第119話 The Other Side of the Wall②
「普段であればお休みの時間でしたのに……お見送りありがとうございます」
白い隊服に身を包んだ熊谷萩里がゆっくりと歩を進める。
背丈のある彼女が普段の速度で歩くと前を歩いている人物をあっという間に追い抜かしてしまう。
そうならないようにペースを考えて慎重に歩かなければいけなかった。
いま萩里の前には彼女の二回り、いや三回り程小さな女性が銀色の長い髪を引きずりながら歩いていた。
女神セレーネ。
月の管理者であり、人の願いによって増え続ける地球を破壊している知的生命体だ。
女神と名乗っているがその幼い見た目と纏っているオーラからはとても神とは思えなかった。
部下であるセプテントリオンの中で彼女を神様として扱っているのはリーダーの萩里だけである。
他のメンバーはいいところ仲の良いお婆ちゃんくらいの扱いだ。
そのお婆ちゃんがこんな真昼間に活動しているのは珍しい。
しかし無理はしているようで眠気でショボショボになった目をこすりながら大欠伸をしていた。
「ふぁ〜あ……そんなの気にしなくていいよぉ。そもそも命令を出したのは我なんだし」
「久し振りの全員出撃ですので、是非お言葉を頂ければと存じております」
「お安い御用だよ。ところでみんなにはもう声かけたの?」
「すでに全員格納庫に集合しております」
「え! 我待ち!? こりゃあいかんね、急がないと!」
「あ、あ、申し訳ありません、ゆっくりで大丈夫です!」
萩里の言葉でセレーネは歩みを早めた。
とは言え普段から歩くのが極端に遅いセレーネである。早歩きになっても萩里の歩行速度には遠く及ばなかった。
目の前を一生懸命テチテチ歩く月の女神の姿を見て、いっそこのまま抱えて歩いてあげたいという欲求に支配されそうになる萩里だったが、神様に対してその扱いはどうなのかと自重したのだった。
月基地の格納庫。
整備を終えた防衛兵器ルミナスが格納されている場所である。
格納庫の壁面には視界の隅まで未起動状態のルミナスがズラリと並んでいた。
この格納庫は月の至る所に設置されている。
有事の際にはそれぞれの格納庫からルミナスを出撃させて月の周囲を防衛する事が可能だった。
今この格納庫には萩里以外のセプテントリオン、それに北斗七星のステラ・アルマが揃っていた。
第一格納庫と呼ばれるここには各世界へ移動する為のゲートを開く装置があり、セプテントリオンの出撃はここからと決まっていたのだ。
7人のステラ・アルマは全員喪服のような黒衣を身に纏い、顔を隠す布付きの帽子を被っている。
まるでこれから葬式に参列するかのように一列に並んで物言わず佇んでいた。
そしてそのステラ・アルマ達の前にはそれぞれのパートナーがセレーネの到着を待っていた。
こちらも一糸乱れず整然と立っていたが、その中で1人だけその規律を乱す者がいた。
「うむうむ。全員で出撃するのは撫子の入隊日の戦い以来だね。流石にここまで揃うと壮観だ。しかも白と黒のコントラストが美しい!」
斗垣・コスモス・桔梗。
彼女はズラリと並んだセプテントリオン、及び北斗七星のステラ・アルマを俯瞰で眺められるようにコツコツと足音を立てて歩き回っていた。
「ちょっとアンタ。セプテントリオンは整列して待機って萩里が言ってたでしょ?」
「女神セレーネがやってくるまでに戻っていれば問題あるまい。どうして君達はこう杓子定規なんだろうね?」
「集団にはルールが必要だからよ。アンタみたいに自分勝手にフラフラする奴がいると秩序が崩壊するの!」
「桃。君は顔は可愛いのにその性格がイマイチ可愛くない。そこの尾花や藤袴のように大人しくしていればもっと僕に好かれると思うよ?」
「アンタなんかに好かれなくても結構よ! 尾花もサブリーダーなんだから何か言ってやんなさいよ!」
「私いま褒められた?」
「褒められてない!」
戦いを管理する集団の中にあって規律に縛られるのを良しとしない桔梗の態度は桃にとって苛立ちの原因だった。
普段は別のチームで動いていても全員出撃となると必ず顔を合わせる必要が出てくる為、この2人の接触による揉め事は避けられなかった。
「あ、そうそう。あとリーダーから不可解なお願いをされたんだけどみんなも聞いてる?」
そして一番の問題はこれだ。
