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第141話 ステラムジカ③

「正面、セプテントリオンです!」


 ルミナスが破壊され防衛網の欠けたエリアに4つのステラ・アルマの機影が浮かんでいた。


 白いマントを纏った機体。

 大きな脚部を持った銀色の機体。

 背中から2本のタンクを生やした機体。

 槍を持った騎士のような機体。


 一列に並ぶ特徴的な機体は、セレーネ直属の部下であるセプテントリオンに間違いなかった。


「あれ、すばるちゃん。何か数が足りてなくない?」

「梅雨空さんの方に1体いるそうなので引き算すると2体足りませんね」

「分かった! あの金色の奴だ。最初にソラちゃんが戦った奴!」

「それにわたくしが戦った撫子さんの機体も見当たりません。前回の負傷が回復しなかったのでしょうか?」


 五月とすばるが気づいた通り桔梗の乗るアルカイドと撫子の乗るメグレズの姿がそこには無かった。

 

「伏兵? この状況で意味があるのでしょうか?」

「それかセレーネを守ってるとか」

「可能性はありますね」

「一応共有しておいた方が良さそうだね。みんな! セプテントリオンの数が足りない。もしかしたらどこかに隠れてるかもしれないから注意して!」


「「「了解」」」


 以前の戦いで自分達が取った戦法ではあるが、敵が潜んでいる可能性を考慮して戦うのは想像以上に気を使う。


 何しろ眼前には巨大ロボットが文字通り山のようにいるのだ。

 隠れる場所などいくらでもある。

 死角から狙われるかもしれない脅威は精神的な負担が大きい。


「双牛さん、敵の数が足りないようですがいかがいたしますか?」

「このままで問題ありません。五月さんの言った通り伏兵に警戒しつつ全員で攻め込みましょう。それに……」

「それに?」


 稲見がその説明を始める前に、セプテントリオンの機体の内2体が戦闘エリアから離れて行った。


 おみなえしの乗るアリオトと桃の乗るフェクダである。


「撤退した?」

「いえ。おそらく犬飼さんと梅雨空さんのところに向かったんだと思います」


 稲見はこれまでの戦いを踏まえて、おみなえしと桃は必ず二人を狙うと予測していた。

 本隊から離れたエリアに未明子と梅雨空を配置すれば敵の数が減らせるのも計算通り。


 本来7体を相手にするつもりだったのが、目の前に残ったセプテントリオンは2体だけだ。


「稲見ちゃん! 私達全員で残った二人と後ろの大きいロボットを倒せばオッケーってこと?」

「三つ葉さん、そう簡単にはいかないと思います。本隊相手にたったこれだけの戦力のはずがありません」

「え! まだ何か出てくるの!?」

「おそらくは……」


 敵もここに戦力が集中しているのは分かっている。

 その上であの2体を別行動させたなら、確実に何か他の戦力を用意しているに違いない。

  

 そう考えた稲見の読みも、やはり当たっていた。


「稲見ちゃん。左側の方、何か来ています」


 後方で索敵を担当していた毛房こころが月から何かが出てくるのを発見していた。

 

 稲見が言われた方を見ると、月の表面に黒い塊が蠢いていた。

 その塊はまるで黒い絨毯のように月の表面を進み、稲見達の正面あたりまで来ると宇宙に向かって飛び上がって来た。


 飛び上がった黒い塊は散り散りになり、一つ一つが黒い人影のようになる。


「まさかあれ……ロボット!?」


 影はロボットだった。

 ステラ・アルマと同程度のサイズのロボットが無数に月から出てきたのだ。


「何あれ気持ち悪ッ! いっぱいいる!」

「敵の戦力はセプテントリオンとルミナスだけではありませんでしたね」


 黒いロボットは共通武器のブレードとアサルトライフルを装備していた。

 接近戦と遠距離戦、どちらにも対応できる機体のようだ。

 性能がどの程度かは分からないが武器だけの火力ならばたいした事は無い。


 だが、数が多すぎる。

 

