表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/161

第122話 The Other Side of the Wall⑤

 立川駅には複数の線路が走っている。


 東京駅から延びる中央線。

 神奈川方面から延びる南武線。

 立川駅から更に西に延びる青梅線。

 そして南北に延びる多摩モノレールがある。

 

 東京は東西に比べて南北を繋ぐ路線が少ない。

 多摩地区においては武蔵野線と多摩モノレールの2つが南北を結ぶ線である。


 1998年に開業したこの多摩モノレールの利用者は非常に多く、通勤や通学にも欠かせない路線だ。


 南北に移動できる多摩モノレールは立川駅を通る路線でも特に重要な線なのである。



 そんな多摩市民の日常を支える多摩モノレールは、たったいま立川からその姿を消した。


 線路を支えるコンクリートの支柱は完全に崩壊。

 支柱の上に礼儀正しく敷かれていたレールはまるで獲物を探す蛇のようにグニャリと曲がって散乱し、線路が走っていた場所は軒並み瓦礫の山となっていた。


 ここが人のいなくなった世界でなければ多くの人が嘆いた景色であろう。


 この破壊を起こしたのは、太陽の光を反射して光り輝く金色の機体だった。


 本体の両手両足にそれぞれ砲台が1つずつ。

 更に機体の周囲には8つの砲台が浮かんでいた。


 その全ての砲台から機体と同じ金色のビームが放たれ、付近の景色をガラリと変えてしまったのだ。


 空を飛行しながら瓦礫の山を見下ろし、金色の機体の操縦者である斗垣・コスモス・桔梗は外部通信で呼びかけた。


「おいおい!! その悪魔みたいな見た目はこけおどしかい!? まさかたったこれだけの攻撃でダウンなんて言わないだろうね!?」


 声の届け先である梅雨空は瓦礫の中に埋まっていた。


 ビームの直撃は避け切ったものの、支柱の崩壊に巻き込まれてしまったのだ。


 耳が痛くなる程うるさい敵の声は瓦礫の中にいる梅雨空にもしっかり聞こえていた。

 

 本能的に苛立つ声。

 そして喋り方。


 梅雨空は瓦礫に埋められたことよりもそれに対する怒りが湧いていた。


「んだぁッ!!」


 ムリファインの固有武装セプテムを片手に、瓦礫の山から抜け出してくる。


 大きなダメージはない。

 ただ機体が汚れたのと、声がうるさいのと、あと少しビックリしただけだ。


「何なのよアンタ! そんなにたくさん飛び道具を持ってるのズルいでしょ!?」

「元気よく飛び出して来て最初の言葉がそれかい?」

「あとアンタの声うっさい! うっさいのよ! あと100dB(デシベル)下げなさい!」

「それはもう声と認識できないだろう? と言うか君の方がよっぽどうるさいと思うがね」

「私は美声だからいいのよ!」

「何だいその理屈は。で、どうかな? 我がアルカイドの固有武装カイド・バナト・アル・ナアシュは? 圧倒的だろう?」

「カイ……何て?」

「カイド・バナト・アル・ナアシュさ。一回で覚えたまえ」

「覚わるわけないでしょそんな長ったらしい名前! もう一文字も覚えてないわ!」

「ふむ。どうやら君はいささか育ちが悪いようだね。せっかく女の子に生まれたんだ。もっとしとやかに生きたまえよ」

「アンタこそ普通に喋りなさいよ! いちいち鼻につくのよその喋り方!」


 梅雨空が空に浮かぶ機体に向かってセプテムを向ける。

 

