第135話 はじまりのセツナ③
月の基地。
管理者であるセレーネが増築を続ける施設である。
この基地はセレーネが月の管理者になるもっと前から存在していた。
気の遠くなるような時間をかけて、セレーネはこの基地を自分好みに改造していたのだ。
その最たる物が最近造られた日本家屋風の住居だ。
日本人なら誰もが持っている農村の原風景の中にあるようなこの住居は、素材にこだわって繊細に造られていた。
そのため一度部屋の中に入ってしまえばそこが月だと忘れてしまう程の完成度だった。
その昔馴染みの住居にセプテントリオンのメンバーが集められていた。
集められたのは黒馬おみなえし、斗垣・コスモス・桔梗、和氣撫子の三人。
つまり前回の戦いで戦闘不能に陥った三人だ。
戦いの管理者たる月の精鋭部隊。
その精鋭部隊が情けなくも戦闘不能にまで追い込まれたのだ。
お叱りを受けるのも当然だろう。
だが当のセレーネは叱るどころか、どういう訳か三人に鍋を振る舞っていた。
部屋の中心に置かれた炬燵の上には、具材がたっぷり煮込まれた鍋が美味しそうな匂いを醸し出している。
隊服で炬燵に収まる三人はどうしていいか分からず、鍋が煮えるのをただじっと見つめていた。
「やっぱり冬は鍋だねえ。我の好みでごま豆乳にしちゃったけど三人とも苦手じゃなかったかい? 特に桔梗ちゃんは海外の子だよね。嫌いな物とかあったら言ってねえ?」
「あ、いえ。僕は祖父がイギリス人なだけで、生まれも育ちも日本ですよ。嫌いなものは納豆だけです女神セレーネ」
「あら。納豆ダメなの美味しいのに? おみなえしちゃんと撫子ちゃんは? 嫌いなものとか大丈夫?」
「私は好き嫌いは無いから大丈夫です」
「私は……ごめんなさい。キノコ類がダメで」
「ほう撫子。キノコがダメなのか。あんなプリティーな見た目をしているのにどこがダメなんだい?」
「まさにその見た目だよ。何で菌の塊があんな形をしてるのか意味不明なんだよ」
「それを言い出したら全ての食材の形が疑問じゃないか。ロマネスコなんてフラクタル形状をしているんだよ?」
「なにロマネスコって。絵の具?」
「ブロッコリーの一種だね。おひたしにすると美味しいよ」
「セレーネ様。私ブロッコリーもダメでした」
「おいおい。僕のオススメを無下にするのかい? 女神セレーネ。今度ロマネスコパーティーをやりましょう」
「やめてよそんな奇祭。桔梗一人でやって」
謎のケンカを始める桔梗と撫子。
呼び出しを受けているのにこの二人に緊張感は無いのかと、おみなえしは一人ハラハラしていた。
セレーネはにこやかにそのやり取りを眺めている。
だが内心は何を考えているのか分からない。
次の瞬間、君達は処分だねと言い出すかもしれないのだ。
巻き込まれたくないおみなえしは鍋の中で煮える白菜に視線を落としていた。
「そろそろいいかな。おみなえしちゃん、後ろに炊飯器があるからご飯よそって貰えるかな?」
「は、はい! えーと……お米食べる人?」
「はい!」
「はい!」
「セレーネ様は……」
「我も頂こうかな。お椀にちょびっとでいいよお」
「分かりました」
炊飯器から白米を茶碗に盛り付けながら、自分が何をやっているのか分からなくなっていた。
この集まりの趣旨は一体なんなんだ。
ペナルティを受けるとか説教されるとかじゃないのだろうか。
どうしてみんなで鍋を囲う事になったんだろうか。
そもそもこんな真っ白な服を着て鍋とか、服を汚さずに食べるのなんて不可能じゃないだろうか。
もしかしてこの状況がすでにペナルティなんじゃないだろうか。
頭に湧いてくる様々な疑問をねじ伏せ、とりあえず言われた通りに全員分のご飯をよそった。
