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第145話 ステラムジカ⑦

「お姉ちゃん。行ってらっしゃい」

「うん。行ってくるね」


 私は今日、秘密基地での集合前に家に寄って来た。


 もしかしたら死ぬかもしれない。

 最悪この世界がなくなるかもしれない。

 そうなった時のために家族に会いに行った。


 家を出る時いつも通りにほのかが見送ってくれた。

 ここ最近、家に戻ってまた出かける時には必ず擦り寄って来てたのに今日は手を振っているだけだった。


 だからそろそろ姉離れなのかなと思っていた。

 もう私がいなくても大丈夫なんだろうなと安心していた。


 ほのかは賢いし性格もいいし友達も多い。

 私といるより有意義に時間を使う方法はいくらでもある。

 情けない姉の世話を焼いてくれる優秀な妹は、これから広い世界に飛び立っていくんだろうなと思っていた。


 それなのに何でこんな所にいるんだろう。


 ここは地球じゃなくて月だ。

 飛び立つにしたってこんな高い所までこなくてもいいのに。



「ほのか……」

『ほのかちゃん!? 何でこんなところに!?』


 私が言えなかった言葉を鷲羽さんが代わりに言ってくれた。

 ほのかは感情を失ったみたいに無表情でこちらを見上げる。


「その声、あいるさんだね。本当だったんだ。あいるさんはロボットなんだね。どうして教えてくれなかったの?」

『え? えっと……』


 ステラ・アルマの事をほのかに話しても信じてもらえるわけがない。

 いや、そもそも話すなら私が危険な戦いに身を置いている事も説明しなくてはいけないし、世界が無数にある事や消滅の可能性を抱えている事も伝えなくてはいけない。


 だから話せなかった。


「女神さまからお話はきいたよ。お姉ちゃんとあいるさんが何をしているのかもだいたい分かった。私が分からないのは、どうしてそれを教えてくれなかったのかだけ」

「だってそれを話したらほのかは不安になるでしょ? この世界が消えちゃうかもしれないんだよ?」

「でもそれを知らなかったら、いつの間にかお姉ちゃんはいなくなってたかもしれないんでしょ?」

「え?」

「戦って死んで、帰ってこなかったかもしれないんでしょ? 私はそれを知らずにずっとお姉ちゃんが帰ってくるのを一人ぼっちで待ちつづけていたかもしれないんだよ?」


 それはほのかの言う通りだった。

 私が死んだ時、それを家族が知る方法はない。

 もしかしたらシャケトバさんがうまくやってくれるのかもしれないけど、それにしたってほのかは私のいない毎日を生きていかなければいけない。


 それがどんなに辛いかは私が良く知っている。


「……そう、だね。そうなっていたかもしれない」

「今日だって帰ってこられるか分からないんだよね? それなのに何も教えてくれないで出て行っちゃったよね? もしお姉ちゃんが帰ってこられなかったら私はどうしたらいいの?」

