第152話 ステラムジカ⑭
こだてとこころに気を取られていた桔梗は、背後にいる敵の存在に気づけなかった。
二人が桔梗を煽っている間にメラクがツィーとシャウラを抱えてブースターで移動。
アウルムの背後に回り込みバリア発生装置を破壊したのだ。
背後の発生装置はアウルムを守るバリアの要。
ここを破壊されると全体に面を作るための点が失われ、バリアは胴体にある4つの発生装置から内側に発生するものだけになってしまう。
「……なるほど。我が身を犠牲にして発生装置を破壊したか。泣かせるねえ」
発生装置の破壊を成し遂げる為にこだてとこころはアウルムの右腕に押し潰された。
散々煽られたのも命懸けの行動だったのだと思えば、それなりに評価してやってもいいと桔梗は溜飲を下げた。
「ま! バリアは消えてしまったが残りの敵は数えるほどだ。そんな少数でこのアウルムを倒せるものならやってみるがいいさ。君達が頑張ったところで運命は何も……」
「桔梗!」
その名を叫んだのは尾花だった。
独白を遮られた桔梗はため息をついて呆れつつも、その通信に応える事にした。
「やあ尾花。よくもやってくれたね」
「ようやく通信が繋がった」
「仕方ないから最後にお話してあげるよ。何の用だい?」
「何で撫子を攻撃したの?」
「この話もう一度しなきゃ駄目かい? 萩里との通信は聞いてなかったのかな?」
「聞いてたよ。でも撫子が裏切ったなんて考えられないんだ」
「いいや彼女は裏切ったね。見たまえアウルムの左腕を! これを破壊したのは撫子だよ?」
桔梗は肘から先のなくなった左腕を持ち上げてブンブンと振り回した。
それを見たダイアが事実と異なる物言いに抗議の声をあげる。
「その左腕はみんなで破壊したんですよ! 嘘を言わないで下さい!」
「直接は君達の功績かもしれない。しかしキッカケを作ったのは撫子だ。彼女が邪魔をしなければ左腕も健在だったし敵の指揮官も潰せていた」
「それだけで撫子を殺したの?」
「それだけじゃないさ。彼女は勢い余って僕も殺すと言ってきた。だから自分の身を守っただけだよ」
「そうなんだ。じゃあ桔梗は私を殺そうとしたから、私も桔梗を殺していいの?」
「おいおい。君が敵と仲良くしているから排除する必要があるんだろう? 順序が逆さ」
「逆じゃないよ。桔梗が撫子を殺したから、私は話を聞いてもらうためにバリアを壊した。撫子もそうだったんじゃないの? 桔梗が先に何かしたから怒って攻撃したんじゃないの?」
「うーん。どうだったかな。確かにそんな事故は起こっていたかもしれないね」
「やっぱり。撫子が自分から攻撃するなんて変だと思った。桔梗は自分を正当化してるだけだ」
「ほう。やたらと撫子の肩を持つね?」
「君達は元々うまくいっていなかった。サブリーダーとしてもっとフォローしてあげれば良かった」
尾花が二人の関係に気づいていなかったわけではない。
うまくいくようにできうる限りの協力はしていた。
だが撫子は桔梗に対して以前の世界の桔梗を求めるという根本的なすれ違いがあり、それは尾花や他のセプテントリオンではどうしようもなかったのだ。
「桔梗は明確な意思を持って撫子を殺したんだね?」
「はいはい。じゃあ面倒だしもうそれでいいよ」
「分かった。ではサブリーダーとして命令する。セプテントリオンセクス斗垣・コスモス・桔梗。すぐに停戦して月に帰還するんだ」
尾花の命令に五月とダイアは驚いた。
今や月の外側で地球の部隊と戦っているのは桔梗だけ。
その桔梗に停戦命令を出すのは実質、敗北宣言だ。
命令を言い渡された桔梗は驚くよりも笑いが込み上げていた。
「アッハハハハハ! 何を言い出すんだい尾花。僕が戦いをやめたら月は敗北だよ?」
「まだセレーネさんの戦いが終わっていないよ。いや、そうじゃないんだ。このまま君がこの戦場を制圧したら、次に月を攻撃するだろう?」
「……どうしてそう思うのかな?」