 群れをなした様はまるで巣から出てきたアリのようだった。

 月の前に整列するルミナスの巨体を覆い隠してしまいそうな大軍が、部隊の前に立ちはだかった。



「月に反抗する者達よ」


 その声は部隊全員に届いていた。

 セプテントリオンのリーダー熊谷萩里の声だ。


「よくぞここまで来た……と言いたいところだが、これは正式な戦いではない。よってこの戦いにはルールも存在しない。貴様らが我々を打倒するか、それとも全滅するか、そのどちらかしか道はない」


 白い巨大なロボット。

 黒い大群のロボット。

 そしてそのロボット達を従えるように、萩里の乗るドゥーベと尾花の乗るメラクが先頭に立つ。


「拠点防衛ロボルミナス。強襲ロボアンブラ。そして私達セプテントリオンが貴様らの相手をしよう」


 ドゥーベが鞘から刀を抜いた。

 銀色の美しい刀身が月に映える。


 その刀を部隊に向け、萩里は号令をかけた。 


「月よ、敵を攻め落とせ!」


 その号令と共に、月の軍勢が動き出した。

 凄まじい数の黒いロボットが部隊に向かって行く。


「みなさん! ここを突破します!」


 稲見の号令と共に、地球の部隊も動いた。

 全てのステラ・アルマが武器を構えて敵を迎え撃つ。 


 地球から遠く離れた月の見守る宙域。

 いまここで、地球と月の全面衝突が始まった。




 地球の部隊が相手をするのは黒いロボット「アンブラ」

 その名は影を意味し、光を意味するルミナスと対になっていた。

 

 月を背景にすればハッキリと姿が見えるが、背後に回られ宇宙を背にすると途端に視認しにくくなるのが特徴の機体だ。


 アンブラはとにかく数が多い。

 稲見は取り囲まれないように部隊を横長に広く展開した。


「5万体のルミナスにアンブラとかいうこの黒いロボット。月の戦力は無限か?」

「こだてちゃん、あまり離れないでね」

「分かっている!」

「みなさん。あらかじめ決めておいたグループを崩さないようにして下さい。単独になれば数に圧倒されます」

「了解!」

「おそらくこの敵もAI制御です。落ち着いて対処すればそう易々と破られません。それぞれの役割をこなして確実に撃破していきましょう」


 稲見の指示は的確だった。

 数は戦力。例えアンブラの性能が低かったとしても数が多いのはそれだけで脅威だ。

 孤立した瞬間に包囲され撃墜される。


 敵の数が多い時ほどチームワークで対抗しなければいけないのは何事においても変わらない。

 冷静に。慎重に。将棋の駒を進めるように戦うのが一番効果的なのだ。


 事実、防御と攻撃の役割分担がしっかりと機能し、部隊メンバーはアンブラを確実に撃墜していた。

 

 だがそんなお行儀のいい考え方をいとも容易く飛び越えていく者もいた。


 通信の繋がっていたメンバーが突然ざわつきだしたのが気になった稲見は、何かトラブルが起こったのかと状況を確認してすぐにその理由を理解した。


 部隊の右舷。

 こだてが指示を出すグループの方向。

 そこで多くの爆発が起こっていた。


 爆発はとめどなく続き、暗い宇宙空間でそこだけが明るく見える程だった。


「し、信じられない……」


 こだてがそう漏らすのも納得の光景がそこに広がっていた。


 1体のステラ・アルマが動く度にアンブラが4〜5体破壊されていく。 

 その動きは目で追えるギリギリの速度で、敵を攻撃して破壊しているのは分かった。


 それは五月の乗るツィーだった。

 

 いつの間にかアルセフィナから降り右舷に来ていたツィーは、地上とは比べものにならないスピードで動き回りアイヴァンとナビィを使って迫りくるアンブラを次々に斬っていた。


 時に一太刀で2体以上。まるで風船でも割るかのように軽く機体を切断していく。


 その勢いもあって五月に向かっていったアンブラはすでにほとんどが破壊されていた。


「五月さん!? そんなに飛ばして大丈夫なんですか!?」

「全然大丈夫だよ! ツィーってば宇宙だとすっごく調子がいいみたい。攻撃にほとんどアニマは使ってないよ。ただこれ以上速く動くと操縦席の衝撃緩和にアニマを使わないとマズイって」

