第13話 カルテットデート②
「いやー盛大に遅刻してしまった! まぁ乙女の準備には時間がかかるものなんだよ」
「まずはあやまんなさいよ」
流れるように狭黒さんの頬をペチンと叩くアルフィルク。
「ごめんなさい」
同じく流れるようにまったく謝意のこもっていない謝罪を返す狭黒さん。
これお説教してるのか、じゃれあってるのかどっちなんだろう。
うーん、愛の形は色々だ。
植物園の入口まで戻ってきた私達は遅れてきたメンバーと無事に合流できた。
本来の集合時間からはだいぶ過ぎてしまったけど、別に急ぎの日程でもないしな。
私とアルフィルクの元に九曜さんが駆け寄ってくる。
「本当ごめんね! アタシが張り切り過ぎたせいでこんなに時間がかかっちゃった!」
「五月はいつものことでしょ。これくらいかかると思ってたわよ」
アルフィルクは狭黒さん以外にはとても優しい。
頬を叩かれた当人は何で自分だけ怒られたの? という顔をしている。
「未明子ちゃんもごめんね!」
顔の前で両手を合わせて必死に謝られてしまったが、そもそも遅れたのはミラの為だし、待っている時間でアルフィルクと大事な話もできたので私は全く気にしていなかった。
「でも遅れた分の成果はあったよ! どうぞご覧ください!」
九曜さんがそう言うと、微妙にみんなで壁を作って姿を隠されていたミラが、少し恥ずかしそうに前に出てきてくれた。
「ど、どうかな?」
私はミラの姿を見て思わず固まってしまった。
春をイメージさせる薄いピンクのワンピースに、落ち着いた白のボレロを合わせて、ワンポイントに襟元の紺のリボン。
カジュアルなデザインのハンドバッグで、全体的に大人なイメージのコーディネートにまとまっている。
「き、綺麗……」
言いたいことは沢山あるのに、いつも以上に語彙力が働かない。
てっきりフリッフリの甘い系の服装で固めてくると思いこんでいた私は、正統派が繰り出す重い一撃に脳がやられてしまって、言語中枢に不具合が出ていた。
そりゃあ今まで制服姿しか見たことなかったんだから私服姿を見たら感動する。
うちの学校の制服は地味だから気づかなかったけど、明るい色の服を着るとミラの髪の美しさが際立つ。ふわふわの髪が、太陽の光を浴びて輝いて見えた。
「本当は黒いサンダルにしようかと思ったんだけど、ちょっと大人っぽすぎるし、今日は歩くから可愛いめの白シューズにしたのがこだわりでございます」
「うん。五月、いい仕事したわね」
九曜さんとアルフィルクがハイタッチする。
確かにこれは最高の出来映えだ。
私がミラから目を離せなくなっていると、ツィーさんがチョコチョコとこちらにやってきて
「この女神が今日はワンコのものだ。存分に楽しむがいい」
と耳打ちしてきた。
はぁーーーーーッ!!
私は今日一日、こんな美しい女の子の横にいさせてもらえるのか!!
なんて幸せなんだ!!
ミラの方をガン見したまま、大きくガッツポーズをとった。
「では、そろそろ参りましょうか」
ミラのご披露が終わったので、暁さんが場を仕切り直す。
このままだとここで一日ミラを見て終わってしまいそうだ。
それも悪くないけど、せっかく来たのだから楽しまないと。
私はミラの方に駆け寄ると、エスコートのつもりで手を差し出した。
ミラはいつもの天使の笑顔で私の手を握り返す。
「未明子との初デート、嬉しいな」
ああ。今日も私の彼女がかわいい。
「しかし五月から植物園の提案が出るとはな。私はよみうりランドとか行きたかった」
「遊園地もいいんだけどね。アトラクション系は全力で遊んじゃうからさ。交流メインならこういうところの方が話しやすいんだよ」
九曜さんとツィーさんがとても近い距離で話しているのに違和感を感じてしまう。
それぞれのカップルで歩いているから当然なんだけど。
なんだか狭黒さんとツィーさんのノリが近いので、頭の中であの二人をコンビにしていた。
