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第125話 The Other Side of the Wall⑧

「ひッ! 何すかアレ!? 誰かの能力っすか!?」


 五月との戦闘から離脱してきた藤袴は、落下してくる隕石に対処するために自身の固有武装 ”アルコル” の場所まで戻って来た。


 無造作に地面に立っている棺に触れ、待機状態になっていたアルフェラッツ達を操作する。


「ミザールは対ステラ・アルマ特化だからああいうのは苦手っすよ。みなさん、あの隕石の迎撃をお願いできますか!」


 藤袴の指示で物言わぬ機体達は落下してくる隕石の方に向き直った。

 ざっと20体ほど並んでいるアルフェラッツ達が一斉に剣を構える。

 

 五月との戦いを観察した限り隕石を破壊するくらいの火力はあると判断した藤袴は、アルフェラッツ軍団の最後尾に控えた。


「ひッ! これで何とかなりそうっすね。ところで五月さんはうまく逃げられたのでしょうか?」


 さっきまで戦っていた相手を探すもどこにも姿は見えなかった。


 どこかのビルの影に隠れているのかもしれないが、隕石の落下をビルで防ぐには心許ない。

 五月に死なれると困る藤袴はアルフェラッツを何体か護衛に向かわせようかと考えていた。


 しかしそんな献身的な考えを踏みにじるように、五月が藤袴の背後から突然斬りかかって来たのだった。


「五月さん!?」


 アイヴァンとナビィがミザールの首めがけて振り下ろされる。


 藤袴は2刀の斬撃をギリギリでかわし、すぐさま棺の裏側に隠れた。


「ちょっとちょっと五月さん! 今はまずいっすよ! あの隕石を迎撃しないと私達ペチャンコですよ!?」

「いやーごめんね藤袴ちゃん。そういう段取りなんだわ」

「どういう段取りっすか!?」


 隕石の落下など全く気にしない素振りで五月は攻撃を続ける。


 能力の発動条件で棺から手を離せない藤袴は、片手でバッティスタを振り回しながら何とか攻撃をしのいでいた。


「ひッ! これはヤバいっす。こっちは動けないのに、五月さんは容赦なく斬りかかってくる。ちょっと隕石への対応が不安ですけど何体か五月さんの相手をしてもらうしかないですね」


