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第146話 ステラムジカ⑧

「よし! やめよっか!」

「……何だって?」


 萩里の攻撃を弾いた五月から突然の提案だった。


 萩里と五月は戦闘開始から互角の戦いを繰り広げ、遂にお互い一太刀も入れる事はなかった。

 

 そんな二人の戦いが唐突に終わる。

 五月はアウローラを解除して戦意がないのを証明してみせた。


「五月。どういうつもりなんだ?」

「アタシ萩里を倒しに来たんじゃないんだよね」

「では何をしに来たんだい?」

「少しじゃれたかっただけ。お茶はしたから、戦ってみたかった。本当にそれだけなんだよ」

「しかし私達は敵だぞ?」

「そうだね。だからもしアタシ達が最後まで残っちゃったらその時はもう一度戦おう。そうじゃなきゃアタシ達の戦いはこれでお終い。だって萩里が本当に戦いたい相手は別にいるんでしょ?」

「その相手は五月の仲間だ」

「それはそれ。これはこれ。すばるちゃんは大切な仲間だけどアタシが守らなきゃいけないほど弱くないよ」

「私がアルデバランを倒してしまったら?」

「戦いってそういうものでしょ? こんな所までやってきて殺さないでとか甘いことは言わない。だからアタシに気にせず全力で戦ってきなよ」

「仲間を信頼しているんだな」

「そ。きっとみんな同じだよ」

「…………分かった。まさか戦い始めた敵と決着をつけずに去る事になるとは思いもよらなかった」

「これは戦いじゃなくてじゃれあい! お互い元気だよって確認作業だよ」

「五月は相変わらず面白い考え方をする」

「よく言われるよー。萩里はもうちょっと柔軟性を持った方がいいかもね」

「それもよく言われる。昔、君にも言われた事があったよ」

「そっか」


 五月は萩里を見送るように離れていき、ある程度進んだところで向きを変えて離脱していった。


 萩里は構えていた刀を納刀し、サブマニュピレーターも全て収納する。

 そして離れて行く五月の後ろ姿を断ち切るように反対方向に振り返ると、倒すべき相手の元に向かった。


「……五月。死なないでくれよ」











 藤袴を倒した梅雨空は地球の部隊が戦闘しているエリアに向かっていた。


 相変わらずルミナスは立ち並んでいるが稲見のおかげで壁になっているだけ。

 アンブラもこの辺りにはいないので戦闘中だというのに静かなものだった。


 藤袴との戦闘ではダメージはない代わりに大量のアニマを消費した。

 ファム・アル・フートでアニマの回復速度が上がっていても一度ゼロ近くまで減った残量はそう簡単に回復できない。


 移動しながらの回復も考えたが、移動中はファム・アル・フートの煙が流れてしまうのでアニマの回復は諦め、部隊との合流を優先していた。


『梅雨空。アイツにトドメを刺さなくて良かったのか?』

「あれだけボコボコにしたらもう戦えないでしょ。別に殺すのが目的じゃないし。それともフォーマルハウト様としては敵は殺したかった?」

『……私も別に殺しが好きなわけじゃない。邪魔をする奴の排除の手段として考えているだけだ』

「そうよねえ。アンタ別に攻撃的な性格してないものね」

『は! 私を見てそんなことを言うのはお前くらいだぞ。手段の中に殺しが入っている相手を怖いと思わないのか?』

「怖くないわよ。稲見だって怖がってないでしょ? アンタはミラさんを殺したらしいけど私はそれを見てないから。私が知ってるアンタは犬飼さんを月から助けて、ミラさんを生き返らせるのに協力した奴だしね」

『……結果だけを見ればそうなるのか』


 梅雨空はフォーマルハウトについての知識がほとんど無い。

 梅雨空が仲間になった頃にはフォーマルハウトはすでに監禁されていて接触するのも禁止されていたからだ。

 

 セプテントリオンとの戦いが始まるまでは同じマンションの同じ階に住む引きこもりくらいのイメージしか持っておらず、自分が直接見て感じた事しか信じない梅雨空にとってフォーマルハウトは恐怖の対象にはなり得なかったのだ。


