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第155話 ステラムジカ⑰

「これはね、ステラ・アルマに投げつける事によって操縦者を強制的にこの中に移動させるアイテムなんだ。カプセル自体はかなり頑丈でそう簡単に破壊できないし、宇宙空間でも中の人を守れる作りになってるんだよ」


 黒馬さんとの戦いの後に渡された透明なカプセル。

 詳細を説明をしてもらった私は素朴(そぼく)な疑問を口に出した。


「じゃあわざわざ戦わなくても、これをぶつけたらそれで勝ちじゃないの?」


 そんな問答無用な兵器があるなら戦闘が始まってすぐに使えば良かったのに。

 単純にぶつけるだけだったらいくらでもチャンスはあったはずだ。


「前にポケモンの話をしてたから分かると思うけどモンスターボールもポケモンを弱らせないと(つか)まえられないでしょ? それと同じでこれもステラ・アルマを瀕死にさせないと効果がないんだよ」

「はーなるほどー。でも何でこんな物を持ってたの?」

「実は今回の戦い、リーダーから犬飼さん達を(とら)えるように言われてたんだ」

「私だけじゃなくてみんなも?」

「そう。犬飼さん達の世界のメンバーは全員。理由は詳しく聞かなかったよ。私も桃も犬飼さん達には死んで欲しくなかったし」


 さっきの戦いで黒馬さんに容赦が無かった理由がようやく分かった。

 このアイテムを持っていたからなんだ。


 鷲羽さんを破壊するようなダメージを与えても、破壊寸前でこれを使えば私だけは助かるもんな。


「じゃあさ、前に八王子や立川で戦った時はどうしてこれを使わなかったの? あの時もこれがあれば簡単に私を(つか)まえられたのに」

「こういう特別な武器やアイテムは月のシステムを利用してるらしくて、月の近くで使わないと作動しないんだ」

「へー。面白いね。本拠地で戦う時だけ使える便利アイテムなんだ。しかもこのアイテム、あまりいい使い方じゃないけど最悪の場合は自分にぶつけて脱出もできるもんね」


 その場合はパートナーであるステラ・アルマを乗り捨てる事になるので私は絶対にやらない。

 でも選択肢の一つとしてそれがあるか無いかは大きな違いだ。


「それはできないんだ。あくまで他人を救う装置であって自分が逃げるための装置じゃないんだって。投げたステラ・アルマのアニマを感知して、そのステラ・アルマには効果がでない作りになってるらしい」

「何だその無駄なこだわり」

「セレーネ様の考える事だからね。理由を考えても答えには辿り着かないよ」

「セレーネが作ったのなら分かる気がするな……。とにかくありがとう。この先で使えるタイミングがあるかは分からないけど心強いよ」

「立場としては敵だけど応援してる」

「いいの? セプテントリオンへの裏切り行為じゃない?」

「セプテントリオンとしての使命はあってもそれと個人的な気持ちは別だよ。私だってセレーネ様の命令に対してどうかなと思う事はあるし」


 このあたりは前にみんなで話していた通りみたいだ。

 セレーネとセプテントリオンはいわゆるビジネス関係でしかないから、全員がセレーネの考えに賛同しているわけじゃないらしい。


「じゃあ行くね。セレーネを倒してくる」

「頑張って。次は殺し合いじゃなくてゲームで勝負しようよ」

「いいね! 受けて立つ!」

「スマブラ」

「すごいへべれけ」

「スプラトゥーン」

「スーパーボンバーマン」

「マリオカート」

「マリオカート」

「じゃあマリオカートで。Switchを用意して楽しみにしてるね」


 さすがマリオカート。

 住んでいる世界が違っても遊べるスーパーゲーム。

 

 スーパーファミコンのマリオカートは一生遊べるもんな。

 バトルモードなんて一日やってても飽きないし。

 

