第158話(最終回)あなただけここにいれば孤独じゃない
最終回です。
未明子の物語、ここで完結となります。
今回あとがきを含めて同時に3話更新しております。
157話を読まれていない方はそちらからお読みください。
池袋にある、とあるお店に来ていた。
私がソラさんとムリちゃんと初めて会った場所。
一般的にはライブハウスと言うらしい。
今日はそのライブハウスでソラさんのアイドルユニット ”露を降らせ” の新生ライブが行われていた。
わざわざ新生とつけたのはメンバーに鷲羽さんが入ったからだ。
今までの二人体制から三人体制に変わって、ステージはより華やかになった。
最初は全力で嫌がっていた鷲羽さんも、私や暁さんの説得もあり、練習を重ねていく内に覚悟を決めてくれた。
それからは積極的に意見も出すようになって、今や一人前のメンバーとして歌って踊っている。
鷲羽さんはステラ・アルマだけあって歌は最初から上手かった。
代わりにダンスがちょっと独特で、決して下手ではないのに何故か面白かわいくなってしまう。
ソラさんとムリちゃんがカッコよく決める系のダンスなので鷲羽さんのダンスがノイズになってしまうのを心配したんだけど、意外とバランスが良くてそのまま採用になった。
三人の衣装は暁さんと服飾デザイナーでもあるベガさんが共同で考えてくれた。
それぞれの個性を際立たせたとても良い衣装で、特に鷲羽さんの衣装への熱の入りようは魂が籠っているのを通り越して執念すら感じた。
さすが姉妹。
可愛く着飾りたいと思う気持ちが宇宙レベルだ。
今回のライブは以前と同じで対バン形式。
他の出演者が呼んだお客さんもいたので客席はそれなりに埋まっていた。
ただ、鷲羽さんが歌って踊ると聞いて狭黒さんとアルフィルクを除く全員がお客さんとして参加したせいで、客席の前の方は身内で埋まってしまった。
何なら別の世界から葛春さんと藤袴さんまで参加していた。
ソラさん目的で来た二人は最前列で私と一緒にライブを大いに盛り上げてくれた。
ライブが終わった後は撮影会の時間が設けてあったのでそこでたくさん写真を撮らせてもらった。
流石にステージを降りた後は冷静になったのか、鷲羽さんはカメラを向けると終始照れていた。
今日来られなかったベガさんに見せなきゃいけないから容赦なく撮らせてもらったけど。
撮影の合間にソラさん達が葛春さん達と話していた。
「いやー。こんなに沢山の人の前でライブがやれるなんて熱が入るわね!」
「わ……ボク達、お客さんより演者の方が多いなんてザラだったからね」
「じゃあこれからは確定で客が2人いるんだから少なくともイーブンになるじゃない」
「あら桃ちゃん。また来てくれるの?」
「当然よ! だからぬっるいライブなんて見せたらタダじゃおかないからね?」
「上等! 毎回、血沸き肉踊るライブにしてやるんだから!」
「梅雨空。それアイドルのライブが提供するものじゃないよ……」
「ひッ! 桃さんもしかして私も数に入ってます?」
「そう言えばあなた達セプテントリオンは続けるのね。セレーネがいなくなったんだから抜けても良かったんじゃないの?」
そう。
あの戦いで生き残った4人はそのままセプテントリオンを続ける事になったのだ。
今でも定期的に月に集合しているらしい。
「まあね。でもセプテントリオンは萩里が作ってくれた私達の居場所でもあるから……」
「萩里……」
葛春さんの言葉に九曜さんが悲しそうな顔を浮かべた。
聞いた話だとあの戦いでセプテントリオンのリーダーは九曜さんを庇って味方にやられたらしい。
その人と九曜さんの関係は何となくは聞いてるけど、この顔を見ると死なせたくない人だったんだろうな。
「ねえ桃ちゃん。尾花は元気にしてる?」
「いつも通りよ。流石にしばらくは落ち込んでたけど萩里がいない以上、次のリーダーはあいつだからね。無理をしてでも頑張ってるみたい」
「そっか。桃ちゃんはもう大丈夫なの?」
「私だってショックだったわよ。おみなえしも藤袴も立ち直るまでに時間はかかった。でもいつまでもウジウジしてられないでしょ? あんたもあんまり落ち込んでると、化けて出た萩里に説教されるわよ」
「怖ぁ。立ち直るまで帰ってくれなさそう」
「あ! そう言えばこれを持って行けって渡されたっす。尾花さんの髪束です」
「怖ッ! 何その呪いのアイテム!?」
「いや、アルデバランに渡しておいて欲しいって言われたんすよ」
「アルデバラン……あーメリクちゃんか。え? メリクちゃん女の子の髪を集めるのにハマってるの?」
「私は、そんなのいらない。アルデバランが、生かす条件にって、要求したみたい」
「ちょっとすばるちゃん。アルデバランどうなってるの?」
「わたくしに言われましても……」
「サダルメリク。アルデバランはもう出てこないのか?」
「疲れて、休んでるだけ。回復すれば、また顔を出すように、なる」
アルデバランさんは戦いの後にサダルメリクちゃんと交代してから姿を見せていない。
ダメージが深かったのとアニマを枯渇寸前まで消費した影響でずっと眠っているようだ。
「もうサダルメリクの意思ではアルデバランとの交代を止められないんだろ? 勝手に出てきて暴れ出したらどうするんだ?」
ツィーさんはアルデバランさんをフォーマルハウトと同じくらい警戒していた。
関わろうとしなければ害の無いフォーマルハウトと違って、アルデバランさんは仲間全員を襲うと宣言しているのだから警戒するのは当然と言えば当然だ。
「一応犬飼さんの持っている服従の固有武装でストッパーをかけてありますが、次に現れた時に再度話し合いをするつもりです」
「あいつ話し合いに応じるような奴なのか?」
「それは、大丈夫。稲見さんにアドバイスを貰って、対アルデバランの秘策を、生み出した」
「稲見は悪巧みが持ち味みたいになってきたな」
