第142話 ステラムジカ④
宇宙で火は燃えない。
宇宙空間には酸素が存在しないので燃焼自体が起こらないと思われているが、それは誤りだ。
例えばロケットは宇宙空間でどうやって移動しているのか。
答えはエンジンで燃料を燃やして燃焼ガスを吹き出して推進力を得ている。
酸素がなくとも燃焼物資そのものは宇宙空間だろうと燃えるのだ。
アルデバランのランパディアースもロケットエンジンと要領は同じ。
円柱内で燃焼させたものを高出力で噴出する武器だ。
「アルデバラン」
『なんだ?』
「アニマの無駄使いはやめて下さい」
『そう思うならお前がしっかり制御しろ。それに威力を知らしめる為にどこかで一回は使うって話だったろ?』
「確かに言いましたがここではありませんでした。見て下さい」
『ああん?』
すばるの示した先では、ランパディアースの炎に巻き込まれたメラクが防御壁を張っていた。
1500万度の炎に包まれてもメラクの外装には焦げ跡一つできていない。
『ちっ! あのバリア、マジで無敵か? ランパディアースに耐えられるなら太陽に突っ込んで行けるって事だぞ』
「概念的な能力はそういうものですよ。ランパディアースだって1500万度の炎に耐えられる発射装置ですから似たようなものです」
『ふん。今日はよく喋りやがる。あの阿呆みたいな口調は克服したみたいだな』
「今は何とか耐えております。だからと言って不安定なのは変わりませんからご容赦下さい」
『せめて奴らを始末するまでは頑張れよ』
アルデバランの操縦の際にかかる負担は以前と変わっていない。
すばるが精神力でねじ伏せているだけだ。
戦闘が続き精神が摩耗すればすぐにでも戦闘不能になるだろう。
巨大な力を持つアルデバランの弱点もまた変わっていなかった。
「三つ葉さん達は十分離れましたね。幸い今の一撃で他の敵も一掃できましたし、ここで暴れても問題ないかと思います」
『別に誰がいようと加減するつもりはねーよ。巻き込まれたらそいつの運がなかっただけだ』
「味方を巻き込んだら恨みを買いますよ……おっと」
すばるがプレヤデス・スタークラスターでサダルメリクの盾をアルデバランの前に配置した。
その瞬間、盾に赤色のビームが命中して弾かれる。
「凄い炎だったね。あの武器あんなに大きな炎も出せるんだ?」
ビームはメラクの持つ見慣れない銃から発射されたものだった。
防御壁を解除したメラクは高速で移動しながらあらゆる方向からビームを撃ってくる。
すばるはそれを丁寧に盾で防いでいった。
「今日は随分と性能のいい武器をお持ちなんですね」
「あ、初めましてー。アルデバランの操縦者さん。セプテントリオン2の宵越尾花です」
「映画のタイトルみたいになっておりますよ。2番目ならドゥオですね」
「セプテントリオンドゥオの宵越尾花です」
「はい尾花さん。わたくし暁すばると申します。以後お見知り置きを」
「じゃあすばるちゃんって呼ぶね。今日はセレーネさんからもらったイグニスを持ってきたよ。これ強いんだけど月の近くでしか使えないんだよね」
「月での限定武器とは面白いですね。他にもそういう武器があるんですか?」
「ナイショー。他にもあるけど内緒なんだって」
「お答え頂きありがとうございます」
「すばるちゃんはアルデバランと仲良しなの?」
「さあ……どうでしょう? わたくしも顔を合わせたのは最近ですので」
「じゃあ私達に協力してくれない? 一緒にアルデバランを倒そうよ」
「それはお断りいたします。アルデバランを倒されるとわたくし的にも困る事情がありまして」
「そうなんだ。じゃあごめんだけど一緒に倒すね」
「それが分かりやすくて良いかと思います」
前回尾花とまともに話す機会のなかったすばるは、中々に愉快な人物だと感じていた。
しかしこういう相手こそ注意を払わなければいけない事も知っている。
すばるは警戒心を高め、プレヤデス・スタークラスターでサダルメリクの破片を自分の周辺に集めた。