 でも何でスーパーファミコンで遊ぶのにスイッチが必要なんだろう。

 何か私の知らないスイッチ型のコントローラーでもあるのかな。


 まあいいか。


 そんな楽しい再戦の約束をして、私は黒馬さんと別れた。




 その時に貰ったアイテムが切り札になった。

 時間を戻してしまうカペラさんからほのかを助け出すには、もうこれを使うしか無いと思った。


「……こんなアイテムがあるなんて聞いてない!」


 ほのかは透明なカプセルの中からこちらを睨んでいた。


「私もさっき教えてもらったんだ。それより大丈夫? 苦しかったりしない?」


 黒馬さんはカプセルの中は安全と言っていたけど、肉体を強制的に別の場所に移動させるなんて何か体に悪い影響が出ていないか心配だ。


「すこぶる快適だよ! でもお姉ちゃんを助けられなくて不快!」

「ありがとうほのか。そうやっていつも私の事を考えてくれて」

「……時間遡行(そこう)の弱点に気づいてたんだね」

「うん。使用直後に硬直があるのは大技にありがちだもんね。だから隙をつくならそこしかないと思ったんだ」

「長い時間銃を構えてたのは、どこのタイミングに戻されてもすぐ撃てるように?」

「私が死んだって分かったら少なくとも10秒は戻してくれると思ったんだ。だからそれぐらいの時間は構えている必要があった」

「それにしたって賭けだよね。もし私が槍じゃなくて(イグニス)の方を使って攻撃してたらどうするつもりだったの?」

「ほのかの性格的に槍を落としたらそれを使ってくれるって信じてたよ。私が持ってた武器でトドメを刺した方がより悔しがると思ったでしょ?」

「……そこまで考えてたんだ」


 勿論こんな手を使わなくてもカペラさんを倒せるならそれに越した事は無かった。


 でも時間を戻せると分かった時点で普通に戦っても勝てないと思った。


 時間を戻すとその倍の時間は能力が使えない事。

 それに時間を戻した直後は動けない事が分かってようやくこのアイテムを使えるタイミングが生まれた。


 そしてそのタイミングを作るために、わざと殺されるなんて悪巧(わるだく)みを思いついたから何とか成功した作戦だ。

 

「悔しい……お姉ちゃんを矯正する最大のチャンスだったのに……もうお姉ちゃんを変える方法がない……」

「そ、そんな悲しそうな顔しないでよ! 頑張る! 私もっと自分を変えるために頑張るから。だから後でしっかりお話しようね」

「……分かったよ。まだ色々言い足りないけど、ここは私の負けって事で大人しくする」


 不服そうな顔をしながらも渋々(しぶしぶ)納得してくれたみたいだ。

 筋さえ通せば聞き分けのいい子で良かった。

 

 全部が終わったらゆっくり話そう。

 ほのかと向き合って。

 ほのかの言いたい事をちゃんと聞いて。

 もちろん私の意見も伝えて。

 

 私達は姉妹なんだから、何だって話せばいいんだ。



 体を半分以上吹き飛ばされたカペラさんはその場に座り込んでいた。

 ほのかが乗っていなければ満足に動けないし時間を戻す能力も使えないはず。

 ここから襲ってくる危険もないだろう。


 案の定、すぐにカペラさんの全身は光に包まれた。


 あんな化物みたいな姿になったから心配したけど光が消えた時にはちゃんと元の綺麗なお姉さんの姿に戻っていた。

 

 ただ、やっぱり体は半分欠けていた。

 自分でやっておいて何だけどあまりに痛々しい。


 1等星のステラ・アルマだけあってこんなに酷い負傷でも死にはしないみたいだ。

 それが逆に申し訳ない気持ちになる。


 だけど他人の心配をしている場合じゃない。

 鷲羽さんだ。

 負傷の具合で言ったら鷲羽さんだって同じようなものだ。


 鷲羽さんの方も全身が光に包まれて、今にも強制的に変身が解除されそうになっていた。


 座り込んでいるとは言え地上まで数メートルある。

 変身が強制解除された場合は私も動けなくなるから、無防備のまま数メートル落下してしまう。

 それで頭でも打って死んだら元も子もない。

 

 そう思っていたら視界が一瞬で操縦席から聖堂の中に変わった。


 やっぱりもう変身を維持できなかったみたいだ。

 そして当然私の体も動かない。


 私はなす術なく操縦席の高さから落下した。


 鷲羽さんがあれだけ痛い思いをしたんだ。

 骨折の一つや二つぐらい何だってんだ。 

 って言うか、こちとらミラに散々お尻が柔らかいねって褒められてるんだ。

 尻のクッションで衝撃なんか全部吸収してやらあ。


 ……なんて覚悟をして落下した私は。


 地面に叩きつけられる事は無く、柔らかい腕の中に落下した。


「じゃじゃーん。ここで私の出番であります」

「ミラ!?」


 私はミラの腕の中に抱えられていた。

 

