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第134話 はじまりのセツナ②

 

 九曜(くよう)五月(さつき)羊谷梅雨空(ひつじたにつゆぞら)はとあるカフェで向かい合っていた。


 二人とも浮かない顔で机の上に頬杖をついている。

 

 梅雨空のアイスティーはすでに飲み干され、残った氷が溶けた水をストローで吸い続けていた。


 五月から見ても梅雨空は美人で、アイドルを自称するだけあって化粧にも服装にも気を使っているのが分かる。


 その隙の無い美人が目の前でストローを不満気に齧って、水をひたすら啜っているのは少々珍妙な光景だった。

 

「ソラちゃん、別のを注文したら?」

「いいの。頭が冷えてちょうどいいわ」

「いいならいいけどさ」

「それよりごめんなさい五月さん。呼び出したなら私の部屋に招待すべきだったんでしょうけど、いまムリが寝込んでるのよ」

「いいよいいよ。ソラちゃんの部屋に集まるとツィーも来るって言うだろうし。ムリちゃんに気を使わせるのも悪いしね」


 梅雨空の部屋はこの世の終わりのように落ち込んだムリファインのせいで、非常に辛気臭くなっていた。


 とても人を呼んで話をするような状態ではなく、仕方なく五月とは外での待ち合わせにしたのだった。


「この前の戦いについてか……負けた身だし胸を張って話せる事は無いんだけどね」

「私だってそうよ。それでも話しておきたいの」

「OK。じゃあ話すね。アタシとツィーが戦ったのは藤袴(ふじばかま)ちゃんだよ。結構いいところまで追い詰めたんだけど最後に固有武装で逆転されちゃったんだ」

「あいつどんな武器を使うの?」

「敵を無限に出せる棺桶と大鎌だね。その大鎌の方が厄介でさ、3回攻撃されるとアニマを全部吸い取られちゃうの」

「何そのズルい武器?」

「鎌で斬られなくても柄で触られてもダメなんだよね。だから柄でトントンって連続で触られて負けちゃった」

「五月さんに接近戦で勝つって相当ね。あいつそんなに強かったんだ」

「うん。セプテントリオンで2番目に強いみたいだよ」

「月ではフォーマルハウトに簀巻きにされてたのに」

「人は見かけによらないよね。悔しいなぁ」


 藤袴はあの勝負を引き分けと言い、五月はそれを不満に感じていた。

 戦いの途中がどうであれ最終的に立っていたのは藤袴だったからだ。


 勝敗を分けたのは両者の覚悟の違い。

 藤袴は相手が倒れるまで戦いをやめなかっただけだ。


 フォーマルハウトの分身体を囮に一撃を加えた後、間髪入れずにトドメを刺していればそれで五月の勝利は確定していた。


 いつもの五月ならそうしていたのだ。

 だが藤袴の話を聞いた為に戦いを止めてしまった。


 それは皮肉にも五月が普段から言っている ”敵の事情は知らない方がいい” という考えが間違っていない証明になってしまった。


「アニマが切れて動けなくなってさ、殺されるのを覚悟した。そしたら藤袴ちゃんがアタシとツィーを安全な場所に運んでくれたんだ」

「じゃあアイツに助けられたの?」

「んー。結果だけを見ればそうなるね」

「……実は私もそうだったの」

「ソラちゃんも?」

「稲見の作戦で葛春(くずはる)(もも)に大打撃を与えたのよ! でもそれだけじゃ倒し切れなくて逆にボッコボコにされちゃったの。ムリの変身が解けちゃって、私も動けなくなったのにアイツ何もせずに飛んで行ったわ」

「そうだったんだ。確かセプテントリオンって今回は殲滅が目的って言ってたよね?」

「管理人はそう言っていたわね。だから私も殺される覚悟はしてた」

「フォーマルハウトの方に急ぎたかった可能性もあるけど殺そうと思えば一瞬だもんね。それをしなかったなら、やっぱり見逃されたって事か」


 二人の浮かない顔の理由はこれだった。


 命が助かったのは素直に嬉しい。

 ただ、明らかに敵に情けをかけられた。

 

