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第147話 ステラムジカ⑨

 梅雨空との戦いでフェクダが負ったダメージは戦闘を継続できる限界だった。


 大きく破損した胸部をアニマを消費して応急処置し、何とか破壊を免れていた程だ。

 

 そんなギリギリの状態で受けた五月からの攻撃は致命的なダメージを与え、フェクダはとうとう戦闘不能となった。



 五月は胸を貫いたアイヴァンとナビィを引き抜き、いつ反撃が来てもいいように2刀を構える。


 しかしすでに活動限界を迎えていたフェクダはその場に膝から崩れ落ちた。


「……倒した?」

「こういう時は本人に聞いてみましょ。おーい、桃ちゃん。元気してる?」

「……元気なわけないでしょ……」

「五月さん大丈夫。元気そうよ」

「だから元気なわけないでしょ!!」


 桃の苛立ちの声が響く。

 

「くそ、しくじった! 五月が萩里との戦いから離脱してたのは聞いてたのに。ここに向かってるなんて思ってなかった!」

「げ。何で萩里と遊んでたのがバレてんの? セプテントリオンはテレパシーでも使えんの?」

「さっき藤袴を倒したのも知ってたからセプテントリオン同士の特別な回線でも持ってるんじゃない?」

「……あんた達こそ絶対連絡取り合ってたでしょ。さもなきゃこんなタイミング良く助太刀できないもの」

「その通り! 実は結構前から五月さんと連絡取ってたのよ。最悪私が倒せなかったら尻拭いしてもらおうと思ってね」

「ソラちゃんが玉砕覚悟で相打ちするって言い出した時は焦ったよ。ここに来るまでの移動にアウローラまで使っちゃった」

「あんた達も何か特別な通信方法があるのね?」

「う……」

「内緒だよ! 内緒!」

「まあいいわ……最初から二人で戦うつもりだったの?」

「できればね。だから ”私達で倒す” って言ったでしょ? でも五月さんはセプテントリオンのリーダーと戦ってたし、私も一人でリベンジできるならそのつもりだったわ」

「……そう」

「あれ。文句言わないの? 二人がかりなのよ?」

「あのね。梅雨空は前提が間違ってんのよ。そもそも私達はセレーネにボスキャラとして強さを設定されてるの。普段だったら複数体と戦うのがあたり前。1対1でいい勝負できる方が異常なのよ」

「え? そうなの?」

「アルタイルやフォーマルハウトで私達を倒すのと、アステリズムですらない2等星で倒すのとでは次元が違うわ」

「アステリズム? ってアタシ知らないや。どういう意味?」

「辞書引きなさい!」


 桃は自分を倒した相手があまりに呆けているので一気に力が抜けてしまった。

 操縦桿から手を放し、操縦席に寄りかかってため息を吐く。


「で、どうする? アニマを使って回復したところでフェクダはもう戦えない。ここでトドメ刺しとく?」

「だから殺さないって言ってるでしょ? アンタ達は命令に従ってただけなんだから。私達がセレーネを倒したら普通の生活に戻るのよ」

「梅雨空。勘違いしてるようだから言っとくわね? 私達がセプテントリオンをやっているのは自分達で決めたからよ。セレーネに命令されて嫌々やってるわけじゃないの。そんな被害者みたいに言わないで」

「分かってるわよ。ただセプテントリオンを悪の集団みたいに思いたくないの。アンタ達だってセレーネの命令に従う事で世界を守ってたんでしょ?」

「……それだけ理解されてれば十分よ」


 負けず嫌いの桃だったが、不思議と悔しさよりも晴れやかな気持ちが勝っていた。

 それは梅雨空のこのきっぷの良さが影響しているのかもしれない。


 最初から梅雨空は地球を守りたいだとか、誰かの仇だから戦っていたわけでは無い。

 桃とはただ戦うべき相手だから戦っていただけだ。


 戦いが終われば勝っても負けても恨みっこなし。

 そんな割り切りが桃にとっては心地良かった。


「セプテントリオンに勝った戦士はセレーネの元に行く権利が得られるんだけど、あんた達はどうする?」

「どうするって言われてもムリはもう戦えないし……五月さんはどうする?」

「アタシは本隊に戻ってそっちを援護したいかな。何かすっごいのが出てきたみたいだし、ソラちゃんをここに置いてけぼりにもできないしね。セレーネは未明子ちゃんに任せるよ」

