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第148話 ステラムジカ⑩

 メグレズの渾身の一撃によって進路を変えられたアウルムの左腕は、コントロールを失って明後日の方向へと飛んで行った。

   

 それによって撫子は勿論、近くにいた稲見も難を逃れられたのだった。



 一方、左腕を操作していた桔梗は突然の大規模攻撃に驚いていた。

 しかもその攻撃は味方である撫子が放ったものだと確認して、更に驚く事となった。

 

「何でそこに撫子がいるんだい? いるならいるって言ってくれればいいのに。危うく潰すところだったじゃないか」


 桔梗はそこに撫子がいるとは知らなかった。

 てっきり離れたエリアで敵と戦っているものだと思っていたのだ。


 実際、稲見を狙うだけなら撫子は巻き込まれなかった。

 稲見が左腕を誘導したからこそ発生した事故なのだ。


「撫子の攻撃で狙いがズレたな。修正するには少し集中しなくてはいけないか。ふむ、やはりこのサイズの手足を別々に動かすのは難しいね」

 

 桔梗のパートナーであるアルカイドの固有武装「カイド・バナト・アル・ナアシュ」

 8つの浮遊砲台を操作する能力だ。


 あの武器は敵を囲んで攻撃するイメージを持てば、ある程度は自動で狙いをつけてくれる。

 それゆえ桔梗がそこまで操作に集中する必要はなかった。


 しかしこの巨大な四肢を飛ばすトリスティアはそうはいかない。

 何せ自分の手足を飛ばして動かすイメージなど普通はしないからだ。

 体はそのままで、手足だけ敵を追跡させるには相応の集中が必要だった。


 桔梗は左腕に意識を向け、元のエリアに戻るようにイメージした。


 軌道を曲げられていたアウルムの左腕が進路を変えて再び稲見達のいるエリアに向かう。


「……これでよし。まったくもう、面倒な仕事を増やされたら困るよ撫子」


 口を尖らせた桔梗は、再び散り散りになっている部隊の攻撃に戻った。




「思ったより上手くいった……」


 迫る危機を何とか回避した稲見は胸を撫でおろした。


 自分だけではどうにもならない巨大兵器を敵の攻撃を利用して逸らすのはイチかバチかの賭けだった。

 しかし撫子の性格上、そう動いてくれるだろうという期待はかなり大きかったのだ。

 

 それが成功したのもアルマクの固有武装のおかげだった。


 実はこころが離脱する際に、稲見は一匹だけ黒猫のロボットを借りていた。


 このロボットの能力は引っ掻き攻撃、本体との視界共有、そして電波の妨害だ。


 稲見は黒猫に撫子と桔梗の間に入ってもらい、二人の通信を邪魔したのだった。


 撫子がいくら問いかけても応答がなかったのは無視されていた訳では無く能力による電波妨害。

 しかしこだて達との戦いで焦っていた撫子はそれに気づけなかった。

 

「桔梗! よくも私を裏切ったな!」

 

 しかも稲見の予想以上に効果があったようだ。

 ターゲットである稲見を前にして、撫子は桔梗の元へと飛び去ってしまった。


「凄いよ稲見ちゃん! どうやって敵の協力を得たの?」

「いえ。子猫の力でちょっと通信障害を起こしただけだったんですけど……」


 稲見は撫子に関して良くは知らない。

 ただ熱くなると周りが見えなくなる性格と聞いていただけだ。


 しかしあの様子を見ると仲間と上手くいっていないのかもしれない。

 前の世界の自分を思い出して少しだけ不憫に感じてしまった。


「双牛さん! 左腕がまた向かってきます!」


 干渉に浸っている暇もなかった。

 再び巨大な左腕が稲見を狙って飛来してきたのだ。


 だが時間は十分に稼げたはずだ。

 

「三つ葉さん、もう到着しますか?」

「うん。もう着くよ! みんなに降りてもらってたから少し時間かかっちゃった」


 稲見の目でも確認できる位置にアルセフィナの姿が見えた。

 かなりのスピードでこちらに向かって来ている。


「射撃部隊を降ろしたんですか?」

「ちょっと荒っぽい事をするからね。アルセフィナ!」


 志帆の掛け声で船体の装甲がスライドしていく。

 船を守っていた装甲が集まり、船首で合体した。


 合体した装甲が船首部分に突起を形成する。

 

