第115話 点と線 未明子とアルタイル
年中行事は色々あれど、私が一番好きなのはクリスマス。
街が電飾で彩られどこを見てもお祭りみたいで楽しい。
この浮かれた時期をどうやって過ごすか考えるとワクワクするし、何より今年は大事な人達と一緒にいられる。
それだけで最高のクリスマスになるのは確実だ。
犬飼未明子は待ち合わせの場所に20分前に到着した。
5分前に着ければいいかなと思って時間を調整してきたはずなのに、気付いたらこの時間。
自分の事だけど余程楽しみにしていたらしい。
まだ時間もあるし、せっかくだからここから見える女の子を観察してみよう。
見るだけなら誰にも迷惑はかけないもんな。
スマホを触っているフリをしながら視線だけは女の子をロックオン。
見ているのがバレないように。
絶対に怖がらせたり不審な気持ちにさせてはいけない。
目の前を通る女の子は、みんな暖かそうな服装をしていた。
冬は好きだ。
女の子の服装が殊更可愛くなるし、寒さで鼻が赤くなっているのも可愛いし、それを恥ずかしそうにしているのもたまらなく可愛い。
私は女の子のそういうトコロが愛おしくてたまらない。
神様!
この世の半分を女の子にしてくれてありがとうございます。
女の子は神様が生み出した最高傑作です。
目の前のお店に入った女の子のメガネが温度差で曇り、慌ててメガネを外しているのを見てニヤニヤしていると、待ち合わせの相手がやってきた。
「あれ? 10分前なのにもういる」
「いま来たところだよー」
「それ言いたいだけでしょ?」
サラサラの綺麗な髪を靡かせて、どちらかと言うと小柄な私よりも更に背の小さな女の子は、私を見つけると笑顔を浮かべた。
モコモコしたコートに落ち着いた色のストールを巻き、ポンポンのついた手袋で完全防寒。
完璧な冬の出で立ちだった。
これこれ!
この着膨れした女の子が見られるのが冬の楽しみなのだ。
「未明子、マフラーもしてないしアウターだけで大丈夫?」
「全然平気。私、寒いのも好きだからむしろ元気だよ」
「夏は暑いの好きって言ってたしオールシーズン元気なのね」
「鷲羽さんは暑いのにも寒いのにも弱いもんね」
「夏が暑すぎるし冬が寒すぎるのよ。何でもっといいバランスにならないのかしら」
確かにここのところ気温の尖り具合がハンパじゃない。
今日も例年よりかなり寒いみたいだ。
でもそのおかげで鷲羽さんの鼻も赤くなっているのが見られた。
ハァ……何て可愛いんだろう。
その整った綺麗な鼻を思わず触りたくなってしまう。
でもそういう軽率な行動を取ると相手の信頼を落とすからやってはダメだぞ未明子。
「いやーやめてやめて。鼻をつままないで」
「げぇ!? 頭で考えた事と行動が一致しない!」
「いやもう私の顔を見た瞬間から触ってやろうって魂胆が見え見えだったわよ」
「鷲羽さんのお鼻が可愛いから我慢できなかったんだ。ごめんね」
「いいけど、そしたら今日は未明子も鼻には気をつけた方がいいわね。私の右手がいつ襲いかかるか分からないわよ?」
「私の鼻で良かったら好きなだけもぎっていってよ」
「怖いこと言わないで」
鷲羽さんが私の腰をペシペシ叩く。
ふははそんな可愛い攻撃、食らっても気持ちいいだけだぜ。
今日は12月24日のクリスマス・イブ。
クリスマスは25日が本番で、クリスマス・イブと呼ばれる24日はその前夜みたいに思われているけど実はそれは間違いらしい。
正確には24日の日没から25日の日没までがクリスマスで、クリスマス・イブはその中で夜の時間。
つまり24日の日没から25日の日の出までをそう言うんだとか。
雑学大好きなお父さんが喜々として教えてくれたけど、私を含めたお父さん以外の家族はそういう面倒な考え方は嫌いだったので、我が家は単純に24日をクリスマス・イブと呼ぶ事にしている。
そんなクリスマス・イブ。
私は鷲羽さんを誘って横浜のみなとみらいに来ていた。
みなとみらいにある赤レンガ倉庫の周りでクリスマスマーケットをやっていると聞いて、クリスマス気分を味わうにはちょうど良いと思ったのだ。