「こうなるだろうと思って先に変身を解除しておいたんだよ。私は鷲羽さんとは関係なく動けるからね! それにしても未明子軽いねぇ」

「ミラかっこいい! お姫様抱っこされたのなんて初めてだよ!」


 初めてされたお姫様抱っこに感激してしまう。


 それ以上にミラの腕力に感激していた。

 数メートル上から落下してきた人間をキャッチできるなんてとんでもない力だ。


「このまま抱いててあげたいところなんだけどゴメンね。鷲羽さんを助けてあげないと」


 そうだった。

 私なんかよりも鷲羽さんだ。

 あんなに酷いダメージを受けたんだから応急処置をしないとまずい。


 探すまでもなく、鷲羽さんはすぐそばに倒れていた。


「わ……鷲羽さん……?」


 一緒に戦ってくれた私の大事な人は、血だるまなんて優しい表現じゃなく、文字通り血の海の中に横たわっていた。


 着ている服はほとんど原型がなくなっていた。

 露出している肌はどこも腫れ上がって、至る所から出血していた。


 腕も足も骨が無くなったみたいに地面に投げ出され、糸の切れた操り人形みたいだった。

 美しく可愛らしい顔も頭から流れる血で真っ赤に染まっていた。


 凄惨(せいさん)

 その言葉がこんなに似合う状況は無い。


 呼吸をしているのかは分からない。

 でも確実に命の灯が消えようとしているのは分かった。


「鷲羽さん!」

「未明子はちょっと大人しくしててね」


 ミラは鷲羽さんが倒れている場所まで駆け寄ると、私を地面に降ろして止血を始めた。


 こういう事態になる可能性を予測してミラにも応急処置を覚えてもらっていた。

 私が動ける時は私が、今回みたいに何かの事情で動けない場合はミラが治療できるように準備しておいたのだ。

 