「まさか……」

「アルゴアルセフィナ・弧矢(こし)! アルセフィナが飛び回るだけのステラ・アルマだと思ったら大間違いだよ!」


 衝角突撃(ラムアタック)

 海戦において火器が登場する前の攻撃手段だ。


 船首から大きく突き出た角で敵に体当たりして、敵船腹を貫くシンプルな攻撃。


 アルセフィナはまさにそのラムアタックを仕掛けようとしていた。


 破壊力は質量と硬度、それに衝突の速度によって決まる。

 アルセフィナ程の質量が高速でぶつかれば凄まじい破壊力を生み出すだろう。


「それぇー! 景気良くいけぇーッ!!」


 アルセフィナが右腕に突撃した。


 宇宙なので音は響かない。

 しかしもし音が聞こえれば、それはそれは爽快な衝突音がしただろう。


 速度を維持したままアウルムの左腕の側面に突撃したアルセフィナは、装甲を突き破り左腕のほぼ中心あたりまでめり込んだ。

 

「すごーい!!」


 こころが歓声を上げる。

 稲見もこだても同じように感嘆の気持ちはあったが、それよりもあんな勢いで体当たりをした志帆が無事なのか心配していた。


「み、三つ葉さん! 大丈夫ですか!?」

「うわーん! 貫通できると思ったのにぃ!」

「大丈夫そうですね……」

「もうちょっと速度上げれば良かった! 初めてだったから日和っちゃったよ!」

「いや十分ですよ! それよりも早く退避して下さい!」

「へぇ?」


 状況を理解していない三つ葉志帆の背後から、赤いステラ・アルマが接近していた。


「さすが志帆さん! それだけの大穴が開けば私の出番です!」

「げげ、ダイアちゃん! アルセフィナ! バックバック! ここにいると毒に巻き込まれる!」


 音土居ダイアの乗るシャウラが槍を構えてアウルムの左腕に空いた破壊跡に突撃する。


 入れ違いに出てきたアルセフィナはそのまま猛スピードで離れていった。


「どうなるか楽しみです! アル・シャウラ!」


 アルセフィナが空けた穴に飛び込み、剥き出しになった機械部分を前にしたダイアは槍をそこら中に突き立てた。


「むむ! 刺し傷をさそり座の形にしたかったのですが難しいですね」

「どうでもいい事にこだわらずに早く逃げなさい! 巻き込まれるぞ!」

「そうでした! 毒が効いたらここはヤバいんでしたね。では最後にもう一撃」


 ダイアは天井にあたる部分に槍を突き立て、槍を刺し込んだまま出口まで切り裂いていった。


「ではオサラバです!」


 ダイアが退避する頃には腕の中心から爆発が起きていた。

 その爆発は連鎖的に増え腕全体に広がりだす。


 60メートル以上ある巨大な左腕は爆発が起こるごとに歪んで行き、臨界点を越えた時、とうとう大爆発を起こした。


 退避中だったダイアは爆風に吹き飛ばされ、その爆発の衝撃は離れた位置にいた稲見達にまで届いた。


「ダイア! 大丈夫か!?」

「爆風で吹き飛ばされるなんて初めてです! シャウラの耐える力よりも強いなんて興味深いですね。ああ、目が回ります」

「大丈夫そうだね」


 しばらくクルクルと回転しながら吹き飛ばされていたシャウラも体制を立て直し、稲見達と合流した。


「いやーみんなで力を合わせれば何とかなるもんだね!」

「志帆ちゃん大活躍だったね。アルセフィナは大丈夫そう?」

「少し壊れちゃった所もあるけど大丈夫! じゃあ残りの手足も同じ感じでいっとく?」

「志帆さんタフですね。羨ましいです!」

「……いや、流石に敵も慎重になったみたいですよ」


