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第22話 重なるその日々は、ねえ①


 どうしてこんな事になったのか。

 いや、ある程度は覚悟していた筈だし、何なら期待もしていた。

 でも私が予想していたのとは随分と違った展開になっていた。


「未明子が焦らすから……」


 いま私は、ミラに押し倒されている。

 しかもここはミラが使っているベッドの上だ。


 フカフカだし、置いてある小物やぬいぐるみもかわいいし、すごくいい匂いがする。

 こんなところで寝られたらそのまま天国に行けてしまいそうなくらい心地良いのだが、今はそれどころではなかった。


 私に覆いかぶさっているミラの呼吸は荒かった。

 こんな余裕のない彼女を見るのは初めてだ。


 こんな状況になった私の心臓は、ドキドキするどころか逆に止まってしまいそうだった。

 このままだとリアルな意味で天国に行く事になる。

 あれ、私って天国に行けるのか? 


 そんな馬鹿な事を考えていると、ミラが小さく何かを囁いた。

 

「ねぇ、未明子……」






「ねえ、未明子のお部屋に遊びに行ってもいい?」


 私の席にやってきたミラが突然言った。


 ここのところ色々あって寝不足だった私は、いま行われていた授業で居眠りをしてしまった。

 親からの遺伝で授業中は目を開けて眠る事ができるので先生に怒られた事は一度もない。

 ただその特技が裏目に出て授業の終わりまで爆睡してしまい、気がついた時には授業が終わっている事がしばしばある。

 そうなった時は日直が黒板を綺麗にしてしまう前に大急ぎで板書をノートに書き写すのだ。


 まさに今その状況だったのだが、ミラからの不意のおねだりでそれどころではなくなってしまった。


「お……おっすおっす」


 言われた内容を咀嚼している途中だったので、意味不明な返答をする。

 これでは会話が成立していない。

  

「やった! じゃあ今日お邪魔するね」


 ちょ、ちょっと待った! 

 会話成立してなかったんとちゃうんかい! 

 

「待って! どういうこと!?」

 

 私の意志とは関係無く話が先に進んでいる事に焦ってしまい、筆箱を地面にぶちまけてしまった。

 それを見たミラが当たり前のように散らばった筆箱の中身を拾って机の上に戻してくれる。

 この筆箱、ミラに何度も拾ってもらえて羨ましいな。


「どういうことって、そのまんまの意味だよ?」

「うちに遊びに来るってこと?」

「うん」


 ミラはいたって自然にそう答えた。

 うちに遊びにくるって事は、その、あれだな。私の部屋にミラが来るって事で、狭い密室に二人きりになるって事で、当然物理的に距離が近くなるって事で、気がついたらお互いくっついてたりするって事で。

 頭の中でその光景を想像した。

 特に問題はない。むしろ良いことしかない。

 恋人どうしが部屋の中でイチャイチャする。

 どこに悪い要素があろうか?

 仲睦まじい素敵な時間を過ごす事ができるではないか。

 

 私が獣にならなければという条件付きで。


「いや、ダメだよ。危ないよ?」

「危ない?」


 危ないって何だよ。

 私の部屋には何が置いてあるんだよ。

 別に面白い物なんて何もない平凡な高校生女子の部屋があるだけだよ。

 危ない物なんて何もないよ。 

 私が危ないだけだよ。


「ほら! 家族とかいるし!」


 会話の流れ的に危ない家族がいることになってしまった。

 いや、実際あの家族にミラを見せたら絶対に質問攻めにされる。

 「友達?」「かわいいね!」「いつから友達なの?」「これからも仲良くしてあげてね!」「ところで夕飯食べてく?」「いいじゃん食べて行きなよ!」

 そのやり取りが容易に想像できる。


 それだけならまだしも、最悪部屋に乱入してくる可能性もある。

 お父さんはまだ帰ってこないだろうけど、お母さんと妹は間違いなく理由をつけて何度もミラを見に来る筈だ。

 そしてスキあらばミラと仲良くなって、そのまま「うちの子になっちゃいなさいな!」とか言ってくるに違いない。

 き、危険だッ!