「くらえ、コミュ障!」


 ぱっと思いついた悪口と共に槍の先端から榴弾が発射された。


 ムリファインの固有武装であるセプテムは刺突槍とグレネードランチャーを兼ねた武器。

 基本的には近接武器だが中距離への飛び道具としても使えるのが特徴だ。


 榴弾の速度はそれなりに早く、撃たれてから反応していたのでは回避は難しい。


 尤も、桔梗に回避は必要なかった。


 周囲に浮かぶ砲台が榴弾を補足し、狙い撃つ。


 梅雨空と桔梗のちょうど中間あたりで8本の金色のビームに貫かれた榴弾は、大爆発を起こして空気を焼いただけだった。


「ああもうクソ! あの砲台やっかいね!」

「僕を指してコミュ障とは恐れ入る。この世でもっとも意思がハッキリしている人物だと言うのにねえ」


 爆煙の向こう側から人を苛つかせる声が聞こえる。


 戦闘開始直後から展開された浮遊砲台によって梅雨空は得意な距離で戦えずにいた。


 近づけばビームの雨による洗礼。

 離れた場所からの射撃もご覧の通りであった。

 

「はて。君はそんなものではないだろう? そんな風に燻っていないで、さっさとアウローラとか言うのを発動したらどうなんだい?」

「な、何でアンタがそれを知ってるのよ!?」

「味方から通信があったよ。体に赤い模様が浮き出てパワーアップする技を使ってくるとね」

「これだけ離れてたら味方同士の通信はできないんじゃないの?」

「セプテントリオンの機体は特別だからね。君達には無理な事もできてしまうのさ。ほらほら、発動しないならこのままやっつけちゃうよ?」


 砲台からいくつかビームが放たれる。

 だがどれも梅雨空が本気で回避しなくても避けられる程度の適当な攻撃だった。

 

 確認するまでもなく完全に舐められている。


「本当にムカつくわね! 絶対ギタギタにしてやるんだから!」

『梅雨空、さっきから文句ばっかりになってるよ。一度冷静になろうよ』


 あまりに空回りしている梅雨空を見かねて、ムリファインが内部通信で嗜める。


 しかし操縦席に座っている梅雨空は言動とは裏腹に涼しい顔をしていた。

 

「ばっか。これでいいのよ。まさかムリまで私が本気で翻弄されてると思ってるの?」

『え? 違ったの?』

「ああいうお調子者タイプは自分の思い通りになってる内は油断するのよ。見なさいあの砲台、狙いが甘くなってるでしょ?」

『確かに』

「あと一回くらいこっちがポカすればさらに油断するわよアイツ」

『そんなにうまくいくかなぁ……』

「任せなさいって。ああいう輩とは何度も立ち会ってるんだから。それよりもアイツの固有武装よ。ちゃんと能力把握した?」

『うん。砲撃の癖は把握したよ。浮いてる砲台は連続射撃できるけど手足の砲台は1発しか撃ってこなかった』

「つまりそこがアイツの隙ってわけね。しかも浮いてる砲台の威力はそこまで高くない。8発全部あたったらヤバいけど2、3発なら耐えられるわ」


 桔梗の性格を読んだ梅雨空は油断を誘う為にわざとうまくいかないフリをしていた。

 それと同時に敵の固有武装の性能を観察していたのだ。


「ダメージ覚悟でもう一回突撃してみるか……」


 セプテムを構えて敵との間合いを少しだけ詰める。


 すぐに浮遊砲台がこちらを狙ってくるが、梅雨空は気にせず中央を走り抜けた。


 砲台は一気に攻撃はしてこない。

 2機ずつでの砲撃で、射撃を避けた先に次の2機が攻撃を加えてくる。


 梅雨空の反応速度で避けられるのは2撃目まで。

 3撃目のビームは腕で防いだ。

 装甲にダメージは通るが破壊される程ではない。


 続く4撃目も防御して、金色の機体に迫る。


 射程距離に入ったと判断した梅雨空はセプテムの槍先を向けて敵の位置まで飛び上がった。

 

