第123話 The Other Side of the Wall⑥
各所で戦闘が行われている立川の街。
その上空で戦いを監視する3体のステラ・アルマがいた。
白いマントを纏った萩里の乗るドゥーべを中心に、両隣を尾花の乗るメラク、桃の乗るフェクダが固める。
「アウローラか……見たところ性能強化3段階分くらいの能力向上が現れているようだ」
「萩里知ってた?」
「いや、聞いたこともない。今まで戦ったどのステラ・アルマも使っていなかった技だ」
「撫子は完全に翻弄されてるし、桔梗も舐めた戦い方してるから痛い目を見てるわね。藤袴はいつも通りに戦えてるけど、おみなえしがちょっとヤバいかも」
「桃の言う通りだ。元々1等星は性能強化の上昇値が高い。3段階も向上しているなら十分脅威になりえる」
「助けに行く?」
「劣勢になるようなら私が加勢するよ。万が一おみなえしが負けて敵を調子づかせるのはマズい」
「やっぱり1等星って怖いね……」
「……」
萩里と尾花の頭に浮かぶのは、かつて戦った1等星の化物の姿。
その恐ろしさはセプテントリオンとなった今でも2人の脳裏に焼きついていた。
「そ、そう言えばさ! 2人ともあのデブのステラ・アルマを知ってる風だったけど、前に戦ったことがあるの?」
不穏な空気を察した桃が話題を切り替える。
「え? 桃は覚えてないの?」
「桃は直接戦ったわけじゃないから覚えていなくても仕方がない。あれはみずがめ座3等星のサダルメリク。アルデバランと同じチームにいたステラ・アルマだよ」
「全然覚えてないわ。アルデバランの印象が強すぎて他の機体なんてさっぱり記憶にないもの」
「最後までアルデバランと共に戦っていた機体だよ。あの機体がいなかったらあそこまで苦戦しなかったかもしれない」
「倒せたのもほぼ同時だったもんね」
「あの機体を見るとあの時の事を思い出してしまうな……」
「萩里。怖い顔になってるよ」
「操縦席の私の顔なんて見えてないだろう?」
「そうだった」
アルデバランから気を逸らすつもりが、結果的にクリティカルな話を振ってしまった。
桃は何か別の話題は無いかと周りを見ると、丁度いい話の種を見つけた。
「2人ともアホなこと言ってないで戦いを見てみなさい。本当に私達の出撃の可能性が出てきたわよ?」
桃に言われて監視に戻った2人は、とある戦いに動きがあったのに気づいた。
話題のサダルメリクを操縦する、すばると撫子の戦いだ。
「おおー撫子がやられてる」
「やっぱり経験の差かしら。生身で強くてもステラ・アルマ戦では厳しいみたいね」
「ならばここで敗北の経験をさせるのは忍びないな。桃、加勢に行ってもらえるかい?」
「後で撫子に文句言われそうだけど仕方ないわね」
「待って!」
加勢に動こうとした桃を尾花が呼び止める。
「はあ!? 突然なんなの!?」
「分からない。分からないけど何かザワザワする」
「また尾花のザワザワ? この状態で何が起こるってのよ」
「しかし尾花の胸騒ぎは信頼性が高い。尾花、それはどこから来ているか分かるかい?」
「待ってね。……あっちじゃない。こっちでもない……」
周囲を見回し、その胸騒ぎの原因を探る。
見える範囲に心当たりを見つけられなかった尾花は、ゆっくりと空を見上げた。
「……空」
「空ぁ!? 空に何があんの!?」
「空から怖いものがやってくる、気がする」
「気がするって……今は何にも無いわよ?」
桃が見上げた空には何の異常もなかった。
空気の澄んだ冬の空が広がっているだけだった。
「しかし尾花がそう言うなら様子を見た方が良さそうだ。桃、撫子への加勢は少し待ってくれ」
「了解ー。ならもうちょっと戦闘を監視してるわ……って、あの馬鹿金ピカ! 梅雨空をボコボコにしてるじゃない!」
「どうやら桔梗は手加減して戦っていたみたいだね」
「アイツ私に面倒な戦いは嫌だとか言っておきながら何やってんのよ!?」
桃が見たのは桔梗が浮遊砲台で梅雨空を痛ぶっているところだった。
ビームの連続射撃を受けてうずくまった梅雨空に、今度は桃の胸騒ぎが始まる。
「あの馬鹿、梅雨空を殺すつもりじゃないわよね!? そうはさせないわよ!!」
「桃。それは仲間が仲間を心配する時に言うセリフだよ」
「誰も殺すなって言ったのはリーダーでしょ!? 私あそこに加勢に行くわよ!」