「だめぇ……ミラと家族になっちゃう」

「どうしたの未明子落ち着いて」


 しまった。妄想がはかどりすぎてミラを置いてけぼりにしていた。

 ミラの言う通り落ち着こう。


 でも冷静に考えれば部屋で遊ぶのは良い事だ。

 この前アルフィルクにも言われたし、進展するキッカケになるかもしれない。

 なんだかんだでキスから先に進んでないし、このままでは私の気持ちが伝わらない。

 もっともっとミラのことを好きなんだと伝えたい。


 だが私の家はダメだ。

 家族の事もそうだけど、何の準備もしてないし、朝脱いだ寝巻がそのへんに放置されている。

 あんなの見られたら私が部屋も碌に片付けられない事がバレてしまう。

 つまり、この場合の最適解はこれだ!


「えっとね……私の家だと家族がいて落ち着かないから、ミラの部屋に行ってもいいかな?」


 そう言われた彼女はきょとんとしていた。


 あ、駄目だったかな。

 流石にいきなり部屋にお邪魔させてもらうのは失礼だったかな。

 最初は玄関とかで我慢すればよかったかな。

 ただの平民がいきなり天使のお部屋に行くとか調子に乗ったかな。

 ……いや、違うわ。

 ミラは私の部屋に遊びに来たいって言ったんだ。

 なんでそれがミラの部屋に行くに変わるんだ。

 私の中で「ミラが私の部屋に来たい」が、いつの間にか「二人で部屋で遊びたい」に変換されていた。

 どうしてミラの気持ちを都合のいいように変換してしまうんだ。

 

「ごめん! そ、そういう事じゃないよね!」


 自分のコミュニケーション能力の低さが恥ずかしい。

 ここのところ色々と凄い人達の中にいたから、自分が変な奴っていう認識が薄れていたんだ。

 馬鹿だ馬鹿だ、私は本当に馬鹿だ。

 

 久しぶりのやらかしで嫌われたかもしれないと、恐る恐るミラを見る。

 すると彼女は何故かうっとりとした表情を浮かべていた。

 え、何その反応?

 

「そっかぁ。未明子がうちに来たいなら、仕方ないなあ」

 

 その声は仕方ないというより、してやったりという風に聞こえた。

 どういうことなんだろう。全然わからない。


「じゃあ今日は私の部屋に行こう。わぁ一緒に帰れるね! 楽しみだね。じゃあ、しからば」


 待って。

 そのセリフどっかで聞いたことあるぞ?


 それだけ言うとミラは機嫌良さそうに自分の席に戻ってしまった。


 ……本当になんだったんだろう?

 とりあえず嫌われた訳ではなさそうだから良かったけど。



「あの子とイチャイチャするなら他所よそでやってもらえると嬉しいわ」


 隣の席で一部始終を見ていた鷲羽さんからクレームを頂いてしまった。

 いつも通りのお人形のような端正な顔で私の方をじっと見ている。

 美人からの冷たい目線。ご褒美ありがとうございます。


「今のってイチャイチャしてるように見えた?」

「今のをそう言わずに何と言うの?」


 そうか。ああいうのもイチャイチャなのか。

 と言う事は私は人生での ”教室でイチャイチャする” という実績を解除できたな。

 

「ねえ、鷲羽さんから見ると私と鯨多さんってどういう風に見える?」

「仲良しさん」


 仲良しさんに見えるのは嬉しいな。

 でも流石に恋人に見えるとは言ってくれないか。

 鷲羽さんならそう言ってくれるかな、とも思ったのに。


 だって隣の席に座るこの子は、おそらくステラ・アルマなのだから。


 あの植物園でのデートの日、アルフィルクに相談したのは鷲羽さんの事だった。






「いま私のクラスにステラ・アルマの子がいるんだけど、どうしよう?」

「ミラの事を言ってるの?」

「違うよ。ミラ以外にもう一人ステラ・アルマがいるんだ」


 同じユニバースにステラ・アルマはそうそう集まらないと聞いたばかりだったのに、まさか同じ学校の、しかも同じクラスに二人もいたのだ。

 偶然にしては出来過ぎている。


「ステラ・アルマを感知できるあなたが言うんだから間違ってはいない思うけど、ミラからそんな話は聞いてないわね」

「そうなの? まさか気づいてないのかな」

「流石にステラ・アルマ同士で気づかない事はないと思うけど、基本的に私達は自分以外のステラ・アルマには干渉しないルールがあるのよ」

「そんなルールがあるんだ?」

「もっと正確に言うとステラ・ノヴァを起こしていないステラ・アルマには干渉しない、かしら」


 ステラ・ノヴァを起こしていないステラ・アルマ。

 つまりまだ恋人が出来ていない場合には干渉してはいけないというルールだろうか。

 でもそうするとミラはどうなるんだろう?

