第18話 二つの綺羅星②
「壁が消えたね。では進軍と行こうか!」
こちらと向こうを隔てていた紫の壁が溶ける様に消えていき、コンチェルターレが始まった。
もう泣こうが喚こうが待ったなしだ。
「ミラ、頑張ろうね!」
『うん。精一杯やろう!』
最後にもう一度気合いを入れて、さっきまで壁が見えていた方にミラを走らせた。
九曜さんと暁さんに前に出てもらい、その後に狭黒さん、更に遅れて私が進んでいく。
見た目通りの素早さで進んでいくツィーさんと、それに負けじとその速度についていくサダルメリクちゃん。あの巨体なのにツィーさんについていけるなんて。
「サダルメリクちゃん、移動するの速いですね」
「出力の強化もそれなりに行っておりますので」
そうか、出力強化すれば重量のデメリットを軽減できるんだ。
装備的に前線で攻撃を受ける役だろうし、動きが遅かったらうまく機能しないんじゃないかと思っていたけどちゃんと考えられている。
ミラは今の速度についていくのがやっとだから今後の事も考えると出力強化もしてあげたい。
あれもしたい、これもしたいと欲が出るけど、それはができるのはこの戦いに勝ってからだ。
『敵、見えたぞ』
ツィーさんからの通信が入る。
普段何を考えているか分からない人が発する真剣な声を聞いて緊張感が強まる。
「相手はどんな布陣だい?」
「西側と東側に3体ずつで組んでおりますね。それぞれがやや外側に膨れながら向かってくるので、挟撃狙いかと思います」
「なるほどね。数を生かして包囲するつもりか。こちらは数では不利だから少し揺さぶってみるとしよう。五月くんとすばるくんで東側の3体に向かってもらえるかい? 私と未明子くんは少し速度を落としてついていくよ」
「「了解!」」
狭黒さんの指揮に二人ともテキパキと対応している。
私はいまの話を聞いても、相手がどういう風に攻めてくるかのイメージが湧いていなかった。
すかさず狭黒さんから解説が入る。
「未明子くん、このままの速度で進めばおそらくだが、西側の3体がこちらに近づいてくると思う。私達を牽制しながら後ろに回りこんで挟み撃ちにするつもりだ。なので相手がその通りに動くようだったら私達は急速に西に移動しよう」
「え! でもそうすると九曜さんと暁さんと離れてしまって分断されません?」
「それが狙いさ。あの二人だったら2等星が相手でも大丈夫だろう」
等星ごとの強さは以前の模擬戦で実感した。
今回相手の中には2等星が一人と3等星が三人。それに4等星が二人いると言っていた。
もし向こうにいるのが2等星と3等星のチームなら戦力的にはこちらが不利の筈だ。
それでも狭黒さんが大丈夫と判断したなら、あの二人のコンビならしのぎ切れる計算なのだろう。
「二人に耐えてもらっている間にこちらの3体を私達でやっつけるってことですか?」
「それが出来るならそれに越したことはないが、相手の動き次第でもう少し戦況が変わると思うよ」
刻一刻と変わっていく戦況に臨機応変に対応していくのは難しい。
一対一の戦いなら敵一人の動きを考えれば済むが、多対多の戦いは予想がつかない。
「あの3体やっぱりこっちに来たね」
狭黒さんが言っていた通り西側の敵がこちらに近づいてくる。
しかもその内2人は、アルフィルクが使っていたアサルトライフルを構えながら突撃の勢いだ。
「げげ、もう撃ってきそう! こちらも撃ち返した方がいいですか?」
「いや、君のファブリチウスは温存しよう。私が牽制射撃するから手筈通り西に向かう」
そう狭黒さんが言い終わるや否や相手がアサルトライフルを撃ち込んできた。
わざとらしく私達の左側を狙ってくるので、やはりこのまま九曜さん達の方に押し込んで挟み撃ちする気だ。
「アルフィルク! とりあえず派手に撃って気を引いてやろうじゃないか」
『OK。ガトリングも使うわよ!』
アルフィルクが腰のガトリングガンをスライドさせて左手に構えると、右手のアサルトライフルと合わせて左右同時に射撃を開始した。
自分が食らったので良く分かる。これは相手にするとかなり厄介な攻撃だ。
牽制のための射撃とはいえ、かなりの範囲を制圧している。
その射撃に押されて相手の攻撃の狙いが悪くなってきた。
「この程度の弾幕で狙いが鈍るとは大した実戦経験もないのかねぇ。もしくはこちらに4等星がまとまっているのかもしれないね」
3人を相手にしながらも分析を欠かさないのは流石だ。
私は狭黒さんの射撃に隠れるように、言われた通り西側に向かって進んだ。
こちらに4等星が二人来ているなら、本命は向こうのチームかもしれない。
相手の攻撃を掻い潜りつつ、九曜さんと暁さんが向かった東側の戦いを見ると、そこには暁さんの乗るサダルメリクちゃんの姿しか見えなかった。
敵の3人が矢つぎ早に攻撃を加えているが、サダルメリクちゃんは肩に装備していた二枚の巨大な盾を展開してその攻撃をすべて弾いていた。
遠目に見ても激しい攻撃に見えるのに、全く動じていない。
「サダルメリクちゃん全然攻撃が効いてないですね」
「彼女の固有武装 ”ガニメデス” はその硬さがウリだからね。一旦防御に徹したら正攻法で突破するのはそうとう難しいと思うよ。しかも彼女は装甲強化極振りだからねぇ。私達が今まで稼いだポイントの半分くらいは彼女の装甲に充てているんじゃないかな」
ただでさえ防御型なのにさらに装甲強化もされている。
確かにあの防御力があれば向こうのチームが崩れることはなさそうだ。
「それとツィーさんの姿が見えませんね」
「ああ、そうか。じゃあ相手の攻撃が途切れる瞬間を良く見てごらん」
サダルメリクちゃんへの攻撃が途切れる瞬間?