「アンタはどうするの? どっか仲間のところまで連れてってあげようか?」

「お構いなく。もう少し回復したら基地に戻るわ。戦えなくても動くくらいはできるから心配しないで」

「それなら良かった。アンタは私のライブを見に来るって言ったんだから約束守りなさいよ!」

「そう言えばそうだったわね。じゃあ絶対セレーネを倒しなさいよね。負けたら承知しないんだから」


 桃との決着をつけた二人は部隊に戻ろうとしたが、ムリファインはすでに自力では動けなかった。


 仕方なくツィーがお姫様抱っこのように抱えたが、ムリファインが嫌がったので結局米俵を抱えるように肩に担ぎ直された。


「何かあんた達米泥棒してるみたいな姿になってるわよ」

「ムリファインって名前のお米ありそうだよね」

「新米アイドルだしまあお米みたいなものよね」

『こんなに頑張ったのにお米扱いだよ……』

「じゃあ桃。私達は行くわ」

「あら。最後に名前を読んでくれるのね」

「最後じゃないわよ。これから私のライブの度に会うんだから」

「すでに毎回参加することになってるの!?」

「そうよ。アンタと藤袴の名前でチケット取っておくから」

「何でそこで藤袴の名前が出てくるのよ。まあいいわ。楽しみにしてる」

「うん。絶対楽しませる」

「サルウェ。あんた達の戦いに祝福を」

「さるうえ。アンタの未来に祝福を」


 ボロボロになった左拳をあげた桃に、同じくボロボロになった梅雨空が右拳を打ち付ける。


 別れの挨拶をかわし、五月と梅雨空はその宙域を後にした。











 桔梗の操縦するアウルムが戦場に現れて戦況は一変した。


 アンブラを破壊しながら順調に月に向かっていた部隊は、最初にセプテントリオンと対峙した位置まで押し戻されていた。


 その理由は単純にアウルムに攻撃が通用しなかったからだ。


 アルセフィナがアウルムに可能な限り接近して射撃部隊が一斉射撃を行った。


 しかし攻撃が本体に届く前にアウルムの前方に発生したバリアが攻撃を全て弾いてしまったのだ。

 

 バリアは本体の胴体にある4つの発生装置から出ていて、それがある限りダメージを与えるのは不可能だった。


「あの大きな機体にアル・シャウラの毒を食らわせたらどうなるか興味があったのですが、バリアがある限り近寄れませんね!」

「稲見ちゃん、私達はどうしたらいい?」

「三つ葉さん達はそのまま飛び回って攻撃を続けて下さい。バリアの特性が把握できるかもしれません」


 今のところ得た情報は、あのバリアに物理攻撃は通じない事。

 アサルトライフルは勿論、バズーカやロケットランチャーも弾かれてしまった。


 ビーム攻撃なら貫通できるのかもしれないが部隊にビームを撃てる機体はいない。

 ここにきて夜明が言っていた「ビームを撃てる機体はレア」と言うのを実感させられたのだった。

 