 ミラは私と出会う前からイーハトーブのメンバーと面識があった。

 それは干渉している事にはならないんだろうか。


「干渉と言っても関わらないという事ではなくて、分かりやすく言うと相手を見つけてあげたり、くっつくのを手伝ったりしてはいけないという事よ」

「あ、そういうことか。自分のパートナーは自力で探して捕まえろってこと?」

「捕まえるって、言い方悪いわね。まぁそういう事だけど。下手に手伝ってこじれたりすると、本来うまくいく筈だったものを壊しかねないからね」

「例えばミラが頑張ってるところにアルフィルクが出てきて、相手がアルフィルクを好きになっちゃうとか?」

「その例えで私を出すのやめなさいよ」


 ステラ・アルマはただでさえ人を惹きつける。

 もし別のステラ・アルマが現れたらそちらに目移りしても不思議ではない。


「私はもしアルフィルクと先に出会ってたとしてもミラを好きになってたと思うよ」

「だから私を例えに出すのやめて。あとそういうのは本人に言ってあげなさい」


 ミラが運命的な相手だと言いたかっただけなんだけど、流石に軽く小突かれた。

 

「だからその子も放っておいた方がいいわね。もしうまくステラ・ノヴァを起こせたら私達の戦力になるんだから」

「そうか! この世界で相手を見つけたならこの世界のステラ・アルマとして戦うんだもんね。じゃあ相手が見つかるまでは普通のクラスメイトとして接するよ」

「それが賢明ね」






 そういうやり取りがあったので、鷲羽さんには深入りしないように決めたのだ。

 もし相手が見つからなくて別の世界に行ってしまったら残念だけど、もしかしたらすでに誰か良い人が見つかっているかもしれないし、うまく行ったら向こうから声をかけてくれるかもしれない。


「鯨多さんとは最近すごく仲良くなったんだ。周りから見てもそう見えるなら嬉しいな」


 もう私がミラと仲良く話していてもクラスメイトは気にしていないようなので、友達として認識されたみたいだ。

 本当は彼女なんです! って言いたいけど、噂の事もあるし、イーハトーブのみんなが知ってくれてるからいいや。


「でもね未明子。一つだけアドバイスをすると、あなたは捕食者の狩りの仕方というものを勉強した方がいいわ」

「ほしょくしゃのかり?」

「あなた自分から攻めたつもりかもしれないけど、そうなるように誘導されているわよ?」

「鯨多さんに? そういう事するタイプじゃないと思うけどな」

「あなたみたいな愛らしい子は常に狙われている自覚を持つべきだわ」


 愛らしい!?

 私に愛らしさなんてカケラでもあるのだろうか。

 前にミラも私をかわいいと言っていたけど、自分では全くそんな風には思わない。

 まさか鷲羽さんにまで言われるなんて。


「私って愛らしいかな? ただのモブキャラじゃない?」

「そんな事ないわよ。私から見たら放っておけない存在だわ」


 放っておけないって……国の一つでも狂わせられそうな美人さんにそう言われると勘違いを起こしてしまいそうになる。

 美人さんに囲まれてるうちに、自分も少しは見られるようになってきたんだろうか。


「ちょ、ちょっとだけ、どういうところが良いか聞いてもいい?」


 美人さんに褒められるのが目的ではない。

 自分の良いところが分かればそこを伸ばしていく事ができる。

 これからの自分磨きの参考になるからだ。


 ……断じて褒められたい訳ではない。


「そうね。まず愛嬌がいい。だから気兼ねなく話しかけられるわ。それから相手の話をしっかり聞くから話す方も気分良く話せる。あと他人より自分を下に置く傾向があるのか、常に相手を立てようとするのが伝わってきて好感が持てるわ」


