第20話 二つの綺羅星④
アタシは誰かを傷つけるのは得意じゃない。
そんなことになるなら自分が傷ついた方がマシだし、そもそもそんな状況にならないように生きてきた。
だからツィーと出会って、別の世界の誰かと戦って欲しいと言われた時、そんなことはアタシじゃない別の誰かにお願いしたかった。
でも、もしアタシが戦わなかったら、その別の誰かが戦わなきゃいけない。
アタシじゃない別の誰かが、苦しみを背負って生きていかなきゃいけないんだと思ったら、もうアタシが全部受け負った方がいいじゃんと思ったんだ。
ツィーは「お前は面倒くさい生き方をする奴だな」と言った。
その通りだと思う。
でもツィーの言う面倒くさくない生き方をしたら、アタシはずっと逃げ続ける人生になると思った。
都合の悪い事から逃げて、思い通りにならない事から逃げて、自分の心からも逃げ続ける事になる。
だから、アタシは全部貰っていくことを選んだ。
別の世界の誰かを犠牲にする戦いを。
その犠牲になった人達の悲しみと無念を。
そこから逃げられないアタシ自身の心の痛みを。
そうまでしても誰にも褒めてもらえない絶望を。
全部全部貰って、アタシの中で終わりにする。
何でなんて問わない、どうしてなんて嘆かない。
全部アタシが貰っていく。
難しい事なんて考えない。
アタシはこの世界を残す為に戦う。
その中で何があっても全部貰っていく。
それだけ。
「ツィーってさ、戦ってる時ってなに考えてる?」
『馬鹿か。戦闘中は必要なこと以外しゃべるな』
「アタシはツィーは強いなって思ってるよ」
『会話不能か。私はこいつらぶっ倒してやる以外に考えてる事はないぞ』
「アタシの事は考えてくれないの?」
『戦ってる時以外はずっと五月の事を考えてるからいいだろ』
「もーぅ。そういうところ好きだぞ」
『はいはい。私も大好きだよ』
やっぱりツィーは戦ってる時が一番素直だ。
正直戦うなんて死ぬほど嫌いだけど、ツィーのこういうところが見られるのは唯一の癒しだ。
もう何度戦ったんだろう。
私の背中には数え切れないほどの貰い物が乗っかっている。
メチャクチャ重いけど、今はツィーが一緒に支えてくれるから頑張れる。
『撫子に3分で終わらせるって言っちゃったからな。あと1分以内に決めるぞ』
「どうせならギリギリまで戦いたいな」
『変態ワンコがピンチらしいから早く助けに行った方がいいだろ』
「そうだった! 未明子ちゃんのこと忘れてた! じゃあもう全力でやっちゃおうか」
ツィーの持つ2刀のブレード、”アイヴァン”と”ナビィ”。
右手の長い方がアイヴァンで、左手の短い方がナヴィ。
アタシはこの刀のような形状をしたブレードが好き。
無駄なく研ぎ澄まされた刃が、ツィーの本質を表している気がするから。
敵は3体。
機体性能的におそらく3等星。
水色の機体の固有武装は槍。
槍の先から電気が放出されてるから、刺されると感電させられるんだと思う。
土色の機体の固有武装はレイピア。
攻撃する度に長さが変わるから、近接戦闘だと間合いが読めなくて厄介なんだと思う。
何て言ったらいいのか分からない明るい色の機体の固有武装は短剣。
腕から無限に出てくるから、投げて敵の予備動作を封じたり、懐に入って最短で攻撃したり色んな使い道があるんだと思う。
みんな近接攻撃タイプだね。
連携も凄い。
多分いつもこうやってコンビネーションで敵を倒してるんだろうね。
でもそんな攻撃を一生振ってたってアタシには当たらないんだわ。
敵の槍を素早くかわして、別方向から来たレイピアをアイヴァンで弾く。
すかさず投げられた3本の短剣をナヴィで全部弾き落とすと、槍を持った水色の機体の懐に潜りこんだ。
ここまで戦い続けた疲労が出ているみたいで、槍の戻りが遅くて懐はスキだらけだ。
アタシは槍を持っている方の手をナヴィで斬りつけ、その勢いを利用して体を沈めて、アイヴァンで敵の両足を深く斬った。
崩れ落ちる水色の機体に蹴りを入れて、反動を使ってこちらに攻撃をしかけていた残り2体の後ろに回りこむ。
振り返った土色の機体のレイピアにアイヴァンを叩き込み、さらにその上からナヴィの攻撃を加えて持っていたレイピアを弾き飛ばす。
丸腰になった相手の背後に回りこみ、もう1体の敵から飛んできた短剣の盾にしたあと、2刀で右肩から袈裟斬りにした。
致命傷を与えたことによって、水色の機体と土色の機体は撤退していく。
残ったのは目に優しくない色の機体だけ。
