第130話 The Other Side of the Wall⑬
ステラ・アルマの胸の奥には核がある。
核が破壊されればステラ・アルマも破壊される。
そして核が変形した操縦席にいる操縦者も巻き込まれて死ぬ。
これはどのステラ・アルマだろうと変わらない一つの事実だ。
黒馬さんの機体はパイルバンカーから打ち出された鉄杭が胸を貫通していた。
核を貫かれて機体は消滅する。
……はずだった。
それなのに右手に持った槍を向けてきたのだ。
次の瞬間、槍の先端から赤色のエネルギーが放射された。
それはまるで槍の先を軸にして開かれた傘のようだった。
開かれた赤色の傘は、鷲羽さんの左腕と左足、左翼を吹き飛ばした。
「……え?」
鷲羽さんのダメージは感覚として私に伝わる。
痛みこそないものの、自分の左腕と左足が突然無くなった感覚で気分が悪くなった。
翼を喪失した事によって飛行のコントロールを失い空から落下していく。
同時に胸に鉄杭が刺さったままの黒馬さんの機体も落下していくのが見えた。
空が遠くなっていくのを眺めながら頭の中を疑問が巡った。
何故反撃を受けたのか。
核を潰した時点で決着がついたのではないのか。
……いや。
胸を貫いても破壊できないなら、それは核を外しているという事だ。
まっすぐ胸を貫いたと思っていたのに微妙に位置がズレていたんだ。
何にせよこの勝負、少なくとも私の勝ちは無くなった。
『未明子! 何とか着地させて!』
呆けていた私は鷲羽さんの声で現実に戻された。
戦いに夢中で気づかなかったけど、かなり高い所にいたみたいだ。
このまま落下すると地面に叩きつけられて潰れてしまう。
咄嗟に思いついたのは加速する事だった。
飛行は出来なくても加速はできる。
私は地面と反対方向に鷲羽さんを加速させた。
バーニアを吹かして上向きに推力を得た事で落下速度をかなり抑えられた。
代わりに残った方の翼が空気抵抗を受けてバランスを崩してしまった。
コントロールが効かずに明後日の方向に飛ばされる。
グルグルと回転しながら昭和記念公園の隣にある陸上自衛隊の駐屯地まで飛んで行き、そこにあった建物に衝突して停止した。
着地したと言うか引っかかったと言うか、まあ何とか生き延びる事ができたみたいだ。
「うまく着地できなくてごめんね」
『あのまま地面に落ちるよりは大分マシよ』
モニターに映るダメージレポートがアラートを出している。
左腕と左足の損失。それにいまぶつかったダメージが思ったよりも大きい。
危うく強制変身解除になるところだった。
「鷲羽さん、ダメージが……」
『大丈夫。セプテントリオンがやってたみたいにアニマを使って応急処置してみるわ。ただここでアニマを消費しちゃうと、もう戦えないかもしれない』
「流石にこれ以上は戦わなくていいよ。あれで倒せてなかったらどっちみちもう打つ手がない。とりあえずアウローラを解除するから回復に専念して」
『分かったわ』
操縦桿から手を離して一息つく。
気分が落ち着いていく内に、さっきアル・ナスル・アル・ワーキが効かなかった理由が分かった。
あの槍から出ていた傘のようなエネルギー。あれが盾の役割をしたんだ。
砲撃が命中する瞬間、槍をひっくり返して背中側に盾を張って砲撃を防いだ。
あの槍が固有武装だって事は分かっていたのに。
倒せたと思って油断していた。
「……また勝てなかった」
アウローラ。
隕石作戦。
双牛ちゃんの悪巧み。
全部使っても勝てなかった。
「鷲羽さんにあんなに無理をさせたのに」
