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第154話 ステラムジカ⑯

「アタシが何とかするから萩里はあいつを仕留めて!」

「待て五月!」


 萩里と五月の周囲を斧や槍、それに戦闘中に出来た瓦礫が飛び回っていた。

 攻撃しようにもそれらの飛来物に邪魔をされてうまく仕掛けられない。


 頭部に大きな角を生やした灰色のステラ・アルマが操る7つの物体。

 その物体による波状攻撃は熾烈(しれつ)だった。


 萩里の乗るドゥーベは8本の腕で何とか攻撃を捌いていたが、他の仲間は物量に押されてやられてしまった。

 

 残ったのは萩里と五月だけ。

 萩里達のいる世界で最初に戦いに参加した三人の内の二人だった。


 残りの一人である尾花はすでに敗北していた。

 敗北寸前に操縦席から降ろされた事により本人は無事だが、パートナーのステラ・アルマは破壊されてしまった。


 萩里と五月も目の前の敵に苦戦を強いられ、このままでは敗北も時間の問題だった。


 とにかく敵が操作する飛来物を何とかしない限りは攻撃に転じることもできない。


 そこで五月が取ったのはシンプルな戦法だった。

 全ての飛来物を自分に集中させて隙を作る。


 飛び回っているのは共通武器と瓦礫。

 我が身を犠牲にすれば止められない物では無い。


 五月はあえて飛来物に飛び込んで行き、7つ全てをその身で受け止めた。

 しかしそれで無事でいられるはずもなく飛来物の一つである槍が五月の乗る機体の胸を貫いた。


「五月!!」

「こういうのは、任せろって……あと……よろし……」


 最期の言葉を言い終える間もなく、核を損傷した五月の機体は萩里の目の前で爆発して散った。


「うあああああああッ! アルデバランッ!」


 萩里は涙を流しながらドゥーべの固有武装「貪狼(どんろう)」で五月を殺したアルデバランを狙った。


 貪狼はドゥーべの刀を砲身に差し込むほど威力が上がる。

 サブマニュピレーターが持つ6本の刀を全て差し込み、五月が命懸けで作った時間でエネルギーチャージを完了させた。


『テメェ、そんな武器も持ってたのか!』


 アルデバランはバックパックから突き出ている4つの円柱の中から1つを取り出して萩里に向けた。

 

「五月のくれたこのチャンス、絶対に無駄にするものか!」

『何をしようが無駄だ。そんなチンケな大砲ごときでランパディアースは止められねぇよ!』

「消えろアルデバラン!」

『焼けろ8本腕!』

 

 ドゥーべの貪狼とアルデバランのランパディアースが同時に撃ち出され二体の間で衝突する。

 

 アルデバランのランパディアースから放たれるのは超高温の炎。

 普通の武器ではとても太刀打ちなど出来ない。


 しかし貪狼は北斗七星である特別な2等星ドゥーべ最大火力の武器。

 多少のチャージ時間が必要なため誰かのサポートがなくては使用は難しいが、その分威力は1等星の固有武装を上回る。


 貪狼から放たれた赤いビームはランパディアースの炎を掻き消しアルデバランを飲み込んだ。


『ぐあああああッ!!』


 アルデバランは1等星のステラ・アルマ。

 大気が歪むほどの高威力の砲撃を食らってもすぐには破壊されず耐えていた。


『おいテメェ! 何をボケッとしてやがる!』


 窮地のアルデバランが声をかけたのは、あまりにレベルの違うこの戦いに参加できずにいたサダルメリクとその操縦者だった。


 サダルメリクの操縦者はアルデバランの仲間の中でも気が弱く、戦闘中も逃げ回っていたせいで最後まで生き残っていたのだ。

 

『さっさと合体だ! 来い!』


 アルデバランは固有武装の能力でサダルメリクと合体できる。

 破格の攻撃力を持つアルデバランに、同じく破格の防御力を持つサダルメリクが合体すれば無敵のステラ・アルマとなる。


 アルデバランのいる世界がここまで勝ち抜いてこられたのは、このステラ・アルマ2体による合体の恩恵が大きかった。

 しかしその代償として大量のアニマを消費するため、最後の切り札として取っておいたのだった。

  