その機体はジリジリと後ずさると、腕からこれでもかという程の短剣を飛ばしてきた。
その全てを命中寸前で避けて、敵に向かってナビィの刀身を ”発射” した。
間合いの外から攻撃されると思っていなかったのか、避けきれずにナビィの刀身を胸に深々と刺したその機体は、少し体を痙攣させたあと、撤退していった。
刀身のなくなったナヴィをバックパックに差し込む。
ガチン、という音とともに刀が補充されて元通りになったナビィをクルリと一度回し、刀身に問題がない事を確認する。
『30秒。1分いらなかったな』
「あれだけ時間かけて削ればね。さぁ、未明子ちゃんのところに行こっか」
撤退した3体はこの世界にはもういない。
そして元いた世界で、消滅を待つことになるんだろう。
ごめんね。
あなた達の思いもアタシが貰っていくから。
だからサヨナラ。
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「おお! 冗談で言ったつもりだったけど、本当にミラくんが飛んでいるね」
『ちょっと夜明! あれ大丈夫なの!?』
「いやあ、あの高さから落ちたらさしものステラ・アルマでもタダでは済まないね。でも高所対応はすでにマニュアル化しているから大丈夫。今頃すばるくんが向かってくれていると思うよ」
『ミラが酷い怪我をしたらさすがに怒るからね』
「一人で2等星の相手をさせたことかい? 未明子くんならやってくれるだろう」
『その結果あんな目にあってるんじゃない! ちょっと判断甘くないかしら!?』
「ごめんなさい」
自分でも未明子くんを特別な目で見てしまっているのは分かっていた。
初めての戦闘で容赦なく攻めてしまったり、同格の相手を一人で戦わせてしまったり、少し自分らしくない判断をしているなとは思う。
しかし不思議と彼女ならやってくれる気がしてしまうのだ。
何度も彼女に驚かされたからそう思ってしまうのか、それとも別の何かを感じとっているのか。
……いけないな。
私の取り柄は、提示された情報から分析する現実的な判断力なのに。
ここで格下相手にウダウダやっていても格好悪い。
ここはさっさと決着をつけて未明子くんの方に向かうとするか。
敵はまず間違いなく4等星。
先程から固有武装を使用せずに共通武器での攻撃のみだからだ。
4等星以下は固有武装を保持しない。
これが3等星と4等星以下を分ける決定的な差だ。
共通武器であればこちらも全て把握しているので、予想外の攻撃を受けることもない。
まあ、そう思っている敵をあっと言わせるのが策なのだが。
目の前の敵にはその策も必要なさそうだし、たまにはパワーで押し切ってみるのもいいかもしれない。
「アルフィルク、久しぶりにあれをやろうか」
『別に構わないけど、そんな大盤振る舞いする必要ある?』
「いつも、ああだこうだと考えながら戦うのも疲れるからね。ここはスカッと蹂躙してみようか」
敵はアサルトライフルをメイン武装として、ミドルレンジを維持している。
この距離だったらアルフィルクの射程圏内だろう。
アサルトライフルとガトリングガンを使って牽制しながら、なるべく敵をセンターに集める。
すると敵の一人がハンドグレネードをこちらに向かって投げてきた。
一人がアサルトライフルで牽制しながら、もう一人がこちらの体制を崩す。
悪くない戦法だが、相手が悪かったな。
『「アル・カワキブ・アル・フィルク!」』
私とアルフィルクの声が重なり合う。
アサルトライフルとガトリングガンを撃ちながら、両脛に装備しているクレイモア、胸部に隠しているマシンガン、右肩に装備している2発のロケットランチャーを同時に発射。
アルフィルクが装備している全射撃武器を使って逃げ場のない程の弾を乱れ撃つ
それが ”アル・カワキブ・アル・フィルク(羊の群の星々)”
敵が投擲したハンドグレネードを巻きこんで、嵐のような攻撃が一帯を薙ぎ払う。
その攻撃にさらされた2体の敵は、持っていた武器も装甲も一瞬で破壊され、これ以上攻撃を受け続けたら爆発するという寸前で撤退していった。
これを使用した後は、全体的な火器のクールダウンが必要になるので大きなスキができてしまうが、トドメで使用するなら問題はない。
銃口から出る硝煙が消えるのを確認して、アサルトライフル以外の武器を収納した。
『格下相手に全力出すとか、夜明の中ではいじめが流行ってるの?』