「それ以上って……それよりもまだ速く動けるんですか!?」

「だってこれ地上だと普通に歩いてるくらいだもん」


 それを聞いた稲見、そして同じく通信を繋いでいたこだては目を丸くした。


 ステラ・アルマは宇宙の方が操縦しやすい。

 それは宇宙に出た時に全員が共通で感じた事だった。


 そしてステラ・アルマ自身も宇宙の方が適正が高い機体がいる。

 ツィーはまさにそのタイプだった。

 

「右舷のみなさん! 五月さんを主軸に攻めて下さい!」


 稲見の指示は早かった。

 五月の殲滅力は攻めの起点になる。

 起点を中心にした方が他の者も戦いやすい。

 何よりあれだけの力を持った者が前にいれば士気が上がる。


 事実、右舷で戦うメンバーは勢いがつき始めていた。


「稲見ちゃん。こだてちゃん。こっちも見ものですよ」

「こころさん?」

「ダイアちゃんがすっごくすごいの」

「こころ、何だって?」


 五月のいるエリアとは逆方向。

 左舷の方でも同じような状況になっていた。


 こちらで活躍しているのは音土居ダイアの乗るシャウラだった。


 シャウラはさそり座の名の示す通り赤い鎧に身を包んだ戦士のような姿をしたステラ・アルマだ。

 見た目が(いか)ついので動きは鈍そうだが、五月に勝るとも劣らないスピードで宇宙を飛び回っていた。


 手に持つ長槍を振り回しながら突撃しては周囲の敵を破壊していく。

 

 しかしよく見ると不自然な爆発が起きていた。

 シャウラの槍で貫かれ爆発した機体の近くにいた機体まで、同じように爆発しているのだ。


 他の機体の爆発に巻き込まれての誘爆では無い。

 ある程度離れた機体までもが突然爆発していた。


「ダイアちゃん、カッコいいですね」

「その声はこころさんですね。ありがとうございます!」

「聞いてもいい? どうやって攻撃してない敵までやっつけてるの?」

「これですか? シャウラの固有武装 ”アル・シャウラ” はロボットに対する猛毒を持っているんです。この槍で貫かれて破壊されると、その毒が付近にいるロボットにも飛び散ります。だから攻撃されていない機体も破壊されていくんです」

「凄いねえ。でもその毒はシャウラちゃん自身には効かないの?」

「シャウラにはある程度の毒耐性があるので槍が自分に刺さったりしない限りは大丈夫です! ただ他のみなさんには影響があるので私には近づかないで下さいね!」

「それは早く言って欲しかったなぁ」


 五月同様、ダイアを主軸に集合しようとしていたこころのグループはダイアから距離を取った。

 気づくのがもう少し遅ければ味方の攻撃に巻き込まれていたかもしれない。


「ふう。危うく全滅するところでした」

「ダイア! そういう大事な情報はあらかじめ共有しておきなさい!」

「この声は委員長ですか? 近くに姿が見えないのに声がする。これは興味深い」

「通信能力の説明はしただろう!? さてはお前、人の話を聞かないタイプだな!?」

「話ですか? 聞こえてますよ」

「……しくじった。コイツはポンコツだ。こころ、お前にそっちは任せるからな。うまくダイアを導いてやってくれよ」

「ええー荷が重い」

「え、何ですか? こころさんを狙えばいいんですか?」

「ふざけるなお前!」


(……ああ。戦闘になると話が通じなくなる人、前の世界にもいたな……)

  

 音土居ダイアのようなタイプに馴染みのある稲見は、彼女の性格は気にせずその凶悪な戦闘力だけに着目した。

 単体で五月ほどの戦力があるならそれを活かさない手はない。


「左舷のみなさん。音土居さんの援護をお願いします。音土居さんが戦いやすいように戦場を作ってあげて下さい。ただし近寄りすぎないように!」


 左舷で暴れてもらえる環境を作るのがベストだと判断した結果だった。

 暴れたい人は好きなように暴れさせておくのが一番効率がいい。

 

 右舷をこだての指示のもと五月を攻めの起点に。

 左舷をこころの指示のもとダイアを攻めの起点に。

 そして中央は志帆の操縦するアルセフィナを中心とした部隊で攻める形を取った。

 