「ごめん。ほのかの気持ちを考えてなかった」

「いいよ。許してあげる。お姉ちゃんは巻き込まれたんだもんね。あいるさん達におねがいされて仕方なくお手伝いしてるだけだもんね?」

「違うよ! 私は自分がやりたくてやってるの。巻き込まれたわけじゃないよ」

「……お姉ちゃん。選択を迫られた時、選択肢に同じ価値がなかったらそれは騙されているんだよ?」


 ほのかの声が急に大人びた。

 今までの子供っぽい丸い声じゃなくて、角のある尖った声に変わった。


『ほのかちゃんの雰囲気が変わった?』

「ほのかは普段は子供っぽいけど、本気で相手を諭そうとする時はこんな風になるんだ」

『そうなの? 小学生らしからぬ雰囲気なんだけど……』

「だってほのかメチャクチャ頭いいもん。勉強を年齢に合わせてるだけでIQは成人女性を遥かに超えてるからね」

『ギフテッドってやつ?』

「本人は人より頭がすっきりしてるだけって言ってた。でも正真正銘ギフテッドのお母さんに色々教わってるから知識も考え方もただの子供じゃないよ」


 ほのかと私は一度もケンカをした事がない。

 そもそもほのかが私に合わせてくれているから揉めないし、私もほのかを尊重したいから言い負かそうなんて思わない。


 それでも、もし言い争いをしたなら。

 私がほのかに勝てる見込みはおそらくゼロだ。


 今だってほのかの言いたい事がよく分からない。


「ほのか、騙されてるってどういう意味?」

「あいるさんのお願いを断っていたら、今と同じ関係でいられた? 断ったらあいるさんはきっと別の人を探してお姉ちゃんは捨てられてたでしょ?」

『捨てるだなんて!』

「引き受けなければ関係が変わるお願いなんて不平等だよね。最初から答えは一つしか用意されていないのと同じだよ。だからお姉ちゃんは関係を餌にされて騙されたの」


 ほのかはミラが最初の彼女だって知らないから鷲羽さんに戦いに誘われたと思っているみたいだ。

 それは間違いだし、関係を餌にされたなんてのも間違いだ。


 あの時ミラはちゃんと話してくれた。

 自分がステラ・アルマである事、別の世界がある事、それを全部説明してくれた上で最後に一緒に戦ってくれるか聞いてくれた。

 

 あそこで断る事もできたんだ。

 別の世界の私みたいに。

 

 でも私はやると決めた。

 大好きなミラと一緒にいられるなら喜んで戦うって決めたんだ。


「ほのか。騙されたんじゃないよ。私は全部理解した上で決めたんだ」

「そう思わされたんだよ。お姉ちゃんは優しいから相手の気持ちに寄り添ってあげただけだよ」


 ほのかは私と同じでこれと決めたらテコでも動かない。

 ここで説得するのは無理だろう。

 だから私はこう答えるしかない。


「仮にそうだったとしても私はいま納得してここにいるんだ。それは絶対に間違いじゃないよ」

 

 過去よりも今を伝える。

 今この瞬間、私がこうだと思っている気持ちは誰にも否定できないからだ。


「……お姉ちゃんならそう言うと思った。私と同じでこれと決めたらテコでも動かないもんね。だから私もお姉ちゃんを説得できるなんて思っていない。今のはお姉ちゃんを納得させるためのお話しだよ」

「納得?」

「これからあいるさんを壊すね。それで中からお姉ちゃんを助けてあげる。どうして私がそんな事をするのか納得してもらうために話しただけ。女神様に話を聞いた時からこれは変わらない私の決定」

「ほのか!」

「お姉ちゃんも納得してここにいるんだよね?」

「ほのかと戦うのには納得してないよ!」

「そうなんだ? 好きだと思ったんだけどな。最後の敵が家族の展開とか」

「それはゲームの話で実際に妹と戦うなんて嫌だよ!」

「私は好きだよ。実の姉を惑わせた悪魔を倒して姉を正気に戻す展開」


 ほのかは全く笑っていない目で口元だけを歪ませて笑顔を作った。

 初めて見る妹の顔に鳥肌が立つ。


『未明子。どうやらほのかちゃんはセレーネに洗脳されているみたいね。まさかベガじゃなくてほのかちゃんを洗脳しているなんて』

「ごめんね鷲羽さん。ほのかはあれが普通なんだ。何故か最優先事項が私で、それを害すると思った存在には容赦ないんだよ。鷲羽さんには何度も会ってるからもう認めてくれてると思ってたのに」

『そ、そうなの……?』

「あとミラ。多分だけどミラの事は認めてくれてないから下手に話しかけないでね」

『何で私だけ!?』

「私がミラと一緒に住んでるのには納得してないみたいなんだ。私がどうしてもそうしたいって言ったから諦めてくれたけど、最初は部屋に閉じ込められて出してくれなかったから」

『ちょっとお姉ちゃん愛の強い子なんだね』

「いい子なんだけどね。たまに行動が読めない時があるんだ」

『それは果たして愛で済まされるレベルなのかしら……』


 もう無理だ。

 ほのかの心が決まっているなら止める手立てはない。

 それはこれまで一緒に暮らしてきて良く分かっている。

 