「悪巧みと言うか、入れ替わっている間も相手の声が聞こえるならアルデバランさんが迷惑行動を取ったらメリクちゃんが内側で大暴れしたらどうって言っただけですよ?」
「大暴れするって……そんなの効果あるのか?」
「任せて。アルデバランの、嫌がる周波数を、この前の戦いの間に、マスターした」
「超音波発生器みたいな奴だな」
「だから、この前の戦い、すばるの精神汚染が、弱かった」
「あれはメリクのおかげだったのですか? いま知りました」
「みんなが戦っている裏で、私も、戦ってたんだ、ぜ」
サダルメリクちゃんがドヤ顔で答えていた。
何かやらかそうとする度にサダルメリクちゃんがキーキー叫ぶなら効果はあるのかもしれない。
自分では止められないアラームが鳴りっぱなしってそうとう煩わしいもんな。
それよりもサダルメリクちゃんが内側で騒ぐだけで暁さんの負担が減るのが面白い。
「そう言えばツィーさん。この後の打ち上げの会場を取ってくれたんでしょ?」
「勿論だ。フェルカドがその高い能力を駆使して最高の店を予約してくれたぞ」
「はい。ツィーさんからお肉の美味しいお店という指定があったので予算内で一番いい店を押さえてあります」
「何でツィーがリクエスト入れてるのよ。ソラちゃんのライブの打ち上げでしょ?」
「馬鹿者五月。打ち上げと言えば肉だろうが。な、梅雨空?」
「そうよ! ライブで暴れた後は肉を食べるのが礼儀ってものよ。もちろん桃と藤袴も来るんでしょうね?」
「私達もいいの?」
「当然でしょ! そんなフリフリの可愛い服を着てるところ悪いけど肉の匂いをたっぷり染みつけて帰ってもらうからね」
「ひッ! ありがたいっすけど、それならお姉ちゃんに連絡を入れておかないと……」
まさかセプテントリオンのメンバーと打ち上げに行く事になるなんて。
何かこういうワイワイした感じ、月との戦いが始まる前に戻ったみたいで楽しいな。
「ところで藤袴さん。前に桃さんはセレーネとのゲームに負けたからスカートを短くされたと言っておられませんでしたか?」
「ひッ! 良く覚えてるっすね。その通りです」
「すでにセレーネの目は無いのにまだあんなに短いスカートを履かれているのは、やっぱりそもそも短いのが好きなんですか?」
「いえ。セレーネさんがいなくなっても一度与えられたペナルティは残るんすよ。言ってなかったですけどセレーネさんのペナルティは人と世界に対して与えられるので、桃さんのペナルティは桃さん自身に刻みこまれているんです」
「一生そのままなんですか?」
「一生そのままです。私の名前も……」
「名前?」
「いえ、何でもないっす」
何やら暁さんが藤袴さんと内緒話をしていた。
こうやって元敵だった人達とも普通に話せるようになったのはいい関係だと思う。
私だって黒馬さんとの再戦は楽しみだ。
別の世界の人達ともこうやって交流できるようになれば、文字通り世界が広がっていく。
別の世界と言えば月との戦いに協力してくれた世界のみんなだ。
セレーネとの話し合いの後、協力してくれた世界の人達にも状況を説明した。
夏の大三角の姉妹が月の管理者になるのはみんなが賛成してくれた。
その上でもし何か問題が起こるようなら、月を通して解決するという取り決めになった。
戦いが終わってもどんな問題が発生するか分からない。
その時はまたみんなで協力できるように、ベガさんがいつでも月と連絡を取れるようにしてくれた。
ついでに言うとそれぞれの世界への移動も特に制限されていない。
混乱を起こさぬよう常識の範囲内なら好きに世界を行き来できる。
今後の話がまとまり、それぞれ元の世界に帰る別れ際。
各世界の代表者の4人が挨拶に来てくれて私と鷲羽さんと双牛ちゃんで少しだけ話をした。
「それではみなさん。お世話になりました」
「こちらこそ。木葉さん達の協力が無ければとても勝ち目のない戦いでした」
「最後は仲良く気を失っててごめんね。一番大事な時に役に立てなかったよ」
「私も最後は動けなかったので気にしないで下さい。それよりもお亡くなりになったみなさんのご冥福を祈ります」
地球側の最終的な戦死者は、操縦者・ステラ・アルマ合わせて7名。
こればっかりは私達も一緒に悲しんであげる事しかできないのが辛い。
「ありがとうございます。犠牲は出ましたが、それでもみんなが命を懸けた甲斐はあったと思います。これからはもう誰も傷つかなくて済むんですから」
「私達の世界とこだてちゃん達の世界も戦わなくて済んだしね。もちろん志帆ちゃんやダイアちゃんの世界とも」
「私はもう二度と戦いたくないや。大切な人を失うのは辛いよ」
「志帆……」
「だから戦いが終わって良かった。これからは残ったみんなを大切にして生きていく」
委員長ちゃんも毛房さんも三つ葉ちゃんも、これから大切な人のいなくなった毎日を生きていかなければいけない。
私も味わったあの地獄のような日々を、涙をこらえながら生きていかなければいけないんだ。
だからせめて私もこの戦いで一緒に戦ってくれた人達のことは記憶に深く刻んでおこうと思う。
「アルタイルさん! 今後月が狙われたりはしないんですか?」
「えっと……どういう意味かしら?」
それは音土居さんからの質問だった。
穏やかではない内容にみんなの表情が強張る。
「月の管理者が変わって戦う必要が無くなったのは管理人を通して各世界に伝わるみたいですが、そうなると新しい体制に文句を言ってくる世界も出て来るのではありませんか?」
「確かにそういう世界もあるかもしれないわね」
「そうなった時に対処しきれなくなったら是非とも声をかけてください!」
「え?」
「せっかく私達で掴み取った平和です。それを維持するためなら喜んで力を貸しますよ!」
「それは有難いわ。でも無理はしないでね」
「大丈夫です。どうせ私もシャウラも暇にしていると思うので!」
ガハハハハと笑う音土居さんは相変わらずの戦闘狂っぷりだった。
三つ葉ちゃんがもう戦いたくないと言っている隣で揉め事大歓迎なのは中々の強者だ。
