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第25話 重なるその日々は、ねえ④


「うえええええええ未明子に嫌われたあああああああッ」


 一体どうしたものか。


 会ってかれこれ一時間。ミラはずっと私の膝に寄りすがって泣いていた。

 話を聞いてだいたいの事情は理解したけど、まさかこんなに泣き続けるとは思っていなかった。

 と言うより、この子こんな風に泣く子だったんだ。

 いつもニコニコ楽しそうにしていて、大抵のことは笑って流せる余裕のある子だと思っていたのに、こんなに感情を表に出す事があるなんて知らなかった。

 落ち着かせようと頭を撫でたり、背中をさすったりしても、しばらくすると自分が悪かったと叫び出してはまた大泣きするのループに入り込んでしまっている。


「アルフィルク、ずっとミラが寄り添ってるけど、足、しびれてない?」

「これくらい大丈夫よ。それよりミラが脱水症状を起こさないか心配だわ」

「で、でもミラがこんなに泣いてる姿はじめて見るから、ちょっと、興奮する」

「サダルメリクはそういう事を思ってても口に出さないでちょうだい」


 実際こんなに甘えられるなんて初めてだし、個人的にはもうちょっと堪能したい気持ちはある。

 でもそれだと彼女がかわいそうなので何かしら解決策を考えてあげたい。


「ミラ、あなたの気持ちは良く分かったわ。でも泣いていても仕方がないから一緒にどうしたらいいか考えましょ?」

 

 こくこく首を動かしてはいるが一向に泣き止みそうにはない。

 何か気持ちのリセットをしてあげなければ涙が枯れるまで泣き続けるだろう。

 でもこんなミラに何て声をかけてあげれば良いのか見当もつかなかった。

 