「それじゃあ、いただきます」
「「「いただきます」」」
そして普通に食事が始まってしまった。
「おや女神セレーネ。このお豆腐美味しいですね」
「それねぇ。お豆腐屋さんのお豆腐。余分な加工がされてないから美味しいよねえ」
「セレーネ様。ゆず胡椒とって頂いてもいいですか?」
「撫子ちゃんゆず好きなんだ。はいどうぞ」
桔梗も撫子も何の疑問もなく鍋を堪能していた。
しかも二人ともセレーネに対して全く物怖じしていない。
尾花もセレーネに対して砕けた態度を取っているが、彼女の場合は付き合いの長さとそうする事でセレーネとセプテントリオンの関係を良くするためだ。
この二人にそういった意図は無い。
まるで祖母の家に遊びにきた子供のような態度でセレーネと接していた。
無知はいつでも凶器。
この二人はまだセレーネの恐ろしさを理解していない。
和やかに鍋を囲む光景は、しかしおみなえしには胃が痛くなる光景でしかなかった。
「ところで女神セレーネ。どうして僕達を呼び出したのですか? てっきりお説教でもされるものだと思っていたのですが」
怖いもの知らずの桔梗が自ら地雷原に突っ込んで行った。
更におみなえしの胃がキリキリと痛む。
「お説教なんてしないよお。三人とも落ち込んでるかもしれないから元気出してもらおうと思って誘っただけだよ。あれだね。慰労会?」
「そうだったのですね! 何とお優しい。撫子などここに来るまで真っ青な顔をしていたんですよ」
「桔梗だって口がへの字になってたじゃん」
「我そんな事で怒ったりしないよお。それに今回はしゃしゃり出てきた1等星の連中にしてやられたからねえ」
「フォーマルハウトとアルデバランですね」
「あとアケルナルだね。あの別世界の子達はアケルナルが集めて来たんだって」
「アケルナルと言うとエリダヌス座の1等星ですね。なぜ彼女がそんな事を?」
「どうも月への反乱分子を集めて一斉に攻めてくるつもりみたいだよお」
今回の戦いの撤退後、セプテントリオンのメンバーはその場ですぐに解散となった。
突然乱入してきた他の世界に関してはセレーネ側で調査する事になっていた為、今ここで話を聞くまで何も知らされていないままだったのだ。
「後で全員に周知するけど9399世界に別の世界の反乱分子が加わって大規模な戦いが起こると思う。おそらく月での防衛戦になるんじゃないかな」
「それはいつ頃でしょう? まだアリオトも、その他のステラ・アルマも回復が終わっていません」
「我も予想がつかないね。準備が整ってからだと思うから、すぐに攻めては来ないと思うよ」
前回の戦いで負傷したフェクダと違って今回負傷したステラ・アルマ達はすぐに月の医療機関に送られた。
メラク以外の全ての機体が負傷していた為、さしものセレーネもステラ・アルマに対する嫌がらせを狭む余地は無かったのだろう。
月の防衛力は強固だ。
しかし抜け穴はいくらでもある。
特にフォーマルハウトのように好きな場所を行き来できるような能力を持っていたら基地内部への侵入など容易だ。
敵の勝利条件はセレーネを倒すこと。
月の防衛に気を取られてセレーネを裸にしておけば敵は必ずそこを狙ってくる。
侵入への対策を立てるのは必須だった。
「早速リーダーを中心に作戦を考えます」
「よろしくねえ。ステラ・アルマは急いで修理させるから7体とも戦える計算でいいよ」
「承知いたしました」
ここだ。
このタイミングで退散するのがベストだ。
そう判断したおみなえしは、茶碗に取った物を完食して箸を置いた。
「ごちそうさまでした。それでは私は失礼します」
「あれぇ。もう行くの?」