 今しがた五月の護衛に出そうと考えていた数体に五月の相手をしてもらう事にした。


 護衛しようとしたり、相手をさせたり、藤袴の思考はしっちゃかめっちゃかだが、それは本人の難儀な性格のせいとしか言いようがない。


「5体は五月さんの対応へ! 残りは隕石の迎撃をお願いするっす!」


 隕石の迎撃準備をしていた内の5体が振り返り、藤袴を囲うように移動した。


 その頃には空から降ってきた隕石がいくつか地面に着弾し始めていた。


 落下してくる隕石群をアルフェラッツ達が大剣で叩き落とす。

 しかし数が多すぎて対応の間に合わない数体が落下に巻き込まれていた。


 空気との摩擦で燃えた岩石が命中した機体は、爆発する代わりに黒いヘドロに変わって地面を汚した。


「ひッ! なんすかこの地獄!?」


 空から降り注ぐ火球。

 その火球に押し潰されていく機体。

 散らばる黒いヘドロ。


 まさに地獄だった。


 そんな地獄の中でも、五月は器用に隕石を避けながら攻撃を続けていた。


 護衛のアルフェラッツが剣を振り回し牽制。

 藤袴自身も大鎌を振り回して五月の攻撃をいなす。


 すると隕石の一つが藤袴に直撃する進路で落下してきた。

 守護しているアルフェラッツの1体が隕石を斬り落として防御すると、隙を狙って五月がその機体の首を斬り裂いた。


 首を斬り落とされた機体が黒いヘドロに変わる。


 5体の守りのうち1体を仕留め、できた防御の隙間から再び五月が斬りかかる。


「ひッ! 五月さんメチャクチャです!」

「だよねー。アタシもそう思う」

「私を攻撃するのはもう止めませんから、せめて隕石にはぶつかったりしないで下さいよ!」

「心配してくれるんだ? ありがとう。でも藤袴ちゃんは隕石にやられてくれてもいいんだよ?」

「鬼っすか!? 心配して損したっす!」


 そんな間抜けな会話をしている背後で、隕石の迎撃を任されていたアルフェラッツ達が次々と落下に巻き込まれその数を減らしていた。

 新たな機体を呼び出そうにも五月の猛攻で能力を発動する暇がない。


 1体。また1体と。

 隕石、もしくは五月にやられていくのだった。


「ふ、不毛すぎる!」


 藤袴を守っていた最後のアルフェラッツが五月に斬り倒され、隕石の迎撃にあたっていた機体もとうとう手が足らなくなり全機隕石に潰されてしまった。


「あら。亡霊ズが一掃できちゃった。じゃあここからはアタシとタイマンだね!」

「ひッ! 提案なんですけど隕石が止まるまで待ちません?」

「ほらぁ、アタシせっかちだからさ!」

「待てない女性はモテませんよ?」

「大きなお世話だっつーの!」


 五月が護りのなくなった藤袴に斬りかかる。

 藤袴はアルコルを維持する理由がなくなったので、今度は動きながら応戦した。


 護衛がなくなったとはいえ、固有武装(バッティスタ)の攻撃は厄介だった。


 何せガードができない。

 装甲で受けるのは勿論、武器で受けてもそこからアニマを奪われる。

 全ての攻撃を完全回避しない限りは3回触れただけで倒されてしまうのだ。


 五月は藤袴が自分を戦う相手に選んでくれた事を幸運に思っていた。

 もし藤袴と戦うのがすばるのサダルメリクや梅雨空のムリファインだったら確実に勝ち目はなかった。

 高速で動き回れるツィーだからこそバッティスタを回避できているのである。

 

 そのツィーの動きを以ってしても回避はギリギリだった。

 セプテントリオンNo.2を背負うだけあって藤袴の基本的な戦闘能力は非常に高い。

 隕石の衝突を避けながらも五月の攻撃に合わせて的確に大鎌を振ってくる。

 

「もーお! その武器めっちゃ厄介!」

「ひッ! お褒め頂き感謝っす」

「そんなに強いならあんな棺桶使わなくてもいいのに」

「過去の敵と戦わせてアニマ切れを起こさせるのが私の基本的な戦法っす。それで五月さんみたいに攻略された場合だけ私が直接戦う事にしてるんです」

「それでも結局その武器でアニマ切れを狙うんだよね? 何で?」

「ひッ! そしたら無駄に人が死なないで済むじゃないですか」

「え?」


 アイヴァンの一閃が回避され、五月は藤袴との距離を取った。


「今のどういう意味?」

「私はできれば誰にも死んで欲しくないっす。ボス役をやるのも私が戦えば相手を殺さずに倒せるからです。そうしたら相手は何度でも挑戦できる」

「それマジで言ってるの? 他のメンバーも同じ考え?」

「ひッ! これはあくまで私個人の甘い考えです。他のメンバーはもっと堅実だと思います」

「……ならさ、やっぱアタシ達って戦う以外の選択肢を選べるんじゃないの?」

「それがそうもいかないんすよ。私達はあくまでセレーネさんの駒。セレーネさんの命令は絶対なんす。そこに可能な限り私の考えを挟んでいるだけなんです」

「アタシ達がセレーネを倒したら?」

「それ、この前あの性格キツい人にも言われたっす」

「性格キツい? 誰だろ?」

『梅雨空だな』

「ソラちゃん性格キツイかな!?」

「ひッ! その時にも言ったっすけど、それはその時になってみないと分からないです」

「……そっか」

「今回私達の任務は敵の殲滅っす。だからとりあえず私はそれに従って動くしかないんすよ」


 最後の隕石が街に落下した。

 ズシンと重い音が鳴って周囲の建物が崩れていく。


 隕石群によって五月達の周りは瓦礫の山になっていた。

 ところどころ燃え上がり被害の大きさを訴えている。


 藤袴と睨み合っていた五月は、下ろしかけていた武器を改めて構え直した。

 