『大丈夫。未明子に怪我が無ければ問題ないわ』
モニターには吹き飛ばされた左腕と左足の傷口が映っていた。
当然人間の姿に戻った時にも手足は無くなっている。
応急処置したところで欠損した手足は戻ってこない。
鷲羽さんは痛みに強い特性を持っているから何も言わないけど、普通なら気を失うような重症だ。
せめて痛みを和らげられるように残りのアニマは全部治療に使って欲しい。
「治療に必要だったら私の血なんかいくらでも使っていいからね!」
『これ以上は未明子の体が危険だからやめておくわ。体に繋がってるチューブも外してもらって大丈夫よ。止血だけはしっかりしてね』
私なんかよりよっぽど重症なのに気を遣われてしまった。
いま鷲羽さんの為にできる事がないのが歯痒い。
『それよりも敵はどうしたのかしら。あっちも落下してたように見えたけど』
「さっきので結構離れちゃったからね。どこに落ちたかまでは分からないや」
モニターに映る範囲には黒馬さんの機体らしき影は見当たらなかった。
流石に地面に落下して潰れたなんて事は無いだろうけど、これだけたっても姿を現さないのなら相手も動けないのかもしれない。
血液供給の為のチューブを腕から外して止血を行った。
みんなみたいに指を切る訳じゃないからすぐに血は止まるけど、やっぱり血を失いすぎて少し頭がボーっとする。
止血の準備だけじゃなくて血を補給できる物も持ってくれば良かった。
例えば何だろう……あさりの水煮とかかな。
「犬飼さん!!」
鉄分の補給に適した食べ物を思い浮かべていると、突然外から声が聞こえた。
その声はさっきまで聞いていた黒馬さんの声だった。
モニターには、白い隊服を着た黒馬さんがすぐ下に立っているのが映っていた。
「黒馬さん!?」
「犬飼さん、まだ戦えそうですか?」
「あ。いえ、もう無理っぽいです」
「なら降りてきませんか?」
「ええっ!?」
まさかの呼び出し。
戦場でロボットから降りて単身やってきた敵から、生身で話そうやと誘われてしまった。
『危険よ。何を企んでるか分からないわ』
「そ、そうだよね……」
でも危害を加えるつもりならわざわざ声をかけて来るだろうか。
今この状況においてなら、危険なのは黒馬さんの方だ。
鷲羽さんは戦えなくても腕を動かすくらいはできる。
そこに立っている女の子を叩き潰すくらいはできてしまうのだ。
それを分かっていて声をかけて来たなら、それは害意がない証拠ではないだろうか。
「……行こう」
少し考えて誘いに乗る事にした。
もし襲われたとしても一応生身で戦う訓練も積んでいる。
取っ組み合いなら何とかなるかもしれないと思うのは甘い考えだろうか。
『また攫われたりしないかしら?』
「同じゲーム好きとしてそこは信頼してみるよ」
勿論そんなのは信頼の根拠にはならない。
それでも私は黒馬さんと話してみたい気持ちが勝って、鷲羽さんに地面に降ろしてもらった。
黒馬さんは真剣な顔で私を見ていた。
前に秘密基地で会った時はそこまでしっかり見ていなかったけど、改めて良く見ると小柄で可愛らしい女の子だ。
帽子のサイズが大きくて片目が隠れてしまっているのも可愛いし、何よりセプテントリオンの白い隊服がとても私好みで可愛い。
そんな可愛らしい黒馬さんが、腰に携えている剣に触れた。
……あ。
そういえばセプテントリオンは全員剣を持っているんだった。
取っ組み合いになんてならないじゃん。
これ斬られて終わるわ。
完全に想定外だった。