「ダイアは最後までダイアだったな。では私達の世界で問題が起きた場合も呼び出させてもらおうかな」
「いいですよ! 何なら今からもう委員長の世界にお邪魔しましょうか?」
「まだいいよ! 大人しく自分の世界に帰りなさい。あと委員長呼びはやめなさい」
「せっかく助かったんだから自分の世界を大事にしなよー」
「私、ダイアちゃんの事ちょっと怖いわ」
「やや志帆さん。心外です!」
この4人も何だかんだ仲良しで良かった。
もし何か困った事があったら私もすぐに力を貸すつもりだ。
一緒に戦ってくれた恩は絶対に忘れない。
「それではまた機会があればお会いしましょう」
「私は1等星を見たいから、ちょくちょく月にお邪魔すると思うけどねー」
「じゃあ私も月に遊びには来ようかな」
「あ、では私もご一緒します。ルミナス相手に修行とか面白そうですしね!」
「君達は少し落ち着くことを覚えた方がいいぞ……」
私達が見送る中。
最後まで騒がしかった4人はそれぞれの世界へと帰って行った。
オーパ秘密基地。
未明子が名付けたイーハトーブメンバーの拠点となっている場所だ。
月との戦いが終わった直後、各世界の管理人に通達があった。
セレーネが敗北し月の管理者を退く。
それを聞いた各世界の管理人達の反応は様々だった。
大慌てで月に帰還する者。
半信半疑で確認を繰り返す者。
特に反応もなく地球に留まる者。
未明子達のいる9399世界の管理人シャケトバ・セレーネはその通達を受けて心の底から安堵した。
自分が担当した者達が真っ向から月と戦って勝利した上に、誰も死ななかったのだ。
奇跡が起こったと言っても過言ではない。
担当した世界が勝利した時、管理人には報酬が与えられる。
報酬はセレーネへ何でも意見を通す事のできる権利だ。
シャケトバの目的はセレーネを女神の座から解放する事だった。
本来9399世界が勝利した暁には、この管理人の権利を行使してセレーネから女神の座を奪う予定だった。
しかし対峙する中で管理者の譲渡の約束が成された為にこの権利が使われる事は無かった。
シャケトバからすればセレーネに休んでもらえるなら権利の行使がされたかどうかなど関係ない。
どんな経緯であれ、月と地球の管理者という重責から解放されたのであれば満足であった。
各世界の管理人には今後の行動の自由が与えられた。
セレーネについていくも良し。
月に戻るのも良し。
そのまま管理する世界に残るのも良し。
どんな選択も認められる中でシャケトバは管理する世界に残る事を選んだ。
セレーネを想う気持ちも強かったが、長い目で見ればセレーネとはいつでも会える。
それよりもこの世界に住む者達とできる限り交流を続けたかったからだ。
そんな管理人の元に訪問者があった。
やって来たのは長らく入院していた狭黒夜明とそのパートナーのアルフィルク。
夜明にとっては久方ぶりの拠点。
周囲を見渡しながら懐かしさを噛みしめていた。
「やあ。久しぶりだねセレーネさん」
「何だ狭黒。嫌がらせか?」
「ふふ。冗談だよシャケトバさん。しかし今日は顔を隠さなくていいのかい?」
「もうしばらく顔など隠していないぞ。必要がなくなったからな。お前こそ容体はもういいのか?」
「シャケトバさんのおかげ……いや、未明子くんのおかげかな? この通り元気になったよ」
夜明はその場でクルリとターンを決めた。
元々そんなオーバーな事をするタイプでは無いが、健康を証明するためのパフォーマンスだった。
「何よりだ」
「まさか未明子くんの体質にヒントがあるとはねえ」
「ミラから調査を頼まれていた件でお前の病気まで改善するとはな。調査した甲斐があった」
「そのおかげで私は酷い目にあったんだけどね……」
「おやぁアルフィルク。君も結構喜んでいたように見えたけどね?」
「馬鹿言わないで! あんなの二度とごめんよ!」
「そうかい? 私は是非もう一度齧ってみたいけどね」
管理人がミラから依頼されていた内容。
それは未明子が最低一日一度はアルタイルとキスをしなくてはいけない理由だった。
何に起因しているのか未明子本人も分かっておらず、危険性の有無を確認する必要があったのだ。
未明子がその体質になったのはセプテントリオンに敗北して瀕死の重傷を負った後。
そこに原因があると想定し、シャケトバは未明子の体を詳しく検査した。
そして判明した事実は興味深いものだった。
未明子はあの重症を負った際に死んでいたのだ。
正確に言うならば死に至るほどの肉体的ダメージを受けていた。
ならば何故生存し、今も元気に活動しているのか。
その答えはアルタイルの核にあった。
未明子は以前、フォーマルハウトの能力を使ってアルタイルの核に直接触れた経験がある。
具体的には核の表面に唇で触れ、舌を使って表面を舐めた。
その際にステラ・アルマの核を構成する物質が口から体内に侵入。
肉体と一体化してしまったのだ。
結果ステラ・アルマに近い負傷耐性を得て、常人では死を免れないダメージを受けても生き延びられた。
しかし代償として核を接種したステラ・アルマから定期的にアニマを受け取らなければいけなくなってしまった。
自分の体から生み出すアニマでは意味がなく、一度そのステラ・アルマを経由したアニマが必要となった。
これが検査で判明した未明子の体に起こっている現象だった。
現状アルタイルから24時間以上アニマを貰わなかった場合に意識を失うという枷がある。
これに関しては未明子が健康を維持し、いわゆる体力の借金を返済しきれば改善するだろうと予測されていた。
つまりこのまま放っておいても、しばらくすれば治るという事だ。
以上の調査結果の元、人間がステラ・アルマの核に粘膜的な接触をすればステラ・アルマの耐性をある程度獲得できるという新しい発見があった。
そしてその話を聞いたアルフィルクが夜明の病気治療のために同じ事をできないかと提案したのだ。