「その機体が使う防御壁、瞬間的な破壊力に対しては無敵のようですね」
「うん。核爆発? に巻き込まれても大丈夫なんだって」
「なるほど。それなら1500万度の炎など障害にもなりませんね。しかし聞くところによると継続的な攻撃に晒されるとアニマを大きく削られるとか」
「うーん。誰かおしゃべりな人がいるみたいだ」
「ですので尾花さんにはこの手が有効かと存じております」
周囲に集めたサダルメリクの破片を操作し、尾花に向かって突撃させた。
尾花はすぐさま防御壁を展開。
破片は防御壁にぶつかり弾かれるが、すばるは破片を何度も防御壁にぶつけ続けた。
「このように攻め続けたらいかがでしょうか?」
「うん。これはその内アニマ切れしちゃうね」
尾花は防御壁を張ったまま脚部のブースターを使ってその場を離脱した。
サダルメリクの破片がメラクを追いかけるも流石にその速度には追いつけない。
破片を振り切ったところで尾花は防御壁を解除し、アルデバランに向けてイグニスを放った。
すばるは飛ばした破片を自分の元まで戻し、イグニスのビームを防御する。
「うーん。イグニスだとその盾は壊せないみたい」
「こちらの攻撃もその素早さには追いつけませんね」
「そうみたいだね。でも私は萩里が来るまでこのままでも構わないから、しばらく遊ぼうか?」
「それはお断りいたします」
「え? わあッ!!」
突然尾花の操縦席を衝撃が襲った。
モニターに映るダメージレポートには背中へのダメージが表示されている。
「痛い……攻撃をくらったの? 何で?」
尾花が機体の状態を確認する。
するとメラクの背中にサダルメリクの右腕が刺さっていた。
「全ての破片を戻したと思いましたか? やはり宇宙空間ではメリクの黒いボディは視認し辛いようですね」
「何か微妙に立ち位置を変えてると思ったら月が背中になるように動いてたのか。やるねー」
「さあ。早く腕を抜かないとそのまま体を貫いてしまいますよ?」
「嫌だ嫌だ。それは困る」
尾花は背中に刺さったサダルメリクの右腕を引き抜くと宇宙空間に放り投げ、イグニスで狙い撃った。
しかしサダルメリクの腕はイグニスのビームをかわしアルデバランの元に戻っていく。
「完全防御タイプを倒すのは難しいかと思いましたが付け入る隙はありそうですね」
「あー! 君、私を舐めてるな? こう見えてもセプテントリオン2なんだからね」
「ふふ。また映画のタイトルみたいになっていますよ?」
すばるは再びプレヤデス・スタークラスターで全ての破片をメラクに向けた。
尾花もまた、高速でアルデバランに接近しながらイグニスの狙いをつけた。
いつか天体の本を読んだ時に、月の地面はほとんどが砂だと書かれていた。
確かレゴリスって名前の細かい砂で、ガラスが含まれていたり静電気を浴びていたりするらしい。
月には地球と違って大気が無いから隕石なんかが減速せずに衝突する。
衝突した隕石が月の岩を削ってレゴリスが出来ていくそうだ。
本で読んだ知識と、実際に見るのではやっぱり微妙に感想が変わる。
実際に見る月の地面は細かい砂と言うよりも塵が堆積してるみたいに見えた。
私はいま、その塵が敷き詰められた月の表面を飛んで移動している。
ソラさんのおかげで何とか月に到達できたはいいものの、内部に侵入する出入口が見当たらなかった。
鷲羽さんに聞いてみても以前とはかなり変わっていて分からないみたいだ。
とは言え背後に並んでいるルミナスがあんなにたくさん出てきたんだから、どこかしらに出入り口はあるんだと思う。
『前に来た時はクレーターを改造した分かりやすい入り口だったのに、今は見た目では全然分からないわ』
「きっと偽装してるんだろうな」
『もう面倒だから私で地面に穴を開けちゃったら?』
「ミラが豪快なことを言い出したよ。でも時間が勿体ないから試しに一回撃ってみてもいいかもね」