斬りかかってくる相手を捌く訓練はしてなかったなと自分の迂闊さに腹を立てていると、黒馬さんはその剣を腰から外して地面に捨てた。
「え? 何で剣を捨てるの?」
「こんな物騒な物を持ってる相手に近づきたくないでしょ?」
「それはそうだけど……そもそも何しに来たの? パートナーは?」
「アリオトならこの先で休んでるよ。核が傷ついてしまったみたいで重症なんだ」
パイルバンカーが核を外していたのはここに黒馬さんが来ている事から分かっていたけど、それでも戦闘不能になる程度にはダメージを与えられたらしい。
「まさかあんな裏技を使ってくるとはね。効かないって分かってる武器を使ってくる時点で警戒すべきだった」
「気を逸らすためにどこまで真面目に戦えるかがキモだったからさ。アウローラの解説をしたり、高速移動を切り札に見せたり、色々考えて戦ってたんだよ」
「あれは犬飼さんが考えた作戦だったの?」
「ううん。うちの作戦担当が考えてくれたんだ」
「そっか。面白い作戦だったね」
その表情は満足そうで本当にいい作戦だったと思っているみたいだった。
てっきり卑怯だって怒られると思ってたのに、そんな事はなさそうだ。
「隕石作戦もそうだけど、黒馬さん的にはあんなズルい戦い方はありなの?」
「ありだよ。勝つためなら何でもやった方がいい。卑怯と呼ばれるくらいで生き残れるなら安いものだよ」
「それもそっか」
「パイルバンカーを胸に打たれた時点で私は死んでいた。鉄杭が外れたのは偶然だったんだ。だからあのまま負けでもいいかなと思ったんだけど、私もできる事をやらなきゃと考え直したんだ」
「あの槍の能力だね」
「うん。避けられない砲撃をもらった時のために隠しておいた固有武装の能力だよ」
「槍なのに盾としても使えるんだね」
「それはあくまでそういう使い方もできるってだけ。本来の使い方は別なんだ」
「そうなんだ。完全に盾だと思ってた。じゃあ本来の使い方って?」
「それは次に戦う時まで秘密だよ」
……次に戦う。
次の戦いの話が出て来るなら今回の戦いは私達に勝ち目がありそうなんだろうか。
負けておいて期待するのは勝手な気がするけど、もしかしたら私以外のみんなは順調に勝っているのかもしれない。
「……その顔は本当に知らないみたいだね」
「え? 何を?」
「もう私達は参戦できないし現在の戦況を教えてあげるよ」
「ありがとう。それは助かる」
「まずこちらは7番と6番が敗北した」
「えーと、どの機体に乗ってる人だっけ」
「7番が爪を持った機体、6番が金色の機体だね」
「じゃあ暁さんとソラさんが勝ったんだ」
「それがちょっと複雑でね。色々あって犬飼さんのチームはそのソラさん? って人と五月さんが負けてるんだ」
「え?」
あの2人が負けた?
ソラさんも九曜さんもアウローラをうまく使いこなしていた。
特にアウローラ状態の九曜さんは私とも決着がつかないくらいに実力が拮抗していたのに。
「で、五月さんを倒した藤袴と桃がフォーマルハウトと戦ってる。まさかフォーマルハウトが戦いに加わってくるなんて予想外だったよ。隠し球が多いね」
双牛ちゃんが2人を引きつけてくれているのか。
本来だったらその間に私が黒馬さんを倒して他の敵と戦うはずだったのに。
ごめんね、みんな。
「ソラさんと九曜さんは無事なの?」
「安心して。2人とも生きてるよ」
「良かった。怪我は心配だけどひとまず安心した。残った暁さんは?」
「……やっぱり犬飼さんにとっても想定外なんだね」
「あの、さっきから何を言ってるの?」
「おそらくその暁って人が乗ってるステラ・アルマと、私達のリーダーとサブリーダーが戦ってる」