未明子が夜明の病室までフォーマルハウトを連れて行き、そこでアルフィルクの核を体外に排出。
舐めるだけでいいからねと言ったアルフィルクの言葉を無視して夜明は核を甘噛み。
全身に電気を流されたような衝撃を受けたアルフィルクはその場で気を失った。
その後、夜明は目覚ましい回復を見せた。
元々が難病であるため完治したわけでは無いが、日常生活を送るには全く問題ないほど元気になり退院できたのだった。
「ステラ・アルマの核にはまだ解明できていない部分が多い。もし何か異常が出たらすぐに教えてくれ」
「勿論さ。でも何か異常があってもそれがアルフィルク起因なら喜んで受け入れるよ。病気に殺されるより全然いい」
「私は嫌よ。私のせいで夜明に何かあるなんて」
「ちなみに未明子くんのアニマが濃い理由は分かったのかい?」
「それは全く分からん。体質で結論とするしかない」
「絶対何か理由があると思うんだけどね。だって他の世界の未明子くんは普通なんだろ?」
「そうだとしても今は判断のしようがないな」
未明子のアニマ生成量が異常に高い理由はシャケトバの調査では原因を特定できなかった。
ただそれに関しては本人の了承を得て月の機関で調査を続けている。
うまく要因を得られればラピスの劇的な改良に役立つかもしれないからだ。
そう説明された未明子は喜んで協力しているようだ。
「それでシャケトバさんは月には還らないのかい? まだ新しい管理者に挨拶してないんだろ?」
「……ベガと連絡を取ったからそれで挨拶とさせてもらった」
「ふむ。どうやら新しい管理者は中々に曲者のようだね」
「ベガも今は大人しくなったんでしょ? 曲者って程でもないんじゃない?」
一度はベガに対して不信感を持っていたアルフィルクだったが、月でセレーネと対峙した際に味方についてくれたと聞いて認識を改めていた。
会いに行くのを渋るような相手ではないだろうと首をかしげる横で、夜明が楽しそうに笑みを浮かべる。
「いやいや。アルタイルくんでもベガくんでもない。もう一人の姉妹ちゃんの事だよ」
月の大聖堂。
セレーネが女神の座を退いてからもベガはこの場所を会談の場としていた。
まだ広大な月の基地を全て把握しきれていないのもあり、とりあえずは同じ場所を同じ用途で使っているのだ。
この日は地球からアケルナルが来ていた。
セレーネを打倒してからの経緯はすでに説明していたが、顔を付き合わせて今後の話をしたいと申し出があったのと、長く探していたカペラに会う理由もあっての訪問だった。
聖堂に置かれた円卓にはベガとカペラが席についている。
その傍には二人の護衛として尾花とおみなえしが控えていた。
ベガの向かいにはアケルナル。
そしてベガの隣にはもう一人の女性……と呼ぶにはあまりに幼い見た目の女の子が座っていた。
栗色のふわふわした長い髪を持ち、髪の毛先をいくつか青色のリボンで留めている。
その髪束を振り子のようにして遊んでいる少女は夏の大三角の末っ子、はくちょう座1等星のデネブだ。
アルタイルとベガに負けない程の見目麗しい顔立ちのデネブは、その愛らしい顔を醜く歪めていた。
これでもかと口をへの字に曲げてアケルナルを睨みつけている。
「ちょっと。この部屋、猿臭いんだけど?」
「相変わらずの口の悪さだなデネブ。歳上には敬意を払うものだぞ?」
「はぁあ? 私よりちょっと先に生まれたからって何で猿なんかに敬意を払う必要があるのよ。猿はさっさと森に帰りなさいな」
「……で、カペラ。お前がずっと月にいたのは理解したが、もうステラ・アルマに対する考えを改めたのか?」
「おおい! この下品猿! 私を無視するな!」
騒ぐデネブは無視して、カペラがアケルナルの質問に答える。
「あなた達の評価は変わらない。ステラ・アルマは人間と関わるべきではないわ」
「そう思っとるんだったらお前がまず星に還ればいいだろうが。お前以外の奴は好きで地球にいるんだ」
「もちろんよ。私達ステラ・アルマの使命はセレーネの討伐。それが成された以上、地球に留まる理由はないもの」
「え? 何? 私せっかく月に呼び出されたのにもう解散なの?」
「カペラの言う通りです。セレーネは月の管理者を降り、地球が増えても問題ない事が分かった。当初の私達の目的は達したと判断していいと思います。しかし今は別の目的が生まれてしまった」
「……ちょっと猿。別の目的って何なのよ?」
「何で管理者のお前が知らないんだ?」
「地球に降りたステラ・アルマの処遇だよデネブ」
「へ?」
そう言われてもデネブはピンと来ないようだった。
ベガはそんな妹の呆けた顔を愛らしいなと思いつつ尾花に目配せをする。
それを受けた尾花は一度隣のおみなえしと顔を合わせたあと、頷き返した。
「アケルナルさん。彼女らがセプテントリオンです。元はセレーネの部下でしたが今は私達三姉妹の護衛という形で月に関わってくれています」
「なるほど。月の三姫を守る騎士と言うわけか」
「その月の三姫って呼び方やめません?」
「もうほとんどの世界にその呼称で伝わっとるから諦めろ。で、そのセプテントリオンがどうしたんだ?」
「彼女らの調査によれば、いま地球にいるほとんどのステラ・アルマが星への帰還を望んでいません」
「そりゃまあ、私だってまだ還りたくはないからな」
「地球選抜のための戦いは終わりましたが、ステラ・アルマにはそもそも戦闘力がある。何かの拍子で争いの種になりかねません」
「ふむ。確かにその側面は捨てきれんな」
「このままだと私達は地球に寄生する生きた爆弾です。だから全てのステラ・アルマに何らかのルールを強いる必要があります」
「なるほどな……」
「じゃあベガ姉。私達は人間には関わるなって事?」
「そうは言っていないよデネブ。未明子さんにもそこはお願いされたからね」
「未明子ってアルタイル姉のパートナーの子?」
この問題自体はセレーネを倒した後の話し合いですでにベガから出ていた。