 嫌だけど。

 絶対に嫌だけど、戦うしかない。


「カペラさん。私、結構怒ってます」

「妹さんを巻き込んだこと? そうね。私も申し訳なく思っているわ。でも私が見立てた中であなたに勝てそうな人間はこの子くらいしか思いつかなかったの」

「ステラ・アルマの戦闘ですよ? ほのかは操縦もろくにできないのに戦力になるんですか?」

「それはあなたが一番分かっているでしょ? この子を一番理解しているのはあなたですものね?」


 この人は分かっててやっている。

 分かっていてほのかを選んだんだ。

 鷲羽さんの言った通りだ。

 カペラさんは目的達成のためなら手段を選ばない。


「さあ、これであなたはさっきより少し追い詰められたわ。もちろん考えは変わらないわよね?」

「はい。私はあなたを倒します。自分の選択を信じて行動します」

「祝福するわ。願わくばそれが最期の瞬間まで変わりませんように」


 カペラさんは自分の体にほのかを隠すようにして口づけをした。


 妹が知らないお姉さんとキスをしているのは複雑な気持ちだ。

 それが見えないようにしてくれたのはカペラさんなりの配慮なんだろうか。

 いや、そんな配慮をするならそもそも妹を連れてこないで欲しい。


「お姉ちゃんはあいるさんとずっとこんな事をしてたんだね。もしかしたら今一緒に住んでる人ともしてるのかな? そうだとしたらやっぱり許すんじゃなかった。あのまま部屋に閉じ込めておくべきだった」

「ほらね?」

『未明子はもう少しほのかちゃんとコミュニケーションを取るべきだったと思うわ』

「ほのか。安心して。これまでの戦いでステラ・アルマだけを倒して操縦者を救う方法は分かってる。絶対に怪我させないから」

「私もだよ。お姉ちゃんだけは絶対に助けてあげる。だけどあいるさんは諦めて」


 諦めないよ。

 ほのかも鷲羽さんも勿論ミラも。

 みんな無事で地球に帰るんだ。



「……この身を兵器と化しましょう」


 やたら詩的なセリフでカペラさんの身体が光に包まれた。


 1等星の変身はフォーマルハウト以来だ。

 どんなロボット形態になるんだろう。


 ステラ・アルマの変身は基本的には人間の姿の時の身長が反映される傾向にある。

 アルフィルクみたいに身長が高ければロボット時も全長が高く、鷲羽さんみたいに小柄だとロボット時も小柄だ。


 その法則の通り、カペラさんのロボット形態もやはり全長が高かった。

 

 ロボットだというのにそのフォルムは人間的で、肩も膝も丸みがある。

 纏っている装甲も丸みが多くて全体的に滑らかだった。

 女性的と言えば聞こえはいいけど、ロボットなのに人っぽい姿が残っていると逆に不気味だ。


 何より不気味なのが顔。

 顔もほとんど人の形をしている。

 目も鼻も口もある。

 眼球もないし口も動かないから機能があるわけでは無さそうだけどデザインとして顔がついている。


 ロボットと言うよりも……そう、アンドロイドだ。

 人を模したアンドロイドのような姿だった。

 巨大なアンドロイドが無機質な表情で立っているように見えた。


 そのアンドロイドが膝をついて右手でほのかを迎えた。

 ほのかは差し出された手に乗って運ばれていく。


 カペラさんの胸部が開いてほのかが操縦席に入ると、操縦席は固く閉ざされた。

 何重もの装甲が胸を覆い妹を閉じ込める。


 すぐにカペラさんの瞳に青の光が灯り、ぎこちなく右腕が動いた。

 

「これがステラ・アルマの中なんだ。確かに私が思った通りに動けるね」

「ほのか。無茶な操縦だけはしないでね」

「ありがとうお姉ちゃん」


 その言葉だけは本当に嬉しそうに聞こえた。

  

 ほのかはカペラさんを動かして聖堂の隅まで歩いて行くと壁に触れた。


 スイッチがあったのか壁の一部が開いていく。

 そこはウエポンラックになっているみたいで様々な武器が並んでいた。


「ふーん。まあこれとこれでいいか」


 ほのかが取り出したのは共通武器のアサルトライフルとブレードだった。

 単純な遠距離武器と近距離武器。


 他の人は意外に思うかもしれない。

 でもほのかを良く知る私にとっては、ほのからしい選択だと思った。 


「あらあ、ほのかちゃん。そんなのでいいのかい? もっと強い武器もあるのに」

「この銃サイズは違いますけど実際にある武器ですよね? 動画で調べたので使い方はだいたい分かります」

「他の武器もこう使いたいってイメージすればそんなに難しくなく使えるよお?」

「ありがとうございます女神様。では必要になったらお借りしたいと思います」


 ほのかはカペラさんに乗ったままペコリと頭を下げた。

 礼儀正しいのは姉として嬉しいけど、そんな人に頭を下げて欲しくないな。


「セレーネさん。そんな所にいたら巻き込まれますよ? 逃げなくていいんですか?」

「大丈夫だよお未明子ちゃん。見えないと思うけど今ここは防壁で守られてるからね。例え月の基地が吹っ飛んでも我には影響ないよ」

「分かりました。じゃあ気にせず戦います」

「うん。ラストバトルを楽しむといいよ」

 

