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第117話 点と線 夜明とアルフィルクと未明子とミラとアルタイル


「あら鷲羽さん。ごきげんよう」

「あら鯨多さん。こんな所で会うなんて奇遇ね」

「この先には神社しかないけど元旦からお参り?」

「そうね。せっかく年も明けたのだしお参りするのも悪くないわ」

「それは殊勝な心掛けだね。じゃあお参りが済んだらすぐに帰るといいよ。外は寒いし」

「別に冬の間は冬眠しているわけじゃないのよ。それに今日の目的はお参りじゃないもの」

「へえー。元旦の神社にお参り以外に用事があるんだね」

「あなた分かってて言ってるでしょ? と言うか常に私の前を歩かないでちょうだい」

「鷲羽さんこそ小さいんだから私の前に出ようとしないでもらえるかな?」


 新しい年を迎えた元旦のお昼時。


 神社の参道を歩くミラとアルタイルの姿があった。

 お互いに相手を抜いては抜き返され、入れ替わるようにして参道を進んでいく。


 この付近で一番大きい神社の元旦は初詣の参拝客でごった返していた。


 お参りの列は拝殿から神社の入口あたりまで延びており、これに並んでしまえばそれだけで一日が終わりそうな程の長さになっていた。


 2人は参道を行き来する人の波に巻き込まれないように列を避けて端の方を歩いて行く。


 彼女達の目的は参拝ではなく授与所だった。

 授与所というのはお守りを買ったりおみくじを引ける場所のことだ。


 本来であればお参りをしたあとに寄る場所なのだが、2人は一目散にそこを目指していた。


「ミラ、鷲羽さん! こっちこっち!」


 中門を抜けて拝殿のすぐ横にある授与所の前で未明子が手を振っていた。


「「未明子!!」」


 2人の声がユニゾンし、我先にと走り出す。


 そして未明子の元に駆けつけるや否や、すかさずスマホを取り出しパシャパシャと写真を撮り始めた。


「嘘! 嘘! かわいい! かわいい!」

「かわいい! 未明子、とってもかわいいわよ!」

「はいはいお客様。写真撮影はお控え下さいねー」


 ミラもアルタイルも血走った目で狂ったように未明子を撮影していた。

 一年の始まりの日、神聖な神社でするような顔ではないがそれも仕方がない。


 何故なら目の前の未明子は白小袖に朱色の袴の巫女服に身を包んでいたからだ。


 未明子は毎年この神社で元旦のお手伝いをしている。

 父親の知り合いからの頼みで一日限定の巫女のアルバイトだ。

 それを聞いたミラとアルタイルは何が何でもその姿を見なくてはと、元旦から神社にやって来たのだ。 

 

「巫女服! 巫女服を着た未明子!」

「最高! ポニーテールの未明子最高!」

「止まらんなこの娘達」

「だってこんな、こんなかわいい未明子を記念に残さないなんて許されないよ!」

「衣装はクリーリングに出すために持ち帰るから、後でいくらでも着たげるよ」

「本当に!? 本当ね!?」

「だから2人とも落ち着いて」


 鼻息荒く取り巻いている2人を何とか宥めようとするも、興奮のあまり言葉が届いていないようだった。


 ここで騒いでいると他の参拝客の迷惑になる。

 そう思って未明子はじりじりと授与所の隅っこに移動した。


 すると授与所の裏手から小さな女の子が顔を覗かせる。

 