「暁さんが1人で!? そんな無茶な!」
「無茶じゃないよ。それどころかどっちが勝つか分からない状況だ」
「そうなんだ。暁さん凄い頑張ってるなぁ」
「問題なのは操縦者じゃない。ステラ・アルマの方だよ」
「サダルメリクちゃん?」
「やっぱり犬飼さんはそういう認識なんだよね。じゃあどうしてあの機体が出てくるんだ?」
さっきから話が噛み合わない。
黒馬さんが何かを言い淀んでいるのは分かる。
でもそれが何なのかはさっぱり分からなかった。
話の流れ的に暁さんとサダルメリクちゃんの事だと思うけど、あの2人がどうかしたのだろうか。
「突然1等星が現れたんだ」
「フォーマルハウトの事?」
「違う。アイツじゃない」
そう言いながら黒馬さんが私の腕を掴んだ。
小柄なのに力は強くて止血したところが少し傷んだ。
「ど、どうしたの?」
「アルデバランだ」
「アルデバラン?」
アルデバランはおうし座の星。
確か等級だと14番目の1等星だったはずだ。
そのアルデバランがここに現れたと言うのだろうか。
「犬飼さんの仲間がそのアルデバランだったんだ」
「え!?」
左腕を斬り落とされたアルデバラン。
左側のサブマニュピレーターを全て消失させられたドゥーべ。
ダメージはアルデバランの方がはるかに大きかった。
生身を欠損するのと修理できる固有武装を失ったのでは比較にならない。
今の攻防、はた目には萩里の勝ちであり本人もそう自覚していた。
「理解したかアルデバラン? 私はあの時とは違う」
『……』
「残った右腕も斬り落とす。そして首もだ。それでようやく私は五月の仇を取れるんだ」
『……まさかあの時戦っていた中に別の世界の五月がいたとはな。話を聞いて驚いた』
「貴様が殺したんだ。いや、五月だけじゃない。仲間のステラ・アルマ達もお前に殺された」
『代わりにお前は私を殺しただろう? それでおあいこじゃないか』
「そのお前は何一つ変わらずここにいるだろうが! 私の仲間達はもう帰ってこないんだ!」
『それがどうした。この戦いはそういうものだと理解していたはずだ』
「だからと言ってそれを過去の話だと流せる訳がないだろう!?」
『その通りだ。だから私もお前を殺したくて仕方がないんだよ!』
プレヤデス・スタークラスターで操作していた7つの破片の内、頭部の操作が解除された。
能力が切れたサダルメリクの頭部が地面に転がる。
代わりにいま斬り落とされた左腕を操作対象に変更する。
地面に落ちていた左腕がふわりと浮かび上がり、腕の斬り口に繋がった。
「!?」
『驚くなよ。別にくっついちゃいない。だが普通に機能する』
「何だと……」
『私の手足を斬り落としたいなら好きにすればいいさ。それはただ武器に変わるだけだ』
アルデバランは左腕を萩里に向け、プレヤデス・スタークラスターで弾丸のように発射した。
萩里は飛んできた左腕を刀で払い落とす。
左腕はそのままアルデバランに戻り、また同じ場所に繋がった。
『ロケットパーンチ! なんてな』
「貴様ぁ!!」
『あっちの銀色の奴が張ってる防御壁、防御力は高いがお前が攻撃する瞬間は解除しなければいけないみたいだな。だったら私はお前が攻撃するタイミングに合わせて攻撃するだけだ』
「私を舐めるなよ? お前を殺すためにどれだけ手段を考えたと思っているんだ。まだいくらでも追い詰める方法はある」
『なら全部試すといいさ。私もお前をどうやっていたぶってやろうかずっと考えていたからな』