今回は萩里から特別な指示が下っている。
桔梗がこの指示に大人しく従うのかどうかも今回の出撃における大きな不安要素だった。
「敵のステラ・カントルは絶対に殺すなってさ。それはすなわち敵のステラ・アルマに変身が解けるほどのダメージを与えるか、アニマ切れを起こさせろって事だろう? そんな面倒な戦い方はごめんだよ」
萩里は今回の出撃にあたってセプテントリオン全員に ”操縦者は殺さず生け取りにせよ” と指示を出していた。
それはセレーネからの未明子捕獲の命令に乗じた、五月とその仲間達を確保しようという萩里の思惑だった。
尾花と桃はそれに賛同し、未明子に思い入れのあるおみなえしも承諾した。
そして敵の抹消自体を良く思っていない藤袴も二つ返事で承知した。
しかし桔梗と撫子からは何の反応も無いまま今日を迎え、案の定この段階で文句を付けてきたのであった。
「は!? アンタ、リーダーからの指示を無視する気なの?」
「指示だからと言って全てを了承はできないさ。桃はリーダーから死ねって指示されたら死ぬのかい?」
「子供みたいなこと言ってるんじゃないわよ。隊の方針を決めるのがリーダーの役目でしょ? そのリーダーから指示が出たんだから従うのが当然じゃない!」
「隊の方針を決めるのは女神セレーネだろう? リーダーを含め僕達はただの雇われじゃないか」
「そのセレーネから命令されて萩里が指示を出してるの! 萩里に逆らうならセレーネに逆らってるのと同じよ!」
「そうなのかい? では女神セレーネに相談しなくてはいけないね。非効率なやり方は隊の不利益になりかねない」
「いま一番の不利益はアンタがここでウダウダ言ってる事よ!」
激しい口論に発展するも桃と桔梗の言い争いにソワソワしているのは藤袴だけだった。
この2人のやり取りはいつもの事だ。
おみなえしは我関せずの態度で静かに集中しているし、撫子も興味無さそうに無視していた。
もう1人、この場を納める役であるサブリーダーの尾花は、話の切れ目を狙って2人の間に入り込んだ。
「桔梗。気持ちは分かるけど萩里にも立場があるんだ。桔梗の考え方ばかりを優先すると萩里の立場がなくなっちゃうんだよ。そうするとセレーネさんは萩里にも桔梗にもガッカリしちゃうかもしれない。それは望むところではないでしょう?」
「ふむ。それはそうかもしれないが、だからと言って面倒な戦闘を回避したいのは本音だよ」
「えー、何で? せっかく全員で出撃するならそういう楽しみ方があってもいいんじゃないかな? だって敵を殲滅するだけなら萩里と桔梗がいればすぐに終わっちゃうよ。そしたら楽しくないでしょ?」
「つまり縛りプレイをしろと?」
「縛りプレイって言うの? 良く分からないけど少し面倒なくらいが私達には丁度いいんじゃないかな。桔梗もそういう戦い方できるでしょ?」
「おっと、挑発かな?」
「挑発のつもりは無いよ。でも、もし難しそうだったら私達でやっちゃうよ?」
「それを挑発と言うんだよ。まあ、いいだろう。ならばその縛りプレイを受けてあげよう」
「本当? それは助かる。一緒に頑張ろうね」
「ううむ、尾花と話していると何とも毒気を抜かれてしまうな」
「毒気? 桔梗は毒を持ってるの? それよりも縛りプレイって何なのか教えて欲しいな」
「え、えーとだね……」
そのやり取りを遠目に見ていたおみなえしと藤袴は、相変わらずの尾花の柔軟性に感心していた。
まさに暖簾に腕押し。尾花に力は通用しない。
桔梗のような我が強いタイプは尾花のような柔らかいタイプとは致命的に相性が悪かった。
相手を自分のペースに乗せるつもりが、気づけば逆に相手のペースに乗せられているからだ。
実際、桃との口論はすでに有耶無耶になっている。
萩里の生真面目と尾花の柔軟性。
これが癖の強いセプテントリオンをまとめるリーダー達の力だった。
「桔梗はやってくれるって言ってるし、桃もそれでいいかな?」
「別に私はそいつが言うこと聞くならそれでいいわよ」
「桃も縛りプレイ楽しもうね」
「うるさいわね。分かったわよ」
「撫子も縛りプレイでいいかな?」
「……私は別にリーダーに反抗するつもりは無いから」
「よろしくね。じゃあみんなで縛りプレイを楽しもうー」
「あなた縛りプレイって言いたいだけでしょ……」
尾花が何とも気の抜けた号令をあげていると、格納庫の入口に月の女神と萩里が姿を現した。