しかもデートっぽくなるようにわざわざ別々に桜ヶ丘を出て、みなとみらい駅で待ち合わせにさせてもらった。
「でもイブとは言えクリスマスに会うなんて良く鯨多未来が許可したわね」
「鷲羽さんに関しては何度も相談したからね。今まで通りにさせて欲しいって頼み込んだら何とか納得してくれたよ」
「そ……そうだったのね」
「陽が沈むまでは好きにしていいって。その代わりその後は私が独占しますーって言ってた」
「陽が沈むまででも十分よ。何も予定が無ければ家で過ごすつもりだったもの」
「来年……は正直まだ厳しいかもだけど、なるべく早く鷲羽さんとも一緒に暮らせるようにするね」
「それ本気だったんだ。いいの? 鯨多未来が嫌がるでしょ?」
「ミラにも納得してもらえるように頑張るよ。私は3人で暮らしたい」
そう言うと鷲羽さんはへにゃっとした笑顔を浮かべた。
普段はクールなのに嬉しいとすぐに顔がとろけるのが鷲羽さんの可愛いところだ。
でも正直鷲羽さんに対しては申し訳ない気持ちで一杯だった。
ミラが帰って来るまでは毎日一緒にいたのに、いま私はミラといる時間の方が長い。
学校もあるし、何かしらのエネルギー補給の為のキスもあるから毎日顔を合わせてはいる。
でも最近は学校が終わったらすぐに帰るなんてことも少なくない。
圧倒的に一緒に過ごす時間が減っているのだ。
鷲羽さんは優しいからそれを伝えてもミラとの時間を大事にしてあげてと言ってくれるけど……。
ミラは勿論大事だ。
世界で一番好きだしそれが変わるなんてのは絶対に無い。
でも鷲羽さんに対しても今はパートナーとして以上の気持ちが芽生えているのは確かだ。
ああ、もう何だ犬飼未明子。
お前は2人の女の子に気持ちを浮つかせているのか。
2人とも選ぶなんて無理なんだから、それぞれに別の気持ちを持つしかないだろ。
私はミラが好き。
恋人でいたいのはミラだ。
だから鷲羽さんはパートナー。
大事な人だけど、そこは分けなきゃダメなんだ。
じゃなきゃミラにも鷲羽さんにも失礼だ。
「難しい顔してどうしたの?」
「難しいこと考えてた」
「未明子はたまに突拍子も無いことを言い出すから、悩んでるなら話してね?」
「うん。実はね……」
「あ、いま話してくれるんだ」
「最近鷲羽さんを女の子としても好きなんだ」
「え? なんて?」
「これって浮気なのかなぁ」
「ストップ! 話が唐突すぎて理解が追いつかないわ」
「そうだよねぇ。私も追いついてないもん」
自分の中でも整理できていない気持ちを話されても困ってしまうだろう。
でももう鷲羽さんに隠し事はしたくない。
悩んでるくらいなら話してしまおうと思った。
「今まではミラで頭が一杯だったからそれ以外の事に目を向ける余裕が無かったんだけど、気持ちに区切りがついたら色んな事に気付くようになってさ。私が鷲羽さんをどう思っているのかも改めて考えてみたんだ」
「それで何か、その……そういう感じだったの?」
「うん。でも分かってるんだ。ミラは恋人、鷲羽さんはパートナー。そこを切り分けないと2人に失礼だって。私が簡単に2人とも好きだなんて言い出したらミラも鷲羽さんも困っちゃうでしょ?」
「わ、私は別に困らないけど……」
「今まで2人のステラ・アルマと付き合ってたステラ・カントルっていたのかな?」
「どうかしら……私が知っている限りではいなかったと思うわ」
「だよねぇ」
そりゃあそうだ。
ステラ・アルマとステラ・カントルは唯一無二のパートナー。
1人が複数人をパートナーにするなんてありえない。
事情があったとはいえ私がイレギュラー過ぎるだけだ。
「ごめん! この話はもっと自分の中で整理がついてから話すね。今はハッキリ答えを出せないや」
「う……うん……私はもう……結構満足できてるけど……」
鷲羽さんの声がどんどん小さくなっていく。
「え? 最後の方、何て言ってたのか聞き取れなかった」
「気にしないで」
「ええー気になるよ」
「さ。行きましょ」
下を向いて顔を隠していた鷲羽さんは、一転、早足で私を置いて先に行ってしまった。
普段そこまで歩くのは早くないのにあっという間に姿が見えなくなるほど距離が離れる。