 帆船に変形したアルセフィナの上には防御専門のサダルメリクが搭乗。

 更に各世界の射撃部隊も乗っていた。


 アルセフィナの機動力を活かして戦場を飛び回りながら敵を撃ち落としていく戦法だ。


「三つ葉さん。射撃部隊はもう少しスピードを出しても狙えるそうです」

「了〜解〜。みんな優秀だね!」


 宇宙を縦横無尽に移動するアルセフィナにアンブラは全く追い付けない。

 距離が離れたところで甲板に乗っている射撃部隊の攻撃により一方的に破壊されていた。



 右。左。中央。

 どこのエリアも敵の大群に引けを取らない攻めを見せていた。


(ここまでは上々。でも問題は……)


 戦況は悪くない。

 突然出現した大量のロボットにも十分対応できている。

 

 ただし、忘れてはいけない敵がいるのだ。


「あきなッ!!」


 通信が繋がったままの稲見の操縦席に、こだての悲痛な声が響いた。


 稲見が右舷に視線を向けると味方のステラ・アルマの両腕と両脚が斬り落とされ、爆発するのが見えた。


 爆発の向こう側、月を背中に白いマントの機体が刀を構えていた。


 稲見にとっても因縁の機体。

 セプテントリオンのリーダー機、ドゥーベだ。


「セプテントリオンウーヌス熊谷萩里。敵を殲滅する!」


 萩里の乗るドゥーベが右舷の部隊に突進していった。


 突然現れたセプテントリオンの機体と、味方が撃墜された事に動揺した右舷部隊はフォーメーションを乱されていく。


「みんな、離れるな! 固まって攻撃をしのげ!」


 仲間を失いながらも必死で指示を出すこだてだったが、その圧倒的な強さを持った萩里を止めるには至らなかった。


 距離を詰められた味方機がまた攻撃され、破壊は免れたものの戦闘不能に陥った。

 

「まずい! 右舷のみなさん……」


 稲見が部隊に下がるように指示を出そうとした時、ドゥーベに斬りかかる機体があった。


 ドゥーベは突然の攻撃を刀で受け止める。

 斬りかかったのは五月の乗るツィーだ。


「やっほー萩里」

「ごきげんよう、五月」


 二人は街中で偶然会った友人のように挨拶を交わした。


「とうとう月まで来ちゃった」

「いずれ来るだろうと思っていたよ。どうだい月は? 思っていたより殺風景……だろう!」


 萩里が刀を弾き返し、五月に斬りかかる。

 五月はそれを後方にかわすとすぐにまたアイヴァンで斬りかかった。


 再び刀で斬撃を防ぐ萩里。

 2体のステラ・アルマは顔が接触しそうなほど接近した。


「月ってもっと綺麗なところだと思ってたよ。でもそういうのって誰から伝わったイメージなんだろうね? だって石の塊が綺麗なわけないのにさ」

「空に浮かぶ幻想的なものに夢を抱くのは当然のことだ。何故なら地上には夢などないからね」

「あらま萩里ってば現実主義」

「夢を見たって誰も何もしてくれない。欲しいものは自分で手に入れるしか無いんだ!」


 萩里と五月の間で幾度となく斬り合いが起こった。

 光が瞬くほどの一瞬に、何号もの斬り合いが交わされる。


 五月は萩里と攻防を繰り返しながら次第に部隊から離れて行った。


 萩里を遠ざける目的もあったが、自分達の戦いに巻き込みたくなかった。


 いや、それは正確ではないかもしれない。


 正しくは誰にも邪魔されないところで萩里と戦いたかったのだ。


「ツィー。今度こそやるよ!」

『分かった。無理し過ぎるなよ』


 萩里の斬撃を弾き、五月は間合いを取った。

 