月にはセレーネの他にファミリアがたくさんいると聞いている。
ファミリア達もさすがにこんな表面近くにはいないと信じたい。
撃って地面がえぐれて、そこからシャケトバさんみたいな幼女がワラワラ吹き飛ばされていくのは流石に見たくないな。
「もし付近にいるなら、撃とうとしてるのが見えたら逃げてね」
それでも巻き込んじゃったらごめんなさい。
私は地面から少し離れてファブリチウスを構えた。
「犬飼さん!」
狙いをつけて引き金を引こうとした時、通信で名前を呼ばれた。
振り返ると遠くから4本脚の白い騎士がこっちに向かって駆けてくるのが見える。
黒馬さんの機体だ。
相変わらず美しい機体だった。
白い鎧を纏った姿は殺風景な月にも映える。
それはそうとあの脚、宇宙空間も蹴られるんだな。
「うまくルミナスの防衛網を抜けたみたいだね。だけどセプテントリオンからは逃げられないよ!」
「やっぱりそうだよね。RPGでもボスキャラからは逃げられないし」
「さあ。私と戦ってもらうよ!」
「もちろん。約束したもんね!」
一刻も早くセレーネのところに向かうのが私の任務だ。
その為に双牛ちゃんが作戦を考えてくれて、みんなも戦ってくれている。
でも双牛ちゃんは黒馬さんに追いつかれたら戦っていいとも言ってくれた。
その言葉に甘えさせてもらう事にした。
私だって黒馬さんとは決着をつけたい。
大丈夫だ。
負ける気がしない。
だって今回はミラと鷲羽さんと三人で戦えるんだから。
「セプテントリオンクイーンクェ黒馬おみなえし。今度こそ完全勝利を収める!」
黒馬さんが槍をこちらに向けて名乗りをあげた。
その姿は敵ながらにカッコいい。
ならこちらもそれに応えなきゃ。
「桜ヶ丘高校2年犬飼未明子。今回で完全決着をつける!」
『待って未明子ダサすぎるわ!!』
「ええ!?」
『私もちょっと微妙な気がするな』
「だって私、肩書きとか持ってないし。あ、じゃあ多摩市民犬飼未明子は?」
『もっとダサい!』
「そんなぁ」
敵の名乗りに応えるべくファブリチウスを向けた私の名乗りはダダ滑りだったらしい。
「犬飼さん。犬飼さん。黒馬おみなえしの永遠のライバルってのはどう?」
「あ、じゃあそれにしよう」
『何で敵が決めてるの?』
『ミラの最愛の恋人ってのは?』
『あなた少し黙ってなさい』
「黒馬おみなえしの永遠のライバルでありミラの最愛の恋人である桜ヶ丘高校2年の多摩市民犬飼未明子!」
『何で全部足しちゃったの!?』
「鷲羽さんの名前が入ってないの寂しいね」
『いいわよそんなの!』
最初に滑った時点で肩書はどうでも良かったんだけど、鷲羽さんが丁寧にツッコミしてくれるから悪ノリしちゃった。
「犬飼さん、今回はスナイパーライフルを持ってきてるんだね。私のアドバイスを聞いてくれたのかな?」
「実は私の元々の武器はこのファブリチウスだったんだ。色々あってしばらく離れてたけどようやく戻ってきたんだよ。だから今の私が最強犬飼だよ」
「へえ。それは楽しみだな。じゃあ戦う前にひとつ賭けをしない?」
「賭け?」
「そう。……この勝負で私が勝ったら犬飼さんは私のものになりなよ」
「いいよ」
「いいの!? もっと自分の身を大切にしなよ!」
「だって負けないって分かってるし」
それは本当に素直な気持ちだった。
挑発とか慢心では無くて心からそう思って出た言葉だった。
でもそれは黒馬さんの神経を逆撫でしたみたいだった。
「言うね。武器を一つ増やしたぐらいでえらく自信が増したものだよ。じゃあもう完膚なきまでに叩きのめして泣き顔を拝ませてもらおうかな」
「そう簡単に最強犬飼は負けないよ!」
「で、犬飼さんの方は何かある? 賭けの内容」
「うーん。そうだな。じゃあ私が勝ったら黒馬さんの機体の固有武装を貰っていい?」
「アリオトの固有武装を? 固有武装なんて他の機体では使えないのに。ちなみにどっちを?」
「脚の方ってそれ外れるの? 槍が欲しい!」