「分かった。アタシの任務も藤袴ちゃんを倒す事だから、今は何も考えずに戦うね」

「ひッ! それがいいっす」


 五月は左手に持っていたナビィを腰の鞘に納刀した。

 そして腰の装甲部にしまってあったハンドグレネードを取り出す。


「ハンドグレネード? 意外な武器も使うんすね」

「普段のアタシなら使わないかなー。これはね、作戦担当が考えてくれた悪だくみなんだ」

「悪だくみ?」

「こういう事だよ!」


 ハンドグレネードを地面に叩きつけると、爆発の代わりに黒い煙が吹き出てきた。


「ひッ! スモークグレネード?」


 共通武器であるスモークグレネード。

 凄まじい勢いで黒煙を吐き出して周囲の視界を奪う煙幕用の武器だ。


 黒い煙が辺りを包み込み、お互いの姿は完全に視認できなくなった。 


「……目隠しっすか。舐められたもんっすね」


 無論今までの戦いでスモークグレネードを使われた事など何度もある。

 逃走に、不意打ちに、様々な使い方をされてきた。


 今回も恐らく不意打ち。

 藤袴は視界よりも周囲の音に注意を向けた。


 ふいに右側から風切り音が聞こえる。

 

「そこっす!」


 音に反応して大鎌を振ると、キィン! という金属音と共に何かが地面に落ちた。


 それはナビィの刀身だった。


「ひッ! あの短い方の刀、刀身だけ飛ばせるっすか」

 

 煙幕に乗じた間合いの外からの攻撃。

 しかしこれを悪だくみと言うにはあまりに芸がない。


 次が本命の攻撃だと判断し、再び耳を澄ませる。


 しかしいつまで待っても攻撃は無く、やがて煙が晴れてしまった。


「ええー何もなしっすか。一体なんだったんすかね?」


 周囲に五月の姿は見えなかった。

 攻撃は囮で姿を隠す方が本命だったのだろうか。



 ――その時、背後から地面を蹴る音が聞こえた。


(来た!) 


 藤袴は振り向きざまに大鎌で背後を斬った。


 ちょうど五月が飛び込んで来たところで、大鎌はツィーの胴体を斬り裂いた。

 斬り裂かれた箇所から光の粒子が飛び散り、それが鎌に吸収されていく。


 しかし斬られながらもアイヴァンと、刀身を付け替えたナビィで斬りかかってきた。

 

「なるほど。3回斬られる前に押し切るつもりなんすね。でもやっぱりセプテントリオンを舐めすぎです!」


 藤袴は大鎌の柄を短く持ち変えた。

 そして五月の斬撃が届く前にもう2発斬撃を繰り出したのだった。

 

 一瞬の連撃。

 

 三つの傷跡ができたツィーの体から大量の光の粒子が出て鎌に吸収されていく。


 捨て身の攻撃をするつもりだった五月の機体はアニマを全て奪われ行動不能に陥った。

 そのまま受け身も取れずに地面に落下して、動かなくなったのだった。



 藤袴は倒れ伏した五月が動けないのを確認すると、寄り添うように腰を下ろした。


「ひッ! らしくない攻めでしたね」


 五月の反応は無い。


「でも安心して欲しいっす。五月さんは絶対に助けろって命令なので……」



 ザシュッ!



 藤袴が話している途中で、何かが切り裂かれる音が響いた。


 突然藤袴の操縦席のモニターに、ダメージレポートが表示される。

 それはミザールの背中へのダメージ通知だった。

 

 今の音は、斬撃が機体の背中を斬り裂いた音だったのだ。  


「……どういう事っすか……」


 背後には、2本の刀を構えた五月がいた。


 藤袴は目を疑った。

 目の前には間違いなく倒した五月の機体。

 そして何故か後ろにも全く同じ五月の機体。


 何が起こったのか、藤袴の理解の範囲を越えていた。


「えーと……説明を聞いてもいいっすかね?」

「いま藤袴ちゃんの前にいるソイツね、仲間が作った偽物なんだ」

「偽物?」


 それはフォーマルハウトの能力。

 影に触れた相手のコピーを作り出す、エリダヌス座1等星アケルナルの固有武装「アーヒル・アン・ナハル」


 2人は知る由もないが、アケルナルが自分の館でやっていたように一度でも影に触れた事のある相手であれば何度でもコピーを作り出せる能力だ。



 稲見は戦闘フィールドに来た時、コル・レオニスで隕石を降らせる前にツィーのコピーを作っていたのだ。

 そしてコピーに身を隠すように命令していた。


 五月はスモークグレネードを投げた後、煙の外からナビィの刀身を発射した。


 攻撃を警戒させて藤袴をその場に縫い付け、その間にツィーの特性で姿を消して、隠れていたコピーと入れ替わった。

 