 呼び出されたサダルメリクの操縦者はすぐにアルデバランの元に向かった。

 そしてドゥーベの砲撃に触れないギリギリの位置からアルデバランと合体を始めた。


「させるかぁーッ!!」


 それを萩里が許す訳がない。

 萩里は貪狼に残ったアニマを全て注ぎ込んだ。


 赤いビームは更に威力と大きさを増し、アルデバランと合体し始めたサダルメリクをも巻き込む。


 サダルメリクの固有武装である大盾ガニメデスで防御に専念すれば防げた攻撃かもしれない。

 だが合体中に防御など出来るはずもなく、みすみす砲撃に巻き込まれてしまったのだ。


『馬鹿な……!!』


 結局アルデバランとサダルメリクは貪狼のビームからは逃れられなかった。

 ビームの起こす衝撃と熱で体を破壊されていく。


『覚えていろ8本腕……貴様は、貴様だけは絶対に私が殺してやる! この体が崩れようと、必ずだ!』

「それが最後に残す言葉かアルデバラン。何とも陳腐なものだな。貴様こそ覚えていろ。何度蘇ろうとも必ずまた私が破壊してやる」

『……くそが……』


 その言葉を最後にアルデバランは爆散した。

 合体途中だったサダルメリクも共に爆発し、2体とも跡形もなく破壊された。



 限界を超えた砲撃で貪狼はオーバーヒートを起こしていた。

 砲身が焼きつき白い煙をあげている。


 後に残ったのは萩里一人だけ。

 

 仲間のステラ・アルマ達は誰一人残っておらず、親友だった五月も死んだ。

  

 萩里の心には絶望と悔恨(かいこん)の念だけが残った。

 戦いに勝利し世界を救っても、萩里の心は救われない。

 

「……五月」


 

 



 萩里はあの時、五月から命を貰った。

 本来であれば失うはずだった命を五月に繋いでもらった。

 だから自分の命を五月のために使う事に何の躊躇(ためら)いもなかった。


 繋いでもらった命を、再び繋ぐだけだ。


 五月の後ろ姿を見送る萩里の心は満ち足りていた。

 あの時からずっと埋まらなかった欠けた心をようやく取り戻したようだった。


 アウルムのビームがドゥーべを焼いて、何もかもが消滅する瞬間。


 萩里は笑った。


「どうだ五月。私を褒めてくれてもいいんだぞ」


 

 

 アウルムに向かう五月の背後で、小さな光が灯った。

 

 振り返らずともそこで守りたかった命が散ったのは分かっていた。

 

 五月は泣いていた。


 どうしてだろう。

 萩里は敵だったのに。

 別に自分と関係があった訳ではないのに。

 ほんの数回、会話をしただけの相手なのに。

 戦いで誰かが死ぬなんてあたりまえなのに。


 どうしてこんなに悲しいんだろう。

 

 頬を伝う涙の理由は結局分からなかった。

 いま分かるのはあの金色の機体が憎いという事だけ。


「アタシを怒らせた罪は重いよ……!」


 五月は移動速度を全開にしてアウルムに向かう。


 萩里が敵の砲門を1つ破壊したおかげで、その砲門があった部分だけはビームの間隔が広くなっていた。

 それだけあれば十分。 

 姿勢を変えて砲撃の位置を変えようが、その少しの隙間があれば接近など容易だった。


 永遠に届かないと思っていた距離をものの数分で縮めアウルムに辿り着いた五月は、萩里が破壊したバリア発生装置の真下にある発生装置に狙いをつけた。

 

 移動の勢いそのままにアイヴァンとナビィを構えて突進する。

 2本の刀をバリアから浮き出ている突起部分に突き刺し、五月はそのまま下方向に向かって斬り進んだ。


「おりゃあああああ!!」


 発生装置に大きな2本の縦傷ができる。

 傷跡は深く、発生装置の内部まで抉れていた。


「オマケだこのヤロウッ!」


 五月はできた傷跡にナヴィの刀身を射出して撃ち込み、その場から退避した。

 

 程なくして傷跡から火花が発生。

 間をおかずして大爆発を起こした。

 

 右側の縦列の発生装置を破壊した事により「面」が消え、残るバリアは左側の縦列(たてれつ)上下(じょうげ)に細い「線」を作るだけ。

 これでステラ・アルマが収納されている腹部は完全にガラ空きになった。



 ここでようやく桔梗が焦りを感じ始めた。

 バリアが次々と破壊され、とうとうアウルムの装甲のみが自分を守る最後の壁となったのだ。


 まだ分厚い装甲に守られているとは言え今までのように呑気にしてはいられない。

 