萩里はアルデバランに殺意を向け、アルデバランは萩里を嘲った。
積年の恨みを晴らすようにお互いが感情をぶつけ合う。
もはや操縦者のすばるを無視して、アルデバランと萩里の因縁の対決となっていた。
そんな蚊帳の外に置かれているすばるは、限界を迎えつつあった。
額からはおびただしい汗を流し、美しい黒髪は乱れていた。
呼吸は異常で目は虚ろ。
そこに普段の凛とした暁すばるの姿は無く、ただ戦い続けようと必死に抗う少女がいるだけだった。
サダルメリクの時に維持していたアウローラの出血に加え、アルデバラン化してからの精神的抵抗。
プレヤデス・スタークラスターで複数の物を同時に操る精神的負担。
更に本来できなかったアウローラを盾へ集中させるなど、体を酷使し過ぎていた。
この戦い、実はアルデバラン側に余裕など全く無い。
このままではあと数分もしない内にすばるは意識を失い決着がつくであろう。
すばるは状況を理解している訳ではないが、この段階ですでに未明子は戦線離脱。
五月と梅雨空も敗北し、戦えるのはすばると稲見だけであった。
その稲見も残ったセプテントリオン全員と戦える余裕はない。
つまりここですばるが意識を失えば、それで9399世界の敗北が決定する状況だった。
(いくら、わたくしでも、しんどいです、ね……)
普段は自身の危機を楽しむすばるでも今の状態を楽しむ余裕は無かった。
もはや意地と根性のみが彼女を支えていたのだ。
『すばる。もうちょっとだけ付き合え』
「承知、いたし、ました」
内部通信のアルデバランの声はこんな時でも優しさのカケラもなかった。
しかしこの声の主のもう一つの姿が、愛するサダルメリクであるならばその声に応えないわけにはいかない。
すばるは残った命を燃やして操縦桿を握り直した。
すばるが自分の命を燃やして戦っている頃。
覚悟を決めた稲見はセプテントリオン2人を相手取りながら善戦していた。
敵の機体はどちらも接近戦型。
遠距離攻撃を多く持つフォーマルハウトは相性が良かったのだ。
稲見は相手が接近してくるとゲートで移動して距離を取っていた。
近づかず、されど離れ過ぎずの距離を保って攻撃を繰り返していた。
「あのゲート何なのよ!? 飛んで近づいてもすぐにどっか行っちゃうじゃない!」
「ひッ! 人間の姿の時もゲートで移動してましたけど戦闘でやられると厄介っすね」
藤袴と桃はフォーマルハウトのゲートに翻弄されていた。
距離を離されるだけならまだしも、突然目の前に開いたゲートから飛び出てくるコル・ヒドラエのビームを回避するのは至難の業だった。
それが1つや2つなら何とかなっても、ゲートを開ける限界の10ともなると流石の2人でも避け切れずに何発か被弾していた。
「くっそうざい!!」
「ひッ! 女の子がくそとか言っちゃダメですよ」
「うっさいわね!」
「こんな厄介な敵に自ら突っ込んでいくなんて桔梗さんは勇者でしたね」
「それで手足斬られて行動不能なんて勇者じゃなくて愚者でしょ」
「桃さん知らないんすか? 愚者と呼ばれた者がいずれ勇者にジョブチェンジするんすよ?」
「アイツは勇者から愚者にジョブチェンジしたの! 最終的なジョブが愚者なのよ!」
ビームから逃げ回る2人はそれでも少しずつフォーマルハウトに近づいて行った。
しかしある程度距離を詰めると、またゲートを使って遠くに移動されて同じ事の繰り返し。
いずれ機体のアニマが尽きるか、操縦者の集中力が切れて大ダメージを負うのは見えていた。
(リーダー以外なら何とか戦える。このまま攻め続けるんだ!)