 敵は焦る事なく左腕を向け、腕に装備されている砲台からビームを放った。


 空中で身動きの取れない梅雨空はそのビームを再び腕でガードする。


 しかし浮遊する砲台に比べてこちらの攻撃力は遥かに高く、吹き飛ばされ地面に叩きつけられてしまった。


 すかさず浮遊砲台が追い討ちの砲撃をしかけてきたが、梅雨空は地面を転がりながら砲撃を避け、敵との距離を取った。


「おやおや。せっかく近づいたのにまた離れるのかい? いつになったら君と踊れるのかな? それとも一人で踊るのがお好み?」

「アンタと踊るなんてまっぴらゴメンよ!」

「つれないなあ。一緒に踊ろうよ」

「そんな事より、今の攻撃で気づいた事があるわ!」

「ほう。お聞きしよう」

「アンタの体についてる方の砲台、1発撃つとリチャージに時間がかかるわね」


 桔梗がピクリと反応した。


「今あえてアンタの右側に飛び込んだの。なのに近い方の右腕じゃなくて左腕で撃ってきた。それはさっき右腕の砲台で撃ったばかりだからでしょ?」


 おそらく敵の本命の攻撃は本体が装備している砲台。

 浮遊する砲台はそれをサポートするものだ。

 本命は威力がある代わりに使い方に癖があると梅雨空は睨んだ。


「だったらリチャージが終わる前に間合いに入れば攻撃手段が無いわよね?」

「もし君の言う通りだったとしても、まだ両足の砲台が残っているよ?」

「今と同じのをあと2回やればいいのよ!」

「その間に右手のリチャージが完了するのでは?」

「右手で撃ってから約3分。もし右手のリチャージが完了しても次の左手のビームを撃てるようになる3分以内に両足と回復した右手を撃たせればいいってことよ!」

「なかなか鋭い時間感覚だ。面白い、では君の健闘を楽しませてもらおうかな!」


 桔梗は浮遊する砲台を正面に集中させて連続攻撃をしかけてきた。


 梅雨空は建物を壁にして、今度は回り込んで敵に接近する。


 浮遊砲台の狙いが正確なので完璧に回避はできないが中央突破するよりはマシだった。


「障害物はあんまり使いたくないのよね。全部壊されるといざって時に身を隠せなくなる。そうなる前に……!」


 梅雨空は敵の左側から近寄った。

 桔梗は接近してくる梅雨空を視認すると左足の砲台を向ける。


 梅雨空が先程と同じように地面を蹴って金色の機体に飛びかかると、左足の砲台から迎撃のビームが発射された。


 同じ事をすると宣言した通り、敵は何の対策もなく同じ迎撃を繰り返してきた。


 だが梅雨空はここで手に持つセプテムをビームめがけて投擲したのだった。

 