狭黒さんとアルフィルクの濃厚なキスを見ておきながらもそう感じてしまっていたので、人のノリとかペースって大事なんだな。
それで行くと暁さんとサダルメリクちゃんが恋人同士っていうのも不思議な感じだ。
手を繋いで歩く姿はどう見ても仲の良いお姉ちゃんと妹さんにしか見えない。
相変わらずサダルメリクちゃんにお菓子を食べさせているし。
「未明子、どうかした?」
「ひやぃっ!」
みんなのことをじっと観察していたので、突然ミラに声をかけられて変な叫びが出してしまった。
我ながらどんだけ没頭してたんだ。
「いや、みんな恋人同士なんだなって思って。私の周りには今まで女の子同士のカップルっていなかったから、なんか新鮮で」
「そっか。私はずっとみんなを見ていたから見慣れちゃったな。逆に今までは私が一人だったから、未明子と一緒にいられて嬉しいよ」
彼女からそんな言葉を聞かされると、嬉しいのと、何故だか申し訳ないという複雑な気持ちになる。
「私はミラが別のユニバースに行っちゃう前に一緒になれて良かったな」
「ステラ・アルマのこと、アルフィルクに聞いたの?」
「うん。ステラ・アルマが一緒になれる人を見つけられるのって凄い事なんだって言ってた」
「そうだね。何年も探しても見つからない事もあるらしいから。未明子があの日、私を見ててくれて良かったよ」
「実は一年生の頃からずっと見てたよ。クラスが違ったから毎日は無理だったけど、ずっとミラのこと気になってたもん」
「そうなの? それは嬉しいな」
「嬉しいんだ? そんな人怖くない?」
「怖くないよ。それだけ好きでいてくれたって事でしょ?」
そう言ってもらえると救われる。
もしあの時、思ったことを口に出せなかったら、私はいまでもミラを見つめる怖い人だったに違いない。
隣を歩くミラを見ながら、この出会いは私にとってこそ奇跡だったと思った。
「みんなの出会いも知りたいな」
「聞いたら喜んで話してくれると思うよ」
「アルフィルクに聞いたら、一晩かかるからみんなでお泊まり会しようって」
「それいいね。私、未明子の寝巻を見たい!」
非常に残念ながら、家に帰ればただの芋女な私はミラに見てもらえるような寝巻など待っていなかった。
今だって着飾ったミラの横を歩く自分の服装のダサさで泣きそうなのに。
ってかみんなオシャレさんすぎるよ。
私も暁さん家にお邪魔させてもらえば良かった。
「では、我が家のスケジュールを確認しておきますね」
「おわっとぉ!?」
今度はミラとのやり取りに集中していたので、誰かが近寄っている事に気がつかなかった。
声の主は暁さんだった。
我が家のって、まさか心の声が漏れてた!?
「我が家であればこの人数でも問題なく泊まれます。家の者も慣れておりますし、準備をしておきましょう」
良かった、お泊まり会の方だった。
「寝巻きも全員分用意しておきますよ」
あれ、やっぱり心の声漏れてた?
でも暁さんにお任せできるのなら、私の芋な寝巻を披露しなくても助かるかも。
お願いします! と言いかけると、隣にいたサダルメリクちゃんが私の服をつまみながら制止してきた。
「み、未明子さん、すばるに任せておくとフリフリな格好にさせられるよ」
うおおおおおッ上目遣いかわいいッ!!
この幼女ちゃんマジでかわい過ぎないか!?
家にお持ち帰りしてめちゃくちゃ甘えさせたい!! 暁さんの気持ちがよく分かるぜ!!
「具体的に言うと私みたいにされる」
サダルメリクちゃんは手を広げて自分の着ているゴシックでロリータな服装を見せてくれた。
初めて会った時も似た感じの服を着ていたけど、これは暁さんの趣味だったのか。
気弱そうな小さな子にゴスロリ。正直好きだ。
ミラが天使なら、サダルメリクちゃんは妖精のようだ。
「メリク。その言い方だとまるでわたくしの趣味が悪いみたいじゃありませんか」
「そ、そうは言ってない。だけどすばるはちょっと自重した方がいいと思う」
おお?