「何か鷲羽さん小走り……と言うかスキップみたいに跳ねてないかな。あ、ちょっと待って待って!」
私は慌てて後を追った。
みなとみらいの駅から目的の場所である赤レンガ倉庫まで、そこかしこに飾り付けがされていた。
まだお昼になったばかりなのでイルミネーションは点灯していないけどクリスマスムードは十分だった。
歩いて20分程で赤レンガ倉庫に到着。
聞いていた通りテント型のお店がいくつも出ていた。
お店では小物やフードを売っていて、この時間でもたくさんの人がいる。
驚いたのは野外なのにも関わらずスケートリンクが設置されていた事だ。
40メートルくらいの幅のリンクを、カップルや子供連れの親子が滑っている。
「鷲羽さん見て見て! スケートリンクがあるよ!」
「凄いわね。氷が溶けないのかしら」
「スケートは経験ある?」
「無いわね。未明子は?」
「小さい時に1回か2回くらいかな」
「シューズもレンタルできるみたいだしやってみたら?」
「いいの? じゃあ鷲羽さんも一緒に行こう!」
「私も!?」
鷲羽さんはどうやら外から眺めているつもりだったらしい。
せっかく2人で来てるんだから、何かやるなら2人でやりたい。
お願いしたら思ったよりもすぐに承諾してくれた。
何だかんだ興味はあったみたいだ。
レンタルシューズに履き替え、手袋をつけていざ氷上へ。
久しぶりのスケートシューズだったから靴箱からリンクまで歩いていくのも大変だった。
鷲羽さんはと言うと、スケートシューズを履くのも初めてのはずなのに器用にリンクまで歩いて行き、何の躊躇もなく氷の上に降りた。
「へぇ。氷の上だとこんな感じなのね」
「バランス感覚良すぎない!? 本当に初めて?」
「空を飛ぶのに比べたら何てことないわ。成程、こうやって体重移動するのね」
まるで今まで氷の上で育ってきたかのようにスイスイと滑って行く。
鷲羽さんの滑り方は優雅そのものだったけど、バランスを取る為なのか両手がペンギンみたいに開いているのがとても可愛い。
スケートリンクは逆走ができないからこのままだと置いていかれてしまう。
経験者の意地で思い切って歩き出すも、鷲羽さんのいる位置まで進んだところで派手にずっこけてしまった。
「大丈夫!?」
「大丈夫! 滑るのより転ぶ方が得意だから」
前にやった時は滑る練習よりもひたすら安全に転ぶ練習をしてた気がする。
その甲斐もあって派手に転んだ割には全く痛くない。
ただ、思った以上にお尻が冷たい。
「掴まって?」
「凄いね! 倒れた相手を引っ張り上げられるの?」
「氷の上では未明子よりも器用かもしれないわね」
「じゃあここは鷲羽さんに頼ろうかな」
差し伸べられた手を借りてよっこいしょと立ち上がる。
鷲羽さんが一切バランスを崩さずに私を持ち上げたのを見て対抗意識を燃やすのはやめにした。
うん。
これはポテンシャルに差がありすぎる。
「手が震えてる。そんなに怖がらなくても大丈夫よ。ゆっくり行きましょう」
「お手数かけますぅ」
鷲羽さんに手を繋いでもらったままノロノロと氷の上を滑る。
笑顔で私の手を引く目の前の女の子はまるで妖精みたいだった。
クリスマス・イブにこんなに可愛い女の子とスケートできるなんて幸せ者だなあ。
20分程氷上を堪能し、私がシューズの圧迫で足首が痛くなり始めたところでスケートは終了した。
休憩のために座れる所を探したら、意外とベンチが空いていた。
ついでに近くのお店でビーフシチューを買って来たので腹ごしらえも済ませてしまう。
こういうのを外で食べるのもクリスマスっぽくてテンション上がるな。
真冬の風とスケートリンクの氷で冷えていた体にシチューの温かさが染み渡る。
味も予想以上に美味しくて一気に元気が戻って来た。
「そう言えば鷲羽さん、3学期も続けて学校に通えるように手続きしたんだね」
「うん。こちらから改めて申請しない限りはこのまま卒業まで通えるわ」
「転校して来た時、どうして半年限定の在学にしたの?」
「ああ、それはどうせこの世界でもうまくいかないと思っていたからよ」
「え? どういう事?」
私がそう聞くと鷲羽さんはあからさまに失言だったという顔をした。
うまくいかない?