「こころさん。偵察はどうでしたか?」

「目視できる限りだとバリアは機体全体を覆っているみたい。どこかに隙間でも空いてれば良かったんだけど」

「こころ。アル・アナークで目視できない機体背後の偵察にいけないか?」

「猫ちゃん達を使うの? 大丈夫かなぁ」

「アル・アナーク? アルマクさんの固有武装ですか?」

「うん。アルマクのバックパックに隠れてる小型機。たくさんいるし小さいから偵察にはうってつけなんだけど、代わりに防御力が低いんだよね」

「あんなデカい奴の攻撃を受けたら防御力なんてあまり関係ないぞ?」

「それもそっか。毛房こころ、固有武装を解禁しまーす」


 アルマクの背中にあるバックパックの左右6箇所が開き、そこから1メートルにも満たない小さな猫型のロボットが次々と出てきた。


「アルマクさん猫耳っぽい頭飾りをつけてると思ったら本当に猫をイメージしたステラ・アルマだったのか」

「そうなの。アルクマは猫の親分なの。クマなのに猫型ロボットとはこれいかに」

「アルクマじゃなくてアルマクだろ。さり気なく名前を変えるな」

「みんないってらっしゃーい」


 アル・アナークは10体程の子猫型のロボット。

 本物の猫のように様々な模様の猫がおり、中でも黒猫型のロボットは宇宙空間に溶け込んで視認はほぼ不可能だった。


「あの子猫は何ができるんですか?」

「それぞれの見てるものをこっちでも見られるの。通信を妨害したりできるし偵察に向いてるんだよ。それと、引っ掻ける!」

「引っ掻く!?」

「猫だしね」

「あんなに沢山いたらアンブラに襲われないでしょうか?」

「心配ありません。こころの固有武装はあれでいて素早く、攻撃力もそれなりに持っているのでアンブラくらいなら何とかなるでしょう」

「思ったより優秀ですね」

「えへへ。私の育て方がいいので。とにかくこれであの大きなロボットの反対側を確認してみるね」

「お願いします。情報を集めてまずはバリア発生装置の破壊、それができたらダイアさんに突撃してもらって毒の効果を試してみましょう」


 現状アウルムは前進しているだけで攻撃してくる気配はなかった。


 一度の攻撃範囲が広いだけあって次の攻撃までのクールタイムがそれなりにあるようだ。

 クールタイムも無くさっきのような攻撃を矢継ぎ早に放たれたらあっという間に全滅だ。


 そんな理不尽な敵ではないと思いたいし、何か攻略法があると信じたい。

 

 少なくともあのバリアは自分の攻撃時には発生していないはすだ。

 例えば背後に死角があるなら、次の攻撃までにそこに忍びこめれば突破口が開けるのではないか。


 そんな風に稲見が敵の分析に尽力していたその時、こだてが接近してくる敵を発見した。


「双牛さん! 誰かが接近してきます!」


 まっすぐ稲見の方に向かってくるのはセプテントリオンの機体だった。


 両腕に大きな爪を装備した茶色の機体。

 撫子の操縦するメグレズだ。


「セプテントリオン? どうしてここに?」

「おそらく私狙いですね。私がいなくなればルミナスの砲撃が復活します。あの金色の機体のビームキャノンも使えるようになりますし、このタイミングで潰しに来たんでしょう」


 メグレズは格闘機体だけあって移動速度が凄まじく、瞬く間に稲見のすぐそばまでやって来た。 

 

「お前がビームを跳ね返す奴だな?」

「何の話ですか?」

「しらばっくれるな! 桃から話は聞いてるんだよ!」

  

 撫子はすぐさま稲見を標的と判断し殴りかかって来た。

  

「たいした守りもつけずに棒立ちなんて危機感が足りてないんじゃないのか!?」 

「……どうしてそう思ったんですか?」

「何!?」

 

 メグレズの右拳がフェルカドに届くはるか前、突然小さな水色の盾が現れてメグレズの攻撃を止めた。

 

「盾だと!?」

 