 5人がアウルムの方を向くと、宇宙を我が物顔で飛び回っていた右腕と両脚が胴体に戻っていくところだった。


 同じ方法でやられては困ると安全なバリアの中に逃げ帰ったようだ。


「あ、じゃあさじゃあさ! 今度はバリア発生装置にアルセフィナでアタックしてもらえばバリアを消せるんじゃない?」

「待てこころ。あのバリアの耐久力が分からない以上リスクが高い。もしあの銀色のセプテントリオン並の耐久力があったらどうする」

「さっきすばるさんが通信で教えてくれた核爆発にも耐えられる耐久力ってこと? そしたらもうどうしようもないじゃん」

「あの銀色の機体が張るバリアはズバ抜けた耐久力の代わりに連続した攻撃に弱いという弱点がありました。だからきっと巨大な機体のバリアにも何か攻略法があると思います」

「そのためにも情報が必要か。こころ、猫達はどうしている?」

「ちょっと待ってね。見つからないように遠回りさせてるから……うーん、もう少しで反対側までいけそうな感じ」

「であれば、三つ葉さんにはもう一度射撃部隊と合流して頂いて牽制攻撃をお願いします。音土居さんは引き続きアンブラの掃除をお願いします」

「分かりました!」

「木葉さんとこころさんは私と一緒に部隊の指揮をお願いします」

「了解です」


 巨大な機体はやや進行が遅くなっていた。

 左腕を損失して軽率な行動はやめたようだ。

 

 そのおかげで散り散りになった部隊も集まってきていた。

 犠牲は出たが無理な戦いではない。

 それが部隊全体に伝わっているようだった。



 部隊が体制を立て直す中、アウルムの操縦席で桔梗はイラ立っていた。


 圧倒的優位な立場にいたのに潰した敵はたった1体だけ。

 それに見合わぬ片腕の損失。

 あまりの怒りに目眩を起こしていた。


 何より厄介なのは桔梗の怒りが撫子に向けられている事だった。

 撫子が裏切り、左腕破壊のキッカケを作ったと思い込んでいるのだ。


 桔梗は暴言を吐いてしまいそうな自分を律し、心を落ち着けるために深呼吸をする。


「……そんなに僕が気に入らなかったのか。君とは仲良くやれると思っていたんだが」

 

 頭の中は撫子への疑問と批判で一杯だった。


 出会った頃から別の世界の自分と比較され、理解できない小言を言われ続け、目の敵にされてきた。

 だけどいつか仲良くやっていける。

 そう願っていた桔梗の心は酷く落胆していた。


「まあ、いいだろう。僕は頑張った。やれる事はやった。それでもダメなら仕方がない。そうだ。これ以上僕の方から歩み寄る必要などない。君が僕とどうしても馴染めないのなら、僕は君を切り捨てていくよ」


 その瞬間、桔梗の中で撫子の評価が改まった。

 共に戦う仲間から一気にどうでもいい存在まで落ちたのだ。


 自分がこれだけ寄りそっても関係に光が見えないのなら、これ以上労力を割く必要はない。


 この戦いでやられてしまうならそれもやむなし。

 むしろこれ以上邪魔をされるなら、しかるべき報復を与える覚悟さえ決めていた。


「……ふむ。そうだね。それが僕らしい結論だ。小さき事に悩んでは時間が勿体無い」


 心の負担が片付いた事で桔梗の機嫌は回復していた。


 片腕を失ったところでまだ圧倒的に自分の方が優位に立っている。


 何も焦る必要はない。

 神の座は揺らいでいない。


 桔梗は余裕の表情を浮かべて、次なる攻撃の準備を始めたのだった。








 超大型の機体と地球の部隊が戦っている中、その戦いの影響を受けないエリアですばると尾花の戦いが続いていた。

 