目をこらして敵の動きを見ていると、確かに攻撃が途切れる瞬間がある。
それは次の攻撃への溜めをしていると言うよりは、体を弾かれて攻撃を止められているように見える。
「あ!」
それに気づいてようやくその姿を認識することができた。
サダルメリクちゃんを攻撃する敵の間を、ツィーさんが凄まじい速さで飛び回って攻撃を加えている。
一撃加えては離脱して別の敵に一撃を加え、そしてまた離脱して別の敵に攻撃を加える。
それを目にも止まらぬ早さで繰り返していた。
よく見るとすでに敵の3人は装甲が剥がれてダメージを負っているようだ。
「凄い! ステラ・アルマってあんなスピードで動けるんですね」
「メリクくんが装甲特化なら、ツィーくんは出力特化だからね」
なるほど、ステータス極振りのコンビだったのか。
サダルメリクちゃんが攻撃を捌いてツィーさんが攻撃する。
しかもサダルメリクちゃんは固くてダメージを受けていないし、ツィーさんはそもそも攻撃されていないから一方的に敵の戦力を削ぐことが出来る。
でも何でツィーさんは攻撃されていないんだろう?
固くて手が出ない相手よりも、攻撃してくる方を仕留めればいいのに。
「ツィーさんが攻撃されないのはどうしてなんですか? 早すぎて攻撃が当たらないんでしょうか?」
「それもあるが、メリクくんも特殊な技能を持っていてね。技能というか持って生まれた性質と言うか、メリクくんに一度でも敵意を持つと、なかなかその敵意が拭えないんだ」
敵意を拭えない?
自分を傷つける相手よりも、目の前にいる相手に執着してしまうという事か。
……思いあたる事があった。
暁さんが言っていた、サダルメリクちゃんがどの世界でも迫害されていたという話。
あれはたまたまそういう人が集まったんじゃなくて、サダルメリクちゃんのその性質のせいなのではないか。
本人の意思とは関係なく、敵意を持った相手に執着されてしまう何一つ良いところの無い性質。
今は固い装甲に守られているけど、普段の彼女は生身であんな風に誰かに攻撃されていたのだろう。
「敵としても不思議だろうね。自分を攻撃している脅威よりも、目の前の絶対に突破できない壁を攻撃し続けなければいけないなんて」
「何かハメ技みたいですね。じゃあどんなステラ・アルマもサダルメリクちゃんから逃れられないんですか?」
「いや流石にそこまで完璧な能力じゃないよ。彼女よりも格上のステラ・アルマや、意思の強いステラ・カントルには通用しない」
もし誰にでも通用する能力だったら、実質サダルメリクちゃんのいる側は負けなしになる。
どんな強い敵だろうと、強制的に攻撃対象を決められて、かつそれ以外を狙えない状態で他から攻撃されたらひとたまりもないだろう。
格上には通用しないとは言っても頼もしい力であることに変わりない。
普段のサダルメリクちゃんへの呪いが、戦いにおいては比類無き能力になっているのは皮肉だが。
「向こうの3体がメリクくんへの攻撃をやめないなら、おそらくこっちの残った1体が2等星だね」
「そういう事になりますね」
あちらに2等星のステラ・アルマがいるならツィーさんの攻撃を放っておかない筈だ。
それをしないと言う事はこちらにその2等星がいるということだ。
「でもそれってやばくないですか?」
「何でだい? ミラくんも2等星だろう?」
ええ……。
また狭黒さんに過剰な期待を寄せられている。
向こうのチームが相手をしている敵を見ていると、サダルメリクちゃんに翻弄されているとは言えその動きは洗練されていて、あれが戦闘経験を積んでいる動きなんだなと感じた。
もしこちらにそういう手練れの2等星がいるなら、戦闘経験の浅い私は2等星のステラ・アルマに乗っているというアドバンテージを無くしていると言ってもいい。
そうすると仮に他の二人が4等星だったとしても戦力的に不利と言わざるを得ない。
「まだ自分を初心者だと謙遜しているのかい? 私とあそこまで戦えたんだから胸を張っていいよ」
その張る胸がないんだ私には!