 それに今までの反省を踏まえてガーゼやら当て布なんかもそれぞれが着ている服に詰めておいた。


 鷲羽さんのは服ごとボロボロだからもう使えない。

 でもミラの服にも私の服にもいくつか詰めてある。

 それらを使ってミラは手早く止血をしてくれた。


 だけど怪我が酷すぎて、この場で出来るような治療ではあまり効果がなさそうだった。


「ちょっとヤバいかも……未明子、ポケットに入ってるガーゼ借りるね?」

「うん使って。足りなかったら私の着ているもの全部使っていいから」


 ミラが私の服を(いじく)っていると、鷲羽さんの目が少しだけ開いた。


「鷲羽さん!」


 私の声に反応してこちらを向いた鷲羽さんは一切焦点が合っていなかった。

 多分目は見えていない。

 声のしている方を向いただけだ。


 それでも意識を保ってもらうために声をかけ続ける。


「鷲羽さん、勝ったよ!」

「…………う……」


 何かを言おうとしてるけど声になっていない。

 口を開くのすら辛そうだ。


「大丈夫。後は私達に任せて楽にしてて大丈夫だよ。怪我も今ミラが治療してくれてる。戦いが終わったらフォーマルハウトに治してもらおうね」


 それだけ言うと鷲羽さんは少しだけ笑顔になった。

 でもその笑顔にも血の気がなくて、元々白い顔が余計に白くなっていた。


 その顔を見て全身に鳥肌が立った。


 嫌な思い出が蘇ってくる。

 今の鷲羽さんはミラが死んだ時と同じような顔をしていたからだ。


 せっかく勝ったのに。

 みんなで地球に戻れると思ったのに。

 ここで鷲羽さんが死んだら意味がない。


「体温が下がってきてる。未明子、申し訳ないけど体を貸りるね」

「え?」


 ミラはそう言うと私をもう一度抱き上げ、そっと鷲羽さんの体に寄り添わせた。

 鷲羽さんの小さく柔らかい体に私の体が重ねられる。


「うんうん。未明子は体温が高いからね。毛布代わりにちょうどいいよ」

「ええ……」

「どうせだからそのまま抱きしめてあげて。それで止血もできるから」


 まさか恋人に毛布扱いされるとは思っていなかった。


 怪我をしている人に抱きついて大丈夫なんだろうか。

 そもそもあまり体が動かないからたいした圧迫もできない。

 止血の役に立つんだろうか。


 でも私の予想に反して鷲羽さんの顔色がちょっとだけ良くなった気がする。


「鷲羽さんの気持ちは分かるよ。私が死んだ時はこうして欲しかったからね」

「う、うわあ説得力がある」

「経験が生きたよ」

「あ、そうだ。血だ。前に鷲羽さんが瀕死になった時も暁さんとソラさんが血をあげたら大分楽になったって言ってた。ミラ、私の指を少しだけ切れる?」

「一応小さいハサミはあるけど……これで未明子を傷つけるのは嫌だなぁ」

「大丈夫! 私、血の気だけは多いから!」


 それで鷲羽さんが助かるならどんどん切って欲しい。

 私の血なんか死なない限りどれだけでも飲んでもらおう。


「待ちなさい。ステラ・アルマに血液を与えるのは良くないわ」


 この声はミラじゃない。

 ほのかでもない。


 全然馴染みの無い声がした。

 でもこの声には聞き覚えがある。


 感情の無い、淡々とした喋り方の無機質な声。


「血液でアニマを回復させるつもりでしょうけど、人間の血液を取りすぎたステラ・アルマは存在そのものが変質していくの。他に方法があるならやるべきではないわ」

「か、カペラさん……!?」


 そこには灰色の長い髪を持った鋭い目つきをしたカペラさんが立っていた。


 ついさっきまで体を半分欠損させて倒れていたのに、それが無かった事みたいに元に戻っている。


「どうして……? あれだけのダメージがそんなすぐに回復するなんて」

「あら? 何を驚いているのかと思ったら私の負傷の事だったのね。回復したのではなくて時間を戻しただけよ」

「時間遡行(そこう)!? でもほのかはまだあのカプセルの中にいるのに……」

「概念武装は人間の姿の時でも使えるわ。ただしこの姿だと能力の対象にできるのは私自身に限るけどね」


 何て事だ。

 あれだけ苦労して倒したカペラさんがあっさり復活してきた。

 もうこっちには戦う力なんて残ってないのに。


「そんなに怯えた顔をしないで。もう決着はついたでしょう? 私は負けたんだからあなた達に危害を加える気はないわ」

「え?」

「勝負は勝負。決着がついたなら敵対する理由がないもの。それよりもアルタイルを助けたいんでしょ?」

「何か方法があるんですか?」

「私は月からラピスをいくつか提供されている。それをアルタイルに与えるわ」


 カペラさんは胸のポケットから、いつかシャケトバさんが持っていたのと同じケースを取り出した。


 ケースを開けると中には青い錠剤のような物が3つ入っていた。

 あれがラピスだろうか。

 前はもっとカプセル剤みたいなデザインだった気がする。


「3つ。アルタイルには心元ないでしょうけど苦しみを和らげるぐらいはできそうね」


 カペラさんがラピスを鷲羽さんの口に入れていく。


 ミラの時は気を失っていたから口移しで飲んでもらったけど、鷲羽さんは意識はあるから飲み込むくらいはできるみたいだ。


「ラピスって確かアニマを1万5千ほど回復できるんですよね?」

「ここにあるのは最新型だから2万ぐらいは回復できるはずよ」

「じゃあそれで半分はアニマが戻るんだ」

「ただアニマが戻ったからといって負傷は回復しないわ。負傷の影響で人間の身体の限界を迎えたらやっぱり命を落としてしまう」

「ですよね。くそーフォーマルハウトがここにいてくれればな……」

「あなた達、あの狂犬を手懐(てなづ)けたのね」

手懐(てなづ)けてなんかいないですよ。首輪をつけて言う事を聞かせてるだけです」

「それがとんでもない事だという自覚がないのね。面白いわ」


 カペラさんがふふ、と笑う。

 あんなに無機質な人だと思ったのに、笑顔は優しそうなお姉さんだった。

 