「何で桃はやられそうな敵の加勢に行こうとしてるんだい?」
「待って桃!」
「だー! もう何なのよ尾花!」
「来た」
「……やるね梅雨空。今の攻撃も見事だったよ」
梅雨空の攻撃で地面に叩きつけられた桔梗が立ち上がる。
戦意が折れていないというアピールなのか、また訳の分からないポーズを取っていた。
アウローラ状態となったムリファインの一撃は、アルカイドに大きなダメージを与えていた。
殴られた部分は装甲ごと本体が歪んでしまっている。
「一体そのアウローラってのはどんな技なんだい? てっきり機体性能を上げるだけだと思っていたのだが、武器の攻撃力も上げられるのかな?」
「アウローラはステラ・アルマの性能を上げる技よ」
「しかし実際グレネード弾の速度が上がったし、今も武器が変形してるじゃないか」
「分かんない。何か私だけできた」
「ええ……?」
ムリファインの固有武装であるセプテムは、アウローラ状態になった事により持ち手から刃先まで赤い模様が血管のように浮き出ていた。
刃の部分に至っては色がドス黒く変色し鋭くなっている。
明らかに武器そのものが強化されていた。
アウローラは血液を供給する事によってパワーアップを果たす。
ステラ・アルマの体に血液という純度の濃いアニマが巡り、機体性能が上がると言うのは説明できなくはない。
だが、それを体から離れた武器に集中させられるのは理屈では説明できなかった。
訓練中でもこれができたのは梅雨空だけだった。
他のメンバーはどれだけ試してみても発現すらしなかったのだ。
すばるはそれについて仮説を立てた。
ステラ・アルマはパートナーの血液を吸収する事によって進化するのではないか?
ムリファインは長い期間梅雨空の血を吸ってきた為に、他のステラ・アルマがまだ到達していない次の段階に進化した。
だから秘められた力を使えるようになったのではないか、と。
しかしどれだけ考えても答えなど出るわけもなく、メンバーの中では梅雨空だけアウローラを器用に使えるという結論でまとまったのだった。
「難しい理屈なんてどうでもいいのよ。私達ステージの人間は感覚で戦う生き物でしょ? これが私の本気って事で納得しなさいな」
「うむ。君の言う通りだ。あれこれ思考に振り回されるのは楽しくない。それよりも今は僕と戦えるようになった君を楽しませてもらうとしよう!」
桔梗は機体を空に飛ばし、浮遊砲台を自分の前に集めた。
対する梅雨空はセプテムに集中させていた赤い模様を全身に戻し機体性能を上げる。
再びムリファインの瞳の部分から血の涙が流れだした。
「模様の移動は自由自在か。厄介だね」
「最終的にグレネードの弾だけにアウローラを集中させてミサイルみたいにできないかと思っているわ」
「ハハハッ! 君は本当に面白いね。だが残念。ここからは最終章の上演だ!」
「もう最終章? このステージにはアンコールはないのかしら?」
「それは君次第だ、羊谷梅雨空!」
2人とも、これが最後の攻撃だとばかりに相手に向かって突進する。
しかしその瞬間。
それは空の上からやって来た。
すばるの渾身の突きをくらった撫子は建物を巻き込みながら数十メートルほど吹き飛ばされた。
アニマを込めた重い一撃を受けたメグレズの胴体部分は大きくひしゃげ、破壊こそ免れたもののダメージは甚大だった。
「くそッ! 何でやられるんだ!」
撫子が悔しさのあまり地面を殴りつける。
その衝撃でかろうじて建っていた周囲の建物も崩れ落ちた。
「機体性能では勝ってるのに! 私はセプテントリオンで一番強いのに! こんなの絶対おかしい!」
「物事そうそう都合良くはいきませんよ?」
「うるさい! たまたまうまく行っただけなのに調子に乗るな!」
「では納得のいくまで何度でもお相手しましょう」
すばるが腰を落として静かに構える。
それを見た撫子はもう一度地面を殴り立ち上がった。
「こうなったらメグレズの固有武装を解放してやる!」
「おや。その爪が固有武装ではなかったのですか?」
「この爪は一部だよ。今から見せるのが真の姿さ」
撫子はメグレズを四つん這いにさせた。
爪を前に突き出し、動物が獲物を狩る時のような前傾姿勢になる。
「マグリズ・アル・ダッブ・アル・アクバル!」
それはメグレズの名前の由来となった ”熊の尾の付け根” という言葉だった。
