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第129話 The Other Side of the Wall⑫

 尾花が萩里のサポートに向かった後、桔梗は一人取り残されていた。


 ベネトナシュの切断された両手・両脚の負傷はアニマを消費して応急処置。

 月に戻れば欠損も治療できるので一旦これで問題はなかった。


『桔梗。大変申し訳ありません』

「仕方ないよベネトナシュ。フォーマルハウトはチートの塊みたいな奴だからね」


 問題があるとすれば桔梗の精神状態。


 桔梗はこの戦いにおいて全くと言っていいほど戦果を上げられていない。

 それどころかすでに仲間の足手纏いだ。

 外面的には平静を保っていても内心穏やかではいられなかった。


(まさか僕がこんな扱いになるとはね。気に入らない結果だよ)

 

 撫子はどうなったのだろうか。

 彼女との勝負は先に敵を倒した方の勝ち。

 その勝利条件を満たせなくなった桔梗はどう自分を納得させるかを考えていた。



 そんな折、目の前の空間が歪み始めた。

 

 歪んだ空間に紫色のモヤが現れ、それがだんだんと大きくなっていく。


 モヤの中央に線が入り、線が大きく口を開けて穴が現れた。


 それは先程の戦いで何度も見たゲートだった。


「……おっとお。これ大ピンチなのでは?」


 ゲートの中から禍々しい機体が出てくるのを眺めながら、桔梗は納得よりもこの後どうやって生き延びるかを考える事にした。



「まさかすばるさんが?」

『それしか考えられない』

「そんな事もできるなんて1等星の固有武装って何でもありですね」

『君のパートナーの固有武装も大概だがな』


 フォーマルハウトと雑談をしながら現れた稲見は、目の前に標的であるベネトナシュが転がっているのに気づくと、すぐさまコル・ヒドラエを向けた。


 まさにまな板の上の鯉。

 桔梗とベネトナシュの命は稲見に握られていた。


「最後に何か言い残したい言葉はありますか?」

「善戦した相手に対して、こう哀れみとかをかけてはくれないのかな?」

「無いみたいですね。殺します」

「待ってくれたまえ! そうだ。せっかくだから僕から情報を引き出しておかないか? 月に関して知りたい事もあるだろう?」

「そんなに口の軽い人から出た情報なんて怪し過ぎて必要ないです」

「よし。では一方的に話そう。その話に価値があると思ったらもう少し話をしようじゃないか!」


 稲見はベネトナシュの胸に右手の指をあててエネルギーを集中させた。

 もういつでも核を撃ち抜ける状況にして桔梗にプレッシャーをかける。


「君達のように月に反乱を起こす世界は実は珍しくない。何ならセプテントリオンと戦って普通にクリアを目指す世界の方が少ないくらいだ。そういう反乱を企てた世界がどういう行動に出るか分かるかい?」


 桔梗はこれ以上ないくらいの早口で喋り始めた。

 自分の命惜しさに情報を吐き出すのは見上げた根性だが、最後が質問形式になっているのが稲見は気に入らなかった。


「こっちの反応ありきで話すのやめてくれます? 言いたい事だけ簡潔に話して下さい」

「うむ。ではそうしよう。君達の場合、犬飼未明子が討伐対象だった為に我々が直接やって来たがそれは稀有な例だ。通常、月への反乱を決めた世界はわざわざそれを宣言しない。それよりも月に反乱の意思を悟られないようにして準備を進め、一気に行動に出る」

