第121話 The Other Side of the Wall④
アンドロメダ座のアルフェラッツ。
秋の四辺形の星で特別な2等星のステラ・アルマ。
五月が戦い一度敗北した相手だ。
あの時は未明子と夜明が助けに入り、その後全員でリベンジを果たした。
過去に勝利したとは言え、五月にとって再び戦いたい相手ではなかった。
しかもこの機体、何故か桝形姉妹の固有武装を装着した状態で呼び出されている。
「ちょっと藤袴ちゃん! 話が違くない? 一気に3体も呼び出されてるんだけど?」
「ひッ! これ1体じゃないんすか?」
「こいつ3体合体してるのよ。武器と装甲は別のステラ・アルマなの」
「そうなんすね。でもアルコルの能力は相手の記憶依存っすから、五月さんがこの状態で1体って認識してるみたいですよ?」
「え、そうなん? ってか何でアタシの名前知ってるの? 藤袴ちゃんに名乗ったっけ?」
「五月さんの事は萩里さんと尾花さんから聞いてるっす」
「あらそう。じゃあアタシがどういう性格なのかも聞いてるよね?」
「ひッ! 勿論聞いてるっす。だからこんなの1体呼び出したところで何の脅威にならないのも理解してます」
藤袴の言った通り、五月は目の前に現れたかつての敵に対して嫌悪こそあれ脅威などとは感じていない。
ただ一度倒した相手と戦うのは無駄だと考えていたのだ。
五月のそんな性格を知っていて、そういう能力を持った藤袴が挑んで来たのであればそれは五月に対する挑戦だ。
藤袴が蓋の開いたままになっている棺に触れる。
すると再び棺の中から黒い煙が噴き出てきた。
その煙と共に新たなステラ・アルマの腕が1本飛び出てくる。
「ひッ! なのでドンドン呼び出しちゃうっす。頑張って倒して下さいね」
「ちょっとちょっと! リクエストは1体だけだって! そんなにいらないから!」
棺から2体目、更に3体目のステラ・アルマが姿を現し、五月の前に立ちはだかった。
「うわーめっちゃ懐かしい。あれアタシが一番最初に戦った奴じゃん」
『もう一体は見覚えがないな』
「ツィーったら覚えてないの!? アイヴァンの切れ味を試すって真っ二つにしちゃった敵だよ」
『ああ。いたなそんなの。五月は記憶力がいいな』
「一応倒した相手は背負ってくって決めてるからね」
『背負った相手に襲われてたら世話ないがな』
「本当だよ!」
藤袴のミザールを合わせて敵は4体。
戦闘前に宣言した通り、複数の敵に囲まれている状況ではあった。
「複数相手するって言っても過去の亡霊を相手にするつもりはなかったんだけどなー」
「ひッ! せっかく能力を使ったのに睨み合ってても仕方がないっすね」
藤袴が棺のフチをコンコンと叩くと3体の亡霊の目が赤く光り輝く。
同時にそれぞれが戦闘態勢を取った。
「フォーマルハウトのコピーもそうだったけど偽物は目の色が違うんだね」
『ステラ・アルマの青の瞳は生命の象徴だからな。コピーや亡霊にあの色は宿らん』
「そうだったんだ」
『知らん。いま適当に言った』
「適当かい!」
五月が構えると、生気を感じさせない3体のステラ・アルマが襲いかかって来た。
亡霊とは思えない機敏な動きで迫ってくる。
中でもやはりアルフェラッツの動きは他の機体よりも早い。
攻撃範囲に入るや否や、手に持った巨大な剣を振りかぶってきた。
「やっべ。逃げよ!」
五月は素早く跳躍し、数軒先の建物に着地した。
振り下ろされたアルフェラッツの斬撃で、今まで立っていた建物は真っ二つに斬り裂かれ、発生した衝撃に巻き込まれた両隣の建物ごと音を立てて崩壊した。
「威力は相変わらずだね! だけど……!」