「お姉ちゃん。そろそろ私たち終わりだよ?」


 現れたのは未明子と全く同じ顔をした妹のほのかだ。

 同じ巫女服に髪型まで同じポニーテールでまさに生き写しだった。


「ち、ちっちゃい未明子!?」

「ミラは会うの初めてだっけ。妹のほのかだよ」

「信じられない! 本当に未明子そっくり!」

「ほのかちゃん、お久しぶり」

「あいるさん! あけましておめでとうございます」

「本年もよろしくお願いいたします。巫女服、似合っていてかわいいわね。お姉さんとあっちに行きましょうか」

「鷲羽さん。ナチュラルに妹を攫おうとするのやめてもらっていい?」

「お姉ちゃん、こっちの人はだれ?」

「鯨多未来さん。いま私が一緒に住んでる人だよ」

「ああ……」


 ほんの一瞬。

 ほのかの表情に影が差したように見えた。


 隣にいた未明子はそれに気づかず、未明子を見ていたミラも気付かなかったが、アルタイルだけはその変化を感じ取った。


「……ほのかちゃん?」


 アルタイルがほのかの名前を口にした時には、その一瞬だけ見えた影は消えいつもの幼い笑顔でミラと向き合っていた。


「はじめまして。いぬかいほのかです」

「初めまして。鯨多です」

「どうも、お姉ちゃんがお世話になっています」

「礼儀正しいね! 妹さんがいるとは聞いてたけどこんなにそっくりだと思ってなかったよ」

「うちはお父さんの血がこい? らしいです。お姉ちゃんも私もお父さんに似たみたいです」

「女の子は父親に似るって言うもんね。今日はお姉ちゃんと一緒にお手伝いしてるの?」

「はい。でももう終わっていいって言われました。お姉ちゃん、この後どこかに行くんでしょ?」

「うん。狭黒さんに呼び出されてるんだ」

「はざくろさん?」

「えーと、ほのかはアルフィルクは覚えてる?」

「おぼえてるよ。いいニオイのするキレイなお姉さん」

「そうそう。その人と一緒に住んでる人」

「お姉ちゃんのお友達はみんな女の子どうしで住んでるの?」

「あー。そうだね。そういう人が多いかな」

「ふーん……そうなんだ。お正月なんだし、今日くらいはおうちにもどって来てね」


 ほのかはそう言うと、踵を返して授与所の中に戻って行った。


 ほのかの様子が心配になったアルタイルは未明子の顔を窺うが、未明子は全く気にしていないようだった。


「最近ほのかちゃんとは遊んでないの?」

「ミラの家に住み始めてからは全然。家に帰るのも週に一回くらいだしね」

「絶対寂しがってるから、もう少し一緒の時間を作ってあげた方がいいわよ?」

「そうなのかなー。いい加減、姉離れして欲しいけど」

「姉を慕ってる妹なんて、一生姉離れしないわ」

「おお。妹がいる先輩からの有難いお言葉だ」


 アルタイルには、ほのかが不満を持っているように見えた。

 今までずっと一緒にいたのに急に他の誰かが出てきて姉を奪い取られたように感じているのではないだろうか。


 多感な時期は感情をコントロールするのは難しい。

 それによって気持ちが拗れてしまう事もある。


 そうならないように未明子はもう少し妹に寄り添うべきだと言いたかったが、同じ姉として、もし自分が同じ事を言われても急に態度を改められる自信はなかった。


 ほのかと過ごして来た時間は未明子の方が長い。

 妹に関しては姉に任せるべきだと思い、アルタイルは言葉を飲み込んだ。



「夜明さんの家に行くなら何か買っていく? 元旦だからお店ほとんど閉まってるけど」

「そういうのは必要無いって釘を刺されちゃった。何か私にお願いがあるみたい」

「夜明からのお願いか。あまりいい予感はしないわね」

「鷲羽さんの悪い予感って当たるからなぁ」

「ちょっと待って。まさか鷲羽さんも一緒に行くの?」

「行くわよ。私だって呼ばれてるもの」

「うう……未明子と2人になれる時間が無い……」

「普段から2人なんだから少しくらい我慢してちょうだい。大晦日だって一緒にいたんでしょ?」

「一緒だったけど、今日は朝から忙しいって早めに寝ちゃったもん」

「ごめんねミラ。明日から始業式までは予定ないから」

「あ、じゃあ私と初詣に行かない?」

「何で鷲羽さんとなのよ。未明子は私と初詣に行くの」

「3人で行こうよ」

「「それは嫌!」」


 ふん! とお互い顔を反らすミラとアルタイル。


 そのあまりにも揃った動きを見て、未明子はこの2人実は凄い気が合うんじゃないだろうかと思ったのだった。











 夜明の家は神社からそれほど離れていない。

 普通に歩けば5分もしない内に辿り着ける距離なのだが、3人はかれこれ10分以上歩き続けていた。

 

