発狂したかのように弾丸を撃ち出し始めた。


 本体が回転しながら銃口の回転軌道上に物凄い勢いで連射している。

 秒間10発くらいは発射されているのではなかろうか。

 さっき拳銃を叩き落とそうと思った位置はその攻撃範囲内だったので、もし距離を取らなかったら今ごろハチの巣にされていただろう。


「おいおいおい。それはそういう事ができる銃じゃないだろ」

「あら。勘がいいんですね。だいたいの人は油断して撃たれるのに」

 

 使っている本人と同じでかなりの変わりモノ武器だ。

 あんな挙動をするなんて想像がつかない。 


 ひとしきり弾を吐き出したその拳銃の射撃が止まると、回転したまま敵の手元に戻って行った。



「飛んだ先で弾を発射するブーメランみたいな物だと思ってもらえばよろしいかと」

「それどういう慣性が働いて手元に戻ってるんだい? 銃のデザイン的にもそんなに弾が込められる訳はないしデタラメがすぎる武器だね」

「理屈に縛られないのが固有武装でしょう? 私も以前、トリモチみたいにへばりついて動きを封じる爆弾の固有武装を見ましたよ」


 何それ面白い。

 相手の意表もつける最高の武器じゃないかトリモチ爆弾。

 

 確かに固有武装には色んなタイプがある。

 ミラくんやツィーくんのように少しだけギミックを備えた正統派の武器や、前回の敵が使っていた有効範囲を形成して体を浮かせるという初見殺しの裏技タイプまで多岐に渡る。

 中でもこういう普通の見た目なのに突拍子もない動きをしてくる武器は非常にやっかいで、先入観が脅威度を上げる。

 今まで彼女が倒してきた敵も、ただの拳銃だと思い込んで不用意に近づいた結果ハチの巣にされたのだろう。


「あのヘンテコな挙動をする銃が二丁か。考えて動かないと逃げ場を塞がれて大鎌でバッサリだね。怖いなぁ」


 口ではそう言うものの私はワクワクしていた。

 我ながら呆れてしまうが、敵の戦略や能力を暴きながら戦うのはただの殺し合いでしかないこのコンチェルターレの楽しみの一つだ。

 しかも今回は敵が明らかに何かを仕掛けてきている。

 それを暴いて行くのは非常に知的好奇心をくすぐられるではないか。


『夜明、何か対策ある?』

「こっちもトリモチ爆弾を作ろう」

『嫌よ。体の中にトリモチが入ってる女の子の気持ち考えた事ある?』

「それ以上に物騒なものを体にたくさん詰めてるじゃないか」

『じゃあ寝てる時に口から吐いてやる』

「よし。やめよう」

『馬鹿な事言ってないで作戦考えて』

「大丈夫だよ。あの固有武装の対策ならすでに考えてある。まずは駅の方に向かおう」

『井の頭公園に行くんじゃなかったの?』

「そうなるようにあのヤンデレくんに誘い込まれていたね。敵にとっても井の頭公園で戦う方が都合が良かったみたいだ」


 戦闘前のポジション取り、敵は井の頭公園方面を向いていた。

 これ幸いとそれに乗ってしまったが敵は最初からそっちに向かって戦うつもりだったんだろう。

 だからわざわざ接近戦をしかけて距離を詰めてきたに違いない。

 なかなかのしたたかさだ。

 

「アルフィルク、未明子くんの邪魔にならないように南側に迂回しながら建物のある場所まで移動だ」


 アサルトライフルで牽制しながら今度はこちらが敵を誘導する。

 敵は嫌がるだろうが、追ってこないならそのまま未明子くんと合流するつもりだった。

 五月くんがモスモスくんに集中できるなら、別にこちらは1対1の戦いにこだわる必要もない。


 こちらが公園から離れて駅方面に移動を始めると、案の定敵はその場にとどまる事を選んだ。

 やはり建物が多い場所には行きたくないのだろう。

 このまま放置するのも面白いが、まぁ一度挑発くらいはしておくか。

 

「おや? 秋明くん。もう私との戦いには満足したのかな?」

「……待ってください。いま私の事を君付けで呼びました?」

「おお、申し訳ない。これは私のただの癖なんだ。気にしないでくれたまえ」

「私の名前が男みたいって言いたいんですか? 酷くないですか? さっき気にしてるって言ったのに」

「いやだからそういう意味で言った訳じゃないよ」

「怒りましたよ。私、怒りました。本当はもう少し嬲るつもりでしたがもう殺します」

「君、もう少し人の話を聞くようにした方がいいよ?」


 こちらが全く意図していない方向で挑発は成功したらしい。

 敵は大鎌を構えてこちらに突進してきた。

 あまりに無鉄砲に向かってくるので少し怖くなってしまうが、向かってくると言うならこのまま街中まで着いてきてもらおう。

 

「うーん。やはりこういうタイプとはあまり関わりたくない」

『夜明の煽りに呆れずに付き合ってくれるんだから、実は相性いいんじゃないの?』

「全然嬉しくないよ。私は人とは健全な付き合いがしたいんだ」

『健全ねぇ……』

「アルフィルク、あの高いビルの前まで行ったら一度攻撃するよ」



 吉祥寺の駅前はそれなりに高い建物が多い。だがその分道の幅が広くて動きやすかった。

 おそらくこの辺りが敵の初期配置地点でもあるので、罠への警戒は怠らないようにしなくては。

 