「それに前回も今回もしっかり協力してんじゃない。ステラ・アルマって本来はキスして変身するんでしょ? 稲見にも私にも口に指突っ込まれて血を飲まされてよく文句が出ないわね」

『前にも言ったが血液はアニマの純度がバカみたいに高い。キスで接種する唾液なんて比較にならない程にな。変身にも作用するとは驚きだが血液接種の方が私には合っているようだ』

「お気に召したなら何よりだけど。ちなみにアンタってパートナーはいないのよね? 前に犬飼さん達と戦った時はどうしてたの?」

『説明が難しいな。人工知能って分かるか?』

「バカにしてんの!? いくら私でもそれくらい分かるわよ」

『それの逆バージョンだ。いわゆる生体ユニットを使った。ほとんど人間と変わらないが意思がなく、自分で動くこともできない。ただステラ・アルマの変身と操縦のためだけに造られた生命体だ』

「は? 何それ。月はそんなのも造れるの?」

『今はまだ無理だ。技術が追いついていない』

「じゃあどこから連れてきたのよ」

『それを説明するのも無理だ』

「じゃあその人は今どこにいるのよ」

『管理人に没収された』

「あ、そう。詳しい話はしたくないって事ね」

『その通りだ。今のやり取りで察せるのは流石だな』

「アンタ分かりやすいもの。そのへんはアルタイルと同じね」

『ほう。姫と私が似てるのか? それは嬉しい評価だ』

「何かアンタとアルタイルには時間を感じるのよ。長い時間一緒にいたんじゃないかって思うのよね」

『……』

「図星でしょ? そうよね。そうだと思ったわ」

『お喋りはここまでだ。どうやら梅雨空にお客さんが来たみたいだぞ』


 梅雨空の向かう先から1機のステラ・アルマが接近していた。

 急速に近づいてくるのは背中に2本のタンクを背負った赤い機体だった。

 

「葛春桃!」


 因縁の相手は梅雨空の目の前までやってくると急停止した。


「サルウェ!」

「はいはい。さるうえ」

「まさかフォーマルハウトに乗り換えてるなんて思わなかったわ。前回私に負けたのがそんなに悔しかったの?」

「そりゃ悔しかったわよ。でも私がフォーマルハウトに乗ってるのはそういう作戦だったから。別にアンタに負けたからじゃないわ」

「ふーん。でもそれで藤袴を倒したんでしょ?」

「あらもう知ってるのね。そうよ。今しがたぶちのめしてきたわ!」

「あいつあれでもセプテントリオンだと2番目の実力者なんだけどね。よっぽどフォーマルハウトの性能が良かったのかしら?」

「まあ確かにコイツじゃなきゃできない戦い方はあるわね。そういう意味では相性が良かったのかもしれないわ」

「じゃあ今日は前より強い梅雨空と戦えるのね。楽しそうじゃない」

「あらーごめんなさい。フォーマルハウトに乗るのはここまでなの」

「どういう意味?」

「こういう意味よ!」


 フォーマルハウトのすぐ隣の空間にゲートが開いた。


 普段戦闘で使っているゲートよりもかなり大きなゲートだ。

 梅雨空はその中に手を突っ込み、中から悪魔のようなフォルムを持った機体を引っ張り出してきた。


「うんしょ、うんしょ」

「ちょ、それいつものあんたの機体じゃない!」

「さっき宇宙ステーションで変身だけは済ませておいたの。それであらかじめゲートの中にしまっておいたのよ」

「しまっておいた!? あんた倫理観とかないの!? パートナーがかわいそうとか思わないの!?」

「別にゲートの中って言っても窮屈な場所でもないわよ?」

「ま……まあいいわ。それで、もしかしてここで乗り換えるつもり? フォーマルハウトの操縦席からそいつの操縦席まで宇宙遊泳でもするの?」

「まさか! じゃあねフォーマルハウト。とりあえずありがとう」


 今度はフォーマルハウトの操縦席にいた梅雨空の頭の真上に小さなゲートが開く。

 梅雨空は操縦席から立ち上がり、自らそのゲートの中に入って行った。


「よっこいしょっと」


 ゲートを潜って出た先は、ムリファインの操縦席だった。


「お待たせムリ」

『もう! 結構待ったよ!?』

「ごめんね。藤袴のヤツがえーらい粘ってさ」

『それに作戦とはいえ別のステラ・アルマに乗られたのは気が重いよ……』

「だからごめんってば」


 梅雨空が操縦席の椅子に座って操縦桿を握る。

 するとムリファインの目が青い輝きを放ち、完全な起動状態になった。

 