 耳を疑うような言葉をかけられた。

 妹との戦いを楽しめるわけがない。


 話に聞いていた通り性格が歪んでいる。

 シャケトバさんごめんね。

 私にとってやっぱりこの人は悪だ。


「ほのか。この戦いが終わったらちゃんと話そうね」

「うん。お姉ちゃんが勝ったらね。私が勝ったらお姉ちゃんはもう私の目の届かないところには出さないからね」

 

 妹はやると言ったらやる。

 私を家に連れ戻してずっと見えるところに置いておくだろうし、鷲羽さんも躊躇なく破壊する。

 

 そうはさせるもんか。

 

 カペラさんを倒してほのかを救う。

 セレーネに降伏を宣言させて外の戦いを止める。

 そして地球を消滅させる戦いのルールも変える。

 

 何でもかんでもこっちが主導だ。

 月の好きになんかさせるもんか。



 聖堂の中は縦にも横にもとにかく広い。 

 鷲羽さんが全力で飛び回っても問題はないだろう。

 こんな戦い、できる事なら速攻で決着をつけたい。


 私は鷲羽さんを後方に加速させて距離を取り、カペラさんを上から眺める位置を取った。

 

 ここにいる人達はみんな普通に歩いていたから地球に近い重力があるんだろう。

 ならば飛行能力の無さそうなカペラさんが飛んで来る事はない。


 この有利な位置から一方的に攻撃してやる。


「ミラ。威力抑えめで行くね!」

『了解。照準こっちでも補正するよ』


 まずはファブリチウスで一撃。

 狙いは右脚。

 脚を破壊して機動力を奪う。

 

 銃を向けても回避する素振りもない。

 ならこのまま撃つだけだ。


 引き金に指をかけて引く。

 そのほんの一瞬前。

 

 カペラさんが右側に少しだけ動いた。


 ファブリチウスから赤色のビームが発射され、一瞬前までカペラさんの右脚があった地面に着弾する。

 ビームは地面にあたると弾かれたように霧散した。


『外れた!?』

『外れたと言うか……ほのかちゃん、こっちが撃つ前に動かなかった?』

「ミラ、もう一発撃つね!」


 同じように狙いをつけて引き金を引く。

 今度は相手の回避を読んで軸をずらして2連射した。


 だけどその攻撃もほんの少しの動きで回避されてしまった。

 しかもずらした軸とは逆側に動かれて、2射目は的外れの場所に着弾した。


「お姉ちゃんならそう撃ってくるよね」


 ほのかがつぶやくような小さな声でそう言った。


 ……これは嫌な予感がする。 


「ほのか。もしかしてだけどさっきの戦い見てた?」

「白いお馬さんとの戦いだよね? うん。見てたよ。女神様が大きな画面で見せてくれた」


 やっぱり予感的中だ。 

 黒馬さんとの戦いを見られていた。

 これは非常にまずい。


 カペラさんから更に距離を取るために後方に加速しようとした時、ほのかは左手に持ったアサルトライフルを撃ってきた。


 本来アサルトライフルを撃つような構えではなかった。

 ただ銃を持ち上げて引き金を引いただけのような姿勢だった。

 そんな素人まるだしの射撃は……


 全弾命中した。


「くッ!」


 アサルトライフルだって立派な武器だ。

 命中すればダメージを受ける。


 ただ誰でも使える共通武器だけあって命中精度も弾速もそこまでではない。

 使いやすさがウリの初歩的な武器だ。


 普通に撃って鷲羽さんに命中させるなんて絶対に無理なハズなのにほのかは正確にあててきた。


「お姉ちゃんならそこに動くよね」


 またほのかがつぶやく。


『未明子、もしかしてあの子……』

「うん。私と同じで相手の行動パターンを記憶できるんだ。しかも精度が私なんかの比じゃない。一度見たらその他のパターンと組み合わせて見ていない動きの予測までできる。それがあるからほのかとゲームをしても私は絶対に勝てないんだ」