 藤袴が倒したのはそのコピーだったのだ。


「ひッ! 煙幕は攻撃する為じゃなくて偽物と入れ替わる為の目隠しだったんすね」

「正解。目の色以外全く同じだったから気付かなかったっしょ?」

「まさか偽物を使役する私が偽物に一杯くわされるとは思ってなかったっす……」

 

 五月の攻撃はミザールに大きなダメージを与えていた。

 大きな傷跡が背中に2本、深々と刻まれている。


「これでアタシの勝ちだね。でも安心して、殺したりしないから。アタシだって藤袴ちゃんと同じで、できるなら殺したくないんだ。相手が降参してくれるならそれが一番いいよ」

「ひッ! 五月さんは優しいんすね」

「アタシの固有武装も相手のアニマを奪うとかだったら良かったな」

「いやいや。3回も斬る武器なんて面倒なだけっすよ」

「じゃあアタシ、他のみんなに加勢したいから行くね。このままここで大人しくしてて」

「ひッ! これを言うのも3回目なんですけど、やっぱりセプテントリオンを舐めてるっすね」

「え?」


 大鎌の一閃。


 最早決着がついたと思っていた五月は攻撃を避けられなかった。

 

 背中が抉れる程のダメージを負いながら、なお五月よりも速い藤袴の攻撃。

 ツィーの胴体に真一文字についた傷跡から光の粒子が吸収されていく。


 五月は反射的に距離を取ろうと地面を蹴った。


 しかし離れるよりも素早く藤袴は大鎌をひっくり返し、柄の先端をトントンと2回打ち付けた。


「これで3回っす」


 後ろに跳んだ五月が着地する事はなかった。

 飛んだ先で足をつくもそのまま倒れ込んでしまう。


 アニマ切れ。

 すでにツィーのアニマ残量はゼロになり行動不能になっていた。


「ひッ! 鎌を見たら刃の方を警戒しますよね。でもこの武器は柄の方が怖いんすよ。刃を振り回すより遥かに軽いし早いんすから」

「……嘘でしょ……まだ動けたん?」

「桃さんも前の戦いでやってませんでした? アニマを消費して応急処置するやつ。セプテントリオンは大勢の敵と戦うのが基本っすからピンチにも慣れっこです」


 倒れたツィーの体が光りだす。

 それはステラ・アルマの変身解除の光だった。


 光がおさまると地面には五月とツィーの姿があった。


 アニマを失ったツィーは気を失い、強制変身解除に追い込まれた五月も動く事はできなかった。


「……負けた?」

「ひッ! 五月さんが優しくなかったら首を跳ねられて私が負けてたっす。なのでこの勝負、引き分けでどうですか?」

「……何それ。慰めてくれてるの?」

「ひッ! 自分あんまり気が効かないタイプなので慰めるとか良く分からないです」

「まあいいや……じゃあそういう事で……」

「っす」


 五月は悔しさを何かにぶつけたかったが指一本すら満足に動かせそうになかった。


 隣で気を失っているツィーは、ひとまず大きな怪我は無さそうだった。

 むしろ操縦席から少しだけ落下した分、五月の方が軽く傷を作っていた。



 五月の上に大きな影が迫って来る。


 それは自分達を掴もうとしているミザールの手だった。


 抵抗しようにも体は全く動かず、五月は諦めて目を閉じた。

 

「ごめんみんな。負けちゃった……」








 すばると撫子が戦っていたエリアへの隕石の被害はほとんど無かった。

 何故なら落下してきた隕石は全て撫子が破壊してしまったからだ。



 固有武装の能力を解放したメグレズはそのもの大熊と化していた。

 迫る隕石を爪と尾を駆使して次々に破壊していく。


 特に爪の破壊力が高く、一掻きするだけで複数の隕石を引き裂いた。

 尾は威力で言えばやや劣るものの、その長さを活かして広範囲を攻撃していた。


「わたくしの備えは必要ありませんでしたね……」


 すばるは落下してくる隕石を、盾の丸みを使って任意の方向に滑らせる訓練を積んでいた。

 それによって隕石を弾丸のように敵にぶつけようと考えていたのだ。


 しかし撫子が能力のお披露目とばかりに張り切ってくれたおかげで、盾に隠れているだけであっさり隕石の脅威をやり過ごせてしまった。

 