おおぐま座が形取るのは長い尾を持つ熊。
その熊のちょうど尾の付け根部分で輝くのが3等星メグレズだ。
メグレズの腰に撒かれていた装甲部分が剥がれ、長い尻尾のように変形した。
その尻尾は星座のイメージにあるような柔らかな尻尾ではなく、側面に刺々しい刃が付いていた。
「物騒な爪に続き、物騒な尻尾が生えてきましたね」
「それだけじゃない。尾を使えるようになればこういう事もできるんだ!」
撫子の言葉に連動して両腕の爪と垂れ下がる尻尾が光りだした。
光はメグレズから発生するエネルギー。
そのエネルギーが全身に巡り、巨大な熊の形になる。
「これがメグレズの真の姿。私の格闘能力を存分に活かせる固有武装だ!」
「爪が生え、尾が生え、どんどん獣になっていったかと思えば、最後は完全に熊型のエネルギーを纏いましたか」
「こうなったらパワーはさっきまでの比じゃない。アンタが唯一勝っていたパワーもこちらが上回る!」
「話の肝心な部分が忘れられていますね。わたくしはパワーだけではなく、パワーと武術のハイブリッドと説明したと思いますが」
「うるさい! ここからはアンタのターンは回ってこないよ!」
「……いえ。その前に切り抜けねばならない事態が起こったようです」
「は!?」
そう言ったすばるは、急に撫子に背を向けて走り出した。
背後からの奇襲も厭わぬ走りっぷりに撫子は呆然とその姿を眺める。
「い、いまさら逃げるのか!?」
「悪いことは申しません。一度背後をご確認下さい」
「え?」
すばるは撫子を無視してどんどん離れて行く。
訳が分からない撫子は、とりあえず言われた通りに後ろを振り返った。
そこに広がる光景は撫子の想像を遥かに超えていた。
「ひッ! 凄いっすね! これだけ敵に囲まれてるのに全然攻撃が当たらないです!」
「大剣はね、できる攻撃が決まってるんだよ! それが分かってれば楽勝だよ!」
周囲を取り囲んでいるアルフェラッツの攻撃は、全てかわされていた。
五月が言った通り大剣での攻撃手段は少ない。
剣を縦方向に振る振り下ろし。
横に斬る薙ぎ払い。
そして真正面を攻撃する突きの3つだ。
以前戦った本物は更に剣そのものを投擲してきたが、この状況では味方を巻き込んでしまうのでその選択肢はない。
しかも3つと言っても動き回る相手に攻撃範囲の狭い突きは相性が悪く、かつ薙ぎ払いも周囲の建物が邪魔をして効果的とは言い難かった。
となれば敵の攻撃は振り下ろしがメインとなる。
一度反対方向に振りかぶる振り下ろしは攻撃モーションを見逃さないのと、回避する方向さえ見誤らなければ避けるのは難しくなかった。
五月は敵の攻撃を避けつつ藤袴との距離を詰めていく。
進みながら敵の数を減らす事もできなくはなかったが、次々と復活するのでは効率が悪い。
結果、攻撃は捨てて回避と前進に専念していた。
「亡霊の数を増やすのに必死で戦いやすさまで考えてなかったでしょ?」
「ひッ! そんな事はないっすよ。ただこんなに囲まれた状態で攻撃を回避し続ける五月さんが異常なだけです」
敵と敵の間を縫うように。
攻撃と攻撃の隙間をすり抜けるように。
驚異的なスピードで動き回っていた。
「特訓が活きてるね。アルタイルちゃんの動きに比べたら亀とスッポンみたいなものだよ!」
『五月。スッポンも亀だぞ』
「あれ!? 比べるの何だっけ?」
『さぁ? 月じゃなかったか?』
「五月とスッポンだよ!」
『繋げて言うな! ……まあ間違ってはいないか』
五月の動きに比べれば敵の動きはまさに亀だった。
亀がいくら素早く動いても五月のスピードに叶うはずもなく、瞬く間に敵の包囲網は突破されてしまった。
「藤袴ちゃんさぁ。この固有武装は凄いけど藤袴ちゃんがその棺桶に触ってなかったら発動できないんでしょ?」
「ひッ! 流石にバレましたか。その通りっす」
「一緒に攻めてくればいいのにずっとそこにいるんだもん。そうだと思ったよ!」
「くどいっすけど、普通はこんなに大量の敵を出したら突破されないんすよ。私の出番は無いです」
「ボス役やる時は?」
「せいぜい2、3体っす。それが破られたら大人しく私が戦います」
「アタシの時だけずるいじゃん!」
「ひッ! 五月さんは自分が討伐対象って事を思い出した方がいいっす」