長く地球に居座っては人間に迷惑がかかる。
そうならない様にいずれ全てのステラ・アルマを星に還す必要がある。
そう言ったベガに未明子が待ったをかけた。
未明子はこれでもかと頭を下げて「お願いなのでまだ還らないで下さい。迷惑だなんて思いません。もしそう考えている人がいたら私が説得します」と懇願を始めたのだ。
そこに参加していた人間の意見は未明子とほぼ同じだった。
ステラ・アルマにはこのまま地球に残り、共に生きて欲しいと考えていた。
ベガもカペラも未明子に強く頭を下げられ困惑してしまった。
しかし厚意自体は受け取り、それならば共に生きる為のルールを作るという事で話がまとまったのだ。
「だからデネブ。私達はそのルールを作らなくてはいけないんだ」
「そういう事ね! 良かったぁ。私まだ地球で遊んでいたいもの」
「それでベガともあろうものが真剣に悩んでいるわけか。納得いった」
「アケルナルさんにはお見通しみたいですね。話が早くて助かります」
「え? どゆこと?」
「ゼロ世界だろう? どうやって奴等にルールを遵守させるかは確かに考えんといかんわな」
「ゼロ世界? それって確かシリウスがいる世界でしょ? 何か相当荒っぽい連中って聞いたわよ」
「手のつけられないステラ・アルマを集めたのがゼロ世界だからね。大人しく私達の言う事を聞いてくれるとは到底思えないよ」
「へぇー。なら私が行って話をつけてこようか? 腕が鳴るわね!」
「デネブ。少し落ち着きなさい」
「うっさいわねカペラ! 私がまどろっこしいのが嫌いなの知ってるでしょ?」
「武闘派のあなたが乗りこんで行ったら余計にこじれるわ。あっちにどれだけの星がいると思ってるの?」
「関係ないわよ! 私の言う事が聞けないような奴等なんて全部叩きのめしてやるわッ!」
「デネブ。少し落ち着こうか」
「はい。ベガ姉」
カペラに掴みかからん勢いだったデネブはベガの一言であっさり大人しくなった。
あまりの変わり身の早さに、近くで見ていたおみなえしが困惑の表情を浮かべる。
デネブはベガに従順だった。
どんな精神状態になっていてもベガの言葉にだけは絶対に従う。
セレーネが管理者を退いてデネブが月に来てからは、こんなやり取りが何度も繰り返されていた。
「もう。本当にいい子だなぁ」
「あなた本当にシスコンよね」
「知らんかった。ベガはこういう奴だったのか。もっと理知的な奴だと思っとった」
「まあそんなわけで早急にルールを設定しなくてはいけないのです。地球の子も手伝ってくれますし、カペラも協力してくれています。ですのでアケルナルさんにも是非力を貸して頂きたい」
「そんな面白そうな話なら喜んで協力しよう。ついでに月の施設も色々と見せてくれ。興味がある」
「喜んで。そのままここに居座ってもらってもいいんですよ? 面倒は見ませんけど」
「お前、体良く私を使う気だな? 訂正しよう。やはりお前は理知的だ」
「お褒め頂きありがとうございます」
理知的と評価されたベガは、心の内側では申し訳ないなと思っていた。
何故なら今まで話していたのはベガの本心では無いからだ。
ベガは地球も、地球に住む人間も愛している。
その愛の深さはカペラに負けないだろう。
そんなベガがステラ・アルマは星に還るべしと唱えるのはあくまで体面を保つためでしかない。
本音としては星に還るつもりなどなく、追い出されるまでは地球にいたいのだった。
だからセレーネを女神の座から降ろすと聞いた時、うまくステラ・アルマが地球に残れるように何が何でも自分が後釜に座るつもりだった。
そう。
ベガは理知ではなく私欲で動くタイプなのだ。
稲見から月の管理者を任されたのは願ってもない好都合。
更に未明子が還らないで欲しいと言ってくれたおかげでカペラも強く言い出す事ができなくなり、ベガの目論見はほぼ達成された。
人間がここまで好意を持って接してくれるなら、ベガとしてはその恩を返さないわけにはいかない。
地球の子が必要だと言ってくれる存在を目指し全力で環境を整えるつもりだった。
ステラ・アルマが地球の良きパートナーでいられるよう、本心を理知の仮面で隠し管理者を続ける。
それがベガの今の目的だ。
――しかし。
ベガが必死で隠しているつもりの本心はカペラを始め、アケルナル、何ならデネブにすら筒抜けだった。
用意周到でいるつもりで肝心のところが抜けているのは、さすがアルタイルの姉妹なのだった。
若葉台にあるすばるが建てたマンション。
駅からほど近く、見た目もオシャレな5階建ての高級マンションだ。
稲見とフェルカド。
梅雨空とムリファイン。
ツィー。
多くの仲間が住む場所だがここに最初に住み始めたのはその仲間達では無い。
フォーマルハウトだ。
彼女の軟禁がこのマンションが最初に使われた用途だった。
フォーマルハウトの部屋は最上階の一番奥。
一番脱走しにくく誰も部屋の前を通らずに住む場所として選ばれた。
今この部屋には二人のステラ・アルマがいた。
部屋の主であるフォーマルハウトとアルタイルだ。
アルタイルはフォーマルハウトの隣で少しだけ体を預けて座っている。
スンとした顔のアルタイルに対して、フォーマルハウトは落ち着かない様子だった。
「姫。何で正面じゃなくて隣にベッタリ座ってるんだ?」
「別に。少し寒いかなと思っただけよ」
「そ、そうか。それは嬉しいな……」
「どうして体を半分吹き飛ばされても、セレーネを前にしても眉一つ動かさないあなたが、私が隣に座っただけでそんなに脂汗をかいてるのよ。さてはあなた私のことが好きなの?」
「いやだから最初からそう言ってるだろ」
「何で?」
アルタイルは試すような目でフォーマルハウトを見た。
一瞬だけ目を合わせたフォーマルハウトはすぐにそっぽを向いて目をそらす。
「何で出会った瞬間から私が好きなの? そもそもどこで私を知ったの?」
「一目惚れだよ。それがおかしな事か?」