『え!? じゃあもしかしてさっきの戦いで見せた動きは全部読まれてるってこと!?』

「おそらく。こっちの動きを全部覚えられる前に仕留めようと思ったのにアテが外れたな」

『攻撃も回避もすればする程不利になっていくの?』

「そうだね。ほのかと戦うなら常に新しい動きをしていくしかない」


 黒馬さんとの戦いで使ったのはファブリチウスとアル・ナスル・アル・ワーキ。

 少なくともその2つを普通に撃ってるだけでは絶対に命中しない。

 武器を組み合わせて攻撃を複雑にして、ほのかの予想を上回るしかない。


「行動パターンだけじゃなくてお姉ちゃんが何を考えてるのかも分かるよ。やれる事は全部やってみて? それを一個一個潰していってあげるから。最後に何も無くなった時に何て言うのか楽しみだな」

「ゲームの時みたいに降参なんかしないよ! これは実戦だ。これまでの経験を駆使してほのかを倒す!」

「頑張ってね。そうやっていつも私にやられて落ち込んでるお姉ちゃんを見るの大好きなんだ」

『ちょっとお姉ちゃん愛の歪んだ子なんだね』

「かわいい子なんだけどね。たまに言う事が怖いんだ」

『これは果たして愛で済まされるレベルなのかしら!?』













 梅雨空の呼び出した隕石は月と並行に飛来した。


 そして月の前に並ぶルミナス、加えて周囲を飛び回っていたアンブラを多数巻き込んだ。


 隕石群はそのまま飛び去って行ったが月の防衛網に甚大な被害を与えたのだった。

 

 梅雨空の乗るフォーマルハウトはゲート移動を駆使して逃げたので全くの無傷。

 藤袴のミザールもルミナスへの回避命令を諦め退避したので何とか逃げ切れていた。


「な、なんて事をしてくれたんすか……これはいくら何でもセレーネさんに怒られるっす……」


 先程までルミナスとアンブラだった多くの残骸が漂う宇宙空間を眺めながら藤袴が嘆く。


「あのデカいの、いつも鳴り物入りで出てくる割にはすぐ壊れるわよね」

「ビームを跳ね返されたり隕石がぶつかってこなかったらそんな簡単に壊れないっすよ! 普通の敵はルミナスだけで撃退できるんですよ!?」

「そんなの私を普通の敵だと思ってるのが悪いのよ。何たってこっちは1等星よ? ステラ・アルマのアイドルなんだから派手に暴れるに決まってるじゃない!」

「ひッ! フォーマルハウトをアイドル扱いとかどんな目をしてるんすか」

「ふん。アンタなんかに私の慧眼は分からないわよ」

「そ、そっすかね……でもそろそろ羊谷さんを理解してきた部分もありますよ?」

「へぇー。私を理解? どんな風に?」

「羊谷さんと戦うならロジックは捨てて感覚で挑めっす!」

「はあー? 私が感覚で戦ってると思ってるの?」

「どう考えたって感覚派じゃないっすか! あんたロジカルに戦ってるつもりだったんですか!?」

「アイドルのステージは計算された演出よ? あとそれに負けない情熱。感覚だけじゃ人の心は動かせないの」

「確かに私の心を嫌な感じには動かしてるっすけども……」


 藤袴がここまで動揺するのは珍しかった。

 基本的に受け身な彼女は、それ故に心のキャパシティも大きい。

 大抵の事には冷静に対応できるのに梅雨空を相手にするとどうにもペースを崩されてしまう。


 それが何故なのか、本人には分析できなかった。

 

「ひッ! だから私もここからは羊谷さんみたいに何も考えないで戦うっす!」

「ちょっと! だから考えてるってば!」


 結果、もう考えるのを放棄したのだった。


 藤袴はバッティスタを構えて突撃した。

 それは今までとは違い防御を考えない捨て身のような突撃だった。

 