「……ねえ、未明子」

「ミラ? どうしたの?」

「どうして今の今まで殺し合いをしていた相手といきなりそんなに仲良くなれるの?」

「え!? だってもう敵対する理由は無いって……」

「それをすぐに信じちゃうんだ」 

「鷲羽さんにラピスをくれたんだし、もし私に危害を加えるつもりならとっくにやってるよ」

「気にしないで。その子の方が圧倒的に正しいわ。私もどうしてこんなに砕けて話せているのか良く分からないのよ」

「そうなんですか?」

「あなた無条件にステラ・アルマに好かれる才能でも持っているのではなくて?」

「またまたぁ。こんなただの地味(じみ)(むすめ)に何をおっしゃられる」 

「まあいいわ。それよりも私を倒したのだから、あなたにはセレーネと対話する権利がある」

「あ、忘れてた」


 カペラさんとほのかを倒すのに頭がいっぱいで本来の目的であるセレーネを忘れていた。


 鷲羽さんの容態も心配だけど、ラピスを貰った事で顔色もだいぶ良くなったし呼吸も安定した。

 後はミラにお願いしても大丈夫そうだ。


「セレーネ。この子をあなたの前まで連れていくわよ?」

「どうぞぉ」


 セレーネの態度は戦いが始まる前からずっと変わらない。

 楽しそうにニコニコしているだけだ。

 最後の敵が倒され、自分を守る者がいなくなってもそれは変わらなかった。


「ほのかちゃん。お姉ちゃんに触れるわね」

「分かりました」

「あなたもいいかしら?」

「……私達の大事な人なんですから丁寧に扱ってくださいね」

「それは誓って」

 

 わざわざほのかとミラに確認を取るあたり物凄い気を遣える人なんだろうな。

 鷲羽さんも敵には回したくないと言っていただけで嫌っている訳ではなさそうだったし、敵対していなければ怖い人じゃ無いのかもしれない。


「それじゃあ失礼するわね」


 カペラさんは私の腰に腕を回して立ち上がらせてくれた。

 本当情けないけど、そのまま肩を借りてセレーネのいる場所まで歩いて行く。


 セレーネは聖堂の中にある椅子を持ってきて、ここに座れと言わんばかりに自分の前に置いた。

 カペラさんに支えられてその椅子まで辿り着くとゆっくりとそこに座らせてくれた。


「セレーネの性格的にそんな事はしないと思うけど、何かあっても私が守るから安心して話しなさい」

「あ、ありがとうございます」


 カペラさんは私の斜め前に立って、いつでも割って入ってくれそうな感じだった。

 とてもさっきまで殺し合いをしていた相手とは思えない対応だ。



 月の女神の真正面に座って顔を合わせる。

 とうとうここまでやってきたんだ。 

 

 見た目にはただの女の子。

 そんなに邪悪な存在には見えない。

 黙っていればまるで美術品のような美しい存在だ。


 月を連想させる美しい金色の瞳が、じっと私を見つめて来た。

 