 メラクの高速移動による回避と防御壁による鉄壁の守備は、アルデバランの能力を持ってしても一筋縄ではいかなかった。


 しかしメラクとしても逃げ回ったり防御壁を張ったままでは攻撃ができず、どうしてもイグニスで狙いをつけるタイミングが出てくる。


 すばるはその一瞬の隙を狙って攻撃を繰り出し、少しずつではあるがメラクにダメージを与えていた。


「さすがアルデバラン。やっぱり強いね」

「肌感覚的には前の世界で戦った時と今ではどちらが強いですか?」

「絶望感は前の方が上だった。でも今回は性能の高いメラクで戦ってるのに押されてる。だから強さで言ったら今の方が強いかも」

「だそうですよアルデバラン?」

『前の戦いの時にあいつが誰に乗ってたかなんて覚えてねぇよ。8本腕にやられたのと五月が邪魔した事しか記憶にない』

「だと思ったよ。あの時、私達は蹴散らされただけだもんね。でもこっちは昨日の事のように覚えてるからね」

『そうか良かったな。じゃあその思い出を抱えたまま死ねよ』

「完全に悪役のセリフですね……」


 メラクとの戦闘が始まってかなりの時間が経った。


 しかし不思議とすばるは精神を保てていた。

 むしろだんだん楽になってさえいる。

 

 精神汚染に慣れてしまったのか。

 もしくはアルデバランの放つ悪意と同化し始めてしまったのか。


 もし後者だとしたら何とリスクのあるステラ・アルマなのだろうか。

 強大な力を振るう代わりに操縦者の精神を侵食していく魔の機体。

 

 フォーマルハウトを操縦した稲見が似たような体験をした事を加味すると、1等星のステラ・アルマのパートナーになるには相応の覚悟が必要なようだ。


「犬飼さんは凄いですね」

『何故ここで未明子の名前が出てくる?』

「いえ、こちらの話です。お気になさらず」


 未明子はアルタイルに乗るようになってからも、その力に振り回されているような素振りはなかった。


 アルタイルだけは精神的な負担が少ないのか、それとも未明子だけが特別なのか。


 これに関しては後者だと言う実感があった。


 未明子には何故か気持ちを委ねてしまう不思議な力がある。

 それは戦闘だけではなく個人的な感情でさえもだ。

 現にすばるは月との戦いの決着を未明子に委ねていた。


 すばるはアルデバランに乗りながらも敵の1体を引き留めているだけ。

 対して未明子はセプテントリオン最強の一人を倒しセレーネの元に向かっている。


 本来であればその差に焦ってしまいそうだが、未明子がこの戦いを終わらせてくれるという確信めいた予感がすばるの心を安定させていた。


(わたくしは目の前の敵に集中するだけ。焦る必要はありません)

 

 安定したすばるは強かった。


 尾花の戦闘技術も、メラクの戦闘力も、ボス役を任されるだけあって低くはない。

 だが万全のすばると本来の力を発揮したアルデバランにはやや及ばないようだった。


 プレヤデス・スタークラスターの猛攻を切り抜けた尾花が防御壁を解除してイグニスを構える。

 