「桔梗がセプテントリオンを始めた理由だよ。君は世界や大切な人を守るためじゃなくて強い刺激が欲しくて戦いに参加したんだろう? そんな君がアウルムなんて力を手にしたら刺激を求めて月を敵に回そうとしても変じゃない」
「酷い言われようだね。だったら最初から僕にアウルムを渡さなければ良かったんだ」
「まだ分からないの? セレーネさんはそれを期待して君にアウルムを渡したんだよ」
「……何だって?」
「君なら力に溺れて暴走してくれる。戦いを面白くしてくれる。それを分かってあえて君に強大な力を与えたんだ」
「バカな事を! いくら月の女神でも僕の意思までは読めまいよ」
「そういうのが出来ちゃう人なんだよセレーネさんは。君の考えなんてお見通しの上なんだ。その証拠にルミナスもアンブラも壊滅状態なのに何の増援もこない。引き続き戦場を引っ掻き回してくれって意味だよ」
「ふん。君は考えすぎだ。僕は僕の意思で行動している」
「そうやってセレーネさんの手のひらの上で踊らされているのに早く気づいた方がいい」
「……」
尾花にそう言われたところで桔梗の心はすでに決まっていた。
もはや誰の意思であろうと関係ないのだ。
仮にセレーネの思惑通りに動かされているとしても、今この瞬間が刺激的であれば何も問題はない。
人に用意されたステージの上で自分を魅せるのが常である斗垣・コスモス・桔梗にとって、この場を誰が用意したのかは関係ない。
自分が最高に輝けるステージであればそれでいいのだ。
「ふふ。仕方がない。そこまで期待されているならばそれに応えなくてはいけないね! いいだろう。やはりここは僕が最大の脅威となって月をも侵略してあげよう! さしもの女神もまさか自分にまで被害が及ぶとは思っていまい。僕はこの力で女神の思惑を超えてやろうじゃないか!」
「そう言うと思った。桔梗はそういう人間だ。だからセレーネさんは君をセプテントリオンに迎えたんだよ。撫子を仲間に加えたのも、こうなるのも全部計算ずくだ」
セレーネとの付き合いの長い尾花はアウルムが桔梗に渡されたと聞いた時にその意図を何となく感じ取っていた。
強い兵器が完成したのならリーダーである萩里に渡すべきだ。
それをあえて桔梗に渡したのなら、こういう混沌とした状況を期待しているに違いないと。
「五月。改めて宣言するね。桔梗を止めるために私はアウルムを破壊する」
「……いいの?」
「このままだと月が……セプテントリオンのみんなが危ない。みんなもう戦えないんだ」
「アタシ的には大歓迎だけど……萩里に怒られない?」
「萩里もきっと同じ気持ちだよ。いや、私よりもっと怒っているかもしれない」
「あー萩里って裏切りとかに厳しそうだもんね……」
五月は今の会話を聞いた萩里が青筋を立てて怒っているのが容易に想像できた。
「えーと。えーと。尾花さんと呼べばいいですか?」
「うん。君は何子ちゃんだっけ?」
「ダイアです! 音土居ダイアと言います」
「綺麗な名前だね」
「それは初めて言われました。嬉しいです!」
「ダイアちゃんもよろしくね。今から私は君の仲間だ」
「それで尾花さん。あの巨大な敵を倒す作戦はあるのでしょうか?」
「作戦……とまではいかないんだけど、アウルムを倒すには二つの方法がある」
「ほう! それは興味深いですね。是非聞かせてください」
「一つはあの大きな体が動かなくなるまで壊す方法」
「いやー尾花ちゃん。それは分かってるけど難しいっしょ」
「もう一つは本体を引きずりだす方法」
「本体?」
「実はアウルムは単体のロボットじゃない。あれはステラ・アルマ専用の装備なんだ」
「装備!? あんなデカいのが!?」
「そう。桔梗のパートナーのアルカイドが装備している追加武装なんだよ。見て。いま残ってるバリアがお腹のあたりを守ってるでしょ? あの中にアルカイドがいるんだよ」
アウルムはセレーネが用意した強化パーツだった。