「今の話を早くみんなに伝えたいので」
「そっか。桔梗ちゃんと撫子ちゃんはどうする?」
「僕はせっかくの女神のご厚意だから最後までいさせてもらおうかな」
「桔梗がいるなら私もいる」
この二人は本当に神経が図太い。
どうせ作戦立案にこの二人は必要ない。
いたらいたで桔梗が鬱陶しい。
おみなえしは放っておく事にした。
「おみなえしちゃん。萩里ちゃんと尾花ちゃんに伝えて欲しい事があるんだ」
「何でしょうか?」
「月で戦うなら好きなようにしていいからねって」
「……それはどういう意味ですか?」
「敵の中に憎いステラ・アルマがいるんでしょう? 月なら戦力はいくらでもあるから萩里ちゃんと尾花ちゃんが個人的な戦いをしても大丈夫だよ」
「セプテントリオンが私情で戦うのを許すのですか?」
「人の強い気持ちは蔑ろにしちゃいけないよ。人は強い気持ちがあれば探し物にだって命をかけるからね」
「……分かりました。二人に伝えます」
おみなえしは立ち上がって一礼すると、静かに部屋を出て行った。
その姿を見送ったセレーネは小さくため息をつく。
「みんな忙しいねえ。いや、我のために動いてくれてるんだから感謝しなきゃなんだけどさ」
「女神セレーネ。質問をよろしいですか?」
「うん。どうぞお」
「複数の世界が手を組んで月を攻めるのはルール的にはありなのでしょうか?」
桔梗の質問に対してセレーネは少しだけ表情を固くした。
「それを禁じるルールは無いねえ。そもそも月の存在に気づいても他の世界と協力しようなんて考えないからね」
「そうなのですか?」
「だってメリットが無いし。協力して月を倒しても戦いを免除されるのは中心になった世界だけだよお」
「それは確かに。協力した世界まで対象になるなら極端な話、全ての世界で手を組めばいいという事になる」
「だから今回は何か企んでると思うんだよね。アケルナルが悪巧みしてるんじゃないかな」
「女神セレーネは月なら余裕で迎撃できるとお考えなのですか?」
「そんな事はないよ。まさかこんなに大勢攻めてくるとは思ってなかったし。しかも1等星が複数いるなんて、いつかを思い出すねえ」
「その割にはあまり慌てていないように見えますね」
「我、慌てるの苦手なんだよ。慌ててもいい事ないからね」
再びふにゃふにゃの顔に戻ったセレーネは、鍋から白菜を取って美味しそうに食べた。
セレーネの表情が固くなった事にいらぬ質問をしたかと思っていた桔梗はその顔を見て安堵する。
「敵が大勢攻めてこようとも、今度こそこの斗垣・コスモス・桔梗。女神セレーネの納得のいく活躍を約束いたしましょう」
「おおー。期待してるね。あ、そうそう。その件で桔梗ちゃんに相談があるんだったよ」
「僕ですか? 何なりとどうぞ」
「私も聞いてて大丈夫ですか?」
「いいよお。あのね……」
セレーネの相談事に対して最初は熱心に聞いていた二人だったが、話が進むうちに雲行きが怪しくなっていった。
桔梗はセレーネの言葉に心を奪われたように関心を向け、何度も感嘆の声をあげた。
逆に撫子はセレーネの独善さに気分が悪くなり、今は一刻も早くここから立ち去りたいと思っていた。
撫子はこの時になってようやくこの女神が恐ろしい存在なのだという事を認識したのだ。
桔梗と撫子。
二人を隔てる溝が決定的になった瞬間だった。
セレーネの慰労会から戻ってきたおみなえしはセプテントリオンそれぞれに与えられている私室の前にやって来た。
慰労会とは名ばかりの変に気疲れする、言うならば疲労会のせいで逆に元気を失っていた。
自分の世界に戻る前に部屋でひと眠りでもしようかと考えていたところ、そこに萩里が現れた。