「まずはお疲れ未明子ちゃん。よくカペラを倒せたねぇ」

「とりあえず外で行われている戦闘を止めてください」

「おっと。全然お話するモードじゃないね」

「みんなの安全が確保できたら会話に応じます。まずは戦闘を止めてください」

「そっかそっか。それで言うと月と地球の戦いはまだ終わってないんだよねぇ」

「どういう事ですか?」

「だって外の戦闘でセプテントリオンが勝ったら、ここにいるのはもう戦えない未明子ちゃんだけでしょ? そしたら月の勝ちじゃない?」

「そのつもりならまずあなたに敗北宣言をさせます」

「どうやって?」

「あなた自身は普通の人なんでしょう? 拘束して力ずくで言うことを聞かせます」

「いま未明子ちゃんが座っている場所と我の場所。実は見えているほど近くはないんだよお?」


 セレーネは自分の座っている椅子についている何かのコンソールを操作し始めた。

 すると突然私とセレーネを(へだ)てるように紫色の壁が現れる。


「これで見られるようになったかな? この壁、見覚えがあるよねぇ。地球で戦闘開始前に張られている壁だよ。この壁がどれくらい頑丈かは知ってるよね」

「なるほど。まだ安全圏にいたのか」

「我、本当に弱くてね。例えばそこでアルタイルを治療してるステラ・アルマに腕を捻りあげられたら手も足も出ないんだよ。だから自分を守る準備は万全なのさ」


 戦闘中に攻撃が聖堂にあたっても弾かれていたのは、この壁が透明になって張られていたからなんだ。

 確かにこの壁はどんな攻撃も受け付けない性質がある。


「我に力で言うことを聞かせるのは無理だよぉ」

「セプテントリオンやカペラさんを戦わせておいて自分は安全な場所にいるなんて、月の女神もたいした事ないんですね」

「そう。未明子ちゃんの言う通り。我は全然たいした事ないんだ。ただ長く生きてるだけのお婆ちゃんなんだよ」

「そんなお婆ちゃんが何でゲームみたいなやり方で地球を破壊するんですか? もっと他のやり方があるんじゃないんですか?」

「未明子ちゃんは我のやり方のどこが気に入らないのかなぁ?」

「自分達が助かるために他の世界を犠牲にする事ですよ。誰かを殺さないと存続できない世界なんて間違ってる」

「じゃあ我が壊す世界を適当に決めようか? まず間違いなく最初に未明子ちゃん達の世界を壊すと思うけれど」

「それです。どうしてあなたがそれを決めるんですか? 月の女神に地球を管理する権限は無いはずだ」

「だって地球に管理者がいないんだから仕方ないじゃないか。別に金星の管理者を呼んできて任せてもいいよ。でも多分我にやれって言うんじゃないかなぁ」

「私達がやります」

「ほう?」

「正確には私達地球人と、ステラ・アルマのみなさんで協力して管理します」

「ふーむ。地球人はまあいいよ。でも何でそこにステラ・アルマが入ってくるのかなぁ」

「少なくともステラ・アルマは地球に住む人間に対して愛があるからです。あなたのように地球に愛の無い人なんかより、愛のある人達でどうすべきかを考えます」

「酷い言われようだね。我も地球は愛してるんだけどなぁ……」


 初めてセレーネの表情に変化があった。

 怒っていると言うよりは落ち込んでいるように見える。

 

 シャケトバさんが言っていた。

 地球には地球の、月には月の価値観があると。

 こんなゲームみたいに多くの地球を破壊するセレーネも、言っている通り地球に対する愛は持っているんだろう。


 でもその価値観は私達には愛と映らない。

 ほのかの私への愛がそうだったように、その愛が相手の望む形とは限らないんだ。

 

「ふーむ。ふーむ。ふーむ。分かったよ。そんなに言うなら未明子ちゃん達が勝ったら地球の管理はお任せしようかな」

「いま本気で考えました?」

「あらま。ちゃんと本気で考えたよお。考えた上で決断したんだよ」

「信じますよ?」

「信じていいよ。我、嘘は嫌いだから」


 私は一応カペラさんの顔色を(うかが)ってみた。

 カペラさんはセレーネの言葉に対して特に反応はしていなかったけど、私の視線に気づいて少しだけ表情を(ゆる)めた。


「大丈夫よ。セレーネは嘘をつかないわ。だから言っている言葉は信じていいと思う」

「言っている ”言葉” は?」

「そうね。セレーネは今、誰が地球を管理するかよりもこの戦いに誰が勝つかを考えているはずよ」

「え?」

「だってこの戦いにあなた達が勝てなければ結局何も変わらないんですもの」


 そうだった。

 私がカペラさんを倒してもこの戦いは終わらないんだった。


 本来はセレーネに降伏させるつもりだったのにそれができなくなった。

 だから外での戦いにも勝たないと終わらないんだ。


「セレーネ。いま月の外の戦いはどうなっているの?」

「気になるよね。じゃあみんなにも見えるように聖堂の壁にでも映像を映そうかな」


 セレーネは再び椅子についているコンソールを触り始めた。

 聖堂の横の壁にスクリーンのような物が現れ、そこに外での戦闘が映し出される。


 スクリーンには金色の巨大な機体と、それと戦う九曜さん達の姿が映っていた。


「何だあのでっかいの!? さっきまであんなのいなかったのに」

「未明子ちゃんが月に侵入したあたりで出撃した月の新兵器だね。我が作ったアウルムって機体だよ」

「ルミナスよりも全然大きい……」

「せっかくのボスキャラだからね。大きく派手めに作ったんだよ」

「ボスキャラって……カペラさんがボスキャラじゃないんですか?」

「カペラは月の中のボス。アウルムは月の外のボスだよ。あれだけの人数がいれば外で戦う部隊と月の内部に潜入する部隊を分けると思ったんだ。だからそれぞれにボスを設けたんだよ。もし未明子ちゃん達だけで攻めて来てたらセプテントリオンとカペラだけに戦ってもらうつもりだったんだけどねぇ」