「この! その他大勢が! 僕の邪魔をするんじゃない!」


 発生装置を破壊し離脱しようとしている五月に向かって、アウルムの右腕で突きを繰り出す。


 しかしその攻撃は五月に命中する前に何かに止められてしまった。

 

 アウルムの拳は銀色の膜にぶつかっていた。

 どれだけ力を込めても拳がその膜から先に進まない。

 

 拳を止めた銀色の膜の中には、膜と同じ銀色の機体が睨むように桔梗を見ていた。


「尾花! 邪魔だ、そこをどきたまえ!」

「よくも萩里まで殺したな……」

「ふん。リーダーも僕が気に入らなかったようだからね! 勿論君も後を追わせてあげるよ!」

「もう知らない。桔梗はここで終わりだ」

「は! 終わるのは僕じゃない。君達だ!」


 桔梗は尾花の乗るメラクを殴り潰そうと更に力を込めた。

 メラクの防御壁の頑丈さは嫌と言うほど理解しているはずだが、すでにそこに頭が回るほどの余裕は無い。


 尾花は防御壁を張ったまま、その場から急降下した。


 急に行手を遮る物がなくなったアウルムの右腕は勢いよく放り出され、それによって全身のバランスを崩してしまう。


「おおッ!?」

「今だよ!」


 尾花が合図を送る。

 するとアウルムの頭部を水色の小さな盾が囲った。


 盾は数百枚に及び、頭部を完全に囲い込んだ。


「猫ちゃん達の恨みぃ!」


 水色の盾の内側で大爆発が起こった。

 爆発の衝撃で盾が割れていくが、すぐに次の盾が現れ頭部を囲む。


「残りのハンドグレード全部投げちゃうんだから!」


 盾の囲いの中に投げ込まれた爆弾は3発。

 全て頭部付近で大爆発を起こし、アウルムの頭部の半分を吹き飛ばした。


「やった! 見てよこだてちゃん! すっごい効いた!」

「待って、待ってくれ。こころと違ってこっちはまだ不安定なんだ」


 アウルムの頭部付近で騒いでいるのはこだてとこころの二人だった。


 押し潰されて破壊されたはずのアスピディスケとアルマクが、何の負傷もなくそこに存在していた。


「やったよ五月さん、ダイアちゃん、あと尾花さん!」

「やるじゃん二人とも!」

「凄いです!」

「やったぜー」

「毛房こころ、一世一代の大博打でしたー!」

「調子のいい事を……おぇぇ……」


 すこぶる元気なこころに対して、こだては真っ青な顔で吐き気に耐えていた。


「作戦成功! いぇい」


 何故アウルムに破壊されたはずの2体が無事だったのか。

 それは2体が持つ固有武装による能力のおかげだった。


 アスピディスケのドーニ・デッラ・アクア。

 アルマクのキャットナインライフ。

 共にこだてとこころが名付けた防御用の概念武装だ。

 

 ドーニ・デッラ・アクアは自身を液体に形状変化させる能力。

 操縦者ごと液体になれるため全ての物理攻撃に対して無敵になれるが、操縦者は自分の体が溶けて液状化するという感覚を得るので、こだてのようにしばらくは気分が悪くなるというデメリットを持つ。

 

 キャットナインライフは言葉の通り9個の命を持ち、8回までは破壊されても操縦者ごと復活できる能力だ。

 どんな死に方をしても発動前の状態に戻れるが、失った命はどんな事をしても回復しない。

 こころは今回を合わせて過去すでに5回この能力を使っているので残りの命はあと3つしかなかった。


 こと防御に関しては無敵を誇る能力だが共通した弱点がある。

 それは能力を発動している時にしか効果がなく、未発動状態で不意の攻撃を受けた場合などは発動されない。

 更に発動中に自らが攻撃行動などを行うと能力が解除されてしまうという点だ。


 従ってこの能力を有効的に使うためには桔梗に対して行ったように、能力発動中に致死の攻撃を誘発させなければいけないという癖のある能力だった。


 二人はこの能力を使ってアウルムの攻撃を(しの)ぎ、破壊したと思わせた後は大量に漂っているルミナスやアンブラの残骸に隠れて機を伺っていた。


 そして誰かが大きな隙を作った時に現れ、アウルムを攻撃する作戦だったのだ。




「くそ、視界が!」


 頭部を半壊されたアウルムは操縦席にある視界モニターの右半分が映らなくなっていた。

 それによりダメージレポートが見えなくなり、どの場所を攻撃されているのか詳細が分からなくなる。


「焦るな桔梗。バリアを失っても、視界を半分失っても、それでも有利は覆らない」


 桔梗は落ち着いて現状を確認した。

 