それはアウルムを見た時に部隊の何人かが疑問に思っていた答えでもあった。
ただの人間がロボットを操縦できるものなのか。
ステラ・アルマの操縦は、操縦桿を握った操縦者のイメージを機体がトレースする。
訓練を受けていなくてもロボットを操作できるのはそのおかげだ。
アウルムがただのロボットだとしたら操縦者はあの巨大なロボットを動かすための操作が必要になる。
普段から余程の訓練を受けていない限り、普通の人間が操作するのは不可能ではないかと考えていたのだ。
しかしステラ・アルマが纏う追加装備であれば問題ない。
操縦者はいつも通りステラ・アルマを動かす感覚で操縦する事ができる。
それにバリア発生装置が胴体に4つ集中しているのも変だとは感じていた。
体全体にバリアを張るなら発生装置をもう少し散らして設置した方がいい。
あえて集中させているのはその4点でステラ・アルマ本体を守っているからなのだ。
「何をお喋りしているのかな? バリアが無くなったところで君達のピンチは変わらないんだよ?」
桔梗が会話をしている3人に向けて突きを放ってきた。
凄まじいスピードで向かってくる巨大な腕を散開して避けた3人は、そのままアウルムから距離を取る。
「ふむ! あのパンチにも大分慣れてきましたね!」
「ねえ尾花、さっきの話が本当なら残ったバリアを壊してお腹に集中攻撃すればいいって事?」
「しかし腹部の発生装置は背面の発生装置に比べて強固だと委員長が言っていませんでしたか?」
「うん。さっきまではそうだった。でも背中の発生装置を壊したなら出力が下がっているはずだ。だからお腹の発生装置も脆くなっていると思う」
「そ、そういうものなの? 本当に攻略方法があるんだね」
「セレーネさんはそういうのが好きだからね。何を作るにしても無敵にはしないんだよ。必ず突破方法が用意されてる」
「なるほど。アルタイルちゃんが言ってた通りだわ」
セレーネのその妙にフェアと言うか、ズルをしない姿勢は五月には理解できなかった。
初めてルミナスを見た時はこんな大きなロボットを倒すなんて無理だと思ったのに、いざ戦ってみたら全然何とかなってしまった。
それにあれだけ強いと感じていたセプテントリオンも作戦を駆使して倒せてしまった。
難易度こそ高けれど、諦めなければ何とかなるように調整されているのだ。
とは言え、これだけの戦力が集まっても犠牲を出さなくては突破できない敵を用意してくるのは嫌らしい相手としか言えない。
「ではさっきと同じように接近してバリア発生装置を破壊するんですね」
「そうだね。アタシとダイアちゃんの攻撃なら問題なく破壊できると思う。問題は……」
問題はどうやって接近するかだ。
アウルムの突きや蹴りを回避するのは可能だが回避しながら接近するのは難しい。
特に今回は胴体側に目標があるため正面から近づかなければいけない。
先程のように死角を突いた接近はできないのだ。
「こういう時にフォーマルハウトがいてくれると便利なんだけどなぁ」
「あの方、ドラえもんみたいな存在なんですね。面白いです」
「アイツいつの間に面白キャラまで落ちぶれたんだろう。アタシ達と戦った時はどうにも恐ろしい奴だったのに」
「あれ。そう言えばフォーマルハウトはどうしたの? 死んだ?」
「行方不明ってソラちゃんが言ってた。戦いが終わったら探しだして首輪つけておかなきゃ」
「五月フォーマルハウトなんか飼ってるんだ。噛み癖があるからオススメしないよ?」
「別に飼いたかったわけじゃないんだけどね。何か住み着いちゃったのよ。尾花いらない?」
「いらない」
「私は欲しいです! 是非私の世界に連れて帰らせてください!」
「1等星は相変わらず人気があるなぁ」
どうしてあんな奴を欲しがるのだろうか。
きっと他の世界の人達もフォーマルハウトを欲しがるんだろうなと思うと五月は頭が痛くなるのだった。
「五月さん! ダイアちゃん!」
攻めあぐねてどうでもいい会話をしている3人に通信が入った。
