第31話 甘く香る愛のバレットで④
敵とは三鷹と吉祥寺のちょうど中間あたりで対峙する事となった。
こちらはいつでも攻撃できるように戦闘態勢をとっているのに対して敵はまだ待機状態だ。
余裕があるのか舐められているのか、どちらであろうとスキだらけなので開幕の砲撃を撃ち込んでやろうと狙いをつける。
「待ちたまえ! いま銃を構えたのは未明子だろう?」
斗垣さんからの外部通信だ。
前回の戦いでは戦闘中に敵と話しなどしなかった。
暁さんも言っていたが、敵と会話したところで戦いにくくなるだけだ。
だけど話しかけられたら無視する訳にもいかない。
何か企んでいる可能性もある。
「狭黒さん、敵と会話してもいいですか?」
「敵がそういうつもりなら乗ってみようか。面倒な会話だと思ったら撃っていいよ」
みんなから反対も出なかったのでミラに外部通信をお願いした。
「斗垣さんですよね? 犬飼です。選択って、戦う前に何を選択させるつもりですか?」
「ごきげんよう。こちらの呼びかけに対応してもらえて感謝するよ。選択と言うのは簡単な事さ。このままチームで戦うか、それとも1対1の決闘方式で戦うかの好きな方を選んでもらいたくてね」
チーム戦か決闘方式?
どうしてそれを相手に選択させるんだろうか。
自分達の方が強いと思っているのなら全員でかかってくればいいのに。
「いやなに。こちらは君達の戦力を先に知ってしまっているからね。せめて戦い方を選ばせてあげるのがフェアと思っての提案さ」
フェアと言うなら戦いの前に相手の世界に乗り込んでくるのがすでにフェアじゃない気がする。
自分勝手にやりたいようにやるくせに、こちらを配慮するような素振りを見せるのが腹が立つ。
「決闘方式にするなら君達が好きな相手を選んで構わないよ。僕達は強いから、誰が誰にあたっても勝利は揺るがないからね」
「じゃあ、私達四人で斗垣さん一人を潰すのもありですか?」
敵が一瞬ざわついた。
何の意図があるか知らないが相手のペースに合わせる理由は無い。
こっちは今回チーム戦で行くと決めているんだから、ここに至って選択も何も無い。
「うむ。1対1と言ったつもりだったんだがね。それでも構わないけど、それだと僕一人に全滅させられてしまうと思うがそれでも良いのかな?」
これは舐められてる方だな。
いくら特別な2等星だからと言って4対1で何とかなる程、力の差は無い筈だ。
それを分かっていて挑発しているなら、もう攻撃して開戦にしよう。
「分かりました。こちらはチームで戦うつもりなのでそっちは好きにして下さい」
これ以上会話をしても意味が無いと判断してファブリチウスを構えて狙いをつけた。
こちらの本気が伝わったのか、流石に敵が身構える。
『待て変態ヘタレワンコ』
引鉄を引く寸前、ツィーさんが私を静止した。
「ツィーさん、どうかしたんですか?」
『何かおかしい。あいつらが強いと言ってもあの自信は何か根拠があると考えた方が良さそうだ」
そう言われて少し冷静になる。
頭に血が昇っていた訳ではないが、挑発されて攻撃していのでは相手の思う壺だ。
そうさせるのが目的だったとしたら確かに少し考えが足りなかったかもしれない。
「こちらにワザと攻撃させようとしているとか?」
『そうかもしれないが多分違うな。ちょっと私があいつと話すぞ』
そう言うとツィーさんが前に出る。
『おい、斗垣モスモス! お前範囲攻撃の固有武装を持ってるだろ! こっちがまとめてかかっていったら一気に全員を攻撃するつもりだな?』
「モスモスってかわいい呼び名だね。もうそれで呼んでくれて構わないよ。君があの時のブラウスの少女かな?」
『ブラウスの少女とかキモいなお前。私にはツィーという名前がある。呼ぶならそれで呼べ』
「ツィー。君が何の話をしているのか分からないな」