 敵が前面と背面に1体ずつ。

 突然頭部に現れた謎の敵が2体。


 パエニテンティアの砲撃は(いま)だに続いているがこの4体は死角に入っているため砲撃が通用しない。


「巨大ゆえの弱点か。歯痒(はがゆ)いな」


 死角にいる4体もさる事ながら、何より警戒すべきは尾花の乗るメラクの位置が分からなくなった事だ。

 バリア発生装置と頭部の破壊に紛れてどこかに姿を消してしまっていた。


 直接的な火力を持つ機体ではないが、セプテントリオンのサブリーダー機だけあってサポート能力が底知れない。

 どこで何をしているか把握できていないのは非常に危険だ。


 しかし言い換えるなら、いま砲撃の死角にいる4体を守る者はいないと言う事でもある。


「ならばまずは頭部にいる2体! 貴様らを潰す!」

 

 こだてとこころを潰すべくアウルムの右腕を動かそうとした時、正面から接近してくる機体が目に入った桔梗は動きを止めた。


 それは先ほど砲撃で吹き飛ばした帆船型のステラ・アルマだった。

 今にも壊れそうなボロボロの船体でこちらに向かってくる。


 桔梗がその高速で近づいてくる機体を最大限に警戒したのは、その機体が銀色の膜を纏っていたからだった。



「ちょっと降りてよ! 勝手に甲板に乗らないで! セプテントリオンの力なんて借りたくないんだってば!」

「ごめん。今は話しかけないで。こんなに大きな機体をまるごとカバーするなんて初めてだから演算が大変なんだ」


 パエニテンティアの砲撃に吹き飛ばされた後アルセフィナを立て直した志帆は、もはや満身創痍の射撃部隊を置いてアウルムに向かっていた。

 こだての言ったように自爆覚悟で特攻をかけるつもりだったのだ。 


 そこに尾花がやってきた。

 そして勝手に甲板に乗り込みアルセフィナを防御壁で囲ったのだ。

 

 アルセフィナのサイズはメラクの能力の限界を超えていたが、尾花は防御壁にアニマを込めて能力をブーストしていた。


「もう! 降りないならこのまま突進するからね!」

「行こう。メラクの防御壁があるから全力でぶつかって大丈夫だよ」


 正面から接近してくるアルセフィナはパエニテンティアの砲撃のいい的だった。

 だがビームがどれだけ命中しても全てメラクの防御壁に弾かれていく。

 

 志帆は残ったアルセフィナの装甲を船首に集めた。

 度重なる攻撃で損傷は大きいが何とか船首に衝角(しょうかく)を形成させる。


「アルゴアルセフィナ・弧矢(こし)!」

「ウィズ、メラク」

「勝手に名前を付け足さないでよ!」

「まあまあ。乗り掛かった船だし」

「ちゃんと掴まっててよね!」

「アイサー船長」


 メラクの防御壁で守られたアルセフィナが突撃してくるのを見て、桔梗は狼狽(ろうばい)した。


 あんな質量の物体が無敵のバリアを纏って突っ込んで来たら、いくらアウルムの装甲を持ってしても防ぎ切れるものでは無い。


「やめろ! やめたまえ!」

「麗佳ちゃんのカタキィィィ!!」


 一才の躊躇なく全速力を出したアルセフィナは、桔梗の乗るアルカイドが収納されているアウルムの腹部に激突した。










 

 捕食。

 生き物が別の生き物を捕まえて食べる行為だ。

  

 昔テレビで蛇が豚を丸呑みするのを見た時、豚の目にはどんな風に映っているのだろうと想像した事がある。

 