遠くから白い帆船がこちらに近づいてくるのが見える。
志帆の乗るアルセフィナだ。
「二人とも何してるの!? 隣にセプテントリオンがいるよ!」
「あーそっか。みんなへの報告を忘れてたわ」
「早く離れて!」
「志帆ちゃん。ついでに稲見ちゃんも聞いて。ちょっと事情があって尾花が仲間になったの。だから攻撃しないでね」
「セプテントリオンが!?」
「稲見ちゃんも聞こえた?」
「はい。五月さんのお友達の方ですよね?」
「そうそう。まあ色々あったんだ。でも信用して大丈夫だよ」
「五月さんがそう言うならお任せします」
「志帆ちゃんもいいかな?」
「……うぅ……私達はセプテントリオンに仲間をやられてるから気持ちとしては微妙だな……」
「うん。その気持ちは良く分かる。だから仲良くはしなくていいよ。でもあのデカいのを倒すまでは一緒に戦うのを許してあげて?」
「……分かった……」
この戦いでイーハトーブのメンバーはまだ誰も死んでいない。
しかし他の世界ではすでに何人も死者が出ている。
それが全てセプテントリオンにやられたとあっては、突然協力しろと言われても納得できないだろう。
五月もそれは理解しているので志帆と尾花には別で行動してもらう事にした。
「志帆ちゃん、これからあいつの胴体の発生装置を破壊する。あの中に本体のステラ・アルマがいるみたいなんだ」
「あの大きな機体、ステラ・アルマじゃないんだ?」
「そうみたい。だから攻撃しやすいように志帆ちゃんにはアイツの注意を引き付けて欲しいんだ」
「了解!」
ダメージを受けてもアルセフィナの航行速度は変わっていない。
バリアが無くなり射撃部隊の攻撃も通用する今ならアルセフィナは敵にとって厄介な存在のはずだ。
引きつけ役にはうってつけだ。
「ダイアちゃんは尾花と一緒に動いてもらっていい?」
「それは大変心強いですが五月さんは大丈夫ですか?」
「アタシはアウローラで速度を上げられるから心配しないで」
「分かりました!」
五月、アルセフィナ部隊、そしてダイアと尾花。
3つのグループで別方向から攻撃すれば敵の隙を生みだせる。
その隙をついて発生装置を攻撃する狙いだ。
「みんな、行くよ!」
五月がアウローラを発動させた。
ツィーの体に赤い模様が浮き上がる。
半身に龍が絡みついたような模様が出ると、ツィーの速度が数倍に跳ね上がった。
まるで流星が現れたのかと見間違うほどの速さは、アルセフィナ部隊もダイアも目では追い切ることができなかった。
唯一尾花だけが経験を頼りに五月の動きに合わせる事ができた。
「うっそでしょ!? 五月さん速すぎる!」
「凄い! 凄いですね! これは興味深いです!」
「ダイアちゃん喜んでる場合じゃないよ。五月が攻める反対側から動くんだ」
「承知しました!」
アウローラ状態のツィーの移動力はアウルムの稼働速度を遥かに超えていた。
高速で動き回るツィーを打ち落とそうと何度も突きを繰り出すがカスりもしない。
「射撃部隊! いっけー!」
五月に続くようにアルセフィナの甲板から射撃部隊が攻撃を開始する。
バリアが消えたおかげで攻撃は確実に命中し、小さいながらもダメージを与えていた。
「これだけ的が大きければ狙い放題だ!」
今までのお返しとばかりにありったけの弾丸を撃ち込みダメージを重ねる。
アルセフィナの航行速度もアウルムより速いため、周囲を飛びまわられると対処の仕様がなかった。
五月とアルセフィナの部隊が正面の注意を引いてくれている間にダイアと尾花はアウルムの背後に回っていた。
正面のバリア発生装置は一旦任せ、破壊した背中側の発生装置に取り付きシャウラの毒を流し込むつもりだ。
背中側への被害を大きくすれば、それはそれで放置できない。
正面を攻めやすくする為の動きだった。
「左腕を破壊した時もそうだったんですが、あれだけ大きいと一回や二回突いたくらいでは完全に毒が回らないみたいです」