 正月で人通りも少ない道なのに、未明子はミラとアルタイルにくっつかれ左右からの凄まじい圧でまともに進む事ができなかったのだ。


「あの……2人とも、嬉しいんだけどそこまでくっつかれると歩きにくいかな」

「ほら鷲羽さん。歩きにくいから離れてって」

「鯨多未来こそ離れなさいよ。歩道からはみ出てるじゃない」

「鷲羽さんが道路側じゃ危ないと思って仕方なくこっちを歩いてあげてるのに。じゃあ歩道に戻るから、そのぶん鷲羽さんが壁にめり込んでくれる?」  

「私が壁にめり込んだら未明子がもっと歩きにくくなるでしょ? それと子供扱いしないで」

「小さい子がなんか必死に言ってる。あーあ、ほのかちゃんの方がよっぽど落ち着いてたなー」

「ほのかちゃんはあなたに興味なんて無いわよ。ちなみに私は連絡先を知ってるからね」

「え!? ずるい!!」

「何で鷲羽さんは妹の連絡先を知ってるの?」


 神社を出てからずっとこの調子だった。

 お互いがお互いを目の敵にしているので言い争いが止まらない。


 未明子は美人さんに囲まれて嬉しい気持ちと、その美人さん達が自分を挟んで口喧嘩を続ける気まずさの両方を味わいながら夜明の家までの道をノソノソと歩いて行った。



 閑静な住宅街の中にある夜明とアルフィルクの住む家に到着すると、冬にも関わらず二階の窓が全て解放されていた。


 大方、夜明が暖房をつけて部屋でゴロゴロしていたせいで空気がこもってしまい、アルフィルクが空気の入れ替えをしているに違いない。


 開け放たれた窓を見ながら未明子はそう確信した。


「そう言えばアルフィルク達がここに引っ越してから来るのは初めてかも」

「へー。私は何度も招かれてるわよ?」

「私はここに住む前の家に何度もお邪魔してますー」

「それが何だってのよ。この家では私が先輩なんだから大人しくしてちょうだい」

「いや、ここは夜明さんとアルフィルクの家だから2人とも大人しくしようね?」

「「はーい」」


 口を開けば何かと突っかかり合う。

 隣にいるのは気難しい猫と小型犬のように思えてきた未明子は、ここでニャーニャーキャンキャン騒がれる前に家に入れてもらおうとチャイムを鳴らした。


 チャイムの音が流れ切る前に、インターホンから家主の声が聞こえてくる。


「はいはい。未明子くん達だね?」

「え? そうです。良く分かりましたね」

「部屋の中にいてもミラくんとアルタイルくんの声が聞こえたよ」

「それは……ごめんなさい」

「元旦から賑やかで良いね。いまアルフィルクが開けるから上がってきたまえ」


 夜明がそう言い終わる頃には玄関の扉が開きアルフィルクが顔をのぞかせた。


「あら3人とも明けましておめでとう」

「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」

「代表して未明子が挨拶するの、一家の大黒柱って気がしていいわね」

「えへへ。いいでしょ。今日はペットも連れて挨拶に参りました」

「あ、アルタイルは娘じゃなくてペットなのね」

「ちょっとペットってどういう事よ。アルフィルクも私を娘扱いしないで」

「そうだよアルフィルク。こんな子を産んだ覚えはありません」

「私だって産んでもらった覚えは無いわよ」

「元旦から賑やで良いわね。とりあえず上がりなさいな」


 アルフィルクが夜明と全く同じ反応をしたので3人は思わず笑ってしまいそうになった。


 アルフィルクに案内されリビングにあがると、そこに夜明の姿はなかった。

 代わりに毛布でできた巨大なチョココロネのような物があるのが目に入る。


「いま部屋を換気してたの。すぐ暖房つけるから待ってて」

「あ、やっぱりね。って事はそこの毛布にくるまってる毛虫みたいなのが狭黒さんかな?」

「これ夜明さんなの? 大きめのクッションかと思ってた」

「ふふふ。換気してる間は下の階に逃げ込むつもりだったのに、新鮮な空気に触れなさいとここに放置された私は毛虫以下の能力しか持たないよ」


 チョココロネならぬ毛布の毛虫から夜明の声がする。


「春までまだ結構あるわよ。観念して羽化しなさい」

「アルタイルくん。毛虫が羽化するのは春じゃなくて夏から秋にかけてだよ」

「半年以上そこでゴロゴロしてるつもりなの?」


 完全に毛布と一体化していた夜明はその後すぐにアルフィルクによってその鎧を剥ぎ取られ、モコモコの暖かそうな部屋着をかけられていた。


 最初はブルブル震えていた夜明だったが、暖房が効き始めたおかげでアルフィルクがお茶を用意する頃にはソファで足を組んで余裕のポーズを決めていた。

 