 双牛ちゃんの作戦は読まれていたのか。

 いや分からない。

 それはあくまでセレーネがそう言っているだけ。

 別に私達だけで攻めていたって、あの金色の機体が出て来た可能性はある。


「あの金色の機体を倒せば私達の勝ちでいいんですね?」

「セプテントリオンもあの機体に乗ってる子以外は負けちゃったみたいだしねぇ。そういう事になるね」


 みんなセプテントリオンを倒したんだ。

 なら本当にあの大きいのを何とかすればそれで私達の勝ちだ。


 外にはかなりの人数がいる。

 いくら巨大でもみんなで協力すれば何とかなるんじゃないだろうか。


「地球の部隊は何人残っているの?」


 まさに今私が聞こうとした事をカペラさんが聞いてくれた。

 セプテントリオンを倒したのだからそれなりにこちらの数も減っている気がする。

 せめて誰も死んでいなければいいんだけど。


「んーとねぇ……ふむふむ。いま戦えるのは5人だけだね」

「ご、5人!? だって20人以上いたのに!」

「逆にセプテントリオンをそれだけの被害で倒せたのが凄いよ。だって元々セプテントリオンは1人で10人ぐらいを相手できるんだよ。20人やそこらで壊滅させられるなんて余程の手練(てだ)れが集まったんだね」

「……!」

「待ちなさい」


 カペラさんが私を静止した。

 その表情は険しく本気で止めようとしている。


「あなたが懐に何か忍ばせているのは分かっているわ。それを使ってセレーネを討とうと考えているのでしょうけど失敗するからやめておきなさい」


 私が何をしようとしているのかバレていた。


 上着の内ポケットの中に暁さんが全員にくれた小刀が入っている。

 その刃には前に樹海で手に入れた毒草をすり潰して水で練った物を塗ってある。


 最悪の場合脅迫に使おうと用意しておいた物だ。

 這いずってでもセレーネに近づいてそれで降伏を迫ろうと思っていたのに。

  

「油断させて壁を越えようとしても無駄よ。それにこの戦いも結局セレーネの匙加減(さじかげん)なの。下手に刺激して条件を悪くしない方がいいわ」

「どういう意味ですか?」

「月の周囲にはまだルミナスが山のようにいる。それが敵を殲滅に動かないのはセレーネが戦闘範囲外のルミナスに待機を命じているからなの」

「つまりセレーネがその気になれば、今戦ってる5人に総攻撃をかけられるって事ですか?」

「そうなるわね。セレーネは地球の部隊がアウルムを倒すのを勝利条件に設定している。それをブレさせない方がいいわ」


 カペラさんが(さと)すように忠告してくれた。

 確かに勝利条件をセレーネ側に有利なように変更されては困る。

 

「解説ありがとうねぇカペラ。そういう事だよ未明子ちゃん。まだまだ月には戦力がある。ルミナスだって全機出撃させたわけじゃないし他の兵器もあるんだ。やろうと思えばどれだけだってズルくできるんだよ」

「じゃあ何でわざわざ負けるかもしれない戦いをするんですか?」

「結果が決まっている事をやっても進化がないだろ? 頭脳は結果が分からない事に対して進化をするんだ。だから我は何に対してもバランスを取る。この戦いだって未明子ちゃん達の頑張りでどうにかなるくらいに調整したんだから」

「セプテントリオンに加えてあんな巨大なロボットを出しておいて何を言ってるんですか?」

「アウルムにも弱点が沢山あるんだ。ちゃんと考えて作戦を立てれば攻略できるように作ったよ。敵の数と能力を把握して、圧倒的勝利にならず、さりとて一方的に負けるようにもならないバランスを調整する。それが戦いを用意する面白さだねぇ」

「それって私達を一掃(いっそう)するような技術がないから後付(あとづ)けで言ってるんじゃないですか?」

「ふふ。そういう風に受け取ってくれたんだったらバランサーの冥利(みょうり)につきるよ。月がその程度だって思ったから攻めてきてくれたんだもんね。絶対に太刀打(たちう)ち不可能だと思ったら来てくれないもんねぇ」