 その答えは簡単だった。

 ほとんど何にも見えない。

 真っ暗で何かが動いている気配しか感じない。


 代わりに音が凄かった。

 飲み込まれて噛み砕かれるとこんなに大きくて不快な音がするんだ。


 まさかあの時の疑問を、身をもって答え合わせする日が来るなんて思っていなかった。



「うわああああああッ!!」


 事態を冷静に観察している自分とは別に、喉が裂けそうなほど叫んでいる自分がいた。


 食べられる。

 死ぬ。


 そんな根源的な恐怖が心の中をいっぱいにしていく。

 

 私自身は何の痛みも感じていなかった。

 でも共有されている感覚でとにかく強い力で全身を圧迫されているのだけは分かる。


 操縦席の中に響き渡る警告音が怖くて仕方がない。

 この大音響がそのまま事態の深刻さを表しているんだ。


 恐怖の悲鳴をあげる私と違って鷲羽さんは何も言っていなかった。 

 

 ただ噛まれる度に「ふっふっ」という空気を吐き出すような音が聞こえるだけだった。


 それが逆に私の不安感をこの上なく掻き立てた。

 

 駄目だ。本当に鷲羽さんが死ぬ。

 私が叫んでいるこの1秒で、一体どれだけの苦しい思いをしているのだろうか。


 そう考えたら脳が勝手に正解を導き出して体を動かしていた。


 いま唯一残っている背中に装備したブレード。

 それを何とか取り出して体を噛み砕いている口の中に突き立てた。


 バキン、という音がした。

 多分ブレードの刃が割れたんだと思う。


 それと共に私は口の中から吐き出された。


 真っ暗だった視界に月の聖堂が現れる。

 地面を2回ほど転げながら、仰向けに倒れ込んだ。

 

 案の定モニターには見たくない程のダメージレポート。

 そして画面の半分がドロドロとした液体で覆われていた。


 一瞬カペラさんの唾液が纏わりついているのかと思ったけど違う。

 いくら口の中でもロボットに唾液なんかない。


 これは鷲羽さんの頭から出ている体液だ。

 体液が視界を覆っているんだ。

 つまり頭を砕かれた。


 見える範囲で、分かる範囲で鷲羽さんのダメージ状況を確認した。


 頭部破損。

 胴部破損。

 左腕破損。

 右脚・左脚ともに破損。

 飛行翼破損。

 固有武装破損。

 