いや、そこを突っ込んでも仕方がない。
ここで私がわめいても目の前の敵がどうにかなる訳じゃないんだから、手練れがどうとか初心者がどうとか気にしても良いことは無い。
「わかりました! 何か作戦はありますか?」
「作戦もあるにはあるが、さっき言ったように戦況が変わりそうだから、まずはその対応からしていこう」
そう言われて敵の動きを見ると、変わらずこちらに射撃を加えてくる二人の間から、2等星と思わしき一人が移動を始めた。
私達を無視して九曜さん達のほうに向かっている。
「なんで向こうに移動するの!?」
「おそらくこのままでは向こうの戦況が不利だと判断して加勢するつもりなんだろう。私達はこの残った二人で抑えられると思われているね」
何だとコンニャローと頭に血が昇りそうになったけど、言われてみればこちらからは牽制射撃しかしていないし、私は逃げていただけで何にもしていなかったのでそう思われても仕方がなかった。
でも私が見くびられるのはいいけど、ミラが見くびられるのは勘弁ならねぇ!
「私達に背をむけるなら、このまま撃っちゃいますね」
「その豪気いいねぇ! ではあの2等星は未明子くんに任せよう」
「分かりました! ……え、やっぱ分かりません!」
「この二体は私が何とかするから、未明子くんがあの2等星を倒してしまってくれ」
「いやいやいや無茶ですよ! 2等星ってあのツィーさんと同格ですよね!?」
「だからミラくんだって2等星だろ? それに分断の目的は初めからそれだったからね。ほら、私の計算通りに三面での戦いになった。私と目の前の二人、五月くんと暁くんとあの三人、そして君とあの2等星だ」
相変わらず無理を言いなさる。
てっきりチーム戦だと思っていたのに、まさかの個人戦。
ただ頭数で不利だったのに戦力の分配自体はうまく出来ていると思った。私が頑張りさえすれば。
ここでうまく時間を稼げれば残りの二面はなんとかなりそうな気はする。私が頑張りさえすれば。
そう、私が頑張りさえすればうまくいく盤面なのだ。
やるんだ未明子。ミラと暮らす世界を守るんだろ。ミラと一緒に頑張るんだろ。
そうだ。私にはミラがついているんだ。それに九曜さんも言っていた、一人で背負わないでねって。
じゃあもう難しいことは気にするな。
行ったれ。そして言ったれ。
「あの2等星、私がなんとかしますッ!!」
「その意気や良し!」
私はこの場を狭黒さんに任せて、離れていった2等星を追いかけた。
ちょっと調子に乗りすぎたか、そうなるように狭黒さんに乗せられたのか、とにかくあの敵は私がなんとかするんだ。
「ミラごめん。ちょっと危険な行動にでたかもしれない!」
『大丈夫だよ。私達でやっつけちゃおう!』
私の彼女はいつだって私の味方をしてくれる。
正直またミラに怪我をさせてしまいそうで怖いけど、相手だって同じことを案じているに違いない。
相手だって同じ人間の女の子のはずだ。
ならきっと愛が強い方が勝つ!
土壇場になると、暁さんの考え方は結構大事なんだなと思った。
遮蔽物が無いので敵を見失うことはないが、相手の方が移動速度がやや上のようで少しずつ距離が離れていってしまっている。
こちらを見向きもしないので、追いかけていることすら気づいていないのかもしれない。
それならそれで構わない。
この距離だったらファブリチウスの射撃が活きる。
こちらに注意を引きつける意味でも、一撃放ってみることにした。
「何ならこの一発で……沈めぇッ!!」
前を走る敵目掛けて、赤いビーム状のエネルギーが発射される。
方向もタイミングもいい! これなら避けられないはずだ!
そう思っていたが、ファブリチウスの砲撃があたる間際のところで敵がこちらを振り返った。
そして素早いサイドステップで、砲撃は見事にかわされてしまったのだった。
「避けられた!?」
思った以上に容易く避けられてしまい少し自信が揺らぐ。
あんな完璧なタイミングの砲撃だったのに外れるなんて!