 攻撃を盾に防がれた撫子が瞬時に左拳も叩き込む。

 すると盾はヒビ割れてバラバラになった。


「ははははッ! 何この盾? 弱すぎる!」


 再び撫子が稲見に殴りかかろうとすると、目の前に新たな盾が出現した。


 盾は撫子の前だけではなく、複数現れて横に長い壁を作った。


「こんな弱い盾で壁を作っても無駄だって分からないかな!」


 撫子は次々に盾を破壊していった。

 しかし破壊された先からすぐに新たな盾が現れてくる。


 壊しても壊しても盾の数は変わらず、稲見と撫子の距離はいつまでたっても縮まっていかなかった。


「くそ! 何だこの盾は!?」

「戦場の奥に控えていて無防備なわけないですよね。そんな予想もできないなんて、今までどんな低レベルの戦いをしてきたんですか?」

「なん……だと!?」

「和氣撫子さん。セプテントリオンの一番下っ端ですよね。こんにちは」


 稲見はあえて撫子を煽った。

 勿論これは稲見なりの戦法だ。



 稲見は戦いが始まる前に、自分が出撃したら誰が自分の相手をするのかを予測していた。


 一番可能性が高いのはセプテントリオン全員で総攻撃をかけてくるパターン。

 ルミナスの砲撃を活かすために真っ先に稲見を潰しにくる、最も理にかなった戦法だ。


 次に可能性が高いのはセプテントリオンの中で最も速く移動できるメラクが直行してくるパターン。

 部隊が前に出たところを利用して後方に控える稲見の元まで一気にやって来るのはあり得る動きだった。


 最後の可能性として、決まった相手のいない誰かが攻めてくるパターン。


 萩里と尾花はすばる。

 おみなえしは未明子。

 桃は梅雨空を狙うのは分かっていたのでそれ以外の3人の誰かだ。


 しかし桔梗の乗るアルカイドはビーム主体でフェルカドとは相性が悪く、No.2の実力を持つ藤袴は別の強い機体を相手にするだろう。

 そうなると消去法的に撫子が相手になるのは予測できていた。

 