「よし。私が何とかしてやろう」


 隣で様子を見ていたツィーが手をポンと叩いて宣言した。

 嫌な予感がする。こういう時のツィーはだいたい何かやらかすからだ。

 ツィーは自分のスマホを取り出して何やら操作すると、スマホの画面をこちらに見せてきた。


「見てみろ。私がこっそり撮影した変態ワンコの変顔集だ」

「あんた何て事してんのよ!」


 思った通り、やっぱり厄介な物を出してきた。

 知らない内に未明子の盗撮写真を撮ってるなんて、余計ミラを泣かせるに決まってる。


「馬鹿者、私は胸を触られてるんだぞ。これくらいの権利はある」

「それあんたの中でどう辻褄合ってるの?」


 そのやり取りを聞いていたのか、ミラの鳴き声がピタリと止んだ。

 やばい。もしかしたら盗撮と聞いて怒っているのかもしれない。

 ミラが怒ったところなんて見た事ないけど、今の情緒不安定な状態なら何が起こっても不思議では無い。


 ヒックヒックと震えながら私の膝から少しだけ体を起こす。

 そこから怒り出すのかと思ったら、そのまま地面を這いずるようにズルズルとツィーの方に向かっていった。


「こ、怖ッ! 何だこの動く焼きそば!」


 なりふり構わずに泣き続けていたせいで、ミラのふわふわな髪の毛は見るも無残にボサボサになっていた。

 その状態で顔を伏せて這いずっているので、確かに得体の知れない生き物みたいになっている。

 だからと言ってそれを動く焼きそば呼びはあまりに心がない。


「で、では、未知の生物を見てしまったツィーは大きな精神的ショックを受けた為、1D100で判定を行ってください」

「うわっ。出目20で判定失敗」

「はい、ではSAN値が3減少します」

「いやあんたら何してるのよ」

「ミ、ミラの気分転換になるかなと思って、ボードゲーム用意してきた」

「落ち込んでる相手にクトゥルフTRPGやらそうとすな! もっと楽しいのが他にいくらでもあるでしょ!? ……ってかツィーのSAN値20以下は低過ぎない?」

「私はAPPとSTR特化だからな」

「自分のキャラメイクミスってるんじゃないわよ」


 馬鹿なやり取りをしている内に未知の生物……では無くミラがツィーにたどり着き、持っているスマホの画面を覗くべく体にへばりつき始めた。


「涙と鼻水でグシャグシャなのに私にへばりつくとは良い度胸だ。その情けない顔を私のフォルダに保存してくれる。はい、チーズ。ふわはははは美人が形無しだなおい」

「最悪ねあんた! ミラ、そんなの放っておいてこっちにおいで」


 戻ってくるように促すもフルフルと頭を振って拒否された。

 どうしても未明子の変顔が見たいらしいが、その間もツィーは容赦無くシャッターを切り続けている。

 悪魔かこいつ。


「仕方ない。そんなに見たいなら見せてやろう。でも本当に変な顔してるからな。100年の恋も冷めるから覚悟しろよ?」


 ミラはうんうんと頷きながらツィーのスマホを受け取ると、食い入るように画面を見つめる。

 しばらく眺めていたが「ぶふっ!」と吹き出したかと思うと突っ伏して笑い始めてしまった。

 

「おお。動く焼きそばが笑う焼きそばに進化した」

「あ、あんな大泣きから一気に笑えるって、未明子さん、どんな変顔してたの……」


 ミラは定期的に「かわいい」と呟きながらスマホの画面に食い入っているが、どうやら落ち着いたようだ。

 確かにあの子をあそこまで笑わせる未明子の変顔は気になるが、とにかく泣く子を鎮めたのは凄い効果だった。


「落ち着いた? 話できそう?」

「んん……ごべんね。もうだひじょぶぶ」


 顔を上げたミラは目を真っ赤にしてグスグスと鼻を拭っていた。

 ツィーが言った通り美人が形無しだ。

 ティッシュを何枚か渡してあげると必死に鼻をかみ始める。


 

「サダルメリク、お水取ってもらえる?」

「分かった。泣き止んだなら、窓も、開けようか?」

「お願いするわ。さ、ミラ。落ち着いたならもう一度詳しく話してもらってもいい?」

「うん。……サダルメリクの作戦通り、家に誘うのは成功したの」


 今回の騒動の仕掛け人はサダルメリクだった。

 ミラから未明子との仲を進展させたいと相談され、サダルメリクが彼女を誘い込むための作戦を考えたのだった。





 〜未明子が部屋に来る前日。ミラの部屋〜


「じ、重要なのは、相手に、準備させる時間を与えない事」

「準備させる時間を与えない?」

「例えばミラが、未明子を家に呼びたい場合、なんて誘う?」

「え? そうだな……未明子、今度うちに遊びにこない?」

「ス、ストレートすぎる。それだと未明子さんはヘタレていつまでも遊びに、こない」

「そうなの?」


 サダルメリクの未明子の分析はなかなか的を射ていた。

 私もその誘い方では未明子は来ないと思っている。

 いつかいつかと言いながら、自分の中で作り上げたミラへの崇拝みたいなのが邪魔をして、手を出すような状況にならないようにするだろう。


「誘うなら、今日、いま、これからって言い方を、する」

「それだと余計に断られない?」

「だから、最初は未明子さんの家に遊びに行きたいって言う」

「それだと未明子の家に遊びに行けるけど、家族がいるからいい雰囲気にはなりにくいような気がするな」

「み、未明子さんの性格的に、ミラをお迎えするなら万全の準備を整えてからにしたいって思うから、いきなりお願いしても、今度って言ってくる可能性が高い。そしたらその時に ”じゃあうちに来て” って誘う」

「最初の誘い方と何か違うの?」

「最初の誘いは、ミラの都合。そこに一度未明子さんの都合を挟ませることで、こちらの言い分を断り辛くする戦法だよ」


 確かに、一度相手の都合で断らせておけば次の言い分は通りやすい。

 彼女からのお願いを何度も断り続けるのは気が引ける筈だ。

 ほんの少しの違いだが、会話の流れとしては悪くない。


「そ、それでもし未明子さんの部屋に遊びに行く事になったら、じゃあ次は私の部屋でって言い出しやすい。と言うか、未明子さんだったら、そのあたりからテンパり始めて自分からミラの部屋に行きたいって言い出しそうな気がする」