「ふーん。一目惚れね……」
いつもより余裕の無いフォーマルハウトに嫌がらせのように更に体重を預ける。
輪をかけて落ち着きのなくなる様子が楽しくなってきたアルタイルは、カーテンが開け放たれた窓の外の夜空を見ながらゆっくりと話し始めた。
「……全部がね。うまくいきすぎてる気がするのよ」
「何の話だ?」
「私が未明子と契約を結べたのは鯨多未来があなたに殺されたせい。もし鯨多未来がいなかったとして、私が最初に未明子に契約を持ちかけていたとしてもダメだったと思う。あなたという復讐相手がいたからこそ契約を結べたと思うの」
「未明子が姫の誘いを断るわけないだろ」
「……まあ、そこを詳しく説明するのは時間がかかるからいいわ。で、聞きたいことは別にあるの」
「聞きたいこと?」
「何であなた最初に戦った時に手加減したの?」
「手加減なんてしてないだろ。本気で殺し合ったじゃないか」
「いいえ。もうほぼ勝利が確定してから服従の固有武装の話をしだしたじゃない。自分で勝てる時に勝っておけと忠告しておきながら、どうしてあそこで時間を稼いだの? あれが無ければ夜明の援護は間に合わなかった」
「姫と未明子を所有物にできる絶好の機会だったからな。トドメを刺さなかったのは……まあ、私も油断していたのかもな」
「ふーん……」
しばらく沈黙が続いた。
ふいに窓の外からギャアギャアと鳥の鳴き声が聞こえた。
多摩は自然が多く残っているので野生動物も多い。
夜中に獣の声が聞こえるのも珍しくはなかった。
「じゃあ次ね」
「まだあるのか!?」
「稲見を生かしたのは何で?」
「姫達を全滅させた時に誰かを生かしておかないと勝ちが決まらないだろ。それが稲見だったのはたまたまだ」
「もしあそこで選ばれたのが稲見じゃなかったら梅雨空に会えなかったわ。そうしたら鯨多未来を生き返らせるのは無理だった」
「それは結果論だろ。どうした姫? 探偵ごっこでもしたいのか?」
「そう。私も全部偶然だと思ってた。未明子が頑張ったから神様が応えてくれたんだと思ってたの」
「じゃあそうだよ。未明子と姫の頑張りのご褒美だ」
「でもこの前の戦いで考えを改めたの。カペラの能力を知ってね」
「……」
初めてフォーマルハウトが神妙な面持ちになった。
空気が変わったのを察したアルタイルは黙々と話を続ける。
「カペラの時間を戻す能力、実はかなり長い時間を戻せるみたいね。私達と戦った時はせいぜい10秒くらいしか戻さなかったけど、その気になれば一日でも一週間でも戻せるらしいわ。ただしその分膨大なアニマを消費するし、再び能力が使えるまでは無能力になる。一週間も時間を戻したらニ週間も能力が使えないんだもの。リスクが高いわ」
「そうなのか。知らなかったな」
「あの能力を使ってもっと長い時間、例えば一年前とかに戻れないかしら?」
「それは無理だな。そんな時間を戻るにはまずアニマが足らない。1等星の内蔵アニマじゃせいぜい一週間が限界だろ。何らかの方法で連続使用しても戻った時間の倍のクールダウンがあるんじゃ一定位置より先には戻れない。なによりあの能力は有効範囲が限定的だ。自分の周囲だけが戻っても意味がないだろ」
「あら。知らないんじゃ無かったの?」
「ただの分析だ。脅威となる能力は把握しておきたいからな」
「へえ……」
「何だその疑うような顔は。そんな顔しても可愛いだけだぞ?」
「メリットとデメリットってあるじゃない?」
「待て待てまだ続くのか? そんなに喋ったら喉が乾かないか? ココア入れるよ」
立ちあがろうとするフォーマルハウトの袖をアルタイルが掴む。
フォーマルハウトが視線を向けると、アルタイルは袖をグイと引き寄せて目だけで座り直せと伝えた。
「どうしたんだ姫。今日は情熱的だな」
「常に自分のペースになると思わないでね」
「口説き文句か?」
「そう聞こえたのならいつものあなたで安心したわ」
フォーマルハウトは諦めたように元の位置に座り直した。
それでもアルタイルは袖を離さなかった。
「メリットとデメリットは人によって考え方が違う。さっきのカペラの能力で言えば、戻した時間の倍の時間能力が使えなくなるのは連続使用でアニマの限界を超えないためのセーフティ。メリットと捉える事もできる」
「物は言いようだな」
「私の知ってるステラ・アルマは能力のコピーをする際、効果を落とす代わりに能力の制限を外す事ができるわ」
「ほう。そんな面白い奴がいるのか」
「効果をメリットと定義した場合、メリット部分である連続使用のセーフティを外す事で、有効範囲を限定された範囲からもっと広域に広げられる。それこそ月を含めた全ての世界にね」
「それは無理だろ。いくら何でもセーフティのメリットを削るだけで全ての世界に適用される能力にするには無理がある」
「それと記憶ね」
「記憶?」
「能力の対象になった全ての相手が記憶を維持したまま時間を戻れる。これも大きなメリットと言えるわ。この前みたいに戦闘で使用するならデメリットでしかないけど、複数の仲間が記憶を維持したまま時間を移動できるって凄い事だもの。そのメリットを削って能力の使用者だけが記憶を維持できるようにする」
「それでもまだ割に合わないだろ」
「そうかしら? これはセレーネが言っていたらしいのだけれど、物事はより限定的になる方が技術がいるそうよ。だから周囲の時間だけを戻すよりも全体の時間を戻す方が簡単な可能性もある」
「そうかい。それは知らなかったな」
アルタイルの話を聞くフォーマルハウトの様子に変わったところは無い。
いつものように、のらりくらりとしているだけだった。
「まあ、いずれにしてもそんな大量のアニマは用意できない。机上の空論だな」
「あなた無限のアニマを持っているじゃない」
「ファム・アル・フートの事を言っているのか? あれはロボットの姿じゃないと使えない。私が元々持っている固有武装だから制限を外す事もできない。もし私がそんな風に時間を戻すなら付き合ってくれるパートナーがいるな」