『とぼけんな。こっちは色んな奴と戦ってるんだ。お前みたいな戦闘準備にやたら時間をかける奴は、だいたいチャージ時間が必要な大技を持ってる奴ばっかりだったんだ。お前もそういう固有武装を持ってるんだろ?』
「おやおや。こっちの固有武装の事までバレてる。誰か向こうに告げ口した?」
あっさりと認めた。
やはりこちらを引っ掛ける為の挑発だったらしい。
ツィーさんに止められなければ危うく乗ってしまうところだった。
「まあいいか。その通りだよツィー。もし君達が一斉にかかって来たら、僕はこの剣を使って君達を残らず蒸発させていただろうね」
『お前の言っている事は大袈裟すぎて意図があまり伝わらん。もう少し普通に喋ってくれないか?』
「いや、大袈裟に喋ってるつもりはないんだけどね。まぁ君達には僕が口から出まかせのホラ吹きに見えているのかもしれないが、僕の言っている事はだいたい正しいよ」
斗垣さんが体ごと右を向くと、周りのメンバーが少し距離を取る。
何かをする気らしく、持っている大剣を両手で真っ直ぐに構えた。
「こっちは方角的に北だから、ここからだと練馬の方になるのかな。誰か練馬に住んでたっけ?」
他の機体が首を振って否定する。
確か九曜さんが練馬に住んでいると言っていた気がするけど、当然無反応だった。
一体何をするつもりなんだ?
「今から僕の言っている事が正しいと証明するよ。アルフェラッツ、いけるよね?」
『私は問題ありませんが、ここでわざわざ切り札を披露するメリットがありません』
「だって、見なよ相手のあの空気。完全に僕の事を馬鹿にしているよ」
馬鹿にしていると言うよりは白けているんだと分かって欲しい。
アルフェラッツさんにまで行動を疑問視されているし、この人はさっきから何がしたいんだろう。
「だから分からせてやるのさ。彼女らがいま、全滅に瀕していると言う事をね」
斗垣さんがそう言うと、巨大な剣を振りかぶり頭上に構えた。
するとあたりがいきなり重苦しい空気に変わる。
まるで全身に見えない重りをつけられたように身体すらも重くなった気がした。
掲げられた大剣が赤黒い光を放つと、バリバリとほと走る電気のようなものがまとわりついて何かのエネルギーが急速に集まっていく。
周囲の大気すらあの剣に吸い込まれていくように、その剣が異様な威圧感を放ち始めた。
「はいはい。みんなちょっと避けてね。アルゲニブはもうちょい下がった方がいいかな。うん、そこなら多分大丈夫」
いま感じている圧倒的なプレッシャーとは相反する軽いやり取りが、余計に恐ろしさを感じさせた。
剣に集まったエネルギーはすでに剣そのものよりも大きくなってはち切れそうになっている。
「地を砕け、アルファラスッ!!」
その声が重い空気を払うようにこだますると、禍々しいエネルギーを纏った剣が勢いよく振り下ろされた。
瞬間、切先から赤黒い閃光が放たれたかと思うと、後を追うように巨大なエネルギーの波が現れて閃光が通った場所を一瞬で飲み込んだ。
エネルギーが荒れ狂う音が耳を貫き、空間そのものが歪んでいるように見えた。
衝撃がこちらにまで届き暴力的な圧力に押し倒されそうになる。
エネルギーの波はすぐに消えて、分断された空気が元通りになると、さっきまで見えていた風景は一変していた。
それはこの世のものとは思えない光景だった。
エネルギーの波が通った場所にあった建物は地面ごと抉り削られて、瓦礫も残らずに消滅している。
残っていたのは、抉られて掘り返された土砂と硝煙だけだった。
その破壊の跡は目に見える範囲では追いきれず、ずっと先の方まで続いている。
慈悲も容赦もなく、攻撃の範囲にあったものは全て無くなってしまった。
「おお! 相変わらず凄い威力だね。練馬を越えて埼玉の方まで行っちゃったんじゃないかな」
巨大な剣の刀身から煙が噴き出ると、その剣を再び地面に突き立ててこちらを振り向いた。