「まさか。いじめっ子はいつか自分がいじめられる側になるからね。敵に対して敬意を払っていると解釈してくれたまえ」
『スカッと蹂躙とか言ってた奴が何を言ってるのよ』
「そんなこと言ったかな? 後でログを見返してみよう」
『そんなもの無いでしょ』
さて、こちらの決着はついたし、そろそろ五月くんの方も決着するだろう。
残るはあの2等星のみ。
未明子くんがどういう戦いをするのか楽しませてもらおう。
アサルトライフルのリロードを終えると、私はアルフィルクを走らせた。
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「なるほど。もう一つの固有武装は軌道を変えてくる飛び道具ですか」
「はい。避けても誘導してくるように軌道を変えられました」
サダルメリクちゃんの背中に乗らせてもらって狙撃を繰り返すが、やはり普通に撃ち込んでも簡単にかわされてしまう。
当たらない攻撃を繰り返すだけというのも癪なので、今のうちに敵の情報を共有する。
「その固有武装もメリクと相性が悪いですね」
「でもそこまで威力は高くなさそうでしたよ?」
「実はメリクの防御には弱点があります。この二枚の大盾では背面を守れないのです」
私は背中側を見てみた。
大盾は横幅もあるので、盾を二つ重ねるとサダルメリクちゃんを中心に240度くらいはカバーできるが、確かに私が乗っている背中側はむき出しになっている。
「犬飼さんが敵でなくて良かったと思ったのはこのせいです。遠方から背面を狙われるとメリクは装甲だけの防御になります。一撃でやられることは無いと思いますが、ダメージが蓄積するといずれやられてしまいますので」
鉄壁の防御だと思っていたけどやはり攻略方法はあるのか。
「あれ? ってことはもしかして」
「はい。その武器で攻撃されると犬飼さんはまともにその攻撃を喰らいます」
えー。
せっかくこんな立派な盾に守ってもらっているのに、実際は裸ってことなのか。
しかも取っ手の上に立ってるだけだから逃げ場もありゃしない。
「相手がその攻撃をしてきたら一旦敵は無視して、その歯車を狙い撃った方が良いかもしれません」
軌道が変わる武器を狙撃するのはなかなか難しい。
敵があれを使う時は右手の円盤を回転させてくるから、それが見えたら近距離射撃モードにチェンジして、広範囲を吹き飛ばした方が良さそうだ。
「犬飼さん、敵の姿が消えました!」
突然暁さんが叫ぶ。
そう言われて敵を探すと、確かにどこにも姿が見えない。
さっきまで走り回りながらうるさい程ミサイルで攻撃してきていたのに、ほんの一瞬目を離したら姿が見えなくなる、なんて事があるんだろうか?
このあたりは背の高い建物もないから姿を隠せるような場所もないし、どこに行ったんだ?
他にも固有武装を持っていて、それを新たに使ってきた可能性もある。
例えば最初に見間違えたように地面に潜る事ができる固有武装とか。
上にも行けて、下にも行けるとかバリエーション豊かすぎるな。
いや待てよ。
ここまでの戦いを思い出して敵の使ってくる戦法を考えた。
自分が相手と同じ武器を持っていたらどういう戦い方をするか。
できる事とできない事をイメージする。
……そして一つ思い当たることがあった。
私はすかさず上空を見上げると、思い当たった通りの光景が目に飛び込んできた。
敵がブレードを構えて、上空からこちらに突進してきたのだ。
「暁さん! 上です!」
完全な死角からの攻撃。
敵はマイクロミサイルで攻撃しながら、残っていた板を使って自分のいる場所に固有武装の効果範囲を生成した。
そして攻撃によってできた土煙に隠れて上空に登り、ある程度の高さで固有武装の効果を停止。
そこから私達めがけて強襲してきたのだ。
「うわぁ!!」
回避が間に合わず、ブレードの攻撃を食らって弾き飛ばされる。
飛ばされた付近にあった建物に背中を打ち付け、衝撃が操縦席を襲った。
今日は一体、何回叩きつけられるんだ!
敵は地面に着地すると、落下の衝撃で地面を抉りながらもサダルメリクちゃんの方を振り返る。
そしてそのむき出しになっている背中に向けて固有武装のメタルブレードを3発放った。
「ぐぅっ!」
暁さんの悲痛な叫びが聞こえる。
反応が遅れたせいでその攻撃をまともに食らってしまったようだ。
装甲で守られているとは言え、直撃を受ければそれなりにダメージは通ってしまうのだ。
あの相手を浮かばせる固有武装にこんな使い方があるなんて!