思ったよりサダルメリクちゃんも言い返すタイプなんだな。
完全に暁さんにやられっぱなしの子だと思ってた。
「メリク。他に人がいると気が強くなるのも大変かわいらしいですね。ではメリクのかわいいところをもっと知ってもらいましょう」
暁さんがそう言うと、やたらニコニコしながら私のすぐ横までやってくる。
ふいにスマホを取り出し、画面をこちらに見せてくると、そこにはサダルメリクちゃんの写真が大量に保存されていた。
いま着ているようなロリロリした服装、もっと子供っぽい服装から、ボーイッシュな服装、果ては着ぐるみまで、多種多様な服を着せられた写真を山のように見せられる。
「どうですか犬飼さん。メリクはどんな格好をしてもかわいいでしょう?」
心の底からそう思っている力強い笑顔で私に同意を迫ってくる。
いや、その笑顔怖いです。
それを聞いたサダルメリクちゃんが、自分の写真を見せられていることに気づいて泣きそうな顔で駆け寄ってきた。
「やめてすばる! 見せないで! 見せないで!」
手を伸ばしてぴょんぴょん飛び跳ねながらスマホを奪い取ろうとするも、圧倒的に身長が足りない。
そんな一生懸命なサダルメリクちゃんを見ながら
「まぁかわいらしい。でもそんな必死にジャンプしてもわたくしには届きませんよ」
と、恍惚な表情を浮かべてあしらっている。
ドSかこの人。
「ひどい! ひどい!」
暁さんのスカートを引っ張りながらプンプン怒っているサダルメリクちゃんは究極にかわいかった。
そしてそのサダルメリクちゃんの怒り顔を見ながらツヤツヤな笑顔を浮かべている暁さんは究極に怖かった。
この二人も恋人どうしなんだよな。
愛の形は色々だ。
「それよりもメリク、もう少し歩くとバラ園があるみたいです。みなさん、そこで先にお昼にいたしませんか?」
まだ怒っているサダルメリクちゃんの頭を撫でながらパンフレットを確認する暁さん。
そう言えばこの植物園のバラ園は結構有名らしい。
本当は園内を見回ってからお昼にする予定だったけど、当初より大幅に遅れてしまったので先に食事を取るのもいいかもしれない。
「おお、そうしようそうしよう。私も荷物を早く軽くしたい」
ツィーさんが自分の背負っている大きなカバンをアピールする。
やたら大荷物だったのはお弁当を持っていたからか。
ラインだと九曜さんがみんなの分をまとめて作ってくれるという話しだったので、全員分があそこに入っているのだろう。
特に反対意見も出なかったので、私たちはバラ園のテラスで昼食を取ることにした。
テラスからはバラ園を見渡すことができた。
左右対称の庭園のようになっていて、中央に大きな噴水がある。
その周りに色とりどりのバラが咲いていた。
こちらもちょうど見頃の時期だったらしく、目を見張るほどの絶景だった。
「凄い! こんなにたくさんのバラが咲いているの初めて見たよ!」
「綺麗だね」
「500種類くらいのバラが植えられているらしいですよ」
「これは全部食べられるのか?」
「何でバラを食べる話になってるんだろうね」
「絶対やめなさいよ!」
「じゃあ、バーンとお弁当広げちゃおっか」
「あ。て、手伝います」
準備をはじめる九曜さんとそれを手伝うサダルメリクちゃん。すかさずそれに加わるミラと暁さん、それにアルフィルク。
流石、女子力が高そうな子は素早く動く。
それを尻目にバラ棚の方にぴゅーと駆け寄っていく狭黒さんとツィーさん。
こういう時もあの二人が別行動するんかい。
みんな気にしてないからいつもこんな感じなんだろうな。
「このバラはクリスチャン・ディオールと言って、かの有名なフランスのデザイナーにちなんでつけられたバラだね」
「おいしいのか?」
「こっちはジーン・バーナー。他の種に比べると棘が少ないみたいだよ」
「おいしいのか?」
「これはウィンナーシャルメだね」
「おいしそうな名前だな!」
二人して大はしゃぎしている。
あの二人、黙って大人しくしていればクールな美人さんなのに、一旦動き出すと横着が過ぎる。
流石にあの中に入っていく勇気はなかったので、私はしれっと女子力組の方に混ざった。
一体、朝の何時から準備してくれたんだと思わされる色とりどりの料理が並べられた。
それに感動するとともに、美人でオシャレで性格が良くて、料理もうまい九曜さんみたいなパーフェクトお姉さんがいる事に震えた。
スペックが違いすぎる!