攻撃の隙にアルフェラッツの元まで移動した五月は、敵の右腕の装甲の隙間をアイヴァンで斬った。
切り口からは体液の代わりに黒い煙が勢いよく吹き出す。
「全然威圧感がない。本物はもっと強かったよ」
右腕を斬られたアルフェラッツは振り返り、再び剣を振り下ろしてきた。
今度はその場から離れず斬撃をギリギリで避ける。
避けると同時に右腕の同じ箇所をアイヴァンで斬り裂いた。
心地よい金属音が響き敵の右腕は斬り落とされ、剣と共に隣のビルに落下した。
腕を失い怯んだ敵にすぐさま追撃をかける。
五月は装甲の厚い胴体部分は無視して、首の隙間を狙ってナビィを突き刺した。
驚くほど静かに敵の首に吸い込まれていく短刀。
首の傷口から大量の黒い煙を吹き出して、アルフェラッツは動きを止めた。
『五月!』
ツィーの呼びかけで五月が振り返ると、他の2体が背後から襲いかかって来ていた。
だが今の五月にとっては欠伸が出るほど遅い動きだ。
攻撃を余裕で避けながら、両機体の首を同時に斬り裂いた。
アルフェラッツと同様、切り口から黒い煙が吹き出てくる。
いずれも致命的なダメージを受けた3体は、黒い煙を出し尽くすと体が溶け出し、その場で黒いヘドロのような物に変わった。
「うへぇー。こんなのが動いてたの?」
『さすが再生怪人。弱いな』
「まあそれがお約束だからね。ねえ! こんなの何体出してもアタシのアニマは削れないよ!」
「ひッ! こっちの狙いを把握して頂いてありがとうございます。大丈夫っす、今のはどの個体が使えるかの品定めだったので」
藤袴の方を振り返った五月の前には、いま倒したばかりのアルフェラッツが再び出現していた。
しかも今度は1体だけではなく2体も呼び出されている。
「あれぇ? こういうのって一度倒したらもう出てこないんじゃないの?」
「ひッ! そんなルールは無いっす。この機体は火力もありそうですし、わざわざ装甲の隙間を攻撃したって事はそれなりに硬いみたいですね。これからはこいつを無限湧きさせます」
そう言っている間にも、同じアルフェラッツの機体が1体、また1体と黒い棺の中から這い出ていた。
その数はすでに5体にまで増えている。
「ひとりのゾウさん蜘蛛の巣に~かかって遊んでおりました~♪ あんまり愉快になったので~もひとりおいでと呼びました~♪」
藤袴の低い声で歌われる童謡は非常に不気味だった。
歌いながらも敵の数はどんどん増えていく。
このペースで増やされると、倒す倒せない以前に周囲が敵で埋まって身動きが取れなくなる。
『良かったな五月。たくさん敵と戦えるぞ』
「たくさん戦いたいんじゃなくてセプテントリオンを足止めしたかったんだけどね!? 余計なこと言うんじゃなかった!」
『1体1体は弱くても、こうも大量に出てこられると厄介だな』
「だよね。でもあの能力を発動させる為の条件は予想がついたよ」
『よし。じゃあまずはあの固有武装を無力化して、そのあと本体を叩くとするか』
「オッケー!」
五月は群を成すステラ・アルマの集団に飛び込み、一直線に藤袴に向かって行った。
立川駅の東側では、すばるとセプテントリオンの機体が睨み合っていた。
一目散にやって来たにしてはそれ以降全く動きがない。
武器を構えるでもなく、自分の方をじっと見ているだけの敵をすばるは不審に思っていた。
このまま時間を稼ぐのも悪くは無いが、黙って見られているのも気味が悪い。
すばるはどんな相手なのかを探るつもりで話しかけてみる事にした。
「初めまして。セプテントリオンの7番の方ですよね?」
空から現れた時、この機体は左端にいた。
立ち位置的に末番のはずだ。
問いかけに対する反応は無かったが、すばるはそのまま話し続けた。