 全身のフレームに深刻な亀裂が入り、両脚に至ってはもう私の意思では動かなくなっていた。



「あはははははは!」


 ほのかの楽しそうな、心の底から楽しそうな笑い声が聞こえた。


「ピンク色のロボットだったのに真っ黒になっちゃった! 何それ血? 油圧オイル? カペラさんが人の真似事をしてるって言ってたけど本当だね! 無様(ぶざま)!」


 鷲羽さんがどれだけ悲惨な状態なのか客観的な感想を言ってくれた。

 言われなくても分かっている瀕死の状態を説明してくれた。


 そしてこんなに頑張っている鷲羽さんを無様(ぶざま)なんて言われて泣きそうになった。


 でも妹にそんなセリフを言わせてしまった自分への怒りと、鷲羽さんをこんな目に合わせてしまった自分への怒りを全部束ねて、いまやるべき事へと頭を切り替えた。


 脚が動かないなら腕で這いずるしかない。

 かろうじて右腕だけなら動く。 

 這いずってあそこまで行くんだ。


 ごめん鷲羽さん。

 もう少しだけ頑張って。


「まだ動けるんだ!? でもそれでどうするの? 動いたってもう何もできないでしょ?」


 それに答えている暇はない。

 とにかくあそこへ、ファブリチウスのところまで行くんだ。


「え? ……ああ、いいよ。どうぞ?」


 ほのかが私じゃない誰かと喋っている。

 セレーネはずっとニヤニヤこちらを見ているだけだし、多分カペラさんだろう。


『未明子さん。いまお話できるかしら?』


 やっぱりだ。

 化物みたいな姿になっても何も変わらない。

 無機質な声が私の名前を呼んだ。


『これであなたは追い詰められてしまったわね。自分の意見を主張しようにもそれを貫くだけのチカラが残っていない。さあ、これでもまだ自分が正しいと言えるかしら?』


 カペラさんの凄いところは本当に何も変わらないところだ。

 もう完全に勝利ムードになっているのに声に抑揚がつく訳でも、余裕を感じさせる訳でもない。


 最初に話した時と同じテンションで話しかけてくる。 

 まるで今までの戦いなんて全然興味が無いみたいだ。


 こんな状態で話したくなんかないけど、それで時間が稼げるなら会話に付き合ってやる。


「……どうでしょう? 元々自分が正しいなんて思っていなかったので。私はカペラさんと一緒に未来を考えたいと思っていただけです」

『でもあなたがここで敗れたらその未来はやって来ないのではなくて?』

「そうですね。あくまで私の主張は私が勝った場合の話。ここで負けたら私に何かを選べる権利はありません」

『では認めるしかないわね。この戦いは私達の勝ち。地球を選別するのは引き続きセレーネが行うわ』

「いえ。それはやっぱり間違っている。セレーネに全てを任せていたらダメなんです。増えた地球を破壊し続けるなんて間違っている。私達の地球をどうするかは私達が考えるべきなんです」

『……その方法は?』

「分かりません!」


 戦う前に聞かれたのと同じ返答だ。

 私にはこの答えしかない。


「それはこれから考えます。どんな目に合わされてもそれだけは変わらない」


 今の私には動く事しかできない。

 カペラさんと話している間も、諦めずに這いずるしかできない。

 これすらもやめたら何もかもが終わる。


『数多ある世界を救う英雄になりたいのかしら?』

「いいえ。私は大好きな人達と平和に暮らしていける世界を守りたいだけです」

『ならば自分達の世界を守ればそれでいいのではなくて?』

「セレーネが管理を続ける限りいつその平和が崩れるか分からない。もしかしたら明日には新しいルールに変わって、勝ち抜いた世界も再び戦いに巻き込まれるかもしれない。そんなのはセレーネの匙加減(さじかげん)だ」

『……』


 セレーネに限ってそれは無いわ。

 とは言ってくれないんだな。


 きっとこれまでも色々とルールは変わってきたんだろう。

 今のルールはあくまで今のルール。

 理不尽なルールを強制された時に、やっぱりセレーネに任せていてはダメだったなんて言い出しても手遅れだ。

  

「私は自分の好きを貫くために絶対に止まりません!」

『……素敵ね。もう何も希望は残っていないのにそれでも変わらないのね。私が今まで会った子達はそうではなかったわ。希望を失った時、あるいは死を迎える時、絶望と後悔を唱えたわ。あなたはそうはならないのね』

「これしか取り柄がないので」

『……分かったわ。私はもう十分。あなたに会えたのが何よりの収穫よ。後の事はあなたの妹に任せるわ』


 私の行動がカペラさんの何を変えたんだろうか。

 おそらく何も変えていない。

 カペラさんにとってはそういう人間がいた、という思い出の1ページになっただけだ。


 私が負けた後、カペラさんは今まで通りセレーネの元で最後の敵を続けるだろうし、破壊されていく地球をこれが最善と見続けるだけだろう。


 だからやっぱり勝たなきゃダメなんだ。

 勝たなきゃ何も掴めない。


「お姉ちゃん。聞いてもいい? 何をそんなに(かたく)なになってるの?」

「……」

「そんな血だらけで這いずってさ。綺麗な絨毯を汚してさ。もう頑張る段階じゃないと思うんだよね」


 ほのかには今の私はそれこそ無様(ぶざま)に映っているんだろう。


 もう何をしても勝てないのに。

 できる事なんて何もないのに。


 負けを認めるのを。

 もうダメだって口に出すのを嫌がっているようにしか見えないんだろう。


「その落ちてる銃のところに行きたいんだよね。いいよ。待っててあげるよ。お姉ちゃんが最後に何をするのか見ててあげる」


 ほのかは左手に持っていたハンマーを置いて、代わりに私が落としてしまった(サンクトゥス)を拾った。


「それがダメだったらあいるさんを壊すね。そしたら負けを認めてね。もう今後は何でも私の言う通りにするって誓ってね?」

「……分かった。約束する。だからほのかも約束して。私が勝ったら私の話を聞いて。ちゃんとほのかと向き合うから話を聞いて」

「……わぁ」

「え?」

「あまりにもびっくりして(よだれ)を垂らしそうになっちゃったよ。まさかお姉ちゃんがまだ勝てると思ってるなんて」

「お父さんの教えだからね」

「負けが決まるまでは諦めない……か。分かったよ。じゃあお姉ちゃんが私の胸の中で泣き出すまでは、私も勝ったって思わないよ」

「だからお姉ちゃんは泣かないってば」

「嘘つき。さっき泣きそうだったくせに」

「……何でバレてるの?」


 そんなどうでもいい会話で時間を稼ぎながら、何とかファブリチウスの元に辿り着いた。


 残念だけど鷲羽さんはもう立ち上がれない。

 唯一動く右腕を使って上体を起こし、その場に座りこんだ。


 右腕でファブリチウスを持ち上げて、銃身を肩に乗せて固定する。

 

