第2話 放課後のステラ・アルマ②
その日、私は朝から頭を抱えていた。
軽率な自分に嫌気がさしていたからである。
昨日はずっと好きだった女の子と二人っきりでおしゃべりすることが出来た。
しかも内緒の場所で、それも信じられないくらい至近距離で。
そこまではいい。
私の人生でも上位を争うくらいに幸せな時間だった。
だが、どうして私はその勢いで告白までしてしまったんだ。
知り合って、たっぷり時間をかけて、だんだん距離をつめて、お互い気の置けない関係になって、満を持しての告白なら分かる。
だがそうではない。
私は、今までちゃんと話しをしたこともない相手と、お近づきになってから一時間もしないうちに告白したのだ。
意味がわからない。
そういう雰囲気になった訳でもない。
ただ彼女が私に少しだけ優しくしてくれただけなのに、どうしてか私の思考はそれが千載一遇のチャンスだと感じて行動に走ってしまった。
私の人生でも上位どころか、間違いなく頂点に君臨する馬鹿をやったのだ。
あの後、鯨多さんは私の告白に驚いて顔を伏せてしまった。
そして……
「ご、ごめんなさい! 今日は、帰るね」
と言って、走り去ってしまった。
そりゃそうだよ!
何か話したいことがあったのに、その流れをぶち破っていきなり好きですなんて言われたって、どういう反応したらいいかなんて分からないよ。
「は?何言ってんのあんた。きも」とでも言ってくれたら、ごめんなさい本当にごめんなさい生まれてきたことが間違いでした今から髪を剃りあげて尼になって誰かの為に一生を捧げますとでも謝れたのに。
鯨多さんは天使だからそういう酷いことは言わない。
教室の反対側で友達と楽しそうに喋っている鯨多さんは今日も可愛い。
もちろん私から話しかけることなんて出来るはずもなく、せめて彼女の居心地を悪くさせない様に、私は一切の気配を殺して教室の壁と一体化していた。
キーンコーンカーンコーン…
チャイムが鳴って、それぞれが席についていく。
鯨多さんの席と私の席はクラスの真反対にある。いつもは嘆いていたけど、今日はこの遠い距離がありがたかった。
しばらくして、ガラガラガラと教室の扉が開いて、見慣れた先生が入ってくる。
そして、その後ろには見慣れない女の子が一人ついてきていた。
「ホームルームを始める前に、転校生を紹介するわね」
転校生?
転校生ってリアルにあるんだ。
周りでも「転校生のくるクラスってはじめて」とか「この時期に珍しいね」とか「あの子、めっちゃかわいくない?」などと囁かれている。
え? なんですと? 可愛いだって?
私は昨日のやらかしのせいで頭が働いていなかったので、転校生のことをしっかり見ていなかった。
かわいい子が来たなんて耳にしてしまったら、私の頭はフル回転し、感覚は一気に研ぎ澄まされる。
そして鷹を凌駕する程の視力を発揮するのだ。
目標ロックオン!
「た、確かにかわいい!」
切れ長の落ち着いた目、育ちの良さそうな顔立ち、手入れの行き届いた長い髪、品の良さそうな佇まい。
パーツだけを見るとかなりの美人さんなのだが、何と言っても背が低い!
私だってそんなに背が高い方ではないけど、私がヒョイと抱えてさらっていけそうな程に小柄だ。
その美人なお顔と、お人形さんの様な小さな体がギャップになってやたら可愛く見える。
なるほど、確かにクラスのみんなのかわいい評価はうなずける。
美人と言うより、かわいいと言いたくなってしまう。
私がその転校生に見惚れている間に、先生が黒板に名前を書いていた。
鷲 羽 藍 流
なんと読むのだろう。最初の文字はあれなんだっけ、なんか大きめの鳥だった気がする。
さぎだっけ?
さぎはね、らんる?
「わしばね あいるです」
全然違った!