「暁すばると申します。先ほど戦う相手を選ぶ際にわたくしを選んで頂いたように見えたのですが、理由をお聞きしてもよろしいですか?」
すばるは前回のセプテントリオンとの戦いには参加していない。
故にパートナーが3等星のサダルメリクだと言うのを敵は知らないはず。
その上でどう見ても防御タイプの自分を選んだのには何か理由があると睨んだのだ。
分かりやすい理由ならば相性。
敵は両腕に大きな爪を装備した近接戦闘タイプだ。
盾を装備しているこちらの動きがニブイと予測し、戦いやすい相手を選んだのかもしれない。
「またこうしてお喋りするなんてね」
外部通信で敵のステラ・カントルの声が聞こえる。
しかしすばるにはその言葉の意味が分からなかった。
”また” とはどういう事だろう。
「世界同士の戦いで同じ相手と戦うなんてレアケースだ。だって負けた相手の世界は消滅するんだからさ。戦いで生き残ったとしても世界と一緒に消滅するのが普通だもんね」
「同じ相手?」
「初めましてじゃないよ暁すばる。私は和氣撫子。覚えてない?」
すばるはその名前をよく覚えていた。
以前戦った、自分と同じ呼び名を持った女性だ。
しかし彼女達の世界とは決着がついている。
いま本人が言ったように、あの世界はすでに消滅しているのだ。
「あの時の? 何故無事なのでしょうか」
「世界の消滅前にセレーネ様に助けてもらったんだ。セプテントリオン入りを条件にね」
「ではわたくしを選んだ理由は……」
「仕返しに決まってるじゃん」
相手の気が膨らんだ。
……来る。
相手の気配を読み取ったすばるは、盾を構えようと意識を操縦に向けた。
だがその意識がサダルメリクに届く前に敵は目前に迫っていた。
(早い!)
敵が攻撃モーションを取っているのが視界に入るも防御はどう考えても間に合わない。
一瞬で間合いに侵入され、ここからできるのは覚悟を決めるくらいだった。
重い蹴りが放たれ衝撃が襲う。
クリーンヒットしてしまったがサダルメリクの防御力と重量であれば耐え切れる。耐えた後にカウンターで反撃して流れを切り返す。
そのつもりだったすばるの目論見はあっさり破られた。
敵の攻撃を受けたサダルメリクの体は吹き飛ばされ、背後の建物に激突したのだった。
重量を支え切れなかった建物は崩壊し、サダルメリクの巨体に潰され煎餅になった。
「なっ……!?」
敵機体はサダルメリクよりも小さい。
仮にパワータイプであったとしても、ただの蹴りでサダルメリクを吹き飛ばせるとは思えなかった。
純粋な力だけでなければ、思いあたるのは一つしか無い。
「まずは一撃。驚いたでしょ?」
蹴りの型を維持したまま撫子が言う。
その声には余裕と優越感が感じられた。
「あれからさ、ちゃんと格闘技を習ったんだ。別に道場に通ってるとかじゃないんだけど、セプテントリオンの必須技能なんだよね」
前回の戦い、撫子の基本戦闘は格闘だった。
命中した弾丸が跳ね返るという銃の固有武装を使ってはいたが彼女は格闘技を好んで使っていた。
「入隊してからほぼ毎日誰かにしごかれてるけど楽しいんだ。元々戦うの好きだったし。凄いよね、力の流れを理解すると自分より体格のいい相手を吹き飛ばしたりできるんだから」
撫子の動きは数ヶ月前とは別人だった。
あの時は技と言うよりも運動神経で戦っていたのだが、今の攻撃は間違いなく武術の動きだ。
「私が操縦するこの機体はおおぐま座3等星のメグレズ。機体性能だけならセプテントリオンで一番下。でもね、乗ってる私はセプテントリオンで一番強いよ」
「一番強い?」
「才能があったんじゃないかな。私はこの数ヶ月で、格闘技だけならリーダーよりも強くなった」