 負けたのに命を繋いでしまった二人の心の中には、悔しさと敵に対する複雑な情念が生まれていた。


「稲見ちゃんから次は他の世界と協力して月に攻め込むって連絡が来たじゃん? ならその時にまたセプテントリオンと戦うよね?」

「そうね」

「次に戦った時に勝てると思う?」

「……」


 五月の質問に梅雨空は沈黙を返した。

 だが質問した五月も心情は変わらない。


 短い期間ながらも集中的な特訓を重ねた。

 そして自分達の都合のいいフィールドで作戦を駆使して戦った。

 それでも敗北したのだ。


 今度は敵に都合のいいフィールドで更に多くの敵と戦うだろう。

 そんな状況で同じ敵と戦い勝てるかと問われれば、強気の答えなど出ようはずもなかった。


 それでも五月の方にはまだ希望がある。

 前回の戦いでは結果的にアウローラを温存したからだ。

 次の戦いでアウローラを発動させれば結果を変えられるかもしれない。

 

 しかし梅雨空はそうではない。

 アウローラを使って持てる力の全てを出し尽くしたのだ。


「ムリがね。自信を無くしてるの」

「ムリちゃんが?」

「自分のせいで私を死なせてたかもしれないって落ち込んでるのよ。ムリを操縦してたのは私なんだからあの子が気にする事じゃないのにね」

「ステラ・アルマはみんなそう考えちゃうみたいだよ」

「パートナーなんだから、せめて責任は折半でしょ? それがまるで自分一人が悪いみたいに思わないで欲しいわ……」


 梅雨空はカップの中の氷を口にかきこんでボリボリと噛み砕いた。


「負けたのは悔しいけど、だからって何日も落ち込んでるの嫌になってきちゃった」

「ソラちゃん?」


 空になったカップを片手に席を立った梅雨空は、ご自由にお飲みくださいと書かれた水差しからカップいっぱいに水を汲んで戻って来た。

 

 そして深くため息をついた後、その水を自分の頭上からぶちまけのだった。


「えええ!? ちょ、ソラちゃん!?」


 梅雨空はびしょ濡れ。

 机の上や、席の下にも水がこぼれて水たまりになっていた。

 

 突然の奇行に周囲の客がざわつき始め、店員が慌てて様子を伺いに来る。


 すると梅雨空は店員に深く頭を下げた。


「ごめんなさい。うっかり水をこぼしてしまって」


 どううっかりすれば頭から水を被ることになるのか説明して欲しいものだが、そう言われたら店員も引き下がるしかない。


 梅雨空は机にあった紙ナプキンを使って軽く自分を拭いた後、机の上と座席の下を綺麗に掃除した。


 掃除が終わると、頭からポタポタと垂れる雫を袖で拭きながら椅子に座り直す。

 

「だ、大丈夫?」

「大丈夫よ。ウォータープルーフだし」

「いやメイクの話じゃなくて。いきなりどしたん?」

「ん? 以上で反省は終わり」

「待って待って。そんなので気分を切り替えられるの?」

「長く踏まれてきたせいで負けるとか見下されるとかに慣れちゃったのよ。でもその分這い上がるのにも慣れてるの。だから反省モードはここで終わり。次は勝つ。羊谷梅雨空を舐めないでもらいたいわ」


 そう言った梅雨空の目には本当に憂いは無いように見えた。

 いつもの自信に満ちた目に戻っていたのだ。


 五月も切り替えは早い方だが、こんな劇的な方法で切り替える人物がいる事に関心してしまった。


「やっぱソラちゃん凄いわぁ」

「ふふん。もっと褒めてもいいのよ? 私は褒められて伸びるタイプだから」


 梅雨空の言葉には力がある。

 決して現実逃避や物事を甘く考えている訳ではない。


 困難に向き合った上で、口に出したからには絶対にやるという意思を感じるからだ。


「ソラちゃんを見てたらアタシも何とかなる気がしてきたよ」

「私は月なんかにこれ以上時間を取られてる暇なんてないの。必ずカタをつけて春からはアイドル活動に戻るんだから!」

「うんうん。ライブ楽しみにしてるからね!」

「期待して待ってて」


 梅雨空はそう言って爽やかに笑った。


 人に影響を与えるのは人の行動。

 梅雨空の行動が、五月に熱を与えたのだ。



「でね、五月さん」

「うん?」

「月への殴り込みについて……ちょっと私に悪巧みの案があるんだけど聞いてくれる?」

「ええ!? 爽やかな笑顔が一瞬で悪党の顔に変わった!?」

「これを稲見に提案して、あのバカ女に目にもの見せてやろうと思ってるの」

「あ……アイドルって凄いね……」


 転んでもタダでは起きない女、羊谷梅雨空。


 やられたらやり返すという彼女の信念は筋金入りだった。







 