「あの……その……えーと」
「あー何か誤魔化そうとしてる。話してくれないと鼻もぎるよ」
「ええ!? やめて」
「私の」
「もっとやめて!!」
鷲羽さんはしばらく困惑していたけど、黙ってる間に私がどんどん顔を近づけていったらようやく観念して話してくれた。
「前の世界ではね、未明子と仲良くできなかったの」
「えっ? 鷲羽さんもそうなの?」
「私もって言うのは鯨多未来もって事よね。アルフィルクが前に教えてくれたわ。鯨多未来も前の世界で未明子とうまくいかなかったんでしょ?」
「そうなんだよ! 付き合うところまで行ったのに戦いの話をしたらビビって逃げたらしいんだ」
「それが普通の反応よ。誰だって物騒な事には関わりたくないもの」
「同じ私なのに信じられないよ。ミラよりも自分の命を優先するなんて」
「ステラ・アルマが関わると同じ人でも世界によって反応が変わるのよ。今まで出会ってきた未明子はみんな私に冷たかったもの」
「うう……それを言われると辛い……」
鷲羽さんへの対応に関しては私も他の世界の自分を批判できない。
最初鷲羽さんが私に契約を迫って来た時、唯一残ったミラとの絆を捨てさせようとする邪魔者だと思っていた。
そうでなくてもあの時の私はミラを失ったばかりで他の事を考えられる余裕が無かった。
だから放っておいて欲しくて冷たくしてしまったのだ。
でもあそこで鷲羽さんが契約をしてくれなかったら私達はフォーマルハウトに皆殺しにされていた。
今もこうしてこの世界が続いているのは鷲羽さんが力を貸してくれたお陰だ。
あんなに酷い扱いをした私を見捨てずに、ずっとそばで支えてくれて、一緒に戦ってくれているのには本当に頭が上がらない。
「鷲羽さんに対しては私も他の世界の私と変わらないよ。ただ鷲羽さんの大事さに他の世界の私よりも早く気づけただけだと思う」
「そうやって言ってくれるだけで今までの苦労が報われる気がするわ」
「本当……犬飼未明子って奴は何でこんなに女の子を泣かせる馬鹿なんだろう……落ち込むなぁ」
「未明子だったら、何で他の世界の未明子が私に冷たかったか分かる?」
「うーん。多分なんだけど鷲羽さんが可愛すぎるからだと思うな」
「あ……ありがとう。でもそれが理由になるの?」
「私は女の子好きだけど、私が女の子に好かれる訳は無いと思ってるから、鷲羽さんみたいな人に話しかけられたら絶対にからかわれてると思うんだよね」
「ええ……そんなつもりは無かったのに」
「お人形さんみたいに可愛いらしい女の子がただの陰キャでしかない私と仲良くしてくれるなんて。そんな都合のいい事は天地がひっくり返っても起こらないと思ってるからね」
私の隣に座っている誰がどこからどう見ても絶世の美少女。
何なら待ち合わせ場所から、赤レンガ倉庫についてからも、スケートリンクでも、ずっと周囲の注目を浴びている鷲羽さんが私のパートナーなんて夢みたいだ。
「じゃあ根気よく話していれば、その内仲良くなれてたのかしら」
「おっとそいつは困った話だ。もしそうなってたら私が鷲羽さんと出会えないじゃん」
「ふふ。未明子にそんなセリフを言ってもらえる日が来るなんて思ってなかった」
「この際だから言っておくね。私はもう鷲羽さんを手放す気なんてないから」
「え?」
「もし鷲羽さんが私に愛想を尽かせたとしても逃がさないよ。知ってるでしょ? 私が自分の大事な物にどれだけ執着が強いか」
「う、うん……」
「他の世界の私に取られたら絶対に取り返す。別の世界に逃げても、どこまでも追いかけて捕まえるから覚悟しておいて」
「……」
「鷲羽さんは私のだから」
――あ。
またやってしまった。
そんなつもりじゃなかったのに脅しみたいになってしまった。
何故か私は大事にしたいという気持ちを表に出そうとすると強い言葉が出てきてしまう。
今のだってもっと優しい言葉が選べたはずなのにどうして怖い言い方になってしまうんだろう。