稲見の戦い方は間違っていなかった。
ゲートとコル・ヒドラエの併用であればフォーマルハウトのアニマはほとんど減らない。
このまま相手を削り切る事も可能だった。
しかし一つ大きな計算ミスをしていたのだ。
『稲見。残念だがこのままだと負ける』
「え!?」
『そろそろファム・アル・フートの効果が切れる』
空を見上げると造り出した紫色の雲がかなり薄くなっていた。
それに伴い、いつの間にか雨は止んでいる。
「しまった!」
ファム・アル・フートの雨を浴びなければアニマの回復補助は無くなる。
そうなれば通常の倍のアニマを消費するフォーマルハウトはすぐにアニマ切れになってしまうだろう。
コピーした能力を好き放題使えるのはアニマの回復補助が前提なのだ。
戦いが始まる前にもう一度ファム・アル・フートを発動させておくべきだった。
この状況では新たな雲を造り出す余裕はない。
「ゲートで逃げ続けながら新しい雲を造るのは?」
『分かっていると思うが雲は私の背中から出ている煙で造られている。ゲートに入るたびに大部分の煙がゲート内に散って、雲ができる頃にはアニマ切れだ』
「分かりました。ならアニマが残っている内に正攻法でアイツらに勝つしかないって事ですね」
『そうなるな』
回復できないなら今あるアニマをうまく使って戦うしかない。
ならば今がこの2人を倒すために考えた作戦を実行する時だ。
稲見はゲートでの移動をやめて新たな固有武装を発動させた。
「アル・フルド!」
発動と共に敵と自分の間に開けるだけのゲートを開く。
ただしゲートの向きは正面ではなく上。
セプテントリオンがやって来た時のように、空に向かって穴を開いた。
「ひッ! 何かやってくる気ですよ!」
「分かってるわよ! 警戒しつつ突撃!」
「了解っす!」
セプテントリオンの2人が一直線にフォーマルハウトに向かう。
攻撃が始まる前にゲートの下をくぐり抜けるつもりだ。
「そうはいかないよ!」
稲見がゲートに向かって指で合図を送る。
すると開いたゲートから黒い何かが落下してきた。
一斉にゲートから落ちてきたそれを見た桃は、瞬時にそれが何かを理解した。
「ハンドグレネード!?」
落下してきたのはハンドグレネードだった。
開いた10のゲートからそれぞれ1個ずつ。
合計10個のハンドグレネードが投下されたのだ。
「ひッ!? マジっすか!?」
「藤袴! こっちに来なさい!」
ハンドグレネードは地面に落ちるなり次々に爆発した。
一つ一つの破壊力もそれなりだが、これだけの数が一気に爆発すればとてつもない規模の爆発になる。
セプテントリオンの2人は逃げる間もなくその爆発に巻き込まれたのだった。
大規模な爆発で発生した爆煙も凄まじく、周囲は煙に包まれ何も見えなくなっていた。
煙が晴れ、視界が回復する。
爆発で地面が大きく抉れ地形が変わっていた。
その破壊の中心に、ミザールを庇うように抱えたフェクダが立っていた。
庇われたミザールのダメージは軽微。
庇った方のフェクダは全身の装甲にやや破損はあるものの、大きなダメージを負ってはいなかった。
「ひッ! 桃さん助かりました」
「あんな雨みたいに爆弾落とすなんて何を考えてんのよ!」
「経費度外視の大盤振る舞いっすね」
「でも今のが切り札って事かしら? 残念ね、これくらいじゃセプテントリオンの機体はビクともしないわよ!」
2人はすぐに態勢を立て直し再びフォーマルハウトの方へ向かった。
フォーマルハウトは両手のコル・ヒドラエで迎撃を試みるが、何の工夫もないただの射撃では2人を捉えられず瞬く間に距離を詰められてしまった。
接近した桃が右の拳を振りかぶる。
「こんにゃろう! ぶっ飛びなさい!」
「桃さんストップっす!」
「は!?」
藤袴が静止を呼びかけるも、桃の攻撃はすでにフォーマルハウトの左頬にめり込んでいた。
全速飛行からのアニマを込めたストレートパンチ。
まともに食らえば首ごと捻じ切れそうなその攻撃を食らったフォーマルハウトの顔は、粘土のようにグリャリと歪んでフェクダの右手を取り込んだ。