 新百合ヶ丘に建つ、おおよそ一般人が住んでいるとは思えない大豪邸。


 周囲を塀で囲まれているために中を伺い知る事はできないが、そこに社会的に立場の強い人間が住んでいるのは近所の住人も分かっていた。


 暁邸。

 周辺地域の地主である暁一族の者が住む屋敷である。


 その屋敷の一室で、(あかつき)すばるはベッドに横たわっていた。


 病院から家に戻った後に発熱し未だに熱が下がっていなかった。

 起き上がるのもままならず、できる事と言えばぼんやり天井を眺めるのとラインでイーハトーブのメンバーとやり取りするくらいだった。


 部屋の隅ではサダルメリクがお菓子を食べながらタブレットを操作していた。


 きっとまた何かのゲームでも作っているのだろう。

 小さな体で黙々と作業をする姿が愛おしく、その姿がすばるの唯一の癒しとなっていた。


 視線に気づいたサダルメリクがタブレットを置いてベッドにやって来る。


 心配そうに覗き込む顔が、すばるには新鮮だった。


「どうしたの? ノド、乾いた?」

「いいえ。やれる事もないのでメリクの顔を見ておりました」

「ごめんね。アルデバランのせいで、辛い思いさせちゃって」

「メリクが謝ることではないですよ。それに彼女の力を借りなければセプテントリオンを撃退できませんでした」


 戦いの後、すばるが目を覚ましたのは病室だった。

 家に戻ってくるまでは誰とも連絡が取れず、戻ってこられたのも昨晩。


 戻って来たら今度は熱で倒れてしまったので戦いの顛末を知ったのはほんの少し前だった。


 みんなの話やサダルメリクから状況を聞いて、あの時すばるが死に物狂いで戦っていなければ全滅していた可能性が高かったのを知った。


 五月と梅雨空は敗北。

 未明子はすでにおみなえしと引き分けていて戦闘不能。

 アルデバランとして現れなければ稲見はセプテントリオンのリーダーにやられていた。

 そしてそのまま戦闘を続けなければ他の世界の増援も間に合わなかった。


 後からその事実を聞かされたら、体を壊してまで戦った甲斐があると言うものだ。


「アルデバランがどういう人物かは聞いておりましたが、まさかあれ程容赦のない方だとは思っていませんでした」

「アルデバランは、誰かを気遣ったりしない。代わりに自分が気遣われなくても、気にしない、タイプ」

「自由な方ですね。それ故に強いのでしょうか」

「自分勝手な、だけ。アルタイルもラインで言ってたけど、できるなら、すばるとは深く関わらせたくない。と言うか、他のみんなも関わらせたくない」

「大丈夫ですか? この会話も聞かれているんですよね?」

「大丈夫。絶対人の言う事を聞かないのと、誰に何を言われても、気にしない、を両立させてる奴だから。私が馬鹿にしても、微塵も効きゃしない」

「それは難儀な性格ですね」


 協調性は無いに等しいが、目的が一致している場合は面倒がなくていいのかもしれない。


 おそらく月を攻める際にもアルデバランの力を借りる必要がある。

 復讐目的である熊谷(くまがい)萩里(しゅり)が敵にいる以上は反対する事もないだろう。


 すばるとしては普段サダルメリクとこうしていられるなら、戦闘で一時的にアルデバランに使い倒されるのも許容の範囲だった。


 何より1等星の力は大きな戦力になる。

 自分が死ぬ気さえ出せばあの力をチームの為に使えるとあらば、命をかける価値は十分にある。


「すばるに、忠告しておく、ね」

「何でしょうか?」

「私にその気がなければ、基本的にアルデバランが外に出てくることは、無い。でも、アウローラでアニマを溜め込むのが容易になってからは、アルデバランの力が、強まってる」