 すばるは巧みにメラクの背後に隠しておいた破片を操作し、イグニスを持つメラクの腕に叩きつけた。


「うわっ」


 手から弾き飛ばされたイグニスは、すかさず発射されたランパディアースの炎によって一瞬で蒸発した。


「武器なくなっちゃった」

「そのようですね。観念しますか?」

「勝負ごとは死ぬまで諦めちゃ駄目ってのが、セプテントリオンの矜持なんだ」

「素晴らしい矜持です。しかし死よりも大事な矜持でしょうか?」

「私はどちらかと言うと生きる方を優先したい人類だよ」

「ではやはり諦めますか?」

「大丈夫。最強の武器が間に合った」


 すばるが振り返ると2本の刀を携えた機体が高速で接近していた。


 その機体はメラクの隣に辿り着くと、背中から6本の腕を展開して、元々の腕を合わせて8つの刀を構えた。


「待たせたな尾花」

「五月とのじゃれあい楽しかった?」

「尾花までじゃれあいと言うのか。そうだな。まあ楽しませてもらったよ」

「良かった。じゃあ本番始めよっか」

「ああ、そうしよう」


 セプテントリオンのリーダー熊谷萩里の乗るドゥーべが、アルデバランに右手の刀を向けた。


「アルデバラン。今日こそ決着をつけさせてもらう」

『どこかでのたれ死んだのかと思って心配した。よくぞ殺されに来てくれたな』

「面白い言葉を吐く牛だ。喜べ尾花。今日の夕飯は極上のステーキを食べられそうだぞ」

「えーあの牛さんあんまり美味しそうじゃないけど」

『私は誰にも食えないさ。残念だが黒焦げになるのは私じゃない。お前らだ!』


 アルデバランがランパディアースの炎を二人に向けて放った。


 広範囲に広がるその炎を尾花は防御壁で防ぎ、萩里は尾花から離れて回避した。


『……ほう?』

「防御壁に隠れずに分散しますか。それならこちらは狙いを一人に絞るまでです」


 現状メラクに攻撃力はない。

 ならば攻撃役であるドゥーべを優先的に狙うだけだ。


 すばるはプレヤデス・スタークラスターでドゥーべを取り囲んだ。


「馬鹿の一つ覚えだな。いくらプレヤデス・スタークラスターをぶつけようとも私には通用しない」

「そうでしょうか?」


 プレヤデス・スタークラスターで操作しているサダルメリクの破片は7つ。


 頭部・胸部・背部・右腕・左腕。

 そして2枚の盾だ。

 

 そのうち盾に関しては、他の破片に比べて桁違いに硬度の高いサダルメリクの固有武装であるガニメデスだ。


 前回の戦いですばるはガニメデスをただの突撃用の破片として使用していた。

 それはまだ能力をうまく使いこなせなかったのと、他の用途を考える余裕がなかったからだ。

 

 しかし今回は違う。

 ドゥーべ戦をシュミレートして攻撃パターンをいくつも考えていた。


 すばるはプレヤデス・スタークラスターで盾を2枚重ねた。

 盾の裏に盾を配置し、その状態でドゥーべに向けて突撃させた。


「なるほど。最初の盾を弾いても次の盾が控えているという事か。しかしその程度の工夫ではな!」


 萩里はサブアームを2本使って最初の盾を弾き返した。

 盾は軌道を逸らされて飛んでいく。


 1枚目の盾に隠れた2枚目の盾が突撃してくるも、同じようにサブアーム2本で弾き飛ばす。

 

 威力に緩急をつけていたのか2枚目の盾の方が1枚目よりも重かったが、それでも腕2本で問題なく弾き返せた。

 

 問題はその後だった。


 2枚目の盾の裏に残り5つの破片が隠れていたのだ。


「なにッ!?」


 すばるの今までの攻撃は7つの破片を全方位から衝突させていた。


 萩里は8本の腕を使ってそれらをいなしていたが、同じ方向から同時に5つの破片が向かってくるのは予想していなかった。


 バックパックから放射状に出ているサブアームは広い範囲への対応は得意だが、集中した一点への対応は難しい。


 萩里はドゥーべ本来の2本の腕で5つの破片を弾くしかなかった。

 