「蜂がクマを刺してもあんまり効かないもんね」
「クマの場合は皮膚が硬いから蜂の針が届かないみたいですよ。ですがシャウラならあの破壊跡に飛びついて突き続ければ、完全な破壊は無理でも無視できないダメージにはなるはずです!」
「オッケー。なら私はそこまでダイアちゃんを守るね」
「お願いします!」
メラクの防御壁に守られダイアは破壊された発生装置に向かった。
アウルムが動き回っているのでそう簡単には辿り着けないが、何と言ってもメラクの防御壁に守られている。
例えアウルムの大きな体がぶつかろうがダメージは全く無い。
「むむ。やはりこのバリアはズルいですね」
「ダイアちゃんの毒も結構ズルいと思うよ」
尾花のサポートの元、目的地にたどり着いたダイアは破壊跡に取り付いた。
「食らえ! アル・シャウラ!」
破壊跡に槍を突き立て、そのまま周辺を連続で突いていく。
「アル・シャウラ! アル・シャウラ! アル・シャウラ!」
「ねえダイアちゃん。これ毒が回るとどうなるの?」
「はい。毒が回ったところが爆発します!」
「そっかそっか。ちょっと刺すのやめてこっちに戻っておいで」
「はい?」
尾花の言われるままに戻って来たダイアは、再びメラクの防御壁に囲まれた。
「尾花さん!? 何をするんですか!? これでは攻撃できません!」
「ナルホドこういう子かー。五月はちゃんと説明して欲しかったな」
防御壁に囲まれたすぐ後に、破壊跡から大きな爆発が起こった。
爆炎がメラクの防御壁を包みこむ。
毒の影響で連鎖的に爆発が発生し、防御壁の周りは炎と高熱の坩堝のようになっていた。
尾花が防御壁を張らなければシャウラはこの爆発に巻き込まれていただろう。
「ね。危ないでしょ?」
「うおおお! 自分の能力をすっかり忘れていました!」
「でもちゃんと効果はあるね。おかげで壊れた部分が増えた。そこに槍を打ち込んでいこう」
「勿論です! どんどん行きますよ!」
飛び回る射撃部隊。
背後のシャウラ。
複数の場所を攻撃されているアウルムだったが、操縦者の桔梗は涼しい顔をしていた。
確かに各部にダメージはある。
しかしそのダメージは被害と呼ぶにはあまりに小さい。
人間で言うところの指を切って血が出たくらいのものだった。
勿論その程度の傷でも放置すれば重大な負傷に発展する可能性はある。
だが戦闘に置いてこの程度のダメージはさして気にする程ではなかった。
それよりも桔梗にとって喜ぶべき報せがあった。
とっておきの兵器のチャージが完了したのだ。
恐らくこの攻撃で決着がつくであろう。
意気揚々と攻撃を繰り返す羽虫達を潰すのはさぞ楽しいだろうなと口元を歪めた桔梗は、アウルムを少しだけ月側に動かした。
前方から攻撃していたアルセフィナの部隊と五月はアウルムが月の方に動いたのに気がついた。
反射的に危機を感じた五月がすぐにその場から離れようと動き出した時には、アウルムの全身に装備された砲身が起動した後だった。
「志帆ちゃん逃げて!!」
五月から志帆への警告はもう遅かった。
すでに砲身には十分なエネルギーが充填されており、いつでも発射できる状態だったのだ。
「終幕。パエニテンティア」
アウルムの砲身から一斉にビームが放たれた。
アルカイドの浮遊砲台から発射されるのと同じ金色のビームが、全身からハリネズミの針のように撃ちだされたのだ。
ビームは1本1本がステラ・アルマよりも大きかった。
いかに宇宙が広いと言えど、このサイズのビームをこれだけの数撃たれてしまったら逃げ場は無いに等しい。
数えきれないほどの無数のビームは最早光の壁となっていた。
暗い宇宙を照らす光の壁が、容赦なく地球の部隊を飲み込んだのだった。
正直、私は妹を甘く見ていた。
いくら優秀だからといっても全てを完璧にこなせるわけじゃない。
できない事だってあるだろうし、向いていない事だってあるだろう。
人間なんだからどこかしら劣っている部分はあるんだって思っていた。