「アウローラ!」


 ほんの一瞬。

 その一瞬で五月はアウローラを発動させた。


 前回五月はアウローラを発動させられなかった。

 指を切るための小刀をしまっておいたせいでそれを取り出す隙がなかったのだ。


 だから今回はいつでも指を切れるように操縦桿の近くに小刀を括りつけ、腕を動かすだけで切れるようにしていた。

 その甲斐もあってスムーズにアウローラの発動に至ったのだった。


 アウローラの発動によってツィーの体、特に上半身を中心に赤い模様が浮き上がった。

 太い葉脈のような模様が左半身を覆い、さながら赤い龍が体に巻きついているようにも見える。


「それがアウローラか! ならばこちらも!」


 ドゥーベが白いマントを脱ぎ去りバックパックに収納された6本の腕を展開する。

 増えた腕は鞘に収められた6本の刀を抜き、8手8刀の戦闘形態となった。


「稲見ちゃんから聞いてたけど凄いね! その腕は全部動かせるの?」

「無論だ。我が固有武装、愛染明王陣。参る!」

「あいぜ……何て言った!?」


 萩里が8本の腕を駆使して五月に斬りかかった。


 1体のステラ・アルマに対して8刀での斬撃。

 その気になれば8方向からの攻撃も可能とあっては避けようが無い。


 本来この形態を取ったらすぐに距離を取るべきなのだ。

 固有武装を展開したドゥーべは接近戦においては無敵に近い。

 

 ……ただし相手が常識の範囲の存在ならば。


 五月はその8本の腕から繰り出される斬撃全てを2本の刀で捌いていた。


 萩里がどこから打ち込もうとも目にも止まらぬスピードで弾き返し次の斬撃に対応する。


 手数で勝っている萩里が攻めきれないのは異常な光景だった。 


「何なんだ一体!?」


 萩里は驚愕していた。


 萩里の乗るドゥーべは特別な2等星。

 更にセレーネによる改良を受けている。

 性能だけで言えば1等星にも引けを取らない機体だ。


 そのうえ萩里は百戦錬磨。

 おそらく全てのステラ・カントルの中でもトップレベルに戦闘経験値の高い人物だ。


 その萩里の攻撃を五月は捌いている。

 勿論まだ全力を出しているわけでは無いが、さりとて手を抜いているわけでもない。

 

 自分の手で五月を仕留められるならそれが一番安全に五月を確保できるのは間違いないのだ。


 だから萩里は戦闘不能にするつもりで攻撃を加えている。

 それなのにダメージを与えるどころか命中すらしていない。


 萩里の一番守りたい相手は、萩里の立派な脅威になっていた。


「……まさかここまでやるとは……」

「前回無様に負けちゃったからね! 今日のアタシは強いよお!」

「強いどころじゃないさ。その力、セプテントリオンに欲しいくらいだ」

「また勧誘? 萩里ってば本当にアタシのこと好きだよね」

「何を今更。私がどれだけ五月を愛していると思っているんだ!」

「そんな叫ばれたらさすがに照れるわ!」 


 二人の斬り合いを離れたところから見ていたこだては呆気に取られていた。


 ……レベルが違いすぎる。

 目で追うのがやっとの攻防を、あの二人はずっと繰り返している。


 特に五月がおかしい。

 敵の8回攻撃を2本の刀で捌き切っているのは手品か何かだと思った方が気が楽だった。

 あれを動体視力で行っているのなら、脳の処理速度はもはや人間ではない。


 こだては自分達の世界が五月と敵対しなくて良かったと心の底から安堵した。


「……いかん。呆けている場合ではない。五月さんがセプテントリオンを抑えてくれているなら、その間に私達がここを突破しなくては」


 気持ちを切り替えたこだては部隊の立て直しを図った。

 散り散りになってしまった仲間を集合させて陣形を整える。


「右舷部隊、このまま月に向かう! 敵を突破するぞ!」


 

 

 右舷で五月と萩里が戦闘している中、中央ではアルセフィナが足止めをくらっていた。

 高速で移動する銀色の機体が現れて進路を妨害しているのだ。

 

「あの機体、セプテントリオンのサブリーダーですね」


 脚部が異常に膨れているその機体は、両脚に装備したブースターでアルセフィナの周囲を飛び回っていた。

 射撃部隊が撃ち落とそうと試みるも速すぎて攻撃が全く命中しない。

 

 そして射撃が止んだスキをついて手に持った見た事のないタイプの銃で攻撃をしかけてきた。


 志帆はその攻撃を何とか回避し続けているが、アルセフィナの巨体で完全にかわし切るのは難しく船体のどこかにはダメージを受けていた。


「何あいつ! アルセフィナより速いとかムカつくんですけど!?」

「志帆さん、あの機体は速い上にバリアを使います。相手をするだけ無駄です」

「そうは言ってもあいつがウロウロしてるせいで黒いのが減らせないんだよね。全然先に進めないよ」

「倒せない敵と言うのは厄介ですね。しかも今回は攻撃まで仕掛けてくるとは……」


 今回、宵越尾花の乗るメラクは射撃武器を装備していた。

 銃床ストックのある肩に乗せるタイプの長銃で、高速で動き回りながらでも高い命中力を誇っていた。


 弾は実弾ではなく赤いビーム。

 威力は並のステラ・アルマなら一撃で破壊できる程だ。

 