撫子が再び攻撃の構えを取る。
すばるは急いで体勢を立て直し、盾を構えて防御姿勢を取った。
次の瞬間、重い衝撃が伝わってくる。
その攻撃は盾を破らんばかりの勢いがあった。
一撃、また一撃と敵の容赦ない攻撃が続く。
止まらない攻撃を受ける内に、すばるはだんだんと後退させられていった。
「……目覚ましい成長です。動きがすでに素人ではありません」
『で、どうするの? このままだと、永遠に、殴り続けられるけど』
「盾を捨てて身軽になっても打ち合うのは難しいでしょうね。であれば無駄なダメージをもらう前に発動させましょう」
『あいさー。あんまり深く切らないようにね』
「承知いたしました」
すばるは握っていた操縦桿を手放すと、懐にしまっていた小刀を取り出し両手の親指を切りつけた。
小さな傷跡から赤い血が滴る。
両手の親指から血を流したまま、すばるはもう一度操縦桿を握った。
操縦席を自由に作り変えられるアルタイルと違い、サダルメリクの操縦席で血を供給するには直接血を触れさせるしかなかった。
全員で色々な方法を考えたが ”指を切って操縦桿から供給する” というのが一番安全で確実という結論に至ったのだ。
「アウローラ……参ります」
すばるの血液が操縦桿を通してサダルメリクに流れ込んで行く。
それと同時にサダルメリクの体の至る所に赤い模様が浮きあがり始めた。
アルタイルに浮き出たアウローラの模様は、客観的に見ると美しかった。
身体の細部に赤い炎を纏っている姿は、燃えるエネルギーを表現しているようにも見えた。
しかしサダルメリクの身体に浮き出た模様に感じるのは美しさとは程遠い "怒り" だった。
顔には隈取のような赤いラインが入り、その表情は激怒しているように見える。
腕や脚の模様は太い血管が浮き出ているように見え、全体的に威圧感が増していた。
そんなサダルメリクの変容に気づいた撫子はとっさに距離を取った。
本能的にここにいては危険だと感じたのだ。
相手の全身が見渡せるほど離れると、改めてサダルメリクに浮き出た模様に驚く。
「なん……何なのそれ?」
「この状態をわたくし達はアウローラと呼んでおります。セプテントリオンを打倒するために得た新たな力です」
「アウローラ? 聞いたことがない」
「はい。おそらく外法ですので。しかし外法なだけにその効果は高いですよ」
すばるは盾を構えたままサダルメリクを歩かせた。
サダルメリクの脚部には無限軌道がついているが、すばるはそれを使わずにあえて歩行させた。
地面に沈むような重い足取りでゆっくりと進む。
しかし一歩進むごとに、その速度は増していった。
数歩も進めばかなりの速度になっていた。
圧倒的な質量を持った塊が、速度を上げて突っ込んで来る。
最初は迎え撃つつもりだった撫子はその黒い塊が近づくにつれて、これを止めるのは不可能だと判断した。
構えを解いて回避を選択する。
その選択は大正解だった。
あと数歩で撫子の射程範囲、というところですばるは更に加速したのだ。
撫子が避けたあと、すぐ後ろにあった背の高いビルにサダルメリクがぶつかる。
物凄い轟音と共にビルが押し倒され、更に後ろにあった建物を3軒ほど巻き込んだ。
都合4つの建物はサダルメリクの巨体に押しつぶされ、踏み潰され、瞬く間に小さな廃材の掃き溜めとなった。
サダルメリクの質量で突進されたらそれは質量兵器。
これはもう攻撃と言うよりもただの災害だった。
「うっそ……」
「ああ……はしたないですね。せっかく武術を積んできたお方にお見せするのがこんな暴力だなんて」
すばるは両手に装備している大盾を地面に置いた。
そして左側に置いた盾の端を指でつまんで持ち上げる。