アルフェラッツの大群を抜けて、奥に控えていた藤袴の前まで辿り着いた。
すぐに地面を蹴って棺の裏側にいる藤袴に向かってアイヴァンを振り抜く。
狙われた藤袴は何の躊躇もなく棺から手を離すと、上空に飛び上がりその攻撃を回避した。
棺から本体が離れた事によって能力の発動条件が満たされなくなり、全てのアルフェラッツの動きが停止する。
「ひッ! お見事っす。アルコルがここまで活躍しなかったのは初めてです」
「その割には悔しそうじゃないね」
「アルコルでアニマ切れに持ち込めたら理想だったっすが、無理そうなら私が相手をするまでです」
「ねえ、聞いてもいい?」
「ひッ! 何っすか?」
「萩里に聞いたんだけど、セプテントリオン最強のおみなえしちゃんは藤袴ちゃんに勝ってセプテントリオンに入ったんでしょ?」
「そうっすよ」
「んで、藤袴ちゃんは桃ちゃんに勝ってセプテントリオンに入ったんだよね?」
「ひッ! 僭越ながらそうっす」
「もしかしてさ、セプテントリオンで2番目に強いのって藤袴ちゃん?」
「……正解っす」
「!?」
五月は悪寒を感じて瞬間的にその場から一歩退いていた。
それは完全に勘でしかなく、理由があって退いたわけではなかった。
だがその一歩がなければ、藤袴の攻撃は五月を捉えていた。
「おっと。避けられちまったっす」
藤袴の操縦するミザールはいつの間にか巨大な大鎌を持っていた。
よく見る湾曲した刃を持った大鎌ではなく、直線の刃を持ったL字型の大鎌だった。
「怖っ! 全然攻撃が見えなかった! って言うかどこにそんな大きい武器持ってたの?」
「ひッ! この固有武装はバッティスタ。ミザールの肋骨が変形した武器っす」
「その胸の装甲武器にもなるの!? 能力は?」
「命中したステラ・アルマのアニマを奪うっす。だから物理的なダメージはほぼ無いっすよ」
「へ? じゃあ全然怖くないじゃん」
「ひッ! 命中すると割合ダメージっす。敵の内蔵アニマがどれだけ高くても一度当たれば3分の1のアニマを奪うっす」
「じゃあ3回当たったら終わりってこと!?」
「そうっすね。どんな強い相手でも3回触れたら終わりっす。因みに刃の部分だけじゃなくて柄の部分に触れても命中判定なので防御不可です」
「ズルくない!?」
「ひッ! こう見えても一応No.2っすよ」
藤袴は飛行しながら大鎌を構えて突進してきた。
攻撃射程まで距離を詰めてくると流れるように大鎌を振る。
刃を止めたらアニマを奪われる。
かと言って柄の部分を止めてもアニマを奪われる。
まさに防御不可。
避ける以外に選択肢がない。
五月は普段よりも多めに距離を取って回避した。
大鎌だけあってリーチが長く、紙一重でかわしたのでは次の攻撃を避けきれない。
五月お得意のナビィで受けてアイヴァンで斬り返す戦い方は完全に封じられていた。
「ぎえー! 亡霊ズと戦うより全然キツい!」
『流石セプテントリオンだな。出し惜しみしてる場合じゃなさそうだぞ!』
「そうだね! アウローラ発動しとこう。っても指切る暇あるかな?」
「ひッ! 五月さん!」
突然藤袴が五月の名前を呼び、動きを止めた。
そして慌てて離れていく。
「え、急にどしたん?」
「ひッ! うしろ! ヤバいっす!」
戦闘中に敵に後を向けと言われて振り返るのは自殺行為。
だが優勢だった敵がわざわざ離れて行く理由は無い。
そして何よりそのヤバい状況。
五月には心当たりがあったのだった。
昭和記念公園の上空で戦闘していた未明子とおみなえしも、その状況を確認していた。
双方共に動きを止めて様子を伺う。
「な、何あれ……」
目を疑うような状況におみなえしが声を漏らした。
未明子とおみなえしが飛行している立川の空。
その更に上空に、ある物が飛来していた。
それは隕石だった。
赤く燃え上がる石の塊が空から降ってきていた。
しかも1つどころでは無い。
無数の、数えきれないくらいの隕石が落下してくるのが見える。
『未明子!』
「うん……って事は、誰かがピンチになったんだね」
その大量の隕石が降ってくる方向。
方角で言うと東の背の高いビルの上に1体のステラ・アルマの姿があった。
全身を覆う刺々しい装甲。
背中に何本も生えた排気管。
何よりもその機体が纏っている禍々しいオーラ。
それはフォーマルハウトだった。