 そこで稲見は撫子への対策を立てた。

 すばるから撫子の性格を聞いて挑発が有効的な相手だと判断すると、戦闘になったら徹底的に挑発行為を繰り返し相手の集中を削る事にしたのだ。


 その対策は見事に刺さった。

 たったあれだけの挑発で、撫子はすでに平静を崩されていた。


「な、何様のつもりだ!? 後ろでビクビクするしかできないクセに! 私に生意気な口を聞くんじゃない!」


 まるで檻の中で暴れる猛獣のように、撫子は目の前に現れる盾を殴り続けていた。

 その目には盾の向こうにいる稲見しか映っておらず、周囲への警戒が疎かになっていた。


 その隙を稲見のそばにいた二人が見逃すわけがない。


「ぐあッ!」


 メグレズの背中で爆発が起きて、撫子は衝撃に晒された。


 撫子が背後を振り返ると、そこには猫耳のような頭飾りを付けた水色の背の高い機体と、同じく水色と青色の調和した造形の美しい機体が並んでいた。


「セプテントリオンともあろう者がそのような無防備な背中を晒すとはな。これは私達でも何とかなりそうな相手のようだ」

「こだてちゃん油断大敵だよ。きっと大物だから背中くらいヘッチャラなんだよ」


 爆発は木葉こだてと毛房こころによる攻撃だった。

 こだての乗るアスピディスケは共通武器のバズーカを、こころの乗るアルマクはアサルトライフルを撃ち込んでいた。


「何なんだお前らあッ! 目障りな奴等がチョロチョロとするな!」


 撫子は更に冷静さを失っていた。


 手早く稲見を倒してアルデバランの元に向かうつもりだったのに、とんだ足止めをくらっている。

 このままだとまた桔梗に馬鹿にされるのは目に見えていた。

 その焦りが、元々雑な撫子の戦い方を更に雑にしていた。


「それじゃあお前達からだ!」


 撫子が瞬時にこだての元に移動して回し蹴りを放つ。


 こだての反応速度を上回るスピードで放たれたその蹴りは、やはり突然現れた盾によって防がれた。


「こっちも!? この盾はお前の能力なのか?」

「違う。そっちにいる猫耳のついたふざけた機体の能力だ」

「お前かぁ!!」


 撫子は振り返り今度はこころの機体に突きを繰り出した。

 そして当然の如くその攻撃も盾で防がれてしまう。


「残念。実はこの能力、あっちの船に乗ってる友達の能力なんだ。だから私達を攻撃しても意味ないよ」

「何だと!?」


 それも嘘だった。

 これは二人が撫子を撹乱させるためについた嘘で、この小さな盾を次々と創り出しているのはこだてのアスピディスケの能力だ。


 設定した範囲に無数の盾を創り出す固有武装。


 一つ一つの盾の耐久力は高くない。

 だが恐るべきは一度に出せる数の多さだった。


 その数1000枚。

 いくら破壊されようと次々に盾が現れるのはそれが理由だ。


「誰の能力だって構うか! そんな盾、一気に全部壊してやる」


 メグレズの両腕に装備された大きな爪がスライドして両手に装着された。

 両腕が獣のようになったメグレズはそのまま四つん這いになる。


「マグリズ・アル・ダッブ・アル・アクバル!」


 撫子は早々に固有武装を発動させた。


 この能力は全身に獣を模したエネルギーを纏い自身を大熊のような獰猛な姿にする。

 これによって破壊力・スピードが大幅に上がり、自在に動かせる尾も形成される。


「見て見てこだてちゃん! あの機体尻尾まで生えたよ。かわいいね」

「いや可愛くはないだろう。しかし粗野だな。操縦者の品が知れる」


 軽口を叩くこだてとこころだったが、メグレズの固有武装の発動で警戒レベルが跳ね上がったのは感じていた。


 しかしここで撫子を挑発する姿勢を崩してはいけない。

 相手のペースを掻き乱し続けてようやく戦える。

 二人と撫子にはそれくらいのレベル差があるのだ。


「ほざいてろ! すぐにお前らは宇宙のチリになる!」


 メグレズが両腕の爪を振り下ろした。

 エネルギーを纏った状態での攻撃は範囲が広がり、アルマクだけでなく周囲も巻き込んだ。


 その広範囲の攻撃を防いだ盾が一斉に破壊される。


(一撃で50枚以上!?)


 こだては声には出さなかったがその破壊力に驚愕した。


 アスピディスケの盾は耐久力を越える攻撃を防ぐ場合、複数の盾が重なって威力を殺す。

 つまり相手の攻撃力が高ければ高いほど一度に失う盾の数も増えるのだ。


 過去に戦った相手で一度に壊された盾の枚数はせいぜい7~8枚程度。

 一度に50枚も破壊されたのは初めての経験だった。


 メグレズはその場で体を回転させ、今度は尻尾をアスピディスケにぶつけてきた。

  

 敵の攻撃の隙を狙っていたこだては尾を避けられず防御を盾に任せるしかなかった。

 爪と同じように広範囲を攻撃する尾の攻撃は、こだてを守る多くの盾を破壊した。


(このまま攻撃され続けたら盾が足らなくなる!)


 1000枚の盾を全て破壊されれば次の盾を出すのにしばらくのクールタイムが必要になる。

 圧倒的な数を誇るアスピディスケの盾も、威力の高すぎる攻撃には長時間耐えられないのが弱点だった。


「こだてちゃん、離れよう!」

「分かった!」


 近くにいると二人同時に攻撃されて盾の消費が激しくなる。

 そう判断したこころは、こだてと距離を取った。

 

 こころは撫子を狙ってアサルトライフルを撃つ。

 

 しかしそんな攻撃は掠りもしない。

 撫子はわざと弾を縫うように避けてこころに接近した。

 

「死ねよ!」

「嫌です!」


 食らえば大ダメージを免れないメグレズの回し蹴りを、こころは盾を消費せずに何とか避けた。

 しかし大きく回避したせいで更にこだてとの距離が離れてしまう。


「こころ、離れすぎないでくれ! 稲見さんの指定範囲から外れる!」


 アスピディスケの盾のもう一つの弱点が射程距離だった。


 盾を展開させられる範囲がそこまで広くなく、そこから出てしまうと盾は出現しない。

 今は指揮官である稲見を中心とした範囲を指定している為、稲見から離れすぎるとこころは盾に守られなくなってしまうのだ。


 先程アウルムから放たれた広範囲のミサイルも、後方に控える稲見を指定していた為に盾による防御ができなかった。


「大丈夫。射程はちゃんと計算してるよ。それよりも一発だけ援護射撃よろしくね」

「援護射撃? ……なるほど。了解した!」


 こころの要請に従い、こだては撫子を狙ってバズーカを撃った。


 口径の大きなバズーカの弾は正確に撫子の元へと向かったが、命中する前に尻尾による一撃であっさりと破壊されてしまった。

 