「武術は素晴らしいです。わたくしのような非力な女性でも工夫次第で大きな力を発揮できる。でもそれは本来無いものを技で補っているだけ」
体を一切動かさず、盾をつまんでいる腕だけを大きく振りかぶる。
「ちょっ、ちょっと待って!」
「技は圧倒的に存在する力には敵いません」
そして放った。
身体機能をフルに駆使した投擲ではなく、腕を後ろから前に振って発生したエネルギーを使って放り投げただけ。
そのエネルギーで投げられた盾は、凄まじい縦回転の手裏剣となって撫子を襲った。
来るのが分かっていれば避けられる。
そんな生優しい物ではなかった。
ただでさえ巨大な盾は、回転する事によって本来のサイズよりもはるかに巨大に見えた。
そんな巨大な飛来物が勢いよく飛んでくれば、どんな覚悟を持っていたとしても避けずにはいられない。
撫子はメグレズの脚にアニマを集中させて飛んでくる巨大な盾を回避した。
盾は進路上にある建物を両断しながら飛んで行った。
両断と言っても盾が通った部分はほとんど消滅して、左右に少しだけ建物の残骸が残っているだけだった。
いくらセプテントリオンの機体といえども、まともに食らっていれば結果はあの建物とさほど変わっていなかっただろう。
「危なかった……いくらなんでもあんなのに当たったら死んでた」
「ですから、力と武術のハイブリッドだったら更に素晴らしいとは思いませんか?」
「え?」
撫子の目の前には、すでにすばるがいた。
盾を放り投げた場所からはそれなりに距離がある。
こんな短時間で近づけるはずがない。
撫子の視界には、さっきまですばるがいた場所が盤沈下でもあったかのように窪んでいるのが映った。
近寄れるような距離ではないが近寄ったのだ。
力一杯踏み込んで。
「チェスト!」
すばるは正拳突きを放った。
美しさすら感じる、綺麗な姿勢の正拳突きだった。
巨大な、暴悪な見た目のサダルメリクが放つ正拳突きなど冗談のようだが、その威力は冗談では済まされなかった。
まともにその攻撃をくらった撫子は吹き飛ばされ、先程のすばると同じように建物に激突した。
「まずは一撃。驚きましたか?」
すばるの攻撃はメグレズの装甲部分に命中していた。
当たった部分は完全に破壊されてしまっている。
もし装甲で守られていない箇所に当たっていたら、それで勝負はついていたかもしれない。
「き、効いたあ……」
建物にめり込んでいた撫子はヨロヨロと立ち上がった。
体勢を立て直し再び構えを取る。
「さすがにこれで決着とはいきませんか」
「流石に一撃でやられるようなヤワな機体じゃないよ。それにしてもいきなり能力が上がるなんて面白い技だね。私が自身の技を磨いてる間にアンタは機体の技を磨いてたんだ?」
「勿論、わたくし自身の技も磨きましたよ。ステラ・アルマは操縦者の運動能力が反映される。わたくし自身が強くなればステラ・アルマの戦いも強くなれる」
「死に物狂いで特訓したってわけか」
「セプテントリオンと戦うにはまだ及ばないかもしれませんが」
「そうだね。じゃあここからは本気を出させてもらうよ」
「ありがとうございます。敵と認めて下さったのですね」
「どうだろ? 本気を出した私と戦いになるかな」
撫子はアスリートが走り出す前の準備運動のように、その場でピョンピョンと飛び跳ねた。
そのまま3回飛んだ後、両腕を大きく振り回す。
腕が元の位置に戻ってくると、アームに装備されていた鉤爪が腕に装着されていた。
両腕が鉤爪になった姿はまさに鋭い爪を持った獣のようだった。
「爪をつけるとますます熊のようですね」
「実際熊をイメージしてるんじゃないかな。おおぐま座だし。たまに星に関連ある姿をしたステラ・アルマがいるもんね」