「さて、これで僕が言った事が事実だと分かってもらえたかな?」
正直私は呆気に取られていた。
目の前で起こった事が信じられず、現実感を喪失していた。
ただ、斗垣さんが私達を一撃で全滅させられるのは紛れもなく真実だと分かった。
もしあの時私が攻撃していたら、今の一撃は私達に向けて放たれていたのだ。
言われた通り三鷹の街とともに蒸発していただろう。
その事実がまた私に恐怖を思い出させた。
頭では必死に抗っているものの、気を抜けば膝をついてしまいそうだ。
操縦桿を握る手が震え、嫌な汗が頬を伝う。
何か言い返してやりたいが頭も口も動かない。
「おや? もしかして全員戦意喪失かな? それならば今からでも投降を許可しよう」
投降なんて絶対にしない。
戦う気持ちだって折れていない。
でも、いつもの強がりが口から出てこない。
「……これは、困りましたね……」
内部通信で暁さんのつぶやきが聞こえてきた。
私よりは落ち着いているようだが声に焦りを感じる。
あのいつでも冷静な暁さんが焦っているだけで、今がどれだけ気圧された状態か分かる。
意味が無いと思っていた斗垣さんの一撃は、予想以上の効果を発揮していた。
「いやービックリした! あんなの食らってたらみんな死んでたね!」
「うむ。あれだけの破壊エネルギーをどこから調達しているのか興味深いねぇ」
気持ちで負けそうになっているところに、いつも通りの優しい声と気の抜けた声が聞こえてきた。
九曜さんと狭黒さんだ。
内部通信だけでなく、敵にも聞こえるように外部通信も使っている。
「で、モスモスさんだっけ? そんな必殺技をアタシ達に見せちゃって大丈夫だったの?」
「ツィーくんの懸念した通りいきなり撃たれたらどうにもならなかったが、おかげで対策を打てるよ」
私とは違い二人の声からは強がりなどは全く感じない。
本当にいつも通りの声だった。
「これはステラ・カントルのお嬢さん達の声かな? 凄いね。今のを見ても全然プレッシャーを感じていないみたいだ」
「プレッシャーなんて感じるものかい。それどころか楽しくなって来てしまったよ」
「逆境で真価を発揮するタイプなのかな。お名前を伺っても?」
「君に呼ばれる名なんて持ち合わせていないが、どうしても呼びたいならザクロちゃんと呼んでもらおうか」
ザクロちゃんて!
何故か狭黒さんのテンションがやたら高い。
なんか気落ちしてるのが馬鹿らしくなってきた。
「ザクロちゃん。いい名前だね。そしてもう一人の美しい声の主はツィーのステラ・カントルかな?」
「九曜五月。練馬生まれの練馬育ちだから、いま結構怒ってるよ!」
九曜さんがわざわざ怒っていると口に出したと言う事は本当に怒っているのだろう。
別の世界とはいえ自分が住んでいた街を吹き飛ばされるのはいい気分では無いはずだ。
「五月。君もいい名前だね。まさか練馬住まいだったとは申し訳ない事をした。さっき言ってくれたら別の方向に撃ったのに」
「うっさい! で、個別で戦うんなら確か私とツィーをご指名だったよね」
「そう言えばそちらにお邪魔した時にそう宣言したね。と言う事はチーム戦では無くて1対1をお望みかな?」
「ざくろっち、いいよね?」
「うむ。こうなると個別戦の方が都合が良さそうだ。モスモス君に関する情報を集める必要がある」
狭黒さんまでモスモスと呼び出した。
本当にテンションが高いみたいだ。
今のを見ても動じない二人が心底頼もしいが、個別戦だとこちらが不利になるのは大丈夫なのだろうか。
相手は特別な2等星が3人に、3等星が1人。
全員こちらよりも格上だ。
「すばるくん、未明子くん、申し訳ないが個別戦に付き合ってくれたまえ。あのモスモスくんにはいくつか謎がある。それを解かないと間違いなく負ける」
今度は内部通信での内緒話だ。
間違いなく負けるなんて理論的な狭黒さんから聞きたくない言葉だった。