「……あなたと戦った時に乗っていたパートナー。変身の条件を満たすためだけの人間って紹介された事があったけど、あの子人間じゃないのかもね」
「何だと?」
「月が製造するラピス。管理人に詳しい話を聞いた時に、ラピスは本来アニマを回復させる為に作った物じゃないと言っていたわ。副次的な効果でアニマを回復させるだけで、本来は別の用途が目的と言っていた。私はそれをパートナーの代わりとしてステラ・アルマに乗れる生体デバイスだと予想している」
「ははっ! あんな石ころが生体デバイスになるだと? とんだファンタジーだな!」
「ステラ・アルマが戦うためには必ず人間が必要。それを別の方法で補えるなら人間を巻き込まなくても済むものね。今はまだファンタジーの話よ。でも未来なら分からない」
「そうだな。未来は誰にも分からないものな。それで名探偵アルタイル君はどんな結論を出したんだ?」
アルタイルは一度大きく息を吐き出した。
しばらく虚空を見つめ、意を決するとフォーマルハウトに向き合った。
「その世界では……いいえ、その時間軸では未明子は鯨多未来と一緒に戦って、勝ち残れずに死んだ。それでも別の誰かがセレーネを討ち倒して管理者の座を奪い、やはり夏の大三角の姉妹が管理者の後釜についた」
「ほう」
「そこにはカペラもアケルナルもいて、フォーマルハウトもいた。もしかしたら一緒に戦った仲間だったのかもしれない。そしてそこで命じられるの。過去に戻って未明子を助けて欲しいって」
「誰にだ?」
「私よ。月の三姫と呼ばれるようになったアルタイル」
アルタイルに見つめられたフォーマルハウトは笑い出した。
馬鹿を言うなとばかりに頭を抱えて笑い続けたが、アルタイルは見つめるのをやめなかった。
「くっくく……それで私は姫に命じられて、カペラの能力をコピーし、その未来で完成した生体デバイスを乗せ、アニマが続く限り時間を戻し、枯渇したら自分の能力で回復させ、何度も何度も能力を使って過去に戻ったと?」
「そう。それこそステラ・アルマが地球に降り立った日まで戻り、そこから全てをやり直した」
「ははははははは! それは面白い話だな。しかしその話には致命的な欠陥がある」
「何?」
「そんな面倒なことを私がやると思うか?」
フォーマルハウトは自分の鼻の頭がアルタイルの鼻の頭に触れそうな程に顔を近づけその話を否定した。
あまりに顔を近づけられたアルタイルは目を丸くして驚いたが、すぐに平静を取り戻した。
ふう。とため息を一つ。
フォーマルハウトの顔を手でどけると、立ち上がって帰り支度を始めた。
「そうね。私の知ってるフォーマルハウトは絶対にそんな事はしないわ」
「そうだろう。だからそれは姫の妄想だ」
「でも私の知ってるフォーマルハウト自体が、もしかしたら作られたキャラなのかもしれないわね」
「何だと?」
「出会った頃からそのキャラを徹底されていたら私が本当のあなたを知る機会なんてないもの」
「それも妄想だ。私は全てのステラ・アルマから嫌われるフォーマルハウトだぞ?」
「孤独を嫌うステラ・アルマが、他人を寄せ付けないって時点でちょっとキャラっぽくない?」
「そりゃ私のアイデンティティの否定だな」
アルタイルはクスクスと笑い、部屋の出口へと向かった。
フォーマルハウトはアルタイルから顔を背けるように窓の外を眺める。
「でもね。真実なんてどうでもいいと思っているの。今の私は未明子達と一緒にいられて、セレーネも討ち取った。これ以上ないくらいに完璧な世界。何の文句もない」
「良かったじゃないか」
「それが誰かの頑張りのおかげだとしても、当の本人がはぐらかすから真実に辿り着けないんだもの」
「だから妄想だって言ってるだろ」
「真実はどうあれ私は勝手に感謝させてもらう。だからこの言葉も好きに受け取って」
玄関の扉を開けたアルタイルは、フォーマルハウトに笑顔を向けた。
それは愛おしい相手に向けるようなとびっきりの笑顔だった。
「良くやった。褒めてつかわす」
それだけ言うとアルタイルは部屋を出て行った。
玄関の扉が音を立てて閉まる。
アルタイルが廊下を歩いていく音が小さくなっていき、外にいる鳥の鳴き声の方が大きく聞こえるようになった。
フォーマルハウトは立ち上がってバルコニーの窓を開くと、空を見上げた。
雲一つない夜空に大きな月が浮かんでいる。
月を間近で見ていても、やはり空に浮かぶ月は美しいと感じる魅力があった。
そんな月を眺めながら、誰に向けるでもなくフォーマルハウトは小さくつぶやいた。
「……はいはい。ありがたき幸せですよ」
私は家から学校に行く場合は歩いて通っている。
桜ヶ丘高校は山の一部を切り崩したところに建っているので、行きはそれなりに傾斜した坂道を登っていかなくてはならない。
はっきり言って女子には辛い坂道だ。
ほとんどの生徒はよほど近くに住んでいない限り学校のすぐ側に停車するバスを利用して登校している。
私もずっとバス登校にしたいなと思ってはいるけど、今まで徒歩で通学していたのにいきなりバス通学したいと言い出しても親に反対されるのは目に見えていた。
そんな辛い坂道を、私よりも前に登っている女の子がいた。
長い綺麗な髪を揺らして、息を切らしながら歩いているのが見える。
私はその女の子のところまで駆け寄って声をかけた。
「おはよう鷲羽さん!」
「おはよう未明子。一年経ってもこの坂道は辛いわね」
「普段から走り込んでる私がちょっと辛いなと思うくらいだから、普通の人は三年通っても慣れないんじゃないかな」
「ほとんどの人はバス通学だものね。私達の家からだとバスを使う程の距離じゃないのが歯痒いわ」
「でもそのおかげでこうやって鷲羽さんと歩いて登校できるのは嬉しいな」
「ふふ。私も同じことを思ってた」
一年生の時はこの坂道をずっと一人で登っていたから隣に誰かがいてくれるのは嬉しい。