 これも私の勘だけど、未明子はそう言い出す気がする。

 あの子、ミラ関係の事になると急にIQ下がる時があるのよね。


「なるほど。そうやって未明子を部屋に誘いこめばいいのね」

「そう。で、でも問題はここから。部屋に誘い込んでも、必ずしも未明子さんがその気になるか分からない」

「そうよね。かたくなに私に手を出さないって宣言してるし。お話だけして終わっちゃうかも。……それはそれでいいなぁ」

「ミ、ミラが日和ってどうするの……」


 この子もこの子で詰めが甘いと言わざるを得ない。

 ミラにはその権利があるんだから、どんどん攻めていきなさいよと言ってしまいたい。

 私だったら、もう部屋に入った時点で事に至るのは確定事項なのに。

 ミラは攻めると強いんだけど、優しいせいで攻めるまでに時間がかかるタイプなのよね。


「そこで、未明子さんがそういう気になるような戦術を、とります」

「戦術ってどんな?」

「まず、部屋着はラフなのを着る」

「せっかくお部屋に来てもらうのにかわいい服で着飾らない方がいいの?」

「しっかりした服を着ていると、相手がハードルを感じてしまう。スキがある方が相手が攻めやすい」

「なるほど!」


 それはそうなんだけど、それをサダルメリクが言うのが怖い。

 この子、純真無垢な顔してるくせに考えている事は悪女だわ。


「次に、ミラの方から早めに揺さぶりを、かける」

「早めに揺さぶり? と、おっしゃいますと?」


 最近ミラが変な言葉使いをする時がある。

 未明子の影響を受けているのかもしれないけど、こういう変な影響は頂けない。

 こんど未明子に女の子らしい喋り方を叩き込んでやろうかしら。


「あまり長く話してると、アクセルを踏み込むのに余計なパワーが必要になる。枕話をしてたら、本題に触れずにそのまま話が終わった経験って、ない?」

「あるかも! 私の友達も告白する為に呼び出したのに、部活の話をしてたら部活の話で盛り上がってそのまま解散になったって言ってた」

「なので、少なくとも、一時間以内には仕掛ける心構えを持つ」

「はー。確かに忠告されなかったらそのまま夜までお喋りしてたかもしれないな。話し疲れて、じゃあこれからって気にはならないもんね」

「仕掛けるなら、物理的に接触していくといいよ。触れ合うと愛情ホルモンが分泌されるから」

「さすがサダルメリク。本当そういう事には詳しいんだね」

「え、えへん」


 褒められる部分それでいいのかしら。

 というよりこの二人の会話、マイペースすぎてヤキモキするわ。

 ツィーなんて話に飽きてぬいぐるみの毛づくろい始めちゃったし。


「それでもまだ押しが必要だったら、とっておきの秘策。未明子さんを別のユニバースに連れ込もう。そしたらもう逃げられない」

「それはやり過ぎじゃない!?」

「そこまでさせる未明子さんが、悪い」


 最後の最後でぶっとんだ作戦が出てきた。

 そこまでやると未明子が怖がる気もするけど、作戦参謀的には許される範囲なのかしら。


「あとはもう、ベッドに押し倒しちゃえば、なるように、なる」

「だ、大丈夫かな。その状況になったら私も自分を抑える自信がないし、未明子のこと襲っちゃうかも」

「ミラもたまには、自分の欲望に素直になったほうがいい、よ」

「普段から思ったようにやってるつもりだけど……」

「絶対自分が思ってるより、我慢してる。定期的にガス抜きしないと、ここぞと言うときに爆発しちゃう」


 ガス抜きか。ミラがたまに暴走するのはそういうのが影響しているのかもしれない。

 普段から無意識に心を抑制しているから、限界を超えた時に制御できなくなったエネルギーが漏れ出ちゃっているのかも。全く不器用よね。 


「以上、未明子さん陥落作戦、でした」






 というのが数日前。

 そして当日、サダルメリクの作戦通りに事は進行したのだが……。


「まさか、最後の最後で私がヘタレるなんて……」

「ミラは攻撃力は高いくせに、防御力が低いのはそのまんまだな」

「そんなこと言ったって、私はツィーみたいに強くないもの」

「いや、あんた未明子に胸触られてベソかいてたの忘れてないわよ」

「なんだとぉ。アルフィルクも往来で胸揉んでやろうか!?」

「顔の形変わるまで殴るわよ」

「け、喧嘩するの、良くない……」


 サダルメリクの言う通り、言い争っていても仕方がない。

 今は未明子との仲をどう修復するかの方が重要だ。