砲撃に気付いてから避けるまでが異様に早かったし、もしかしてこちらが撃つのを感づかれていたのかもしれない。
『ステラ・カントルの人が勘が冴えている人なのか、もしくはスピード強化をしているのかもね』
動揺する私を諭すようにミラがアドバイスをくれる。
スピード強化されていたとして、あんなギリギリの攻撃をかわせるものだろうか。
でも敵の攻撃を一切通さない装甲特化のサダルメリクちゃんや、目にも止まらぬ早さで動く出力特化のツィーさんがいるくらいだ。スピード特化の超反応の敵がいたとしても不思議では無い。
「そうなると、普通に撃ってもまず当たらないね」
『うん。何かしら当てるための工夫をしないといけない』
能力が上の敵に出会うことはゲームでも良くあることだ。
そうなった時は相手の攻撃方法、行動パターンをよく観察して、自分ができることと照らし合わせて対策を打つ。それが攻略だ。
相手の反応が早くて当たらないなら、当たるような状況を作ってやればいい。
私はここでようやく相手のステラ・アルマをしっかりと観察した。
白を基調としたカラーリングで、頭が縦に長い。
シルクハットを被っているようなシルエットだ。
サイズ感はこちらと同じだが、右手がやたら膨れ上がっていて腕に円盤でもつけているかのようだ。
そして左腕には肘側にマウントされたブレードを装備しているのが見える。
気になったのは、腰のあたりに複数ついている板のようなものだ。それぞれ中央に宝石のようなものが嵌っていて、それが6個ついている。腰部のデザインと言うには少し奇妙な形だった。
まずは相手の攻撃タイプを見極めるのが先決だ。
ブレードが見えるからと言って近接タイプとは限らない。
私は当たらない事は承知で、敵に向かってもう一度ファブリチウスを撃った。
敵は先程と同じようにファブリチウスの砲撃を命中寸前でかわすと、右手を前に差し出してきた。
すると腕についている円盤のような物が高速で回転し始める。
「何だあれ? ミラ、あんな武器も売ってるの?」
『あんなの見たことないよ』
ミラが知らないということは、あれがあのステラ・アルマの固有武装に違いない。
回転しているということはあれを飛ばしてくるのだろうか。
どんな攻撃が来ても対応できるように、少し腰を落として身構える。
高速で回転している円盤はどんどん早くなっていき、そこから小さな何かが飛び出してきた。
それは、ノコギリの刃のような物がついた歯車だった。
刃自体も高速で回転していて、それが同時に3つこちらに向かって飛んでくる。
「遠距離攻撃タイプの固有武装!」
撃ち落とすことも考えたがあの速さだと間に合わない。
仕方なく左に大きく回避した。
すると、その歯車は飛んでいる途中で軌道を変えて避けたこちら側に向かってきたのだった。
「曲がった!?」
避けた直後で体制が不十分だったので、もう一度同じように避けるのは難しい。
かと言ってこのままだとまともに食らってしまう。
私はとっさに片足を後ろに蹴り上げて、その場にうつ伏せに倒れこんだ。
自分で自分を地面に叩きつけたようなものである。
もちろん衝撃はあるが、あの痛そうな歯車をくらうよりはマシだ。
私はすぐに立ち上がり、体制を立て直す。
腕の円盤から軌道を変化させる歯車を飛ばす。あれが相手の固有武装の能力だ。
「まさにメタルブレードだね!」
『メタルブレード?』
「ロックマン2って言うゲームに出てくるメタルマンってキャラが使う武器だよ。色んな方向にああいうギザギザの円盤を飛ばしてくるんだ! すごい汎用性の高い武器でね、色んなボスキャラに有効なんだ。でも一番その武器が効くのはメタルマン自体なんだけどね!」
『……』
あ……。
しまったぁ。
好きなゲームに出てくる武器に似ていたので、オタク特有の早口ムーブをしてしまった。
そんな話をされてもミラが分かるわけないのに。
『なんか楽しそうだね。今度一緒に遊ぼうね!』
天使の様な反応だった。
オタクがこんな話をしても良い反応を返してくれるなんて優しいなぁ。
良かった! 私の知らないところでオタクがミラに絡んでいたら、そのオタクを惚れさせていたに違いない。
「メタルマンもすごい反応速度で攻撃してくるキャラだったな」
『でも未明子は倒したんでしょ?』
「うん。倒した」
何度も戦ってはやられてを繰り返し、歯を食いしばり学習して、私はついにメタルマンの攻撃を一発も食らわずに倒せるようになったのだ。
そういう事の積み重ねで、私は次第にアクションゲームが上手くなっていった。
いま思い返すと、私のアクションゲームの先生はメタルマンだったのかもしれない。
「こんなところでやられてたらメタルマン先生に申し訳がたたないから絶対攻略してやる!」
敵の固有武器への対策はまだ思いつかないが、私のゲーマー魂に火がついた。
 