「ふん。そんな攻撃がメグレズに効くか」

「そうかな? こっちはただの共通武器での攻撃。そっちは固有武装。大量のアニマを使わせているならお釣りが来るんじゃないか?」

「バーカ。メグレズの内蔵アニマは9万。こんな攻撃続けたところで枯れるわけないだろ!」


 セプテントリオンの機体の内蔵アニマが高いのは事前に聞いていた情報だった。

 こだてのアスピディスケもこころのアルマクも内蔵アニマはせいぜい3万弱。

 アニマの消費合戦では逆立ちしても勝ち目はない。


 しかしだからと言って、アニマの多さがそのまま強さに繋がるわけでは決してなかった。


「ナイスこだてちゃん。注意を引いてくれてありがとうね」

「どういたしまして」

「はあ? お前ら何の話を……」


 撫子が言い終わる前に、再び操縦席を衝撃が襲った。


「!?」


 それはバズーカの弾を防いだはずのメグレズの背中からだった。

 背中で大きな爆発が起こったのだ。


 爆発の威力は高く、エネルギーで創られていたメグレズの尾が弾け飛んだ。


「だ、誰からの攻撃だ!?」


 突然起こった爆発に吹き飛ばされた撫子は周囲を見渡した。


 すると宇宙空間にかすかに何かが動いているのが見えた。

 それは黒っぽい小さな物で、自分と同じように尾の生えた生き物のように見えた。


「ね、猫!?」


 暗い宇宙空間では目を凝らさなくては見えないが確かに黒い猫がいる。

 その黒猫は撫子に見られている事に気づくと機敏に動き出し、アルマクの背後に隠れた。


「何だその猫!」

「猫? 猫なんていた?」

「今お前の背中に隠れただろう!? 固有武装か!?」

「さぁー。猫はそこら中にいるからね。月にもいるんじゃないかな。名付けて、ムーンキャット!」

「くそ、分かったぞ。今の爆発はその猫にハンドグレネードを持たせて私の背後で爆発させたんだな!?」

「そうかな? そうかも。そうだったとしても猫のイタズラだから許してね?」


 そう言いながらこころはアルマクに猫っぽいポーズを取らせた。


 そのポーズは挑発という意味なら多大な効果を発揮しただろう。

 当然撫子は怒り、何なら仲間であるこだてまでイラついた。


「八つ裂きにしてやる……!」


 爆発で千切れ飛んだ尻尾を創り直し、こころに飛び掛かろうと腰を落とす。


 しかしすぐにまたメグレズの背中で爆発が起こった。


 今度の爆発は明確だった。

 ガラ空きの背中にこだてがバズーカを撃ち込んだのだ。


「三回目だセプテントリオン。これ以上背中に食らうとその立派な毛皮が禿げるぞ」

「ば……馬鹿にしやがってぇ!!」

「随分余裕がなくなってきたな。負けを認めるなら逃げても構わないがどうする?」

「ふざけるな!!」

 

 

 稲見の目から見ても二人のコンビネーションは完璧だった。

 敵を煽るのにはピカイチのコンビが隙を作りだし、容赦なく隙を狙う。

 

 セプテントリオン相手に2体では厳しいと判断した稲見は、アウルムに回していた部隊員を何人か呼び戻そうかと考えていた。


 だがうまくいけばこのまま倒せるかもしれない。

 ならばあの敵は二人に任せよう。


 そう判断し直し、アウルム攻略中の部隊の状況を確認した稲見は信じられない物を見た。


 巨大な右腕が宇宙空間を飛び回っていたのだ。


 どこかのアニメで見た「ロケットパンチ」 のように、肘から下を切り離された右腕だけが部隊を攻撃していた。 

 

「なッ!? 三つ葉さん! 状況を教えてください!」

「稲見ちゃん! あのね、何かあのでっかいのが右腕を飛ばして来たんだ! あ、ちょっと待って。左腕も飛んで来た!」

「え!?」


 アウルムの右腕に続き、左腕も切り離されて飛んで来た。


 あくまで人間換算だが肘から指先までの長さは身長の4分の1と言われている。

 アウルムの全長が300メートルとして、つまり70メートル近くある巨大な腕が質量兵器として飛来してくるのだ。

 その威圧感はミサイルの比ではなかった。


「みなさん回避を!」


 厄介な事にあんな巨大な腕でありながら飛行速度がそれなりに速い。

 飛んで来るのを見てから避けていたのでは間に合わず早めに退避するしかない。


 結果、部隊は散り散りになってしまった。



「第一幕・トリスティア。少々鈍重だがその分サイズが大きい。まさか人生の最後が蚊と同じように巨大な腕に潰されるとは思うまいよ」


 桔梗は逃げ惑う敵を見て、えも言われぬ快感を感じていた。


 自分と同じ人間にこんなにもどうしようもない運命を叩きつけられるものなのか。

 生かすも殺すも自分の匙加減。

 まるで天災を操る神にでもなったかのような気分だ。


 そんな歪んだ感情が芽生えていた。 


「こんな刺激的な遊びがあるなら最初からこれをやらせてくれれば良かったのに。わざわざ同じ立場で戦わせるとはセレーネ様も人が悪い」

 