 セプテムに金色のビームが命中して爆発が起こる。


 発生した爆風によってセプテムは上空に飛んでいってしまった。


「おいおい! 武器を犠牲にしてどうするつもりなんだい!?」

「あれくらいじゃムリの武器は壊れないわよ!」

「そういう事を言ってるんじゃなくてさ、ここからどうするのかって聞いてるんだよ!」


 残った右足の砲台が狙ってくる。


 しかし本体の砲台が連続で撃てないのは承知の上。

 しかも反対側から攻めているので狙いがつけにくい。


 梅雨空はその僅かな時間を使って接近し、左手で敵の右足の砲台を掴んだ。


「こっちにだってすんごい必殺技があるんだから!」


 ムリファインの左手が赤い光を灯し、掴まれた砲台が光の粒に変わっていく。


「ななななな、何だいそれ!?」

「とっておきよ! このままバラバラにしてやる!」


 不可解な攻撃を受けた桔梗は、砲台を掴む梅雨空を浮遊砲台で攻撃してきた。


「ちッ!」


 梅雨空は左手を放してビームを避ける。

 しかしすでに敵の右足の砲台は完全に分解され、光の粒子に戻っていた。


 地面に着地した梅雨空は他の砲台が動き出す前に少し距離を取った。

 すると丁度そこに、上空に飛ばされていたセプテムが降ってきたのだ。


 それをキャッチしてすぐさま狙いをつける。


「そんでもういっぱあああああつ!」

「何だってええええ!?」


 セプテムから2発目の榴弾が飛び出した。


 まさかこのタイミングで射撃が来るなど全く想定していなかった桔梗は回避行動を取れなかった。

 仕方なく浮遊砲台を自分の周りに集め、榴弾を防ぐ盾としたのだった。


 弾は数機の浮遊砲台を巻き込み大きな爆発を起こした。


 グレネード弾はビルを粉々にする程の破壊力がある。

 直撃したらまず無事では済まない。


 その威力を証明するように、黒煙の中から破壊された3機の砲台が地面に落下していった。


 桔梗は残り5機の砲台と共に煙の届かない上空まで退避すると、次の攻撃を警戒して周囲を見渡した。


 黒い煙から姿を現す梅雨空の機体。


 攻撃と爆煙に晒され黒く汚れ、左手に赤の鈍い光を携えたその姿はまさに悪魔と呼ぶに相応しかった。



 今の攻撃、セプテムを囮にして敵の砲台を破壊するところまでは計算だった。


 しかしその後セプテムが都合のいい場所に降ってきたのは偶然。

 そして砲撃できたのも偶然だった。


 そもそもセプテムは被弾後に爆発して空に打ち上げられている。爆発したならばどこかしらは必ず壊れているはずなのだ。


 それでも発射機構そのものに影響がなかったのは梅雨空の強運としか言いようがない。

 

 これが仲間が薄々勘づいている梅雨空の強運。

 彼女のメチャクチャな戦い方を支えている力だった。



 攻撃を受けた金色の機体は大損害を被った。

 右足の砲台喪失、そして浮遊砲台も3機破壊された。


 自分よりも格下の相手にこんな大ダメージを負わされたのは完全な誤算。

 しかし桔梗の口からこぼれ出たのは、そんな誤算とは無縁の言葉だった。


「……なんて絵になるんだ」


 自分がやられた事よりも、梅雨空の決死の攻撃を高く評価していた。

 黒煙の中に立つ禍々しい姿も桔梗には美しく見えていたのだ。


「どうよ! 一泡吹かせてやったわ!」


 梅雨空が揚々と声をあげた。

 対する桔梗は賛辞の言葉を送る。

 

「素晴らしい! まさかここまで戦える相手だとは思っていなかった! 今の攻撃、劇的で非常に好みだったよ!」


 パチパチと大袈裟な拍手を始める。

 

「そういえば名前を聞いていなかったね。君の名前を教えてもらえるかい?」

「そういえば名乗ってなかったわね。私の名前は羊谷梅雨空。アイドルよ!」

「君アイドルやってるの? そんな野生的なのに?」

「野生的で悪かったわね!」

「いやいや。全然悪くないよ。むしろ興味が出てきた」

「アンタに興味持たれてもな。で、アンタの名前は?」

「僕かい? 僕の名前は斗垣・コスモス・桔梗! 君と同じステージに立つ者さ!」


 そう言いながらポーズを決める。

 カッコいいのか、ダサいのか、微妙なポーズだった。


「アンタもアイドルなの!?」

「演劇、ミュージカル、歌唱、ダンス、何でもやるよ。まあ人から羨望の眼差しを受けるという意味ではアイドルも間違ってはいないかな」

「あー理解したわ。その芝居がかった喋り方はそっち方面の人だったのね」

「僕達は人生がステージそのものだ。君だっていつも自分と言うキャラクターを演じているんじゃないのかい?」

「お生憎様。私はステージとプライベートを分けるタイプなのよ」

「何と! 僕達は常に仮面を被り続ける義務があるというのに」

「ずっと仮面なんて被ってたら自分以上に周りの人が疲れちゃうのよ。そういうの分からないの?」

「はて? 僕は今まで生きてきてそんな風に思った事はないね。いつだってみんなは僕から目が離せないのさ!」

「はあ……同じステージ人でも考え方に大きな違いがあるわね。まあ、そういう我が道を行くのもステージ人っぽいか。名前なんだっけ? えーと、コスモス! ……は何か言い辛いわね。桔梗! アンタ何でセプテントリオンなんてやってるのよ?」

「ほほう。どうやら君も僕に興味が湧いて来たようだね?」

「別に。ただの時間稼ぎの会話よ」

「ハッキリ言うね! 面白いから付き合おう」


 梅雨空は桔梗に興味など無い。

 しかし時間稼ぎは本心だった。


 見事浮遊砲台を破壊したセプテムだが、敵の攻撃に晒された直後に射撃を行った為、砲身が激しい熱を持っていた。

 