 これは共通武器ではなくセプテントリオン専用の射撃武器で、特殊なエネルギーを使用するため月の近辺でしか使用できない。


 セプテントリオンの機体は近接戦闘タイプが多く、敵との距離が離れる月の防衛戦用に開発された武器だった。

 

「でっかい船。こういうステラ・アルマもいるんだねー」


 尾花は高速で移動しつつ攻撃を続けていた。

 目的は敵の撃破ではない。

 月への進路の妨害、そして射撃部隊によるアンブラへの攻撃の妨害をする為だった。

 

 尾花が邪魔をすれば射撃部隊は尾花を攻撃せざるを得ない。

 そうなればアンブラへの対処ができなくなりいずれ数に圧倒される。


 そしてそうならないように、どう対応してくるのか。

 それが尾花の一番の狙いだった。


「仕方ありません。メリク、行きますよ?」

『誘い出された感があるけど、まあ、いいか』

「三つ葉さん。わたくし達はここで降ります」

「了解! こっちはこっちで何とかするから任せてー!」

「よろしくお願いします」


 志帆が少しだけ速度を落とすと、すばるはアルセフィナの甲板から飛び降りた。


 すばるが飛び降りたのを確認した志帆は再び速度を上げて移動していく。


 アルセフィナの妨害をしていたメラクは追いかけるのを止め、すばるの前までやってきた。


「うん。作戦成功。こうすれば出てくるしかないよね」

「別に言っていただければ来ましたのに。わたくし達は逃げも隠れもしませんよ?」

「知ってるー。でも一応仕事はしとかないと後で怒られたら嫌だし」

「いかがなさいますか? リーダーの方が来られるまで待ちますか?」

「ううん。大丈夫」

「そうですか、では……」


 すばるは操縦席で小刀を取り出し自分の指先を切った。

 赤い血が流れ手の平を濡らす。


 血濡れになった手で操縦桿を握ると、すばるの血液がサダルメリクの体を巡った。


「アルデバラン、出番です!」


 すばるの声に応えるようにサダルメリクの関節の隙間から黒い煙が噴き出した。

 煙はサダルメリクの姿が見えなくなる程に吹き出し周囲を覆った。

 

『オオオオオオオオオオッ!!』


 突如唸り声が響く。


 その声と共に黒煙の中から巨大な2本の角を持った機体が飛び出して来た。


 灰色の鋭い装甲を纏った巨体。

 胴体のように太い腕と脚。 

 羽を毟られ骨組みだけになった翼のように背中から突き出した4本の円柱。


 猛々しいという言葉をその身で体現したようなステラ・アルマ。

 おうし座1等星のアルデバランが姿を現した。


『……そこの銀色下半身デブ、いいのか?』

「え? なに?」

『8本腕が来る前に、お前は死ぬぞ?』

「怖ッ。いきなり脅された」

『脅しじゃない』


 アルデバランは背中の武器ランパディアースを引き抜き、メラクに向けた。

 ランパディアースの先端からは小さな炎が出ていた。


「それって炎を出す武器だよね? 酸素のない宇宙だと不向きなん……」

 

 尾花の言葉は最後まで発せられなかった。

 その前にランパディアースの先端から炎が吹き出しメラクを飲み込んだからだ。


 炎の規模はアルデバラン本体の数十倍に及んだ。


 ステラ・アルマ1体など余裕で飲み込むほどの巨大な炎がランパディアースから吹き出され、はるか遠くにいたアンブラを何十体も巻き込んで一瞬で蒸発させた。


『逆だ馬鹿め。この武器は宇宙でなら最高火力を出せるんだよ』



 1500万度の炎が暗い宇宙を灯した。


 敵も味方も、この宙域で戦っていた全員が

 その炎がもたらした災厄を目撃したのだった。



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