ところが月の女神はゼイゼイと呼吸を荒らげ、萩里の背中に背負われていたのだ。
「セレーネ様、到着しました。降りられますか?」
「ちょ……ちょっと待ってね。もうちょっとだけこのままでいいかな」
「はい。私は問題ありません」
「基地の移動用にちっちゃい車でも造ろうかな。我、ここまで体力無いとは思ってなかった」
セレーネは慣れない早歩きで移動した結果、体力を使い果たし途中で動けなくなっていた。
それを見るなり、これ幸いと萩里の方から提案して神様を背負ってここまでやって来たのだ。
尾花が心配そうに駆け寄って、セレーネの背中をさする。
「セレーネさん、大丈夫?」
「大丈夫だよぉ……みんなを待たせちゃいけないと思って急いだら余計に時間がかかっちゃった」
「これから遠くまで移動する時はこうやって萩里におんぶしてもらえばいいんじゃない? 萩里タクシー。萩里クシー?」
「はい。萩里クシー、すぐに飛んで参ります。どれだけ乗っても料金はかかりません」
「いやいやいや、そんな事で呼び出せないよ。萩里ちゃんはもっと自分を大事にしてぇ」
もう大丈夫だよと、萩里の背中から降ろしてもらったセレーネは改めてセプテントリオンの前に立った。
萩里も立ち位置に戻り、月の女神の前に白い隊服の集団が整列する。
「おおー。ちょっと前にも見たけど7人揃ってるとカッコいいねぇ。どおもぉ、セレーネでーす。忙しい中集まってくれてありがとうねぇ。今日はこの前桃ちゃん達に行ってもらった9399世界の討伐なんだけど、みんなにとっては遊びみたいな戦力差だから肩の力を抜いてもらって大丈夫だよぉ」
言葉の通り肩の力の抜けるような挨拶だ。
セレーネによる分析ではこの戦いは遊び同然だった。
総合的な戦闘経験値で言えば敵はセプテントリオンの足元にも及ばない。
その上、北斗七星のステラ・アルマに性能で勝っているのは1等星であるアルタイルだけ。
そのアルタイルですら、すでにおみなえしによって一度破られているのだからセプテントリオン側に敗北の要素など皆無であった。
「本当はルミナスを100体くらい連れて行って蹂躙してあげたいんだけどね。飛び道具を跳ね返す奴がいるらしいから今回はセプテントリオンだけで行ってもらうねぇ。それから萩里ちゃんには伝えたんだけど犬飼未明子ちゃんは少し調べたいから生きたまま捕獲してくれると嬉しいな」
その言葉を聞いた桔梗が首を傾げそうになっていた。
萩里は平然を装ったが内心穏やかではなかった。
ここで桔梗に疑問を口に出されるのは非常に困るのだ。
セレーネからの正確な命令は未明子のみ捕獲。他のメンバーはその対象に入っていない。
五月を始め、その他のメンバーを生かして連れ帰りたいのはあくまで萩里の希望なのだ。
それを桔梗がこの場で言い出さないかどうかは萩里にとっては賭けであった。
それを察した尾花が割って入る。
「セレーネさん、確かステラ・アルマは破壊しちゃっていいんですよねー?」
「うん。ステラ・アルマは容赦なく殺しちゃっていいよぉ」
「はーい。じゃあ操縦者は傷つけない縛りプレイだね。みんな縛りプレイよろしくねー」
「はえー。尾花ちゃん縛りプレイって言葉を知ってるんだ?」
「さっき桔梗に教えてもらったんだよ。何か気に入っちゃった」
セレーネの言葉を遮る尾花のこの会話に必然性は無い。
だが意味はある。
尾花がここで割って入る事により桔梗が何かを言い出すタイミングを失わせたのだ。
流石の桔梗も続けざまに女神の言葉を遮りはしないだろう。
その尾花の企み通り、桔梗は口をつむいだ。
それを見た萩里は心の中で安堵のため息をつく。
「あと我的にそういう動機は好きじゃないんだけど、月の医療施設が破壊されたのとファミリアに怪我してる個体が出てるからその報復も含めてあげてぇ。おんどりゃー、月を舐めるなよって感じで」
せめてもの怒りの演出でヒョロヒョロのストレートパンチを放つが、その姿は何とも弱そうだった。
「我から伝えたいのはそれくらいかな。あ、なるべくボスっぽく振舞ってね」
「承知いたしました。お言葉ありがとうございます」
代表してリーダーである萩里が一礼で応える。
セレーネはやり切ったと満足そうな顔を浮かべていた。
セレーネへの礼を終えた萩里は一歩前に出るとセプテントリオンの方に向き直った。
