第16話 秘密基地ブリーフィング
オーパの7階にあるイーハトーブの集合場所。
狭黒さんにこの場所を何て呼んでいるのか聞いてみたら、興味なさそうに「秘密基地とでも呼んでおいたらどうだね」と返されてしまった。
なんでぇ。こういうのに名前つけるのが好きなんじゃないんかい。
他のみんなも ”いつもの場所” とか ”7階” とか呼んでいて特に呼び名がついている訳ではなさそうなので、私はここを ”オーパ秘密基地” と呼ぶことにした。
この場所は元々が市の施設なので特に色気のある物は置いていないのだが、それぞれが何かしら持ち寄るので展望フロアにはいつもお菓子やらジュースやらがたくさんあった。
かくいう私もみんなに振る舞うつもりで駅前でドーナツを買ってきたのだが、今日は何と最初からセレーネさんがいたので、買ってきたドーナツをセレーネさんに差し入れした。
「で、何故君はワタシの前に座っているのかね?」
「早くドーナツを食べてくれないかなって」
「後でゆっくり頂くつもりだからそこでじっと待っていても食べるつもりはないよ」
セレーネさんがドーナツを食べる時に顔が見えるんじゃないかと期待して、正面に座り込んで早20分。
しかしいくら待っても食べようとはしてくれないのだった。
「何故そこまでワタシの素顔が気になるのかね。面白いものではないぞ?」
「逆になんでそこまで顔を隠すのか気になるのです。面白そうではないですか」
先日の植物園デートのおかげでみんな(約一名を除く)と仲良くなれたので、せっかくだからセレーネさんとも交流を深めようと思ったのだけど、私の興味は彼女の素顔にばかり向いてしまっていた。
なんとかしてお顔を拝見したいのだけど、帽子を取り上げるみたいな乱暴なことはしたくない。
そこで彼女が顔を見せざるを得ない状況を考えてみるものの一向に成果は上がらなかった。
まぁでもこのロリボイスを聞いているだけでも心が和らぐので、これはこれで幸せな時間ではある。
「ミラくん、いいのかね? 君の彼女がまた別の女に夢中になっているよ」
「いいんです。今日はもう3回もかわいいって言ってくれたので。朝会った時に挨拶で1回。お弁当の時に食べてる姿がかわいいってもう1回。ここに来る途中で犬と戯れていて1回」
「最後のは犬に言ったんじゃないのかい? まぁ君がいいなら別に構いやしないが、よくもまあそんなにデレデレした顔になったものだね。少し前の憂いを帯びた少女はどこに行ってしまったんだろうねぇ」
「私は未明子と一緒にいられれば幸せなので大丈夫です」
「やれやれ……幸せなのはいいけど、もうすぐコンチェルターレが始まるのを忘れないでくれたまえよ?」
「そうだ狭黒さん! コンチェルターレについて聞きたいことがありまして」
「あれ未明子くん、もうセレーネさんはいいのかい?」
「粘ったんですけどまだ無理そうと判断しました」
あのまま待っていても食べてくれなさそうだし、かと言って何か別の作戦がある訳でもないので、おとなしく引き返してきたのであった。
ついでにセレーネさんへの差し入れ分ではないドーナツをいくつか持ってきたので、顔がとろけて幸せそうにしているミラの口に一つ入れてあげた。
えへへへと言いながらモグモグ食べている姿がかわいい。
「コンチェルターレって、今回みたいに事前に戦う日が分かるものなんですか?」
イーハトーブのライングループには、三日後に戦闘が行われると連絡が来ていた。
その連絡が届いたのが一昨日の夜だったので、つまり明日が戦いの日となる。
「管理人には世界と世界がぶつかり合うタイミングが分かるそうだ。だから世界がぶつかることが確定したあと、各々の世界の管理人が都合の良い日取りを調整してコンチェルターレが発生する。今回は三日後だったが、場合によっては一週間後だったり、次の日だったり様々なパターンがあるよ」
「そっか。当然ぶつかる方の世界にも管理人はいるんですよね。でも日程の調整が入るなんてますます競技みたいですね」
「そこは私も驚いた。偶発的に起こっている現象なのに非常に整ったルールがしかれている。管理人が優秀と言えばそれまでなのだが、世界の消滅をかけた戦いにしてはいささかシステマチックな印象を受けるね」
負けた方の世界は消滅。
そこに住む生き物も建造物も、歴史も文化も全て消えてなくなる。
私達がいる世界と全く同じものがまるまる一つ消える大事なのに、戦い自体はさっぱりしたものだ。
「思ったんですけど、世界中の人がこんな戦いなくなればいいって願えば、何かうまい感じに戦わなくて済んだりしませんかね?」