「メリクの意思とは関係なくアルデバランと入れ替わる可能性もあると?」

「無いとは、言えない。そうなった時、すばるはあいつと会話しようとは、思わないで」

「何故ですか?」

「すばるの言い分なんか、聞かずに、間違いなく襲われる」

「……承知いたしました」

「それと、未明子さんとアルタイルも、会わせちゃ駄目。同じように狙われてる」

「あの二人もですか?」

「アルデバランと話す時は、全員で。嫌だけど、できればフォーマルハウトを立ち合わせて。アイツがいれば、抑止力になる」

「想像していたより本気の警戒が必要なんですね」

「女癖だけは、全ステラ・アルマの中で一番、悪い。フォーマルハウトが可愛く見える、レベル」

「そこまで言わせますか」


 サダルメリクの忠告を聞いたすばるはアルデバランへの認識を改めざるを得なかった。


 今まで出会ったステラ・アルマは概ね人間に好意的であり、尊厳を大事にしてくれるタイプが多かった。

 だからアルデバランも何だかんだ言いながらも最終的には寄り添ってくれるだろうと考えていたのだ。


 それは危険な甘さだと理解した。


「しかも今は2月。お腹減らした熊だと、思って」

「アルデバランの恐ろしさが分かりやすく伝わりました。そう言えばメリクは発情期は大丈夫なのですか?」

「性欲って、結局生命力みたいなものだから。アルデバランに結構吸い取られちゃって、今は割と大丈夫」

「それは……体調は問題ないのですか?」

「ステラ・アルマは、頑丈だから、大丈夫」

「そう言われたら信じるしかありませんね。でしたら、一つお願いがあります」

「お。どんと、こい」


 サダルメリクが自分の胸を叩く。

 その姿が愛らしくて、すばるは思わず笑顔になった。


「体調が戻るまで、添い寝して頂けませんか?」







 

 双牛(そうご)稲見(いなみ)とフェルカドは気分転換に外出していた。


 二人が暮らすマンションから10分程歩いた場所に若葉台公園という広めの公園がある。

 園内は綺麗に整備されていて緑が多く、昼間は散歩をしている人も多い。


 若葉台は多摩ニュータウンの開発で多くのマンションが建てられたが、道路が広めに設計されているのと、マンション同士が離れて建てられている為に視界が広々としている。


 この公園はそんな若葉台の中でも更に解放感があり空もよく見えた。


 公園の中に段々広場と呼ばれる芝生が何段も積み重なっている場所がある。

 その広場の一番上にある展望台で、稲見はボーッと景色を眺めていた。


「稲見。温かい飲み物を買ってきましたよ」

「あれ? フェルカドいつの間に行ってたの?」

「やはり気づいていませんでしたか。心ここにあらずと言った感じでしたからね」


 大人っぽい黒いコートを着たフェルカドがペットボトルに入ったほうじ茶を手渡す。

 手袋の上からでも感じる温かさに稲見は心を和ませた。


「落ち着く場所ですね」


 フェルカドは缶のカフェオレを飲みながら稲見の隣で同じ景色を眺めた。


「うん。長野はどこも空が広かったから、こういう所にいると落ち着くよね」

「たまには長野に帰ってみますか?」

「えー。いいよ。別の世界って言ってもこっちの世界の私はいるんだもん。それに夏美達もいるだろうしさ。もし顔を合わせちゃったら面倒だよ」

「確かに。それは困りますね」


 二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


 冷たい風が吹いて頬をなでる。

 それも寒い土地出身の二人にはそれほど気にならなかった。


「なんかさ。気が抜けちゃったんだ」

「あれだけの戦いの後では仕方ないですよ」

「でもこれから月に攻め込むんだよ? むしろここからが本番なのに」

「物事は緩急。つねに緊張していても良い結果は得られません。本気ならばこそ、今は弛緩した時間を過ごすべきだと思います」

「そういうものかな。私ってスロースターターだから、一回気が抜けちゃうとまたエンジンかかるのに時間がかかるかも」

「その為にみなさんや私がいるのです。稲見は一人で生きている訳ではありませんよ?」

「そうだよね。ありがとう」


 フェルカドにそう言われて肩の力を抜いた稲見は、改めて前回の戦いを振り返った。

 