完全に封じたと思って油断してしまった。
すぐに立ち上がって体制を立て直す。
暁さんも方向転換して向き直り、敵を挟む形で対峙した。
囲んでいるのはこちらだが、相手はスピード強化の反応特化。
この距離でファブリチウスを撃ち込んでも超反応でさけられて懐に入られてしまう。
暁さんだって、一瞬で背面に回り込まれて一方的にやられてしまうだろう。
ここは一旦、私に敵の注意を引きつけるしかない!
ファブリチウスの砲身を折りたたんで近距離射撃モードにチェンジさせる。
一瞬敵がピクリと反応したが、このまま撃ち込んでも奇襲にはならないだろう。
私は敵との距離を取るために後方にダッシュした。
それを見た敵は、クルリと反転して暁さんを狙おうとする。
「そうはさせますかっての!」
暁さんにあたらないように角度を浅めに構えてファブリチウスを発射した。
赤いビームが降り注ぐように着弾して、周囲を破壊する。
敵はあろうことかそのビームを全て避けて、こちらに向かってきた。
「全部かわされた! スピード特化すごいな!」
敵は私に追いつくと、左手のブレードを振り下ろしてきた。
早すぎる!
この攻撃をかわすのは無理だ。防御するしかない。
ファブリチウスを盾にしてブレードを防ぐが、一撃防いだところで、次々に攻撃が飛んでくる。
共通武器なのでそこまで威力がないのは幸いだが、このままでは嬲り殺しにされるのは目に見えていた。
本当はやりたくない。
けど、このまま防御し続けていても仕方がない。
私は敵の連続攻撃に耐えながら、腰のパッドに収納されていたハンドグレネードを取り出した。
「ミラ。痛いと思うけどごめんね!」
攻撃の一瞬の合間、私はそのハンドグレネードを自分のすぐ近くに投げ落とした。
敵はそれを見ると、すぐにその場から離脱する。
敵は知らないだろうけど、このハンドグレネートはアルフィルクと同じ改造が施されている。
だからすぐに爆発する訳じゃない。
爆発までの短い時間で、私もその場からできる限り距離をとった。
ハンドグレネードの装甲が解除され、大爆発が起きる。
ある程度離れたとは言え本来こんな距離で使う武器ではない。
私は爆風で吹き飛ばされ、また建物に叩きつけられた。
さっきブレードを食らってふっとばされたのと合わせて、ミラにはそれなりのダメージが蓄積していた。
ただ、今回はミラよりも私自身へのダメージが大きかったらしい。
落下の時のダメージも回復しきっていなかったらしく、とうとう操縦席で吐いてしまった。
『未明子!! 嘘でしょ大丈夫!?』
頭がグワングワンと揺れて、視界が定まらない。
しかも衝撃で顔をシートに打ち付けて切れたらしく、出血しているみたいだ。
顔の右側を熱いものが垂れていく。
「ご、ごめんミラ……操縦席、汚しちゃった」
『そんなのいいよ! ああ、どうしよう! 未明子が、未明子が……!』
初めて聞くミラの慌てた声だ。
ごめんね。そんなに心配させてしまうなんて。
頭も痛い。体も痛い。
はっきり言って満身創痍だったが、それに反して、私はどんどん怒りが込み上げてきていた。
よくもミラをあんな高いところから落としたな。
よくもミラをぶっとばしたな。
よくもミラの中を汚させたな。
よくもミラに心配させたな。
私の彼女になんてことするんだ。
私は敵に対して本気で怒っていた。
許せない。絶対に同じ痛みを味わわせてやる。
ミラを傷つけたことを後悔させてやる。
『未明子、もう撤退しよう。このままだと未明子が死んじゃうよ!』
「ありがとうミラ。優しいね。でも大丈夫。もうあいつ次の攻撃で倒しちゃうから」
『え?』
自分の口から、自分でも信じられないほど冷たい言葉が出た。
私はヨロヨロと立ち上がると、一度大きく深呼吸した。
怒りのおかげか痛みも薄れてきている。
目もしっかり見えているし、戦うのに支障はなさそうだ。
敵は離れた場所でこちらを見ている。
ちょうどいい距離だ。この距離になるのを待っていた。
追い打ちが来ないってことは、私が立ち上がるとは思わなかったのかな?
もう勝った気でいたのかな?
油断しすぎじゃない?
今から私に撃ち抜かれてやられると言うのに。
私は腰のパッドから、もう一つのグレネードを取り出した。
そして遠く離れた敵に向かって、そのグレネードを投げつけた。
 