 あれだけ動き回ったのだ。メグレズのアニマ消費も相当なものだろう。

 隕石落下でダメージこそ与えられなかったが敵のリソースを削るという意味では大きな効果を得られた作戦だった。



「見てた? これがメグレズの固有武装の力だ」


 全ての隕石を破壊した撫子がすばるの前に戻ってくる。

 体を覆う熊型のエネルギーは先程よりも荒々しい姿になっていた。


「拝見しておりました。飛来する隕石をかくも見事に粉砕するとはおみそれしました」

「パワーもスピードも完全に私が上回ってる。これからアンタを攻撃するつもりだけど、降参するなら今の内だよ?」

「ご配慮ありがとうございます。ですがわたくしも仲間との約束がありますので降参はいたしません」

「だろうね。ま、降参したところで嬲るつもりだったけどさ」

「物騒ですね。能力を解放すると操縦者の精神状態まで獣のようになるのでしょうか?」

「そうだよ。だからアンタがくたばるまで、私は絶対に攻撃をやめない!」


 獣のごとく跳躍した撫子が右手の爪で斬りかかる。


 すばるが盾で攻撃を防ぐも、それがどうしたとばかりに両腕の爪を使って攻撃を繰り返した。


 1枚の盾でサダルメリクの体を完全に隠すのは難しく、腕や腰のはみ出た部分に攻撃を受け、まさに体を削られていた。


「それで防いでるつもりか!」


 メグレズがその場で横に一回転した。

 その反動で尻尾が弧を描いて盾の側面に回り込む。

 尾がサダルメリクの背中まで届くと、尾についた刃が背中に突き刺さった。


『痛い!』

「あの尻尾、厄介ですね」

『ああいう使い方してくるの、分かってたでしょ!? なんでボケっと、くらってるの!?』

「現状では防ぎようがありませんので」

『あれ思ってる以上に、痛いよ!? 何か対策考えて!」

「ちゃんと考えておりますよ」


 内部通信でギャーギャー喚くサダルメリクを嗜めながら、すばるはとある場所に移動していた。


「せめて盾が2枚あればね! 大事な盾を投げちゃうからそうなるのさ!」


 もう1枚の盾はさっきの投擲で遥か遠くの方に飛んでいってしまった。

 この連続攻撃に耐えながらそこまで取りに行くのはほぼ不可能だ。


 爪と尾による波状攻撃を盾1枚で凌ぎながら、ビルが連なっているエリアまでやってきた。

 この辺りも撫子の ”掃除” のおかげでだいぶ崩壊を免れている。


 周辺で一番背の高いビルに背中を預けたすばるは、そこで盾を真正面に構えた。


「そんな所で籠城!? 意味ないよ! ビルごとバラバラにしてやる!」

「防御だけでは勝てませんからね。そろそろ攻めさせて頂きます」


 すばるは持っていた盾をその場で放り投げた。

 

「は?」


 放り投げたと言っても敵に向かって投げつけたのでは無い。

 その場で手を離した。もしくは撫子に向かってパスをした。が正しい表現だ。


 盾は一瞬、すばると撫子を隔てるように宙に浮いていた。


「チェスト!」


 すばるはその場で腰を深く落とすと、盾の裏側に向かって両手で掌底を繰り出した。


 盾の裏側に打たれた掌底の衝撃が、盾を貫通してメグレズに伝わる。


「はぁ!?」


 ありえない位置からの攻撃に戸惑う撫子。

 しかしすぐにこれが ”鎧通し” と言われる技だと気づいた。


「鎧通し!? しかも私は盾に触れてないのに!?」

「通常の鎧通しは対象物に直接打ち込みますからね。鎧通しと言うよりも遠当て、でしょうか。これはアウローラ状態でのみ可能な必殺技です」

「そんな非現実的な!」

「巨大ロボットに乗って現実を語りますか」


 撫子は遠当ての衝撃で吹き飛ばされそうになるが、何とか踏みとどまって耐えた。


 盾がその場に落下して大きな音を立てる。


 ――またも盾だった。

 投げられたり、衝撃を通してきたり、この盾のせいで痛い目ばかり見ている。


 しかし逆に、この盾が無ければどうなのだろうか。

 純粋な殴り合いなら文句なしにこちらが有利。

 この盾さえ無ければ相手はただのデカブツに過ぎないのでは無いか。


 そう考えた撫子は落ちていた盾を拾い上げた。

 予想以上の重量だったがメグレズなら問題なく持ち上げられた。

 

「盾さえなければあああッ!」


 撫子は盾を背後に思いっきり放り投げた。


 盾は回転しながら飛んで行った。

 重量のせいでそこまで遠くまでは飛ばなかったが、だからと言って簡単に拾いに行ける距離ではなかった。

 

 盾さえなければ攻撃を防ぐ手段も妙な技も使えない。

 思えば初めて戦った時も盾を利用されて負けたのだ。


 こうなればもう負けはない!