「くッ!!」


 破片を1つ弾いて、すぐさま次の破片を弾く。

 それを繰り返し何とか4つ目までは弾き返したが、残りの1つは完全に弾き返せずにサブアームに命中してしまう。


 破片はサブアームを丸ごとこそぎ取り、彼方に吹き飛ばした。


「まずは1本」


 破片を自分の周囲に戻したすばるは、わざとらしく指を1本立てて萩里を挑発した。


「プレヤデス・スタークラスター相手に腕を1本失うのは致命的ですね」

「……してやられたな。サブアームの配置の弱点をつかれたか」

「その弱点を見つけるためにわざわざ愛染明王像を購入したんですよ」

「面白い冗談だ」


 特に語る必要もないが、すばるが言ったのは冗談ではなかった。

 暁家には今現在も数万円する愛染明王の像が鎮座している。

 もっとも購入したのはすばるではなくサダルメリクなのだが。


「アルデバランの操縦者……確か撫子の話だと暁すばるだったかな?」

「おや。尾花さんはわたくしの名前を存じておりませんでしたが、共有はされていたのですね」

「尾花にも共有されているさ。だが尾花は人の名前なんて覚えられないからな」

「しゅりー。そういうダメ情報流さなくていいから」

「すばる。君の操縦は確かに素晴らしい。アルデバランの能力も使いこなせている」

「お褒めにあずかり光栄です」

「しかし警戒心が足らない」

「と、おっしゃられますと?」

「セプテントリオンが2人もいて、片方が遊んでいる訳ないだろう?」


 そう言われたすばるが尾花の方に注意を向けると、尾花は防御壁を張っていた。


 ただしその壁は自分を守っているのではなく、サダルメリクの右腕を守っていた。


「……そういう事でしたか」

「そういう事だよ。メラクの防御壁が遮断するのは敵の攻撃だけじゃない」


 防御壁に守られている……いや、捕えられているサダルメリクの右腕は防御壁の中で力なく浮いていた。


 すばるがどれだけ動かそうとしても何の反応もない。

 つまりプレヤデス・スタークラスターの能力が解けてしまっているのだ。


「萩里!」


 名前を呼ばれた萩里はすぐに尾花の隣まで移動した。

 そして刀を構える。


「防壁かいじょー」


 防御壁が解除されたと同時に萩里がサダルメリクの腕を斬り刻んだ。


 信じられないほど細切れにされた腕はその場で爆発して消滅した。


「まずは1個」

「いっこー」


 先程の趣旨返しとばかりに萩里と尾花が指を1本立てる。


「これは困りました。あとでメリクに叱られてしまいますね」

「ねえ、すばるちゃん。こうやって体のパーツを全部破壊されていったら、サダルメリクに戻った時にどうなるの?」

「どうなんでしょう? 壊された部分だけアルデバランのままなんでしょうか」


 すばるはサダルメリクとアルデバランが混ぜこぜになった姿を想像してそれは嫌だなと思った。

 

「心配する必要はないよ。何故ならここでアルデバランごと破壊されてしまうのだから」

『破片を一つ壊したくらいでいい気になるな。お前も腕を引きちぎられてるんだぞ?』

「なに。仮に全てのサブアームを引きちぎられたとしても、この2本の腕さえあれば事足りる」

『ふん。なら次はその腕を引っこ抜いてやる』


 すばるは背中のランパディアースをもう1本抜いて両手に装備した。

 二人を同時に相手するのは想定内。

 特に焦るような事態でもない。


「ではアルデバラン。覚悟を決めて下さいね」

『言われなくても分かってる』


 右手のランパディアースを二人に向けて炎を放つ。


 先程と同じように尾花は防御壁を、萩里は大きく動いて回避した。


「ふむ。体の一部を失っても動揺は無しか。これでプレヤデス・スタークラスターの操作が甘くなれば、尾花が捕獲するまでもなく一つずつ破壊していくつもりだった」

「ご心配頂きありがとうございます。生憎窮地には慣れておりますので」

「ここまで来るような戦士はだいたいそうだ。では今度はこちらから攻めさせてもらおう」


 ドゥーべが刀を構えてアルデバランに突撃してきた。


 ランパディアースで牽制の炎を放つが萩里は易々と回避して接近してくる。


 すばるは次に盾以外のサダルメリクの破片を萩里に向けて放った。


 腕7本の敵に対して破片4つ。

 手数で負けているためそれも簡単に弾き返されてしまう。


「やっほー。こっちにもいるよー」


 すばるの背後からは尾花が盾を捕獲しようと動いていた。


 前方の萩里と後方の尾花。

 挟み討ちの状態を作られる。


 しかしそれはすばるにとっては計算通りだった。


「ありがたい配置ですね」


 すばるは残しておいた2枚の盾をそれぞれ尾花と萩里に向けた。

 ただしぶつけるのではなく、自分と相手の間に挟むように動かしたのだ。


「?」


 盾はサダルメリクの体を隠せるほどのサイズがある。

 目の前に配置されれば二人の視界に映るのは盾だけだ。


「盾いらないんだ? じゃあもらうね」


 尾花が目の前にある盾を防御壁で覆う。


「尾花! ダメだ!」

「へっ?」


 次の瞬間、メラクは真横から現れたアルデバランに蹴り飛ばされていた。


「!?」


 蹴りはメラクの腰部分。

 胴体の一番細い部分に命中した。

   