「あ……はい」


 予想外にしっかり褒められて呆気にとられてしまった。


「つまり他人を大事にしているのよ。基本的に優しい性格だと言えるわ。見た目で言うと柔らかそうな肌が最大の魅力ね。ほっぺたとか触ったらとろけそう。体も線が細くて整っているわ。腕とか綺麗だし、腰周りも洗練されていてバランスが美しい。その割に目に宿る意思が強くて、ここぞと言う時には頼もしそう。あと、口が小さくて食べるのが遅いから、食べる姿が一生懸命で可愛いわね」

 

 ……そ、それは、ご丁寧にどうもありがとうございます。

 性格面でも容姿の面でもここまで細かく言われたのは初めてだ。

 鷲羽さんが私の事をとても良く見てくれているのは伝わった。


 ここまで立て続けに褒められると照れるのを通りこして冷静になってしまう。 

 腰が抜けるほど嬉しいのに、嬉しさをうまく表現できやしない。

 ここで「嬉しい!」って素直に口に出せたら、それこそ可愛気があるんだろうに。

 

 それよりも鷲羽さんってこんなに喋る人だったのか。 

 語り方とかまるで自分を見ているみたいだ。

 

「さらに言えば……」

「ストップ! 分かり申した! 大変満足しております」

 

 かわいい女の子に甘い蜜のようなお言葉をこれでもかと頂けて幸せこの上無い。

 だがこれ以上褒められると口から蒸気を噴いてしまいそうだ。

 私はへへへと気持ち悪い笑顔を返して、話を強引に終わらせた。

 鷲羽さんはまだ語りたりないと言わんばかりの表情をしていたが、とりあえず今日はこのあたりにしておいてもらおう。


 そっか。

 私って他人から見るとそういう風に見られていたのか。 

 教えてもらったところで自分がそういう人間なのか自信はないけど、少しだけミラが私をかわいいと言ってくれた事に実感を得られた。 

 今までは誰かを褒めるのが好きだったけど、褒められるのも悪くないな。

 今度ミラに褒めてってお願いしてみようかな。

 

 

 こんな短い間に美少女二人と濃厚な絡みができたので、私はテンションがあがっていた。

 やる気十分で本来の目的であった授業の内容をノートに書き写すぞ、と前を向くと

 

 すでに日直によって黒板の文字は綺麗に消されていた。


「なんでやねん……」






 学校近くのバス停からバスに揺られること10分。

 駅前でバスを降りた後、近くのコンビニで飲み物とお菓子を買ってミラの家に向かった。


 彼女の家にお邪魔するのは緊張する。

 好きな人のプライベートを覗かせてもらうのだから当然だ。

 ミラは家にいる時はどんな感じなんだろう?

 人前だとキッチリしているから、案外家だとダラダラしているのかもしれない。

 普段とは違う彼女の顔が見られるのは楽しみだ。


 そうだ! ご家族の方に粗相そそうの無いようにしなくては。

 なんて自己紹介すればいいんだ?

 娘さんの恋人ですなんて言っていいのだろうか。


 ミラの部屋に入れる楽しみと、家族にいい印象を与えられるかの不安でソワソワし始めてしまった。


「どうしたの? 落ち着かないみたいだけど」

「緊張してるんだ。ミラのご両親になんて挨拶しようか迷ってて……」


 そんな私の言葉を聞いて、ミラは満月のように目を丸くした。

 そしてふふっと軽く笑う。


「両親なんていないよ」

「え?」

「だって私ステラ・アルマだもん。人間から生まれた訳じゃないよ」


 そう言えばそうだった!

 ステラ・アルマは星の化身で、人の形をとっているだけで人間ではないのだった。

 色んなユニバースを移動して生活する事もあるのだから、そもそも生まれ育った家は無いんだ。


「じゃあ一人で暮らしてるの?」

「うん。セレーネさんにいろいろ面倒を見てもらってるの」


 最初にセレーネさんに会った時に、戦いの管理とステラ・アルマの世話をしていると言っていた。

 あの人がステラ・アルマが一人で生きていくための諸々をやってくれているのか。

 見た目は怪しいけどステラ・アルマにとっては大切な人なんだな。


「他のみんなも一人暮らしなのかな?」

「サダルメリクはすばるさんの家で暮らしているわ。ツィーは自分で部屋を借りて住んでるみたい。アルフィルクは夜明さんとほぼ同棲状態ね」

 