「未明子に直接聞けばいいんだけど、ミラを気遣って思ってる事を話さないかもしれないしね」

「絶対嫌われてるよ。私からそうなるように仕向けたのに、実際そうなったら泣き出すなんてバカすぎる……」

「体の関係になるのは初めてだったんだから仕方ないでしょ? そういう時の精神状態は複雑なのよ」

「もうミラも変態ワンコに胸を揉んでもらって手打ちにしてもらえばいいんじゃないか?」

「ひ、品が、ない……」

「なんだとぉ。脱がしやすい服を着ておくなんて作戦立てる方が品がないだろ。サダルメリクも脱がしてやろうか!?」

「う、受けて、立つ」

「何回同じやり取りしてんのよ!」


 あの未明子に限ってミラを嫌うなんてありえないけど、私がいくらそう言っても当のミラが納得しない。

 せめて、どういう心持ちでいればいいかくらいのアドバイスをしてあげたい。

 でも私と夜明なんてそもそも問題が発生する事自体が少ないし、たいていの事は夜明の方が折れるから、こんな時にどう言ってあげればいいのかが分からなかった。


「サダルメリクとの決着はいずれつけるとして、とりあえずミラの方を何とかしてやるか」


 サダルメリクの頬を引っ張っていたツィーが突然ミラの前にドカッと腰をおろす。

 また何かとんでもない物を見せるのかと思っていたら、いつになく真面目な顔つきだ。


「いいかミラ。付き合いと言うのはどういう場合であれ常に100点満点が出せる訳ではない。今回うまくいかなかったからと言ってそれで絶望というのは自己評価が間違っていると思え」

「ちょっとツィー! そんな言い方……」

「少し黙ってろアルフィルク。私の話を最後まで聞いて、それでも言いたい事があるなら言えばいい」

「……!」


 ツィーの勢いに押されて黙ってしまった。

 適当な事を言って場を掻き回すツィーだが、時折このモードに入る事がある。

 こういう時の彼女はやたら説得力のある事を言い出すので私は黙って見守ることにした。


「何でも自分の思った通りに事が運ぶならそれは神様だ。私達は間違った事を言ってしまうし、間違った行動をとってしまう生き物なんだ。一度選択肢を誤ったからと言って、終わりが来るほどこの世は厳しくはない。後悔したら反省して次に進め。泣くなとは言わんし、人に甘えるなとも言わん。だが、人の気持ちを勝手に決めつけるな。それが一番優しくない。それとも未明子がお前の事を嫌いになると本当に思っているのか?」


 ミラも黙ってツィーの言う事を聞いていたが、嫌いになるという問いにはフルフルと首を振っていた。

 

「それなら、未明子にお前が思っていることを全部話せ。それで自分の事をどう思っているのかしっかり確認しろ。それでなるようになる」


 サダルメリクの言ったのとは違う、重みのある ”なるようになる” だった。

 ツィーに言われると素直に聞きたくない気持ちはあるが、ミラは迷いの晴れた顔をしていた。


「分かったか?」

「うん。ありがとうツィー。怖がってないで未明子とちゃんと話し合ってみる」

「もし仮に嫌われていたとしてもそんなに重く考えるな。あの女子じょし大好き娘なんか、お前がアルフィルクみたいな粘度の高いキスをしてやればすぐにまたお前に夢中になる」


 何で私を引き合いに出したし。

 粘度の高いキスとか言われても全く褒められている気がしないんだけど。

 ってか、キスならあれくらいするでしょ普通。


「以上だ。何か言いたいことはあるかアルフィルク?」

「別に。普段から未明子って呼んであげればいいのに」

「私にとっては変態だしワンコだあんな奴。今回のことでヘタレを追加するのもやむなし」

「もうフルネームより長いじゃない」


 これで未明子がどういう反応に出るかは分からないけど後は二人の絆を信じよう。

 今日、他のメンバーは私達の家で集まってるみたいだし、どうせ未明子は未明子で、今頃「ミラを傷つけてしまったぁ」とか言って騒いでいるに違いない。



 ブーッ

 

 誰かのスマホの通知音が鳴った。

 それぞれが自分のスマホを確認すると、ミラが「あ」という声を上げた。


「未明子から。今夜会えないかって」



 あの子、こういう時にすぐに動けるのは度胸あるわね。

 ツィーの言う通りヘタレかもしれないけど、ロクデナシではないわ。


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