女の子がこんな言われ方したら怯えるに決まってる。
こんなの鷲羽さんだってドン引き…………
してないな。
顔を真っ赤に染めている。
熱を帯びた瞳でめっちゃ見られている。
何か嬉しそうな顔してる。
「……うん。どこまでも追って来てね」
怯えさせたと思っていた鷲羽さんは、私の腕を抱き寄せて顔を埋めた。
と……とりあえず怖がってはいないみたいだからセーフ。
何でもかんでも本音を口に出しちゃダメだ。
本当、言葉の使い方には気をつけないと。
「未明子、ちょっと変わったわね」
「え? 変かな?」
「変ではないけど明るくなった気がする」
「そう言われるとそうかも。ミラが生き返って心に余裕ができたからかな。でも悪くなった事もあるんだよ」
「悪くなった?」
「ちょっと前まではさ、遠くからでも誰かの視線を感じられたんだ。今はそれがさっぱり分からなくなったんだよね」
「あんなに敏感だったのに?」
「うん。人並には感じるけど前みたいな鋭さは無くなっちゃった。それともう一個」
心配そうな顔をする鷲羽さんに自分の右手を見せる。
私の右手は小刻みに震えていた。
「ミラと離れてると手が震えるようになったんだ」
「どうして?」
「ミラが生き返った反面、怖くなったんだと思う。もう一度ミラを失う事に」
この手の震えはミラが生き返った次の日からずっと続いている。
ミラと一緒にいる時は全く震えないのに、少しでも視界から外れると途端に震えが止まらなくなってしまう。
私の見えないところでミラに何かが起こっているんじゃないか。
帰ったら家にいないんじゃないか。
また会えなくなるんじゃないか。
そんな恐怖がずっと続いている。
「失ったモノが戻って来たのに、もしもう一度失ってしまったらと思うと怖くて仕方がないんだ」
「もしかして、さっきスケートリンクで手が震えていたのはそういう事?」
「ごめんね。いまは鷲羽さんと一緒にいるのに」
「ううん。話してくれてありがとう」
「でもそれ以外は鷲羽さんの言った通りだと思う。前向きな気持ちになったし色々と他の事に目を向けられるようになった」
「それは鯨多未来に感謝ね」
「そうだ! ミラと言えば鷲羽さんに渡して欲しいって頼まれた物があるんだ」
「鯨多未来が、私に?」
今日出かける時に、後で渡しておいて欲しいと言われて預かった物。
それはミラから鷲羽さんに宛てた手紙だった。
「手紙?」
「うん。私は絶対読んじゃだめだよって」
ミラからの手紙を渡すと、鷲羽さんはその手紙を恐る恐る開いて読み始めた。
読み始めて数分。
何故か鷲羽さんの顔色がどんどん悪くなっていった。
「どうしたの!? 顔が真っ青だよ!?」
「な、何でも無いわ。鯨多未来、やってくれるわね……」
「何でも無くないじゃん! そんな青ざめるような内容だったの?」
「いいのよ。今の私は無敵なの。こんなのどうって事ないわ」
ええ……。
絶対これヤバい事が書かれてたでしょ。
気になるけど、読んじゃいけないって事は内容を聞いてもいけないって事だからこれ以上詳しく聞けない。
「未明子。鯨多未来に承ったって伝えてもらえる?」
「それはいいけど……本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。未明子と一緒にいられるなら何だって怖くないもの」
急に鷲羽さんが私の腕を両手で引き寄せた。
そして体をこれでもかと密着させてくる。
鷲羽さんからふわっといい匂いがして私の脳が幸せを感じた。
「日没までは私が未明子を独占していいのよね? じゃあ時間まで徹底的に楽しみましょう」
「う、うん」
「少しでも隙を見せたのを後悔させてやる。帰るまでに未明子にたっぷりと私の匂いをつけてあげるわ」
「本当に何が書いてあったの!?」
そのあと陽が暮れるまで鷲羽さんはピッタリとくっついて離れなかった。
それは嬉しかったんだけど、私は大事な2人の女の子が何かバトっている空気をひしひしと感じたのだった。