「……どういう事ですか?」

「月への奇襲だ。月が油断している内に基地に攻め込むんだ。セプテントリオンは召集がない限りはそれぞれの世界で生活しているから奇襲時に月にいるとは限らない」

「まあそうですね」

「月が奇襲され、それから女神に召集されてようやく月にやって来る。だから僕達が来るまでは有利に月を攻められるという訳さ」


 桔梗の話の真偽は分からないが説得力はあった。

 稲見達の世界がセプテントリオンと戦う事になった経緯は、未明子が罪を犯して討伐対象となった流れからだ。


 そこで夜明が反乱の宣言をしたが、他の世界が反乱を企てた場合はそんなフェイズは無いだろう。

 月を倒す敵と定めたなら直接月に攻め込むのは当然だ。


 ただ、そうすると分からない事がある。


「地球と月との距離は38万キロ。そんな距離をステラ・アルマで移動できないでしょう? そもそも宇宙に出られるのかも怪しい」

「そこは管理人の出番だ。管理人なら月のすぐそばにゲートを開ける」

「管理人に協力してもらったら月に反乱の意思が筒抜けじゃないですか」

「それは管理人次第だよ。君達が彼女らとどういう信頼関係を築いたかによるさ。だいたい管理人の選出だって月に対して不満を持っている個体から選ばれるからね」

「何ですって?」

「おや、聞いていないのかな。管理人に選ばれるファミリアは月の女神に対して何かしらの意見を持っている者達だ。それは待遇の改善だったり、単純な不満だったり、中には女神を楽しませる為にあえて反抗している者もいるらしい」

「どうしてセレーネはそんな者達を管理人にするんですか?」

「もし自分の管理する世界がこの戦いを勝ち抜いた場合は女神への意見が通るんだ。通常のクリアだろうが女神を倒してクリアしようがね。だから管理人は基本的には君達に協力的だろう?」