「アンタも待たせて悪かったわね」

「わざわざ格下の機体に乗り換えるんだ。いいの? それじゃ前と同じ結果にならない?」

「アンタにリベンジするならムリと一緒じゃなきゃ意味がないでしょ? この羊谷梅雨空、一度負けた相手に二度負ける事はないの。私達が叩きのめしてやるから覚悟しなさい!」

「いいわねそうでなきゃ! 私も全力で行くから楽しみましょう!」


 桃はフェクダの両手を叩き合わせて応えた。


 二人はしばし睨み合っていたが、二人にしか分からないキッカケがあったのだろうか。


 全く同時に相手に向かって殴りかかった。


「うおおおおおおッ!」

「おらあああああッ!」


 ムリファインのセプテムとフェクダの拳が激しく衝突し、重い衝撃が走り抜ける。


 攻撃は全くの互角に見えた。


 しかしその実、互角であるはずがない。

 フェクダは固有武装を持たない代わりにアニマの内蔵量が通常のステラ・アルマとは比較にならないほど多い。

 普通に殴るだけでもその有り余るアニマを使って必殺の一撃に昇華できる。

 それがムリファインの攻撃と互角ならば、それはつまり桃が手加減をしているのだ。


 梅雨空もそれは分かっていた。

 全力で行くと言いながら様子見をするのは桃の性格だ。

 せっかくの戦闘を一撃で終わらせるわけがない。


 その敵への謎の信頼感の元、梅雨空はセプテムで攻撃を続けていた。

 