「謎と言うと、あの方の能力に関してどこか不可解な点があったと言う事でしょうか?」
「そうだね。あんなとてつもない固有武装を、時間をかけてチャージしただけで撃てるのはおかしい。何か他にも条件がある筈さ。それにわざわざ私達に見せつけたのにも理由がある気がするね」
「理由ですか?」
「こちらの世界に乗り込んできたり、威嚇の為だけに切り札を切ったり、あれらの行動がただのパフォーマンスではなく、何か計算があって行われている可能性もある」
今までの行動に意味があったとしたら、そこに何か隠している事があるのかもしれない。
ここまでで知り得た情報ではそれが何かを推測する事ができないから、九曜さんとツィーさんにデータを集めてもらう為に個別戦闘をするという考えみたいだ。
「でもあんな攻撃をしてくる相手を一人で抑えるなんて無茶じゃないですか?」
『バカもの。私と五月だったらあんな予備動作の長い攻撃は絶対あたらん。むしろガンガン撃って消耗してもらった方がありがたい』
「そういう事! 心配しないで大丈夫だよ」
あの攻撃を見せられてそれを絶対食らわないと断言できるのは頼もしすぎる。
ただ、ガンガン撃たれると私は巻き込まれそうで怖いからやめて欲しい。
「そろそろ作戦会議は終わりで良いかな?」
しびれを切らした斗垣さんが地面に刺した剣を引き抜くと、こちらに向かって動き出した。
他の3人も斗垣さんの後をついてくる。
「では五月くんはモスモスくんと、未明子くんはバズーカを持った機体を頼む。すばるくんは肩に盾の付いた機体、私はあの二丁拳銃の機体を担当しよう」
それぞれの相手が決まった。
ちょうど同じような武器を使っている同士が相手だ。
ニ本の剣を使うツィーさんと、巨大な剣を使う機体。
スナイパーライフルのミラと、バズーカの機体。
盾を使うサダルメリクちゃんと、同じく盾を持っている機体。
左右で射撃武器を持っているアルフィルクと、二丁拳銃の機体。
同じような武器を使うならば戦い方の予測もつきやすい。
私達はそれぞれの敵に合わせて移動した。
私の相手はバズーカを持ったあのバッタっぽい機体だ。
まだ少し恐怖は残っているけど、もうそんな事は言ってられない。
こちらの意図が伝わったのか相手もこちらに合わせて移動してくる。
それによって綺麗に1対1に分かれる事ができた。
「ほう。自分に近い武器を合わせてくるとはね。さて、それが吉と出るか凶とでるか見ものだね」
私は吉祥寺に背中を向ける形で敵と対峙した。
三鷹方面は建物が細かく建っているので出来ればこのまま吉祥寺方面に移動しながら戦いたい。
暁さんはさっき斗垣さんが破壊した方面を陣取っている。
あの何も無くなった地形ならサダルメリクちゃんの移動も容易だろう。
敵の作った地形を有効利用するのは流石だ。
九曜さんは三鷹に背を向けている。
あのスピードがあれば障害物があった方が戦いやすいだろうし、敵の大剣も使いにくいだろうからそのまま三鷹方面に戻れば地の利を得られる。
残った南側に狭黒さんと敵が対峙した。
後方には井の頭公園が見えている。
程よく高い建物もあるし、多彩な戦術で戦う狭黒さんにとっては選択肢が多いフィールドだ。
全員うまくパフォーマンスを発揮出来そうなエリアを取る事ができた。
このまま近付き過ぎず、かつ離れ過ぎずを維持したまま各個撃破を目指す。
各機体がジリジリと距離を取り出した。
「それでは戦闘開始だ!」
敵の大将が音頭を取ると、それぞれの戦闘が始まった。
私は戦闘開始と共に後方に移動した。
それぞれの戦いから距離を取るのもあるが、まずは吉祥寺の街を確認したかったからだ。
敵は持っているバズーカを構えながら追いかけてくるがどうやら撃つ気はないようだ。
そのまま吉祥寺の駅付近まで敵を誘導する事ができた。
私は足場が良くすぐに障害物に隠れられる場所を陣取り、ファブリチウスを構えた。