 サダルメリクちゃんの話は聞いていたけど、アルフィルクと狭黒さんは一緒に住んでるんだ。

 通りで二人のやりとりが所帯じみてると思った。そういうの憧れるなぁ。

 でも彼女の家に行くというのもワクワクするから、ツィーさんと九曜さんみたいな関係も良さそうだ。


 九曜さんが夕飯の買い物をしてツィーさんの家の呼び鈴を鳴らすと、寝起きのツィーさんが「うぃー」とか言いながら出迎える。

 ……良き。


「地球の運命をかけて戦ってくれてるんだもんね。好きに生活できるくらいは面倒みてくれるの?」

「サダルメリクはすばるさんのお父さんの手伝いをしているみたいだし、アルフィルクとツィーも普通に働いてるよ」

「ええ!?」


 サダルメリクちゃんがゲームの開発をしているすばるさんのお父さんの手伝いをしているのは、まあ何となく理解はできる。

 アルフィルクも何でも卒なくこなしそうな器量は感じるから理解はできる。

 だがツィーさんが普通に働いているのは想像ができない。

 人の下で働けるのかあの人……?

 

「二人は何の仕事をしているの?」

「アルフィルクは建築デザイナーのアシスタントだったかしら」

「うわ、それっぽい! キャリアウーマンじゃん。かっこいい!」

「ツィーは老人ホームで介護をやってるみたい」

「介護!? ツィーさんが!?」


 あの掴み所のないツィーさんが、お年寄りのお世話をしているところは本気でイメージできない。

 いや、あんなだからこそお年寄りには人気があるのかもしれない。

 目が離せない孫と言われればそうとも見えるし、お世話してるんじゃなくてお世話されてる方なんじゃなかろうか。

  

「老人ホームと言ってもそこまで本格的なところじゃなくて、家族ぐるみでやってるところを手伝う形で働いているそうよ。本当はグループホームで働きたかったらしいんだけど、時間の拘束がもっと厳しくなるから諦めたって言ってた」


 いや、普通に立派な人だった。

 普段何を考えてるか分からないだけで、結構ちゃんと考えている人だったんだな。

 少しツィーさんの印象が変わった。


「みんな凄いね。ちゃんとした大人だ」

「別に働かなくても生活はできるんだけど、みんなせっかくだからってやりたい事をやってるんだって」

「ミラはやりたい事あるの?」

「あるよ。でもまだ内緒」

「えー、教えてよ!」

「未明子のやりたい事を教えてくれたら教えるよ」

「私? そういえば私ってそういうの考えた事なかったかも」


 これまでの人生ずっと女の子を追っかけるばっかりだったから、将来の事なんて全然考えてなかった。

 今の学校に入ったのだって女の子に囲まれた学校生活をしたいってだけで決めたわけだし。

 そのうち何か思いつくかなと思っていたけど、今のところそんな兆候はない。


「うーん、すぐに思いつかないな。でもずっとミラと一緒にいたいな」


 口からポンとそんな言葉が出た。

 私的には深い考えなんて無くて、ただ反射的に出ちゃっただけの言葉だった。

 でも、その言葉を聞いたミラは


「あ……うん。私も」


 と言って、押し黙ってしまった。


 軽い気持ちで言った言葉のつもりだったのに、彼女にはクリティカルに刺さったみたいで顔を赤らめていた。

 それを見た私も自分が言った内容を反芻して同じように顔が赤くなった。

 

 日が傾いてきた街並みをお互いに黙って歩く。

 言葉は無いけど、隣に歩く恋人の存在を強く感じる。

 私はいま彼女の部屋に向かっているんだという事を思い出して、また緊張してきた。




「あ。到着しました。私の家です」

「あ。う、うん……」


 ミラの家に到着してしまった。


 私はこれから彼女の部屋に入る。

 家族もいない、私とミラしかいない、二人っきりの空間だ。

 誰も見ていないし、何かあったとしても誰も止めない。

 こういうのを何て言うんだっけ。

 後は野となれ山となれ?

 いや、賽は投げられただっけ?


  

 私の下心を裏付けるように心臓が激しく脈打つ。

 それがバレないように、静かに深呼吸をした。



 

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