第12話 カルテットデート①
「言っておくけど、私は何度も止めたからね」
「個人的にはすっごい助かってるから気にしないで」
私はバツの悪そうに隣を歩いている美人に笑顔でそう返した。
私達はとある植物園に来ていた。
電車とバスを乗り継いで30分くらいの場所にある植物園で、5000種類近くの植物が植えられている広大な植物園だ。
季節によって様々な植物を観る事ができて、今の時期はツツジが見頃らしい。
その植物園をアルフィルクと二人で歩いていた。
「何で彼女との初デートで、隣を歩いてるのが私なのよ」
今日はミラとの初デートの日だった。
二人でどこに行こうかと悩むも良い案が出ず、ミラがイーハトーブのライングループでアドバイスを求めた。そしたら狭黒さんが食いついてきたらしい。
そして私の歓迎会も含めて ”みんなで” デートしようと提案が出たそうだ。
アルフィルクは二人の記念なんだからと猛反対してくれたみたいだけど、正直ミラと二人だけで遊ぶビジョンが全く浮かばなかった私は、その提案についてミラと相談したのだ。
そうしたら「これから好きなだけ二人でいられるから良いんじゃない?」と彼女らしい回答をくれた。
ミラから狭黒さんにOKの連絡をしてもらい、直後にプロジェクトカルテットデートと名付けられたライングループからの招待が届いたことにより、今日は8人の大所帯で遊びに行くことに決まったのだった。
そうして迎えた当日。
集合場所に来ていたのは、少し怒り気味のアルフィルクだけだった。
私がどうしたのか事情を聞くと
「しんっじらんない! 一度早めに集合したのに、あなたとの初デートのミラを着飾りたいからって、みんなですばるの家に行っちゃったのよ」
と教えてくれた。
「暁さん家に? なんで?」
「あそこ大豪邸だからものすごい量の服があるの。私達もたまにお世話になってて、ファッションショーとかやってるんだけど」
やっぱり暁さんはいいところのお嬢様だったのか。
そこに集まってファッションショーとか楽しそう。
みんな美人さんだからそれはそれは見事なショーなんだろうな。
「で、ミラとすばるとサダルメリク、それとファッションに詳しい五月が同行することになって、ツィーも面白そうだからって付いて行ったんだけど、このデートの企画者だからって夜明まで行っちゃったのよ」
完全にノリでついていったな。
自分でこの時間にこの場所に集合って決めてたのに。
あの人どういう優先順位の思考で動いてるんだろう。
「集合時間には間に合うって言ってたけど、あの人数で行ってまとまる訳がないから私だけ先に来たの。それで案の定、時間を過ぎてるのよね」
「アルフィルクも一緒に行けばよかったのに」
「そうしたらあなたが一人で待つことになるじゃない」
どうやら私に気を使ってくれたらしい。
ミラの事だから絶対自分も行きたかった筈なのに。
いい子なんだよなぁ。
「ありがとう。じゃあ向こうのチームが来るまで先に入って待ってよっか」
「入口で立ってても仕方ないしね。私、ラインで知らせておくわ」
こうして、私とアルフィルクの二人散歩が始まったのだった。
「だいたい何で行きたい場所が決まらないのよ。ミラなんか色んな友達と遊んでるんだから、いくらでも候補があるでしょ?」
「私もそう言ったんだけど、私と一緒ならどこでもいいよ。の一点張りなんだもん」
「あの子そういうところあるわよね……」
ミラは一緒にいる時、いつでも私を優先してくれる。
元々そんなに人を引っ張るタイプではないけど、私に対してはそれが顕著だ。
お願いした事は何でもいいよと言ってくれるし、事あるごとに私の好きなようにしていいよと言ってくれる。もはや優しいを超えて従順と言っても差し支えない。
「よっぽどあなたの事が大切なんだと思うけど、あれであの子暴走する時もあるから気をつけなさいよ」
うーん、それは少しわかる気がする。
仲良くなったばかりの相手に突然キスしたり、大事な秘密を大胆に話したり、詳しい説明をしないまま屋上から飛び降りたり、人に覆いかぶさって半裸で誘惑してきたり。
冷静に考えると「ちょっとタンマ!」と思う行動が度々あった。
あんなホワホワした雰囲気で、頭もいいのに、ある瞬間ブレーキの壊れた暴走列車になるんだもんな。
アルフィルクからすると、大事な友達が目を離したスキに破天荒な行動を起こすんだからたまったもんじゃない。いつ取り返しのつかないことをしでかすかヒヤヒヤものだろう。
そういう意味では、突然現れた私のことを警戒したのも仕方がないと思う。
ミラにはずっと恋人が出来なかったのに、ある日突然「彼女できた! 明日連れてくね!」と連絡が来たら「どこの誰だよ!?」と親御さんのような気持ちになるだろう。
ただ私はそんなミラをたまらなくかわいいと思うし、自分が行動力に欠けていることが分かっているので羨ましくも思うのだった。
「あなたがしっかりデートプランを考えたらそれで済んだ話じゃないの?」
「んな馬鹿な! この陰キャの王様である私がデートプランなんてたてられる訳ないじゃん!」
「じゃあ、お家デートとかでもよかったじゃない」
「お、お家はあかん! お家は私がミラを100パーセント襲う!」
いまの私はミラに対して冷静とは言えない。
あの日以来、夜な夜な彼女の乱れた姿を思い出しては悶々としている。
脳裏に焼きついたあのえっちな姿が私の劣情をくすぐるのだ。
学校帰りに一緒に帰るだけでも呼吸が荒くなってしまうのに、狭い部屋に二人きりなんて私の理性がもつ訳がない。
しかもミラは間違いなく抵抗せずに私のされるがままになる。
あんな天使を私みたいな不浄の塊が汚してはいけないのだ!