「初めまして犬飼未明子。あんたの事は桔梗から聞いてるよ」
斗垣さんに続いてまたも外部通信で話しかけられた。
今回の敵はみんなおしゃべり好きなんだろうか。
「私は桝形菊。そして私の恋人のマルカブよ。よろしく!」
ステラ・アルマでは無く恋人と紹介されたのに少し驚いた。
いや、この戦いに参加している人はみんなそうなのだが、見た目がバッタっぽい機体を指して恋人と言われると一瞬考えるものがある。
桝形と名乗ったその子は、語気が強い割に爽やかな声をしていた。
姿は見えないが何となくスポーツとか得意そうな気がする。
「知ってると思うけどマルカブはペガスス座の2等星で秋の四辺形のステラ・アルマよ。あんたのステラ・アルマも2等星らしいけどマルカブの方が優秀だからね」
それは聞き捨てならない。
私に比べて腕がいいとかなら許せるけど、ミラと比べて優秀とか言われたら引き下がる訳にはいかない。
ここは言い返しておくべきだと判断した。
「桝形さん! 初めて会うので優秀とか劣っているとかは分からないですけど、これだけは言っておきますね。マルカブさんよりミラの方がかわいいですから!」
……。
……。
……。
敵の反応がないからおそらく固まってるんだろう。
だが私は間違った事は言ってない。
「あ、あんたバカなの!? 何でいきなり恋人自慢始めるのよ!?」
「そっちが恋人自慢するからじゃないですか!」
「そういう意味ではしてないわよ! 私は性能が優秀って言ったの!」
「え。もしかしてかわいさでは負けていると認めるんですか? あー仕方ないですね。私のミラは世界一かわいいですから」
「ちょ、こいつ! 言うに事欠いて私のマルカブを貶めたわね! 許さないんだから!」
『未明子、嬉しいけど恥ずかしいよ…』
「ミラがかわいいので仕方がない」
私にとっては大事なことなので、そこはハッキリさせておかなければいけない。
私の恋人は最強なのだ。
《未明子くん? 戦闘中に敵とどんな会話をしてるんだい?》
セレーネさんに開けてもらったゲートから狭黒さんの声がする。
なるほど、こういう感じで会話できるのか。
「そう言えば私の声はみんなに聞こえてるんでしたね」
《戦闘中もイチャイチャしてるとは恐れ入るねぇ》
「いや、イチャついてませんよ! 敵が挑発してくるから応えただけです」
「君、今日は敵の挑発に乗り気味だから冷静にね?」
《了解です! あ、私の敵は2等星のマルカブさんでした》
「承知した。と言う事は、似たようなフォルムの私の敵も2等星かな?」
未明子くんは別の意味で敵とやりあっているようだが、私の対峙している敵はここに移動してから全く動きが無い。
力無く宙を見上げては「ふぅ……」と息をため息をついているだけだ。
「えーと……そろそろ攻撃しても構わないかな? 出来れば手早く終わらせたいんだ」
モスモスくんに習って外部通信をしかけてみる。
戦闘中に敵とコミュニケーションを取るという発想は無かったが、相手の心理状態を判別できるので悪手ではない。
敵がそれに乗ってくれればの話だが。
「私はいま、考えていたんです……」
「何をだい?」
「どうやったらいち早く姉さんの元に戻れるか……。やっぱり、あなたをさっさと殺すのが最善ですね」
「舐められたものだね。格下だからと言って甘くみない方がいいよ?」
「私がシェアトと一緒に自殺するのが次善かしら……」
「ヤ、ヤンデレくんだーッ!!」
こちらに聞こえるか聞こえないか程の小さな声でボソボソ喋っている敵のステラ・カントルはどうやら少し特殊な子らしい。
「ふふふ、冗談ですよ。初めまして、私の名前は桝形秋明。こんな名前ですけど女です。変ですよね? しゅうめいなんて名前。私はもっと女の子らしい名前を付けて欲しかった。姉さんみたいに。姉さんは菊って名前なんです。菊の花。かわいらしいですよね? 名前に負けないくらい本人もかわいいんですよ?」