 このまま連続使用すると今度こそ完全に破損する可能性が高い。

 砲身のクールダウンの為にも時間を稼ぐ必要があったのだ。


「僕は何一つ不自由の無い生活をしていてね。少々日常に飽き始めていたんだ。何かもっと刺激的な事は無いか? 魂を震わすような体験はできないか? とね。そんな時、僕の元に月の使者がやって来た。そこで初めて知ったよ。この世界の裏側では世界同士の存亡をかけた戦いが行われている事を!」

「……だからあそこまで引き寄せて、そこで稲見の作戦にハメるのよ」

『アウローラはまだ使わなくていいの?』

「だからうまくハマったらその時やんの」


 桔梗の語りを梅雨空は全く聞いていなかった。

 それよりも次にどう立ち回るかをムリファインと内部通信で相談していた。


「月の女神に僕こそがその戦いを管理するに相応しいと言われてね。二つ返事で承ったのさ。まだ一年しか活動していないが僕の求めていた刺激のある世界がここにあった。それが僕がセプテントリオンを続ける理由さ!」

「なるほどね。病気の妹さんの為だったのね」

「僕の話聞いてたかい!?」


 桔梗の長話のおかげでセプテムのクールダウンは完了していた。


 おしゃべりはここまで、と梅雨空がグレネードの弾をリロードする。

 その動きを見た桔梗も浮遊砲台を全機梅雨空に向けていた。


「そう言えばすっかり忘れていたけど、仲間とどちらが先に敵を倒すか勝負しているんだった。申し訳ないが遊びは終わりにするね」

「遊んでたの? 随分と余裕があるわね?」

「そりゃあそうだろう。まさか君程度がセプテントリオンと互角に戦えるとでも思っていたのかい?」

「何ですって?」


 梅雨空がそう言い終わった瞬間。

 浮遊砲台から金色のビームが放たれた。


 5本のビームは今までとは比べ物にならないほど速く、梅雨空は回避どころか反応すらできずに全てのビームを食らってしまった。


「があッ!?」


 命中したビームが爆発しムリファインの装甲を破壊する。

 衝撃で吹き飛ばされそうになるのを何とか耐えるも、ダメージが大きすぎてその場に片膝をついてしまう。


「さっきまでは出力を3割程度に抑えていたんだ。だから簡単に避けられたし当たってもそこまで痛くなかっただろう? これが通常出力の砲撃だよ」


 何か言い返そうにも今の梅雨空にはその余裕がなかった。

 操縦席のモニターに表示されるダメージレポートは深刻な被害を訴えている。


 とにかく敵の攻撃は先程までの3倍の速度と威力。

 それだけは現実として捉えられていた。


「さあ早く立ちたまえ。まさかこんなので諦めたわけではあるまいね? セプテントリオンが強いのは最初から分かっていただろう?」


 以前戦った葛春桃があの強さだったのだ。

 同格のこの相手が同じような強さでも何の不思議もない。

 

 相手の油断を誘ったつもりが、油断していたのは梅雨空の方だった。


 敵の強さを完全に見誤っていた。


「ほらほらほらほら。立たないなら撃っちゃうよ?」


 浮遊砲台から次々とビームが発射される。

 

 梅雨空は砲台の動きにもビームの速度にもついていけなかった。

 無様に地面を転がりながら避けようとするが、全ての攻撃が正確に命中。

 そのどれもが驚異的なダメージを叩き出す。

 

 攻撃が止んだ時には、ムリファインの全身の装甲はほぼ破壊されていた。


 圧倒的な実力差。


 桔梗が遊んでいたというのは紛れもない事実だった。

 今なら5つの砲台を使わずとも、たった1つの砲台で梅雨空を仕留める事も可能だろう。



 はた目には勝負はついたように見えた。

 だがそれでも梅雨空は折れていなかった。

 