 アルデバランの質量とパワーで蹴られたメラクは凄まじい勢いで吹き飛ばされ、操縦席の尾花も強い衝撃に襲われていた。


『死ね』


 すばるは吹き飛ばされていくメラクにランパディアースを放つ。

  

 先端から発射された炎がメラクを巻き込もうとした時、高速移動してきたドゥーべがメラクを抱えて炎の範囲から退避させた。


「萩里!?」

「ぐっ!」


 アニマを大量に消費しての高速移動。

 その代償はアニマよりも萩里の体への負担だった。


 移動に大きなアニマを消費した事で衝撃緩衝の方にはたいしたアニマを使えず、相殺できなかった分の衝撃を受けてしまったのだ。


「ごめんね。萩里が助けてくれなかったらやられてた」

「大丈夫だ。これくらいたいした事はない」


 何とかランパディアースの炎を避けた二人だったが、息をつく間もなくプレヤデス・スタークラスターで操作された破片が襲ってきた。


 メラクを抱えたままのドゥーべはサブアームを使って破片を弾き返すが、すぐに次のランパディアースの炎が飛んでくる。


「容赦ないな!」


 ランパディアースの炎は範囲が広い。

 回避するにはそれなりの距離を移動しなくてはいけない。

 メラクを抱えて素早く移動するには、やはりアニマを消費しての高速移動しかなかった。


「うおおおおおッ!」


 萩里が咆哮をあげながら炎の影響範囲外まで回避。

 

 しかしそこに再度ランパディアースの炎が迫ってくる。


「ランパディアースの2本持ちは厄介だな。向こうもアニマを節約するつもりはないようだ」

「ありがとう萩里。こっちはもう大丈夫。任せて!」


 ギリギリ回復した尾花が萩里ごと防御壁を張った。

 防御壁はランパディアースの炎に包まれるも、中の二人には炎も熱も届かない。


「すまない。助かった」

「持ちつ持たれつ、だよ」


 炎をやり過ごすと、今度は二人を囲う防御壁にサダルメリクの破片が突撃してきた。


「全く、忙しいことだ」

「怒れる牛の猛攻」

「どうやら今度のパートナーはセンスもいいらしい。武器だけではなく体術も駆使してくるとはな」

「萩里。私にいい考えがある」

「ほう。聞かせてもらおうか」

「あのね……」



 プレヤデス・スタークラスター。

 ランパディアース。


 固有武装を乱発するアルデバランだが、アニマの残量はすでに半分を切っていた。

 

 どちらの武器もすばるの判断でなるべくアニマの消費量を抑えてきたが、流石にここまで使えば底が見えてくる。

 

「そろそろ決着をつけねばなりませんね」

『うまくいくんだろうな?』

「やってみない事には何とも。もし失敗したらどうしますか?」

『例え生き延びたとしてもお前は一生私の奴隷(ドレイ)だ。そもそも失敗するな』

「そのつもりです。では成功したら何を下さいますか?」

『褒美にお前を一生私の玩具(ドレイ)にしてやろう』

「成功しても失敗しても運命は変わりませんか」

『そうだ。もう確定している運命は変わらない。だからここであいつらが死ぬのも確定した運命だ』

「ならば予定通りに参りましょう」


 すばるの作戦は最初から決まっていた。

 敵がこのあと仕掛けてくる事もおおよそ検討がついている。


 後は考え通りに能力が機能してくれるのを祈るのみだった。



「尾花。行くぞ!」

「あいさー」


 今度は2体が同時に向かって来た。

 尾花は防御壁を展開して自分と萩里を守る。


 すばるはプレヤデス・スタークラスターでサダルメリクの破片を操作し、執拗に防御壁に叩きつけた。


 何度弾かれてもお構いなしに破片を突撃させ続ける。


「残念。まだまだアニマはあるから壁は破れないよ」


 破片を弾きながらドゥーベとメラクが接近する。


 アルデバランの目の前で辿り着くとメラクは防御壁を解除した。

 解除と同時に2体は左右に別れる。

 

 左側にドゥーベ。

 右側にメラク。

 すばるは6つの破片を3つずつに分けてそれぞれの敵を狙った。

 