 後は予定通り嬲り殺しにするだけだ!


 勝利を確信した撫子はすばるの方を振り返った。


 するとそこには、いま放り投げたのと全く同じ盾が視界を塞いでいた。


「……………………何で?」


 2つある内の1つはさっきコイツが放り投げた。

 残る1つはいま自分で放り投げた。

 なのに何故3つ目の盾が突然現れるのか。


 撫子の頭は混乱を超えて思考を放棄しそうになった。


「最初に投げた盾はよく似た偽物です」

「え?」

「共通武器はデザインをカスタマイズできるのはご存知ですよね? さっきわたくしが投げたのは共通武器を固有武装(ガニメデス)に似せてデザインした偽物だったんです。そしてこちらはそこのビルの隙間に隠しておいた本物です」


 稲見がすばるに伝えた作戦は ”偽物の盾で油断させる” だった。


 盾に頼った戦い方を見せた上で2つの盾を失えば敵は必ず油断する。

 そこを本物の盾で討ち取るというものだった。


 すばるは最初3つの盾を持ち込んでいたのだ。

 そして本物1枚をこの場所に隠し、残る本物1枚と偽物1枚を持って戦っていた。


 仮に隕石作戦で建物が崩壊したとしても、隠れているのがビルの隙間か瓦礫に埋まっているかの違い。

 すばるは戦いながらこの場所に来るのが目的だったのだ。

 

「では、いま一度参ります」


 すばるは盾を構えたまま走り出した。


 それは一番くらってはいけない攻撃だった。

 1等星の攻撃すら跳ね返す固い盾による突進(チャージ)

 先程立川の街を粉々に砕いて行った攻撃だ。


「ちくしょ…………ッ!!」


 撫子は瞬時に後ろに跳ぶも手遅れだった。

 体を覆いつくすほどの大盾が勢いよくメグレズを押し潰す。

 操縦席にもその衝撃が伝わり、撫子は座っている椅子に体を打ちつけた。


 メグレズを巻き込んだままサダルメリクの突進は続き、背後に建っているビルにぶつかっても止まらなかった。


 ぶつかったビルを破壊し、その次のビルも破壊し、5つ目のビルにぶつかったところで撫子は気を失った。


 

 盾の向こうから抵抗がなくなったのを感じたすばるは、そこでようやく突進を止めた。


 しばらく敵を押し潰したまま様子を伺うが全く反応はない。


 盾の裏側を見ると、そこには纏っていた熊型のエネルギーは消え失せ、複数のビルの瓦礫と混ぜこぜになったメグレズが力なく倒れていた。


 すでに目の青い光は消えており、ステラ・アルマの意識もなくなっているようだった。


「……やりすぎましたかね」


 メグレズの体は欠損こそないものの、前面が大きく歪んで ”く” の時に折れ曲がっていた。

 装甲もボロボロ、爪も何本か折れている。

 ここから立ち上がって戦えるとは到底思えない被害状況だった。



 ――この勝負はすばるの勝利。



 同じ3等星同士の戦いとはいえ格上のセプテントリオンの機体との戦い。


 勝負を決めたのは操縦者の技量であった。 



 すばるはアウローラを解除して周囲の戦況を確認した。

 梅雨空や五月の戦いは見えなかったが、遠くの方で未明子とおみなえしが戦っているのは見えた。


「犬飼さんがまだ戦闘中であれば別の方をお手伝いしに行きましょう。メリク、大丈夫そうですか?」


 すばるはサダルメリクのダメージ状況を確認する。

 ある程度のダメージはあるが戦闘できない程では無かった。



「……メリク?」


 しかしサダルメリクからの返事がなかった。

 動こうと思っても何故かサダルメリクの体は全く動かなくなっていた。


「メリク、どうしました?」


 すばるの呼びかけに答えないサダルメリクは、ある敵をじっと見ていたのだった。

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