それが自分の彼女なら尚更だ。
鷲羽さんはかわいい。
見た目はお人形さんみたいに綺麗なのに表情豊かで、考えている事がよく顔に出る。
嬉しい時には思わず踊り出しちゃうし、甘えたい時にはハッキリ甘えてくれる。
見ているだけでも愛おしくなる自慢の彼女だ。
「綺麗ね」
鷲羽さんが見上げた先には桜の花が咲いていた。
一面がピンク色に彩られていて、風が吹くたびに舞う花吹雪が美しい。
このあたりは道沿いに桜がたくさん植えられている。
この時期限定で、学校までの坂道が桜のアーチみたいになっていてとても綺麗だ。
少し前までつぼみだったのにもう満開近くまで咲いているんだな。
「去年鷲羽さんが転校してきた時には散ってたもんね」
「そうね。あの時はただの辛い坂でしか無かったけど、こんな彩りのある坂だったのね」
「この時期だけはこの坂も楽しいんだよ。せっかくだから季節ごとに別の花が咲けばいいのに」
「こういうのはたまにしか見られないからいいんじゃないかしら」
「それもそうか」
鷲羽さんと桜の花が舞い散る坂を登ると、ようやく校門が見えてきた。
ちょうどバスの到着時間だったみたいでバスから生徒がたくさん降りて来た。
坂を登ってくたびれた私達と違ってみんな元気そうだ。
その中の一人の女子生徒が私達に気づいた。
ふわふわの長い髪のその女の子は、手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。
「二人ともおはよー!」
いつもと変わらない優しい笑顔を見せてくれる、もう一人の私の彼女。
「おはよう、ミラ!」
固有武装を発動して本来の姿に戻り、金色の巨人を倒したミラは光の粒子になって宇宙に消えた。
ステラムジカを起こして人の姿を捨てたミラは長い時間帰ってこられなかった。
……なんて事は全然なく。
あの後あっさり帰ってきた。
聖堂でこれからの話をしている最中にさりげなく戻って来て、気がついたら私の隣に座っていたのだ。
みんな気づいていたのに黙っていたのか。
それとも本当に誰も気づかなかったのか。
もう戻ってこられないかもしれないと言われて覚悟を決めていた私は、突然隣に現れたミラにビックリしてしまった。
私の驚いた顔を見たミラは、あまりにも軽い感じで「ただいまー」と笑っていた。
そんなミラと鷲羽さんと一緒に校門をくぐる。
私達は今日から3年生になった。
シャケトバさんが復学の準備をしておいてくれたおかげでミラも久しぶりの登校だ。
きっとしばらくはたくさんいる友達から引っ張りだこになるんだろうな。
「ほのかちゃんは元気してる?」
「うん。全然元気。昨日の夜も勝手に布団の中に潜り込んで来たよ」
「いいなぁ」
「今までは鯨多未来が未明子を独占しすぎだったのよ。こうやって実家に帰る日が増えるのはいい事だわ」
「まあ未明子が鷲羽さんの家に帰る日は無いんだけどねー」
「構わないわよ。二人で登校できるんだからそれで十分」
「それは本当に悔しい! 何で私だけ家が反対側なの!」
「普段は一緒にバス登校してるじゃない。実家に帰ってる日くらい我慢しなさい」
「学生時代は一分一秒が宝物なんだよ! 一瞬たりとも見逃したくないのが分からないかな」
「それは同意ね。目に焼き付けておきたい風景ってあるもの」
「はい! そんなわけでとうとう完成しました!」
唐突にミラが自分のスマホを掲げた。
「目に焼き付けておきたい一分一秒の宝物が完成したのです!」
「何の話?」
「この前の鷲羽さんのライブ映像の編集が終わりました」
「ちょっと鯨多未来。その端末よこしなさい」
「いやー撮影班に従事した甲斐があったよ。3カメソースでスイッチングもバッチリ。鷲羽さんがトチって恥ずかしがってるところはアップを採用してあるからね」
「あなた復学前に何に時間を使ってたのよ!?」
「だって未明子が家にいなくて寂しかったし……」
「とにかく端末を渡しなさい。その動画消すから」
「残念。もう全員に共有済みだよ。未明子と鷲羽さんにも後で送っておくね」
「な、何をしてるのよ! 鯨多未来ぃ!」
ミラがケラケラ笑いながら駆けていくのを鷲羽さんが追いかけた。
でも必死に走っても一向に追いつけず、しばらく追いかけっこをしたところで鷲羽さんは息が上がってしまった。
ミラは大量のアニマのおかけで相変わらず元気一杯。
そうじゃなくても鷲羽さんはここに来るまでに体力を使っているから勝負にならないみたいだ。
ミラは「やーい」と離れた場所から鷲羽さんを煽っていた。
「ま……待ちなさい……何であの子あんなに走っても息一つ乱れてないの?」
「ミラはパワー系にジョブチェンジしたからね。下手したら私よりも体力あるかも」
「嘘でしょ? あの細い体のどこにそんなパワーがあるのよ……」
「未明子ー! 鷲羽さんは置いてクラス発表を見に行こう! きっとまた同じクラスになってるよ!」
「おのれ鯨多未来。仕返しは帰りまでに考えておくから覚えておきなさい」
二人がここまで仲良くなってくれたのは本当に嬉しい。
それを言うと二人で声を揃えて「仲良くなんかない!」と言うくらいには仲が良い。
私がいないところでもこうやってイチャイチャしているみたいだ。
「どうしたの? そんなにニコニコして」
「いや。三人でいると楽しいなって」
「否定はできないわね。静かな時間も好きだけど、こんな風に慌ただしいのも悪くないわ」
鷲羽さんが遠くではしゃいでいるミラを見て笑った。
「行こっか。きっと鷲羽さんとも同じクラスになれてると思うよ」
「うん。そうだといいな」
ようやく呼吸を整えた鷲羽さんと一緒に、ミラのところまで走っていった。
笑顔の天使が私達を迎えてくれる。
何て幸せなんだろう。
私の大好きな笑顔が幸せをくれる。
この幸せがいつまでも続きますように。
ずっとずっと一緒にいられますように。
はあ。今日も私の彼女達がかわいい。