「まず世界中の人にこの現象を信じさせるのが難しいと思うが、仮にそれがうまくいったとしても無理だろうね。星は願いを叶えるだけで、その結果生じる結果には影響を及ぼさない。戦いをなくさせる事を願った場合、戦いだけが取り除かれて世界のぶつかり合いは止まらないだろうね」
それはそうか。
そもそもうまくやってくれるなら、世界が大量に生まれた後のことも面倒みてくれるはずだ。
それが無いってことは都合の良い結果になる筈がない。
「そうですよね……やるしかないよなぁ」
「新人が一丁前に何を言ってるのよ。まだ戦ってもいないでしょ」
私と狭黒さんの会話にアルフィルクが入ってくる。
今日もかわいい服を着ている。九曜さんに負けじと彼女もオシャレさんだ。
「アルフィルクと戦ったよ」
「あんな緊張感のない戦い、戦った内に入らないわよ」
そう言いながら私の持ってきたドーナツを一つ奪っていく。
あ、それ食べようと思ってたほうじ茶のやつ。
「それよりも今のうちに装備を整えておいた方がいいんじゃないの?」
「装備? 装備ってなんだっけ?」
「あ! そうだった未明子。前の戦いの時に言ったけど、戦いに勝つとポイントが貰えてそれでお買い物ができるの」
装備という言葉の物騒さと、ポイントでお買い物という言葉の和やかさのギャップが凄い。
そういえばアルフィルクとの戦闘中にミラがそんなことを言っていた。
「確か誰でも使える武器を購入できるとか言ってたね。誰でも使えるって言うのはどういうことなの?」
「ステラ・アルマはそれぞれ1〜2個の固有武装を持っているの。私が持っているファブリチウスはその固有武装だね。それに対してアルフィルクが使っていたアサルトライフルとかハンドグレネードは購入できる武器で、購入すれば私でも使えるんだよ」
なるほど。もともと持っている武器と、後から追加で増やせる武器ってことか。
アルフィルクの固有武装は武器そのものじゃなくて、追加武器をたくさん装備できるラックって言ってたな。
「購入できる武器はどんなのがあるの?」
「それなら直接セレーネさんと話したほうがいいね。おーいセレーネさん、買い物してもいいかい?」
狭黒さんに呼ばれたセレーネさんがこちらにやってくると、懐からタブレットを出してきた。
そのタブレットは飲食店の注文にも使うようなどこにでもある物で、使い方も普通だった。
セレーネさんの懐から出てきたので、もっと宇宙的な科学力のデバイスかと期待したけどそんなことはなかったぜ。
「これを見ながら選ぶといい。確かまだ6000ポイントくらいは残っていたな」
タブレットには分かりやすく画像付きで武器の一覧があった。
近接武器、遠距離武器、その他装備。
近接武器の項目をタップすると、新たなページが開いてそこにいくつかの武器が載っていた。
「ハンドガン。ブレード。ハンマー。セレーネさん、このサイズって何ですか?」
「サイズというのは鎌だな。草刈り鎌のような短いものではなくリーチのある大鎌の方だ。画像をタップすると詳細が見られるぞ」
「大鎌! 中二心がくすぐられますね。あ、本当だ。威力、重量、ポイント?」
「それぞれの武器に簡易データを載せてある。威力はC〜Sランク、重量は軽・中・重、ポイントは購入するのに必要なポイントだ」
いま見ている大鎌の威力はC、重さは軽、ポイントは1800と書かれている。
「大鎌なのに重さは軽なんですね。アルフィルクの使っていたアサルトライフルは……遠距離武器かな。あった。威力B、重量は中、ポイントは……3000!? たっか!」
「基本的に近接武器より遠距離武器の方が性能が高いとしている。近距離で戦うにはそれなりの特性がないと難しいからな」
ミラの固有武装はスナイパーライフルなのだから、特性としては遠距離タイプだ。
モードを変えれば近距離でも戦えるけど近距離特性があるとは言い辛い。
「これで言うとミラのファブリチウスはどういう評価になるの?」
「私の武器なら、威力A、重量中かな。ポイントはつけられないと思う」
確かにあの破壊力なら威力Aくらいはありそうだ。
直撃させたらアルフィルクを一発で倒せるみたいだし。
ファブリチウスの重量が中なら、重量が重の武器はミラ向きではないかな。
「未明子くん的に前回の模擬戦で足りないと思ったものは何かあるのかい?」
狭黒さんが私の横からタブレットを覗き込む。
「そうですね。やっぱり近寄られた時の選択肢が少ないと思いました。ファブリチウスの近距離射撃モードだと発射するまでに時間がかかるし、一度距離を稼ぐための武器が必要ですね」