実際はそうなのかもしれない。
この世にある全ての事を一つ一つ試していけば、いつかは何かにぶつかって弱い部分は露呈するのかもしれない。
でもこの瞬間。
お互いステラ・アルマに乗って戦うというこの瞬間だけは、その弱い部分は一つも顔を出さなかった。
「うん。これでだいたい潰せたかな?」
ほのかが構えていたイグニスを下ろす。
「最初は戸惑ったけど結局いつものお姉ちゃんが速く動いてるだけだもんね。目では追えないし、反応も間に合わないけど、何をしてくるのか分かってれば事前に動いておくだけだよ」
クスクスと無邪気に笑うほのかは余裕に溢れていた。
楽しそうにウエポンラックまで歩いて行くと、立て掛けてある武器の品定めを始める。
「うーん。どうしようかな。この銃はそのまま使うとして、何かぶつける武器みたいなのが欲しいな。あたったら痛そうなやつ。ねーお姉ちゃん。何がいいとかある?」
無慈悲な妹が、自分が攻撃される武器を自分で選べと言いだした。
「やっぱり傷跡が酷く見える方がいいよね。取り返しのつかなさが際立つし。ねーえ、お姉ちゃんってば聞いてるの?」
まるで3時のオヤツは何にするのかを聞かれているみたいな軽さだった。
そんな日常っぽく聞かれても、こちらに答えられる余裕はない。
すでに私は敗北寸前に追い込まれていたからだ。
高速移動を主軸に戦って善戦できたのは最初だけだった。
次第にほのかがそれにも対応できるようになって、気がついたらこちらの有利は消えていた。
時間を戻す能力も2~3回は使われたと思う。
でもほとんどほのか自身の能力で対応された。
蓄積した鷲羽さんのダメージも大きい。
全身の装甲もほとんどが破壊され、本体にもビームを浴びせられたせいで体中がボロボロだ。
砲身が6つあったアル・ナスル・アル・ワーキも右肩の1本以外は全部壊されてしまった。
私自身もほのかの行動を先読みするために脳を酷使したせいで、めまいに襲われて動けなくなっていた。
その時点でもう負けでもおかしくなかった。
ほのかが情けをかけてくれたのか、それとももっと私を虐めたかったのかは分からないけど攻撃を一旦やめてくれたおかげで、いま地面に這いつくばって呼吸を整えるだけの余裕があった。
「これだとあんまり痛そうじゃないし……逆にこれだと痛みとか感じる余裕もなさそうだし……あ、これにしよっかな」
ほのかが選んだのは一番奥にかかっていた巨大なハンマーだった。
銀色で装飾のほとんど無い、敵を潰すためだけのシンプルなデザインのハンマーを片手でひょいと持ち上げてこちらに戻って来る。
「お待たせ。ほらお姉ちゃん立って? 次から倒れる度にこれであいるさんの手足を一つずつ潰していくね」
「……ほのか……」
「どうしたの? 疲れちゃった? いいよ。もう降参するならあいるさんから降りてきて。そしたらお姉ちゃんの戦いはそれでお終いだから」
「そんなの、できない……」
「だよね。分かってるよ。だからもうダメだって思えるまで。お姉ちゃんがもう何もやっても無理だって思えるまで付き合ってあげるから。ね? だから立って?」
優しい口調に残酷な言葉だった。
いつこの残酷な言葉が実行されてもおかしくない。
このままここで倒れていたら容赦なく鷲羽さんの手足を潰して来るだろう。
私は鷲羽さんを立ち上がらせた。
左脚の先が無くなっているので右脚に重心をかけながら、何とかその場に立ち上がる。
「嫌だなぁ。もう手は尽くしましたみたいな感じになってるけど、まだ他にも手があるの知ってるよ。あの体が赤くなるやつまだやってないよね?」
「アウローラのこと?」
「そんな名前なんだ。あれも動きがすっごく速くなるよね。さっきみたいに一瞬じゃなくてずっと速くなるんでしょ? 今度はあれを潰したいな」
最初に宣言した通り、ほのかは私の手を全部潰していく気だ。
あれをやってもダメ。これをやってもダメ。