「へえ。今日は真っ向な殴り合いをしてくるなんて大人しいわね」


 激しい殴り合いを大人しいと表現するくらいには、梅雨空の型破りな戦いは桃の中で当たり前になっていた。


 しかし忘れてはいけないのはセプテムはグレネードランチャー。

 先端に刃がついているのは刺突用であって、銃身そのものをぶつける武器では決して無い。

 にも関わらず梅雨空はセプテムを殴打武器として使っている。

 それはすでに十分、型破りなのだ。


「女の戦いは殴り合いでしょうがあッ!」

「そんなの聞いたことないわよ!」


 梅雨空はセプテムを2度、3度と叩きつけた。

 そして4度目の攻撃の時だった。


 一瞬だけ、セプテムの砲身が赤味を帯びたのだ。


「!?」


 それに気づいた桃は両腕でその攻撃を防御した。

 先程までとは桁違いの威力の殴打でフェクダの腕が軋む。


「ちッ。そのまま片手で防御してれば良かったのに!」


 もし梅雨空の言う通り片手で防御をしていたら、おそらく受け止めきれずに腕を弾かれて大きな隙を作っていただろう。

 とっさに両腕で防御したのは桃の危機感知能力の高さの賜物であった。


「今の、アウローラってやつよね?」

「違うわ。私のアイドルオーラよ!」

「アイドルのオーラを暴力に利用すな!」


 桃は右拳にアニマを込めた。

 破壊する程ではなくとも、梅雨空が受け切れない絶妙な匙加減の威力で殴打を繰り出す。


「ふんっ!」


 しかし梅雨空はその攻撃を左手で受け止めた。


「は!?」


 桃が計算を間違えるはずがない。

 その攻撃は例え受け止めたとしても確実に吹き飛ぶくらいの力を込めた。

 気合いを入れたところで受けられるわけはないのだ。


 桃が攻撃を受け止めたムリファインの左手を見ると、左手周りが少しだけ赤くなっていた。

 先程のセプテムと全く同じ状態だ。


「……なるほど。アウローラとかいうのを更に細かく発動できるようにしたのね」

「さすがセプテントリオンじゃない。その通りよ。これはアイドルオーラではないわ」

「それは分かってんのよ!」


 前回の戦いから今日の戦いまでの短い期間で、梅雨空はアウローラの操作をより洗練させる訓練を行っていた。

 梅雨空は他のメンバーよりもアウローラの使い方がうまい。

 それは他にはない武器だと考え、アウローラを効率的に使う方法を模索した。


 その結果生まれたのが、この部位限定の発動だった。


 梅雨空は全身を強化するアウローラを武器のみに集中させて威力を上げられる。

 その応用で、体もしくは武器の限定された箇所のみにアウローラを集中できるように訓練したのだ。


 先程ならセプテムが敵に命中する箇所のみ。

 今は左手のみに集中させていた。


 アウローラは集中させればさせる程に精度が高まる。

 本来であれば全身を強化するアウローラを全て集中させた左手は、桃の攻撃を容易に防御できる力になっていた。


「戦う度にしっかり成長してんのね。凄いじゃない」

「そりゃそうよ。何たって努力の天才だから、ね!」


 梅雨空は左手でフェクダの腕を掴みながら、右手に持っているセプテムを脇腹に叩き込んだ。

 しかしその攻撃はあっさりと受け止められてしまう。


「どこかに集中させるって事はそれ以外の場所には影響がないって事。いま左手に集中してるなら武器の威力はいつも通りよね?」


 桃はセプテムを掴んでいる手に力を込めた。

 フェクダの指がめり込んで砲身からギリギリと軋む音がする。


「さあどうするの? このままだと武器がぶっ壊れるわよ?」

「それは困ったわね。でも私の武器とアンタの片手の交換だったら、まあいいんじゃない?」

「何ですって?」


 ムリファインが掴んでいるフェクダの右腕から細かい砂のような物が出ていた。

 しかしそれは砂ではない。

 フェクダの右腕が光の粒子に変わっているのだ。


「な、何よこれ!?」


 ムリファインの左手の能力クー・ロウ。

 触れた物を元の状態に戻す固有武装だ。


 フェクダの右腕はいま、ステラ・アルマの構成体である光の粒子へと戻されていた。


 桃が慌てて右腕を引っ張ろうとするも、梅雨空はアウローラを集中させた左手で強く掴んで離そうとしなかった。


「離しなさいよ!」

「嫌よ!」

 

 まるでつかみ合いのケンカのように相手の腕を引っ張りあう。

 その間にもフェクダの右腕から粒子がこぼれ、ついには右腕自体が薄く消えかかっていた。


「このおッ!!」


 桃が腹部を狙って蹴りを放つ。

 その攻撃を読んでいた梅雨空は後方にステップして蹴りをかわした。


 梅雨空を退けた桃が右腕を見るとフェクダの右腕は向こう側が見えるくらいに透けてしまっていた。

 

「フェクダの右腕が消えかかってる? 一体何をされたらこんな風になるのよ……」


 明らかに異常状態の右腕を握ったり開いたりして動かしてみる。

 目で見えるくらいにはまだ存在しているが、体に触れても手は体をすり抜けてしまった。


「梅雨空! あんた何を!?」


 そう叫んだ桃の目に入ってきたのはセプテムの刃を向けたムリファインだった。


 セプテムの刃は赤く染まっており、明らかにアウローラを集中させて攻撃力を上げている。


「もらったあああああッ!」


 一瞬の隙をついての刺突。

 桃の反応よりも早くセプテムの刃はフェクダの胸に突き刺さった。

 装甲を貫き本体に深々と刃が刺さり込んでいく。


 これは前回の戦いと同じ状況。

 前回、梅雨空はここでグレネードを発射した。

 セプテムの最強の攻撃はこの刺突からのゼロ距離グレネード発射だ。


 だがその攻撃では桃を倒しきれずに逆にやられてしまった。


 ここでグレネードを撃ってもまた同じ。

 倒しきれない桃に反撃されてしまう。 

 だから今度は別の戦い方を選択しなければいけない。

 それが常人の発想だ。


 だが羊谷梅雨空はそんな小利口な選択はしないのだった。


「ぶっ飛べ!!」


 梅雨空は刃に集中させていたアウローラをセプテム全体に変化させた。

 そして間髪入れずにグレネードを発射する。

 