「何で?」
「カッコいいから!」
「あ、うん……そうか」
何だか私の理由には納得していないみたいだった。
固有武装はステラ・アルマの命と言っても過言じゃない。
それを欲しいって言ってるんだからもっと嫌がられるかと思ったのに。
「私も負けるつもりはないから何でもいいよ。じゃあ犬飼さんとアリオトの槍を賭けて勝負ね」
「ちなみにその槍って何て名前なの?」
「元々の名前と私がつけた名前、どっちが聞きたい?」
「黒馬さんが名付けた方を知りたい」
「躊躇なしだね。槍の名前はサンクトゥス。意味は後で調べてみて」
「分かった」
「……じゃあ、行くよ」
「ラウンド3!」
「「ファイト!!」」
三度目の掛け声をあげる。
それと共に黒馬さんの機体が猛スピードで突っ込んで来た。
そのスピードは地球で戦った時よりも遥かに速い。
あの機体も鷲羽さんと同じで宇宙の方が適正が高いみたいだ。
「鷲羽さん。行くよ」
『うん。やりましょう』
月の表面を蹴って宇宙空間に飛び立つ。
出力をあげて黒馬さんの機体から程よい距離まで飛行した。
「ミラ。お願い」
『任せて! あの人をびっくりさせちゃおう!』
向かってくる黒馬さんにファブリチウスを向ける。
まるで自分の目が銃身についているかのようにピタリと狙いが定まり、即座に引き金を引いた。
銃口から赤色のビームが発射される。
ビームは以前の倍以上の大きさになっていて、ステラ・アルマなら余裕で飲み込むほどのサイズだった。
「スナイパーライフルじゃない!?」
黒馬さんはあまりに大きなビームに驚いて、直進を止めて左方向に大きく避けた。
ファブリチウスの砲撃は宇宙空間を進み、遠くにいたルミナスの1体に命中した。
命中したルミナスの上半身が吹き飛び、残った下半身が爆発する。
「おおー! 絶好調だね!」
練習で何度か撃ってみたけど、何かに当ててはいなかったからどれくらいの威力があるのか分からなかった。
少なくともルミナスを一撃で破壊できるくらいの威力はあるみたいだ。
「……直撃したら一巻の終わりだな」
黒馬さんが改めてこちらに向き直る。
ファブリチウスを警戒して下手に距離を詰めるのはやめたみたいだ。
「スナイパーライフルじゃなくてビームキャノンだったのか。アルタイルの固有武装は撃ち出すまでが早くて移動しながらでも撃てるのが特徴だった。そのビームキャノンは威力と射程が強みってところかな?」
「ううん。ファブリチウスはスナイパーライフルだよ。ちょっと威力が高いだけ」
「今の威力はちょっとってレベルでは無い気がするけど……でもその分、一射一射の隙は大きいと見た!」
直進をやめた4本脚の機体は、ぐるっと大回りで接近してきた。
狙撃されないように左右へのステップを混ぜて対策をしている。
私は鷲羽さんを後方に加速させながら今度はアル・ナスル・アル・ワーキで狙いをつけた。
宇宙空間を飛び回りながら高速で近づいてくる黒馬さんに正確に狙いをつけるのは難しい。
だからあえて大雑把な位置に砲撃を行った。
両肩に設置された4門、それに腕の下に設置された2門の砲身から合計6発のビームが敵に向かって放たれる。
黒馬さんはそのビームを大きくステップして回避した。
私は再び大雑把な位置に狙いをつけ、2度目の砲撃を行った。
「どんな威力のある攻撃も当たらなかったら怖くないよ!」
2度目の砲撃も軽々と回避された。
でもそんなセリフが出てくるって事は、私の意図には気づいていないみたいだ。
今の2回の砲撃は意味なく外したんじゃない。
黒馬さんを追い詰めるために必要な砲撃だ。
続けてファブリチウスを構えて引き金を引いた。
赤色のビームが銃口から放たれ白騎士を狙う。
「だから当たらないって!」
白騎士は赤いビームも何なく回避する。
「うん分かってる。そこだよね」
黒馬さんが回避した先には、すでにもう一発のビームが届いていた。
「連射!?」