非常にマイペースで非常にお姉さん想いである事は分かった。
だが会話がうまくできるタイプかどうかは判断に困るところだ。
「秋明だって菊の名前じゃないか。二人ともいい名前だと思うけどね」
「詳しいんですね。秋明菊と言う菊もありますが、それならば秋明菊と名付けて欲しかったです。どうして菊を取ったんでしょう? 私から菊を取るなんて、まるで私から姉さんを奪ったみたいではないですか」
うーん。やっぱり会話が成立しないタイプだった。
何か怖いし相手のペースになる前に撃ってしまおうかな。
「奪うと言えば姉さんのステラ・アルマ。私の知らないうちに恋人になっているなんて許せません。私から、私から姉さんを奪うなんて」
「君にもステラ・アルマがいるだろう? 大切な人じゃないのかい?」
「シェアトは勿論大切な女性です。でも大切な存在と、最愛の存在は別なのです。私から最愛を奪ったマルカブ。……どうやって亡き者にしてやろうか」
怖い怖い怖い。
自分の姉の恋人に対しての敵意が怖い。
しかもさっきからお姉さんの話しかしてない。
敵のステラ・アルマも判明したし、情報共有だけしてさっさと攻撃しよう。
「えー、リーダーから全員へ。私の敵も2等星だった。つまりすばる君の相手が3等星だ」
《はい。こちらの相手も自分から名乗りました。すでに戦闘に入っております》
《そっちの敵はせっかちさんだねぇ。戦闘タイプはどんなだい?》
「今のところは距離を詰めての肉弾戦です。持っていた不可思議な形の銃はまだ一度も使われていません」
《あんな銃は見た事がないから固有武装の可能性が高い。用心したまえよ》
「了解いたしました」
敵の機体がメリクの盾に蹴りを加える。
こちら程ではないが重量タイプなのでそれなりの衝撃を感じる攻撃だ。
パワーはあるが、スピードは前回戦った2等星程ではないので攻撃を捌くのは難しくは無い。
敵も肉弾攻撃でダメージを与えられるとは思っていないのか、この攻撃は牽制の意味合いが強そうだ。
敵の放った回し蹴りを防御すると、盾で相手の体を押し返した。
「和氣撫子さんとアルゲニブさんでしたか? こちらが名乗れておらず失礼いたしました。わたくしは暁すばる。ステラ・アルマはサダルメリクと申します」
「……私は他の子と違ってあまり喋るのが得意じゃないから、喋りかけられてもあまりお返事できないよ?」
敵のステラ・カントルが、か細い声で返事をする。
撫子。
ツィーさんが自分をそう呼ぶので名前を聞いて少し驚いてしまった。
ステラ・アルマのタイプのみならず、そんなところまで共通点があるとは。
「はい。構いません。わたくしも名乗られたからには名乗り返したいと思っただけでしたので」
「律儀なんだね。見た目通りお堅い子なのかな?」
「そんな事はありませんよ。個人的には遊び心のある方だと思っております」
「そっか。じゃあ楽しく戦いたいね」
「そうですね。お互い恨みっこ無しといたしましょう」
相手も重量級とは言え肉弾戦を挑んでくるタイプだ。
一番警戒しなくてはいけないのは盾を弾き飛ばされる事。
いくら強固な盾を持っていても所詮手持ち武器。
無力化する方法はいくらでもある。
そうされないように気を配りつつ、この戦いで試してみたい技があった。
前回の戦いの時に思いついた、堅実な守りとは真逆のある種バクチのような技だが決まれば敵はひとたまりもないだろう。
……まさか自分がこんな危うい戦いをしようと考えるなんて。
少し未明子さんの影響を受けているのかもしれない。
彼女との出会いで、自分の中にも新しい風が吹き始めたのを感じていた。
できるならばこの風をもう少し感じていたい。
その為にも目の前の敵を倒してこの戦いに勝利しなくては。
「ではメリク、敵を掃滅いたしましょう」
 