「お疲れ様」
「あ、萩里さん!」
「セレーネ様からの呼び出しは大丈夫だったかい?」
「はい。別に罰とか無かったですし、お説教もされませんでした」
「そうか。では何をしていたんだい?」
何をしていたと問われると非常に困る。
一体自分は何をしていたんだろう。
考えあぐねた末、あった事をそのまま答えるしかなかった。
「えーっと……鍋をつついていました」
「鍋?」
「相変わらずワケ分かんないわねあのお婆ちゃん」
「こら桃!」
「行ってきまーす」
「待て尾花。当たり前のように参加しに行こうとするな」
「ひッ! 萩里さんツッコミ大変ですね」
おみなえしは萩里に連れられて尾花の部屋にやって来た。
部屋には残りのメンバーが全員集まっていて、おみなえしの帰りを待っていた。
特にセレーネからの呼び出しがあった訳ではない。
敗北した三人が召集を受けたと聞いて自主的に月に集まっていたのだった。
私室なだけあって尾花は隊服を脱いで私服姿だった。
桃も上着を脱いでラフな格好でソファに座っている。
その隣に立っている藤袴も上着は脱いで楽な格好をしていた。
こんな時でも律儀に隊服に身を包んでいるのは萩里だけだ。
おみなえしも上着と帽子を脱ぐと、桃の向かいのソファに座った。
「で、鍋を食べただけで帰ってきたの?」
「そうだよ。だって他に何もなかったし」
「あの二人は?」
「何か楽しそうにしてたから置いてきた」
「あっそ」
言葉こそ素っ気ないが、桃なりに二人の心配をしているのが伺えた。
何せ相手はあのセレーネだ。
任務を果たせなかった者に何を言い出すか分からない。
「あのお婆ちゃん本当に逆らいさえしなければ無害よね」
「セプテントリオンが任務に失敗するなんて初めてだもんねー。流石に怒られるかと思ったけど大丈夫そうで安心した」
「しかしその分セレーネ様の評価を落としている。次で挽回しなければ私達もどうなるか分からないぞ」
「あ、それについては私から共有があります」
おみなえしは先程鍋をつつきながら聞いた次の戦いに関する話を全員に伝えた。
「予想通り次は月での防衛戦か」
「ひッ! 今度は1等星3体を含めたあの人数と戦わなきゃいけないんすね」
「月にはルミナスもいるし大丈夫でしょ? それにあのお婆ちゃん新しいロボットも造ったって言ってなかった?」
「名前は確か……アンブラだな。どんな性能でどれくらいの数がいるのかは聞かされていないが」
「アンブラ。脂っこそうな名前だね」
「前回月で戦ったのっていつでしたっけ?」
「ひッ! 半年くらい前っすね。でもあの時はルミナスが全員倒しちゃったので私達の出番は無かったですね」
「で、どうするのリーダー? 次の戦い」
全員の視線が萩里に注がれる。
「……皆が言いたい事は分かる。次は相性を考慮して戦おう。フォーマルハウトには私。アルデバランには尾花。アルタイルは引き続きおみなえし。五月には撫子。その他は桔梗と藤袴に任せよう。あの悪魔のような機体は桃が担当で構わないね?」
「あら随分賢いお答えね。でもそれでいいの?」
「何が言いたいんだい?」
「萩里の目的は何?」
「無論、敵の殲滅による月の防衛と犬飼未明子の捕獲だ」
「違うでしょ? 五月とその仲間を引き入れるのと、アルデバランをぶっ殺すことでしょ?」
「それは個人的な目的だ。セプテントリオンとしての目的ではない。それに桃も言っていただろう? 私情で戦う者はセプテントリオンに相応しくないと」
「言ってないわ。私は私情で部隊を窮地に陥れる奴って言ったの」
「同じ事だ」
「同じじゃないわよ。再会したい相手を望むのと、死ぬほど憎らしい相手を倒すことの何が悪いのよ。萩里は自分の為の戦いをしなさい」