迫りくる隕石群よりも目を引かれるその機体に、上空で待機するセプテントリオンの3人も気づいた。
「フォーマルハウト!?」
「何でアイツがいんのよ!? だってアイツ、パートナーがいないんでしょ!?」
「藤袴が呼び出した偽物……って事はないよね……」
フォーマルハウトが右手を空に掲げ、その手を握り込む。
さらに掲げた右手を振り下ろすと、空に大挙している隕石群の落下速度が上がった。
「待って待って! もしかしてあの隕石アイツが降らしてんの!?」
「そういう固有武装があるみたいだね」
「落ち着いてる場合じゃないわよ萩里! 撃ち落とさないとヤバいじゃない!!」
「心配しないで桃。私がいれば大丈夫だよ」
「そりゃメラクの能力があれば私達は大丈夫でも他の4人が大丈夫じゃないでしょ!?」
「みんなもセプテントリオンなんだから切り抜けられるよ。それよりも桃は梅雨空って子が心配なんじゃないの?」
「ち、違うったら! 本気で4人の心配をしてんの!! 撫子なんてただでさえ押されてるんだから助けた方がいいでしょ!?」
「あ、何か勝手に動いてる人がいる」
「へ!?」
「ほらあそこ」
尾花が指さした先にいたのは金色の機体だった。
今まで梅雨空と戦っていた桔梗のアルカイドが、戦闘を離脱してフォーマルハウトの方に向かっていたのだった。
「ちょっとアンタ! どこに行くのよ!!」
「すまない梅雨空。君との戦いは楽しいが、それよりももっと楽しそうな相手がやって来たようだ」
「はあ!? 何を勝手なこと言ってるのよ!! アンタの相手は私でしょ!?」
「ハッハッハ。誰かに先を越される前にあっちの獲物を頂きたいんだ。何、君があの隕石群から生き延びられたら必ずもう一度相手をしよう!」
それだけ言い残すと桔梗は凄いスピードで飛んで行ってしまった。
「コラーーーーーー!!」
梅雨空の絶叫が空に響き渡る。
――完全に置いていかれてしまった。
空を飛ぶ相手を走って追いかけても追いつけない。
「何よアイツ。せっかく盛り上がって来たところだったのに!」
梅雨空は空を埋め尽くす隕石の大群を見て、ため息を吐くしかなかった。
梅雨空との戦いから離脱した桔梗は空を飛行してフォーマルハウトの元までやって来た。
桔梗の接近に気づいたフォーマルハウトだったが、特に動きは無くただ金色の機体を眺めているだけだった。
桔梗は地面に着地してフォーマルハウトと向き合う。
「フォーマルハウト。まさか君がこの戦いに出て来るなんてね!」
『……その趣味の悪い機体とやかましい声は桔梗とか言う奴だったか?』
「名前を憶えてもらえてるなんて光栄だね」
『お前みたいなうざい奴は嫌でも記憶に残るからな』
桔梗は以前一度だけ月でフォーマルハウトと会っていた。
その時はセレーネから紹介されただけで満足に話もしていないが、フォーマルハウトは桔梗が初めて会った1等星のステラ・アルマだった。
「酷い言われようだ。確認するけど僕達に加勢に来たわけでは無いよね? 君は9399世界に肩入れしていると聞いているし」
『それは大きな誤解だな。私はこっちの世界なんてどうでもいい。ただ、お前らの敵なのは間違ってない』
「良かった! なら君と戦っても問題ないわけだ。でも確かパートナーがいないと聞いていたんだけどな?」
『ああ、それなら今日は新しいパートナーを迎えていてね』
「ほほう。君みたいな邪悪なステラ・アルマと契約する女性がいるとはね。フォーマルハウトのステラ・カントルさん、初めまして。僕は斗稲・コスモス・桔梗だよ」
返事を期待した桔梗だったが、しばらく待っても何の反応もなかった。
「あれ? おしゃべりできない系の女子かな?」
『お前と話したい奴なんていないだろ。おい! コイツは返事しない限り永遠に話しかけてくるぞ』
「ええ……面倒くさい……」
フォーマルハウトの外部通信から相手を拒絶するような冷たい声が聞こえる。
「どうせすぐに殺しちゃうから話すだけ無駄なのに」
「おっと怖い子だねぇ。流石フォーマルハウトのパートナーだ。でもこっちが名乗ったんだから名前くらい教えてくれてもいいだろう?」
フォーマルハウトの操縦者は「はぁ……」という深いため息を返した。
まるでテンションの低い声。
けれどそれは皆が良く知る声だった。
「……初めまして。双牛稲見です」