 大鎌を振りかぶり、力いっぱいの一撃を放つ。


 梅雨空はその攻撃を悠々と回避してコル・ヒドラエを撃ち込む。

 藤袴は発射されたビームをこれまた何なく避け、再び大鎌を振り抜く。


 そんな攻防が何度も続いた。


 しかしそうやって繰り返している内に双方共に攻撃の精度が上がっていき、ついにはお互い攻撃があたるかあたらないかギリギリの攻防を続けるようになっていた。


「へぇ、いい動きになってきたじゃない?」

「ひッ! 何でこんな適当に戦った方が戦闘が成立するんすか!?」

「難しいこと考えてるからダメなのよ。もっと心でぶつかってきなさい!」

「羊谷さんのペースに乗せられている気はしますけど、正直悪くはないっすね!」

「いいわね、このお互いの命を削り合うようなせめぎ合い! 魂が磨かれている感じがしない?」

「ひッ! 変態行為に付き合わせるのはやめて欲しいっす!」


 そうは言いつつも藤袴は梅雨空との戦闘を楽しみはじめていた。


 数手先を読むのではなく瞬時に最善手を要求され続ける攻防は脳を激しく刺激する。

 そのハイリスク・ハイリターンの麻薬のような戦いに触れて、ようやく桃が梅雨空との戦いを好む理由を理解した。


 しかし藤袴は不思議に思っていた。


 何故ステラ・アルマで戦い始めたばかりの梅雨空が歴戦の戦士であるセプテントリオンと渡り合えるのか。

 自分や桃と互角に近いレベルで戦えるのか。


 これまでの経験からすればステラ・アルマに乗って半年の初心者などセプテントリオンがその気になれば戦いにすらならないはずなのに。


 いくら1等星に乗っていたとしても操縦者が未熟であればその強さを引き出せない。

 現に梅雨空がフォーマルハウトの強さを引き出せているかと問われれば否と答えるだろう。

 まだ前回戦った稲見の方が強みを引き出せていた。


 それなのに梅雨空を倒しきれないのは何故なのか。


 これはもはや梅雨空自身の能力なのかもしれない。

 ステラ・アルマの固有武装でも特性でもなく、羊谷梅雨空が持つ能力。


 稀にそういう能力を発現させる者が現れる。

 ステラ・アルマと呼応したのか、命の危機に瀕してなのか、理由はそれぞれだが特殊な能力を生み出す者がいるのだ。


 未明子もその能力を持っていた。

 最初はステラ・アルマを感知できる能力。

 次に人の視線を感知できる能力。


 梅雨空もそうだとしたら、それは恐らく ”相手を自分と同じステージで戦わせる” 能力。

 

 格上だろうと格下だろうとレベルの差を無視して対等な状態に引き込み、どんな戦いでも常にギリギリの戦いにしてしまう能力。

 ジャイアントキリングを体現したようなふざけた能力だ。

 

 藤袴はそう検討をつけていた。

 そうでなければ説明がつかない。


 そして破天荒な梅雨空にこれほど似合う能力も無いと感じていた。

 

「ひッ! 桃さん困りました。私も羊谷さんを気に入っちゃったかもしれないっす」


 争いを嫌う優しい性格の藤袴が戦闘を楽しいと思ったのは初めてだった。

 普段力の無い目に活力が宿る。


 勝ちたい。

 任務の為ではなく。

 仲間の為でもなく。

 ただ梅雨空との勝負に勝ちたいと思った。


 互いの力量が同じになる。

 上等だ。それなら一手上回ればそれが勝利に繋がる。


 藤袴は梅雨空の攻撃を避けるのをやめた。


 フォーマルハウトの右腕から放たれるコル・ヒドラエをわざと食らった。

 ミザールの脇腹に5つの穴が空いた代わりにフォーマルハウトの右腕を掴んで動きを封じる。

 