「ふう。エアコンに加えて稲見くんが教えてくれた床暖房が無ければ今年の冬は越せなかったかもしれないね」

「あまりにも生命力が低すぎる」

「どんな生物だって熱を失えば命を失うよ。私はそれが顕著なだけさ」

「アルフィルクも大変ね。冬が来るたびにパートナーが死にかけるんだもの」

「夜明は夏も死にかけてるから一年中赤信号だけどね」

「何て弱き命なの……」

「へー。この床暖房いいね。未明子、うちにも入れよっか?」

「確かに暖かくていいね。でも何で暖かいのが好きな鷲羽さんはソファに座ってるの?」

「この子、床暖房の上にいると寝ちゃうのよ」

「うるさいわねアルフィルク。それよりもココアのお代わりをちょうだい」

「早ッ。もう飲んだの?」


 部屋に着いて早々、まったりした空気が流れ始めた。


 このままだと無駄に時間が過ぎていくと感じた夜明はアルフィルクに入れてもらったコーヒーを机に置き、ソファから降りて未明子とミラの前に座り直した。


「さて未明子くん。来てもらって早々に申し訳ないが、君に折り入って頼みがあるんだ」

「真面目なお話ですか?」

「真面目も真面目。大真面目さ」


 夜明は真剣な表情だった。

 元旦からわざわざ自分達を呼び出したのだ。大事な話となればしっかりと話を聞かねばならない。


 隣に座るミラも、ソファの上でお代わりのココアを飲んでいるアルタイルも緊張した面持ちで夜明を見つめた。


「未明子くん。アルフィルクと寝てくれないか?」

「はい?」


 突然の夜明の言葉に未明子は間抜けな返事しかできなかった。


 ミラもアルタイルも意味が分からずフリーズする中、当のアルフィルクだけは深いため息を吐いていた。


「狭黒さん、もう一度いいですか? アルフィルクと何ですって?」

「寝てくれないかい?」


 夜明は至って真面目にそう答える。

 

 狭黒夜明の性格を知らない者ならば冗談にしか聞こえないその言葉は、しかし良く知る者からすると本気であると伝わった。

 

 このトーンで話す時の夜明は冗談は言わない。

 