 稲見は管理人に詳しい訳では無かったが、その点は疑問に思う事もあった。


 戦いを管理するのは月の仕事だから分かる。

 分からないのは反乱にも協力的な事だ。


 反乱は月側である管理人にとって不利益でしかない。

 それなのに協力的なのは、セレーネ打倒は管理人にとってもメリットがあるからなのだ。


「……なるほど。そういう事でしたか」

「なかなか面白い話だろう。どうかな? まだ僕を生かしておく価値はあると思うんだが」

「貴重なお話ありがとうございました。では」

「ちょちょちょちょっと待ちたまえ! じゃあ月の防衛力の話をしようじゃないか!」

「月の防衛力?」

「月にどれくらいの戦力があるか気になるだろう?」


 月の戦力は無人兵器ルミナスが5万体とセプテントリオンが7人と言うのが稲見達の共通認識だった。


 こちらがルミナスの情報を知らないとでも思っているのだろうか。

 それとも他にまだ戦力を隠しているのだろうか。

 真偽不明でも話を聞いてみる価値はある。



 そう考えた稲見が桔梗の話に耳を傾けようとした時、フォーマルハウトが叫んだ。


『避けろ!!』


 その声に反応した稲見が素早く後退すると、目の前に巨大な鎌が飛んで来た。


 刃が直線のその大鎌は、さっきまで立っていた場所に深々と突き刺さった。


「増援!?」


 稲見はすぐにゲートを開いてその場から移動する。


 少し離れた場所から出現し、大鎌が飛んで来た方向を見ると、ボロボロの布を纏った死神のような機体と、背中から大きなタンクを生やした機体が空を飛んでいた。


「葛春桃と……藤袴!?」


 藤袴は五月と戦っていたはずだ。

 その藤袴がここにやって来たのであれば五月が敗北したという事になる。


 メンバーの中で未明子以外にセプテントリオンに勝てる可能性が高いのは五月だと思っていた稲見にとって、それは大誤算だった。



 桃と藤袴は飛行を解除して桔梗のそばに着地する。


「ひッ! 桔梗さん危なかったっすね」


 藤袴は地面に刺さっている大鎌を抜いて手元で一回転させた。


「君達来るのが遅いよ! 尾花が連絡してから結構たったよ!?」

「こっちだって色々あったんだから勘弁しなさいよ。それよりアンタいま月の防衛力について話そうとしてたでしょ?」

「おやぁ? 味方同士の通信は切っていたはずなんだがね」

「アンタ声がデカすぎんのよ!」


「……五月さんはどうしたんですか?」

「あら。その声もしかしてこの前ルミナスの砲撃を跳ね返した奴? あんたがフォーマルハウトに乗ってるの?」

「質問に答えて下さい!」

「ひッ! 不肖藤袴が勝利いたしました」

「まさかと思うけど殺してないでしょうね?」

「桃さん大丈夫っす! ちゃんと生きてます!」


 藤袴が隠し事をできないのは稲見も把握している。

 ならば少なくとも五月が生きているのは間違いない。

 しかし同時に五月が敗北したのも確実となった。


「ったく。撫子もやられちゃったみたいだし、あんた達セプテントリオンの自覚あんの?」

「おや。撫子もやられたのかい? 良かったあ。負けたのが僕だけじゃなくて」

「全然良くないわよ! セプテントリオンが2人も負けるなんて前代未聞よ!?」

「いやしかし相手は1等星だよ? 大目に見てくれたまえ」

「梅雨空との戦いも放棄するし一体どういうつもりなのよ?」

「そういえば桃は梅雨空の相手をしてくれてたんじゃなかったのかい?」

「ああ。梅雨空はもう倒したわ」


 稲見にとっては聞きたくない言葉だった。

 五月に続いて梅雨空も敗北している。


 これで残った戦力は3人。

 対して相手は5人。

 旗色は圧倒的に悪い。


 稲見は覚悟を決めるしかなかった。

 五月と梅雨空が負けたのなら、もう自分が勝って戦況を覆すしかない。


 対立状況はシンプルだ。

 未明子はおみなえしと戦っている。

 アルデバランを操縦しているすばるが萩里と尾花と戦い、稲見が桃と藤袴を相手にする。


 1等星のステラ・アルマに乗る3人が残った敵と戦うだけだ。


「突然アルデバランが現れたのには驚いたけど、尾花から桔梗を守ってくれって言われてるからね。ここからは私達が相手するわよ」

 

 桃が拳を叩き鳴らして威嚇する。


 桃の強さを身に染みて理解している稲見はその音を聞いて嫌な記憶が蘇った。


 しかし泣き言を言っていても誰も助けてくれない。


 前回の戦いもそうだった。

 勝つためにはまず勝てると信じること。

 不利な状況でそれがどうしたと叫ぶこと。


 それで初めて道が開けるのだ。


(大丈夫。状況を分析して、冷静に、臆病に戦えば何とかなるはずだ)


 フォーマルハウトが評価してくれた自分の強みを確認した稲見は、柄にもなく闘志が漲ってくるのを感じていた。


 この2人との戦い方は決めてある。

 策もある。

 後は気持ちで負けないこと。

 

 瞳に力を込めた稲見は、自信を持ってこう言った。


「フォーマルハウトさん。少し暴れますね。あいつらを、倒します」










 黒馬さんと戦い始めて数十分。

 ようやく有効打が決まった。


 奥の手である超スピードによる斬撃。

 あの技の動きを応用して背後に回り込み、ガラ空きの背中に砲撃を撃ち込んだ。


 6連装のビーム砲は並のステラ・アルマなら装甲ごと貫く破壊力がある。

 至近距離での直撃ならいかにセプテントリオンの機体と言えどひとたまりもないだろう。



 ビームが命中した爆発で発生した煙が視界を覆っている。

 その煙を見ていたら、突然目の前が真っ白になった。


「あっ……」

 

 血の気が引いて指から力が抜ける。

 一瞬、鷲羽さんのコントロールを失って落下しそうになってしまった。


『未明子!?』

「ごめん。ちょっとフラついた」


 戦闘中にダメージ以外で意識を失いかけるなんて初めての経験だった。

 これはおそらくアウローラの影響だ。

 

 戦い始めてからもう結構な時間が経つ。

 その間、少量とはいえ血を抜かれっぱなしなのだ。

 だいぶ体に負担がかかっているのだろう。


 どんなパワーアップにも相応のリスクがあるものだけど、アウローラは本当に命を落としてしまう危険がある。

 解除のタイミングを見極めないとそれがそのまま敗北に繋がってしまうから気をつけなければいけない。


『未明子。次の相手と戦うまでアウローラは解除しておいた方がいいわ』

「……残念。まだ終わってないみたいだよ」

『え?』


 爆煙の中に機影が浮かんでいるのが見えた。


 流石セプテントリオン筆頭。

 一撃与えたくらいで勝負はつかないか。

 

 とは言えビームの直撃をどう凌いだのだろう。

 流石にあれだけの隙をついた砲撃を6発全部避けられたとは思いたくない。


 煙が晴れて黒馬さんの機体が現れる。

 見た目にはほとんどダメージは無く、近くで爆発に巻き込まれたせいで機体が少し汚れているくらいだった。


「うわぁー。あんまりダメージ入ってないや」

「いや危なかったよ。まさかあんな速度で動けるなんてね」

「今のも訓練で編み出した技なんだ。流石に避けられなかったでしょ?」

「うん。アリオトのスピードじゃ全然ついていけなかった。でも何度も使える技じゃ無いよね?」


 それは正解だ。

 残像が見えるくらいの速さで動くにはとにかく大量のアニマを消費する。

 散々飛び回って、アル・ナスル・アル・ワーキを何発も撃った今の状態ではもう使えない。

 