 2回。

 稲見が死にかけた回数だ。


 一度目は熊谷萩里に。

 二度目は葛春桃に。

 

 助かったのはたまたま横槍が入ったからだ。

 その横槍が一瞬でも遅ければ稲見の命は消えていた。


 フォーマルハウトに仲間を全滅させられた時を含めれば、稲見は幾度となく死を免れている。

 前の世界の仲間はみんな死んだのに自分だけは何度も生き延びているのが何だか申し訳なく感じた。 


「……まるで死神にまで嫌われてるみたいだ」

「え? 何と言いましたか?」

「ううん。生きて帰ってこられて良かったなって」

「はい。稲見は頑張りました」


 自爆を決めた最後の瞬間、稲見はフェルカドを思い出した。

 もしあそこで死んでいたらフェルカドはどうしていたんだろう。


 また誰かと契約して戦ったのだろうか。

 それとも、もう戦い自体を放棄していたのだろうか。

 

 隣で景色を眺めるフェルカドを見た稲見は、前者だったら嫌だなと思った。


 私だけのパートナー。

 他の人に取られるなんて嫌だ。


「へっぷしゅ!」

「寒くなってきましたか?」

「ううん。誰かが私の話をしてる気がする」

「ふふ。みなさん稲見を大事にしてくれますからね」

「大事にされすぎて申し訳ないぐらいだよ。だからこそやっぱりみんなの期待に応えたいんだ。もうあんな結果になんて絶対しない」


 前回のセプテントリオンとの戦い。

 稲見の中では大敗という位置付けになっていた。

 

 他の世界の介入がなければ稲見は桃に殺されていた。

 その後すばるも戦闘不能に陥りあのまま全滅していた可能性は高い。


 自分達だけでどうにか出来なかったなら、それは負けだと稲見は考えていた。


 しかしフェルカドにしてみれば、そもそも勝ち目のない戦いを誰の犠牲もなく痛み分けまで持っていけただけで大手柄だった。


 稲見は褒められこそすれ落ち込む必要など無い。

 

 だがここで「そんな事はないですよ」と声をかけても稲見が喜ばないのは知っていた。


 そして彼女を支える立場として次に自分がやらなくてはいけない事も理解していた。


 その上で、どうしても一つだけ聞いておきたい事があったのだ。


「稲見。フォーマルハウトと一緒に戦ってみてどうでしたか?」

「え?」

「稲見は前の世界でずっと私と戦っていました。いつも敵の攻撃に怯え、逃げ回るか誰かの盾になるばかりでしたよね?」

「そうだね。いきなりどうしたの?」

「今回フォーマルハウトと戦って、初めて敵を攻撃する立場になったと思います。自ら力を振るう側になってみてどうでしたか?」

「フェルカド?」

「その方が、良いと思いませんでしたか?」


 フェルカドはいつも通りだった。

 余裕があって包容力を感じさせる、まるで琴を静かに弾いたような繊細な声で問いかけた。


 だからこそ稲見には分かった。


 フェルカドは今、揺れているんだと。

 自分のパートナーが自分以外の誰かと戦った事に対して収まりがつかない気持ちを抱いているんだと。


 そんな心が伝わった。


「……良いか悪いかで言うと……良かった」

「…………そうでしたか」

「でも私がそうしたかったかどうかで言うと、そうじゃなかった」

「と、言いますと?」

「日常でも戦いでも、いつも私は攻撃される立場だった。だから自分が攻撃する立場になって初めて気持ちが分かったんだ」

「攻撃する側の気持ちですか?」

「うん。攻撃するのは楽なんだ。誰かを攻撃するのは考えなくてもできる。その攻撃で相手がどうなるかなんて知ったこっちゃない。一方的に自分の気持ちを叩きつけるだけで済むから楽なんだ」