「あの時は地面を撃って砂煙をあげていたからね。あれもとっさの判断としては良いアイデアだったと思うよ。じゃあ近距離武器を装備してみるかい?」
「いえ。ミラの特性を生かすなら、そもそも近距離戦にならないように立ち回った方がいいと思いました。なので、距離を維持できるような武器があればそれを優先したいです」
「なるほど。では、その他装備の方を見てみようか」
その他装備の項目を見ると、アルフィルクが使っていたハンドグレネードやクレイモアが載っている。
「ランドマインってのは多分地雷のことですよね。レッグホールドトラップって言うのは何ですか?」
「分かりやすく言うとイノシシとかを捕らえるトラバサミだね。破壊力はないけど、一時的に移動力を奪ったり、相手に揺さぶりをかけられたりするね」
「へー、面白い」
ミラがトラバサミをしかけている絵面を想像して笑いそうになってしまった。
他の武器に比べると地味だけど、使いようによってはファブリチウスとの相性も悪くはない。
「これとかどうだい? スモークグレネード。爆発すると破片が飛ぶ代わりに激しく煙が出るんだ」
「それも使えそうですね。距離を取ったり、移動する時の目眩しに使えると思います。アルフィルクが使ってたハンドグレネードは特製って言ってましたけど、ここにある物とは違うんですか?」
「ここに記載されている武器は全部基本形だからね。ここからポイントを使って自分好みにカスタムできるんだ。私のハンドグレネードは外皮が装甲になっていて、投げた後に撃ち落とされにくくしてあるんだよ。代わりにセットした時間がくるまでは爆発しないという癖はあるがね」
「ハンドグレネードは1000ポイントですね。カスタムするとどれくらい値上がりするんですか?」
「私の時は1500ポイントだったね」
セレーネさんを見ると、その通りだとばかりに頷く。
「武器のカスタムは内容にもよるがだいたい本来のポイントの50%増しだな。機能の他にデザインも変えられるから好きなように作るといい」
「未明子くん、せっかくだからド派手な色にしてみないかい? 金色のグレネードとか戦場で映えると思うのだが」
「嫌ですよ。何でわざわざ目立つ爆弾を投擲するんですか」
「狂気があっていいと思うんだけどねぇ……」
狭黒さんとセレーネさんと相談した結果、ハンドグレネードとスモークグレネードを購入することにした。やはりミラはメインの武器を活かした戦いが一番強いと思ったので補助武器が最適という判断だ。
両方ともアルフィルクの使っている物と同じカスタムをしてもらい、3000ポイントを消費した。
「ポイントって武器を購入できるだけなんですか? 例えば、防具を増やしたり強化したりすることは可能なんでしょうか?」
「ほう。そういうところに着眼点がいくのは面白いな。君が予想した通り、ポイントを使ってステラ・アルマの基本能力を上げることもできる。大まかに言うと、出力、スピード、装甲を強化することが可能だ」
「さすが未明子くん、ゲーマーらしいね。じゃあ少し解説を入れていこう。出力っていうのは体を動かす力全般だ。模擬戦でビルを使ってジャンプしただろう? ああいうことをする力が出力にあたる。ちなみに走る速さも出力に該当する」
「え、じゃあスピードって言うのは?」
「これは反応の速さだね。未明子くんが頭で考えたことをミラくんが実行するわけだが、そのミラくんの体が動く速さを上げることができる。人間でいうところの反射神経みたいなものだと解釈すればいい」
私が頭で考えたのと同時にミラが動いてくれる訳だけど、実際は私の意志を受けたミラ自身も自分の体を動かす必要がある。その動きが速くなるという事か。
「後は行動のディレイが減るから次の行動へも移行しやすい」
「あの、狭黒さん。ディレイって分からないです」
「そうだな。何かした後のスキと考えればいい。ミラくんの行動で説明すると、走って物陰に隠れた後に、ファブリチウスを構えるまでの時間が減る」
「なるほど。そういうことですか」
ゲームをやっていてもスキというのはかなり重要なポイントだ。大きな動きをした後に発生するスキをいかに殺すことができるかは、そのまま生存率に直結する。
そう考えるとスピードはなるべく強化したいファクターだ。
「装甲は、そのまま装甲の頑強さのことだね。ただし、補助能力としてステラ・アルマの回復力にも影響するね。装甲が上がるとケガをしても治りが早くなるんだ」
ケガの治りが早くなる!?