 未明子もミラもアルタイルも、本気だと伝わったからこそ冷静に話を聞くことができた。


「まずは理由を聞いてもいいですか?」

「ありがとう。理由は簡単さ。私はそろそろリタイアが見えてきた」


 リタイア。

 それは何かから退く事を意味する。


 夜明の立場を考えればリタイアとはステラ・アルマの戦いから退くという意味だろう。


 それは夜明の病気を知っている3人ともすぐに理解できた。

 だがそれと夜明の頼み事がどうしても繋がらなかったのだ。


「病気が酷くなってきた、という事ですか?」

「その通りだ。実はこの三が日が終わった後また入院する事になった」


 途端に未明子の顔が曇る。

 以前夜明が体調を崩し入院した時も、未明子は本人以上に動揺していた。

 それからさほど間を置かずの入院とあっては心中穏やかではない。


「それとアルフィルクの話はどう関連するんですか?」

「今度の入院はいつ退院できるか分からない。場合によっては面会の自由も無いかもしれないんだ。そうなると私はアルフィルクと会うのも難しくなる」

「アニマの補給ができないって事ですか?」

「そうだ。会えないならキスもできない。私からアルフィルクにアニマを供給する方法が絶たれるんだ」

「だから代わりに未明子にそれを任せると言うの?」

「アルタイルくんの言う通りだ。私が無理な以上、他のステラ・カントルにお願いするしかない。私はそれを未明子くんにお願いしたいんだ」

「どうして私なんですか?」

「大きな理由は君のアニマの供給量がずば抜けている事。君なら一度で大量のアニマを供給できる」

「それは、そうみたいですけど……」


 未明子がミラとアルタイルの顔を見ると2人とも複雑な表情をしていた。

 何かを聞けるような雰囲気ではなかったので、再び夜明と顔を合わせる。


「それにアルフィルクも君のことを結構気に入ってるみたいだしね」

「え、そうなの?」

「何でこの流れで私に確認するのよ」


 アルフィルクは口をへの字に曲げて抗議を現した。


「以前、別の世界の未明子くんを家に持ち帰ろうとしたからね。今更言い逃れはできないよ」

「可愛いものを家に持ち帰ろうとして何が悪いのよ」

「え。私って可愛いかな?」

「可愛いよ」

「可愛いわよ」

「あ、ミラも鷲羽さんもありがとう」


 すかさず入った追撃に未明子は照れた。


「まあ色んな理由はあるんだが、未明子くんなら私の頼みを断らないだろうという打算もあったんだ」

「言っとくけど私は反対したからね。パートナーは何もアニマを供給するだけの存在じゃないんだから。普通に生きていく分には問題ないんだから夜明が気にしなくてもいい事なのよ」

「それでもアニマが不足すれば辛いだろう? 誰かに供給してもらえるならそれに越した事はないよ」

「もういいわよ。それについては散々言い争ったから私は何も言わないわ」


 アルフィルクは反対だと言ったら断固反対するタイプだ。

 そのアルフィルクがこの段階で素直に折れるなら、恐らくこれまでに徹底的な議論が繰り返されたのであろう事を想像するのは難しくない。


「ミラくんとアルタイルくんというパートナーを持っている君に、更にもう1人お世話をして欲しいというのが非常識なのは分かっている。だがその上で私は君にお願いしたいんだ」

「いや、私はその非常識の筆頭なので何も言えないですけど……」


 未明子は改めてパートナー2人の顔を窺った。


 ソファに座るアルタイルはやはり納得のいかない顔をしている。

 手に持ったマグカップを小刻みに指で叩いて不満を表しながら夜明に疑問を投げかけた。


「アニマの供給は分かるわ。アニマ不足の苦しみは同じステラ・アルマだったら理解できるもの。でもそんなのフォーマルハウトみたいに他にいくらでも方法はあるでしょう? それに何で未明子と寝るって話になるのよ?」

「いや、それはホラ。もうすぐ ”アレ” の時期だしさ」

「アレ? アレって何? ワケが分からな……」


 そう言いかけたアルタイルだったが、何かを思い出したらしく突然顔を真っ赤にして俯いてしまった。


 未明子が心配して顔を覗き込むと、置いてあったクッションで顔を隠してしまう。

 同じようにミラとアルフィルクも顔を真っ赤にしていた。


 そんな中、夜明だけが悪そうな顔でニヤニヤしている。


「これ私だけが知らないやつですか?」

「もうすぐ嫌でも知るから楽しみに待っているといいよ」

「はぁ……」


 全く何の事か分からない未明子は生返事を返すしかなかった。

 よく分からないが、少なくともこの3人が赤面するような事があるらしい。

   