「な、何これ!?」
途端、フォーマルハウトの体がブクリと膨らんだ。
全身が倍以上の体積になり、まるで風船でできた人形のように膨れ上がった。
そして次の瞬間、フォーマルハウトの体が破裂し、セプテントリオンの2人を巻き込んで大爆発したのだった。
爆心地から少し離れた場所にゲートの出口が開き、そこからフォーマルハウトが姿を現した。
稲見は爆心地を見据えると、目の前に開けるだけのゲートを開いた。
そしてゲートに向かって両手でコル・ヒドラエを撃ち込む。
ゲートの出口は爆心地の真上に開いており、そこから撃ち込まれたコル・ヒドラエのビームが降り注いだ。
何発も何発も間断なく撃ち込み続ける。
何発撃ち込んだのか数えきれなくなった頃、稲見はコル・ヒドラエの射撃を止めた。
「……これで終わりだ」
ありったけのアニマを消費し、稲見の攻撃は成功した。
稲見が使用した「アル・フルド」
分身体を造りだす固有武装だ。
アーヒル・アン・ナハルと違い、こちらの分身体は自動操縦の精度が低い代わりにダメージを受けると大爆発を起こす。
ハンドグレネードで爆煙を起こしている内に分身体を造り出した稲見は、すぐにゲートで移動。
敵が分身体の爆発に巻き込まれている内にコル・ヒドラエで逃げ場の無い程ビームを撃ち込んだのだった。
『残念なお知らせだ。今の攻撃でアニマを半分以上消費した』
「問題ないです。どっちにしろ今ので仕留められなかったら次の手はありませんので」
稲見が使えるフォーマルハウトの固有武装は今ので全部。
もしこれで倒せていなかったら後は手持ちの能力を駆使して何とかするしかない。
しかも使用回数が極端に限られた状態でだ。
(どうか倒れていて!)
稲見は爆煙を眺めながら祈るしかなかった。
しかし願いと言うものは都合のいい物ほど叶わない。
2度の爆発に晒され、雨のようなビームを受けてもセプテントリオンの機体は健在だった。
今度は確実に大きなダメージを与えているのは見て取れた。
フェクダもミザールも装甲は大きく破損。
ミザールに至っては持っていた棺桶を防御に使ったのか、棺桶自体が折れ曲がっていた。
しかし2体ともまだ動いている。
破壊するには至らなかったようだ。
「……クソッ!」
稲見はアイヴァンとナビィをコピーした。
残ったアニマではもう大技は使えない。
なるべくアニマ消費の少ない武器で戦うしかない。
「このおッ!! やりたい放題やってくれたわねッ!!」
桃の叫び声が稲見の耳に響いた。
「こんな毎度毎度、黒焦げにされたら流石に怒るわよ!!」
大きなダメージを負っている筈なのに、桃の威圧感は全く衰えていなかった。
むしろ手負いの獣のように強い殺意まで感じる程だった。
「もうお前をぶっ潰せればそれでいいわ!! 残りのアニマ全部使ってやる!!」
稲見は前回、一瞬で距離を詰められビルに叩きつけられたのを思い出していた。
今度も同じように高速移動で接近してくるに違いない。
そこまで読んで身構えていた。
だが、気づいた時には殴り飛ばされていた。
アルタイルやドゥーべの高速移動など比較にならない。
あのメラクの脚部ブースターを使った移動よりも、なお速い動き。
そしてそれに乗せられた重い一撃。
稲見は軽く40〜50メートル吹き飛ばされた。
操縦席にかかる衝撃で気を失いそうになりながら地面に叩きつけられる。
地面にぶつかってもまだ衝撃はおさまらず、更に20メートル程地面を滑って行った。
「どうよ! 今の攻撃、移動と衝撃緩和と破壊力。合わせて10万のアニマを使ったわ」
デタラメな数値だった。
フォーマルハウトの内蔵アニマは11万。
それとほぼ同じ量のアニマを一回の攻撃に集約しているのだ。
咄嗟に左腕で庇っていたのか、フォーマルハウトの左腕は本体ごとグチャグチャになっていた。
辛うじて体に繋がっているだけで最早腕の形を保てていない。
胴体部分も抉れていた。
物凄い力が加わって歪んでしまっている。
たった一撃で致命傷。
操縦席のモニターは緊急アラートで埋め尽くされた。
(こ、ここまでの攻撃力……!?)