『未明子。鷲羽さん』


 少し離れていただけなのに凄く久しぶりにミラの声を聞いた気がする。

 この声を聞けるだけで勇気が湧いてくる。


「ミラ、お願いね」

『うん。頑張る』

「鷲羽さん。返事はしなくて大丈夫だから、あともう少しだけ力を貸して」

『……う……』


 喋り声とは程遠い唸り声のような音だけが返ってきた。

 もう会話をする気力もないんだ。


 まさかこんなに深いダメージを負わされるなんて思っていなかった。

 この戦いが終わったあと鷲羽さんは生き残れるんだろうか。

 

 その心配を始めたら終わらない。

 全てがうまくいくように信じるしかない。


 私はファブリチウスを構えてカペラさんに向けた。


 鷲羽さんの腕が小さく痙攣しているせいで少しだけ狙いがブレるけど、あんなに大きな相手ならまず外さない。


 大丈夫だ。

 このまま狙い続けるんだ。


「……えーっと、いつまで待てばいいのかな? その銃を撃つんだよね?」

「撃つよ。これが私の最後の攻撃だ」

「あたらないよ。そんな攻撃」


 どうやらほのかはファブリチウスを避けてくれるみたいだ。


 良かった。

 ()()()()()()()()()()


 狙いはカペラさんの胴体。

 覚悟を決めて、引き金を引いた。

 

「ファブリチウス……いけぇーーーッ!!」


 銃口から赤いビームが放たれカペラさんに迫る。


 この距離、普通なら絶対に避けられない。

 私達の中で一番早いツィーさんだって絶対に避けられないタイミングだ。


 それでも。

 カペラさんはその場から姿を消すように移動して、一瞬で私の右側に現れた。


「何の面白味もない普通の攻撃だったね。やっぱりただの虚勢だったんだ」


 ほのかがサンクトゥスを構えた。


 狙いは分かっている。

 ファブリチウスごと右腕を貫こうとしているんだ。


 ファブリチウスだけが私に残された武器。

 それを破壊すれば本当にもう何も残らないと考えたんだろう。

 

「ばいばいあいるさん。お疲れ様」


 振り下ろされた槍の先端がファブリチウスを貫く瞬間。

 

 私は鷲羽さんを加速させた。


 翼を壊されても加速そのものはできる。

 その勢いを利用してその場で体の向きを変えた。

 

 向かってくる槍に対して、正面に向き合うように。


「え!?」


 ほのかが驚きの声をあげた。

 それが私の耳に届いた時にはサンクトゥスが鷲羽さんの胸を貫き、核である操縦席を潰した。


「ッ!!」


 槍は鷲羽さんの本体を貫き、緩衝膜(かんしょうまく)も破り、操縦席に乗っていた私の体の半分以上を削り取った。


 自分の体が槍にへばりついているのは不思議な感覚だった。

 まるで体が槍と同化したみたいな錯覚に陥る。

 でもすぐに私の体から吹き出した血が槍を汚して、私と槍の境界線を作った。

 

 痛みは無い。

 体が衝撃で痙攣しているだけだった。


 そうか。

 即死できなかった人はこういう時間を過ごさなきゃいけないんだ。


 そんな呑気な感想を考えていると、喉の奥から抑えきれない勢いで何かが押し出されてきた。

 それは私の意思とは関係なく口から吐き出されて操縦席を真っ赤に染めた。

 

 おぞましい量の血だった。

 自分の体の中にこんなにたくさんの血が入っているんだなと驚いてしまう。


 漫画のダメージ描写で血を吐いたりするのはデフォルメ表現で、本当は吐血なんてほとんどしない。 

 でもこれだけ内臓が潰れると勝手に出てくるものなんだな。


 そして呼吸ができなくなった。

 次に視界が薄くなってきた。

 全身の感覚がなくなり、自分では体を動かせなくなった。

 