あーーーー。
私は自分の浅ましさに悶えて頭を抱えた。
それを見たアルフィルクが「はぁ……」とため息をつく。
「何と言うか滑稽ね。じゃあ、ちょっと先輩としてアドバイスしてもよい?」
「え!?」
私はその言葉に驚いた。
アルフィルクからアドバイスをもらえるだと!?
恋愛一年生の私としては、恋人とのお付き合いの長そうな先輩からアドバイスを頂けるなんて願ってもないことだ。
地面に頭をこすりつけてでもご指導頂きたい。
「オ……オナシャスッ!」
「綺麗な土下座ね。別に頭を下げるほどのことではないわよ」
「でも私! いろいろどうしたらいいか分からなくて!」
「簡単なことよ。あなた達」
「早くセックスしなさい」
「早くセックスしなさい」
いや2回言わなくていいよ!!
ちょっとショックを受けさせてよ!!
こんな綺麗な植物園で、せ、せ、セックスとか言わないでよ!!
「キャーーーーー!!」
「キャーじゃないわよ。あなたテンパったら叫ぶのやめなさい」
「狭黒さんといいアルフィルクといい、何でそんなにえっちしろ、えっちしろ言うの!?」
「ステラ・アルマとステラ・カントルの絆が深まるからよ」
「それは分かるよ! だけど大事なことだからそんな気軽にできないよ!」
「何よあなた、初戦闘で私にスナイパーライフルぶちこんでくる度胸はあるくせに、彼女にぶちこむ度胸はないの?」
「下ネタッ!! あと私にぶちこむものついてない!」
綺麗な顔して何てこと言ってくるんだこのドスケベお星様!
ケフェウス座はえっちな星座なの?
ケフェウスさんがえっちだったの?
「落ち着きなさいこのむっつりスケベ。これは大事なことなのよ」
ドスケベにむっつりスケベ言われたが?
「あなた、この前の戦闘でミラの反応が鈍いと思わなかった?」
「反応が鈍い?」
「自分が頭で考えてから、ミラが実際に動くまでにラグがなかった?」
ラグ?
どうだろう……私はあの時のことを思い出してみる。
とにかくガムシャラに動いていたし、考えることも沢山あったからハッキリ覚えていなかったが、言われてみるとそんな気がしないでもない。
「うーん。そう言われると……でもほとんど考えるのと同時に動けてたよ」
「あなたたち相性良さそうだものね。他のペアよりはラグが少ないのかしら。でもそれならなおさら必要なことよ」
「そう言えばツィーさんも二人の関係が深ければ深いほど戦いに影響があるって言ってた気がする。その、セ、セックスをするとどうなるの?」
「ステラ・アルマとステラ・カントルとの神経的なシンクロが向上するの。つまり、より一体化が深まるのよ。今でも気にならないくらいに動けるなら、おそらく一つの体をほぼ共有するレベルまで高まるはず」
ふ、ふーん……。
難しいことは良く分からなかったが、つまりえっちすると強くなるんだな!
我ながら幼稚園児並みの理解力だった。
「そうなのか……戦っていく上でプラスになるなら、ウダウダ言ってられないのかな」
「お互い気持ちが高まっているなら二の足踏む事はないんじゃない?」
「あ! もしかしてミラが誘ってくれるのって、別に私とえっちしたい訳じゃなくてただ強くなりたいだけなのかもしれない!?」
「そんな訳ないでしょ! 強くなるのも大事だけど、相手に体を許すのだって軽い気持ちではできないわよ」
初めてキスをした時もミラは「好きな相手としかしない」と言っていた。
それでも自分に自信を持てない私は、ミラが自分を好きだと言ってくれる事にまだ疑問を持っていた。だってあんなにかわいい子が彼女とかできすぎでしょ?