 目的のビルに辿り着いたので、振り返りアサルトライフルを敵に向かって放つ。

 距離が離れているので軽々と回避されるが、この攻撃に牽制以上の意味はないので特に問題はない。


 問題は無いのだが……。


「遅い」

『何が?』

「相手の移動速度さ。3等星のアルフィルクとそんなに変わらないなんて事があるだろうか」

『何かそれ以外の強みがあるんじゃないの?』

「私もそう思って観察していたんだけど、パワーもスピードも、なんなら固有武装までそれほど脅威じゃない。特別な2等星の機体があんなに平凡というのはおかしい気がするね」

『そうかしら。あの固有武装、結構厄介じゃない?』

「いや、おそらくこの場所ではそこまで使い勝手は良くない筈だよ」


 敵は大鎌を構えてこちらとの距離を計っているが、あのブーメラン拳銃を使ってくる気配はない。


「秋明く……ちゃん! その腰の固有武装、ずはり障害物が多い所ではあまり使えないんじゃないのかい?」

「はて? 何の事でしょう?」

「その拳銃にはセンサーが付いていて、ある程度の大きさの物に反応して銃撃を放つと読んでいる。さっきは叩き落とそうと近寄った時に急に停止したからね」

「そんな事は無いですよ。銃撃は私の任意の場所で行えます」

「そうかい? ならどうして二丁ある銃を両方投げなかったんだい? 任意に発動できるなら私が回避する方にもう一丁を設置されていたら、なす術なく撃たれていたよ」

「……」

「もう一丁を投げた所で、私が近づかなければ発動せずに手元に戻ってしまうんじゃないのかな?」

「さあ、どうなんですかね?」

「ふむ。まあそれを確認する為にこの場所に来たんだ」


 この場所ならその ”ある程度の大きさ” の建物が沢山ある。

 私の予想通りであれば、効果的に発動させるのが難しい筈だ。



 こちらがアサルトライフルを構えると、敵は建物の影に隠れた。

 姿を隠して接近してくるつもりだろう。

 接近戦になれば大鎌も、隙をついて拳銃も使えるかもしれない。

 敵としては当然の行動だ。


 左脛についているクレイモアをパージして、ビルの影に設置する。

 ここに誘い込むように敵を誘導する。私の得意技だ。



 隠れた敵を追いかけていくと、建物の裏には姿はなかった。

 すでにどこかに身を潜めたらしい。

 大きく回り込んでくるつもりか、どこかの影から襲撃してくるつもりか、どちらにせよこちらの次の手は決まっている。


 左肩のホルダーからハンドグレネードを取り出すと、敵が潜んでいるだろうあたりに放り投げた。

 爆発するまでの数秒の間にさっきクレイモアを仕掛けた場所まで戻る。


「2……1……ドーン」


 大きな爆発が起きて、ハンドグレネードが落下したあたりの建物が吹き飛ばされる。

 爆煙と同時に瓦礫と大量の埃が舞い上がり、周囲が煙に包まれた。


 この煙は罠だ。

 敵が隠れる為の目眩しを作ったのだ。

 これで敵がこちらに接近してきたら、銃撃とクレイモアでカウンターをかける。


 敵がどこから現れてもすぐに対応できる位置取りをして周囲に気を配る。

 大鎌以外にも武器を隠し持っているかもしれない。

 その他いくつかの状況をシュミレートし、敵の襲撃を待った。



 ……が、いくら待っても敵が現れない。

 周囲を覆っていた煙も晴れ始めてしまった。



 どうして来ない?

 あれだけ攻めやすい環境を作ったのに……。


 まさか、これに乗じてこの場から離れモスモスくんの方に合流したか?

 個別戦闘を提案してきたのは敵の方だが、無くは無い動きだ。

 それはこちらに取って都合が悪い。

 もしそうなら、今度はこちらが追跡しなければ……


 と思った矢先だった。

 崩壊した建物の中から敵が現れたのだ。

 

 ハンドグレネードの影響範囲にいたのか随分とダメージを負っているように見える。

 ボロボロの体を引きずってヨロヨロと大通りまで歩いてくると、こちらを発見して振り返った。

 

「なかなか大胆な作戦じゃないですか。ちょっとビックリしました」



 さ、作戦じゃないよ!!

 ただ手榴弾を投げただけだよ!!

 作戦と言うならこの後が想定してた作戦だよ!?


 予想していなかった結果になってしまい、かえって頭が混乱する。


 えぇ……何なんだこの敵。

 緻密な計算で戦っているんじゃなかったのか?

 それとも見た通りにただの変わり者の集まりなのか?

 結局、敵の固有武装がここで使えるかどうかの検証もできてない。


 違う意味で気持ちの立て直しが必要になってしまった。

 


《狭黒さん、戦闘中にすいません!》 


 私が混乱した頭を整理していると、セレーネさんのゲートを通して声が聞こえた。

 この声は未明子くんだ。

 ここはまず冷静になって彼女の通信を聞こう。 


《あの、言いにくいんですけど……この敵、弱くないですか?》


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