名前があいる。変わった名前だけど綺麗な漢字を使うんだな。
いや、それよりも声がめっちゃかわいい。何だあの愛くるしい声は。
「鷲羽さんは半年間だけの在学となりますが、みなさん仲良くしてあげてくださいね」
半年間だけの在学とかあるんだ。親の都合とかなのかな。
半年だとせっかく仲良くなってもすぐにお別れになっちゃうのは残念だな。
あんなにかわいいなら、ずっといて欲しいのに。
いやいやいや!
今の私は鯨多さんのことで頭がいっぱいなんだから、他の女の子にうつつを抜かしている場合ではない。
そういう鯨多さんの反応はと彼女の方を見ると、鷲羽さんの方を複雑な表情で見ている。
複雑と言うより何か焦っている様にも感じた。
もしかして顔見知りなんだろうか。
「今日は入学の手続きや案内だけで帰宅になりますが、明日から授業にも参加してもらいます。犬飼さん! あなたの隣の席になるので、後で机と椅子を運ぶのを手伝ってもらえるかしら」
「私の隣っすか!?」
突然のことに驚いてすっとんきょうな声が出てしまった。
あのかわい美人さんが私の隣の席、だと?
この距離で見てても美人オーラで目が潰れてしまいそうなのに、果たして隣にいて正気を保てるのだろうか。
とりあえず先生のお願いに対して、わかりましたわかりましたと合図をする。
すると、隣の転校生が私の方を見ていることに気づいた。
すいませんね、こんな変な女が隣の席で。
これからよろしくお願いしますと言う気持ちをこめて目線を送ると、突然、この世のものとは思えない、もの凄いすてきな笑顔を向けられてしまった。
はーーーーーーーッ!?!!!?
衝撃で顔中から体液を吹き出してしまいそうだった。
きっと今の私は、女がしてはいけない顔になっているだろう。
だが急にあんな笑顔を向けられたら、こうもなろうと言うものだ。
すでに鯨多さんと言う天使がいるのに、さらにもう一人の天使が降臨してしまった。
今日の授業はずっと上の空だった。
昨日の鯨多さんの件と、突然あらわれた美人転校生のダブルパンチで私の脳の容量はとっくにキャパオーバーになっていたのだ。
私は6メガバイトくらいしかない脳の容量をなんとか駆使して帰り仕度をする。
本当は鯨多さんとお話ししたいけど、私から話しかけるのは気が引けた。
「あ、あの。犬飼さん」
名前を呼ばれて前を見ると鯨多さんがいた。
転校生もかわいかったけど、やっぱり鯨多さんはかわいいな。
目がキラキラしてるし、ちょっと赤くなってるほっぺとか柔らかそう。かじりたい。
って鯨多さん!?
何でまた私のところに!?
あかん! 6メガスペックで行動している場合じゃない。
脳をフル回転させて昨日の馬鹿を挽回しなくては。
「く、鯨多さん! おはようでございます」
フル回線させてこれかよ。
何の挨拶だよとっくに帰り時間だよ。
6メガどころか1メガくらいしか出てないぞこの脳みそ。ファミコンかよ!
彼女は、底スペック脳みそでアワアワしている私を見ても優しく微笑んでいる。
こういう時に普通の人ならドン引くか、呆れるか、何にせよ距離を取られそうなものなのに、彼女は絶対にそういうことはしない。本当に優しい。
「今日も、少しお話ししてもいいかな?」
まさかの鯨多さんからのお誘い。
しかも何かほっぺがいつもより赤くなってる様な気がする。
……何?
何が起こるの?