 アウローラを解除すれば血液の供給でアニマを回復できるけど、黒馬さんと戦うにはアウローラは必須だ。


 だから今の攻撃で決着をつけられなかった私には、もう双牛ちゃんが託してくれた作戦しか残っていない。


 それが不発に終わった時、敗北が決定する。


「どうして砲撃が効かなかったの?」

「さあ? 考えてみるといいよ」


 4本脚で回避したのでなければ考えられるのは固有武装しかない。


 てっきり右手に持ってる槍が固有武装だと思ってたんだけど、あの武器に何か防御的な能力が備わっているのだろうか。

 

「戦い始めた時に射撃についての話をしたけどさ、犬飼さんはアルタイルとの相性は良くないと思う」

「え?」

「多分だけど犬飼さんの得意な射撃って、中距離で撃ち合う射撃じゃなくて遠距離から狙撃する射撃なんじゃない?」

「……どうしてそう思うの?」

「銃口を見てれば分かるよ。偏差射撃の癖が強いんだ。相手の動きを計算にいれて照準を取ってるのに都度修正を入れるんだよね」 

「……」

「ゲームか何かの癖なのかな? アルタイルの固有武装よりも、もっと射程の長い砲撃の偏差撃ちをしようとして狙いをつけた後、アルタイルの射程に修正するんだよ」


 訓練中でも誰も気づかなかった私の弱点。

 まさかそんな癖を持っていたなんて。


「そのラグが命中力に大きな影響を及ぼしている。アルタイルのそのビーム砲よりも、共通武器のスナイパーライフルを持った方が強いかもしれないよ?」


 それが何を意味しているかは分かっている。

 ミラのファブリチウスが私に最も適した武器だったって事だ。 

 

 それは別にいい。

 誰にだって適正がある。

 私はそれが長距離射撃だっただけの話だ。


 それよりも鷲羽さんとの相性が悪いと言われた事が私にとっては一番の屈辱だった。

 

「ご忠告ありがとう。参考にする。でもパートナーの能力をそんな風に言われるのは頭にくるな」

「ごめんね。でもせっかくの犬飼さんの才能をステラ・アルマの性能で潰されてるのが許せなかったんだ」

「……そっか。じゃあここで私が黒馬さんを倒したら私達の相性を認めてもらえるのかな?」

「認めるよ。倒せたらね」


 さっきは血の気が引いたと思ったのに、今は全身の血が沸騰しそうだった。


 鷲羽さんとの相性が悪いだなんて絶対に言わせない。

 私の大切な人を悪く言うなんて誰であろうと許さない。


『み、未明子。何か血圧が上がってない? 大丈夫?』

「あんなこと言われたら血圧だって上がるよ。見てて。すぐに撤回させるから!」


 右手のバズーカを黒馬さんに向けた。


 このまま撃ってもバズーカの弾速では絶対に命中しない。

 それは向こうも分かっているから回避体勢すら取っていなかった。


 ……いいぞ。

 そうやって油断しててくれ。

 それだけが私の勝ち筋だ。


 こちらがバズーカを撃つと同時に黒馬さんが接近して来た。

 そんなもの何の脅威でも無いと言わんばかりに紙一重で弾丸を避ける。

 

 鷲羽さんを後方に加速させながら、次はアル・ナスル・アル・ワーキを発射した。


 流石に6本のビームは脅威だったのかステップで回避された。


 そこにすかさずバズーカを撃ち込む。

 相手の避ける位置を読んで最適の場所に撃ち込むも、難なく回避されてしまった。


 私はアル・ナスル・アル・ワーキとバズーカの射撃を交互に繰り返した。


 どちらも回避されてしまう上に、バズーカを撃つ度に距離が縮まっていく。


 5発目のバズーカを撃ったところで弾切れを起こした。

 後方加速しながら弾丸のリロードを行う。


「バズーカを囮にしてビームをあてたいみたいだけど、それは少し甘い戦法なんじゃないかな!?」


 黒馬さんはどんどん距離を詰めて来る。


 リロードの終わったバズーカを向けて狙いをつけた時には、すでに敵の攻撃射程ギリギリまで接近を許してしまっていた。


 それでも照準を定め、槍を構え向かってくる白騎士に6発目のバズーカを放った。


「こんな攻撃ッ!!」


 黒馬さんは今度はバズーカの弾を避けなかった。

 代わりに右手の槍でバズーカの弾を突き刺したのだった。

 