ここにいる五人の内、アルデバランに因縁があるのは萩里、尾花、桃の三人。
おみなえしが萩里の考えに反対した事はなく、藤袴は誰かが意見を持っていればそれに添った行動をするタイプだった。
つまりこのメンバーの中に萩里に否定的な者はいない。
「……個人的な感情は毒だ。部隊をまとめる者として浅はかな決定は出来ない」
萩里はセプテントリオンのリーダー。
その責任感と前回の戦いでの判断ミスが個人的な思いを阻んでいた。
恐らくこのまま説得を続けても首を縦には振らないだろう。
萩里が真面目で融通が効かないのはみんな分かっていた。
そしてそれはセレーネも。
だからこそおみなえしに言伝を頼んだのだ。
「萩里さん。実はセレーネ様から伝言があります」
「セレーネ様から?」
「月で戦うなら好きに戦って構わないそうです。戦力は十分あるから個人的な戦いも認めるとおっしゃられていました」
「セレーネ様がそのようなお言葉を?」
「さっすが年の功。萩里の気持ちなんて見透かされてるじゃない」
「セレーネ様も萩里さんが一番パフォーマンスを発揮できる戦いを期待しているんだと思いますよ」
それは萩里に対して覿面の言葉だった。
セプテントリオンはセレーネの為に存在する。
そのセレーネが好きに戦えと命令しているのだから萩里が悩む理由はもう無い。
「そうか。セレーネ様にまで気を使わせてしまったな」
「別にいいじゃない。これで憂いなくあの牛をぶっとばせるでしょ?」
「今度こそ私達で決着をつけようよ、萩里」
尾花が両手で萩里の右手を握った。
その優しい感触が、萩里に決断を促す。
「……すまない。みんなには世話になる」
「大丈夫だよ。萩里がお世話してくれる方がずっと多いから。これからも私達をお世話してね」
「アルデバラン以外の敵は私達に任せてくださいね!」
「あら。前回負けた人が何か大きいこと言ってるわ」
「うるさいよ桃。あとパンツ見えてる」
「ちょっ! 見てんじゃないわよ!」
「そんな短いスカート履いてるのに足癖が悪いから見えるんだよ」
桃がスカートを抑えながらおみなえしに蹴りをお見舞いした。
その様子に全員の顔が綻ぶ。
「ひッ! でもアルデバランに萩里さんと尾花さんが取られるならフォーマルハウトはどうしましょうね」
「あいつゲートを使って逃げまくるから私達じゃ相性が悪いのよね」
「いや、月で戦うならそうでもないさ」
「何か対策でもあるの?」
「簡単な事だ。逃げ場の無いほどルミナスを配置してやればいい。どこに逃げても砲撃が狙っていればゲート移動も容易ではないだろうよ」
「ふーん。逃げ先を潰すのはいいアイデアね」
「ひッ! ルミナスを逃走防止用の壁にするんすね。それならフォーマルハウトは私が戦います」
「アンタこの前フォーマルハウトにボロカスにやられてたじゃない」
「それは桃さんもじゃないっすか。あとパンツ見えてますよ」
「お、お前もかー!」
「ひッ! ああいう相手とはまともに戦っちゃダメっす。ミザールで理不尽を押し付けちゃうのが一番手っ取り早いです」
「ミザールの鎌ずるいよねー。メラクの防御壁も消しちゃうもんね」
「発生にアニマが関わってるなら何でも3回触れればオッケーっす。射撃とかは早すぎて無理ですけど」
藤袴が珍しく得意げな顔で答えた。
セプテントリオンの中にも役割がある。
萩里は戦闘指揮。
尾花は防御を基礎としたサポート全般。
桃と撫子は特攻。
桔梗は援護攻撃と広域制圧。
一番の実力者であるおみなえしは、敵の中で一番強い相手と戦う。
その中で藤袴は未知の敵を受け持つ事が多かった。