 しかし2体を足止めするには破片3つではパワー不足だった。


 尾花は再び防御壁を張って破片を弾き、萩里は刀で破片を叩き落としていく。


 萩里は一通り破片を叩き落とすと急速に接近して来た。

  

「潔く諦めろアルデバラン!」


 7本の刀がアルデバランを狙う。

 すばるは尾花に向けていた破片を戻し、6つの破片全てを萩里に向けた。


「へーい。すばるちゃんびびってるー」


 プレヤデス・スタークラスターで萩里に対処しても逆側からは尾花が向かってくる。

 

 尾花側にはランパディアースの炎を撃ち出した。


 炎が広がりメラクの進路を塞ぐが、萩里側に意識を集中しているせいで狙いが甘く、炎は軽々と避けられてしまった。


 萩里に続き尾花にも接近を許してしまう。


「食らえー宵越尾花のありがた迷惑」


 これまで何度も展開されてきたメラクの防御壁。


 その絶対的な防御力を持った銀色の膜が、アルデバラン本体を守るように展開された。


「!?」


 防御壁に守られたアルデバラン。

 この中にいれば攻撃は一切届かない。

 例え萩里が全力で斬ったとしても刀は弾かれてしまう。


 全てを弾く安全圏。

 ただしプレヤデス・スタークラスターの効果すらも弾いてしまい、萩里を取り囲んでいた全ての破片がその場で動きを止めた。

 

「メラクの防御壁は中と外を断絶するのだ」

「よくやった尾花。止まってしまえばこんなもの!」


 萩里は7本の腕を使って瞬く間にサダルメリクの破片の内、盾以外の4つを破壊した。


 固有武装であるガニメデスだけはドゥーベの攻撃力を持ってしても破壊不能だった。

 それはこれまで何度も刀を打ち込んで分かっていたので、あえて攻撃せずに放置したのだった。


「さあアルデバラン。圧倒的に手数が足らなくなったな。これから防御壁を解除するが貴様は凌ぎ切れるかな?」

『……』

「尾花!」

「はいよ!」


 尾花が防御壁を解除するのと同時に萩里がアルデバランに向かって突進する。


 すばるは接近してくる萩里にランパディアースを2本とも向けて炎を放った。


「萩里! 操縦席に防御壁張ったよ!」

「残念だったなアルデバラン!」


 萩里はアニマを込めた高速移動で炎を回避。

 アルデバランに密着すると、ランパディアースを握っている両腕を斬り落とした。


「ますば両腕!」

「……次に両脚ですか?」

 

 すばるはプレヤデス・スタークラスターで残った盾2枚を萩里に向けて突撃させた。


 しかしすぐに盾は移動を止めてしまう。


「バーリア。盾は動けませーん」


 盾のあった位置まで移動してきた尾花が、2枚の盾を防御壁に捕えていた。


 プレヤデス・スタークラスターで操作すべきサダルメリクの破片が無くなり、頼みのランパディアースは両腕ごと斬り離されてしまった。

 

「参りましたね……」 

「宣言通り両脚も貰っていく!」


 回避する間も無くドゥーベの斬撃によってアルデバランの両脚も斬り落とされる。

 

 両腕・両脚どちらも失い、最早動くことも難しくなったアルデバランの巨体は、ただ宇宙空間を漂う事しかできなかった。


 ドゥーべの刀の先端がアルデバランの眼前に向けられる。


「最後に首を斬り落として破壊する。これも宣言通りだ。アルデバラン、最後に何か言い残したい事はあるか?」

『……そうだな。あえて言うなら敗因は驕りと言ったところだな』

「そうだ驕りだ。貴様は私達を侮った。私達の復讐心を甘く見た。その結果がこれだ」

『良かったな。これで仲間も浮かばれそうか?』

「ああ、きっと浮かばれる。貴様の死をもってな!」


 萩里がアルデバランの首を斬り落とすために刀を振った時。


 決着はついた。



 左右から放たれた炎がドゥーべを焼いたのだ。

 

 炎に巻き込まれたドゥーべは、右半身と両脚を完全に失っていた。


「な……に……?」


 萩里の視線の先には、斬り落としたアルデバランの腕がランパディアースを構えていた。


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