あの機体が鷲羽さんのように飛行する機体ならあるいは避けられたかもしれない。
でもあの機体の高速移動にはステップが必要だ。
空間を踏むという動作がなくては移動できない。
移動の為に脚を上げて、次の空間を踏むまでの一瞬の隙を狙い撃った。
ファブリチウスならそれができる。
「くそ!!」
避けるのは間に合わない。
ならばと白騎士は持っていた槍を横に倒し、盾のように持ち替えた。
槍の側面を使ってビームを防御し、そのまま力で弾いて軌道を逸らした。
「……ハァ、ハァ……」
逸らされてしまったものの、有効打ではあったようだ。
ファブリチウスは連射速度をあげれば威力が下がる。
それでも直撃すれば相応のダメージを叩き込む威力は持っている。
それはビームを弾いた機体の両腕の焦げが証明していた。
「……まさか威力を抑えて連射できるなんてね」
「ファブリチウスはスナイパーライフル。特徴をあげるなら威力じゃなくて精密射撃だよ」
「スナイパーライフルは普通連射できないよ」
「え!? そうなの!?」
それは知らなかった。
ライフルって言うくらいだから連射式のもあるのかと思ってた。
そもそもファブリチウスで連射を言い出したのも私だし、本来とは違う使い方をしているのかもしれない。
「さっきのアルタイルの砲撃は私が宇宙空間で一度にどれだけ移動できるかを測る為だったの?」
「うん。地球でどれくらい移動できるかは把握してたんだけど、宇宙だとどれくらいの差があるかを見せてもらったんだよ」
「それは怖いな。これからは変則的に移動する事にしよう」
白騎士は今度は不規則な軌道で走り出した。
得意の上下左右、あらゆる方向に移動しながらの移動だ。
そこにいると思った時にはすでに違う場所に移動している。
でも、それだけだ。
「ターン、ターン、ターン。はいそこ」
移動直後の隙を狙撃。
砲撃はあっさり白騎士の右脚に命中した。
「ええっ!?」
「ターン、ターン、トン。はいそこ」
続く砲撃も命中。
今度は敵の左腕を焼いた。
「何で!?」
「止まるんなら、はいドーン」
「くっ!!」
再びビームを槍の側面で防御する。
でも今度は防ぎ切れずに防御ごと弾き飛ばすのに成功した。
槍を弾かれ肩を焼かれた白騎士が体制を立て直す。
すると戸惑いの混じった黒馬さんの声が聞こえてきた。
「ど、どうしてそんな正確に撃てるの? こんなにランダムに動いてるのに」
「ランダム? だって黒馬さんの動き43種類しかないよ?」
「……え?」
「一歩目から二歩目、四歩目でだいたいパターンが定まってきて、六歩目くらいで完全に決まる。とてもランダムとは言えないよ」
「待って。私の動きのパターンを全部把握してるの?」
「そりゃ戦うのも三回目だもん。流石に全部覚えてるよ」
「そんな馬鹿な!? だって、だって……」
「次は左脚を狙うね」
「そんなの分かるわけない!」
戸惑いを通り越した悲痛な声を上げながら、黒馬さんは宇宙を駆け出した。
さっきよりも複雑に、激しく動いている。
もうこっちに向かってすらいない。
それでも。
本人が無作為に動いているつもりでも、結局はパターンの組み合わせでしかない。
それは意識しないようにすればするほど逆に癖として現れる。
ああ。きっと今とても動揺してるんだろうな。
もう先の動きまで丸わかりだ。
「トン……トン……トン。そこ」
ファブリチウスの砲撃はジャストのタイミングで白騎士の左脚に命中した。
「うわあああああッ!」
「ね。言った通りでしょ? 黒馬さんは動きが綺麗すぎるんだよ。ソラさんくらい破天荒な動きじゃないと飽きちゃうよ」
「……そんな事って……こんな……一方的に……」
「ダメだよ黒馬さん。止まってると撃っちゃうよ? 早く走り出さなきゃ」
「犬飼さん。何で?」
「ん?」
「何でもっと威力をあげないの? だってもう私の動きは読まれてるんでしょ? だったら最初みたいにフルパワーで撃ってくればいいのに」