そうやって心を折るつもりらしい。
でもアウローラは本当に最後の手段だ。
使えと言われたからと言って簡単には使えない。
「お姉ちゃんの事情は分かってるよ。アニマだっけ? あいるさんの燃料がもうあんまり残ってないんだよね?」
気づかれたくなかった事実もすっかりバレている。
その通りだった。
アウローラでの高速移動はアニマの消費が激しい。
黒馬さんとの戦いから連続して、この戦いでもすでにかなりのアニマを消費している。
残りのアニマを使い切ったらその時は本当に最期だ。
「ここに来て余力を残すなんて余裕があるんだね。分かった。じゃあカペラさんをパワーアップさせよう」
「ぱ、パワーアップ?」
「お姉ちゃんと一緒にアニメを見てるとさ、敵も味方もパワーアップするのってピンチの時が多いよね。いつも疑問に思ってたんだ。ピンチになってから使うくらいなら、最初からパワーアップしておけば余裕で勝てるのにって」
「それはお話の展開的にそっちの方が面白くなるからじゃないかな」
「そう。どっちが勝つのかハラハラ。ピンチから一気に逆転! って面白いもんね。だけど私はそんな逆転が見たいわけじゃない。お姉ちゃんにもうダメだって思ってもらいたいだけだもん。だからこの有利な状況からパワーアップするの」
ほのかは聖堂の中央までやってくると、持っていたイグニスとハンマーを地面に置いた。
そして準備運動でもするようにカペラさんの体を伸ばしたり捻ったりしている。
ロボットだから運動に意味はないけど、その行動が逆に恐怖感を煽る。
「1等星のステラ・アルマは固有武装を自分で創れるって聞いたからさ、一つだけ考えたんだ。この能力は時間遡行と同じで限られた範囲でしか影響を及ぼさない代わりに、操縦者の意思でどれだけでも性能が上がるんだ」
妹が考えた固有武装の能力。
頭のいい人が考える能力ってどんなだろうか。
と言うか時間を戻す能力って限られた範囲だけなのか。
そりゃ宇宙全部の時間を巻き戻してたら、えらい事になるもんな。
「私はその能力に ”オムニア・ウィンキト・アモル” って名前をつけた。ステラ・アルマの人達はラテン語が好きみたいだからそれにあやかった能力名だよ」
「どういう意味なの?」
「”愛はすべてに討ち勝つ” だよ」
突然カペラさんの胸部がブクリと膨れ上がった。
胸の中で爆発が起こったみたいに不自然に胸が膨張すると、続いて他の部位も膨張しだした。
腰、腿、脚と順番に膨れ上がっていく。
その姿はまるで小学生が粘土で作った出来の悪い人形みたいだった。
体のバランスの取れていない不自然な造形。
なまじ人の面影を残しているせいで余計に嫌悪を感じてしまう。
下半身の膨張の次は両腕が膨らみ始める。
元々のサイズの5倍くらいまで膨らんだ腕は、柔らかな女性的な見た目から一気に獣のような荒々しい見た目に変わった。
その他の部位もそれに合わせて丸みが消えて鋭角が増えていく。
頭部に至っては鼻のあたりまで胸の中に埋まってしまい、目から上だけが異常に膨れ上がった体から生えているようだ。
最終的な全長は元の3倍くらいになって、聖堂の天井近くまで迫っている。
気付いた時にはカペラさんは元の姿と似ても似つかない化物のような姿に変わっていた。
「……ッ」
絶句してしまった。
ステラ・アルマのロボットの姿は、差異はあれどそのデザインの中に美しさが隠れていた。
でもこのカペラさんの姿には美しさなど皆無で、何と言うか人の欲望が形になったような姿だった。
「おおー。やっぱりこういう姿になるんだね」
「ほのか、これは何なの?」
「お姉ちゃんと一緒にやったゲームのラスボスもさ、最終形態で人から化物の姿になる事が多いよね。人の時は美形なのに化物になると醜悪な姿になるのは何でかなって思ってたんだけど、これで納得がいったよ」
「どういうこと?」
「オムニア・ウィンキト・アモルの能力は発動範囲の中にいる対象を愛していればいるほど能力が上がるんだ」