 大爆発が起きた。


 この規模の爆発。

 巻き込まれたのは桃だけではない。

 当然梅雨空も巻き込まれた。

 

 それでも梅雨空は食らいついた刃を離さなかった。

 両腕を黒焦げにしながら、もう一発グレネードを発射した。


「ぶっ飛べアンコールッ!!」


 再び大爆発が起きる。


 2度目の爆発の衝撃には耐えきれず、ムリファインは吹き飛ばされてしまった。


 弾倉に装填されていたグレネード弾を2発とも至近距離で発射したムリファインの体は、まるで自分がグレネードを食らったかのように黒ずんでいた。

 

「ムリ! このまま離れるから!」

『分かってるよもおおおッ!』


 自身すらダメージを受けるこの攻撃はリスクを払うだけの破壊力がある。

 アウローラで威力を高めた刺突に、威力を強化したグレネード弾を2発。

 

 並のステラ・アルマなら最初のグレネードで破壊されていてもおかしくない威力。 

 例え特別な2等星といえども無事で済むはずが無い。

 

「もうちょっと離れるわよ!」


 爆煙の中からフェクダが飛び出してくるのを警戒して、梅雨空はかなりの距離を取った。


 この距離ならアニマを込めた高速移動で接近されても充分に反応できる。


 敵がいつ飛び出してきてもいいようにカウンターの構えで待つ梅雨空だったが、桃はいつまでたっても爆煙の中から出てこなかった。


 宇宙空間での煙は大気中と違って拡散がほぼ無い。

 もしくは条件が整わない限り非常に遅い。


 それならばと警戒だけは解かず、梅雨空はグレネード弾のリロードをしながら通信で呼びかけた。


「桃ー? 桃ちゃーん? もしかしてやられちゃった?」

 

 本人にその気はなくとも煽っているようにしか聞こえない通信を受けて、桃は煙の中からゆっくりと出てきた。


 爆発のダメージでフェクダの胸部は装甲が吹き飛び、本体も抉れて焼け焦げていた。

 誰の目で見ても分かる大きなダメージを受けている。


「……サルウェ」

「さ、さるうえ。……え、こんな時でも使う挨拶なの?」

「色んな意味があるわね。普段はごきげんようの意味で使うわ」

「今は?」

「アンタに幸あれって意味で使ったのよ」


 その瞬間、梅雨空の全身を悪寒が襲った。

 

 来る。

 梅雨空は瞬時に両腕にアウローラを集中させた。


 予想していた通り敵は高速で接近してきた。

 梅雨空が反応した時には、フェクダはすでに目の前で蹴りを繰り出していた。


 葛春桃ならアニマを込めた高速移動で近づいた後、腹部に蹴りを入れてくるはずだ。

 梅雨空のその予想はピタリと的中し、両腕で腹部を防御した。


 攻撃箇所もタイミングもジャスト。

 ほぼ完璧な防御をしたにも関わらず、梅雨空は遥か遠くまで吹き飛ばされた。


「……!!」


 吹き飛ばされた勢いで体にGがかかる。


 その蹴りにどれだけの威力があったのか。

 もし防御が間に合わなかったらどうなっていたのかなど考えたくもなかった。


「セプテントリオンはね?」

「!?」


 吹き飛ばされた梅雨空に追いついてきた桃が左拳で突きを放つ。

 梅雨空は再び両腕で防ぐが、こらえきれずに更に吹き飛ばされてしまった。


「セレーネの私兵ではあるけど私達の居場所でもあるの!」


 吹き飛ばされた勢いが強すぎて体勢を立て直せないまま桃の攻撃に晒され続ける。


 ギリギリで攻撃箇所を見極め、その場所にアウローラを集中させて防ぐも、吹き飛ばされるのは変わらなかった。


「私達はセレーネの命令を遂行する事でこの居場所を維持しているの! 失敗ばかりしてたらあっさり捨てられるのよ!」

「知らないわよそんなの!」

 