ここまで差があると、もはや別の人類なのではないかと疑ってしまう。
そもそも周りには別次元の美人さんばかり。
何故私はここに存在する事を許されているんだ? と頭を抱えていると
「おお! 五月くんは相変わらず素晴らしい料理を作ってくれるね!」
「すごいだろ!」
「なんで君が偉そうにするんだい」
横着コンビが戻ってきた。
この二人が混ざるとなんか安心する。
「さぁさぁ、早速頂こうじゃないか! ツィーくんも早く座りたまえ」
「なんで夜明がしきってるんだよい」
まったくだ。
横着コンビがそれぞれ椅子に腰掛けると、何の手伝いもしていなかった狭黒さんの仕切りで食事が始まった。
当然のようにミラの隣を確保させてもらったが、まさかこうして隣り合って食事ができる日が来るなんて思わなかった。
幸せを噛みしめながら隣を見ると、両手でホットサンドを握って美味しそうにカリカリ食べている。
本当、私の彼女は何をしていてもかわいい。
九曜さんの料理の味も相まって天国にいる気分だった。
「未明子ちゃんの好みが分からなかったから適当に作っちゃったけど、お口に合ったかな?」
「すっごく美味しいです!! 幸せですッ!!」
「そんなに!? そこまで喜んでもらえるなら作った甲斐があったよ」
思わず大きな声が出てしまったが、お世辞でもなく本当に美味しい。
こんなに美味しい九曜さんの料理を毎日食べられる人は幸せだろうなぁ。
「ワンコ、そんなに吠えても五月はやらんぞ」
あ、この人か。
いつも幸せそうだ。うん。
「五月は私の彼女だからな。私が独り占めだ」
「取ろうとか思っていないので大丈夫です」
「そうか? ワンコの目はここにいる全員を狙っているような気がするぞ」
私は食べていた卵焼きを吹き出しそうになった。
「な、何を言ってるんですか! さすがにそんな事しませんよ!」
「さっきだって隣にミラがいるのに、私のことをじっと見ていただろう」
げ! 歩いてる時に見てたことがバレてる!
そういうつもりではなかったけど、見ていたのは事実なので否定できない。
「すばるや五月を見る目も怪しいし、何よりサダルメリクを見る目が変質者のそれだ。アルフィルクにいたっては裸を見られてるしな」
そりゃこれだけ綺麗どころが揃ってたら見るだろ!
それに変質者じゃないよ! サダルメリクちゃんはお姉さんな目線で見ちゃうだけだよ!
あとアルフィルクのはわざとじゃない!
「あれ、私は?」
狭黒さんが寂しそうに言う。
「ワンコにはミラがいるんだから、他に気をとられている場合ではないぞ」
自分だってさっきまで九曜さんを放っておいて狭黒さんとはしゃいでたくせに。
確かに美人さんに見入ってしまうことはあるけど、私の心の中はミラで満たされているから、そんな風に言われるのは心外だ。
「他に気を取られるなんてありません! 私はいつだってミラ一筋ですから! ね、ミラ?」
自身満々でミラの方を見ると「え、そうだったの……?」と言わんばかりの顔をしていた。
えぇ……。
ミラにまさかの顔をされて私は一気に血の気が引いた。
完全に誤解されている。
「違うよ。私はミラが一番だからね。確かにみんなのことは好きだなって思うけど、それは恋愛としての好きじゃないからね」
まるで浮気現場をおさえられたかのような言い訳だ。
口を開けば開くほど言葉が上擦っていく。
「もう! ツィーが変なこと言うから変な空気になっちゃったじゃない!」
「アルフィルクも無理やり胸を見られたんだから言いたいことがあるなら言うんだぞ」
「見られてない!」
「サダルメリクは襲われる前に自衛しておけよ」
「わ、私は、その……」
「ちょ、ちょっとツィー、そこまでにしておきなってば」
「私も話にいれてほしいなぁ」
このメンバーで話していると度々こういうカオスな状況になる。
主に横着コンビのせいで。
五月さんがどうフォローしようか焦っていて、アルフィルクは怒っていて、サダルメリクちゃんはどうしていいか分からず汗を飛ばしていて、暁さんはニコニコしている。
自分がどう言われようが全然気にしないけど、今回は何故かミラが話に引っ張られてしまったので、その誤解だけは解いておきたい。
でもこういう時はどうしたらいいんだ?
戦いなら相手を倒せば勝ちなのに、こういう話のもつれはどうしたらいいか分からない。
これならいっそ戦ってる方が気が楽だ。
私の頭がまたオーバーヒートしそうになっていると
パンッ!
と、大きな音が響く。
音の方を見ると、どうやら暁さんが手を叩いたみたいだ。
思ったよりも大きな音が響いたせいで全員が固まる。
柏手一発でみんなを黙らすなんてまるで武術家のようだ。
みんなが注目する中「コホン!」とわざとらしい咳払いをする。
「では、こういうのはいかがでしょうか?」
そう言う暁さんは変わらずニコニコ笑顔を浮かべている。
私はその底が見えない笑顔に嫌な予感を感じざるを得なかった。
「あの、私は話に入れないのかい?」