フェクダが固有武装を持たないのを納得した。
1等星のステラ・アルマに一撃でここまでダメージを与えられるなら固有武装など必要ない。
ただアニマをつぎ込んだ攻撃を放てば戦いは終わる。
しかも恐ろしい事にフェクダの内蔵アニマは背中のタンクを含めれば約40万。
戦闘開始直後なら4回もこの攻撃を放てるのだ。
やはり作戦なしの戦いでは歯が立たない。
仮にこの負傷を治療したとしても、この相手とまともな戦闘など無理だ。
「まさかこれで終わりだなんて思ってないわよね?」
「!?」
稲見が必死に頭を働かせている間に、すでにセプテントリオンの2人はそばまでやってきていた。
倒れたまま動けない稲見を囲うように立ち塞がっている。
「一応命令だからね。ステラ・カントルは助けてあげるわ。だけど機体はこのまま破壊させてもらう」
「ひッ! 桃さん、機体を壊したら中の子も死んじゃいません?」
「破壊するギリギリまで攻撃する。その間、操縦席で怯えてなさい」
「悪趣味っすねぇ……」
「殺さないだけマシでしょ!? 私達がどれだけ痛い目みたと思ってるのよ!!」
「それもそうっすね」
2人のやり取りを聞いていた稲見は全身が震え出した。
破壊するギリギリなんて外から分かるものでは無い。
ダメージが少しでも機体の限界値を超えたら即破壊なのだ。
その瞬間、稲見は死ぬ。
そして恐らくこの戦いも稲見達の敗北となる。
すでに選べる選択肢のなくなった稲見は、桃に言われた通りに怯える事しかできなかった。
しかし怯え以上に悔しさが湧いていた。
ここまでやったのに、勝てなかった。
みんなに期待されたのに、応えられなかった。
それが悔しくて仕方がなかった。
――その悔しさが、稲見に最後の覚悟を与えた。
体がひしゃげる程のダメージを食らったフォーマルハウトの体から、大量の体液が流れ出ていたのだ。
(……道連れだ)
ここまで近くにいるならこの2人を巻き添えにできる。
フォーマルハウトの体液を燃やして焼き尽くせる。
自分の命と引き換えに、この2人を殺すんだ。
「……フォーマルハウトさん。すいません。一緒に死んでください」
『この状況ならそう言い出すんじゃないかと思ったよ』
「あとは犬飼さんとすばるさんに任せましょう。私達はここでこの2人と一緒にリタイアです」
『はぁ。もう少し姫と楽しく過ごしたかったが仕方ないな』
「本当にごめんなさい」
フォーマルハウトに馬乗りになったフェクダが右手を構えた。
さあ殴ってこい。
好きに痛めつければいい。
そうやって夢中になった時がお前らの最後だ。
稲見の顔が恐怖と狂気で歪む。
そんな中、最後に思い浮かべたのはパートナーへの謝罪だった。
(……ごめんね、フェルカド)
桃の右手の拳が、振り下ろされた。
「桃さん! ストップっすーーーーッ!!」
その時、突然藤袴の叫び声が聞こえた。
「!?」
稲見がその声に驚く。
すぐさまセプテントリオンの2人は稲見のそばから離れて行った。
しかも一歩・二歩退いたのでは無い。
飛行してかなり遠くの方まで離れて行ったのだ。
稲見は何が起こったのか分からなかった。
唯一分かったのは、ドゥーベの時のように、またしても自分の死が遠のいたという事だけだった。
セプテントリオンの2人はどこか遠くの方を眺めているようだった。
体を動かせない稲見は、顔だけを動かして2人が眺めている方を見た。
そこには
見た事もない数十体のステラ・アルマが、セプテントリオンに武器を向けていた。