そして右手を前に掲げる。
「総員、搭乗を開始せよ!」
号令と共に、セプテントリオンのメンバーは立ち位置から離れ変身の為の距離を取った。
ステラ・アルマもそれぞれのパートナーに付き従う。
萩里を含めた全員が自身のステラ・アルマに近寄り、顔を覆っている布を持ち上げて口づけを交わした。
それが終わると、踵を返して再びステラ・アルマの前に立つ。
「セプテントリオン・ウーヌス、ドゥーべ!」
「セプテントリオン・ドゥオ、メラク」
「セプテントリオン・トレース、フェクダ!!」
「セプテントリオン・クアットゥオル、ミザール」
「セプテントリオン・クィーンクェ、アリオト」
「セプテントリオン・セクス、アルカイド!!」
「セプテントリオン・セプテム、メグレズ!」
7人の掛け声が格納庫に響き渡った。
名を呼ばれたステラ・アルマの体が光に包まれその姿を変化させていく。
十数メートルまで膨れ上がった光の塊が形を整え、やがてその光が霧消すると、そこには7体の巨大ロボットが並んでいた。
熊谷萩里の後ろに立つのはおおぐま座2等星ドゥーべ。
機体は全身がセプテントリオンの隊服と同じ白いマントで覆われていた。
左右の腰に刀のようなものを装備しているのが見える以外、そのフォルムはマントの下に隠されている。
萩里の操縦するリーダー機ではあるが他の機体に比べてやや小柄であった。
宵越尾花の後ろに立つのはおおぐま座2等星メラク。
上半身は銀色のフレームに黒の装甲、下半身は黒い大きなブーツを履いているように見える。
スレンダーな上半身に対して脚部が異常に太く、頭部を含めた上半身が全体的に丸みを帯ているため余計に脚部が目立つデザインの機体だった。
葛春桃の後ろに立つのはおおぐま座2等星フェクダ。
赤を基調とし黒のラインが入った機体色。
セプテントリオンの機体の中では一番幅広で見るからにパワータイプの機体だ。
シンプルな外観に、特徴的な背面の2本の巨大タンクは健在だった。
藤袴の後ろに立つのはおおぐま座2等星ミザール。
ドゥーべとは正反対の黒いボロボロのローブを纏い、左腕に巨大な棺桶を抱えている。
セプテントリオンメンバーからの印象もやはり死神。
お人好しの藤袴が乗るには不釣り合いな機体だった。
黒馬おみなえしの後ろに立つのはおおぐま座2等星アリオト。
甲冑を模した装甲を纏い、巨大な槍を持った姿はまさに西洋の騎士。
独特な機体色が多いセプテントリオンの中で無垢な白機体は逆に目を引いた。
斗垣・コスモス・桔梗の後ろに立つのはおおぐま座2等星アルカイド。
全身が桔梗の性格を表すかのような派手な金色の機体である。
体の各所に短い砲身が装備されているが、それすらも金で彩られている。
装甲も尖った部分が多くセプテントリオンの機体の中では一番全高が高かった。
和氣撫子の後ろに立つのはおおぐま座3等星メグレズ。
全身が茶一色の機体。
体の表面が細かく逆立っており、色と相まって毛皮に包まれているように見える。
左右の腕には3本爪のクローが装備され野蛮さを感じる機体だった。
以上7体がセプテントリオン北斗七星のステラ・アルマである。
各機が通常のステラ・アルマを凌駕する性能を持ち、セレーネの管理する戦いの最後の相手を任されている機体だ。
自身のパートナーであるドゥーべに搭乗した萩里は操縦席のモニターで全員の搭乗を確認した。
出撃担当のファミリアに合図を送り、格納庫の床に7つのゲートを開かせる。
「それではセレーネ様。セプテントリオン出撃いたします」
「うん。頑張ってねー」
出撃を見送るセレーネの顔は少し不機嫌そうだった。
ステラ・アルマに囲まれているこの状況があまり好ましくは無いのであろう。
「行くぞ!!」
リーダーの掛け声で全機体がゲートに飛び込んでいく。
それぞれのゲートが機体を飲み込むと、開いていたゲートはだんだんと小さくなり、やがて完全に閉じた。
静寂を取り戻した格納庫で、セレーネは腰を叩きながら一息ついた。
彼女の仕事はこれで終わり。
後は自分の部屋に戻って戦いを見守るだけだった。
「……あ」
口に手をあてて声をあげたセレーネは、いま自分の置かれている状況に気づいた。
「しまった、しまったよぉ。部屋まで歩いて戻ってたら戦いが終わっちゃうかも……どおしよぉ……」
ここからセレーネの私室まではかなりの距離がある。