 ダメだ。

 全然同じテーブルで話ができている気がしない。

 少し(あお)り気味で話してみたけど暖簾(のれん)腕押(うでお)しだ。


 10数年生きてる程度の私の言葉じゃ数千年生きている女神には全く届かないんだ。


「それにね未明子ちゃん。技術の高さを勘違いしているよ」

「勘違い?」

「うーん、そうだねぇ。例えば瓦割りってあるじゃない? 積み重ねた瓦を突きで壊すやつ」

「それがどうしたんですか?」

「あれをロボットでやったとしよう。未明子ちゃんはあれを千枚並べて全部壊せるロボットを作れるのが高い技術だと思ってるんじゃないのかな?」

「壊せる枚数を増やしていくのが技術を高める事でしょう?」

「違うんだなぁ。そんなのは誰だって出来るんだ。高い技術って言うのは、その瓦の上から984枚目だけをピンポイントで破壊できるような技術を言うんだよ」

「え?」

「もっとイメージしやすくしようか。例えば日本を丸々飲み込む規模の核爆弾はそのうち誰かが作れると思うんだ。でも日本の中の、多摩市の中の、未明子ちゃんの家の、未明子ちゃんの部屋の中だけに核爆発を起こす爆弾なんて絶対に作れないでしょ?」

「そ……そんなの無理に決まってる」

「月の技術はそういう世界なんだよ。規模もコントロールするのが技術の高さなんだ。だから狙った世界だけを破壊できるし、狙った場所だけを月に転送できるし、この戦いもギリギリになるようにコントロールできるんだよぉ」

 

 それを聞いて別の世界の暁さんのマンションがいつの間にか消えていた理由が分かった。

 やっぱりあれもセレーネの仕業だったんだ。


 それに戦いが終わった後の世界で生物が人間から徐々に消えて行くのも月の技術だったんだ。

 全ての生物を一斉に消すんじゃなくて、人間から時間差で消えていくようコントロールしていたんだ。


 シャケトバさんが使っている色んなアイテムが妙に古臭いのも高い技術を皮肉ったデザインなんだ。

 もっと未来的な効率の良い仕様にだって出来るはずなのに。


 この女神にとっては地球を遥かに凌駕(りょうが)する高度な技術もただの遊び道具でしかない。

 

 じゃあやっぱり私達はいつだってセレーネの手のひらの上だ。 


 この戦いも結局はセレーネの思惑通りになるんじゃないだろうか。 

 最後にはセレーネの、月の計算した通りに終わるんじゃないだろうか。


「まあ色々言ったけど難しく考えないでいいよぉ。とどのつまり外で地球の部隊が勝てば未明子ちゃん達の勝ち。アウルムが勝てば月の勝ちってだけなんだから。大人しくここで戦いを見守ろうよ」

  

 セレーネはもう私に興味をなくしてしまったみたいにスクリーンに目を向けて外の戦いを観戦し始めた。



 私はセレーネの前まで来れば何とかなると思っていた。

 でもどうにもならない。


 カペラさんを倒せばこの戦いは終わると思っていた。

 でも全然終わらない。


 急に不安感が襲ってきた。

 

 全く強い相手じゃないのにこの月の女神は得体が知れない。


 底が見えない。

 恐ろしい。

 

 こんなに可愛いらしい顔をして、威嚇(いかく)もしない、暴力も使わない。


 それなのに何も勝てる気がしない。


 こいつだ。

 間違いなくこいつがラスボスなんだ。


 そしてこのラスボスを倒すには、もう私の力の及ばないところで頑張ってもらうしかない。

 完全にこいつに調整された戦いに、勝ってもらうしかない。


 スクリーンに映る外の戦いは、銀色の膜を張った大きな船が金色の巨人に突っ込んでいるところだった。


 それでも私には私達の勝つ未来がイメージできなかった。


 

「未明子。何をそんなに不景気な顔をしてるんだ?」


 突然、私の名前を呼ぶ声がした。


 私の不安感(ふあんかん)を一気に不快感(ふかいかん)に変える聞き馴染みのある声。

 この美しい聖堂に似つかわしくない(にご)った声。

  

「なんだ。ここでの戦いはもう終わったみたいだな」


 振り返った先には長身の女性がいた。


 スラッと伸びた長い脚に、細い(くき)のような首。

 猫背で、生気を感じさせない顔。

 手入れのされていない髪。

 

 私がこの宇宙で一番大嫌いな人物。


 フォーマルハウトが、そこにいた。


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