 共通武器のバズーカの威力は元々そこまで高くない。

 弾丸を破壊した時に起こる爆発なんてたいした事ないと言う判断なんだろう。


 それよりも飛んで来る弾丸を手持ち武器で破壊できる高い技量。


 そしてこの状況でそれを実行する判断力。

 やっぱり黒馬さんは凄い。



 ……だからこそ、双牛ちゃんの悪巧みが刺さったのだった。



 バズーカの弾は槍で貫かれて簡単に破壊された。

 本来ならそこで爆発が起きて敵はその爆発の中から槍を構えたまま突進して来たのだろう。


 だけど爆発はしなかった。

 爆発が起こる代わりに、弾丸から大量の白い物体が飛び散ったのだった。


 敵の機体はそれに巻き込まれて白い物体まみれになった。

 

「な、なんだこれ!?」


 突然現れた謎の物体に黒馬さんはパニックに陥っているようだった。


 それはそうだろう。

 いま自分に何が起こっているのかなんて主観的に分かる訳がない。


 

「それ、トリモチです」


 白い物体の正体はトリモチ。


 トリモチとは鳥や害獣などを捕獲する時に使用するゴム状の粘着性の物質だ。

 捕獲に使用する物なので性質として非常に強い粘着力を持っている。

 ちなみにトリモチのモチはお正月に食べるお餅とは別の意味だけど、見た目は完全にそのお餅だ。

 

 そのトリモチが空を飛ぶ白騎士の全身にへばりついていた。

 

「と、トリモチ!? 何でそんな物が」

「最初のバズーカの弾は普通の弾丸。でも今リロードしたのは全弾トリモチ弾なんだ」

「まさか、共通武器のカスタマイズ!?」

「その通り。弾をカスタマイズして中にトリモチを仕込んでおいたんだ。バズーカは怖くない武器だと意識させておけば、近くに来た時に絶対に破壊してくれると思ってたよ」


 双牛ちゃんの提案した作戦。

 通称 ”稲見の悪巧み” の中で、最も悪巧み感が強いのがこの作戦だった。

 

 過去に狭黒さんが作ろうとしていたトリモチ入りのハンドグレネード。

 それが却下されてしまったのはハンドグレネードだとその粘着性によってトリモチがあまり飛び散らないからだった。


 それを聞いた双牛ちゃんが「じゃあバズーカの弾に仕込んでそれを相手が至近距離で破壊するように仕向ければいい」とカスタマイズしたのがこの弾丸だった。


「トリモチが何だって言うんだ!? こんなものをつけられたくらいで!」

「鷲羽さん。ほら、言ってあげて?」

『あーその……ご愁傷。私も前にトリモチを翼に食らった事があってね』

「え? そんな……そんな!?」

『飛行能力を失って墜落したのよ』

「脚が、動かない!?」


 以前鷲羽さんは敵から翼にトリモチを食らって飛行能力を失った事があったらしい。

 トリモチがへばりついていると上手く浮力を得られないそうだ。


 だから黒馬さんの機体の4本脚も、トリモチがへばりついたせいでステップする力を失っていた。


「そんな、こんな冗談みたいな攻撃で……!」

「それ鷲羽さんも言ってた」


 ステップを封じられて極端に動きが遅くなった敵機体に接近する。


 突然の事態にどう対処したらいいか分からない黒馬さんに近づくのは簡単だった。


 私は左手に装備したパイルバンカーを敵機体の胸にあてた。


「くそぉッ!!」


 黒馬さんの叫びが響くのと同時に炸薬が爆裂する。

 

 猛スピードで打ち出された鉄杭は、敵の機体の胸を貫いたのだった。

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