 とうとう回避しきれなくなったステラ・アルマが1体、巨大な腕に潰されて爆発もせずに消えた。


 確実に死ぬと分かっている物体が迫って来た時、何を感じたのか。

 一瞬で粉々に砕かれた時、人間はどうなるのか。

 桔梗は操縦者がどんな風に死を迎えたのかを想像して恍惚とした表情を浮かべた。


「死は人間の最後の見せ場。君のステージとしては悲惨な最後だったかもしれないが僕のステージとしては良き散り様だったよ。さあ、他の者達も僕のステージの装置として華々しく散ってもらおうか。トリスティア、次なる弾丸だ」


 桔梗の操作によって、今度はアウルムの膝から下の脚部も切り離された。

 

「トリスティアは悲しみという意味。僕の愛するアルカイド……いやあの時はベネトナシュだったかな? ベネトナシュの両腕両脚をどこかの誰かが斬り落としてくれた悲しみから生まれた兵器だ。その悲しみをとくと味わうがいい!」


 切り離された両腕と両脚。

 合わせて4つの巨大質量兵器が戦場を飛び回り部隊を襲い始めた。



「凄いですね。両腕に続き両脚も飛んできました! これは大変興味深い」

「ダイアちゃん面白がってる場合じゃないよ! その槍で何とかならないの?」

「いやーそのつもりなのですが、いかんせんアル・シャウラは刃が突き刺さらないと効果を発揮できないのです。あの固そうな腕や脚に刺さるかどうか」

「では射撃部隊のみなさんにお願いです! 今なら腕も脚もバリアから出ています。集中攻撃で装甲を破れませんか?」

「なるほど。射撃部隊に装甲を壊してもらった所に私が攻撃というわけですね」

「装甲が無理そうなら関節を狙ってください。攻撃を続ければ必ず破れるはずです!」


 どんな物だろうと絶対に壊れない物体など作り出せない。

 あの巨大な機体とて同じだろう。 

 それは防御のためにバリアを張る事からもまず間違いはなかった。


「まずは右腕を! うまくいけば次に左腕をお願いします!」


 あの両腕にはミサイルが装備されている。

 脚よりもまずは腕を潰すのが先決だ。


 稲見の指示で射撃部隊は一斉に右腕に攻撃を始めた。


 右腕に攻撃が集中しだしたのを見た桔梗は、敵の指揮がしっかり働いているのを感じた。


 となれば早めに指揮官を落としておくのが上策。

 指揮がなくなれば再び蚊を潰す遊びができるのだから。


 桔梗の位置から見れば誰が指揮を取っているか丸わかりだった。

 明らかに部隊から離れて後方に控えている機体がいるからだ。


「うーん。あの機体は撫子の担当だけど……撫子は別のお友達と遊んでいるみたいだね。じゃあ僕が仕留めてしまっても構わないか」


 桔梗は左腕を操作して稲見のいるエリアに向けた。



「稲見ちゃん! 左腕がそっちに向かったよ!」

「確認しました! くそ、ここにはセプテントリオンがいるから狙ってこないと思ったのに!」


 正確に狙いがつけられないミサイルならともかく、自由に操作できるであろう腕を味方のいるエリアに向けてくるとは思っていなかった。


 フェルカドの能力では腕を弾き返す事はできない。

 かと言ってここに来るまでの間に破壊は絶対に無理だろう。


 ならばここから離れるしかないが、それはアスピディスケの能力範囲から外れる事を意味する。


 自分だけならまだしも背後に隠れている2体を盾の防御から裸にするのはリスクが大きい。

 