「稲見……」

「攻撃をされる側の方が色々と考えなくちゃいけない。馬鹿な話だよね。何でやられる側が負担を強いられなきゃいけないんだ。攻撃する人は楽だから攻撃をやめられないんだよ」

「……」

「フォーマルハウトさんと戦って分かった。私もいつでも攻撃する側になりうる。だから私には攻撃は向いてない。生きる為に攻撃しなきゃいけないのは理解できても、嫌なことは嫌だよ」

「そうでしたか」 

「そうは言ってもやらなきゃ死ぬ。ワガママが通じる世界じゃないんだけどさ。だから安心して。私はやっぱりフェルカドと一緒に戦うのが一番合ってるよ」

 

 それは稲見がフェルカドに伝えられる精一杯の言葉だった。


 本当はここで愛の言葉でも加えられれば恰好はつくのに、それはまだ稲見には無理だった。


 だからこそどんな時でもパートナーに自分の愛を伝えられるこの世界の仲間達……特に未明子は凄いなと思っていた。

 あれだけ自然にパートナーを喜ばせられるのは才能だ。

 

 稲見の言葉を聞いたフェルカドは分かりやすく笑顔になっていた。

 口角が上がり頬が緩んでいる。


 頼り甲斐のあるクールなお姉さんの顔はこうやってすぐに綻ぶのだ。

 フェルカドは綺麗系ではなく可愛い系とアルフィルクが言うのはこういうところなんだろう。 


 稲見が先程フェルカドに感じた気持ちと、フェルカドが稲見に感じていた気持ちは同じだった。


 つまるところ、この二人も宇宙が定めた最良のパートナーなのだ。 


「分かりました。ありがとうございます」

「フェルカドが満足したなら良かったよ」

「では稲見。次の戦いで提案したい事があります」

「お。何々?」

「こんなのはどうでしょう?」


 フェルカドがいたずらっぽい笑顔を浮かべて稲見に耳打ちした。


 フェルカドは稲見を支える存在。

 ならば彼女がやらなければいけないのは稲見の選択肢を増やすこと。

 作戦の提案はまさにそれだった。


「……それ面白いね! でもフェルカドはいいの?」

「それで敵の勢いを挫けるのならいいと思います」


 ふふん。と得意気な顔をするフェルカド。

 親に隠れて悪巧みを計画する子供のように、二人はクスクスと笑い合った。

 

「でもそうなると誰かに協力してもらわないといけないね。お願いできそうなのって一人くらいしか思い当たらないけど」

「この後連絡してみましょう。きっと前向きに考えてくださると思います」

「へっくち!」

「また誰かが稲見の話を?」

「流石にちょっと冷えてきたみたい」

「そろそろ戻りましょうか」

「あ、帰る前に本屋に寄っていい?」

「ではこっちですね」


 二人は公園から若葉台駅の方に向かって歩き出した。


 道路をまたぐ橋を越えて、以前五月が萩里達と会った複合施設コーチャンフォーの前までやって来る。


 すると見慣れた二人組が歩いているのに気づいた。


「フェルカド、あれ」

「五月さんと梅雨空さん? 偶然ですね」


 二人組は五月と梅雨空だった。

 稲見は駆け足で二人に追いつき声をかけた。


「こんにちわ!」

「あれぇ稲見ちゃん? それにフェルカドも?」

「稲見と散歩しておりました」

「お二人とも今までここにいたんですか?」

「そう。五月さんとお茶してたの」

「ナイスタイミング! 稲見ちゃんに相談したい事があったんだよね!」

「私に相談ですか?」

「稲見に提案したい作戦があったの」

「凄い偶然! 実は私からも梅雨空さんに相談したい話があったんです」

「あら奇遇ね。じゃあ稲見の方から話してもらってもいい?」

「いいんですか? えっとですね。さっきフェルカドから提案されたんですけど……」


 稲見はフェルカドから提案された作戦を手早く話した。


 その内容を聞いた五月と梅雨空は目を丸くする。


 何故ならばフェルカドの作戦と梅雨空が考えた作戦は、ほぼ同じ内容だったからだ。


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― 新着の感想 ―
ぽかぽかですね。エッチエッチだった未明子の方と全然違ってちょっとわらいました。
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