「私の反応が悪いせいで避けてると思われたら嫌だし、頑張る」
「そうしなさい。それに私達は明日死ぬかもしれないんだもの。できる事はできるうちにしておいた方がいいわ」
もっともだった。
私達は一度も負けられない戦いをしているのだ。
いつ人生の終わりがくるとも分からない。
昨日と同じ今日が、明日も来るとは限らないのだ。
「そういえば、ミラが私とステラ・ノヴァの契約を済ませたって言ってたけどステラ・ノヴァって何?」
「ステラ・アルマがステラ・カントルを見つけて結ばれる事よ。ステラ・ノヴァが起こる可能性はとても低いから、私達にとっては吉報だったわ」
「あれ? でもミラがステラ・アルマは星の数ほどいるって言ってたよ。そんなにいるならあちこちでステラ・ノヴァが起こる気がするけど」
「それがそうでもないのよ。まず第一に、同じユニバースにステラ・アルマはそうそう集まらないの。私達は偶然4人も集まっているけど、下手したら一人もステラ・アルマが存在しないユニバースもあるわ」
「一人もステラ・アルマがいなかったら戦いに参加できないよね?」
「そうね。そういうユニバースは何も起こることなくそのまま消滅するわ」
ゾッとした。
私がいるこの世界にはたまたまミラ達がいてくれたから戦うという選択肢が取れたけど、そんな選択肢もなく、ある日突然消滅する世界もあるんだ。
改めていま起こっている現象が理不尽だという事を実感した。
「つぎに、ステラ・アルマがいたとしても、ステラ・カントルが見つかるかどうかは分からない」
「ステラ・カントルって誰でもいいんじゃないの?」
「資格という意味では誰でも構わないかもしれない。でもね、女性を本気で好きになれる女性が身近にいる確率、そしてその子が自分を好きになってくれる確率、その子が話を信じてくれる確率、信じてくれた上で一緒に戦ってくれる確率、とても高いとは思えないわ」
言われてみれば確かにそうだ。
私の人生の中でも本気で女の子が好きな女の子に出会えたのは、少なくともそうであると話してくれたのはミラが初めてだった。
そういう人と巡り会える可能性がまず低い。
その上、全部わかった上で戦いに付き合ってくれる人なんて、ほんの一握りなんだろう。
「そんな、広い宇宙の中で星と星が出会うみたいな途方もなく低い確率の中で出会えた相手と交わすのがステラ・ノヴァ。これが奇跡みたいな現象って分かってもらえた?」
「うん。すごく伝わった」
ミラが一日で私のことを好きになってくれたのが少し分かった気がした。
普通に恋人を作るのとはワケが違う。
本当に本当に、その人でなければダメなのだ。
世界中にこんなにたくさんの人がいるのに、その中で奇跡みたいな偶然で出会えるその人のことをずっとずっと待っていたんだ。
それが私で良かった。
私はミラを好きになって良かった。
私はミラに好きになってもらえて良かった。
幸せだ。
「もしどうしてもステラ・カントルが見つからなかったら、ステラ・アルマはどうするの?」
「そのユニバースに残っていてもいずれ消滅してしまうから、別のユニバースに移動して今度はそこでステラ・カントルを探すのよ。それをずっと続けるの」
「そっか。じゃあ、アルフィルクも狭黒さんが見つかって良かったね」
「……!」
その時、アルフィルクは今まで見せたことのないような悲しい顔をした。
今にも泣き出しそうな、やるせない、それでいて悟ったような顔だった。
どうしてそんな顔をしたのだろう。狭黒さんと出会えたことは幸せなことでは無いのだろうか。
「アルフィルク?」
「ううん。そうね! 夜明と出会えたのは良かったわ。あんないい人、なかなかいないんだから!」
一瞬見せた表情が、まるで嘘だったかのように明るい笑顔を浮かべる。
その笑顔から彼女の心が見通せる訳ではないけど、きっと色々あったんだろうな。
「今度、狭黒さんとの馴れ初めも聞かせてね」
「いいわよ。一晩かかるから、お泊まり会が必要ね」
お泊まり会!
お泊まり会なんて今まで友達同士でもやったことないや。
いや、もうアルフィルクとは友達だ。
だったら友達との初めてのお泊まり会はきっと楽しいだろうな。
私の楽しみがまた一つ増えた瞬間だった。
ブーッ
ラインの着信音が鳴る。
「向こうもそろそろ到着するみたいね、入口まで戻りましょうか」
時計を見るとすでに一時間くらい経っていた。
結構話しこんじゃったな。
アルフィルクがラインの返信をして、いま来た道を引き返そうと歩き出した。
「あ、その前にもう一個聞いてもいい? 聞くというか相談なんだけど」
「いいけど、手短にね」
「うん。えっとね。いま私のクラスにステラ・アルマの子がいるんだけど、どうしよう?」