ミザールの固有武装であるアルコルは敵の能力を分析するのに向いており、バッティスタはどんな強い相手でも触れさえすれば戦闘不能に追い込める。
2つとも癖の強い固有武装ではあるが、使い所を間違えなければどんな敵にも対応できる能力を持っている。
能力の底が知れない相手と戦うにはうってつけだった。
「ひッ! 最悪時間稼ぎに徹するんで、戦い終わった人から助けて欲しいっす」
「結局人を頼るんじゃない」
「強い敵を引きつけておくのは有効な戦法だよ。この前だって私が犬飼さんとの戦闘を早く終わらせていたら結果は違ってた。フォーマルハウトを引きつけられたらそれだけでアドバンテージなんだよ」
「そうそう。だから桃が冬空さんにかかりきりになってるのは本当はダメなんだよ?」
「はあ!? この前はさっさと決着つけて桔梗を助けに行ったでしょうが! あと冬空じゃなくて梅雨空よ!」
「おー。またパンツ見えてるよ桃。いい眺めー」
「ふぐっ!」
「興奮してすぐ膝を立てるから見えちゃうんだよー」
「じゃあ興奮させないでよ!」
桃はソファから立ち上がって尾花の元までドスドス歩いて行くと、両手で尾花の頬をつねり上げた。
「な、なんれわらひらけー」
「アンタのは何かムカつくのよ!」
「ひッ! どうでしょうか、萩里さん?」
「ではフォーマルハウトは藤袴に任せるよ。五月を含めた残りの敵は桔梗と撫子、それにルミナスで対応してもらう。他の世界にも手強い相手がいるかもしれない。できるだけ各々の戦闘を短くして敵の勢いを削ごう」
「あの二人に五月を任せちゃって大丈夫なの? 特に桔梗は前回も全然命令を聞かなかったわよ?」
「ふむ。そこは桃が素早く敵を倒してフォローしてくれると信じているよ」
「うっ……分かったわよ。任せておきなさい」
萩里はリーダーという立場から部隊全員の力量を把握していた。
それぞれの機体の相性や得意な戦い方、どれだけの人数に対応できるかも概ね理解している。
その上で桔梗と撫子では五月には勝てないと分析していた。
前回の戦いでしばらく五月の戦いを観察していた萩里はその能力の高さに目を奪われた。
動きの無駄の無さ。
攻めと引きのセンス。
状況判断の正確さ。
こと戦いにおいて五月の強さは萩里の知る五月よりも遥かに上だった。
もし五月の乗る機体が性能の高い1等星であれば、恐らくセプテントリオンは誰も敵わないだろう。
それくらい九曜五月は強い。
決して色メガネではない正確な分析でその結論を出していた。
つまり桔梗と撫子ではルミナスの戦力を加えたとしても五月を殺してしまう心配は無い。
桃が駆けつけない限り五月がやられる事は無いと判断していたのだ。
「ふん。何でもかんでも私に任せておけばいいのよ! うまいことやってやるんだから!」
「ひッ! 桃さんはやる時はやる女ですからね」
「藤袴さん、あんまり褒めると調子に乗るからやめた方がいいですよ」
「何で今日はそんなにつっかかって来るのよ、おみなえし!」
「頼りにしているよ桃。あと、その……また下着が見えている」
「萩里まで! 分かってるなら見ない努力をしなさいよ! 何でみんなわざわざ報告してくるのよ!」
「もも、ほろほろはなひへ……」
真面目な萩里でも、この仲間達といれば表情を緩めずにはいられなかった。
それくらい居心地のいい空間だったのだ。
セプテントリオンは悪の集団ではない。
それぞれが自分の世界を守るために戦っているだけの少女達だ。
こうやって集まれば普通に話すし、自分の世界に戻れば年相応に生活している。
立場は違えど未明子達と何も変わらない。
その普通の少女達が、笑って過ごせる
これが最後の時間となった。