「へ?」
「この場合はお姉ちゃん。私からお姉ちゃんへの愛が強い程カペラさんは強くなるんだよ。代わりに想いに応じた姿に変わってしまう」
「じゃあカペラさんのこの姿がほのかの私への想いってことなの?」
「うん。そうみたい。やっぱり強い想いはそれが何と呼ばれていようと醜いんだ。だから強い意志を持ったラスボスはみんな醜い化物になってしまうんだね」
「そんな……」
「そしてみんな自分の姿を見て納得するんだ。これこそが自分のあるべき姿だって」
次の瞬間、私は聖堂の壁に叩きつけられていた。
突然体がフワッと浮いたかと思うと凄い勢いで吹き飛ばされて壁にぶつかっていた。
「ぐえっ!」
壁から地面に落下して、ほのかの方を見た時にどうして吹き飛ばされたのかを理解した。
カペラさんに蹴られていたのだ。
しかも直接蹴られたわけではない。
あんな遠くからでは脚は届かない。
恐らく蹴りが起こした風圧で壁まで吹き飛ばされたのだ。
「凄い。こんなにパワーアップするんだ!」
洒落にならない。
もう武器とか関係ない。
手足を振り回されるだけでも立派な攻撃になってしまう。
ただでさえ劣勢だったのに敵の方がパワーアップするなんて。
『未明子。鷲羽さんがパワーアップする予定は?』
「ない、かな」
『だよねぇ』
『悪かったわね。変身を残してなくて』
鷲羽さんがあんな醜くなるなんてごめんだ。
それならその分私がパワーアップするからこのままの姿でいて欲しい。
ほのかは置いていたイグニスとハンマーを拾い上げた。
今となっては体のサイズに対して武器のサイズが小さすぎて笑えてしまう。
左手に持ったハンマーをブンブンと振って暴力的な音を出している。
本人にそんなつもりはなくても威嚇として十分な脅威だ。
「よーし。これでお姉ちゃんをもっとイジメられるぞ」
「やっぱり虐めたかったんじゃん!」
「違うよ。虐めじゃなくてイジメ。好きな相手に対する愛情表現だよ」
「どっちの言葉だってやられる方は辛いだけだよ!」
「どんな行動にも双方向の意思はないよ。やる方の意思だけ。あとは受け取る側の問題。愛情表現だって嬉しいかどうかは相手側が決める事なんだから」
「じゃあほのかの愛情表現は私には伝わらない!」
私はアウローラを発動させた。
瞬時に鷲羽さんの体に赤い模様が浮きあがる。
ほのかの言う通りアニマを温存している場合じゃない。
残る全ての手札を使って全力で戦わないと嬲り殺しにされるだけだ。
「鷲羽さん、加速するよ!」
『分かった!』
加速と衝撃緩衝にアニマを使ってその場から飛び立つ。
プロメテウス・サルコファガス程じゃなくてもこの速度はそう簡単に捉えられないはずだ。
ほのかがこのアウローラ状態の加速に慣れる前に決着をつける。
狙いは一点。体から飛び出しているあの頭部だ。
聖堂の中を高速で飛び回ってカペラさんに接近する。
あれだけの巨体になったら当然動きも鈍くなるはず。
背後に回り込めば振り返りが必要な分こちらの攻撃の方が早い。
ほのかの目に止まらぬよう私の体が耐えられる限界ギリギリまで加速して、カペラさんの背後に回り込む。
「食らえ!」
黒馬さんから貰ったサンクトゥスを構えて頭部に突進した。
「無駄だよお姉ちゃん」
いま出せる鷲羽さんの最高速度。
それよりも素早く、カペラさんがその場から姿を消した。
「……え」
「全然私の愛には足りてないよ」
すでに誰もいなくなった場所に向かって放たれたサンクトゥスの突進。
その真上でカペラさんが左手を振りかぶっていた。
視界に迫るハンマー。
でもどうする事もできなかった。
私はなす術なくハンマーに打たれてしまった。
鷲羽さんの体から空耳ではないグシャリという音が聞こえて地面に叩き落とされる。
緩衝膜を抜けてくるほどの衝撃に体を打ち付けられて視界が真っ白になった。
その時私は思った。
ああ、愛が重いとはこういうのを言うんだなと。