それはどう考えても優先するべき強化だ。
ミラにケガをさせるつもりなんてないけど、もしそうなった時になるべく早く治ってもらいたい。
「セレーネさん、装甲の強化には何ポイント必要になるんですか?」
「ステラ・アルマの基本能力強化は、どこを強化するにも一段階で10000ポイント必要だ」
思ったよりも高かった!!
いまの残りポイントでは全く手が届かない。
装甲の強化は私の中で武器の購入よりも優先度が高いんだけど、どっちみちポイント不足だった。
あぁ、ミラごめんね。
……そうだ、ミラ!
武器だの強化だので熱中してしまってミラのことをすっかり忘れていた。
一緒にいるのに放っておかれたら嫌な気持ちになるだろう。
そもそもミラに関することなんだからミラに相談しながら進めれば良かった!
また寂しい思いをしていないか心配してミラの方を見ると
とても満足そうにニコニコしていた。
寂しそうにしていないどころか、むしろ嬉しそうに見える。
「ごめんね。ほったらかしにして話しちゃって」
「ふふ。全然いいよぉ。私に関することで未明子がこんなに熱くなってるんだもん」
あ、そうか。
いま話してたのってミラをどうするかって話になるのか。
「えへへ、未明子好みの女にしてもらえて嬉しい」
ステラ・アルマ的にそういう感想になるんだ。
服屋に行って、ミラに似合う服はどれだ、みたいな感じなんだろうか。
ミラが満足なら良かったけど。
「では狭黒、今回のブリーフィングはこれで良いかな?」
「そうだね。参加できなかったすばるくんと五月くんには、私から今日のことを連絡しておくよ」
やり取りから察すると、イーハトーブメンバーの中では狭黒さんがリーダー的な役割を担っているみたいだ。この人ただの仕切りたがりじゃなかったんだな。
「では明日17時、ここに集合とする。各々準備を怠らないようにな」
それだけ言うとセレーネさんは奥のスペースに戻っていった。
結局セレーネさんとは今日もたいした話はできなかったな。
何かもっと食いついてくるような話題はないものだろうか。
「セレーネさんってここに住んでるの?」
「さあ? いつも奥の部屋でのんびりしてるからそうなんじゃない?」
前はアルフィルクがセレーネさんを呼んできていたので、彼女のことを詳しく知っているかと思ったんだけどあまり関心はないみたいだ。
何度も来たことのあるこの場所に、あんな面白い人が住んでいたなんて気づかなかったな。
まぁ別の世界だから会えるわけないんだけど。
「じゃあ私達はお暇させてもらうよ。二人もあまり遅くならない内に帰りたまえよ」
「ミラ、未明子、お疲れ様」
狭黒さんとアルフィルクが手を振りながら、エレベーターではなく非常階段への扉に入っていった。
何でエレベーターを使わないの? と思ったけど、そういえばここは別のユニバースだ。
一旦元のユニバースに戻らなきゃいけないんだった。慣れないなぁ。
散らかしていた机の片付けをして忘れ物チェックも完了した。
帰ろうと思ってミラの方を見ると、何故か展望スペースの大窓から外を見ている。
何か気になる物でもあるんだろうか。
「どうしたの?」
「ね、未明子。少し手を貸してもらってもいい?」
手?
私の手をどうしたいんだろう。
右手で鞄を持っていたので、あいている左手を差し出した。
するとミラは私の左手を両手で握って、自分の頬に添えた。
「ミ、ミラ?」
「少しだけでいいから、このままでいさせて」
ミラは目を瞑って、私の手を愛おしそうに自分の頬にあてている。
……そうか。
私達、明日死ぬかもしれないんだった。
これが二人でいられる最後の時間かもしれない。
明日の今頃には、私達は死んで、私達の世界の消滅が決まっているかもしれない。
ミラはそれを理解しているから、いまこの瞬間を惜しんでいるんだろう。
「大丈夫。絶対負けないから」
「うん」
「私がミラを守る」
「うん」
「だから心配しないで」
「うん」
私はミラの顔を優しく撫でながらそう言った。
軽い気持ちで言っている訳ではない。
明日戦うということを、敵に向かって引き金を引くということをちゃんと理解している。
その上で、ミラは守る。
私は右手で持っていた鞄をその場におろし、その小さな背中をぎゅっと抱き寄せた。