こんな風に誘われたら期待しちゃうじゃん。
この後するお話に期待しちゃうじゃん。
絶対私が期待してる様なことは起こらないだろうけど。
「よ、よござんす」
いつものことながら、私の口からナイスな返答は出なかった。
鯨多さんに誘われて、昨日と同じ場所へやってきた。
確かにここは人気が無くて良い。
昨日も誰もいなくて、今日も誰もいなかったら、きっと明日も誰もいないんだろう。
屋上に出るための扉が閉まっているなら、この場所はただのデッドスペースだから当たり前と言えば当たり前なんだけど。
だけど私はこの場所が好きになってきた。鯨多さんとの内緒のお話し場所だからだ。
「昨日はごめんなさい! 突然帰ってしまって。その、どうやって言ったらいいか分からなくて」
大丈夫だよぉ。
あの状態からうまい言葉が出てきたら神だよ。
むしろ引っ叩かれてもおかしくない位なのに、今日もお話しする機会を作ってくれるなんてありがたすぎる。
「こちらこそごめんなさい。鯨多さんが話したい事があったのに、私が言いたいことだけ言ってしまって」
「いえ、そんな……」
鯨多さんが顔を赤くしながらモジモジしている。
かわえぇ……この顔を見続けることが出来るなら世界を征服してもお釣りがくる。
と、いけないいけない。
このまま欲望に浸っていても昨日の二の舞だ。今日は鯨多さんの話しを聞かなきゃ。
「今日は、昨日の話しの続きってことでいいのかな?」
「あ、うん。……その……犬飼さんが女の子が好きって本当なのかをもう一度聞きたくて」
鯨多さんには隠したくないし正直に話そう。
それで拒絶されてしまったとしてもそれは私が悪い。
私が普通じゃないんだから、それは仕方がない。
「うん。私は小さな頃からずっと女の子が好きなの。女の子のことしか好きになれないの。それが私の普通なの」
普通の人にとっての普通じゃなくても、私にとっての普通はこれなのだ。
今までも、これからも、これを取り付くろう気はない。
「……そうなんだ?」
「そうなんだ」
やっぱり引かれるかな。
いくら天使にも許せることと許せないことはあるだろう。
しかも目の前の女はその天使に下心があるんだもんな。
そもそも一緒の場所にいること自体が間違いだったんだ。
「私もそうなんだ」
……。
……。
ん?
いまこの天使は何て言った?
私もそうなんだって聞こえた気がするけど。
え? お? ん?
いやいやいや。
まさか。
聞き間違えに違いない。
確認!
そう。こういう時は確認をしよう。
「鯨多さんも女の子が好きってこと?」
「うん」
確認したけど私の思っている意味に相違ない気がする。
ってことは、あの噂は本当だったってこと?
鯨多さんもまた、私と同じで女の子好きだったってこと?
「他の人には内緒ね? へへへ…」
そのかわいさに、再び私の心臓の鼓動がトップギアに入った。
昨日から私の血液ポンプは今までにない限界活動を何度も迎えて壊れてしまうのではないかと心配になってしまう。
目の前の女の子が、私の大好きな女の子が、同じ女の子好きだった!
こんなに顔を真っ赤にして、指をしーって口にあてて、照れ笑いをして、私の目の前に立っている!
なんて愛おしいんだろう。
こんなにかわいくて、愛おしくて、守ってあげたくて、愛おしくて、なんだろう、ここは天国なのかな? 天国に連れてこられてしまったんだろうか。
私は泣きそうになった。
「犬飼さん、昨日の、もう一回言ってほしい」
昨日のってなんだろう。
昨日私が言ったこと?
昨日私が鯨多さんに言ったことなんて
「なんだって力になる」
「部活やってる?」
「兄弟いる?」
「どこに住んでる?」
「私は女であることしか価値がない」
違う。
違う違う違う。
そうじゃない、分かってる。
鯨多さんが聞きたいのはそれじゃない。
もうあれしかないじゃん。
私はめいっぱい空気を吸うと
精一杯の気持ちを込めてその言葉を捻りだした。
「私、鯨多さんのことが好き!」
ずっと言いたかったこの言葉。
私の中で一番熱を持った言葉。
もう絶対に言う機会は訪れないと思っていた言葉。
鯨多さんはそれを聞くと
本当に天使としか形容できない様な最高の笑顔を浮かべて
私に優しくキスをした