「……そういう事なら、仕方ないか」


 梅雨空はボソリとそう呟いてムリファインを立ち上がらせた。


 ボロボロになりながらも立ち上がる梅雨空に桔梗は歓喜の声を上げる。


「そうそう! せっかく心が折れないように君の見せ場を作ってあげたんだ。最後まで楽しませておくれよ!」

「ほんっと性格悪いわね。ずっと手加減してたってこと?」

「言葉を返すようで悪いが君だってアウローラとか言うのを温存しているんだろう? 責められるのはお門違いだよ」

「それはそうね」


 ムリファインの操縦席で唇を噛んだ梅雨空は隠し持っていた小刀を取り出した。


 この小刀はアウローラを発動させる時の為にすばるが用意してくれた物だ。

 同じ物をメンバー全員が持っている。


「ムリ、やるわよ。やられたらやり返さなきゃ気がおさまらないわ」

『うん。わた……ボクもムカついたからキッチリお返ししてやろう』


 梅雨空は小刀で親指を切った。

 すばるのように必要最低限の傷をつけるのではない。

 敵と、自分への怒りを込めて必要以上に大きく切りつけていた。


 血で濡れた手で操縦桿を握る。

 そこから血液が供給され、ムリファインのアウローラが発現した。

 

 身体の細部に赤い模様が浮き出る。

 それは他の機体と変わらないが、ムリファインの場合はそれに加えて瞳から赤い涙のようなものが溢れ出した。


 ただでさえ悪魔のような見た目は、おどろおどろしい赤い模様と、流れる血涙によって更に異様さが増していた。


「おおッ!! それがアウローラかい!?」

「お待たせして悪かったわね。こっちも本気で行かせてもらうわ」

「ゾクゾクするね。さあ、かかってきたまえ!」


 アウローラ状態になった梅雨空がセプテムを敵に向ける。

 それに反応して敵の浮遊砲台も梅雨空を狙った。


「ファイア」


 引き金を引いて3発目のグレネード弾を発射。


 弾丸はまっすぐ金色の機体に向かって飛んでいく。

 それは今までと何ら変わらない弾丸だった。


「ふむ。機体性能を上げたところでグレネードの速度が変わりはしないか」


 桔梗はつまらなさそうに飛来する弾丸にビームを放つ。

 ビームが榴弾を貫き空中で爆散する。 

 黒い爆煙が周囲に巻き起こり、お互いの姿を隠した。


 その煙の中、もう一度グレネードランチャーの発射音が鳴り響いた。

 

「煙に紛れてもう一撃か。そんな子供騙しが通用すると思うのかい!?」


 桔梗は煙の中に再度ビームを放った。


 例え見えずとも発射のタイミングから計算してどこを撃てばいいかは分かる。

 3度も発射を見たのだから煙の中の弾を撃ち落とす事など造作もない。


 そう考えていた桔梗は予想外の事態に見舞われた。


 ビームの発射とほぼ同じタイミングで、煙の中からグレネードの弾が飛び出てきたのだ。


 その速度は先程の倍以上だった。


「何だと!?」


 咄嗟にチャージの完了した右腕の砲台で榴弾を撃ち落とす。

 だがあまりに弾が近づきすぎていた為に爆発に巻き込まれてしまった。


 爆風で吹き飛ばされる金色の機体。

 一時的にコントロールを失うがすぐに立て直しを図る。


 姿勢を制御し、煙の中から飛び出してくると


 そこにはすでに悪魔が待ち構えていた。


 悪魔は何故かアウローラを発動させる前の姿に戻っていた。

 身体の模様も消えて血涙も止まっている。

 

 代わりに手に待つ槍が赤く染まっていた。

 身体に浮き出ていた模様を全て奪い、武器自体が怒っているかのように真っ赤に変化していた。


 その同じ武器とは思えない槍を振りかぶった悪魔が、飛び出して来た桔梗に冷たい言葉を発した。


「私のアウローラはね、好きな場所に集中させられるのよ」


 梅雨空が槍を金色の機体に思い切り叩きつける。

 

「うわあぁッ!?」


 悲鳴を上げた金色の機体は、殴られた勢いで吹き飛ばされそのまま地面に衝突した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