「アルタイルなどそうですね。ではその機体は熊のような戦闘スタイルを持っていると?」
「それがそうでもないんだな」
撫子は突然その場にうずくまった。
正確にはうずくまったように見えるほど、体を縮めていた。
およそ戦いには不向きな姿勢。
近い姿だと短距離走のクラウチングスタートのようだ。
クラウチングスタート……すばるがそれに気づいた時にはすでに遅かった。
さっきと同じように、目の前にはすでに鉤爪が迫っていた。
跳躍。
体を縮めて力を溜め、解放と共に一気にすばるの前まで跳んできたのだった。
一度目は油断があった。
油断ゆえに接近を許してしまった。
しかし今回すばるはいつでも迎え撃てるように警戒していたのだ。
その警戒を軽々と超えるスピードで接近された。
メグレズはその勢いのまま爪を振り下ろす。
その爪はサダルメリクの腕の装甲を削り、文字通り大きな爪痕を残していった。
重心を下げるのが間に合わず衝撃に対する踏ん張りが効かない。
すばるはまた吹き飛ばされるのを覚悟した。
しかしそんな覚悟は不要だった。
吹き飛ばされるのを待つまでもなく、逆側から爪が振り下ろされ、それによって無理矢理元の位置に引き戻される。
前方様々な場所から放たれる鉤爪による連撃は動く事を許さず、すばるをその場に縫い付けた。
この激しい動きは熊などではない。
例えるなら豹やチーター。
するどい爪を持った猫化の動物の動きだった。
「どう!? 動きについてこれないでしょ!? メグレズはパワータイプじゃない。スピードタイプだ! アンタにどれだけパワーがあっても当たらなければどうって事はないんだよ!」
撫子の言う通り、すばるは敵の動きについていけなかった。
いくら強化されているとは言えサダルメリクのスピードではメグレズの連撃を回避するのは不可能だった。
かろうじてガードを続けていても、どんどん腕の装甲が破壊されていく。
装甲が破壊されれば次は生身。
それでも攻撃を続けられれば腕も千切られてしまうだろう。
「格闘技を勉強したから分かる。この状態を巻き返す方法はない! 例えうまく逃れたとしても逃れた先で同じ事をしてやる! アンタはこのままバラバラになるまで私の攻撃を受け続けるしかないんだ!」
勝利を確信したように撫子の声は弾んでいた。
実際、このまま続いていれば撫子の言う通りになっただろう。
しかし所詮スピードによる物量攻撃。
そんな単純な攻撃で決着がつくほど暁すばるは弱くはなかった。
「せっかく楽しまれているところ、大変申し訳ありません」
「はあ!?」
「武術は完璧ではありません。今の武術はあくまで相手を制することに重きを置かれております。攻撃も相手を傷つけるのではなく制圧する為の手段なのです」
「何が言いたいのさ!?」
「武術はお行儀が良すぎると言っているのです」
すばるは鉤爪の攻撃をあえて防御せず左腕を差し出した。
敵の攻撃は無防備な左腕を襲い、その鋭い爪は左腕を刺し貫いた。
すばるはすかさず爪の貫通した左腕を体に巻き込む。
爪ごと腕を引っ張られた撫子は、体勢を崩してサダルメリクの体に引き寄せられた。
「当たらなければどうという事はない。つまり当たったら大事と言う事ですね?」
「ああ……!」
パワーがあってもスピードで避ければ意味はない。
だがスピードがあっても動けなければやはり意味がない。
いまこの状態で圧倒的有利なのはパワーだった。
「武術は頼るべき局面で頼るもの。頼りきりの者に武術は力を貸しません。覚えておくといいですよ?」
すばるは右手にアニマを込めて、メグレズの体に零距離からの重い突きを繰り出した。