 桃の蹴りを左腕で受けた梅雨空は更に吹き飛ばされ、とうとう月の地面にまで到達してしまった。

 塵のようなレゴリスの層を掻き分けて硬い地面に全身を叩きつけられる。


「ッ!!」


 凄まじい衝撃が操縦席を襲い梅雨空は声が出せなくなった。

 

 視界がボヤけて胃液が逆流してくる。

 口を手で抑えて胃液を飲み込み、勝手にこぼれてくる涙を手で拭った。


 モニターにはダメージレポートが長々と表示されていた。

 文字は赤色。明らかに大ダメージを受けている。


 しかしその内容を確認する間もなく、上からフェクダが迫っていた。


「ム゛リ゛! 起゛き゛て゛!」


 声にならない声を張り上げムリファインをその場から退避させる。

 退避したコンマ1秒後にはその場所にフェクダが激突していた。


 衝撃で周囲の岩石が粉々になり、巻き上げられたレゴリスが宇宙に散っていく。 

 フェクダが激突した地面は大きく抉れて新たなクレーターが完成していた。


「隕石の衝突かっての!」


 梅雨空は月の地面を転がりながら距離を取った。


 もし今のを食らっていたら確実に死んでいた。

 体を砕かれながら地面に埋められ月の一部になっていただろう。


 出来たばかりのクレーターからフェクダが勢いよく飛び出してくる。


 月の地面に着地したフェクダは梅雨空の攻撃でダメージを受けた胸部からバチバチと火花を散らしていた。


「前回は2・3発でダウンしてたのに今回は粘るじゃない。関心したわ」

「褒めてくれてありがとう。そっちこそ体から火を吹いてるのに頑張るじゃない。大丈夫なの?」

「ふん。これくらい、アンタほどじゃないわよ」


 そう言われて初めて梅雨空はムリファインの状況を確認した。


 ムリファインの両脚は折れていた。

 どちらの脚もフレームがひしゃげて異常な方向に曲がっていた。

 もはや脚で体を支えることはできず立ち上がれそうにはない。


 更に酷いのは左腕だった。

 蹴りを片手で防御したのがまずかったのか、半分以上千切れかかって反対方向に曲がっていた。

 割れ目から機械部分が飛び出し体液がこぼれている。


 つまりムリファインの体で正常なのは胴体と頭、そして右腕だけだった。


「……ムリ?」

『言わないで! いま痛みに耐えてるところだから!』

「偉いじゃない。泣き喚いてもいいのに」

『泣き喚いたら怒ってくれる?』

「必要ないわ。もう怒り頂点だから」


 相手を攻撃する以上は自分も攻撃される。

 それは理解していても傷つけられれば当然怒りが湧いてくる。

 パートナーをこんな目に合わされて梅雨空が黙っているわけがなかった。 


「得体の知れない左腕は壊させてもらったわ。何の能力だか知らないけどそうなったら使えないでしょ?」

「アンタねえ。ムリはアイドルやってんのよ? こんな姿にされたらステージで哀れみを買うじゃない」

『あ、それでもステージに立たせはするのね……』

「アイドル活動ね。ここで負けたらそれどころじゃ無いって分かってるの? ここで生き残ったとしても月に幽閉。最悪の場合反逆者として始末されるわ」

「……犬飼さんみたいに解剖されて?」

「あれはセレーネが勝手にやった事よ! 言っとくけどあの大人しいおみなえしがセレーネに噛みつく位には反対したんだからね!」

「へぇ、そうだったの。私はてっきりセプテントリオンはみんな平気でそういう事をするんだと思ってたわ」

「馬鹿言わないで。私達だって無駄に犠牲を出したいわけじゃないの。だからあの時だって最初に犬飼未明子だけを渡せって警告したでしょ?」

「その警告意味ないわよ。どこの世界の誰だったら仲間を売るのよ。仲間を差し出して助かったって嬉しくないじゃない」

「……そうね。私も同じ立場だったら同じ事を言うと思うわ」


 それは梅雨空にとって衝撃的な言葉だった。


 月がやった事はセプテントリオンも合意の上でやっているのだと思っていた。

 地球のプレイヤーを楽しんで狩るゲームマスター側の集団。