「未明子くん的にはどうだい? アルフィルクは嫌いかい?」

「そんな! もちろん好きですよ!」

「だそうだよアルフィルク」

「分かったからこっち見ないで」

「じゃあ未明子くん的には問題ないわけだ。後は君のパートナーの許可を貰えばいいんだね?」

「無理ね。そんなの鯨多未来が許すわけないわ」


 すかさずアルタイルが話に割って入る。


「ただでさえ私と揉めてるのに、ここにアルフィルクまで入って来たら収拾つかなくなるに決まってるもの」

「え? 私は別にいいけど」

「は?」


 ミラの反応にアルタイルが横っ面を叩かれたような衝撃を受けていた。


「あなた何を言ってるの? 自分の最愛の人が他の女と寝ようとしてるのよ?」

「私はアルフィルクなら別にいいかな。何なら夜明さんが退院するまで3人で暮らしてもいいけど」

「まあミラならそう言うと思ったわ」

「ちょっと、ちょっと待ちなさい。何であなたアルフィルクにはそんなに甘いのよ」

「鷲羽さんと違って一緒にいる時間も長いからね。そもそも私とアルフィルクも恋人みたいなものだし」

「ええ、そうだったの?」

「冗談よ未明子。ミラの言葉を額面どおりに受け取らないで」

「えー私は本気だったのに。未明子とアルフィルクと一緒だなんて幸せだな」

「ふむふむ。ミラくんは歓迎してくれると」


 自分と共に反対してくれると思っていたアルタイルは、ミラによって梯子を外され孤立してしまった。


 しかしここで踏ん張らなければ更に未明子の奪い合い戦争が発生してしまう。

 しかもミラとアルフィルクは明らかに連合軍でアルタイルにとっては旗色の悪すぎる戦いだった。


「アルタイル。そんなに心配しないで。別に私は未明子のものになるつもりはないわ。私は夜明のもの。それは変わらないから安心して」

「でも寝る気なんでしょ?」

「セックスなんてスポーツみたいなものよ。体の重ね合いだけで愛は動かないわ」

「あーーそう言えばアルフィルクはそういうタイプだったーー」

「アルフィルク、前に体を許すのは軽い気持ちでできないって言ってなかった?」

「だから軽い気持ちじゃないわよ。沢山悩んで喧嘩までしたんだから」

「あ、そういうプロセスを辿ってればOKなんだね」


 アルフィルクのこういう考え方は夜明と非常に似ている。

 お互いに大事な物はあっても納得さえいけば物事に対してはサッパリしているのだ。

 それはアルフィルクと夜明の魅力でもある。


「アルタイルくんはどうしても許せないかい?」

「そ、そんな事は無いわ。私だってアルフィルクは好きだし、夜明も大事だから何とか応えたい気持ちはあるのよ。でもこれ以上未明子の奪い合いになるのはどうにも……」

「ふむ。これはあと一押しだな。未明子くん、ちょっとこっちに来てくれるかい?」

「はい。何をするんですか?」


 夜明に連れられ部屋の隅に行った未明子は、耳打ちで何かを吹き込まれていた。


 そして2人ともすぐに戻って来る。

 

「私はアルタイルくんの弱点を知っているんだ」

「私の弱点?」

「くっくっくっ。私の観察眼を甘く見ないでくれたまえ。それはこれさ!」


 そう言うと、夜明は手に隠し持っていたメガネを未明子に装着させた。

 

「……!!」


 未明子の姿を見たアルタイルの目が見開く。


「アルタイルくんはね、メガネ女子がたまらなく好きなんだよ」

「あ……あ……」

「いやね。私と話している時に妙に視線に熱を感じるなと思っていたんだ。最初は熱心に話を聞いてくれているのかと思っていたんだけど、すぐにこれは別の意味があるなと悟ったんだ」


 夜明に黒ぶちメガネをかけられた未明子は思いのほか知性的な顔立ちになっていた。


 初めて見せるメガネ姿にミラとアルフィルクも興味津々だった。


「未明子、凄くいいよ!」

「いやー印象変わるものね。頭良さそうでいいんじゃない?」

「メガネなんて初めてかけたよ」

「度なしの奴だから自然にかけられるだろ? ではアルタイルくんに先程のセリフを」

「あ、はい」


 未明子は真っ赤な顔で口を抑えて震えているアルタイルの前まで行くと、両手で肩を掴んでじっと目を見つめる。


 アルタイルの呼吸は全力疾走でもしたかのように荒くなり、未明子から目が離せなくなっていた。


「鷲羽さん。みんなで幸せになろう?」

 

 ひっ、という小さな悲鳴が聞こえると共にアルタイルは未明子の胸の中に倒れ込んだ。

 驚いてアルタイルを受け止めた未明子はそのままアルタイルを抱きしめる。


 そんな未明子の胸の中、今にも消え入りそうな小さな声が聞こえてくる。


「幸せに、してください……」


 

 こうして最後の砦だったアルタイルも陥落。


 夜明の入院中、未明子はステラ・アルマ3人分のアニマを供給する事になったのだった。   

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