「稲見ちゃん! 私に考えがあるんだ。私がそっちに着くまで耐えられる?」

「三つ葉さん? 分かりました。何とか凌いでみせます」


 アウルムの左腕はまっすぐ稲見の方に向かっていた。


 凌ぐとは言ってもあの質量を防御で守り切れるとは思えない。

 実際、すでに味方が巻き込まれて文字通り粉々にされた。


 考えるしかない。

 稲見は目を閉じて、以前自分で導き出した言葉を口に出した。


「勝つためにはまず勝てると信じること。不利な状況でそれがどうしたと叫ぶこと。それができなきゃ、ここにいる意味がない」


 深呼吸をして頭の中を整理する。


 いま自分に何ができるのか。 

 いま周囲に何があるのか。

 この状況を切り抜けるために、持っている手札を確認した。


 そして一つ。

 思いついた事があった。


「……できるね。悪巧み」


 稲見が悪い笑顔を浮かべる。


「こだてさん、こころさん! そちらに合流します。私が到着したら交代して乃杏さんと椿さんを守ってあげてください!」

「双牛さん!?」

「稲見ちゃん何を考えてるの!?」

「そのセプテントリオンは私が相手をします」

「無茶です! こいつは私達二人で何とか戦えているんですよ!? 双牛さん一人では荷が重すぎます!」

「はい。私だけでは無理です。なので助けてもらいます」

「えー誰にー!?」


 稲見がこだて達の戦闘エリアに向かう。

 それを追うようにアウルムの左腕も稲見の向かった方に向きを変えた。


「うへぇーあのおっきい腕がついてく。稲見ちゃん絶対絶命じゃん。どうするつもりなんだろ?」

「分からん。とにかく双牛さんがここに到着次第、バフ組を守りに行くぞ」

「バフ組って何? バフ研磨組合のこと?」

「どうしてそんな組合がここにいるんだ!?」


 アウルムの左腕の接近に、こだて達と戦っていた撫子もようやく気づいた。

 二人との戦いに集中していたせいでここまで気がついていなかったのだ。


「は? 何で私も巻き込もうとしてるの?」


 向かって来る巨大な左腕を見て当然撫子はそう考えた。

 実際は稲見を狙っているのだが、このままでは撫子も巻き込まれる。


「和氣撫子さん。どうやらあなたは切り捨てられたみたいですね」


 稲見の乗るフェルカドが撫子の元にやってきた。


 特に合図はしなかったが、それを同じくしてこだてとこころは離脱していった。


「お前は何を言ってるんだ? ……桔梗。ちょっとこの腕をどかして。このままだと私も潰される!」


 撫子がセプテントリオン専用の回線を使って桔梗と連絡を取る。


 しかしいつまで経っても桔梗からの返事はなかった。


「……桔梗? ちょっと桔梗? 何か返事してよ!」

「どうですか? 返事がないんじゃないですか?」

「うるさいな! ちょっと立て込んでるだけだよ! 桔梗! 桔梗ってば!」


 撫子の声が苛立ちでどんどん大きくなっていく。

 それでも桔梗からの返答は無い。


「……嘘でしょ……」

「残念ながら私もろとも撫子さんを始末する事にしたみたいですね」

「そんな馬鹿な!? 味方だぞ!?」

「あの人はさっきも味方を巻き込んでませんでしたか?」

「あれは……」


 元の世界の桔梗なら信じられた。


 何か問題に巻き込まれているのではないか。

 もしくはこの攻撃自体が桔梗の意思とは関係なく行われているのではないか。

  

 でも今の桔梗は何を考えているのか分からない。

 何かのキッカケで味方くらい簡単に切り捨てるのかもしれない。


 そんな疑惑が撫子の中で一気に膨らんだ。


「……桔梗!」


 自分もろとも敵を潰そうとしている。

 それが撫子の中で確信に変わった。


「メグレズ!」


 撫子が叫ぶとメグレズを覆っているエネルギーが大きく膨らんだ。


 特に両腕に纏っているエネルギーが倍以上に膨れ上がり、爪も更に巨大になった。


 撫子はメグレズを四つん這いにして力を溜める。


 そして向かって来るアウルムの左腕に向かって飛び掛かった。


「私を潰そうなんて! 100年早いッ!!」


 メグレズの巨大な両腕の爪がアウルムの左腕を斬り裂き大きな爆発が起きた。


 その爆発によって巨大な金色の腕は、進行方向を無理やり変えられたのだった。


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