 それがセプテントリオンだと認識していた。


 そうではない。

 彼女達も自分達と同じなのだ。


 月の基地で藤袴と話した時にも感じた、セプテントリオンも自分達と変わらないのではないかという疑念は、ここに来て確信に変わったのだった。


「全部セレーネの指示だったのね」

「そう。あいつの性格が悪いのは言わなくても分かるでしょ?」

「やっぱりセレーネが一番悪いんじゃない……決めたわ」

「この期に及んで何を決めたの?」

「私はアンタを殺さない」

「な!? 何を言ってんの!? 私を殺す?」

「今からアンタを殺すつもりだったの。でもやめた。アンタを倒す方にするわ」

「面白いことを言うわね。私を殺すどころか倒すのだって今のあんたには無理でしょ?」

「そうかしら。もしかしたら意外な展開になるかもよ?」

「ならないわよ! 何をしようがあんたはあと一撃で終わりよ!」


 桃がアニマを込めた高速移動で接近する。

 左手を握り込み、やはりアニマを込めていた。

 

 その一撃を食らえば最後。ムリファインは確実に破壊される。


「長野の女を舐めるなぁ!」


 梅雨空はセプテムをひっくり返して地面に向け、グレネードを発射した。


 月の地面に命中したグレネード弾が爆発し、それによって発生した爆風でムリファインの体が吹き飛ばされる。


「何ですって!?」


 接近していた桃に急加速で迫った梅雨空は、唯一動く右手のセプテムをフェクダの破損している胸部に突き刺した。


 お互いの勢いが合わさってセプテムの刃はフェクダの本体奥深くまで刺さり込んだ。


「これが、私の、最後の攻撃ッ!!」


 アウローラをセプテム全体に集中させて弾倉に残ったグレネード弾を発射した。


 至近距離で弾けたグレネードがフェクダとムリファインの体を吹き飛ばす。


「ああああああッ!」

「ああああああッ!」


 すでに受け身を取れるほどの余裕が無いムリファインは、月の地面にぶつかったあと、勢いがなくなるまで引きずられていった。


 爆発のあった場所から数十メートル吹き飛ばされ、ようやく勢いがおさまり止まる。


 体が止まると同時にアウローラが解除され、ムリファインは行動不能になった。


「あいつは!?」


 梅雨空が周囲を見渡すと、爆煙の中に立つフェクダが見えた。

 執拗に攻撃を加えた胸部は見るも無惨に破壊され、かろうじて胴体と繋がっているだけになっていた。

 

 普通のステラ・アルマならとうに破壊状態だ。


 それでも――


「これで……あんたは終わりよ」


 セプテントリオンの機体はまだ動けるようだった。

 脚を引きずりながら梅雨空の元に向かって歩いてくる。

 

「最後の最後まで本当にやってくれるわ。フェクダがどれだけ優秀な機体だと思ってるのよ。そこらの2等星にここまでやられるような機体じゃないのよ」


 梅雨空のそばまでやってきた桃は、ボロボロになった左腕を掲げた。


「でも残念だったわね。私を倒すって目的には少し届かなかったみたい。……最後に何か言い残したい事はある?」

「そうね。私はアンタを殺すつもりだった。殺したいわけじゃなくて、もう自爆でもして差し違えるつもりだったの。そうしたら多分アンタを殺してしまうと思ったのよ」

「何を言ってるの?」

「でもアンタの話を聞いて殺すべきでは無いと思ったわ。アンタも藤袴も悪人じゃない」

「だから何が言いたいのよ?」

「自爆はやめて、時間稼ぎにしたの!」


 梅雨空は笑顔を浮かべて嬉しそうにそう言った。


「は? ……まさか!?」


 桃が気づいた時にはもう遅かった。

 ムリファインの上にまたがる、フェクダの更に上。


 五月の乗るツィーが高速で迫っていた。


「お待たせソラちゃん!」

「いいえバッチリよ!」


 ツィーの構える2本の刀が、フェクダの破壊された胸部を貫いた。


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