「ああ。それはね。黒馬さんがまだ槍の固有武装を使ってないからだよ」
「え?」
「その固有武装を使うのを待ってるんだ」
「な、何で?」
「だってその武器は私が貰うんだから使ってくれないと能力が分からないよ」
「……ッ!!」
「早く使わないとどんどん体が削れていくよ? ほらほら。動こう」
「あの……犬飼さん。もしかして怒ってる?」
「怒ってないよ。別に黒馬さんが私と鷲羽さんの相性が悪いって言った事なんて気にしてないよ」
「怒ってるじゃんッ!」
怒っているかどうかで言うと怒ってはいない。
怒りを動機にするとやり過ぎてしまう性分なのは分かっているから。
だから報いを受けてもらおうと思っている。
口に出した責任を取ってもらおうと思っているだけだ。
「それに実際私を追い込んでるのはそのスナイパーライフルでしょ!? アルタイルの能力じゃないよ!」
「ファブリチウスを使える状況を作ってるのが鷲羽さんの能力なんだけど……まあいいや。そこを分かってもらうつもりは無いから。あと最初の砲撃がフルパワーなんかじゃないよ。まだ出力は上げられる」
「あの上があるんだ……まいったな……」
「もしかして戦意が折れちゃった? ならこれ以上問答しても仕方がないから撃つね」
「戦意が折れる? ふざけるな! 私はセプテントリオンだ!」
そう叫んだ黒馬さんは接近するのをやめて逆に距離を広げていった。
走って走って、およそ攻撃など届きそうにない場所まで離れた。
そこで立ち止まり振り返る。
「犬飼さんのお望み通りサンクトゥスの力を見せてあげるよ。ただし私がこれを使ったら犬飼さんの勝ちはなくなる」
白騎士が槍を真っ直ぐに構えた。
槍の先から以前見た赤色のエネルギーが放出され、そのエネルギーが白騎士の全身を包んだ。
「サンクトゥス! 我が道の敵を蹴散らせ!」
エネルギーを纏ったまま、白騎士がこちらに猛スピードで向かって来た。
ただ向かって来るだけではなかった。
距離が縮まるにつれ段々と速度を増している。
「加速してる?」
『未明子!』
「うん。ファブリチウスで狙い撃つ!」
高速でこちらに向かってくる赤いエネルギーの塊に狙いをつけ、ファブリチウスの砲撃を撃ち込んだ。
黒馬さんは砲撃を避けずにそのまま突っ込んで来る。
ビームは機体のど真ん中に命中。
だけど纏ったエネルギーに完全にかき消されてしまった。
「そういう能力か!」
あの赤いエネルギーは盾だと思っていた。
だけどそうじゃない。
あれは自身を槍に変える能力なんだ。
自分自身を一本の槍に変えて相手に突撃する能力。
その破壊力よりも低い威力の攻撃は通用しない。
もしかしたらファブリチウスの全力射撃なら止められるかもしれない。
けど、この距離だともし通じなかった場合こちらがやられる。
……なら、手は一つだ。
「アウローラ!」
腕につけたチューブから急速に血液が抜かれていく。
血液が鷲羽さんの体を廻り、全身に赤い模様が浮き出た。
私はアウローラの発動完了と同時に鷲羽さんを後方に加速させた。
「んぐ……!」
思っていた倍くらいの加速が出て体に衝撃が襲ってくる。
アウローラ状態だと鷲羽さんに言われていた通り体にかかるGが凄まじい。
緩衝膜すら容易に超えてくる。
でもこれに耐えるために普段体を鍛えてるんだ。
アウローラの発動で白騎士との距離が少しずつ離れていった。
この状態ならまだこっちの方が速いみたいだ。
ただ、もし敵が際限なく加速していくならいつかは追い付かれてしまう。
試しにある程度距離を取ったところで左に移動してみた。
予想通りと言うか当然と言うか、相手は進行方向を左に寄せてくる。
「誘導してくる槍とかずるい!」
「固有武装を舐めないでよね!」
敵の機体はどんどん速度を増していった。
月を眺めながらの追いかけっこは幻想的だけど、このままじゃ埒が明かない。
ある程度のスピードに達した時、敵の機体が纏っているエネルギーに変化が現れた。