普段格納庫になど来ないせいで完全に見誤っていた。
ルミナスが立ち並ぶ格納庫のど真ん中。
月の女神は自分で造った基地の広さに頭を悩まされていた。
「各機、通信機能は遮断しないように」
「「「了解」」」
ゲートをくぐりながらでもセプテントリオンの機体同士は通信が可能だった。
無論ゲート内部だけではなく、同じ世界であればどれだけ離れていても問題ない。
つまりどの世界とも繋がっている月とだけは、いつでもどこでも通信が可能なのだ。
戦闘中の情報共有がいかに有利かは語るに及ばない。
この機能だけでもセプテントリオンの機体が優れていると言えるだろう。
光のトンネルを抜けると空の上。
7人はどこかの街の上空に出た。
地球側と同じで戦闘エリアがどこになるかはセプテントリオンも知らされていなかった。
それもセレーネの趣向であったが、そもそも全機飛行可能な機体なのでどこで戦う事になってもあまり関係は無いのだ。
だから7人ともセプテントリオンに入ってからは戦闘エリアの候補地を調べたりなど一度もした事は無い。
「ひッ! 敵機体発見したっす」
「あれ!? あのビーム跳ね返す奴がいなくない?」
「桃とケンカしてた白い機体もいないね」
「本当だ! 代わりに何かデブいのがいる」
「桃の機体もおデブじゃないか」
「うっさいわね! フェクダはアニマ容量が大きいからいいのよ!」
「萩里、あの機体って……」
「ああ。懐かしいのがいるね。この世界に再構成されていたのか」
「は? もしかして9399世界ってあの女のいる世界?」
「撫子、この世界を知ってるのかな?」
「知ってる。私達の世界はこの世界と戦って負けた。ついでに言うと私はあのデカいのに負けた」
「何だってぇ? じゃあ撫子の世界の僕はこいつらにやられたって事かい?」
「少し顔ぶれが変わってるけど間違いない。そっか、犬飼未明子ってあいつの事か」
「萩里、どうする?」
「少なくとも2体がどこかに隠れているのであれば、こちらも下手に全機体で戦闘するのは避けた方がいいね」
「待機する?」
「敵の数は4体。ではこちらもまずは4体で戦おう」
伏兵は戦術の基本。
そして明らかな伏兵が予想されればそれを見越した立ち回りが必要になる。
伏兵を危惧して戦力を温存するのは真面目が服を着て歩いているような萩里であれば当然の判断だった。
だがその判断は稲見による誘導に他ならない。
何故ならこの戦い、白い機体であるアルフィルクはそもそも参加していないのだ。
敵のリーダーが真面目な性格であると五月から聞いていた稲見は、最初から何機かは隠しておくつもりだった。
そうすれば真面目なリーダーは必ず伏兵を警戒してくれるだろうと予想していたからだ。
全機体による電撃戦を未然に防いだのは、アルフィルクの不参加をそのまま作戦に組み込んだ稲見の手柄だった。
「私と尾花は待機しよう」
「私はあのデカいのにリベンジしたい」
「それなら私も犬飼さんともう一度戦いたいです」
「おっと。おみなえしに1等星を取られてしまった。では僕はあそこの凶悪な顔の機体をもらおうかな」
「ちょっと! 梅雨空は私の獲物よ!」
「桃も待機しよっか」
「何でよ!?」
「桃は縛りプレイ苦手そうだし」
「はぁ!? この金ピカよりは上手くやるわよ!」
「ひッ! 桃さん、私があそこの忍者みたいなのと戦うのでもし苦戦しそうなら助けてください」
「藤袴があんなのに苦戦するわけないでしょ」
「分からないっすよ。敵と戦う時は絶対に油断しちゃダメです。特に今回は敵も死に物狂いのはずなので慎重にいきましょう」
「……分かったわよ。その忍者みたいなのが五月だから絶対殺さないでよね」
「ひッ! 任せて欲しいっす」
萩里、尾花、桃は伏兵を警戒して待機。
残りの4機が戦う相手を定めた。
稲見の予想とは違いセプテントリオンは個別の戦いを選択した。
しかし地球側の状況としては悪くない。
お互いに控えがいるとはいえ5対7が4対4になったのだ。
各々が時間を稼げれば未明子による一点突破も狙いやすい。
それが吉と出るか凶と出るかはこの段階では分からなかった。
「それではセプテントリオン、敵を駆逐せよ!!」
萩里が戦闘開始の号令を行うと、各機は目標の敵に向かって突撃した。
今ここに、9399世界とセプテントリオンの戦いが始まったのだ。