 最後に頭がぼんやりとしてきた。


 鷲羽さんの体も光に変わっていく。


 ……ああ、これが死ぬって事なんだな。

 思ったより苦しくはないや。


 でも……こんなに寂しい気持ちになるんだな……。


「うわあああああああああッ!!」


 ……私と似たような悲鳴が……聞こえた。

 さすが……姉妹。

 叫び方……まで……そっくりだ。


「嫌だ! 嫌だ! お姉ちゃん!!」


 ごめんね……ほのか……。

 でも……これしか方法が……なかったんだ。

 だって……ほのか……強いんだもん。


「戻れ! 時間、戻れええええッ!!」


 薄れゆく意識の中……。

 聞こえたその言葉……。


 私の意識は……一瞬だけ途絶え……。



 

 すぐに、数十秒前の状態に戻った。


 ファブリチウスを構えた私の前に、カペラさんが立っている。


 ごめんねほのか。

 でもこれしか方法がなかったんだ。

 私の命を利用するしか勝ち目が無かったんだ。


「絶対に時間を戻してくれるって信じてたよ!!」

 

 ファブリチウスの狙いはすでにつけてある。

 後は引き金を引くだけだ。


「ミラ! フルパワーでいくよ!」

『合点!』


 これが本当に正真正銘最後の砲撃。

 カペラさんの核にだけは絶対にあたらないように狙いを定めて、引き金を引いた。


 時間を戻される前に放った砲撃の倍以上の大きさのビームがファブリチウスから放たれた。


 ビームの大きさだけじゃ無い。

 弾速もさっきと比較にならないほど速い。

 ミラのアニマを込めに込めた必殺の一撃だ。


 その分反動も大きかった。

 残りのアニマを全て姿勢制御に回して砲撃を安定させる。


 反動で鷲羽さんの体が軋む音がした。

 ファブリチウスを持つ右手が弾き飛ばされそうになった。


 それでも絶対に手を離さない。

 砲撃もブレさせない。

 絶対にこの一撃を決めてやるんだ。


 ほのかはその砲撃を回避しようとしなかった。

 いや、回避できないんだ。

 時間を戻した後は一瞬だけ動けないタイミングがある。


 今までもそうだった。

 だから私はさっきファブリチウスを構えたままの姿勢で時間を稼いだんだ。


 どの時間に戻されても即発射できるように。


「ズルいよお姉ちゃん!」

「これが戦いの経験値だよほのか!」


 ファブリチウスのビームはカペラさんを飲み込み左半身を丸々消失させた。

 

 命中した部分が黒く焦げて煙を噴きあげる。

 

 さすがフルパワーの砲撃。

 あんな巨大な体でも一瞬で蒸発させるとんでもない威力だ。


 そんな威力の砲撃なのに、やっぱり聖堂の壁にあたるとエネルギーが分解されて霧散してしまった。

 建物が崩壊しないからありがたいけど一体どんな構造なんだ。


 でもそんなのはどうでもいい。

 とにかくこれでカペラさんに瀕死の重症を負わせた。


「まさか自分を犠牲にするなんてね。でもそれでどうするの? あと10秒くらいしたらまた時間を戻せちゃうよ? そしたらもっと前まで時間を戻して、今度は違う方法であいるさんを壊しちゃうんだから」


 そんなセリフを言うほのかの声は震えていた。

 余裕ぶっているけど私を殺してしまったのが効いているんだろう。


 だから今度はこっちが余裕のある声でこう言ってあげた。


「いや、これで終わりだよ」


 私は鷲羽さんの腰にある耐衝撃カバーを開けた。

 普段はハンドグレネードなどを入れておくカバーだ。

 

 そこから透明なカプセルのような物を取り出した。

 

「……何それ?」


 私はそれをカペラさんの方に放り投げた。

 透明なカプセルがカペラさんにぶつかると光を放つ。


 光はカペラさんの胸のあたりを照らした。

 

「これはね、黒馬さんから貰った月でしか使えないアイテムだよ。このアイテムはね……」


 胸を照らしていた光が消えると、カプセルはそのままゆっくりと地面に落下した。

 

「……え?」

「瀕死になったステラ・アルマから操縦者を強制的に排出させるんだ」

 

 透明なカプセルの中には、カペラさんの操縦席にいたほのかが入っていた。


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