今まで赤色だったエネルギーが白色に変わったのだ。
そして色の変化と共に突進の速度が更に上がった。
「げげ、まさか能力に段階があるの!?」
「サンクトゥスの突撃は移動距離が増せば増すほど威力と速度が上がる。アルタイルがどれだけ速くても逃げ切るのは不可能だよ!」
「そういうの早く言ってよ!」
「言うわけないでしょ! このまま貫かさせてもらうからね!」
「ひぇーバラバラになっちゃう!」
前回の戦いでは静止した状態でも鷲羽さんの腕と脚を吹き飛ばした。
あんなに加速した状態で激突されたらどうなるかなんて想像もしたくない。
でもいいのかな。
私を賭けの対象にしてるのに粉々にしちゃって。
「鷲羽さん、こうなったらあれやろう!」
『未明子の体が心配だけど仕方ないわね』
「ミラも大変かもしれないけど耐えてね」
『私は大丈夫。気にせずやっちゃって!』
「ありがとう」
私は操縦席の緩衝膜にアニマを込めた。
操縦席を覆っている柔らかい膜の質が変化していく。
これで多少無茶な動きをしても私への負担はかなり軽減される。
今からやるのはこうでもしないと私の体を確実に潰す危険な技だ。
「これが黒馬さんが馬鹿にした鷲羽さんの実力だ!」
私は今できる限界まで加速をかけた。
追いかけていた黒馬さんの機体が一瞬で遠く離れていく。
アウローラ状態の鷲羽さんの最高加速状態。
「ええッ!!?」
黒馬さんが驚きの声を上げる。
それもそのはず。
いま鷲羽さんは、数十体に増えているからだ。
「残像による分身!?」
宇宙空間に残像を残しながらの高速移動。
実際は動きの先端にいるのが本体で、後は目の処理速度の限界で見えているだけの虚像だ。
でも実際に目の当たりにすると本当に分身しているみたいに見えるらしい。
これは訓練中に九曜さんとソラさんと同時に戦い続けるために編み出した技だ。
馬鹿みたいにアニマを消費するから何度も使えない技だけど、宇宙空間への適正補正でかなり使いやすくなっている。
「数が増えたからどうだって言うんだ!」
黒馬さんは残像に突撃して数を減らし始めた。
どれだけこちらの数が増えようが、見えている姿を全部破壊すれば問題ないと判断したんだろう。
ただ、どれだけ残像を消しても本体に追いつけなければ意味がない。
「黒馬さんがこのスピードに追いつくまでにどれくらいかかるかな?」
「舐めるな! 私はセプテントリオン筆頭、負けるわけにはいかないんだ!」
「私だってそうだよ。みんなにセレーネ打倒を託されてるんだから負けるわけにはいかない!」
「戦いだって、ゲームだって、何だって勝ち続けるんだ! そうしなきゃ誰も私を認めてくれなくなる! 萩里さんも、尾花さんも、負けた私なんか必要ないに決まってる!」
「……知らなかった。黒馬さん、そんな気持ちで戦ってたんだ」
「そんな気持ち!? 犬飼さんだってゲームをやるなら分かるでしょ!? ゲームは勝たなきゃ意味が無いんだよ!」
「ごめん。私、勝つためにゲームをやってるわけじゃないから」
「え?」
「楽しむためにゲームをやってるんだよ。勝っても楽しくないならゲームなんてやる意味がない。例え負けても楽しい方がいい」
「そんな姿勢で勝負をしないで!」
「それに私が戦ってるのも勝つためじゃない。ミラや鷲羽さんと一緒にいたいから戦ってるんだよ」
残像を使った追いかけっこのおかげで黒馬さんの動きは完全に把握できた。
どれだけ速くても関係ない。
次の瞬間、どこに、どの向きでいるのかさえ分かればそれでいい。
私はその場所にピタリと停止してファブリチウスを構えて狙いをつけた。
エネルギーを纏って槍となった白騎士の完全背後。
唯一エネルギーに守られていない後方の一点。
そこにファブリチウスの砲撃を放った。
「大切な人と一緒にいるためなら、私は負けない!」
ファブリチウスの砲撃が命中して、白騎士は爆発に巻き込まれた。