「まずは一発!!」


 身動きできなくなったところにバッティスタを一撃叩き込んだ。


 バッティスタに物理的な攻撃力はない。

 梅雨空は怯まず、攻撃を食らいながらも更にコル・ヒドラエを撃ち込んだ。


 ミザールの体に更に5つの穴が開く。


「ぐッ! でも被害はそっちの方が大きいっす!!」


 藤袴は振り抜いたバッティスタをそのままひっくり返し、柄を梅雨空に向けた。


「そしてこれで! 決着っす!」


 五月が食らった柄を利用した2連撃。

 バッティスタによる攻撃を3回食らった相手はアニマが枯渇する。

 この2連撃を梅雨空が避けられなければ藤袴の勝利だった。


「カウス・メリディオナリス」


 梅雨空がそうつぶやいた瞬間、藤袴の体を衝撃が襲った。


 機体の装甲を抜けて直接操縦者を襲った衝撃の正体は、電気だった。


 藤袴の乗るミザールはフォーマルハウトの右腕から伸びる電撃に貫かれていた。


「な、なんすかこれ!?」

「武器を媒介に、武器と腕の間に電気を通す固有武装よ」

「武器!? 武器なんていつの間に……」


 藤袴が振り返ると、確かにフォーマルハウトの右手から伸びる電撃の先に青い槍のような物が見えた。


 しかしそんな武器がどうしてそこにあるのか理解できない。


「さっき創ったじゃない。あのバットみたいなやつ」

「え……隕石が来る前に捨てたやつですか?」

「そう。あれ別に意味なく捨てたわけじゃないの。隕石から逃げた後に戦うであろうエリア。つまりこの辺りね。この辺りに来るように放ったのよ。隕石から逃げる時に通り越しちゃったけど、戦ってる内に追いついてきたわね」

「ひッ! あの行動に意味があったんすか!?」

「だから言ったじゃない。アイドルのステージは計算された演出だって」

「……そんな馬鹿なっす……」


 電撃はミザールにダメージを与え、藤袴本人にも激痛を与えていた。

 しかし訓練で鍛えた肉体。

 セプテントリオンはこの程度で行動不能になるほどひ弱ではなかった。


「……でも羊谷さんはこうも言ってたっすね。計算された演出と……あとはそれに負けない情熱だって……なら私の情熱を見せます!」


 電撃に貫かれながらも藤袴はミザールを動かした。

 柄を向けたバッティスタを握り込み、素早く打ち込む。

 

 大鎌の柄はフォーマルハウトの胴体に小さく2回。

 確実に触れた。


「三発! これで終わりっす!」


 条件を満たしたバッティスタはフォーマルハウトから最後のアニマを奪った。

 全てのアニマを失ったフォーマルハウトは戦闘不能に……


 戦闘不能にはならなかった。


「残念でした!」


 梅雨空はミザールに向かって両手でコル・ヒドラエを発射した。

 勝利を確信していた藤袴はその攻撃を回避できず、10本の指から放たれた10本の紫色のビームがミザールの体を貫いた。


「ひッ! 何でっすか!? バッティスタの能力は完全に発動したのに!?」

「発動したわよ。アニマは持っていかれたわ。ただ、足りなかったわね」

「……え? え?」

「フォーマルハウトの能力を調べたんじゃなかったの? それなら固有武装も知ってるでしょ?」

「フォーマルハウトの固有武装……ファム・アル・フート。紫色の雨を創り出して自分を強化する……」

「そう。その能力はアニマの回復力も強化するのよ。だから一撃目を食らった後にすぐ回復しだしたの、だから三発目を食らった時にはまだ結構アニマが残っていたのよね」

「だから何だって言うんですか? ここは宇宙っすよ? 雨なんて降らないです」

「フォーマルハウト。教えてあげたら?」

『悪いな藤袴。ファム・アル・フートは雨じゃなくても直接触れても効果を発揮するんだ。地上で雨にしてるのはその方が触れやすいからだ。それに色も大気と混ざり合って初めて紫色になる。宇宙で色は付かない。無色透明だ』

「って事は……」

『最初からずっと発動していた』

「……そう、でしたか……」


 電撃でダメージを受け、コル・ヒドラエを合計20発も食らったミザールは体の各部が破損して行動不能状態に陥っていた。


「まだやる?」

「いえ。これはもう降参です」


 その言葉を聞いた梅雨空はカウス・メリディオナリスを解除した。

 電撃から解放されたミザールが宇宙空間を漂う。


「この勝負、私の勝ちね!」


 梅雨空が惜しげもなくガッツポーズを取る。

 藤袴はその姿を見て吹き出してしまった。


「一人でセプテントリオンを倒しちゃうなんて凄い人っすね」

「アイドル舐めないでよね」

「アイドル関係あるんすか? ……羊谷さん。もしこの戦いの後にまだ私が生きてたら、羊谷さんのステージを観に行ってもいいですか?」

「勿論。私の戦闘じゃない方のステージで楽しませてあげるわ!」

「何て名前で活動してるんですか?」

「露を降らせ、よ!」

「……ダサいっすね……」

「一言多い!」


 梅雨空はボロボロになったミザールに容赦なく蹴りを入れた。

 

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